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     アリスよ。子どもじみたおとぎ話をとって
     やさしい手でもって子供時代の夢のつどう地に横たえておくれ
     記憶のなぞめいた輪の中
     彼方の地でつみ取られた巡礼たちの、しおれた花輪のように

                        ───ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






あたしはどこにいるんだろう。
あたしはどこにいきたかったんだろう。


最後まで残っていた右脚の感覚が、とうとうなくなった。
右足、とけちゃったのかな? 不安になる。視線を落とそうとして、でも、あれ? 首が動かない。
しょうがないので目だけを動かして、そこにあるはずの足を探す。ぼんやりと霞む視界の端に、スカートの裾から覗いた白い足を見つける。
ああ、よかった。まだあたしはひとなんだわ。そう思ってほっと息を吐こうとして、自分が息をしていないことに気づく。

体の感覚が少しずつなくなっていることに気づいたのは、一体いつのことだっただろう。
少しずつ、少しずつ、自分が存在するためのリソースを取り込むたびに、自分という存在を水で薄めるかのように希釈されていくあの感覚。
最初はとても熱くなって、冷たくなって、震えが止まらなくなって、そして何も感じなくなる。
あたしはずっと歩いているのだけど、もうあたしは自分が本当に歩いているのか、本当に足を動かせているのか、実はとっくに倒れて夢を見ているんじゃないか、何もわからなくなっていた。
目はみえるわ。耳もきこえる。でも、もうこえはでないの。
あたまの中はぼんやりかすんで、もやがかかって。まるで起きながらゆめをみているような気分なのに、ゆめのようにここちよくはない。

ねむくなる───ゆめにおちていく。
少しずつ「あたし」がこわれていく。
なにもわからないわ。
なにもしらないの。
かこも、きおくも、なまえさえ。ながれるなみだのいみすら、もうわからない。

ただ、たいせつだったことだけはおぼえている。
あれは、そう、いつだっただろう。そのときあたしはひとりじゃなかった。
×××がいて、××××××がいて、それはしあわせなワンダーランド。
さんにんはいつだっていっしょにいたわ。

×××。たいせつなあたしのともだち。
××××××。ふたりしかいなかったせかいで出会った、さいしょでさいごのひと。

たくさんわらったわ。とてもうれしくて、すごくあったかくて、だからあたしたちはずっとずっとわらっていたの。
ええ、たのしかったわ。たのしかったの。だから、あのときだってないたりしなかった。

……あのとき。
××××××が、いなくなったとき。



「いかないで××××××」

「あたしをおいていかないで」



きおく───とうとくかがやくもの。

きおく───それは、とてもあたたかな。


あたしがずっとほしかったもの。ほしくて、ずっとてにはいらなかったもの。
あのひとはそれをくれたから。きっと、あたしにうそなんかつかないから。



「絶対に帰ってくる。約束だ」



やくそく。
……うん、やくそくよ。

あたしはまってる。ずっとまってる。
ずっと、ずっと。

まってるの。
ずっと。
いつまでも。
あなたを。


───おにいちゃん。










「アリスは何処だ?」
「……え?」

開口一番に問われたその言葉に、少女は訳も分からず目を点にするばかりであった。
あれ、あたし、今まで何をしてたんだっけ?
まるで夢から覚めた直後であるように、少女はぽかぽか寝ぼけ眼な心地の頭で、うーんと首をひねった。

ふと気が付けば自分はちょこんと椅子に座っていて、目の前には真っ白なテーブルと、その上に乗ったティーカップ。中には淹れたばかりの紅茶があって、ゆらゆらと白い湯気が立っている。
そして、テーブルを挟んだ向こう側には知らない男の人。
鎧を纏った、ええと、誰?

「え、えっと……」

絶えず疑問符が浮かぶ頭を無理やり落ち着かせて、少女は改めて男を見やる。
一見して彼は、鎧の人だった。黒銀のフルフェイスを装着した彼は、まさしく中世の騎士そのものであり、ひどく時代錯誤めいた様相を呈した姿をしている。
そんな彼は、作法の整った姿勢で以て椅子に腰かけ、ティーテーブル越しに少女と向かい合っているのだった。
誰だろう、わからない。けれどこのまま黙っているわけにもいかず、少女はおずおずと、話しかける。

「……騎士様?」
「アリス」
「え?」
「アリスを探さねば」
「え、待って……え?」

ぎり、と軋むような音。
人であったはずの男の姿が、一瞬ゆがんだように見えた。
彼はまるで糸の切れた人形のように、あるいは朽ち果てた機械のように、人ではありえない不自然な動作と声音で以て、もはや声ではない音と化した声を発した。

「アリスが不足している」
「アリスをよこせ」
「アリスを訪ねる」
「アリスはどこにいる」
「お前がアリスを隠しているんだろう」

「ええと……ありすありすよ?」

「さつが───いや、君はアリスではないだろう」

ぴたり、と狂騒めいた声が止む。
ちぐはぐな人形はそこにはなくて、まるで最初からそのように落ち着いていたと言うかの如く、行儀よく腰かける男の姿。
直前の壊れたテープレコーダーっぷりが嘘であるかのように。先ほどまでの狂的な様相は何処にもない。
そのことについて思うところはあるけれど、それより少女には、ありすには看過できないことがひとつ。

「むう……騎士様はあたしを嘘つきとおっしゃるの?」
「む、ああいや、そうか。君もまたアリスという名であるのか。だが君は私の探し人ではあるまい。数奇な巡り合わせではあるが」

探し人───
そう語らう彼は、どこか遠くを見るような素振りであった。

「私は探しているのだ。アリスという名の、愛しき少女を。彼女を探さねばならぬという一念だけが、今も私の胸の裡に渦巻き急かすのだ。他は何も覚えてはいないがね」
「何も……」
「そう、何もだ。恥ずかしながら記憶喪失という奴だ。名前、というより与えられた役柄だけは知ってはいるが」

そこで彼は、湯気揺蕩うティーカップを手に取り、口元へと傾ける。フルフェイスの兜はいつの間にか開閉口が開いていて、その素顔を明らかにしていた。
しかし、ありすは彼の顔をはっきりと見ることができなかった。黒く霞んでいたのだ。まるで、黒く染まる霧が顔の周りにだけ充満しているような光景であった。

「私はバーサーカー。サーヴァントであり、君を守護する英霊の一角ということになるらしい。聖杯戦争については知っているかね?」
「……せい、はい。えと、ううん。なんだか聞いたことがあるような気はするのだけど」

記憶の海の底に沈むもの、それを思い起こそうとすると、きりきりと頭が痛む。まるで頭の中に歯車ができて、それが軋んでいるかのようだった。
痛い。何も思い出せない。わかるのは自分の名前と、そしてあとひとつだけ。

「……おにいちゃん」
「うん?」
「おにいちゃんに、あいたい」

何もかもがなくなって、零れ落ちて。
最後に残ったのがそれだった。もう何も覚えていないけど、自分の口が語る「おにいちゃん」が誰だったのかすら、わからないけれど。
大切だったことだけは覚えている。それこそが、ありすの心の裡に残った唯一の真実。

「なるほど。私はこれを数奇な巡り合わせと言ったが、どうやら想像以上であったらしい。そんなところまで私と同じであるとは。
 だが案ずることはない。例え記憶が無くなろうと、想いだけは決して消えない。なにせ、人の想いは永遠なのだからね」
「えいえん?」
「その通り。愛はとても強い感情だ。なればこそ、尊く輝かしいそれが報われないなどありえない。
 例えば、聖杯。万能の願望器たる杯を得れば、あるいは求めるものが手に入るかもしれない」

私はそのための剣なのだ、と彼は語る。

「私はサーヴァント。聖杯戦争に参ずるは多種多様な魂たちのパレードだ。
 だが生者が私に向ける目はどれも濁っている。
 魂たちは私を憎んでいるのだろうか? けど、そんなことはどうだっていい。
 英霊の座という魂の循環がなくなることは永遠に来ないのだから。
 波打つドラムロール、灰のカーテン。そして再びパレードだ。
 アリスを見つけ出すことができれば終わりは来るのに───」

そして或いは君の探し人が、と付け加える。
彼は大仰に手を振り上げ、まるで舞台演劇であるかのように歌い上げる。

「呪わしきは聖杯戦争! 願望器が杯ならば、水などいくらでも注ぎ込めばよかろうに。されど天上におわす御方はただ一度きりの奇跡しか望まぬなどと!
 ありす、我が愛しきアリスにあらざる永遠に幼き水子の魂よ。無知なるままに惨劇の都へ投げ込まれた哀れな子よ。なれば汝は願うままに願えば良い、君にはすべてが許されている」

「……わからないわ」

ありすは沈んだ瞳のままに答える。覇気も、活力も、そこにはない。

「なにもわからないわ。あなたとあたしは同じと言ったけど、あたしには何もないの。
 あなたが語るものも、願いも。あたしにはあたしが無いんだわ」

自己の欠落とは、果たしてどれほどの不安と恐怖をもたらすのであろうか。
健常な人間にはきっと想像さえつきはしまい。己が己であるという当たり前に存在する存在証明が、まるで成立しないのだ。
存在しない記憶、世界、価値観。名前や主観ですら信用するには値せず、目に見える全てが欺瞞によって構成される書割に等しいという孤独。
世界という舞台演劇の中に、己ひとりだけ役も何もないままに放り込まれるに等しい疎外感。それは一個人の矮小な自我など苦も無く呑み込んで削ってしまうほどに強大だ。
なければ1から作ればいい、などというのは何も知らぬ部外者の無責任な妄言だ。
自意識すらなき真っ新な0である赤ん坊と、確固たる主観を有する個人とではまるで話が違う。
その恐れを、孤独を、自分が自分であるという証明を、いったい誰が担保してくれるというのか。

「嘆かわしいなありす。君はとても聡明な子だが、やはりまだ幼いのだ」

彼は一言、ほんの少し哀れみのような色を含んで言った。
ありすは一瞬、自分が何か間違ったことを言ってしまったかと肝を冷やしたが、彼は問答を楽しむような表情を兜の向こうに浮かべつつ、さらに言葉を続けた。

「物事には、対象の外部からでなければ観察し得ない事実というものがある。例えばありす、君は君をわからないと言ったが───君の脳髄に宿る君の精神は、自分自身のことをどれだけ認識しているのかな?」
「??????」
「分からなかったかね? つまり私はこう言いたいんだ。君のことを教えてくれないか、と」
「じこしょうかい?」
「そう言い換えてもよい」

ありすは大人の真似事のように、らしくなく姿勢を正した。

ありすありすよ。歳は8つで、ずっとおにいちゃんのことを探しているの」
「それが君の全てかな?」
「? うーん、たぶんそう、かしら?」
「では今度は、私が知る君について語ろう」

すると彼はまるで頭の中のノートを諳んじるかのように、朗々と言葉を流しだす。

ありす・性不詳。性別女性、生年不明。聖杯戦争に招かれたマスターのひとりであり、他ならぬ我がマスターである。
 ───と、ここまでは君の理解と同様だが、無論これで終わりではない。
 髪の色は白の色合いが強い薄桃色、瞳は髪と同様だがやや赤色の色素が強い。小柄痩身、栄養状態に難ありだが現状の活動に影響なし。記憶がやや不安定であり、過去について断片的にしか覚えていないのが不安材料。ぶっちゃけ私も心配だ。しかしそれを願いと並びたてた不安や謙遜として吐露するのは自分なりの節度と矜持のためだ。そう、君は優しくも誇り高い人間である。その年にして既にね。
 そして気付いているかな、ありす。君は私との会話中にしばしば目を逸らした。幼さ故の多動性ではない。相手の視線から逃げたがっているのだ。誇りと自意識の鏡像としての自己への評価の不安が、君を消極的にしてしまうのだな」

ありすはティーカップに落としていた視線を、慌てて上げた。それを見て男は、安心させるように笑う。

「無論、それは未だ君が私を信頼しきれていないという、ごく当たり前の心情の現れに過ぎないのであり、不徳とすべきは私にあるのだが、まあ良い。
 そして君のその内省的な性質は長所でもある。すなわち、君はよく観察し熟考する習慣を持ち、そして何某かの気づきを得られたときに初めて、その表情を太陽の如く輝かせる。実に好ましい精神的特徴だ」
「たいよう……おひさま?」

辛うじて聞き取ることのできた言葉を、ありすは反芻する。彼の言葉は難しくてまるで分らないが、どうも自分に対して好意的である、ということは察せられた。

「うむ。比喩、修辞的表現で「大変に輝かしい」という意味だ」
「おひさまはあたしも好きよ。ぽかぽかできもちよくって、まるで笑ってくれているみたい」
「ほう」

男は感心したように声を上げる。

「詩的であり、同時にそれだけで留まらぬ感性に満ちた言葉だ。然り、君の中には信仰と創造に値する資質があると、私は考える。自らを信じ、敬いたまえよ」
「むー……」
「理解できたかな、ありす?」
「あなたのいうことは回りくどくていけないわ。つまりこういうことかしら? 『じぶんの鼻を見るにはだれかに見てもらわなきゃいけない』」
「さらにひとつ付け加えるなら、先の私の言は『君の鼻は中々良い形をしている』という指摘も含んでいる」
「あなたの鼻もごりっぱよ。でもちょっと赤くなって、寒そうだわ」
「おお、それは私にとっては新たな発見だ!」

彼は片手で自分の鼻をつまみ、もう片方の手でありすの頬をつまんだ。

「しかし、そう言う君は顔が真っ赤だぞ!」

言われてみて、ありすは自分の顔の火照りを自覚した。鈍色の寒空の下、含んだ紅茶の熱が体内に蓄積され、頬を突き抜けて外に出ているかのようだ。

「どうかね、我らは互いを客観的視点から観察することによって、初めて己の鼻の色を知った。ならば自らを知ることに一体何の疑いがあろうや!」

男はまさに会心の笑みを浮かべた。

「よろしい、理解したようだな少女よ───君は今まさに、太陽の如く笑っている」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






それは最初、確かに勝てる戦いであるはずだった。

涼やかな風が吹く夜半の街角。人通りなど誰もいない路地で遭遇したはぐれサーヴァントとの戦闘は、当初は優勢に進んだ。
魔術師としてはそれなりの腕を持つマスターたる青年と、総合的に優れた資質を持つランサー。そして相手は、マスターの付き添いもなく未だ宝具開帳の兆しもない狂戦士。となれば、要所要所で的確に魔術によるサポートを得られるランサーに隙はなく、下手さえ打たなければこちらの勝利は盤石であった。
そうして戦況は推移し、遂には宝具の真名を開放したランサーの手によって、狂戦士はその胸に槍を突き立てられ、絶命する末路に至った。
如何なサーヴァントとて心臓を潰されて無事に済む英雄などいるはずもなく……ならばこそ、彼らが自らの勝利を確信するのはある種当然のことではあったのだが。


「繧「繝ェ繧ケ縺ッ縺ゥ縺薙□?」


聞こえるはずのない声が、聞こえた。
男も、ランサーも、揃って驚愕に表情を歪める。その声は今まさに絶命したはずの、心臓に槍を突き立てられ大量の血反吐をぶちまけた狂戦士の口から放たれたものだったからだ。

「き、貴様……ッ!」

それでも流石は歴戦の勇士たるか、ランサーは即座に無手での反撃に成功。茫洋と伸ばされる狂戦士の手を払いのけ、その首を一撃にてへし折ったのだが。

「縺ゥ縺薙↓縺?k」
「くっ、づぅう……!」

頸骨の折れる乾いた音を響かせて、しかし狂戦士は何の痛痒も感じぬとばかりに尚もランサーへと腕を伸ばす。寸でのところで回避したランサーが後ろ手に飛んで後退するのを見遣り、男は未だ覚めぬ困惑のままに戦況を眺めるばかりであった。
それはランサーも同じようで、パスを通じて彼の混乱の感情が伝わってくる。男は既に、ランサーの生前を聞いている。戦場にて活躍した無双の英雄、ならばこそ致命傷を負っても立ち上がる傑物など幾度も見たことはあるはずだが、しかしこれは性質が違った。
死する傷を負っても戦う英雄はいたが、死して立ち上がる人間はいなかった。眼前の何かはまさしくそうした不条理であり、二人の理解の範疇を超えた存在である。
男は念話で指示を仰いだ。それはもはや怒号にも等しい悲鳴であり、返される言葉もまた同じであった。
狂戦士はぎしぎしと、まるで何度も折り曲げた針金めいてぐちゃぐちゃになった体を持ち上げて、虚空に手を伸ばした。それは生者を求める屍鬼にも似た動きで、しかし手元へ魔力が凝縮して現出したのは、人間の身長ほどの長径を持つ巨大な銃砲火器であった。
機関銃───その単語を認識したかどうか、その刹那の時間ですべては終わっていた。
耳を劈く破裂音と、空気を切り裂く炸裂音。断続的にけたたましく鳴り響くはまさしく機関銃の放つ弾丸の射出音であり、ただ純粋に人の命を奪うための暴威であった。
男のすぐ隣に、ぱっと赤い花が咲いた。そうとしか形容できないほどに、すべてはあっけなかった。ランサー、稀代の英雄。彼が運命を共にし、優勝さえ狙えるだろうと確信した傑物。そうであるはずの英霊が、赤い水の詰まった風船であるかのように、びしゃりと弾けて消えてしまったのだ。

男は叫んだ。喉よ張り裂けろとばかりに、何もかも忘れて、ただ胸の裡を支配する恐怖の感情がままに。思考はおぼつかず、今や自分の置かれた状況さえも理解しないまま、脱兎と走る。逃げる。
嫌だ、嫌だ、死にたくない。あんな死に方はしたくない。聖杯なんてどうでもいい、無事に帰れるなら何もいらない。それだけを望んで、男は走って、走って、少しでもあの怪物から距離を離そうとして。
もつれる足で路地の角を曲がった瞬間、男の生はやはり呆気なく終わりを迎えた。
彼が最後に見たものは、自分に向かって迫る、何か黒く巨大な口であった。






『Ring-a-ring o'roses,
 A pocket full of posies,
 A-tishoo!
 A-tishoo!
 We all fall down.』

それは一見、黒く染まった樹木のように見えた。
樹木。細長い幹が一本と、同じく細長い枝がいくつもいくつも伸びている。枝の先には人の頭部ほどの丸い塊がついていて、ゆらゆらと揺れている。
しかしこれは樹木ではない。枝の先についた球体には口があり、歯があり、舌があった。それらは口々に歌いながら、歯を軋らせてぐちゃぐちゃと何かを咀嚼している。
球体が一つ動くたびに、新たに赤い液体がぶち撒かれる。食っているのだ、人を。今この場に逃げてきた魔術師の男を。
人でないものが人の歌を歌っている。人でないものが人を食っている。
そして最も異常でありグロテスクなのは───この黒木が、エプロンドレスを着た小さな少女の体から生えているのだという、拭えない事実。
少女を苗床にした異形の樹木。
ただ一言、怪物。そうとしか形容の仕様がなかった。

「蠕?◆縺帙◆縺ュ縲√◎繧阪◎繧崎。後%縺?°繧「繝ェ繧ケ」

近づく影がひとつ。
それは死したはずの狂戦士であり、彼はやはり死んでいなくばおかしなほどの傷を負ったまま、少女のような異形の傍に歩み寄る。
その胸には未だ槍が刺さり、首は折れて垂れ下がった頭部がぷらぷらと揺れている。手足もおかしな方向に折れ曲がり、およそ人としての行動ができる有様ではないはずなのに。
彼と彼女はおよそ常人には理解できない、何か独自の言語らしきもので少しだけ話すと、意思疎通ができているのか揃い踏んでどこかへと歩き出した。
点、点と伸び行く血の足跡。後にはただ、惨劇の残り香とも言うべき血の海だけが、そこに残されているばかりであった。






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








     きみはその右脚が左脚と違うほどにも私と異なるわけではないが、
     私たちを結び合わせるのは、怪物を生み出す───理性の睡りなのである。

                            ───バタイユ『宗教の理論』







◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






小さなお茶会の跡片付けを済ませると、ふたりは揃って歩き出した。
男はアリスを探すため、少女はお兄ちゃんを探すためである。
煌めく夜空、笑う星々。静かな夜の冷たい空気が、手を握って歩くふたりには心地よかった。

「楽しいわ、楽しいわ! こんなにお話したのはいつぶりかしら!
 あたたかな紅茶に甘いお菓子、ときめく絵本に煌めく夜空! きっとここはワンダーランドなのだわ!」

はしゃぐようにありす。うきうきと、少女はまさに年相応の子供が如く、浮足立って笑う。
特に、そう。先ほど食べたケーキはとても美味しかった。ティーテーブルで語らうふたりの前に現れた、丸々と太った歩く不思議なケーキ。
「妊婦ケーキだ」、彼はそう言った。「あのおなかの中にはたくさんのケーキが詰まってるんだ」。
ああ、それはなんて素敵なことだろう。言われた通りケーキナイフを入れてみれば、あらびっくり! ぱんと弾けた妊婦ケーキから、たくさんのおちびたちが飛び出てきたのだ。

「好きなものができたのだね、ありす
「ええ! 甘いものもおいしいものも大好きよ!」

るんるんと跳ねるありすを、何か微笑ましいものを見るように、彼は柔らかに見下ろす。

「喜びしか知らぬ者から祈りは生まれない。同時に、喜びすら知らぬ者から慈しみは生まれない。
 君は何もないと言ったが、好きなものができたのだ。ありす、たった今から君の世界は変わっていくだろう。私たちが互いの鼻の色を知ったように、これからの一歩一歩が君を形作っていく」
「あいかわらずあなたの言葉は難しいわ。でも悪い気分じゃないの」

うーん、とありすは首を捻り、ぽんと納得する。

「そうだわ、あなたはまるで『先生』みたいなんだわ!」
「……先生、かい?」
「ええ、そうよ! パパもママもお友達もお兄ちゃんも、みんな大切だけどあなたはどこかちょっと違ってて、うん。やっぱり先生なのだわ!」

そうなのだわそうなのだわ、と笑うありす。男もやっぱり笑ってて、でもどこか困ったふう。

「そうか……なにやら、以前にもそう呼ばれたような覚えがある」

でも、と言葉を続ける。

「うむ、悪い気分ではない、な」

それは何かを懐かしむように。思い出せるものなど何もないはずの彼が、郷愁に浸って笑みを浮かべる。

「では行こうかありす。物語を続けるにはもう夜も深い。続きはこんど───」
「いまがこんどよ!」

そうしてふたりは笑いあう。
小鳥囀る黄金の昼下がりを、求めて。
ふたり以外のなにもかもから、見放されたまま。






どれだけの少女が、未知の物語を前に好奇心を抑えられるというのか?

「親愛なる君へのクリスマスプレゼントとして、
 夏の日の思い出に贈る」

手書きの挿絵を添え付けた、貴方の為の物語。


【クラス】
バーサーカー

【真名】
"グリム"或いは"ルイス・キャロル"或いは"アンデルセン"、或いは"名も無き不死者"@BLACK SOULSⅡ-愛しき貴方へ贈る不思議の国-

【ステータス】
筋力B+ 耐久B+ 敏捷B+ 魔力B+ 幸運EX 宝具E~A++

【属性】
混沌・狂

【クラススキル】
狂気:A
憧憬と渇望、無垢と愛憎。調和と摂理からの逸脱。
周囲精神の世界観にまで影響を及ぼす異質な思考。

領域外の生命:A
外なる宇宙、虚空からの来訪者に見初められた者。
邪神に魅入られ、権能の先触れを身に宿して揮う器。

【保有スキル】
宇宙〈そら〉の恩寵:EX
虚空より見遣る無貌から贈られる、寵愛にして最悪の呪詛。
創造されたる箱庭宇宙の中枢を担うに相応しい高次生命として強い神性を帯びるが、代償に自身のあらゆる運命・未来・可能性を簒奪され、死後の輪廻までをも縛られる。
このスキルは自身の死亡、ないし令呪の使用、聖杯による奇跡を行使しようと、決して取り外すことができない。
余談だが、彼の幸運ランクEXはこのスキルに由来する(本来のランクはE-)。
これを規格外の幸運と解釈するか、逆に規格外の不運と解釈するかは、人によって別れるだろう。

不死の呪詛:A
その身に掛けられたる呪い。バーサーカーは決して死ぬことが許されない。霊核を破壊された場合、彼の肉体は一時的に消失し、次瞬に相応の魔力消費と共に復活する。
事実上戦闘続行の上位互換スキルとも取れるが、無論これにはいくつかの条件とデメリットが存在する。
第一に、復活にかかる魔力消費はサーヴァント召喚に匹敵するものであり、マスターがこれを賄えない場合にはバーサーカーの霊基は消滅する。
第二に、復活の度にスキル:精神汚染のランクが上昇し、更に汚染をマスターと共有する。
歪な比翼連理は溶けあうように墜ちていく、それは精神的な心中と言い換えてもいい。

精神汚染:A+++
愛しき少女の情念によって精神が汚染されている。
精神干渉をシャットアウトできるが、同ランクの精神汚染を持つ者でなければ意思疎通が成立しない。

【宝具】
『開演の刻来たれり、其は総てを弄ぶもの(ディアラヴァーズ・グランギニョール)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:0 最大捕捉:1000
あらゆる他者を演者とし、その運命を弄ぶ悪辣劇場。
かつて数多の物語を玩弄し結末を書き換えたご都合主義の支配者「メアリィ・スー」が保有する世界改変の権能にして、それ自体が意思を宿した最新の邪神とも言うべきもの。
その権能が最大まで発揮された場合、過去の改竄や死者の蘇生さえ実現できてしまう文字通りのデウス・エクス・マキナであり、限りなく全能に近い万能の力ではあるが、
その本質はあくまで既存の物語の改変であり、0からの創造だけは決してできないという性質を持つ。
かつて暗黒舞台装置・機械仕掛けの失楽園との戦闘で簒奪した力だが、バーサーカーは現在この宝具を失っている。

『終幕の刻来たれり、其は総てを尊ぶもの(アリス・イン・マリアージュ)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000
己一人を苦行者とし、物語を紡ぎ上げる創造能力。
神ならぬ人間であれば誰もが持つものであり、別の事象世界においては「観測の力」とも呼称されるもの。
バーサーカーが、そして彼の魂の大本となった童話作家たちが繰り返してきた、空想の創作にして世界の創造。
バーサーカーの場合、書き上げられた物語に準じた登場人物を夢霊として召喚することができたはずなのだが、現在彼はこの力を失っている。

『恐怖劇を終える剣よ、此処に(アンサンブル・カーテンコール)』
ランク:E~A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100
かつてバーサーカーが揮った数多の武器群を、相応の魔力消費と引き換えに具現化する。
由来なく拾い上げた名も無きもの、想いと共に誰かに託されたもの、血と闘争の果てに奪い取ったもの。彼が歩んだ死山血河の旅路の象徴にして、力の具現。
それはまるで、彼らが紡いだ物語のように。
幾重にも折り重なる因果と縁にして、想いと願いの果てである。

【weapon】
アンサンブル・カーテンコールによって召喚した武器群。

【人物背景】
「君は確かに、過去に、覚えがあるだろう。
 偽りでありながら感じた肌の温かさを、抱擁する躰から滴る血の温かさを。
 記憶の底に在る少女を再現すれば、人の形に見えるものなのか」

邪神に玩弄された魂。神々の箱庭遊びのお人形。
総ての真実を忘却したまま、彼は今も愛しき少女を探し求めている。

【サーヴァントとしての願い】
「アリスは何処だ?」



【マスター】
ありす@Fate/EXTRA Last Encore

【マスターとしての願い】
「お兄ちゃんは何処?」

【weapon】
なし。

【能力・技能】
サイバーゴーストの常として、際限なき魔力貯蔵量を誇る。また周辺物質をリソースに変換して肉体を保持する。
以上は本来的には電脳空間においてのみ機能するものであるはずだが、本聖杯戦争においてはなぜか現実世界においても同等の機能を有しているようだ。
リソース使用による負荷と情報混濁により肉体そのものが変容してしまっており、並みのウィザード程度なら苦も無く虐殺できるほどの異形・身体スペックを持つ。

【人物背景】
かつて少女だった怪物。

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最終更新:2022年09月09日 21:12