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手に入れるのが勝利なら 手放すのは敗北でしょうか
誰も傷つかない世界 なんて綺麗事かもしれない
それでもまだ賭けてみたい
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異界東京都、偽りの世界に再現されたとある学校。
そこに通っている翠下弓那という少女を端的に表すならば、『バカ』の二文字が相応しいだろう。
色鮮やかな桃色の髪と目立つ上、ほかの女子生徒と比べて顔立ちもスタイルも良い方である。流石にその専門と比べるのは烏滸がましいが、それでも男子人気は高い方ではあった。
そんな人並み以上には美人と言われる彼女ではあるのだが、生徒たちからの人気は兎も角先生組からの評価は芳しくはない。その理由としては先程あげた『バカ』と言う特徴。
テストで赤点は当たり前。追試及び追々試でギリギリ粘って縋りつき、なんとか留年は免れているという体たらく。カンニング等の不正にまで手を付ける程落ちぶれていないのが救いなぐらいで、見かねたクラスメイトにカンニングを薦められたが断ったのが記憶に新しい。
そんないい意味でも悪い意味でも有名な彼女であるが、時折空を見上げることが多くなった。
単純に呆けているのか、成績に憂鬱を覚えているのか。そう考える生徒や教師は多かったが、その実態は何かが欠けているという違和感からのモヤモヤであった。
何かが足りない。誰かが足りない。そんな鬱屈した感情を抱えは授業に支障を来すのは明白。事実、数学の補修授業の一つを呆けたま聞き流しにしたせいで内容が全く入って来ず追試でまたしても赤点を取ることになった。
次の追々試を落としてしまえば逃れられぬ絶望へとゴールイン、もとい留年確定。なので必死に補修を受けるも先のモヤモヤのせいで脳に勉強内容が入ってこないという悪循環。
ただし、彼女は人並み以上のバカ。なのでテスト前日だというのに何も考えられず一先ず就寝。明日は明日の風が吹くと割り切るしかなかった。
その夜、珍しく夢を見た。夢というよりもまるで現実のような感触ではあった。
誰もいない映画館で、映写機に映し出される妙なドキュメンタリー番組を一人でみるような、そんな妙な感覚に陥るような夢。
嵐の中を進む少女がいた。全てが黒く染まった世界の中、地平線の彼方、さらに向こう側にあるであろう星の輝きに向けて歩みを進める少女がいた。
見るからに辛そうで、見るからに疲れていて、見るからに今でも立ち止まりそうだった。けれど、それでもその彼女は光へと歩き続けていた。
彼女を突き動かす衝動は何なのか、彼女はどうしてここまで頑張るのか。辛いのなら逃げ出してもいいのに、後ろを振り向いてもいいのに。
それでも、嵐の中の少女は、たった1つの輝きを見つめて、歩いていく。
ただし、肝心の視聴者たる弓那の反応は、真顔だった。
何この、何……とでも言うのか、よくネット上のソーシャルネットワーク等で見る、宇宙を背景に真顔となっている猫の顔のような、困惑と意味不明に包まれている。
そして次の朝から追々試であることを振り返り、どこからともなく出現したノートと鉛筆と参考書・教科書その他etc、に手を取り眼の前の光景そっちのけで予習と復習を開始。
少女の物語ガン無視である。それほどに必死なのか、それとも留年したくという執念なのか珍しく勉学がはかどる。
……なのが続いたのは開始してから数分程度。途中から頭を悩ませてキャパシティ超えて知恵熱が出始め最終的にぶっ倒れた。夢の中なのに。
そのうち意識は混濁し、夢の時間は終わり、現実の時間へと帰還してゆく。その刹那、再び嵐の中の少女を再び目に焼き付ける。
この時はまだ、その程度の記憶でしかなかった。まともに見てすらいなかったのもあるが、見ず知らずの少女が、何故あんなことをぐらいの、その程度の感傷と興味ぐらいだけは、多少は弓那は思っていたのかもしれない。
「……あなたが、私のマスターですか?」
次の朝、目を覚ませば知らない女の子がベットの隣に立っていた。わけがわからなかった。
普通の女の子だった。服装こそ青と白を基調とした衣装、青いマントを羽織った着こなし。ファッションには間違いなく素人目であろう弓那から見ても、生地からして選りすぐりの職人が仕立て上げた一品。
凛とした顔立ちこそしていれど年はおそらく自分と殆ど変わらない、凡そ十六~十七程の齢。揺蕩う金髪が窓風に当たり静かに靡く姿は、まるで光の子。
素性は全く不明、ただし此方への態度や服装を鑑みるに間抜けな金品泥棒という訳では無さそうではあった。
少女の声を聞いた瞬間、弓那は全てを思い出した。
この世界が偽物であること、本来の記憶、ここには居ない仲間たち。そして脳内へと注入(インストール)される知らない記憶。魔術、聖杯。聖杯戦争。サーヴァント。令呪。
翠下弓那はあんまり理解していなかった、て言うか追々試が迫ってるのに余計な知識勝手に突っ込むなと内心逆ギレ。
「……あ、あの?」
少女の方といえば、弓那の心情を見抜いたようにか、まるで心の内まで丸裸に見通しているような、絶妙な表情で彼女に呼びかける。
「……ええと、その。サーヴァント、キャスター。参上しました。」
キャスター、魔術師。基本的に七騎と定めれている英霊のクラスの一つ。弓那のちゃらんぽらんな頭でも、一応そのぐらいは理解できた。
魔術師、つまり魔法使いと言うことになる。アニメ・マンガとかのサブカルチャー類におけるメルヘンでファンタスティックで、時に暗く陰湿な、そんな物語上の存在のはず。
古めかしいドレスの古臭いものから、現在のキラキラ衣装を着込んだ魔法少女スタイル。魔術を使うもの、という世間一般の基本イメージとはそういうものではある。
かの世界における魔術と魔法は決定的な違いは存在するのであるが、今の弓那にはそんな違いを理解する余裕も時間もない、そもそもそんなこと理解していない。
「ねぇ……。」
猫のような細い目で疑いを向けていた弓那が、漸くキャスターと名乗る少女へと問いかける。
不審者が来た途端、まず色々と変な知識を頭の中に割り込みさせられて、不機嫌じゃないはずがない。
そもそも弓那にとっての最優先事項は聖杯戦争なんて言う蛆の湧いたような話題ではなく、数時間後に行われる予定の追々試。
今後の未来、留年という名の地獄にかかわる人生の分岐点。ここで失敗してしまえば輝かしい未来なんて木端微塵に砕け散る。
だがピンチとはチャンスに変えるもの。起死回生の一手が目の前にいるじゃないか、眼前にいるサーヴァント、キャスター。魔術師。魔法使い。
等のキャスター本人は未だ困惑の表情というよりも、この後の展開を察したのかあからさまに嫌そうな顔で目をそらしている。どう考えてもろくな考えしていなさそうだとか、弓那の顔を見ずともわかる。
留年回避の手段しか頭になかった弓那は馬鹿ながらも脳細胞フル回転し、閃いた。
「魔法っていうか、魔術、使えるのよね?」
「はい。」
キャスターはこの時点で諦めた。そして既に透けているであろう答えを、虚無のような視線で待つ。
そして弓那の方は滅茶苦茶真剣な視線で、意を決して口を開こうとする。
藁にも縋る思いとはこのことだろうか、カンダタという名の地獄の罪人が、釈尊の慈悲によって降ろされた一本の蜘蛛の糸に縋り登ろうとしたように。
「あんたの魔術で、今からあたしの頭をもの凄く良くするとか出来る? 今からあの参考書の中身全部暗記できるぐらいに。」
無造作に積み上げられたであろう蔵書の山を後目に。
やっぱり碌でもない。と、キャスターは分かりきった呆れ顔を浮かべ。
「無理です。」
抑揚のない冷たい声を上げたこの時、翠下弓那の希望は木端微塵に打ち砕かれた。
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翠下弓那は残念でもなく当然に、追々試を落ちた。担当教師いわく、今までで一番酷い内容だったらしい。
解答用紙のほとんどが空白で、追々試前日に必死になっていたのが嘘のような悲惨な結果であった。見事なまでに赤ペケの羅列が並んだ、採点結果さえ気にしなければ一種の芸術のような完成度だったと。
だが、そんな結果に反して弓那の態度はあまりにも明るかった。まるで重荷から解き放たれたかのような、今年一番の満面の笑みを浮かべてスキップしていた姿を誰かが見かけたとか。
一部生徒や教師は、「留年決定で心が壊れてしまった」とか、今までにの彼女の性格を考慮しての悲壮な予想・憶測が乱立し、心なしか弓那に対する他生徒の態度が優しくなったりしていた。
だが、事実は違う。翠下弓那が留年決定後、詰め込まれた知識を振り返って一旦は安堵したから。つまり、この世界が全く偽物で、この世界で留年しても別に何ら問題はないことを理解したからだ。
元の世界ではちゃんと卒業できてるんだし、別にこの学園卒業する必要ないよね? こっから脱出できればそれでOKだし、という余りにも短絡的な思考。
翠下弓那が通っていたのは神撫学園であり、この偽りの学園ではい。とは言うものの前後数日間の、この世界でのクラスメイトとの交友は楽しかったし、そこは偽物とは全くもって割り切りなどはしなかった。
勿論、記憶を勝手に捏造されていたり、消されていたりした事には腹を立てていたのだがそれはそれ。
所変わって、この異界東京都で弓那が住まいとしているアパルトメントの一室。
記憶を取り戻す前に熱心に勉強していた証として積み上げられていた蔵書の類は今は本棚に戻っている。
小さなダイニングテーブル、勉強机と椅子、小型テレビ、冷蔵庫、バスルーム、ふかふかのベット。
学生の一人暮らしという点において、簡易ながらも十分なラインナップでありながら、普遍的な意味で満足した生活が送れるであろうマイスペース。
で、その部屋主であり、現在進行系で聖杯戦争という舞台に巻き込まれた翠下弓那はと言えば、絶賛正座中でキャスターにより急きょ開かれた勉強会を受けている。
理由は至極当然。追々試に記憶力のリソースを大幅に置いてきた結果、まともに聖杯戦争に関する知識を某にぶん投げた、というか忘れた。
そのためキャスターがこうやって『バカでもわかる聖杯戦争』とい名の勉強会をする羽目になったのだ。
「……これが聖杯戦争に関する、私が教えられる大体の知識です。と言うかなんですか、インストールされておいて忘れたってどういうことなんですか? 私別にこういう先生やるようなキャラじゃないんですよ?」
「……ひゃい。」
3時間の勉強会の末なんとか最低限の知識は叩き込むことは出来た。あくまで最低限ではあるが。
英霊というパートナーと令呪と言う手綱を率いて、他の主従と戦い殺し合い、その果てに絶対不変の願望機である聖杯を手に入れる。そして聖杯を手にした者にのみ、たった一つ、どんな願いでも叶える事ができる。
言葉に表してしまえば、簡単なことだ。陳腐なバトルロワイアルそのものでしかない。
それをキャスターのマスター、翠下弓那はようやっと、正しく把握できたのだ。
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サーヴァント。アルトリア・キャスター。―――もとい聖剣の担い手アルトリア・アヴァロン
オルタ、聖槍の獅子王――アルトリアと言う英霊の派生は多々あれど、魔術師のアルトリア、という存在はまず汎人類史ではあり得ない。
そもそもアルトリアという人物の性質上、もし修行をしたところで半年でほっぽり投げるのが目に見えている、一人前の魔術師など夢以外の何物でもない。
が、この世には例外というのが存在する。剪定事象、異聞帯という、終わりが決まった歴史にて、魔術師としてのアルトリアは存在していた。
ブリテン異聞帯。始まりの妖精たちが本来為すはずの聖剣作成をサボった結果ブリテン島以外滅亡という、もしもの"IF"だとしても限度がある過程を辿り生まれた歴史。
最初から終わった世界を、妖精妃
モルガンが無理やり存続させて生まれたのか妖精國、そこに『予言の子』として送り込まれたのがアルトリア・キャスターという『楽園の妖精』であった。
ただし、現在この異界東京都に英霊として呼ばれたアルトリア・キャスターと、ブリテン異聞帯の『予言の子』は厳密には違う。
『予言の子』は最終的に聖剣そのものとなり、『星を脅かす脅威に対抗するもの』の助けになる人理補助装置となったのだから。
そんな彼女が、聖杯戦争のサーヴァントとして呼ばれたのだ。抑止の介入を悟られない為に、『春の記憶』をエミュレートした方の姿で。
つまるところ、未来にこの聖杯戦争で起きようとしている『何か』、星に脅威を及ぼす事に直結する事象。それこそ、人理の危機だけで済まされない事態が起こるのかもしれない。
「つまり最後の一人になるまで帰れないってこと? ふざけんじゃないわ!」
そして現在、聖杯戦争という催しそのものに憤りを見せているのが、アルトリア・キャスターのマスターとして選ばれた翠下弓那と言う少女である。
「せっかく留年回避したのに出席日数不足でまた留年の危機ってどういうことなのよ!?」
そっちですか、ともはや見え透いた答えを妖精眼で見つめ、呆れ返る。
アルトリアの保有する眼、妖精眼と言われる真実を見通す眼は、弓那が抱えている本心を何もかもお見通し。
人の本心が何もかも見える、という事は決して良いものではない。全ての本音が理解できてしまう、というのは、全ての醜さを目の当たりにしてしまう、ということ。
まあ、弓那の方は表面も内面も短絡的な方向性に極まっているのか、妖精眼で見たところでなんら変わりはなかったわけであるが。
「こうしちゃいられないわ、さっさと聖杯手に入れて元の世界に帰らないと!」
「まあ、やる気満々なのは別にいいことだと思いますけれど……。」
聖杯を手に入れる、という一点においてはアルトリアとしても異論はなかった。
懸念すべきはその過程であり、マスターが虐殺等を許容するような人物であればこちらも身の振り方やマスターへの対応を考えてはいたのであるが、この彼女はそんなことは一切考えてい無さそうだったのでその点は安心はできた。
「……ていうかさ、キャスター。」
「なんでしょうか?」
「……どっかであったことある? 主に夢の中とか?」
本当に唐突な、自分のマスターの発言。だが内容には納得はできた。
マスターはサーヴァントの過去を夢として垣間見る。厳密には過去の追体験に近しいもの。
召喚前後で記憶を識る、という現象自体はそこまで珍しいものではない。彼女もまた、夢という形でアルトリア・キャスターという存在の過去を夢として見ていたのだ。
「恐らく、それはマスターとサーヴァントがパスを繋いだことによるものですね。」
「もしかしてキャスターのだった?」
「……どのような夢だったのでしょうか?」
「嵐の中で輝いてるなんかに向かってくあんた。まああたしはあの時映画館みたいな所で見てたし、その時は追々試の勉強やってたからあんま覚えてなかったけど。でも、あんたの、キャスターのそれだけは覚えてたわ。」
弓那が虚構に気付く前日の夢。鮮明に記憶に残る嵐の中を突き進むキャスターと瓜二つの少女。
辛そうな、今にも崩れ落ちそうで、それでも進む彼女の姿を弓那は知っている。
あの時は、砂粒ほどの感傷でしかなかったが、こうも当人(?)に出会ったのだ、気になった。
それに、自分のサーヴァント、というのだから、理解はしたかったのだと思う。
このまるで、衣装だけはちゃんとしていた、ごくごく普通に少女に見える、この彼女に。
「……キャスターはさ、どうしてだったのかな。辛かったら、逃げても良かったんじゃないの?」
らしくもない顔で、弓那はキャスターに尋ねていた。
ただ我武者羅に嵐の中を征く彼女。辛そうな顔で進む彼女は、どうして投げ出さなかったのだろうか。
翠下弓那にはその理由は分からなかった。わからないのに聞いてみる。聞いてみないと、理由を聞かない限りは納得できないと、真剣に。
そんなマスターの瞳を見据え、アルトリアが口を開いた。
「……まず言ってく事が。あの『私』は、厳密には同じ『私』ではありません。」
「どういうこと? じゃあ、あのキャスターの眼の前のキャスターは全く別人?」
「同じですが、別の同一人物なんです。」
かつてブリテン異聞帯において、放棄された妖精の使命――聖剣の誕生という使命を担い、ティタンジェルへと流れて来た『楽園の妖精(アヴァロン・ル・フェ)』。
諦観と苦痛の冬、出会いの秋、離別と旅立ちの夏を得て、汎人類史よりやって来た、自分と同じ『普通でありきたりなマスター』と出会った。
楽しいことも、辛いことも、悲しいこともあった。それでも、彼女にとってそれは無色の世界に彩られた鮮やかな色として彼女の心を染め上げて。
終わりの時、戴冠式の惨劇を始まりに獣と炎と呪い、3つの厄災が産声を上げ、楽園の妖精たる彼女は使命を果たす為、星の内海、理想郷の選定の場へ。
そこで終わるはずだった彼女は、運命に導かれた鍛冶師によってほんのちょっぴり延命を果たし、炎の厄災、獣の厄災――そして呪いの厄災にして祭神ケルヌンノスを討ち果たした。
アルトリアは、呪いの厄災との戦いにおいて全てを燃やし尽くした。ちょっとだけ延ばしてもらった命を薪として。
選定の場から出た時点で、「いつか選定の剣を抜き、聖剣を手にし、ブリテンを次の時代に導くひとりの王」の在り方、概念へと彼女は変貌している。
その時点でブリテン異聞帯の『楽園の妖精』であった彼女はいなくなっていたのだろう。
「嵐の中、悪意の渦中、本性の坩堝にいたのは『私』です。ですがあの私は、彼と旅した『私』であって、聖剣の守護者たる『私』ではないのです。」
そう、ブリテン異聞帯にてカルデアと、『彼』と共に戦った『楽園の妖精』ではなく、聖剣そのものにして星の守護者たる英霊であるのが今の彼女。
彼女の記憶を、ブリテンの記憶を識っているだけで、別人でしか無い彼女であるが。
「それでも、あの子がどうしてそれでも引き返さなかった理由は識っています。」
だけれど、彼女が抱いた気持ちが、諦めなかった理由は知っている。
聖剣と成り果てて、彼女と別の彼女となった今の自分でも、俯瞰するようにだが、識っている。
「彼女はかつて、ある妖精に名前を貸してあげました。」
それは、カルデアの彼と出会って間もない頃の話。
逸れの逸れ、落伍者の妖精たちがあつまるコーンウォールの村で他の妖精たちこき使われていた「名無し」の少女。
みんなに希望を振りまく役目があり、そしてそれに疲れ、名前も忘れ忘却の終着点へと流れ着いた者。
かつて「ホープ」というその役目に相応しかった名前すら忘れた妖精に、アルトリアは名前を貸してあげた。
たったそれだけの行動が、ホープにとっての星の光となりえた。笑顔を忘れず、最後の最後に星の光を見つけたのだ。
「誰かにとっては取るに足らない小さなことですが、彼女にとってはとてもとても大切なものでした。」
結末としては"希望"は黒く染まり、闖入者に介錯されただけのはずだった。
だが、その心は、輝きは、悪意の嵐に呑まれ心折れそうになった『アルトリア』を守り続けた。
アルトリアにとって小さな出来事だったとしても、"希望"にとって、それだけでも十分だったのだから。
「だから、彼女は走り抜けたのです。彼女もまた、自分を必死に守ってくれた小さな星を裏切りたくない為に。」
それは、他人からすれば斯くも下らない理由。取るに足らないほどに矮小な理由。
でも、『アルトリア』にとってはそれで十分だったから。
そして、彼女は『守護者』へと成った。彼女自身が探し求めた星の光の果てに。
「そう、走り出す理由なんて。そんな小さな理由(わけ)で十分なんです。だとえどんなにくだらなくても、その嘘偽りのない躍動を信じれば、それで良いんですよ。」
走り出すその理由がたとえどんなにくだらなくても、嘘偽りない躍動だけに耳を澄ます。
そんな理由だけで足を止めず、諦めず、頑張っていかないといけないと。
それが『彼女』が胸に宿す星の鼓動。自らの内に響く鐘の音。
下らないと笑うなら笑えば良い、それでも止まるつもりはないと、走り続ける。
「………。」
思わず、沈黙せずにはいられなかった。
あの時みた嵐の中の『彼女』は、そんな理由で走り続けていたのだから。
そう、誰かにとってはあまりにも下らない理由で、そんな理由だけを抱えて、だ。
それでも、だからこそ諦めず、走り続けた彼女はまるで―――。
「なんだ、同じじゃないの。」
「同じ?」
翠下は、なにか納得したかのように言葉を呟く。
「あんたも、我が儘だったのね。」
「……なのかも、しれませんね。」
その言葉を、アルトリアは否定はしなかった。
結局のところ、投げ出したいと思っていた使命を、小さな理由だけで我武者羅に走り続けた彼女は、一種の我が儘だったのかもしれないのだと。――好きになった人の為に、必死だったのかもしれないと。
我が儘とは、そういうものだのだろう。くだらない理由で折れないで諦めないで、走り続けるその意思を。
『生きるため』に善すら打倒した彼が、その答えを探さんとするため進み続ける彼のように。
「あたしは留年回避から始まって色々あった。あの子は小さな何かを裏切りたくなくて走り抜けた。……あたしなんかじゃ到底敵いそうじゃないわね。」
弓那の苦笑するような声が部屋に響いた。
留年を回避するために学園の星徒会長になるという、余りにも下らない始まり。
ゴスロリ衣装なドS部長の提案に乗って始まった立候補。その過程で身に着けた歌唱力。
勝ち進み見事星徒会長となったと思えば、今度は別宇宙からやってきた『異空体』なる宇宙の危機。
両親の真実、世界の真実、そして宇宙の真実を知った上で、彼女は我が儘であることを貫いた。
自分の人生は、自分が幸せになるためにあると、高らかに叫んだ。
スケールのデカさなら宇宙の危機迫ってたこっちのほうがよっぽど上ではあるが、なんか色々別の方面では敵いそうにはなかったから。
「あたしは、我が儘でバカだから。出来るのは、前向いて突き進むぐらいよ。」
翠下弓那は馬鹿だ。どうしようもなく図太くて、お調子者で、ただのバカだ。
そう、バカだから、生半可な絶望なんで素手で引きちぎってぶち破る。
絶望を知らないわけではない。だからどうしたと殴り飛ばす。
だからこそ、それこそが翠下弓那という少女の、我が儘と言う名の、嘘偽りのない躍動なのだから。
「どうやって出るとか、聖杯どうやって手に入れるとか、全く思いついてないけれどさ。……そんなマスターでも、協力してくれたら嬉しいかな。」
弓那が、手を伸ばす。
何時ものような、分かりきった事でも。妖精眼で見ても見なくても、彼女の心はどこまでも前を向いている。考えなしの、どうしようもないバカな彼女であるが、その嘘偽りのない、くだらなくとも立派な理由を、無下にはしたくはないと、アルトリアは思うのだ。
「……全く、私はどうにも面倒なマスターに巡り合わされてしまったかもしれませんね。」
手を繋ぐ。信頼の証としての握手。
選ばれてしまったからには仕方はない、でも彼女といるのも悪くはないと、そんな事を思って、頬が緩んでいた。
「サーヴァント・キャスター。あなたが諦めず前に向けて進み続けるのなら、私は再び鐘を鳴らしましょう。」
「こっちこそよろしくね、キャスター……あっ。」
「どうしましたか?」
このまま綺麗に締まろうと思ってた矢先、思い出したかのような弓那の声。
「……そういやまだ晩ご飯食べてなかったわね。思った以上に話長引いちゃったのもあるけれど。」
そういえば、とはアルトリアは思った。
元々勉強会から続いてこの話になだれ込んだ部分もあり、話し込んでいたらいつの間にか時間は夜の9時。
既に夕焼けは沈み満天の星が窓から映る空を埋め尽くしている。
「せっかくだし、アルトリアも食べる? 昨日の買いだめした弁当残ってるのよね。」
ガサゴソと、冷蔵庫の中を除いて取り出したのは、何の変哲もないコンビニ弁当。
学生生活の都合上、晩御飯がありふれた弁当というのも別段珍しくはない。
「……では、喜んで。」
せっかくなので無下にするのもどうかと思い、弁当を受け取った。
中身はありふれたシャケ弁ではあったが、今夜の晩餐は少しばかり二人にとってにぎやかなものになったという。
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走り出すその理由が たとえどんなにくだらなくても
熱く速く響く鼓動 嘘偽りのない躍動だけ信じてる
ほら あの鐘の音に耳を澄まして
【クラス】
キャスター
【真名】
アルトリア・キャスター(アルトリア・アヴァロン)@Fate/Grand Order
【属性】
中立・善
【ステータス】
筋力B 耐久D 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具A++
【クラススキル】
対魔力:A
Aランクの魔術すら無効化。
事実上、現代の魔術師では傷一つ付けられない。
令呪による命令すら一画だけなら一時的に抵抗出来る。
陣地作成:EX
魔術師として、自らに有利な陣地(工房)を作り上げる。彼女の場合はその宝具故か規格外となっている。
独自魔術:B
汎人類史におけるどの魔術基盤とも一致しない独自の魔術形態。実態はマーリンを名乗る不審者から習ったものなのだが。
例え同じキャスタークラスであっても彼女がどんな魔術を扱うか、その効果を初見では看破できない。
妖精眼:A
ヒトが持つ魔眼ではなく、妖精が生まれつき持つ
『世界を切り替える』視界。
高位の妖精が持つ妖精眼は、あらゆる嘘を見抜き、真実を映す眼と言われている。
妖精にとっては善意も悪意も同じくくりなので特に意味のない異能だが、
善悪の違いに惑う人間がこの眼を持つとろくなことにならない。
この眼のため、キャスターには人々の嘘や本音がすべて見えていた。
彼女にとってヒトの世界は『悪意の嵐』であり、
妖精も人間も等しく『怖い、気持ち悪い』と感じていたのはこのため。
彼女が眠った時、夢に見るのはこの『悪意の嵐』だけ。
本来なら気が触れ、ブリテンを見捨ててもおかしくない状態だが、
そんな彼女にとって唯一の希望が、嵐の向こうで一つだけ輝く、青く小さな星だった。
【保有スキル】
希望のカリスマ:B
予言の子として育てられ、旅立ったアルトリアには人々に頼られ、期待されるカリスマが具わっている。
その効果は魔術師マーリンが見せる『夢のような戦意高揚』に近い。
発動中は自身又は自軍の筋力値にボーナス補正がかかり、魔力が回復する。
アヴァロンの妖精:A
楽園の妖精が持つ、生命を祝福し、様々な汚れから対象の運命力を守る力。
発動中の自身又は自軍のサーヴァントは物理的攻撃を無効化し、魔力を回復する。
聖剣作成:A
選定の杖と共に選ばれた彼女が、最後に辿り着く在り方を示したスキルが本格的に目覚めたもの。彼女の作るものはすべて『剣』属性になってしまう。
発動中は自身又は自軍のサーヴァントに人類の脅威への特攻効果を付与する。
【宝具】
『きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:0~50人 最大捕捉:100人
キャスターの所持する『選定の杖』によって開放される、キャスターの心象世界。共に戦う者たちを守り、強化する、楽園より響く鐘の音。
発動と共に楽園の花園にも似た、百花繚乱の丘が広がる。
花園の中心に立つ『選定の杖』にアルトリアが触れることで、「対粛正防御」結界が展開され、自陣営に加護を与える。
対粛正防御とは、英雄王の「エヌマ・エリシュ」のようなワールドエンド級の攻撃も防ぐことが出来る最上級の防御。
如何なる攻撃も、デメリットをもたらす特殊スキル・宝具も無効化され、さらに展開中は自陣営のステータスにボーナス補正が発生する。
『真円集う約束の星(ラウンド・オブ・アヴァロン)』
ランク:A++ 種別:対軍宝具 レンジ:1~999 最大捕捉:味方全て
『ブリテンの守護者』となったアルトリアの宝具。
黄昏のキャメロットを顕現させ、共に戦う者に『円卓の騎士』のギフトを与える。
【Weapon】
選定の杖
「影踏みのカルンウェナン」「稲妻のスピュメイダー」「神話礼装マルミアドワーズ」(アルトリア・アヴァロン時)
【人物背景】
くだらない理由(小さな希望)を抱えたまま走り抜けて守護者となった、ごくごく普通の少女のその結末。
【サーヴァントとしての願い】
マスターを元の世界へと返す。
予期された『人理を揺るがす何か』を阻止する
【備考】
抑止力によって送り込まれ、現状は第二霊器時の姿で固定されております。
真名解放時もしくは『人理を揺るがす脅威』と戦う場合において、第三霊器の姿になります。
【マスター】
翠下弓那@輝光翼戦記 天空のユミナ
【マスターとしての願い】
聖杯ゲットして元の世界に帰る!
星徒会長なのに出席不足で留年とか笑えないじゃない!
【能力・技能】
『イシリアル』
意思を現実にし干渉する力。
弓那の場合は歌という形でイシリアルを介して自身のエネルギーを他者へと供給することに長けている。ただし供給のし過ぎは自身の廃人化を招きかねない。
武器としてはハンマーやステッキ、歌唱用の歌の他に、『ユミナMk-2』なる謎のゆるキャラ風の何かを投擲したりもする。
【人物背景】
くだらない理由(留年回避)を機になんか色々巻き込まれた、実は普通じゃない女の子
【備考】
参戦時期は弓那ルートEND後
最終更新:2022年09月01日 14:33