「心底理解に苦しむね」
辟易したように眉尻を下げて肩を竦める青年は凡愚の身形をしていなかった。
黒の長髪に僧職を思わす五条袈裟を纏った上でその背丈も日本人離れした高さとなれば風格は自ずと後から付いてくる。
その上でモデルやアイドルに転向したとて通じるだろう端正な顔立ちまで備わっているのだから、天は人に二物を云々の訓はとんだ虚言といえた。
そんな彼は辟易したように肩を竦めながら、隠すつもりもない嘲笑を自らの主へと向けていた。
しかしてあるのは嘲りだけではない。
その奥には主への嫌悪が蜷局を巻いている。
ディスプレイの明かりが並ぶ机の前で椅子に腰掛けて青年を見つめる主君は、ひどく華奢で色素の薄い少女だった。
英霊に年齢という概念を適用して語るのも妙な話だが、外見だけで見たなら彼よりも十歳以上は確実に下だろう。
そんな娘が、かつて最悪の呪詛師と呼ばれた男を三画の刻印のみを頼りに従えている。
ひどく可笑しな話だった。
彼も…他でもない娘自身もそう思っていた。
「君は元の世界に帰りたい。そして私は聖杯を手に入れ生前果たせなかった理想を叶えたい。
利害が一致しているのならば、後は最短距離で目的の達成に向け漕ぎ出すべきだと思うんだけどな」
彼らの道は決して別れてはいない。
元の世界に帰るにしても、この異界を抜け出す手段が確立されていないのだから現状は聖杯戦争に勝つ事のみがそれを叶える唯一の術になる。
キャスターのサーヴァントたる彼が全ての敵を滅ぼして熾天の頂へ至る事。
それが"帰りたい"という彼女の願いを叶える最適にして最短の手段なのだ。
娘もそこに異論は唱えなかった。
彼女が拒んだのは勝利するという方針ではなく、それを貫く上で彼が行わんとしていた所業の方だ。
「再三に渡り説明したつもりだが…不足だったようだからもう一度講釈してあげよう。
この異界の街に存在する人間は全てNPC(ノンプレイヤーキャラクター)、つまり人形のようなものだ。
誰かが聖杯に至って戦争が平定されればどの道世界ごと消滅する泡沫以下の蜃気楼さ」
呪霊操術。
それが呪詛師の彼が用いる術式だ。
読んで字の如く呪霊を操る術式。
彼が所有する六千体以上の呪霊を意のままに解き放ち動かす究極の手数。
これを用いてNPCを対象とした魂喰いを行いつつ、異界東京都に潜むマスター達を炙り出し叩く。
自軍を肥え太らせながら着実に敵も減らせる妙手である。
しかしこのやり方を彼のマスターは頑なに拒んだ。
強行するなら令呪を使ってでも止める、その勢いでの拒否だった。
「それらの犠牲を厭う君の考えは"優しさ"なんて高尚なものじゃない。
心の贅肉というものだ。ひどく愚鈍で有害な、今すぐに切り落とすべき甘さだよ」
彼とて最悪のケースは想定していた。
敵を倒すのはいいがマスターまで殺すのは止めろとか、そういう甘ったれた事を言い出す可能性は考えていた。
だが魂喰いという合理的な戦略にまで難色を示されるのは想定の外。
討伐令を下す監督役や裁定者のサーヴァントが存在しないこの東京において、それは最も優れた食い扶持である。
それをつまらない感情に任せて拒むとはとんだ無能に呼ばれてしまったものだと、そう思わずにはいられない。
瞳の奥に数多の命を奪い踏み潰した凶光を一筋灯しながら、改めて己のマスターへと問いかける。
頭が痛かった。
本当は契約関係で繋がれているだけでも腹立たしいというのに。
今回の件を抜きにしても――この娘は己にとって頭の先から足の先まで、骨は愚か魂の髄まで忌まわしい嫌悪の対象であるというのに。
「それでも君は人形の死を拒むのか?」
「うん――それでも」
少女はただ真っ直ぐに呪詛師の目を見上げていた。
寒色の髪に色の薄い肌。
力を込めれば呪力に頼らずとも簡単に手折れそうな程か細い手足。
体のどれを取っても弱々しい印象しか与えない羽虫のような小娘であるにも関わらず。
彼女はただ毅然と、呪詛師(キャスター)が。
「わたしはもう、あなたに誰も殺してほしくない」
…また誰かの命を奪うのは嫌だと、我儘を吐いていた。
時計の針は宵の刻を指している。
呪詛師・
夏油傑は憚る事もなく嘆息した。
彼にとって人間一人の感情を変えさせる事などは造作もない。
どれだけ強情な人間でも皮を剥いて神経を弄ってやれば。
あるいは安らかとは程遠い死の気配を味わせてやれば、その心は容易く砕け散る。
研鑽を積み正しい力を持って邁進する呪術師ならばいざ知らず。
「いいご身分じゃないか。自分は安楽椅子に座っているか強者の影に隠れるかしかできないのに、意志の強さだけは一丁前とは」
術式も持たず。
覚悟もなく。
挙句の果てに存在するだけで呪いの生まれる土壌を形作る。
「胸を張るといい、
宵崎奏。君は実に模範的な猿だ――君達の事が大嫌いなこの私が保証するとも」
そんな猿の心根一つ動かせないのが今の夏油だ。
宵崎奏というちっぽけな猿の手にある令呪が。
そして、要石無くして英霊は存在できないという忌々しい"縛り"が。
夏油をこの猿の飼い犬に貶めていた。
そうでなければこんな猿の一匹、話を聞く間もなく呪霊の腹にでも押し込んでやるだけなのに。
令呪と要石という二つの縛りが…最悪と呼ばれた呪詛師の采配を、鉛で塗り固めたように重く鈍いものへ歪めているのだった。
◆ ◆ ◆
英霊の断末魔は猿共のそれと何ら変わらない。
大概は無念の色に彩られている。
英霊の座というのも玉石混淆なのだろう。
玉から石まで選り取り見取りということか。
逃げ去るマスターの体を地から這い出た巨大な芋虫が丸呑みにして咀嚼する。
骨が砕けて肉と混ざる音を他人事のように聞きながら踵を返す夏油。
本戦までの道すがらに立ちはだかる敵を一つ潰せたと言うのに、その表情に浮かれた様子はなかった。
道化じみた笑顔も鳴りを潜め。
ただ虚ろな無の貌(かんばせ)だけがそこにはある。
自分に、これ以上手を汚さないで欲しいと願った娘の顔が思い出された。
高尚な事を言っていた。
だが結局はこれだ。
アレに実際に凶行を止められるだけの知恵はない。
目前で犯そうとすればそれこそ令呪も使いかねない危うさはあるが、何も言わず影で殺す分にはアレは自分を止められない。
その実に猿らしい無力さは夏油にとって本来愉快痛快。
しかして彼は嗤わない。
そうする事すら疎ましい程、夏油はあの娘の事が嫌いだった。
「戻ったよ」
望み通り当面は魂喰いは控えよう。
しかしあくまで当面の話だ。
敵は殺す。
再契約を結ばれる危険を避ける為にも敵のマスターは呪霊の餌にする。
そしていつか状況が整えば、当初の予定通り魂喰いを決行して自軍の総力を高める工程に入る。
その時もまだ立ち塞がるというならば。
その時はマスターの鞍替えすら視野に入れて考える。
猿の浅い性根を騙し欺く事など、夏油に言わせれば赤子の手を捻るように造作もない些事なのだから。
「…戻ったと言っているんだけどね。相変わらず良いご身分で」
「あ――ごめん、キャスター。無視した訳じゃないんだ」
戻ってきた家の中には明かりの一つも点いていない。
宵崎奏は机の前に座り、無機質なブルーライトに照らされながらキーを叩いていた。
そこに視線をやれば表示されているのは譜面。
ゲームか何かに興じているのかとも思ったが、すぐに違うと分かる。
彼女は曲を創っているのだ
自分の頭と指で新たな音楽をこの世に生み出そうとしているのだ。
平穏から切り離されたこの異界東京都の只中にありながら。
何度目かの溜息が口をついて出た。
更には厭味ったらしい小言も。
「君は選ぶべきだ」
夏油に音楽の心得はない。
だが画面を見ればそれが高度かどうかの判別は付く。
奏の曲作りは単純な趣味の範疇に収まるものではなかった。
自分の人生を擲つ勢いで心血注いで打ち込む"存在証明"。
非術師が何を創り何に命を懸けようが夏油の知った事ではなかったが…
「両方は選べない。人生はそう都合よくは進まない」
人は誰しも全能を空想する。
夏油にとってそれは"最強"だった。
自分達ならば何でもできると本気でそう信じていた。
典型的な若気の至りだ。
早く夢から醒めていれば良かったものを。
敗北の泥と喪失の澱に呪われるまで、ついぞ自分は気付けなかった。
そして今も。
夏油傑は夢を見ている。
見続けている。
現実という汚泥の中で楽園の夢を空想し続けている。
「死ねば君の曲が何かを産む事もない。誰かの心に届く事もない。
君のような非力の猿に両方を選ぶ道は歩めない。
力ある者にすら歩む事の叶わない道を、術の一つも使えない小娘が歩めるものか」
非術師を淘汰した呪術師だけの世界。
呪霊が生まれる事がなく。
そして力無き弱者という名の衆愚に正しい者達が足を引かれる事もない極楽浄土。
それが夏油の抱く願いであり野望だ。
聖杯を手に入れたなら彼の生まれ育った世界から、彼が猿と呼ぶ人種は草の根残さず消え去るだろう。
その願いの元彼は此処に居て。
この呪いを呼び寄せた奏は、その死と呪詛に塗れた願いを知っている。
そうでなくば"もう"誰も殺して欲しくない等という言い回しはすまい。
なのに――
「やっぱり優しいね、キャスターは」
なのに何故、この娘はそんな言葉が吐けるのか。
矛盾している。
潔癖じみた善性を謳いながら非術師の虐殺を是とする呪詛師を従え、あまつさえ優しいだなどと評するなんて。
苦笑しながら奏はまた夏油の顔を見上げた。
アイスブルーの瞳の奥底にあるもの。
その正体がようやく分かる。
「キャスターの言う事は…正論だと思うよ」
「ならば」
「でも、見捨てたくないんだ」
「――何故」
「ずっと昔に決めたから」
一歩踏み外せば死が待つ呪わしき死滅の儀式にありながら。
誰かを犠牲にしたくはないと、見捨てたくないと夢を見る娘。
その根底にあるものはなんてことのないありふれた概念。
夏油傑もよく知る慣れ親しんだもの。
人間という生物がこの世に発生した恐らくその瞬間から存在した病。
「どんな人でも救える曲を作るんだって――決めたから」
あぁ。そういう事かと。
夏油はやっと納得できた。
宵崎奏は呪われている。
誰かを救うという縛りを自らに科して。
自分自身を呪いながら誰かを救う、後先のない救世主。
いつか燃え尽きる身代わり人形。
その道に先は無い。
茨の道を歩き続けた末に、報われる事もなく断崖を転げ落ちて死ぬだけだ。
もしくは挫折して歪み果てるか。
傲慢な正論を得意げに振り翳して最強を騙り、夢破れて死を振り撒く事しかできなくなった誰かのように。
ヒトの出会いは引力のように引き寄せ合う。
ならば宵崎奏が…全てを救う事を志す傷だらけの救世主が。
数多の死の上に立ちながら救世を謳う敗残者を呼び出してしまったのは、つまりそういう事なのだろう。
夏油傑は誰かを救うという生き方の成れの果てだ。
弱さという名の醜さに尊さという仮面を被せて見ないフリをし続け。
それでもと彼らに寄り添い続けた男の腐乱死体こそが夏油傑(これ)なのだ。
「わたしにできる事があれば何でもする。危険な事だって頑張るから」
「思い上がるな。君にできる事など何一つない。
君は私をこの世界に留める要石で、私が理想を遂げる為の道具に過ぎない」
「じゃあキャスターがわたしを使って。わたしはあなたの道具なんでしょ?」
「君は…」
眉根を寄せる。
それは家族達の前に立つ救世主としての顔ではなく。
現実に呪われ悪夢に酔う事を選んだ、あの日の人間の顔だった。
「――お前は、何がしたいんだ」
その答えは夏油自身分かっている。
宵崎奏は救世主なのだから。
縛りは誰かを救う事。
得られる対価は、生きる事。
そんな女のしたい事があるとすれば。
それは愚かしいまでの――
「わたしは」
決して救われる事のない優しさで、誰かに手を差し伸べ続ける事以外にある筈もない。
「――あなたにも、救われてほしいと思ってる」
◆ ◆ ◆
その夢を認める事はできない。
宵崎奏は夏油傑の生涯を垣間見てそう思った。
彼の理想は他人の死を前提としている。
力無き者全て。弱き者全て。
非術師の猿を皆殺しにし、呪いが生まれる事のない完全無欠の世界を実現する――それは。
誰かを救える曲を作りたいと願い呪われた少女にとって、許す事のできない世界だったから。
しかし奏には夏油を否定できなかった。
彼の見る世界はいつだって汚泥に塗れていて。
その生涯はまるで泥の中を泳いでいるよう。
そして奏は思った。
気付いた、と言うべきか。
――この人はわたしかもしれない。
正しい想いで誰かを救っていた。
しかしいつしか闇を無視できなくなってしまった。
守るべき弱さが憎むべき醜さにしか見えなくなって。
間違った答えを得てしまったから戻れなくなった。
救うと決めた手で誰かを殺して、壊して。
最後の最後にほんの微かな救いに触れて、そしてそれでもまだ解けない呪いに苦しんでいる。
誰かを救う事の意味。
誰かを救い続ける事の重み。
宵崎奏はまだそれを知らない。
奏自身、その自覚はあった。
その目前に突き付けられた"もしも"の自分(わたし)。
…助けたいと思った。
救ってあげたいと、そう思った。
このままじゃ彼は永遠に救われない。
きっと聖杯を手に入れたとしても。
それでもきっと――この人は救われないんだろうなと。
根拠も無いのにそう分かってしまったから。
だから奏は作り続ける。
この世界でも、作り続ける。
誰かを救える曲を。
汚泥の底に沈んでしまった優しい人の魂にも届くような音楽を。
伸ばしたこの手がいつか届くと信じて。
その体を傷つけながら。
他でもない自分自身を勘定の外に弾き出しながら。
宵崎奏は夏油傑を救いたい。
親友の手で与えられた安らかな眠りに、いつか彼が帰れるように。
清らかな光と心で闇の中へと歩んでいく。
いつものように。
そう、いつものように。
【クラス】
キャスター
【真名】
夏油傑@呪術廻戦
【パラメーター】
筋力C 耐久B 敏捷D 魔力A+ 幸運E 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
陣地作成:A
呪術師として"帳"を下ろす。
展開部と外界を遮断し、内部を外から認識できないようにする。ただし認識を阻めるのは魔術、呪術の素養がない非術師に限られる。
更に帳に特殊な条件を加える事で別個効力を付与する事も可能である。
呪術師(呪詛師)として最高位の技能を持つキャスターの場合、特定個人の侵入を妨げる帳の展開すら可能とする。
【保有スキル】
呪霊操術:A++
呪霊を取り込み操る術式。
降伏した呪霊を球体に変化させて経口摂取で取り込む。
サーヴァントの使い魔は愚か、サーヴァント本体でさえ魂の組成次第では術式の対象になり得る。
最大の強みは圧倒的な手数の多さ。呪力行使は呪霊自身の呪力によって行われる為燃費も極端に良い。
キャスターは合計して6000体以上の呪霊をこの術式によって取り込んでいる。
呪詛師:A+
呪力を操り呪いを祓う人間を呪術師と呼ぶが。
逆に呪力を用いて他人へ害を及ぼす者はこう区別される。
キャスターは当代に数える程しか存在しない特級術師である為ランクが高い。
術式の行使は勿論、呪力による肉体強化等幅広い応用の幅を持つ。
カリスマ:D
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、一軍のリーダーとしては破格の人望である。
【宝具】
『呪霊操術・百鬼夜行』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~1000 最大補足:1000人以上
彼が最悪の呪詛師と呼ばれるに至った所以の大規模テロ。
新宿と京都の二都市にそれぞれ千体以上の呪霊を放ち非術師の皆殺しを目論んだ、"新宿・京都百鬼夜行"。
それをサーヴァントとなった現在の霊基で再現する、大規模軍勢召喚/百鬼夜行再演宝具。
『うずまき』
ランク:EX 種別:対城・対霊宝具 レンジ:1~50 最大補足:500人
極ノ番。呪霊操術の最大奥義。
所持する呪霊を一つに圧縮し、高密度の呪力の塊を放出する。
その威力は非常に高いが、呪霊操術の強みである手数を捨てる事にもなる為一長一短。
が――力の真髄はそこではない。
この宝具により一定以上の格を持った呪霊を圧縮した時、術式の抽出と呼ばれる現象が発生する。
呪霊から術式そのものを吸い出して自らの物にできるという破格の奥義。
生得術式を複数使用するという規格外を実現可能であり、また当該術式の項で触れた通り聖杯戦争においては時にサーヴァントすら呪霊操術の術式対象となり得る。その条件を満たしたサーヴァントを取り込めた場合、当然この奥義で術式抽出を行う事も可能である。
【weapon】
特級呪具『游雲』
【人物背景】
最悪の呪詛師と呼ばれた男。
新宿・京都百鬼夜行事件の首謀者。
【サーヴァントとしての願い】
世界の清浄。かつて思い描いた地平の実現。
いずれはマスターである宵崎奏をも殺して理想を叶える心算。
【マスター】
宵崎奏@プロジェクトセカイ
【マスターとしての願い】
元の世界に帰る
【能力・技能】
作曲家としての抜きん出た才能。
本職の作曲家をして賞賛させ、同時にその自信を喪失させる程の天賦の才。
奏にとって祝福でもあり呪いでもあるギフト。
【人物背景】
救世主たれと呪い呪われた少女。
そして実際にそうあれる才能を与えられた幼子。
【方針】
協力できる相手とは手を取り合いたい。
キャスターの事も救ってあげたい
最終更新:2022年07月28日 20:50