14. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:07:47
「アステカの星12」  −奇跡の谷− New Shangri-La PART5   Bridge from Terabithia
1943年6月6日  ヴァージニア・ウエストヴァージニア州境付近アパラチア山脈中のどこか

ジョーとロジャーの偵察が終わり、二人はいよいよ脱出について具体的に考え始めた。

「北か南か。どっちにする?」切り倒した木の枝を鉈ではらいながらロジャーが聞いた。
「今の状況で脱出するなら南の道路は止めた方がいいだろう。」ジョーも作業をしながら答える。
「北の俺たちがここに来たルートにはクローイを迎えに来ていたレックスら以外はいなかった。自然の障害に自信
があるんだ。南の道路は自然の障壁が少ない分、人間の障壁が多い。」一息置いたジョーはロジャーに丁寧に説明
する。

「ここの地主であるチェロキー族の集落はどこにあると考えたら。」ジョーは続けてロジャーに聞いた。
「・・・南の道路沿いか?」ロジャーが残念そうに言う。

「多分な。彼らがオレたちに友好的な行動を取るとは考えにくい。監視所の位置もよくわからない。それを調べて
避ける方法を考えついたとしても、昼間に馬に乗ったまま盆地を縦断して南の谷に行くわけにはいかないだろう。」
ロジャーを説得するようにジョーが言った。

「ああ、馬を捨てるってことか。この先のことを考えると厳しいな。」まだ目的地まで3000マイル以上あることを
思い出したロジャーは、頭を左右に振りながら言った。

「それに最大の問題は南の道路が何処に通じているのかわからないことだ。北から脱出しよう。」ジョーの言葉で
大まかな脱出方針が決まった。ジョー達はわざと乾燥させたパンなど少しでも保存できる食料を少しずつ伐採地に
隠し始めた。

  脱出方針を決めてから三日後、ジョーとロジャーは初めて共同作業に駆り出された。新築の棟上げである。滑車
で数十人が柱や梁や持ち上げる。
作業は昼までで終わり、ドナファーが祝いと称してワインをふるまった。
「誰の家だい。」ロジャーがワインを飲みながら近くにいたクローイに聞く。

「さあ、興味ないわ。」クローイは口を尖らした。
「クローイ、照れるなよ。俺たちの家だろう。」レックスが脇から声をかける。
「なんであんたとわたしの家なのよ。」クローイは喧嘩口調である。

「ドナファーさんが決めたからさ。」レックスはちょっと口端が緊張している。
「せめてお前が好きだからってくらい言えないの。」クローイが冷たい口調で言う。
「クローイ、愛してるよ。」すっかり困惑したレックスが情けなそうに言う。

「ロジャー、ワインもう一杯つき合って。」そう言いながらクローイがロジャーの手を引っ張る。
「ええ、まだ午後の仕事あるし。」ロジャーは抵抗することなくクローイについて行った。
15. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:08:23
「まあ、クローイもそのうち納得するさ。」ドナファーがレックスを慰めるように彼の肩に手をのせた。

「ジョー、元気かね。」ジョーに気がついたドナファーが声をかけてきた。
「ああ、置いて貰えるくらいは働いているつもりだ。」ジョーにしては丁寧な言い回しである。

道の向こうからチェロキー族の長老タヒクパスと四十歳くらいのインディアン系の女がやってきた。その二人の前
を七つ八つといった男の子が走っている。その子はまっすぐにドナファーの所にやってきた。

「パパ。」そう言って男の子はドナファーに飛びついた。
「マシュー、元気そうだな。」ドナファーは男の子の頭を撫で回した。

「お子さんか?」ジョーが言った。
「ああ、そうだ。いい年をしてお恥ずかしい。いつもは、チェロキー族の村で生活しておるんだ。わしは毎日でも
会っていたいんだが、ここではチェロキー語や生活習慣を憶えられんといってな。ちょうどいい紹介しよう。家内
のサリだ。」ドナファーは近づいてきた女を紹介した。

サリと紹介された女は軽く会釈した。

「すみません。主人と少し話がありますので、お借りしていいですか。」サキの言葉使いは意志の強さを感じさせる。
「どうぞ。」ジョーは無難に右から左へ受け流した。

「では、マシューはしばらく此処で遊んでいてね。ほら、あそこにクローイがいるわ。」サキはロジャーと談笑し
ているクローイを指さした。マシューと呼ばれる少年が、さっそくクローイ達に走り寄る。

「クローイ、お願い少しの間、マシューを見ていてね。」ちょっと迷惑顔のクローイにサキは声をかけると、ドナ
ファー、タヒクパス、少し遅れてレックスと共に家の中に入っていった。

「多分、商売の話だな。新しい人間の注文が来たようだ。」ジョーが小声で言った。
「どうしてわかる。」ロジャーが小声で返す。

「インディアンだから、正直で勇敢で、でも白人に虐げられてばかりだと思うな。タヒクパスはかなりの遣り手だ。
何の価値も生み出さなかった土地へドナファーを入植させ、利益を得ている。裏の世界とも上手くやっているんだ
ろう。メキシコにいた時に、マフィアやメキシコの犯罪組織に顔が利くチェロキーの仲介人がいると聞いたことが
ある。」

「最初から疑っていたのか?」ロジャーが少し驚いたような声で言う。
「よくある話さ。今日は警戒も緩そうだ。ちょうどいい機会だな。天気も具合よくなってきた。」ジョーは雲が立
ちこめてきた空を見上げて言った。

「クローイ、仕事に戻るよ。」ロジャーは子供と遊ぶクローイに手を振り、心の中でサヨナラと言った。
16. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:09:27
  ジャー達は宿営地に戻ると急いで馬の鞍を取り付けて出発した。装備はほとんど取り上げれていたので馬は軽快に
走った。すぐに坂道の傾斜が増し木々が濃くなる。大きなモミの大木が見えてきた。

「いいか、ここからしばらくが正念場だ。万が一、オレとはぐれたらじっとしてろ。それでも、オレと会えなけれ
ば出来るだけもと来た道をたどってテラビシアへもどれ。」
「そんなことにならないように必死でついて行くよ。」

ジョーは”アステカの星”のマスクを被った。

「ジョー、かなり本気だな。」ロジャーの呼びかけにジョーは黙って頷いた。

  ジョーは5分ほど進むと馬を止めて聞き耳を立てて周囲の様子を探っり、踏み跡を確かてゆっくりと前進する。
1時間ほど進むと急に視界が開けた。そこはほぼ円形に近い平坦地だった。直径が100ヤードほどもあり一面に膝
ぐらいまで伸びた草が生えている。

「こいつがここの主要生産物だよ。」ジョーは草を指さした。
「なんだい、ただの草じゃないか。」
「花が咲いてないから分かり難いがケシだよ。これからアヘンが取れる。モルヒネに加工してるんじゃないか。で
も、今はミシシッピ以東は無政府状態だからケシは作り放題のはずだ。」ジョーは少しも油断せずに辺りの様子を
探りながら言う。

「そうか。新しい収入源として人を売るようになったんだ。」ロジャーはすっかりケシに気を取られて言った。
「だろうな。」おざなりにジョーが返す。
「気が無いな。」

「畑の中央に石が積んであるだろう。ここは、チェロキー族の祭祀場の後だ。気をつけるに越したことはない。」
ジョーは馬にすっかり身を任せながら言う。

「で、どっちへ行くんだ。」ロジャーが途方に暮れたように言う。円形のケシ畑にはジョー達が入ってきた道を含
めて、七本の道が森の中に続いていた。

「まあ、こいつにまかせるんだ。」馬はジョーの言葉とともに一つの道に歩んで行く。

馬が選んだ道を十分ほど進むと、また森が途切れて木のない平坦地に出た。円形の畑、一面のケシ畑だ。中央には石
を積んだチェロキー族の祭祀場の跡がある。

「おい、どうなってるんだ。ここはさっきの所じゃないか。」ロジャーがびっくりして叫ぶように言う。
「どうかな。」ジョーの馬は畑の外周をゆっくり何かを探すように歩いた。

「ロジャー、クローイがつけたオレの馬の名前を覚えているか?」馬を刺激しないようにジョーは少し声を落とした。
17. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:10:42
「たしか双子。・・・そうか、わかった。」ロジャーは大声を出す。
「静かに。そうだ、同じような場所が二つあるんだ。」ジョーは馬の動きに集中する。やがて、馬は歩みを止めて
しまうがジョーはそのままにしている。

「ケシ畑が二カ所か。」ロジャーが声を落として言った。

「最初のケシ畑には、盆地から通じている道が一つ、あとの六つは全て二つ目のケシ畑に通じている。」
「ふーん、でも二つ目のケシ畑にも七つ道がある。後の一本はどこへ。」ロジャーが尋ねる。

「谷の方へ続いている。だんだん道が不案内になって沢を無理に進めばそのうち方向を失ってしまうような道だ。
入り込めば二度と戻ってはこれない一本道だ。

  脱出者や侵入者は、どの道を行っても同じところに戻ってくると思いこむ。それで混乱して最後はその道に迷い
込むだろうな。単純な仕掛けだが効果的だ。」ジョーは何かを思い出したかのように言う。

「何故知ってる?」珍しくジョーの恐れるような口調にロジャー聞き返した。
「行ったからさ。」ジョーはロジャーを睨むようにして言った。

「でも、どの道も外の世界に通じてないんじゃないか。ここで行き止まりってことか。」ロジャーはジョーから目
をそらして言う。
「そこがもう一つの罠さ。」

馬はゆっくり歩き出した。まったく道のない木と木の間に馬は踏み居る。数ヤードほどいくとジョーは馬を止めた。
「見てみな。」ジョーは前方を指さしながら言った。

「道だ。」ロジャーは驚いた。細い僅かな踏み後のある道が、円形の畑からは見えないところで始まったいる。
「これもトリックともいえないつまらない仕掛けだ。石を並べて踏み後が着きにくくしてあるだろう。その上に枯
れ枝と落ち葉を積んで道の始まりを隠しているんだ。ここが八番目の道で、出口だ。」

「今、わかったよ。不思議だったんだ。」ロジャーは感心したように大きな声を出した。
「何が?」
「なんでジョーがいつまでも乗馬に慣れないんだろうかって不思議だった。なんでもできるジョーにしてはどうし
たんだろうって。本当はもう達人の域だったんだ。」

「そんなことはないさ。馬の好きにさせているだけさ。」ジョーの馬は少し歩足を速めた。

「だから一見下手に見える。でも、実は馬の能力を最大に引き出しているんだ。ステイシー先生が言ってたよ。馬
は自動車じゃない。自由な意志をもった生き物だ。機械のように扱ううちは馬は決して最大の力を発揮してくれな
いって。」ロジャーはしみじみ言った。

「オレはこんな乗り方しかできなからよくわからない。でも、こいつは少なくとも三回はここを通った筈だから、
任せていればいいと思って好きにさせてる。」ジョーは関心なさそうに言った。
「だから、馬に道を憶えさせるためにクローイに貸したのか。」
「そのつもりだった。」
18. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:11:23
「つもりだった?」意外という感じでロジャーが問うた。
「ああ、前にここに来た時に自分で見つけたから。まあ、馬は保険のつもりさ。さあ、先を急ごう。」

踏み後も無くなるような場所を何カ所も通り、左右の分かれ道で迷うような所もジョーの馬は立ち止まることなく
進んでいく。小一時間ほどすると、テニスコートほどの岩のテラスに着いた。

  道はここに至った小径だけでテニスラケットのようなテラスの周囲は大半が下まで100フィートはありそうな断崖
である。ロープを使った人間ならまだしも馬には無理な崖である。

「さて、ここからどう行く?ちょっとした難所だな。」ジョーもいつもの皮肉まいた口調ではなく参ったというよ
うに言う。
「今までも何度も難所を切り抜けた気がするけどな。ここまでは来なかったのかい。」ロジャーが下馬して崖の下
を覗き込みながら言う。
「朝から出発できらば来れたがな。」ジョーは右手で顎をさすりながら考え込むように言った。しばらく、二人の間で重たい空気が流れた。

「クローイのヒントの残りは”広い道”だ。」ロジャーが振り返って言う。
「晴れていればいい景色だろうな。」その問いかけを無視してジョーは何かを思いついたように言う。

「ここに来るまでの山道は分かりにくかった。分岐とも思える場所もいくつもあった。だが、山道に慣れているク
ローイらには取り立てて言うほどの難所でもなかったとしたら。難所という認識もなかったとしたら。」ジョーは
独り言のように言い続けた。行き詰まったのかまたジョーは考え込む。

二頭の馬が軽くいなないた。

「出発してどのくらいになる?」ジョーがロジャーに聞いた。
「さあ、二時間てとこかな。」ロジャーは懐中時計を確認しながら答えた。

「逃亡者である俺たちは焦っている。でも、クローイ達は焦らずにこの道を利用している。同じ風景でも気持ちで
見え方が変わる。いや、俺たちは風景の見る余裕もない。」ジョーの顔色が明るくなった。

「そうか。二時間もすれば小休止もしたくなる。できれば景色のいいところで。」ロジャーも何かに思いあたった
のか少し微笑んで言った。

「リンゴと砂糖を出してくれ。」ジョーがロジャーに指示する。

ロジャーがリンゴと角砂糖をやると、馬は再び動き出した。

「馬はここで休んで好物を貰ったことを憶えていて、俺たちに催促していたんだ。」ジョーはほっとしたように言
った。
19. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:12:15
  馬はテラスからもときた小径を引き返した。少し引き返したところに言われればそうかと思える分岐があった。
時々頭に小枝が当たるような道を半時間も進むと、白い小石が散らばった細い道に突き当たった。

「広き道を進め、って細い道だぜ。どっちに行く?」ロジャーは左右を見やりながら言う。

「オレの予想じゃ右は行き止まり。左は地獄みたいな迷い谷だ。」ジョーはしばらく考えたから言った。
確かに右手には、1マイルほど先に険しそうな山の崖が見えている。左は徐々に下っている。

「行ってみないとわからないだろう。」ロジャーは、このルートで出会った初めての道らしい道の「白い道」に未
練があった。
「時間のロスだ。そろそろ、四時だろう。五時には仕事を終わって食堂についてないと怪しまれる。」ジョーは時
計を見ながら言った。

「じゃ、どうするんだよ。」ロジャーは少しいきり立つ馬を鎮めながら言った。

「最後まで馬に任せよう。」ジョーはごく軽く馬の腹を蹴った。

馬は小径をまたぐようにして横断すると向かいの森の中に入っていった。

「これも子供だましだったな。あの道は細い道じゃなくて横に広がった短い広い道だったんだ。」ジョーは後ろを
振り返って言った。

  馬は少し傾斜のある斜面をあえぎながら登る。ジョーとロジャーは馬から降りて手綱を持っていっしょに数分間
苦労して登ると、比較的見晴らしのいい尾根に出た。反対側の斜面は一層傾斜があり深い谷になっている。下の方
からかなり水量があるような川の音が聞こえてくる。

「オレたちは来たときは馬に乗りっぱなしだった。乗ったほうが妙な間違いをしなくていい。」

  再び馬に乗ったジョーとロジャーは、つづら道のように何度も斜面を左右に行き来しながら下った。やがて谷底に
到着した。川は十ヤードほどの幅で思ったより大きく雨が続いたためか増水しているようだった。河原もほとんど
が水没している。馬はあきらかに対岸に行きたそうにしているがあまりの流れの速さに尻込みする。

「ここを渡るのか?」
「多分これが最後の難問だ。出発した時間から考えてもう目的地は間近なはずだ。」

「ジョー、確かテラビシアへ出発してからしばらく川の音も聞こえていた。絶対に橋を渡った思う。」
「オレも同意見だ。でも橋は何処にある。」

「なあ、クローイが”双子”と”広い道”のヒントを出した時に、他に何か言っていなかったか。」
「そうだな。・・・私なら民兵と戦う時は力を分散させるとか。」
20. 名無しモドキ 2011/12/30(金) 23:13:19
「そうか。そういうことか。」ジョーはそう言うと、河原を少し歩き回った。

「これだ。この石を動かす。」川に面して3フィートほどの長さの平たい石を指さしてジョーが言った。ジョーが
石を持ち上げるとその下に頑丈な木の水門があった。ジョーは水門の横にあったハンドルを回す。川の水が水門か
ら抜けてジョー達の背後に新しい川をつくる。

  二分ほどすると本流の水かさが下がり対岸まで、3フィート四方ほどの柱状のものが一直線に続いているのが見
えてきた。柱は平らな自然石をコンクリートで固定してらしい。水かさが減った川の水は、柱の間の1フィートほど
の間隔を流れていく。

「潜水橋だ。話には聞いたことがあるが見るのは初めてだ。」ロジャーはあっけに取られたように言う。
「多分、対岸にも同じ仕掛けがあるんだろう。」ジョーはハンドルを反対に回して水門を閉めながら言った。

「さあ、水かさが増さないうちに渡ろう。」ジョーは急いで乗馬した。水かさは急激に上昇したが二人が橋を渡り
終えるのには十分だった。

「さらばテラビシアへの橋。」ロジャーは振り返りながら言った。

馬はそのまま対岸の小さな沢に入った。沢を数分遡ると、今度は下りだした。
「ここで二つの川がどっちが流域をとるかで争っているんだ。こんなのも初めて見たぜ。」ロジャーが嬉しそうに
言う。

「よしここだ。」ジョーは馬から降りて少し斜面を登る。倒木の陰から防水シートにくるまれたズックの鞄を取り
出した。

「アスピリンにサザンカンフォートのボトルだ。それに金貨と銀貨。奴らに目隠しされる前にここに隠しておいた
んだ。」ジョーは中身をロジャーに見せながら言った。
「いつの間に?」

「クローイが上流の様子に気を取られている間にさ。あの時は誰が来るのかわからなかったから、用心のために貴重
品を隠しのさ。」防水シートと鞄を手早く馬に積みながらジョーは言った。

  ジョー達は40分ほどでクローイを助けた山道に到着した。太陽はかなり西に傾いておりエイプリル峠といわれ
る地点に向かって馬を急がせた。

  エイプリル峠はなだらかな坂道の上にあった。峠には数本のトウヒの大木と小屋ほどの岩があった。行く方向の
彼方には夕日に照らされた町が地平線近くに確かに見える。


  岩の陰からポンチョを着て銃を持った人影が現れた。

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最終更新:2012年02月07日 19:38