黒に黒を重ね塗りしたような闇が視界いっぱいに広がっていた。
文字で表せない騒音が鼓膜を叩く。
暴風が肌を削らんばかりの勢いで通り過ぎていく。
自分の体を包む何かは、不定形の流体のように絶え間なく蠢いている。
「ここどこ!? 台風!? 洪水!? おおあらし!?」
困惑と共に吐き出した言葉も、四方八方から飛び交う騒音にかき消される。
まぞくの少女、
吉田優子は最初、嵐の海に投げ込まれたのかと思った。
だがしばらくして、それが勘違いだったと気付く。
暴風だと思っていたのは、何百、何千、何万──数え切れないほどの大人数の呻き声による、空気の振動で。
荒波だと思っていたのは、何百、何千、何万──数え切れないほど大量の人間の流れだった。
「ど、どうしてこんなにたくさんの人が……。それになんだか、みなさん顔色が悪いような……?」
正確に言うと、それは人間ではない。
元人間。
人間が元となった怪異──ゾンビだ。
肉がドロドロに爛れ、うつろな目で動く死体の群れに、優子は囲まれていたのである。
「ほぎゃあああああああああああっ!?」
自分がオブ・ザ・デッドな状況に置かれていることをようやく理解した優子は、悲鳴を上げた。
いくら彼女がまぞくであり、『闇の女帝(シャドウミストレス)』を名乗っていても、怖いものは怖い。彼女の苦手なもののひとつである近所のよく吠える犬と比べても、人を噛むどころか捕食さえするゾンビの方が、どう考えても怖い。
逃げようにも360度どこを見てもゾンビまみれだ。初詣の神社みたいな人口密度である。
周囲をゾンビでみっちり固められている優子に、逃走の選択肢なんて始めからなかった。なんならここでぺたんと腰を抜かしてもおかしくない精神状態なのに、前後左右にほとんどゼロ距離でいるゾンビのせいで、立った状態の維持を強制されているのである。
「こっ、こんな時は! 心の壁フォームマークⅡ!!」
目を回しながら変身の口上を叫んだ。
すると魔力の渦が優子の体を包み、見る見る内に彼女のイメージに沿った外装へと変化する。
心の壁フォームマークⅡ──見た目は各部から棘の生えた巨大な巻貝(ガンゼキバショウ。主に東南アジアに生息している)そのものだが、その殻の防御力は凄まじく、内部に潜り込んでいる優子に安全地帯を提供していた。時折ゾンビが引っ掻いたり噛み付いたりして心臓に悪い音が響いているが、殻の表面には傷ひとつついていない。
これでひとまず急場はしのげた……が、貝の姿で居続けるわけにはいかない。心の壁フォームは防御に特化している為、機動力がゼロなのだ。
「どうしよう……、このままずっと殻にこもり続けて水もご飯も摂らなかったら、飢えて乾いて干からびまぞくになってしまう……。ゾンビに噛まれないために心の壁フォームになったのに、それでゾンビと変わらない見た目になってしまったら本末がずっこけです」
巻貝の唇から外の様子をこっそり窺う。
果てが分からないほどにゾンビで埋め尽くされている世界は、エキストラやCGにかける予算の桁をひとつかふたつ多く間違えたホラー映画のような絵面をしていた。もしかして、地平線の先までこんな終末的な光景が続いているんじゃなかろうか? ──その時、優子は気付いた。
周囲を行き交うゾンビ達。
その隙間から見える地上の一点。
そこにだけ、黒に黒を塗り重ねたような闇ではなく、金色に輝く光があるのを。
優子は最初、それを月だと思った。
あるいは太陽。いずれにせよ、星のような光だった。
だが、光の正体はどちらでもない。
それは金髪の少女だった。
星そのものではなく、星のように輝く髪を持つ、美しい少女。
年齢は──良子と同じくらいだろうか。
着ているワンピースが汚れることも構わず、小さな膝を折りたたんで地面に座り、顔を伏せている。
しくしくと、肩を震わせて泣いていた。
「は、早く助けないと……っ!」
ほとんど反射的に飛び出そうとする優子。
そんな彼女の耳元に声が届いた。
「すまぬ……」
少女の声だった。
「すまぬ……儂がうぬを信じていれば……うぬから信じてもらえる儂であれば……こんなっ、……こんなことには……」
今に血の涙でも流しそうな、深い悔恨の念がこもった声で、少女は言う。
優子に向けての謝罪ではない。そもそも少女は、優子どころか周囲にひしめくゾンビたちすら気に留めていない。この場にいない誰かに向かって、ひたすら謝っているのだ。
……いや、待て待て待て待て。
姿を目視できるのはともかく、これだけ大勢のゾンビの呻き声が響いてる中で、女の子ひとりの声がかき消されずにはっきりと聞こえるなんておかしくないか?
現実的じゃない。
「…………ということは夢?」
脳に直接響くような金髪少女の声が、彼女の口からではなく、(おそらくは彼女が主となっている)夢の世界全体から響いているのなら、物理法則を無視して優子の耳に届くのも納得だ。
「…………」
優子は今一度、周囲を見渡す。
どこまでも真っ暗で、ゾンビに満ちた世界。その中心で誰かへの謝罪を繰り返す少女。
光景自体は少しも変わらず、恐ろしいままだけど、それが少女ひとりの夢の世界だと知ってみると、なんだか──
「(──とても、かなしい。まるで、いつか入った桃の夢みたい)」
そして。
優子の脳内に流れ込む言葉は、少女の謝罪だけではなかった。
「血」 「自殺」 「あの時出ていけば」 「ハンター」
「燃える」 「見つけてほしいだけじゃった」
「家出」 「六月十四日」 「ごめんなさい」 「猫」
「眷属」 「吸血鬼」 「失敗」「嫉妬」
「死に損ない」
「うぬだけが」 「熱い」 「こんな世界はもう」 「血」 「怪異」
「従僕」
「失せろ」……
膨大な声の塊が優子を押し潰す。
ともすれば、ゾンビたちのうめき声のオーケストラよりも大音声。
あまりに膨大すぎて、一瞬でそれらを浴びた優子は、自分の頭がバカになるかと思ったし、その殆どを理解することが出来なかった。
先ほど聞いた少女の声と同じく、そこから深い深い悲しみと後悔を感じただけである。
飛び出そうとした足が竦む。
そして、その直後、
「失せろ!!」
それまでとは違って優子の存在を明確に意識した声が、天から雷のように降り注いだ。
まるでそれが合図だったかのように、足元を支え続けていた地面が崩れる。
「うわああああああああああああああっ!」
夢の世界から強制退場を言い渡されたまぞくは、現実へと戻っていった。
◆
「……………………ぶはっ!!」
優子は目を覚ました。
今の夢はいったいなんだったんだ。何から何まで分からない。
あとで桃やごせんぞに相談してみよう──そんなことを考えながら、よろよろと起きあがった。しかし途中で優子の動きは止まる。
彼女の両目は驚愕で見開かれ、天井に釘付けになっていた。
見覚えが、ない。
生まれた時からずっと同じ天井の下で育っており、そこに刻まれた細かな傷や小さなシミまで記憶している優子は断言できる。自分の頭上に並ぶ天井板が見覚えのない、全くの別物に変わっていたことを。
……変わったのは天井だけではない。
壁も、床も、ドアも、家具も、内装も──室内のあちこちに目をやると、その全てが優子の知るものではなくなっていた。
窓の外の景色すら、二階の高さであること以外に馴染みがない。
まるで、ターゲットが寝ている間に布団ごと別の場所に移動させるタイプのドッキリを仕掛けられたみたいだ。
現実に戻った後も続く異常事態に、優子の処理能力は限界を迎えそうになった。
本日二度目の「ここどこ!?」を叫びたい気分だ。
「…………違う。この部屋は……、この町は、桜ヶ丘じゃなくて──」
異界東京都。
脳裏に浮かんだその言葉は、優子の知識から湧いたものではなく、遠く離れたどこかにある何かから齎されたものだった。
それをきっかけに、優子はいくつものことを知る。
自分が異界東京都に招致されたこと。
手に入ればなんでも願いが叶う聖杯を巡って、戦争をさせられること。
そして、自分がその戦争で担う役割は──
「おい角娘」
窓の方向から声が聞こえた。
そちらに目を向けてみると、先程まで誰もいなかったはずの窓枠に、ひとりの女が腰掛けていた。
「うぬが儂を呼んだのか」
輝く金の長髪を持つ女だ。
背後の夜の闇との対比が美しい。
その美貌に相応しい尊大な態度をしている所為で、彼女が腰掛けているただの窓枠が玉座のように見えてくる。
優子が初めて会うタイプの女性だ。
しかし不思議なことに、その姿には見覚えがあった。
というか、つい先程見たばかりだ。
「夢の女の子……?」
外見年齢が二十歳くらい違うが、その頭から伸びる金色の輝きや、整った顔など、所々に面影がある。
困惑しっぱなしの優子に対して、金髪の女は「ふん」と鼻を鳴らすと、
「なるほど。夢魔(サキュバス)か」
優子の正体を一目で看破した。
「時にマスターは主従間のパスを介してサーヴァントの記憶を夢に見ることがあるという。万物の無意識に干渉可能な夢魔の力を持つうぬは、その現象が通常より強く、やや異なった形で発生したらしいのう」
女の顔に重なるようにして、いくつかの文字列が見える。
クラス・セイバー。その他、圧倒的なステータス値の数々。
それは彼女がサーヴァントという超常の存在であることを意味している。
「おかげで儂は召喚早々、土足で記憶の中に踏み込まれたわけじゃ」
「すみませんすみませんすみません! 勝手に記憶の中を覗かれるって気分が悪いですよね! うっかりじゃ済まされませんよね! 本当にごめんなさい!」
顔中からぴょこぴょこと汗を飛ばして涙目で謝る優子だった。ともすれば全力で土下座しかねない勢いだ。マスターはマスターでも、彼女のバイト先のマスターみたいである。
金髪のセイバーは優子の謝罪を興味なさげに聞き流した。
元より彼女は、優子と話すつもりではなかったのかもしれない。今まで喋っていたのは、相手の返答を聞く気がない壮大な独り言だったのかも。
彼女は窓枠から腰を浮かせ、部屋の外へと体を向け、窓枠に足を掛けた。
「えっ、あの、セイバーさん──でいいんですよね? ──何をしているんですか? そんなことしたら外に落ちちゃいますよ? あぶない……」
「投身自殺程度でくたばれるなら、儂の人生は、鬼生は、もっと上手くいってたわい──なに、大したことではない。むしろ大したことをするための野暮用に出かけてくる」
「野暮用?」
「聖杯戦争に呼ばれたサーヴァントがやることなど、ひとつに決まっておろう──蹂躙じゃ」
優子の顔から血の気が引いた。
蹂躙。
それはつまり、誰かを傷つけるということで──
「……っ! そんなことダメです!」
「聖杯戦争の参加者が言う台詞ではないのう」
セイバーは振り返った。
髪の隙間から覗く金色の両目で睨まれた瞬間、優子は身動きが取れなくなる。まるで蛇に睨まれた蛙だ。優子の本能的な部分が、セイバーが自分より上位の生物だと、上位の怪異(まぞく)だと理解していた。
「……おい角娘。その口ぶりからして理解しておらぬようじゃから、ひとつ教えてやろう。この戦争において、儂がうぬに求める立ち位置は主でなければ従僕でもない。ツーマンセルのバディなんてもっての他じゃ──楔じゃよ」
「くさび?」
「儂という反英霊の影法師を現世に繋ぎ止めるための、生きた楔にすぎん」
ざわ、と。
セイバーの髪が意思を持ったように蠢いた。
金の長髪はいくつかの房を成し、やがてその先端はそれぞれ別の形と色を得る。
ある髪束は透き通るように白い骨の腕。
ある髪束は血のように真っ赤な肌をした筋骨隆々の腕。
ある髪束は黒い毛むくじゃらの獣じみた腕。
ある髪束は鱗が生え揃ったぬめりけのある腕。
ある髪束は肌の代わりに甲殻類のような外殻で覆われた腕。
ある髪束は不定形の泥の腕。
ある髪束は何匹もの蛇が絡み合うことで出来た腕。
腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕。腕──異形の、腕。
それらを髪から伸ばしているセイバーは、ただひとりで百鬼夜行を再現していた。
腕たちは皆一様に、優子を指差している。
批難するように。指示するように。攻撃するように。
まるで、歯の代わりに腕を生やした巨大な口で、まぞくを丸齧りするかのような光景だ。
腕の群れはそのどれもが、たとえたった一本だけであっても、向けられるだけで恐怖を感じる輝きを、爪の先端から放っていたが、中でもより一層恐ろしい輝きが、それらの中心から伸びていた。
それは、セイバーがいつの間にか握っていた、長い刀である。。
銘は心渡。
数多の怪異を斬ってきた、怪異殺しの妖刀。
彼女が最優のクラスに収まった所以であるその武器は、切っ先を優子の鼻先へと向けている。
「儂が自分より弱い他者に召喚されるという屈辱を味わい、記憶を勝手に覗かれる無礼を働かれても生かしておいてやったのは、単にうぬが死ねば儂も消滅するからじゃ。そうでなければうぬなんぞ、今頃食ろうておったわい」
「…………っ!」
「元より、たかが夢魔の分際で、怪異の王たる儂をどうこうするなど無理なことよ。どうやら世話役は他におるようじゃし、うぬはそやつに面倒を見てもらいながら、死なないように大人しくしておけ。儂はその間に他の参加者を──」
「ダメーっ!」
今後の方針めいたものを言いながらその場を去ろうとしたセイバーに向かって、優子は叫んだ。
「だから、じゅーりんなんてダメですってば! あなたが私に何を求めているかは、ちょっと言い方が難しくて分からなかったけど(楔ってなに?)、たとえマスターとして認めてもらえていなくても、ダメなものはダメってはっきり言わせてもらおうか! だいたい何が、怪異の王ですか! こちらだって一応、ひとつの町のボスを務めているまぞくです! 王様なんかにビビって黙り込むなんて、出来ません! 言うべき時はビシッと言わせていただきます!」
先ほどまで弱弱しかった語気が段々と強くなる。
セイバーは知らなかっただろうが。
吉田優子は普段腰が低いが、一度「これ」と決めると絶対に曲げない、強い信念を持つ少女だ。
「この頑固者が」
セイバーはその美貌を忌々し気に歪めて吐き捨てた。
「そもそも儂が聖杯戦争に勝利することは、うぬにとって悪い話でもあるまい。うぬだって叶えたい願いがひとつやふたつはあるじゃろう?」
「そんなことな……」ごせんぞの封印の解除とか。お父さんや桜さんの復活とか。あとやってるソシャゲで最近ガチャに実装された好きなキャラの完凸とか。あとあと桃の闇堕ちフォームの紐の謎を解き明かしたい。「……な、ないことはないけれどっ!」こういう時に欲望がふと頭を過ってしまい、はっきりと否定できなくなるのが、優子の優子らしいところだった。「でも、誰かを殺して叶えたいとは思わない!」
聖杯で願いを叶えれば、優子の人生はもっと豊かになるだろう。
たとえば、それで町の平和を叶えれば、彼女の周囲はより一層笑顔で溢れるに違いない。
だけど、その為に誰かを蹴落としたら──優子は今後、周囲のみんなに顔向けできなくなる。
聖杯のおかげで桃がいつでも素敵な笑顔を浮かべられるようになったとしても、それを未来永劫直視できなくなる。
それは──嫌だ。
「お願いですセイバーさん。じゅーりんなんてやめてください。あなたの願いが何なのか、まだ分からないけれど、聖杯を使わなくてもそれが叶う道を、私も一緒に探──」
「は」
優子が言い終わるよりも前に、セイバーは音を発した。
「は「は「は「は!「はは!「ははは!「はははは!「ははははは!「はははははは!「ははははははは!「はははははははは!「ははははははははは!」
それは聞いているだけでぞっとする、凄惨な哄笑だった。
笑うだけでこれだけの恐怖を他者に与えられるセイバーは、紛れもなく真の怪物である。
「ははは──道か。くくくっ。なかったよ、そんなもの。少なくとも、あの世界の儂の前にはな。……いや、あったとしても気付けなかったと言うべきか」
セイバーは意味深に呟いた。
「だが、どこか別の場所には、別の世界には、上手くいった道があった。『あの世界の儂』がその道をどうして歩けたのかは未だに分からぬし、奴らの姿を思い出すだけで臓腑が嫉妬と切なさで軋むが──いずれにせよ、こんな儂にもチャンスはあったわけじゃ。聖杯が万能の願望器だというのなら、その道を見つけてもらおう。来た道を戻り、案内をしてもらって、正しいルートを王道のように堂々と歩ませてもらおう」
話は終わりだ。
そう言わんばかりに、セイバーは再び窓枠に足をかけ、外に広がる夜の世界へと羽ばたこうとする。
その背中に向かって、優子は咄嗟に手を伸ばした。
「──待って!」
それは、思わず口をついた制止の言葉だった。
しかし、曲がりなりにもセイバーのマスターである優子が、令呪の刻まれた手を伸ばし、セイバーに向かって強い感情を込めた命令を叫んだのなら、それはただの言葉では終わらない。
ギンッ、と。
優子の小さな手の甲に刻まれた令呪の一画が、血のように赤黒い光を放つ。
やがてそれは強制力を持った膨大な魔力となり、セイバーの霊基を縛ろうとする──が。
セイバーは止まらなかった。
「待って」という言葉と共に発動した令呪一画分の命令は、最強の怪異の前に、ガラス細工のように呆気なく砕け散り、無為に帰す。
セイバーは何事もなかったかのように飛び立ち、やがて、その姿は夜の闇に溶けた。
「え、あ…………」
他に誰も居なくなった部屋で、遅ればせながら自分がセイバーに令呪を使ってしまったことに気付き、そしてそれが不発に終わったことを知る。
その時、優子はふと思い出した。
先ほどセイバーは言っていた。
「どうやら世話役は他におるようじゃし、うぬはそやつに面倒を見てもらいながら、死なないように大人しくしておけ」──世話役?
そんな者がいただろうか? と室内を改めて見渡す。
すると、
「……みこやー……」
声がした。
「シャミ子やー……」
聞きなれた声だった。
「ごせんぞ!?」
優子は部屋の隅に転がっていた邪神像を拾い上げた。
見た目は埴輪に簡単な顔を描いて角を片方だけ生やした古代感溢れる滑稽な骨董品だが、その正体はシャミ子のご先祖・リリスが封印されている、ありがたい像なのである。
「いったい、いつから……?」
「最初からだ。子孫が使い魔に恫喝されているのを、文字通り手も足も出ずに見せられているのは歯痒かったぞ……」
「すみません、気付きませんでした。さっきまでセイバーさんに圧倒されてて」
「えっ、それって余があの吸血鬼よりオーラがない……ってコト? 見た感じ、あやつ余より四千歳は年下なんだが……」
「えっ、あっ、いえ、ごせんぞにオーラがないなんて……、そ、そんなことは……!」
目を白黒させて両手をあたふたと動かしながら弁明の言葉を探すシャミ子だった。
怪異の王であるセイバーと対峙していた時よりも、ご先祖を相手にしている時の方が緊張して見えるのは、なんだか奇妙である。
「いやあ、しっかし」ごせんぞは言った。「まさか一族の復興を目指している最中に、こんな戦争に呼ばれるとはな。しかも、呼び出された使い魔はあまりいい子ちゃんではないときた。見たところ、召喚の儀式に際して触媒が消費された形跡はないし、おそらくあやつは、まぞく繋がりの縁だけで闇系英霊の中からランダムに呼び出されたのだろうな」
「なんだかマジカルバナナみたいですね」
マジカルバナナ。シャミ子といったらまぞく。まぞくといったら怪異。怪異といったらセイバー。
「あれ? じゃあ、まぞく以外の繋がりで──たとえば、ご先祖由来のメソポタ系の繋がりでメソポタ系の誰かが召喚される可能性もあったんですか?」
「十分にあり得ただろうな。たとえば王は王でも怪異の王とやらではなく、なんか財宝を山ほどコレクションしていたのメソポタの王様なんかが召喚されていたら、シャミ子の血に流れる余の魅力にイチコロされて服従を誓っていただろうな!」
「す、すごい……!」
この場に冷静な視点を持つ第三者がいたら、リリスの言葉に「ほんとかなあ?」とツッコミを入れていたかもしれないが、ご先祖のことを心の底から尊敬しているシャミ子は目をキラキラと光らせるだけだった。
「……ともあれ、どうするシャミ子? 余としてはやはり、子孫であるおぬしの安全を第一に考えたい。となると、あの吸血鬼にこれ以上口出しして反感を買うのは、あまりかしこな行動ではないぞ。次も脅しで済むとは限らぬからな」
無論、リリスはあくまで案のひとつを挙げたまでだ。
本音を言えば、彼女だってセイバーの暴走を止めたいに決まっている。
だけど、子孫のことを第一に考えて、現実的な大人の視点でアドバイスをするなら、やはりこうなってしまう。
「心配してくれてありがとうございます。──でも」
シャミ子は、ごせんぞの言葉に込められた思いやりを十分に理解した上で、それでも首を横に振った。
「セイバーさんが誰かを悲しませようとして、私にそれを止められる可能性があるのなら、やれるだけのことはやりたいです」
それに。
シャミ子は思い出す。
セイバーの顔を。
そして、夢の中で見た、金髪少女を。
彼女が流していた涙の理由は、まだ分からないけれど。
「あんな泣き顔を見たのに放っておくことなんて……できません」
【クラス】
セイバー
【属性】
混沌・悪・地
【ステータス】
筋力A++ 耐久A+ 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具C
【クラススキル】
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない
騎乗:EX
怪異の王である彼女は、竜種を含めた全ての魔獣への騎乗が可能である。
【保有スキル】
怪異の王:EX
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。
セイバーは最強の怪異である。
並の英霊なら拳一つで爆散させる『怪力』、ナイトウォーカーの象徴的行為である『吸血』、宝具のレプリカすら作成可能な『道具作成』、霧や闇そのものと同化する『気配遮断』、どれだけ体を破壊されても即座に復活する『戦闘続行』等との複合スキル。
吸血鬼の弱点である太陽の光を浴びて体が燃え上がろうとも、セイバーの肉体はすぐさま再生する。あまりに高ランクの吸血鬼には、もはや弱点すら通じない。
美の顕現:A
麗しき吸血鬼としての、おそるべきカリスマ性。他者(エサ)を惹きつける魅力。
セイバーは常に、月どころか太陽さえ霞む程の美の光を放っている。
ちなみに、本スキルはこのランクでもセイバーにとっては相当下降している状態である。
仮にセイバーが吸血鬼になる前の姿──キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード・リリィとして召喚されていたら、このスキルのランクは超越性を示すEXとなっていた。
日傾にて:B
眷属を失い、人類を吸血鬼の成り損ないに変え、世界を滅ぼし、自殺を試みたが失敗したキスショットの絶望。狂気。自暴自棄。あるいは弱過ぎるメンタル。
このスキルを持つセイバーは、あらゆる説得、誘惑、精神干渉、果ては令呪による命令すら一画消費程度なら──かつての従僕に関する事柄を除いて──聞き入れない。
また、このスキルによってセイバーは怪異の王にして異聞帯(もどき)の王であったことが証明されており、『世界を滅ぼした』実績を持つ彼女は、存在そのものが一種の対界宝具に近くなっている。
【宝具】
『妖刀・心渡』
ランク:C+++ 種別:対怪宝具 レンジ:2 最大捕捉:1
大太刀。
万物を両断する非常に鋭い切れ味を持ち、数多の怪異を斬ってきた妖刀。
セイバーがこの宝具で怪異に攻撃した際、与えるダメージは絶大なものとなる。ランクのプラス値は相手の怪異としての純度が高ければ高いほど上昇する。
本来はBランク相当の宝具だが、セイバーはこの刀の真の所有者ではない為、ランクダウンが生じている。
【weapon】
宝具
【人物背景】
六月十四日に阿良々木暦が怪異・障り猫に殺された世界の忍野忍。阿良々木暦との信頼関係が少しだけ足りなかった世界のキスショット。
この世界の彼女は第二の眷属を失ったショックから、八つ当たりで人類滅亡を実行し、自殺を試みて失敗している。
異世界からやって来た自分と暦の二人組に呼び出されたが、互いに信頼し、寄り添い合っている彼らを目にしたことで、「そういう道もあったのか」と自分が失敗したことを改めて思い知らされる。
その後、別ルートの自分に血を吸わせることで、彼らに時空間移動を可能とする量の霊的エネルギーを提供し、死亡した。
【方針】
もう一度やり直し、失敗しなかった道を進みたい。
【マスター】
吉田優子@まちカドまぞく
【人物背景】
まぞく。
活動名はシャドウミストレス優子。友人からはシャミ子と呼ばれている。
ボスとして町を守るべく、魔法少女・千代田桃と共に、日々さまざまな事件を解決している。
4、5000年前から続く夢魔の血族の末裔であり、眠ることで万物の共通無意識──いわゆる夢──に潜り込む能力がある。
病弱だった過去があり、素の運動能力は低め。
名前の通り心優しい性格をしている。
【能力・技能・武器・道具】
優子の力を掛け算的に増幅し、棒状の物ならなんでも自由に変形できるすっごく便利な杖。たぶん神話級の逸品。
現実世界でもうちわや中華鍋、知り合いの魔法少女の武器のコピーなど色々変形できるが、夢の中で使用した方が変形の自由度が高く、架空の武器やゲームのアイテムも出せたりする。
シャミ子の戦闘フォーム。
肌面積がやべえ広く、パッと見は通報不可避のコスプレ痴女。
この状態だとちょっとだけ身体能力が上昇し、調子が良くなる。
シャミ子のご先祖・リリスを模した古代感溢れる像。
封印空間にいるリリスと繋がっており、これを介して会話をすることが可能。
地面に置けばドアストッパーにもなる。
リリスの魂に近い形をした人型のよりしろではなくこちらにインしているタイミングで、シャミ子の携行品という形で異界東京都に呼ばれた。
【方針】
元の世界に戻りたい。
セイバーを止める。
最終更新:2022年07月23日 07:41