「稀咲君。あなたのことが、好きです」
目の前の女が、オレの最も欲していた言葉を吐く。
「好きです。付き合って下さい」
愛らしい紅顔でオレに蜜語を囁くその女は、橘日向の顔をしている。
オレが狂おしいほどに欲して欲して手に入らなかったその言葉は、嘘のように簡単にオレの心の裏側に滑り込む。
――嘘だ。
「嘘だ!」
オレは声を荒らげて、その女の言葉を否定する。
ずっと聞きたかったはずなのに。その言葉さえあれば、後は何も必要なかったはずなのに。
「嘘じゃないよ」
女は上目遣いで、悲しそうな顔をする。
その大きな目は潤み、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「黙れ」
その女の胸ぐらをオレは掴み、強引に突き飛ばした。
「やめて、稀咲君」
女は床に倒れ込み、怯えたように震える。
オレはそのまま女に馬乗りになり、何度も何度もその女を殴りつける。
拳に血が滲み、息が上がる。
だが、オレは執拗に『橘日向の形をした何か』を殴り続ける。
「……ヤ、やめ……テ……き、きキき……」
次第に女の身体にヒビが入り、黒い油が血液のように吹き出した。
歯車や動力パイプが辺りに飛び散るのも構わず、オレは『それ』に暴力を加え続ける。
しばらくして、橘日向の形をしていた人形(オートマタ)は完全に動きを止めた。
オレは息が上がり、その場に尻もちをつく。
「おやおやおやおや! 稀咲クン、異世界で寂しいだろうと、せっかくボクが作ってあげた人形(カノジョ)を壊してしまったのかい?」
部屋の扉を開け、ワインを片手にサングラスとたっぷりのカイゼル髭を蓄えた銀髪の老人がおどけた調子で現れた。
「キミとボクは令呪で繋がっている。だからキミの想い人も手にとるように分かっちゃうんだよ~ん! おっぺきょり~ん!」
老人はオレのことを逆撫でするのを分かっていながら、自身の顔を両手で縦に伸ばし、いけしゃあしゃあとそう言ってのける。
「黙れ。オレのことはマスターと呼べ。それから、こういうことを次にやったら令呪を消費してでも、お前には罰を与える」
この男に令呪を使って与えた痛みなど意味がないだろう、そう思いつつもオレは言葉を抑えることができない。
先程、このオレのサーヴァント、ランサーが言った通り、オレたちは令呪で繋がっている。
そう、罰。罰だ。オレの手には東京卍會の象徴である『卍』に『×(バツ)』が入った形の令呪が刻まれている。
おそらく、人を裏から操り、散々痛めつけてきたオレに対するこれが罰なのだろう。
「えー、オホンオホン! ゴホンゴホン!」
しばし物思いに耽っていたオレの肩を、馴れ馴れしくランサーが叩く。
「以前に稀咲ク――マスターに言われた通り、本当はボク以外の手で何かを作るなんてのはイヤなんだけど、そうは言ってらんないし、アポリオンを作るための量産体制を整えたよ~ん。
何でもやってみるモンだ。誰もいない廃工場を乗っ取って、ちょっと中の装置を弄れば簡単に増産できるようになったよ。これが生身でもしろがねでもない、サーヴァントの力ってやつなんだねぇ……」
しみじみとアゴの髭を撫でるランサーは不気味なほどに嬉しそうだった。
こいつは『ドス黒く燃える太陽』だ。オレはランサーのことを、そう評している。
自分のために起こる犠牲は全て仕方のないことだと完全に割り切り、自身の利益のみを『愛』の名のもとにひたすら追い求めている。
そんな狂人が、全てを燃やしつくすような技術力と頭脳を手に入れたのだから手に負えない。
コイツは何百年もの間、ひたすら女性を愛し、失恋し、そして愛に狂い続けてきたのだ。
オレは月でいい。
昔、吐いた言葉がオレの脳裏に蘇る。
そう、オレは月でいいんだ。
月は太陽のように一人では輝けない。
だけど、だからこそ、月には月なりの輝き方がある。
「オレもお前と同じ、道化(ピエロ)だ。欲しい物は手に入れる」
オレはランサーにそう呟き、壊れた人形(カノジョ)の転がった根城を後にした。
【クラス】
ランサー
【真名】
フェイスレス@からくりサーカス
【ステータス】
筋力:D 耐久:B 敏捷:C 魔力:B 幸運:D 宝具:B
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
【保有スキル】
道具作成:B
魔力を帯びた器具を作成できる。
ランサーの場合は、人形や機構などの機械的な道具の作成が得意。
なお、フェイスレスはキャスタークラスでの召喚が多いが、今回はランサークラスであるため、このスキルは1ランクダウンしている。
不屈の意志:A+
あらゆる苦痛、絶望、状況にも絶対に屈しないという極めて強固な意思。
肉体的、精神的なダメージに耐性を持つ。
人間観察:B-
人々を観察し、理解する技術。
ただ観察するだけでなく、名前も知らない人々の人生までを想定し、忘れない記憶力が重要。
【宝具】
『三解のフェイスレス(メルト・アンド・ブレイク・アンド・グラスプ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:10
ランサーが生前に有していた特技が宝具に昇華されたもの。
3種類の『解』を使い分け、対象にクリティカル値を上昇させた攻撃を行う。
対象が人形属性を持つ場合は特攻となり、命中すれば必殺になる。
●分解:服の中にしまってある工具を使い、物体を素早く分解する。
●溶解:掌の装置から強力な酸を放出し、対象を溶かしてしまう。
●理解:自動人形たちに創造主であることを理解させ、平服させる。
【weapon】
全身を機械化することによって得た身体能力、および「三解」に使用する無数の工具。
【人物背景】
「三解」のフェイスレス。サイボーグ「しろがね-O」たちの司令官。
横恋慕した女性を三代にわたって追いかけ回し、その過程で全人類を不幸にした狂人。
人を笑わせなければ激しい呼吸困難に陥る「ゾナハ病」をばら撒き、世界を滅ぼそうとした。
【サーヴァントとしての願い】
フランシーヌに愛されたい。
【マスターとしての願い】
橘日向のヒーローになりたい。
【能力・技能】
己の目的を果たすことを決してあきらめない不屈の精神と、人を裏から操り、有利な状況を整える天才的頭脳。
【人物背景】
東京卍會の参番隊隊長を務めていた男。
小学生の頃に橘日向に一目惚れし、一方的に失恋。
その後はストーカーと化し、日向に振り向いてもらうために不良へと転向。
様々な手練手管を使用し、東京卍會を強大な犯罪組織へと変貌させた。
【令呪】
卍にバツが入った形。
【方針】
優勝狙い。
まずは計画の第1段階として、アポリオンを東京中に蔓延させる。
最終更新:2022年07月18日 23:10