21. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:15:02
「アステカの星13」  −奇跡の谷− New Shangri-La PART6   North by Northwest
1943年6月6日夕刻  ヴァージニア州西部アパラチア山脈中の通称エイプリル峠付近

「ようこそ。エイプリル峠へ。あんたたちだったらここまで来られると思ってた。」岩陰から出てきたのはクローイ
だった。

「なんでクローイがここにいるんだよ。」ロジャーが狼狽える。

「あなた方がここまでこれないようじゃ、頼ったって先が知れてるわ。」クローイはロジャーの質問には答えず手
で岩の裏に二人にこいと合図した。

「先にあなた達の荷物を返しておくわね。」クローイが言うように、クローイの乗ってきた馬と銃を含めたジョー
達の荷物を乗せた馬が岩の裏にいた。クローイは馬に乗り込んだ。

「先に進みながら話を聞かせてもらおうか。」ジョーはロジャーに荷物を積んだ馬を引いてくるように手で合図す
ると、馬を進めだした。

「わたしをオレゴンまで連れて行って欲しいの。無理ならネブラスカでもいいけど。」クローイは野球場へ連れて
いく頼みのように気楽に言った。

「何故、オレゴンかネブラスカなんだ。」ロジャーが怪訝な声で尋ねる。

「オレゴンには父がいるの。ネブラスカは行ったことがないから一度行って見たかった。」

「オレ達をテラビシアに招き入れたのはこの為だったんだな。」ロジャーが聞く。
「まあね。ともかくプランAで成功よ。後の案は成功の確率が少し悪かったからよかったわ。」頭を振りながら、
クローイは答えた。

「何か代償はあるのか?」ジョーは依然周囲に気を配りながら尋ねる。
「だって、あなた達をテラビシアから導いたでしょう。」堂々とクローイは言う。

「ちょっと、そのテラビシアへ案内したのは確かクローイじゃなかったけ。」ロジャーがクローイが言い終わらな
いうちに割って入った。

「細かいことは気にしないの。どうせ、この辺りを脱出するのに道案内がいるでしょう。ペンシルベニアの南あたり
までは詳しいわ。手付けで金貨20枚でどうかしら?オレゴンについたら父がもっと金を払ってくれるわ。」クロー
イはどこまでも自信満々で言う。

「親父さん、何してんだい。」あきらめたのかロジャーは話を変えた。

「山師。ロッキーで金を掘ってるの。」

「ダイレクトだな。」ロジャーはついに笑って言った。
22. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:16:21
「祖父はアパラチアの王様、親父はロッキーの金堀か。何故、お母さんが死んだ時に、親父さんの所に行かなかった。」
今度はジョーが話を変えて尋ねる。

「なんか尋問みたいね。テラビシアに行ってからお祖父ちゃんが教えてくれたの。」クローイは少し真剣に答えた。

「お祖父さんに心配かけちゃいけないぜ。戻った方がいんじゃないか。できればオレ達とは会わなかったて言って
くれてもいいぜ。」ロジャーが言う言葉にはかなり無理をしている感じがした。

「でももう行くしかないの。置き手紙してきたから。シャワー室に置いたの。お祖父さんは寝る前にシャワーする
から夜までは安心よ。大体、ロジャー、わたしとオレゴンに行くのが嫌なの?」ロジャーの気持ちを知っているか
のようにクローイはたたみかける。

「いや、そんなことはないけど。」ロジャーは一撃で撃沈された。

「あ、そこを右に曲がって。右の太い道がハンティントンへの遠回りの道よ。」クローイが道が二股になった所を
指さして言った。

「どうして遠回りの道に行くんだい?」怪訝にロジャーが聞く。

「追っ手のことを考えてるんだよ。テラビシアの住民、山道を走れるような馬の数から考えて追ってこれる人数は
多くても二十人、お姫様を追うからと徒歩追跡を出しても三十ぐらいが限度だ。
  南へ行ったか。北へ行ったか。二手になる。次にエイプリル峠へ行ったか。逆を行ったかでさらに二手。二股の
道の目的地が一緒だとしたら、ここにきて可能性の低い道へは手は割けない。」ジョーは冷静に状況を分析して答
えた。

「広き道を進めか。」ロジャーが独り言を言う。

「この先にちょっとした窪地に水場があるわ。そこで少し馬を休ませましょう。それから、道を避けてキャンプし
ましょう。明日はちょっときつくなるから早めに休んだ方がいいわ。」しばらく進むと先頭のクローイはリーダー
のように二人に言う。

十分ほど少し馬を急がせてすすむと、クローイの言ったように道から少し下ったところに湧き水があり小さな池を
つくっていた。三人は馬から降りると湧き水の水を飲み近くの岩を背もたれにして座った。

「どうしてテラビシアを捨てる。」ジョーが唐突に聞いた。

「テラビシアはもう先が見えてるの。」クローイは言いにくそうに答える。

「テラビシアは外界から逃れて半分あきらめた人間とお祖父さんのカリスマ、タヒクパスさんの仲介する商売でよ
うやく成り立ってる世界よ。でも、これだけ社会が混乱すれば身を潜めている理由がなくなる。確実にテラビシア
の統制は緩んできてる。」クローイは今までになく沈んだ声で言う。

「あれでか?」ロジャーが呆れたという感じで返す。
23. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:17:49
「お祖父さんも目の黒いうちはなんとかするでしょうけど、お祖父さんは長くないの。戦争前にリッチモンドの病
院で診てもらってわかったの。肺がんが進行していてあと数ヶ月の命なの。」クローイはロジャーを見て言った。

「それなら病院へ・・。」ロジャーは言いかけて自分のうかつさに言いよどんだ。

「そうね。津波の前ならね。でも連れて行く病院なんてこの周辺千マイルないわ。今、テラビシアにいることでお
祖父さんは気が張ってる。ヤブだけど毎日でも診てもらえる医者もいる。薬も手に入る。それに、鎮痛剤なら売る
ほどあるしね。」気丈な声でクローイは答える。

「お祖父さんについていなくていいのか。」ジョーが尋ねた。

「お祖父さんにはいい人がいるわ。タヒクパスさん妹のサリよ。わたしが居なくてもお祖父さんの面倒を見てくれる。
サリさんはいい人だけど、サリさんにとってはわたしは邪魔者だしね。」クローイは少し寂しそうに言った。

「悲しいかな愛情は並び立たない。」人間関係では苦労して育ったロジャーは思わず言った。

「お祖父さんが死ねばテラビシアはかわってしまう。穏やかな子供を育てられる、家族で小さな幸せにひたれる村
は無くなうわ。多分、麻薬や誘拐を本格的に取り扱って・・。それだけの恐ろしい村になるわ。」クローイの声は
更に沈んだ。

「今でも本業みたいだがな。」ジョーが言う。

「みんな薄々知ってても、裏家業をしてるのは一握りの人間だけ。外からの食糧や日常品がなければ成り立たない
世界よ。たがが外れかかっているけど必要以上の悪行はしてないつもり。」

「君はその悪行に嫌気が差してるんだな。」ジョーはクローイに初めて顔を向けた尋ねた。
「ええ、若い女が美味しそうな話を持っていけばテラビシアへ連れ込める確率は高いわ。でも数年前まで都会に暮
らしていた口の上手い信用できる女がそうそう居るわけじゃないから、わたしが引き受けざる得なかったの。」ク
ローイは少し気を取り戻して答える。    
「誰に聞いて、どんな人間を連れてくるんだ。」半ば興味本位でロジャーが尋ねた。

「何カ所かの難民キャンプや町に情報提供者を持ってるの。そこでめぼしい人間の情報を買うの。理系の科学者や建築士の買い手は多いわ。医者は取りあえずって感じ。技術者は受注かな。買う人に聞きはしないけど、ほとんどがどっかの国の政府関係ね。」クローイはすらすら答える。

「女も売るのか。」ロジャーが聞いた。

「女は買い手がかなり異なるわ。たいがいはサボテン国、南の方のやつらよ。まあ、民生用ってやつかな。ただし
家族つれはいっしょにしておいた方が亭主が女房子供のために頑張るし逃げたりしないから、単独で取引した女の
数はほんの一握りよ。第一、こんな山奥に買いに来なくたって今時は家で寝ていても押し入られて売り飛ばされる
ご時世よ。」少し自棄な感じでクローイが答える。

「何故、オレたちを信用する。」ジョーが静かに聞いた。
24. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:18:46
「わたしがどれだけ、評価レベルが高いと思っているの。見ず知らずの女を助けるために二十人以上はいる武装民
兵相手に小口径の猟銃しか持ってなくても、二人で挑んでくれる男がどこにいるのよ。」三人の真ん中に座っていた
クローイはジョーとロジャーの肩を叩きながら笑って言う。

「テラビシアをすてるのはレックスの件もあるのかい。」ロジャーは気になっていたことを勇気を出して聞いた。

「個人的には一番大きな理由よ。お祖父さんはレックスといっしょにして私の安全を確保しようとしてるの。でも
レックスが私を守ってくれる男には思えない。レックスはお祖父さんの後釜になりたいだけ。」
「テラビシアは人材不足だな。」ジョーはそう言うと苦笑した。

「まあ、頼まれた事はやり遂げないとな。」そう言いながらロジャーは意ローイを元気づけるつもりで右手を顔の
前で突き出した。

ロジャーの言い終わらないうちに、ジョーはロジャーとクローイを突き飛ばして自分も側方に飛び退いた。
次の瞬間、発砲音がしてジョーとロジャーが座っていた岩に銃弾が命中した。

「あの音はM1903みたいだった。民兵だろう。」伏せたままロジャーが言う。

「いや、違う。M1903のお仲間だがM1903じゃない。じっとしてろ。」ジョーが腹ばいになってクローイが持って
来たM1903を構えながら言った。

「おい、いつの間に銃を?」ロジャーがびっくりして言う。

「さっき、弾を避けた時に馬から取ってきた。」ジョーは弾が飛んできた方向を探りながら答えた。

「どうやって。信じられない。」クローイがロジャーに言った。
「すぐ慣れるさ。ここはジョーに任せておけばいい。」ロジャーは日常会話のように返事した。

「クローイ、これはプランAの想定内か。」ロジャーが狙いを定めながら聞いた。
「いいえ、イレギュラーよ。民兵は居ないことは確かめてたけど。」クローイも落ち着いて答える。

「じゃあ、ここからはオレがボスだ。」ジョーは左目を閉じた。

「ヘルメットを被った奴が正面に二人、右も二人いる。いや三人だ。・・左は二人。本物の兵隊だ。」
「正面の二人を狙う。こっちを民間人と思って油断している。頭が丸見えだ。」ジョーは息を整えた。
「何も見えないわよ。」クローイがジョーに言った。

ジョーは続け様に二発発砲した。数秒おいて別の場所に同じように二発発砲する。

「よしヒットした。あとの奴ら逃げていく。多分一人は手負いだ。しばらくしたら様子を見に行こう。」

十分ほどして、三人は銃を構えながら300ヤードほど離れた山の中腹に向かった。二人の兵隊が頭を打ち抜かれて
倒れていた。銃は生き残りが持っていったのか持っていなかった。
25. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:19:46
「ドイツ軍だ。ヘルメットの形状からして降下兵だ。それも親衛隊だと思う。総統直々の指令かな。」ロジャーが
死体を見聞しながら言った。

「そいうったことは詳しいな。・・こっちの奴はズボンを民間のものとはきかえている。ほら、ジャケットも持っ
てる。多分、こいつらは民間人になりすまそうと着替えの途中だったんだ。」ジョーはドイツ兵の背嚢を探りなが
ら言った。

「着替えるくらいならなんで最初から民間人の姿でやってこないんだ。」ロジャーが怪訝そうに聞く。

「この辺りは彼らにとって敵対地域よ。軍服ならドイツの威光もあるし捕まっても捕虜ですむけど、民間人の服装
なら処刑されるかもしれない。」クローイはジョーと同じように死体を点検しながら言った。
「詳しいな。」ロジャーは暗くなりかけてきた周囲を警戒して感心したように言う。

「ええ、通信教育でちょっと法学の勉強をしてたの。津波がなかったら去年の9月からボストンの女子大に入学す
ることになってたのよ。」クローイがちょっと寂しげに答えた。

「ともかく、こいつらはオレたちが来たものだからあわてて隠れて銃を構えながら様子を見ていた。」ジョーは
「もうすぐ引き上げるところだったのに何故撃ってきたんだよ。」ロジャーが死体に言った。
「ロジャー、お前のせいだ。」ジョーが死体のかわりに答える。
「どうして?」

「撃たれる直前に右手を挙げながらしゃべっただろう。銃を構えていた奴は、お前が”誰かがあそこに居る”って
仕草をしたように見えて思わず発砲したんだよ。」ジョーはロジャーがした仕草を真似ながら説明した。

「そんなことオレのせいかよ。でも、どうしてドイツ兵が?」
「こいつは指揮官だったらしいな。これを見てみな。」ジョーは兵隊の内ポケットから取り出した写真を二人に見
せた。

「テラー博士だわ。でも、大分若いときの写真よ。」クローイが言う。

「テラー博士ってどんな奴だ。」ロジャーがクローイに尋ねた。

「物理学者よ。テラーって物理学者がいるってタヒクパスさんに連絡したらすぐに引き取り手があらわれたの。そ
こで、わたしが説得してハンティントンの難民キャンプから連れだしたの。後はご存じのようによ。」

「ロジャーが、何故ご存じのようになんだ。どうしてオレたちが経緯を知ってることをクローイが知ってるんだ。」
珍しくジョーがロジャーを詰問した。

「いや、その。これは・・。」ロジャーは狼狽える。

「テラー博士はヨーロッパからアメリカに逃げてきたユダヤ人よ。」クローイが話をそらした。
26. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:20:38
「ヨーロッパで酷い目にあって、アメリカでようやく人心地ついたかと思ったら津波で流されて九死に一生、難民
キャンプでもチフスで死にかかったみたい。」クローイはテラー博士のことを語り出した。

「アメリカ風邪でなくてよっかたじゃないか。」ロジャーが横から口を出した。

「そうね、病状のはっきりするチフスで運がよっかたかもね。アメリカ風邪を疑われたらキャンプから追い出され
て隔離キャンプに移されるわ。テラー博士もあなたのように前向きならよかったのにね。」クローイはしみじみと
言った。

「でも、テラー博士は現実を受け入れるなんてできない人だったみたい。難民キャンプで、モルヒネとかコカイン
を憶えて、わたしが取引用に持っていたモルヒネを二日で使ってしまったわ。あんな無茶な使い方をする人も少な
いわよ。」クローイはそう言うと頭を左右に振った。

「苦しさから麻薬に逃げるのは偉い先生もその辺のあんちゃんも同じ穴の狢ってことか。腹を撃たれて数時間も平
気で馬に乗れるってのはどこぞの勇者かと思っていたけどな。」ロジャーは呆れたように言った。

「その上、日本が新型爆弾を造ったって噂を聞いてからは、アメリカを選んだのは間違いだった。日本に行けばよ
かったなんて吹聴して他の難民に袋だたきにされたそうよ。」クローイが気の毒そうに言う。

「ひょっとしてテラー博士ってのは新型爆弾の専門家か。」ロジャーが驚いて聞く。

「わたしも小耳でその話は聞いたわ。でも、今じゃすっかり壊れてしまっているわ。ここに連れてくる途中だって
独り言ばかりで気色悪かった。  
  博士には悪いけど撃たれて黙ってくれたので助かったわ。怪我で寝ているときは症状が進んだみたい。うなされ
たり、突然、起き上がって脈絡のつかないことを大声でどなったりで、ドクター・ストレンジ・ラブってあだ名が
ついていたわ。」

「ドイツは逃がした魚を取り戻しにきたんだ。多分、まだテラー博士がハンティントンにいると思ってたんじゃな
いか。」ジョーが立ち上がって言った。

「どうしてわかる。」ロジャーが尋ねる。

「服装が町中向けだからだ。」ジョーは兵隊を指さして言う。

「指揮官を失い、手負いの足手まといを連れて居もしないテラー博士をこれから捜すと思うと奴らも気の毒ね。」
クローイがまったく気の毒という感じのしない言い方で言った。

「ドイツじゃないとしたら、どこの国がテラー博士を連れて行ったんだ。」ロジャーが独り言の様に言う。
「寒い国か、親方の国か。日の出の勢いの国かも。」ジョーが反応する。

「日本は新型爆弾の実験をしたんでしょう。なんで今更?」(注:当時は一般人に原爆・水爆の区別はわからない)
答えを知りようがないがクローイが二人に尋ねる。
27. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:21:56
  この日、ようやくまともに姿を見せた太陽が西の山にかかりはじめた。赤っぽい光が三人を包む。

「さあ、暗くなるから急いで行こうか。ミス・ドナファー。」ジョーが出発を促した。
「あら、それは違うわ。私はミセス・ロビンソンよ。」クローイが何気なく言う。

「えっ?」ロジャーが素っ頓狂な声を上げる。

「だって、わたし、クローイ・ロビンソン・ドナファーなのよ。レックス・ロビンソンの妻。届けはテラビシアの
中だけだけどね。」クローイは何がおかしいのかというように言う。

「アジアの言葉に一盗・二婢・三妓・四妾・五妻というのがあると聞いたことがある。いいんじゃないか。男の本
懐は嫁泥棒で。」ジョーはロジャーの肩を叩きながら言った。

「ところで、クローイ。」ジョーはあらたまった口調でクローイに声をかける。

「何?」少し心配げにクローイは聞いた。

「ボスはオレだ。意見は聞くが指示に従えるか。」ジョー言葉に、クローイとロジャーは顔を見合わせた。

「大丈夫よ。」クローイが大きな声で答える。

「取りあえず方向は?」ロジャーがクローエに尋ねた。

「北北西よ。」クローイが更に大きな声で言う。

三人の旅は始まったばかりである。

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最終更新:2012年02月07日 19:38