.


 勝者とは、何を以て証明されるのか。


 勝負事などというものは、いつの世においてもついて回る。
 互いの優劣をつける試合。
 どちらかが勝ち、どちらかが負けるという、ひとつの結末しかない事態。
 真剣であれ、遊戯であれ、戦うという行為には必ずその結果が発生する。

 命を奪うか失うか、真剣による殺し合いであれば、当然倒した方が勝ちだろう。
 相手の肉体を完全に破壊し、生命活動に追いやればいいのか。
 命を奪わずに事を収め、彼我の格付けを済ませる事こそがより上等とされるのか。
 勝負には負けたものの、大局的な視点においての目的を達成したのならば、倒れた側こそが勝者ともいえるだろう。
 より点数を挙げた者、より健闘した者、より成功した者、より地位を得た者、より富を得た者、より称号を得た者。
 その、どれも手に入らずとも、己のみの本懐を遂げられたと笑う者。 
 勝利の形は様々で、何を目指し、何を求めるかの戦いの如何で幾らでも変化する。

 闘争・競争は永遠に続く、挑戦者の絶えない舞台劇。
 今日の勝者が明日の敗者に変わり、チャンピオンのベルトは常に回し巻きされる。
 人間社会にいる限り、いや生命の歴史において争いとは本能であり、本質だ。
 利益と我欲に塗れた酸鼻な戦争、と大袈裟に語るまでもない。
 繁栄する、生きるという行為には、何をどうしたって他から奪う過程を挟むしかない。
 それを連綿と連なる命の営みと認めるか、悍ましき体系と否定するかの判決は重要でない。
 単に、そういうものでしかないという事実があるのみだ。


 勝者と聞いて諸人が思い浮かべる人物像とは、どのようなものか。
 筋骨隆々の大男か。弓を限界まで絞ったかのようなアスリートか。
 真理に辿り着いたと豪語する知恵者か。窮地でも鉄火場でも消えない生命力に満ち溢れた心か。

 ああ、きっと違う。
 どれもが正しく、どれもが違う。
 戦いの勝者、生命の闘争の頂点に立つ者とは、どういう姿をしているか。
 答えはそこにある。
 異界東京都と名付けられたこの都市に、ある。
 奇跡の稀人。英霊の現象。サーヴァント。救国の英雄。稀代の悪党。悪逆の怪物。
 並べられた百の美辞麗句を踏み潰す存在感が、そこにある。

 勝利の神(ヴィクトール)。
 それはきっと、この街の一角に降臨した、その男こそが背負える名だろう。



 雪と共に舞い散る砂塵。
 引き起こされた破壊の中心に立つ、その威容。

 如何なる現象の現れか。蛍火色に淡く光って夜を染める、膝まで届く長髪。
 全身赤銅の肌は、日に焼けたものでなく、真実鉄より堅い鎧の外皮。
 雲を突く巨体。天賦の才を持って生まれた者が、極限まで鍛え上げた肉体に、そこから更なる要素を上乗せしたとしか思えない骨密度。
 半身を露わにし、下も何処かの部族が身に着けるような、局部を守るだけの簡素な布地が、過多な装飾を不要とする原始的な神性を放っている。
 手には大戦斧。幅広で肉厚な刀身は獣性を剥き出しとして、有象無象の区別なく、触れたものを壊し砕く重圧感が凝縮されている。
 刃には叩き切ったというより、圧し潰したと言った方が正しい肉片が生新しくも付着している。
 その肉も、吹いた北風に乗って砂のように現世から消失した。

 黒と白のコントラストが占めるキャンバスに、異彩を放つ異物が刻印されている。
 今まさに自分のサーヴァントを喪ったひとりのマスターも、その感慨を抱く一部。
 聖杯戦争という儀式。古今東西の魔人戦鬼が揃い踏みする戦場と理解している者であってさえも、あってはならない異常を覚えている。

「……サーヴァントは斃した。これで君は聖杯戦争からは脱落した身、ということになる」

 見かけによらぬ、穏やかな語り口だった。

「だがこの聖杯戦争に身を投じてる以上、譲れぬ願いを持つという事情も理解している。
 戦いに身を置く者にとって死とは日常。向かうというのなら此方も受けて立とう。
 だがもし臆する心が残っているのなら。命を惜しむ気が僅かでもあるのなら」

 溢れる闘争心を隠せずとも、意志で制御し、自在に解放する選択権を握る、人間ならではの技法を纏う。
 男の脅威度と異常さを、一分も薄めさせないままに。

「そこからは一歩も先に進まない事だ。さもなくば、後戻りする気力すら失われるぞ」

 相対するマスターは心胆を震え上がらせた。
 男が逃走の最後通牒を伝えたからではない。
 英霊の言葉はそのままの意味である。
 彼は立ち向かってくるのなら殺す、と言ってたのではない。
 立ち向かえば、その場で肉体はおろか呼吸すら動かす力を失い死ぬと、そう言っているのだ。

 敵として接触する前から魔術師が感じていた違和感。
 魔術回路の不調。魔術師が魔術師足り得る証、魔力を生成する疑似神経が次第に衰えていっていく怪現象。
 男の外観を捉え、戦闘を開始しようという段階には、己のサーヴァントに供給する分の魔力ですら枯渇する始末。

 ああ、そうか──────と、生き物の本能で悟る。
 己は今、食べられているのか。
 手足を千切られ、骨を齧られ、腸を貪られて、脳髄を啜られて、魂を呑み干される。
 世界で自分を構成する成分が一片残らず、余すとこなく、誰かの糧にされている。

 立ち位置は、始めから確定されていた。
 喰う側と喰われる側。
 神秘の探求に邁進し、常識の幕に覆われた超常の舞台に身を置いていると酔いしれていた者は、酷く原始的な関係に落とし込まれていた。

 その、被捕食者に追いやられた何者がであった存在は、立ち上がろうとしながら震えるばかりの膝を地に着け、深く項垂れた。
 敗北の屈辱も感じられないほど霞んだ意識で、汗すら流さず、神の饗膳に並べられた歓喜を静かに堪能する。
 太古の世界。世界に神秘が満ち、人が魔術という奇蹟を手に入れる前よりの時代。
 空より降り立つ神を前にして、屈服した祈りの姿勢に、それはとてもよく似ていた。



 ◆




 或る、世界で。
 或る、時代に。
 人を人ならざる身に進化させようとする集団があった。
 選んだ分野(カテゴリー)は錬金術。卑金を貴金に換える、物質の転換。
 その本領は万物の流転。人体と生命、魂の在り方を深く極め、自らの望む運行を進めること。
 つまりは、惑星の摂理に手を出す行いだった。

 どのような理念の元で、その研究が行われていたのかは不明だ。
 既得権益を思うままに支配する、浅ましい我欲からなのかもしれない。
 自分達がどこまで神の領域に指をかけられるのか試したかった、純な好奇心からなのかもしれない。
 あるいは、青臭い子供の理争論を現実にしたい、もっと身近で素朴な、小さな種火が原動力だったのかもしれない。
 いずれにせよ、巡り会った術士達は組合となり、各々の秘術を提供し、共同で研究に打ち込み続け、確かな成果を産み出して見せた。

 核鉄とホムンクルス。
 錬金術の隆盛。技術の粋によって生まれた2つの超常。
 人から成り、人を餌とする怪物と、それを討ち倒す唯一の武器、武装錬金。
 ホムンクルスによる殺戮を止める為、錬金の組合は戦団と名を変え、人知れず世の平和を守り続ける。
 ああ、何という英雄譚。
 華やかなる人類史の勲。
 そもそも、どちらも作ったのは同じく人の業だというのに。
 人の作りしものには必ず因果が廻り、因果は呪いを巡らせる。
 その結実こそ今の彼の姿。錬金術最大の被害者にして最悪の加害者。
 生きているだけで、ありとあらゆる生命を吸い上げ続ける、不死(しなず)の怪物。生命史の頂点。

 サーヴァントとなった現在も、その特性は失われていない。
 生命に含まれない、ただの魔力の集積体すらも対象に含まれた。
 全てのマスターとサーヴァントを、仮初めの住人を、飛び交う虫を、駆け回る犬を、蠢く使い魔を、跳梁する魔獣を悉く喰らう簒奪者の誕生だった。

 瀕死の肉体に埋め込まれた心臓の代替による変貌。
 賢者の石、黄金錬成と称されるべき、錬金術の到達点。
 生命の不合理を脱却した超人でありながら、その体現を身をもって示す魔人。
 それがランサーのサーヴァントとして現界した英霊、ヴィクター=パワードの持つ性質だ。



『──────イリヤ』

 無人になった。鉄の荒野。
 破壊跡にひとり残ったランサーは、精神内でマスターに報告を告げた。

『倒したの?』
『ああ。サーヴァントは撃破した。マスターは見逃したが、あれではもう戦う力は残っていまい』
『そう。いいわ、別に。サーヴァントを失っても戦うマスターなんて、そう何人もいないもの』

 幼い少女の声のみが魂に届く。
 鈴を転がす、その形容が似合う可憐な音。けれどどこか退屈げで、哀しみを唄うような。
 戦勝の成果に、喜びも見せず、従者への言祝ぎも送らない。
 まるでそうなるのが当然だとでも言いたげに、つまらない事だけどとりあえず義務だから事務的に聞いてあげようと口を尖らせてる様が、ヴィクターにはありありと思い浮かぶ。

『そろそろ戻る』
『戻らないで』

 ぴしゃりと即効で却下された。

『君はこの街ではとても目立つ。人としても、マスターとしてもだ。
 釈迦に説法になるが……隠密行動のアサシン、遠距離射撃のアーチャーが何処にいるか分からない以上は、定期的に身辺の護衛は必須になるだろう』
『いらないわよ。自分の身ぐらいちゃんと守れるわ。
 むしろアナタが来たらそれだけで私が疲れるんだから、今まで通りサーヴァントを探し回って殺すだけでいいわよ』
『む…………』
『だいたい』

『馴れ馴れしく名前で呼ばないでって言ってるでしょ。たかだかここで召喚されたばかりの、サーヴァント風情のくせに』

 心ない罵倒を最後にして、一方的に念話は打ち切られた。
 無理もない、とヴィクターは思う。
 エネルギードレインの特性は生前以上に機能していた。
 生命か魔力、どちらかさえあれば無差別に貪る生態は、契約したマスターですら毒牙にかけてしまう。
 基盤になる肉体を霊体にさえしていれば封じていられるのは少ない利点だが。

 個の意志を持った英霊を使い魔と見做す、雑にこき使う扱いに反感も不満も抱きはしない。
 マスターの事情は理解している。彼女が如何にしてこの数奇な戦場に連れ込まれたのか。
 幼い身に課せられた、残酷な運命の結末を、理解している。

 20歳に満たない少女の歩ん短いだ生涯は、壮絶としか言いようのないものだ。
 1000年続く魔術師の工房、アインツベルンの妄執と信仰の結晶。
 人ならぬ身、ホムンクルスを母に持ち、産道を通る前より大望を果たす道具としての調整を受け続けた。
 教育には虐待といえるほどの感情の波もなく、武器を研磨する作業に近く無機質で容赦なく。
 支える立場にいるはずの父親は、最後の最後で願望成就を阻み、母と子を捨てた裏切り者として、憎悪の捌け口に使われた。



 ───父と、娘……か…………。


 ヴィクターは思う。
 重ね見ることはしてはいけないと弁えた上で、思う。
 妻アレキサンドリアは、科学者として己を救おうと尽力した結果、化け物に成り果てた夫に肉体を破壊し尽くされた。
 容器の中の脳髄だけで、息を吸う事も出来ずに、夫を人間に戻す研究に100年捧げ、再会を待たず塵に還った。
 娘ヴィクトリアは、何も知らぬまま夫妻の責を負わされ化物にされ、化け物にされた父の討伐に差し向けられた。
 厭世と絶望の最中で母親を支え、共に変わり果てながらも最後には肩を抱き寄せる事ができた。

 共に錬金の業が造りだした孤類。
 妻子を魔に引きずり込んだ夫と、父母に伸ばす手を切り落とされた娘。
 マスターとサーヴァントを引き寄せる縁。運命の鏡合わせの皮肉というのなら、実によく出来た組み合わせだろう。
 だが嗤う余裕は今はない。
 哀しみは遠くに、怒りはあの夜に置いてきた。
 考えるべきは引き寄せられた意味よりも、此処で何を為すのか。
 例えどれだけ疎まれようとも──────答えは既に、心の根に。
 実体の輪郭を解れさせて、主の元へと飛んだ。

  ───反抗期の娘を持つというのは、こんな気分だったのだろうか……。

 少しだけ。
 終ぞ味わう機会のなかった親の悩みに、複雑な思いを馳せつつ。



 ◆



 ───雪の降る、白い夜だった。
 異界東京という都市、現実の世界の形と名を模して造られた異形都市。
 人を数多殺し、家を幾多壊す、暴殺の闘技場であるが、行われる営みは普遍のものであった。
 早々に日が落ちる夜を少しでも照らそうと、看板や街路樹にめいめいに飾り付けるイルミネーション。
 街は寒く、息は白く、けれど賑わいは暖かく。
 ちりちりと雪が降っていた白い空を、その少女は眺めていた。

 白い少女だった。
 艶やかな白髪に白い肌。そして燃えるような赤い瞳。
 気品ある佇まいは既に城の令嬢の雰囲気を慎み深く纏っていて。
 十も超えていないような幼さも相まって、目にすれば雪の精かと錯覚してしまいそうな。
 座敷童子のような身近な隣人ではない、幽世から訪れた今は絶えし、妖精や精霊の王女を思わせる。
 雪の白さが生み出した幻に見える少女は、しかしありふれた子女と変わらぬ不満げな目をして。

「……品がない世界ね」

 と、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、退屈そうに言ったのだった。


 少女にとっては何もかも茶番劇だった。 
 まるで招待されて訪れたオペラがとんだ大根役者と間に合わせの衣装による、杜撰な三文芝居だったような。
 あるいは、賓客としてもてなされたパーティーの料理が、味から見た目まで大衆に出るそれと大差ない凡庸ぶりだったような。

 ここで行われる儀式、聖杯戦争と銘打った死合舞台。願望器の奇跡を求める争奪戦。
 自覚があるかは置いておいて、アインツベルンという錬金術師の末こそが、その本家本元の考案者なのだ。
 その目線で語るならこれは、調度も気品も礼節も神秘も全て落第点の、野蛮極まる畜生の遊び場だ。
 由緒正しい伝統の魔術の大家。英霊を用いた願望器成就の源流を司るものとして、看過していい事態ではない。

「だいいち、前提が違うのかしらこれ。
 奇跡を降ろす為に聖杯戦争をするんじゃない。聖杯戦争をしたいから奇跡を使ったみたいな……。
 なに、まさかホントに殺し合いをするだけなの? うわ最悪。品以前の問題ね」

 冷製な分析は、思考回路が背格好通りの少女とは隔絶した差異があるのを示す。
 汚い言葉遣いは淑女足らず、抑えろ抑えろと手で口を閉じながら。

「ならまずは鳶狩りかしらね。アインツベルンの許しも取らず掠め取った盗人を見つけ出さないと。
 マキリに続いて二度目。これ以上巣をつつかれる前に、卑しい盗人はここで駆除しなくちゃ」

 聖杯戦争のシステム根幹を生み出したアインツベルンとして、当然の目的設定だった。
 神秘を尊び奇跡を求めた道筋の終着に見出した技術。
 それをどことも知れぬ誰かに使われ、まるでゲームやショウの見世物の類に広める形に貶めている。
 魔術師への侮辱には最も効果的で、左手の手袋代わりとしては最も卑劣には違いなかった。

 故に処断する。
 決闘によるものではなく正当な誅罰として当然の権利を執行する。
 ああ、そこに誤謬は一切ない。なんて模範的な魔術師の思考。
 こうも誇大に挑発をかけられ見向きもしないようでは名家の名折れもいいところ。
 そう───魔術師のであれば。

「……………ちょっと、寒いな、ここ」

 ふるりと、身を軽く震わす。
 コートも帽子も防寒は完備だ。
 けれどイリヤの身には服を越して風が抜けた。
 東京の冬は冬木よりずっと寒いのか。
 それとも、温もりが求めているところが、足りないなと。


『そろそろ家に帰るべきだ。今夜は冷える』
「キリ───、──────!」

 意識外(うしろ)からかけられた声が、仄かな期待を呆気なく砕く。
 イリヤは驚きと、勘違いした羞恥のあまりに身を捻らせ───姿の見えない大男の、膝の脛の部位めがけて鳥の嘴めいて鋭い爪先をぶつけた。

「こっち来ないでって言ったでしょ!」
『イリヤ、霊体化しているのに的確に脛を蹴るのはやめてくれ。いや、まったくもって痛くはないのだが』
「うっさい! ちょっとは痛がりなさい! あと命令した事を守らないサーヴァント失格の言い訳を聞いてないのだけれど?」
「霊体化していればドレインは発動しない。それにやはり、先に言った事は留意しておくべきだ。この戦いに精通している君が知らない筈もないだろう」
「それが余計なお世話だって言ってるのよ……!」

 ゲシゲシと、霊体化したままのヴィクターの膝を執拗に蹴り続ける。無駄に高度な技術の炸裂だった。
 そんな効果の怪しい制裁を下し、少し息を切らしてきたところで、気を取り直すとばかりに大きく息を吐いた。

「……ええそうよ。どうでもいいわこんなパーティー。
 賓客は料理に目の色を変えるはしたない野良犬ばかり。
 魔術師ですらない人間に、突然手に槍を持たせて殺し合わせる見せ物に興味なんてないの」

 露骨な悪趣味で杜撰な儀式に願うような望みはない。
 そも、奇跡を求めるという前提からして履き違えている。イリヤはもう、それを叶えた側だ。
 イリヤスフィールの、アインツベルンの悲願とはその一点のみ。
 失われた三番目の魔法。永劫不滅の魂を、不出来な肉体から解き放つ、新次元へのチケット。

「天の杯(ヘブンズフィール)は成功させた。シロウもサクラもリンも助けた。未練なんか何もないわ。あのままお母様の元に帰って、それで私は十分幸せだったのよ」

 聖杯に注ぐ為の願いはとっくに品切れだ。
 残ったのは、使用済みのカラの器。
 新しく入力する自由なんて、始めから与えられていなくて。
 後はもう、不埒者を捕らえるぐらいの事しか、生きている意義を見つけられなくて。

「……未練なんか……なかったのに……」


 イリヤの聖杯戦争はもう終了している。
 大空洞の中心部、儀式の根幹を司る大聖杯に辿り着いた時点で、鋳造された目的は達成された。
 そればかりか、イリヤ個人の思いもまた、清算を果たす事ができた。
 父の過去を聞き、半生の確執を解かれて。
 憎さと愛しさが混じり合った、血の繋がらない弟と、本当のきょうだいみたいに過ごせた。
 ……帰り着いた場所で、母に抱き締めてもらえた。
 不出来な生命には十分過ぎるくらいの報酬だ。
 特にシロウは頑張った。魔術師らしくない性格で、殺しに来た自分を助けて、受け止めてくれた。
 好きな子の為に頑張れる、自慢の弟だ。
 一欠片とはいえ、せっかくの魔法をあげたのだ。自分がいなくなった後にも幸せになってもらわなくちゃ困る。
 後の始末はリンに任せれば大丈夫だろうし、たぶんライダーも現界したままだ。
 サクラと一緒に、元気に生きてくれてることだろう。

 後悔なんてしない。
 きっと、あの軸では文句無しのハッピーエンドを迎えられた。
 奇跡にも限りはある。誰もが幸福に救われる結末はない。
 今回はたまたま自分があぶれただけ。その中でも上等な部類だろう。
 なのに、どうして胸が震えるのだろう。こんなにも痛みが走るんだろう。
 どうしてこんなに──────たくないって、考えちゃってるんだろう。

「─────ぁ────────────」

 以前なら我慢できたものが、もう上手くいかない。
 寒さも、痛みも、平気だった。覚悟して、諦観して、納得していたから耐えられた。
 わたしはそういう生き物なんだって。そこにしか行けないって。

 全部をやり終えて、なのにまだこうして生きている。
 定められた目的に到達してしまって、この虚しさにどうやって折り合いをつけたらいいのか、分からない。

 本当は、もういいのだ。
 消える筈の命を確認して、状況を把握して、最初に思ってしまったのは、ひとつの願い。
 家名や魔術師の誇りといった、ねじ込まれた価値観は働かなかった。
 でもそれを言うには、この儀式の概要があまりに怪しく、とても厚顔なことだと自覚している。
 何より、叶うか分からない望みをひとりで抱えるのは、思ったよりも、つらいから。


『善でも、悪でも、最後まで貫き通した信念に、偽りなど何一つ無い』
「え……?」 

 振り返っても、見える人はいない。
 けれどイリヤの視覚(め)には、巌の如き男の、穏やかな表情が映っている。

『俺の言葉ではないが、信念すら見失った俺にとっては正しい言葉だったと思う。
 俺と同じ化け物に変わる境遇にあった少年は、同じく心までは堕としはしなかった。絶望に縋りつかず、握りしめた希望を捨てないで』

 君と同じようにと。

 伝える言葉は間違えてないか。
 込めた意図は届いているか。
 最強の戦士といえども一児の父だ。その上、子供の接し方には100年のブランクがある。

『君は、君自身の幸せを、追い求めてもいい。
 責務も使命も果たして、その上で新しい命がここにあるのなら、愛する者の、家族の元に帰る事を願うのが、間違いの筈がないのだから』

 もっと我が儘になってもいい筈だ。
 家名の為になどと、外付けの理由を戦う理由にしなくていい。
 子供が家族を恋しく思う、帰りたいと声も出さず泣いている。
 その当然の未練を叶えずして、何が万能の願望器か。
 そのくらいの奇跡は、頑張った子にあってしかるべきだろうと、寄り添う言葉を与える。


「み────────」

 わなわなと、イリヤは赤らめた顔で震えながらダッシュの姿勢を取り。
 『む、やはり駄目なところがあったのか』とヴィクターが内省した一秒後。

「見たわね! 人の、記憶を! 信じられない! ヘンタイ! 覗き魔! 破廉恥サーヴァント!」
『誤解だ。今までの君の言動から心理を慮っただけでそんな不躾な真似は────むう……』

 どげしと、再びの蹴撃を受ける霊体の脛。
 しかも今度は少し魔力を込めている。ダメージは変わらずないものの、奥に響く感覚がもどかしい。
 気の済むまで受けるしかないかと、観念して1分弱。ぜいぜいと息を切らしたところで新たに口を挟んだ。

「ともかく、だからこそ俺は君のサーヴァントとして喚ばれた。
 本来忌むべき力だが……誰に敗北する事なく、君の帰還を果たす為ならば、存分に振るうに足る意味がある」

 地球上に存在する、微生物まで含めた全生命を絶滅させるという項目ならば、ヴィクターは間違いなくその最終勝者に立つだろう。
 だがそんな栄冠に意味など微塵も感じられない。
 ヴィクターにとっての勝利とは、守護だ。世を守り、人を守り、愛する者を守り通す。
 その為にこそ命を張って前線に立ち、錬金の力を振るってきたのだ。
 守る者がいなくなり、非難する者すら消え失せた世界で、いったいどの口で勝利を語れというのか。

 ならばこれは、改める機会なのだ。
 より多くの守護を願って造り出された賢者の石のなり損ないが、惑星上の生命を脅かす失敗作の烙印を押された過去。
 それを今こそ、誰かを守る為という、元の役目に回帰させてみせろと。

 力強い、意味の乗った言葉を聞いたイリヤは、初めて負の側面以外で表情を崩した。
 この世のどんな障害も砕き破るしく、誇るような、笑みを。

「それは無理ね。だって、世界で一番強いサーヴァントは、私のバーサーカーだもの」
「ならば二番目でも叶わないさ。この名に相応しい勝利をもたらす、俺が俺個人に課した任務だ」

 イリヤが酷に当たるのは、単に自分の命をも脅かすサーヴァントだからというだけではない。
 彼女が思い描く守護者は、自分ではない別のところにいる。
 体は離れても、繋いだ心は離れず、彼女の心を守護している。

 ならば化物の不肖の身であるが、体の方の任は引き継ごう。
『お前が守れ』という無言の意思は受け取った。必ず次に繋いでみせる。


「はあ……仕方ないわね。今夜はもう帰るわ」
『ああ……それがいい』



 ──────例えこの身が、生存を許されぬ最低の害(あく)だとしても。



 願ったのは、たった1人の少女の幸福。
 雪下の夜、蛍火が照らす真銀(はくぎん)の誓い。



【クラス】
ランサー

【真名】
ヴィクター=パワード@武装錬金

【ステータス】
筋力A+ 耐久A+ 敏捷B 魔力C++ 幸運E 宝具A

【属性】
秩序・善

【クラススキル】
対魔力:A
 現代の魔術ではヴィクターに傷をつけられない。

【保有スキル】
ヴィクター(Ⅰ):EX
 錬金術の技術の粋が込められた超常の金属、核鉄。
 所持者の生命力を賦活させ治癒力を高める他、持ち主の闘争本能に反応し、固有の特性を備えた千差万別の武器「武装錬金」に変形する。
 そのうちの一個を錬金術の最終段階───賢者の石に至る試金石として開発されたのがこの黒い核鉄である。
 ホムンクルスとの決戦で瀕死の重傷を負ったヴィクターは、妻である研究者アレクサンドリア主導の元、黒い核鉄を心臓の代替に移植され───────。
 最強の大戦士であり最愛の夫は、一夜にして最悪の化物と化した。

 蛍火の髪、赤銅の肌、人造生命ホムンクルスを凌ぐ肉体の超強化・超再生・超生命力、単独での飛行機能……。
 以降、黒い核鉄により変貌した新生物の呼称には、第一被験者の名が用いられる事となる。
 分類としては「鬼種の魔」「天性の魔」に近く、怪力、魔力放出、戦闘続行、等の混合スキル。

エネルギードレイン:A
 地球史全生命体の頂点に立つとまで言わしめる、ヴィクター化した生命に備わる最大の特徴。
 ただそこに立ち、呼吸してるだけで、周囲の生命体……人造生命から微生物に至るまで「生命」に含まれるものは例外なく、ヴィクターから生命力を奪われ続ける。
 サーヴァント化によって、使い魔や英霊も含めた魔力による構成体も例外ではなくなっている。
 一瞬で1~2km走ったような疲労感を味わい、戦闘慣れした者ならともかく一般人はひとたまりもない。
 吸収の度合いは、本体との距離に反比例し、近づく程激しく消耗する。効果範囲は高等学校の校舎程。 
 取り込んだエネルギーはサーヴァントの現界維持に戦闘活用と、個人の裁量で自由に使用出来る。
 肉体という効率の悪いパーツに拘らずダイレクトに栄養を補給する「食事」行為であるが、ヴィクターにとってこれは呼吸と同様の「生態」であり、オンオフを意志で切り替える事が出来ない。自身のマスターも当然対象に含まれる。
 近くにいた命を否応がなく見境なく奪い、食らった命で永久に生き続ける。狩りも繁殖も必要ない、まさに個で完結した生命体である。

 事実上、マスター要らずのチートスキル。
 他のマスターがサーヴァントに供給する魔力を強制的にぶん取るようなもので、英雄王とは別の意味でのサーヴァントキラー。
 イリヤからの供給が万全であっても構わずそれ以上を吸い上げるし、無理やりにカットしても、完全な基底状態にでもしない限りは無作為に魔力を取り上げて勝手に起動してしまう。

 とはいえ対抗策は存在し、防御能力・使用者の生命防護に特化した武装錬金でドレインを防げた記録から、対魔力A、またはそれに準ずる干渉遮断能力があれば、対象から外れる事が出来る。
 ヴィクター個人が無益な搾取を好まない性格であり、霊体化していればスキル自体を停止出来るので、サーヴァントになって多少取り回しがよくなってる稀有なケースとなっている。 

勇猛:A++
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。ヴィクター化の影響で凶暴性がやや増している。
 余談だが、ヴィクターにはランサーの他にバーサーカーの適正もある。その場合、ヴィクター化が更に進行し、肌が漆黒になる第三段階へと移行する。
 戦闘力は増大するが、エネルギードレインの制止が利かなくなるので、一帯の被害が悪化してしまう。

【宝具】
『引き合う力、運命を左右す(フェイタルアトラクション)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:2~15 最大捕捉30人
 大戦斧(グレートアックス)の武装錬金。特性は重力操作。
 打撃の衝突時に任意に重力の方向、強弱を操作し、威力を自在に変動できる。
 最大出力時にはマイクロブラックホールを発生させ、ありとあらゆるものを歪め、破壊する。
 中央部からふたつに分離、ダブルトマホークとしての使用も可能。

 なお核鉄はヴィクターの喪った心臓の代替も兼ねており、サーヴァントの霊核と同等の位置にあたる。
 この宝具が破壊されればヴィクターの死に繋がるが、核鉄は待機状態でも相当の硬度を持ち、破壊は困難。小型の盾とすら利用できる。

 Q.なぜランサークラス?
 A.長柄の得物ならランサーではないのか?

【weapon】
 宝具の他徒手空拳、ドレインで枯死させた遺骸を利用して義体を作ったり、口からビームを吐いたりもする。


【人物背景】
 人間でもホムンクルスでもない、第三の存在。
 人でも化物でもない新人類だが、決して繁栄できない間違った進化を果たしてしまった生き物。
 あらゆる絶望から救われた後に残った彼は、妻を愛し、娘を愛した父である。

【サーヴァントとしての願い】
 イリヤの健やかな幸せを。忌むべき力を使ってでも、元の世界に帰還させる。
 娘と重ね見てる事は否定しないが、図々しくも父親面する気もなく、黙して守護者に徹したい。
 むしろそういうところがイリヤ的に気に食わないので、今日も膝に蹴りをかまされ四苦八苦するのである。



【マスター】
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/stay night [Heaven's Feel]

【マスターとしての願い】
 家族の元に帰る。

【weapon】
【能力・技能】
 冬木の聖杯戦争における最高資質のマスター。
 髪の毛や針金から鳥の形をした即席ホムンクルスを作成したり、網の結界を張るのは序の口。魔術的才能は計り知れない。
 ただし冬木の地に接続する最適化された調整を受けてる為、土地の異なる東京ではスペックの全てを引き出せるとは限らない。

【人物背景】
 アインツベルンのマスター。聖杯の心臓。魔術におけるカタチの頂点のひとつ。千年に及ぶ信仰の結晶。人とホムンクルスのハーフ。
 多くのしがらみから解かれた彼女は、家族を求める娘であり、姉である。

【方針】
 積極的に攻めに行くわけでもないが、聖杯戦争が殺し合いという事は当然弁えている。即ち敵は倒すもの、殺すもの、だ。

 ヴィクターの事は露骨に遠ざけ、当たりが強いが、心底から嫌ってるわけでもない。
 遠い父の記憶を思い起こさせ、自身にとっての最高の守護者の存在が、素直に頼る姿勢を取らせないだけである。いうなればデレのないツンのようなもの。
 保護者じみた小言を言うたび霊的膝狙いトーキックをかます程度で済ますのは映画版HF出典の影響。父と義弟への恨みが解け、一族の宿願(呪い)も終わったので、精神的に少し余裕があるのである。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年08月27日 23:34