460 :ひゅうが:2014/08/15(金) 00:40:22

戦後夢幻会ネタSS――前史「合流」



――西暦1944(昭和19)年7月12日 日本帝国 大磯


「ご免下さい。ご連絡しておりました下村です。」

高くなり始めた日差しを手で遮りつつ門を開けたお手伝いは少し驚いていた。
日本発送電の下村治発電局長が来ると聞いていたのに、スーツ姿の男性の横には純白の第1種軍装を身につけた海軍将校がいたためである。

「こちらは、海軍水雷学校付きの阿部俊雄大佐。私の友人でして、ご連絡した用件につきまして関係のある人物です。」

はぁどうぞ。
そういってお手伝いは主人のもとに走った。
そして案の定、怪訝な不機嫌に迎えられることになった。
それでも迎え入れるあたりはよほど今回の会合が気になっているのだろう、そう思うことにして。




「君が客を共にしてくるとは思わなかったよ。それも。」

「軍人を、ですか?吉田元大使閣下。あなたの制服嫌いも相当なものですね。」

「フン。俺が嫌いなのは制服連中じゃないさ。その制服を嵩に着て貴族じみた特権階級でございといっている連中だ。」

「阿南閣下や畑元帥とも交友があられますからね。その点は存じています。」

言うじゃないか。と、自称「大磯浪人」吉田茂元駐英大使は口の端をつり上げた。
内務官僚である下村治と吉田はそれほど繋がりがあるわけではなかった。
だが。

「おもしろい連中がいるんだよ」――そういった岳父 牧野伸顕の言葉が彼らを結びつけていた。
先日の時節の挨拶の品を持ち込んでいた宮内省侍従 徳川義寛が手渡した手紙には、「終戦について話し合いたく」という言葉が添えられていた。
裏書きに、鈴木貫太郎侍従長が添え書きしていなければおそらく吉田は会うことはなかったのだが。

「それで?こちらは?」

現役の海軍将校、それも大佐クラスがやってきたことに吉田は少なからず驚いていた。
こいつはとんでもないものが出てきたかもしれない。

「閣下。お初にお目にかかります。小官は阿部俊雄。海軍大佐を拝命しております。」

丁寧に挨拶をした若い男性を、吉田は上から下までじっと値踏みした。

「それで?木っ端大佐ごときがなんでここにいるのだ?
そんな暇があれば南洋で適当に死んでおればよいのに。」

「手厳しいですな。ですが。」

その瞬間、吉田は総毛立った。
阿部という男の笑顔の奥から殺気――いや「剣気」というべきものが吉田を刺し貫いたのだ。

こいつは…

吉田は自分が知らぬうちに八つ当たりをしていたことに気がついた。

「適当に死ぬことはできかねます。何しろ私どもは日本を敗北の中から立ち直らせねばならぬのですから。」

「ほう。」

こいつ、できる。
ただの大佐ではない。まるで…そう、あの柴五郎大将や東郷平八郎元帥の前にいるかのような圧倒的な存在感を放っている。
小役人然とした東条英機やその一党どもとはえらい違いだ。
しかし、なぜこんなやつがここにいる?

461 :ひゅうが:2014/08/15(金) 00:41:37

「それは失礼した。しかし君。敗北とはまたいただけないね。帝国は先のマリアナ沖の大海戦で大勝利をおさめたそうじゃないか。」

ならば、講和工作を急いでいるはず。
それに関われなかったことは残念だが――
いや、待て。
まさか…
大本営の発表があやしからんことはシナ大陸戦線でよく分かっている。

「ご心配なく。わが海軍は空母12を撃沈破、米海軍の空母機動部隊をほぼ壊滅させることに成功はしております。これは複数の情報からも確認済みです。」

切れる。
こいつは切れ者だ。吉田はじんわりと汗をかいた。

大佐といえば、軍の中でももっとも活動的な連中の属する階級だ。
よきにつけ悪しきにつけ。
だが、昭和の日本帝国軍人の悪弊としてこいつらは血気盛ん、悪く言えば戦意過多な突撃馬鹿であることが多い。
もっともこれが偏見であることを吉田も承知している。
だが、東条幕府といわれる戦時下の統制にあって、後方にいる連中はそれ相応に質が低いことも事実である。
だから吉田は偏見を偏見のままとして警戒をする。

「ですが、まぁ米軍の侵攻は止められぬでしょう。彼らが3ヶ月後までに就役させる軽空母や正規空母群は20隻を軽く上回ります。フィリピンは落ち、沖縄が鉄の暴風に襲われるのは確定事項といってもよろしい。」

何でもないようにいってのけた阿部の言葉に吉田は目を剝く。
想像はしていたが…まさかこれほどとは。

「それは、君の観測かね?」

「海軍軍令部の予測であります。南雲閣下と古賀閣下、栗田閣下も意見は一致しております。」

加えて――と阿部は言った。
マリアナ諸島こそ守り切ったものの、もはやその防衛を達成するだけの戦力は海軍にない。
すでにマリアナ放棄が決定しており、トラックとパラオもこれを去る2日前に電撃的な侵攻によって陥落している。
その責任をとる形で東条内閣は退陣が決定し、後継首相として畑俊六が立つことが重臣会議で決せられているという。
だから彼はここに来た、そう阿部は述べた。

「閣下、我々はあと2回は責任を持って米軍の侵攻を迎撃しましょう。たとえ海軍ことごとくが水漬く屍となっても。ですから。」

最終的な敗北を決定的でなくしていただきたい。
そして新生日本国の未来をデザインしていただきたい。我々とともに。



――実のところ、吉田茂が主催していた和平推進グループが、陸海軍と文官たちの若手で構成された連中と接触したのはそれが最初だった。
最終更新:2014年09月26日 03:45