66 :名無しモドキ:2012/01/30(月) 22:59:15
 ここまで読んでいただいた方に感謝します。以下の話は蛇足に近いものになりますので前の章で読み終えられてもかま
わないかと思います。

モスクワ通信10 -モスクワ方面軍見聞記- その9   カリンカ Калинка
1943年3月8日火曜日午後 モスクワ西方ヴャジマ市 赤軍野戦病院

 ヴャジマ市の郊外に残った修道院を改装した赤軍野戦病院がある。野戦病院といっても戦線後方であるのと、ヴャジマ
市の病院施設の医療器具器具などを疎開させ、医療関係者をそのまま徴用していたため、当時の赤軍野戦病院としては破
格の設備と技能を持っていた。

そのヴャジマ赤軍野戦病院の廊下を長谷川と親衛狙撃師団の副官が歩いていた。紹介された病室を探しあて、その士官用個
室のドアを副官が叩こうとすると、中からドアが開いた。

内務人民委員会軍(NKVD軍-国内軍)の下士官が出て来た。下士官は副官に敬礼をするとそのまま立ち去った。

「ドルゴフ少佐、お元気ですか?」開いたままのドアから長谷川と副官は病室に入った。
「ハセガワか。元気な奴が入院しているのもか。」長谷川の顔を見るとドルゴフ少佐は挨拶も抜いて憎まれ口を叩いた。
「その言葉で安心しました。」長谷川は笑って受け流す。

「そちらは確か?」ドルゴフ少佐が少し丁寧な口調で副官に尋ねた。

「マシェフスキー少佐です。ヴャジマ親衛狙撃師団のイオーノフ少将の副官を務めております。」

「あなたに面会したいと何回かお願いをしたのですが、どこも判断できないの一点張りで。イオーノフ少将に相談しまし
たら、あなたの怪我の具合を医師に問い合わせるために副官のマシェフスキー少佐を派遣するから、一緒について行けと言
われました。」

「何しろ師団が安全にお送りすべき政治将校殿を負傷させてしまい、いたくイオーノフ少将はご心痛であります。」
「そういうことにしておこう。」

「本来ならば師団長がお見舞いに来るべきではありますが昨今の情勢で多忙のおり、わたしが代理を務めます。謹んでお
見舞い申し上げます。ご存じだと思いますが先週のドイツ軍の大規模な威力偵察の後始末におわれておりまして・・。」

「おかげで、こちらも足止めだったよ。悪天候も続いたしね。でも、やっと今晩モスクワに帰る列車に乗せてもらえるこ
とになったんだ。」
長谷川がうんざりした様子で言った言葉には以下のような事情があった。

 3月になっても寒波はロシア全土に居座り、吹雪の日と厳寒だが比較的安定した日々が交互にやってきた。その時期に
ドイツ中央軍集団はヴャジマ南西部方面に、限定的な攻勢といってよいほどの増強師団規模による威力偵察をかけてきた。
ドイツ軍は雪上車やスキー部隊をかき集め、防備の手薄な森林地帯を抜けて戦線後方にぞくぞくと浸透した。

67 :名無しモドキ:2012/01/30(月) 22:59:51
 憂鬱世界のソ連で中途半端に終わった重工業化は、史実以上に繊維産業などの軽工業の発展を圧迫しており、軍用の冬
季用防寒着やフェルト靴でさえ1920年代に製造されたつぎはぎだらけのものが兵士に支給されており、厳寒の行動に支障
をきたしていた。このため、個々の歩哨能力が大幅に低下しており、ドイツ軍による戦線浸透を許してしまったのだ。

 ドイツ軍は赤軍による春季攻勢を警戒して、その拠点となるであろう物資集積地を狙った。このため、ただでさえ乏し
い弾薬や食糧に多大の損害を生じさせた。また、一時的に中央方面軍に配備された戦術航空部隊は、ヴャジマ周辺の鉄道
道路網を攻撃した。
 当初、赤軍はドイツ軍の意図を図りかねてヴャジマの防備を固めていた。もっとも予備軍である戦線後方のヴャジマ親
衛狙撃師団とその周辺の部隊は、前線のほころびを繕うために多くの部隊と移動手段を抽出されていたため機動防御などを
行える力はなかった。

 このため赤軍は後方部隊の集結を待ってから反撃に出た。反撃は遅すぎて、ドイツ軍部隊はかなりの軍需物資を捕獲し
て戦線の彼方に去っていた。戦争の目的は太古に後戻りして物資の奪い合いの様相を呈していた。この間、長谷川は外部
へは交通途絶状態となったヴャジマで軟禁状態に置かれていたのだ。

「それでは、わたしはイオーノフ少将の命令で軍医長にあなたの怪我の程度を聞きにいきます。ハセガワさんはこの病
室で待っていてください。30分はかかります。」副官はそう言い残して病室を出て行った。

「よく来てくれた。感謝する。」副官の姿が見えなくなるとドルゴフ少佐は右手を長谷川に差し出した。長谷川はその手
を力強く握った。
長谷川は多分イオーノフ少将の指示だろうが、副官の厚意に感謝しながらドルゴフ少佐と歓談した。

「ハセガワ、黙っておこうと思ったが、どうも重すぎる話がある。胸にしまっておこうと思ったが気が滅入る。こ話を誰
かが知ってくれてると思うと多分かなり気が楽になると思うんだ。
 少し重みを引き受けてくらないか。どうせ、ハセガワはすぐに帰国するから誰にも言わないから都合がいいんだ。」

「重い話って?」長谷川は身構えた。

「処刑されたコヴァレフスキー一等兵のことだ。」ドルゴフ少佐は話す内容を自分なりに整理した。
「やっぱり何かあるんだな。」
「気づいていたか。」
「聞くよ。」長谷川は覚悟を決めた。

「襲撃される前の夜、ハセガワはよく寝ていたから知らないだろうが、カガロフスキー曹長とシチェルビーナ二等兵が報
告に来たときに、コヴァレフスキー一等兵のことを聞きただしたんだ。そらから短時間だがコヴァレフスキー一等兵から
の供述から考えて、今からする話に大きな間違いはない。」

ドルゴフ少佐の話は以下のようなものであった。

-コヴァレフスキー一等兵が親父が党の地区責任者だと言っていたことは本当で、地方ではかなりの高官といっていい。教
唆党とスターリンの威光を背景にかなりの権勢を振りかざしており、文学部に通う大学生であった息子を伝で、党の幹部
候補要請のモスクワ大学政治学部に転部させようとした。

68 :名無しモドキ:2012/01/30(月) 23:00:27
 それに反発したコヴァレフスキー一等兵は一兵卒として志願入隊した。入隊して出会ったのがシチェルビーナ二等兵で
ある。シチェルビーナ二等兵が古参の共産党員であった父親を処刑されたのも事実であり、母親も心労で病死している。戦
争が始まると、ようやく孤児院を出たばかりの彼女は強制されるように軍隊に志願した。

 この話にコヴァレフスキー一等兵は心を動かされる。コヴァレフスキー一等兵の父親が出世したのは彼の上司達が次々
と外国のスパイの罪名で処刑されたからだ。その罪状を密告したのはコヴァレフスキー一等兵の父親だと考えていたコヴ
ァレフスキー一等兵は、シチェルビーナ二等兵の境遇に自分の父親の罪を重ねて見たのだ。

 幾ら女性兵士が多いといっても、大勢の男性に囲まれた軍隊では間違いや意図的な暴行がある。シチェルビーナ二等兵
を娘のように守っているカガロフスキー曹長がいるといっても、四六時中見張っているわけではない。そのため、カガロフ
スキー曹長が不在の時はコヴァレフスキー一等兵が彼女を他の兵士と喧嘩しながらでも守っていた。

 自然な流れで、シチェルビーナ二等兵はコヴァレフスキー一等兵に好意を持つ。それに気がついたカガロフスキー曹長
はコヴァレフスキー一等兵に、彼女を恋人、もしくは自分の女だと周囲に知らしめてくれと頼んだ。人の女には手を出しづ
らいからである。この申し出にコヴァレフスキー一等兵は困惑した。
 どのような事件があったが定かではないが、一度だけ二人は男女の契りを交わして戦争が終わったら結婚の誓いをたて
たらしい。

 コヴァレフスキー一等兵がシチェルビーナ二等兵を怯懦から置き去りにしたという事実はない。実は襲撃されたトラッ
クの様子を見た後でシチェルビーナ二等兵が尿意を催して茂みに行った。

「おい、若い女性にそんなことまで問いただしのか?」
この話を聞いたときに長谷川はあきれて言った。

「内務人民委員会の政治将校を前に隠し立てするソビエト人民はいないからな。」ドルゴフ少佐は平然と言い返した。

-ドルゴフ少佐は話は進む。シチェルビーナ二等兵が用をたしている時に、コヴァレフスキー一等兵は異変に気がついた。
コサックが舞い戻ってきたのだ。そこで、コヴァレフスキー一等兵は注意を自分に引きつけるためにソリを走らせたので
ある。幾ばくもいかないうちに、コヴァレフスキー一等兵はコサックに追いつかれて捕虜になってしまう。

 彼は夜明けの襲撃の直後まで捕縛されていた。ところが、彼を見張っていたコサックが仲間達の壊滅をみて、一人で逃
走しようとした。そのコサックはコヴァレフスキー一等兵の縄を解いて仲間の所へ帰れと言った。
ちょうど、その時に、赤軍兵士に発見されて有無を結わさずコサックは射殺された。

 その状況が、救援隊の中尉に報告されてコヴァレフスキー一等兵はコサックの手引きをしていた裏切り者と誤認される。
共産党に指導された赤軍に間違いはない。一度、認定された事実は覆ることはない。内務人民員会のドルゴフ少佐でさえ
これを覆すことは難しい。特に、兵士の多くがコヴァレフスキー一等兵が逃亡したと信じている状況ではなおさらである。

 内務人民委員会が敵前逃亡や裏切りに対しては現場での処刑という厳罰で臨み、赤軍の士気を維持している以上、兵士
の予想を裏切って新たな取り調べを行うことさえ組織防衛の為には選択出来なかった。元来頭脳明晰で自己犠牲の勇気も
あるコヴァレフスキー一等兵も覚悟していた。

69 :名無しモドキ:2012/01/30(月) 23:01:00
 コヴァレフスキー一等兵に対してドルゴフ少佐は、更に汚名を被って死ねと命じたのだ。このままでは、シチェルビーナ
二等兵が哀れである。シチェルビーナ二等兵に対してコヴァレフスキー一等兵の死を少しでも軽くなるようにしてやれと。

「それで、コヴァレフスキー一等兵はあんな醜態をさらしていたのか。」長谷川は溜息をついた。
「愛する者が目の前で殺される。でも、その男が本当は自分を愛していなかったと言えば、少しでも悲しみは軽くなる。
コヴァレフスキー一等兵がしたことはそんなとこだ。」ドルゴフ少佐は長谷川に顔を背けるように窓の方を見た。
「愛するが故の罵詈雑言か。気が滅入るな。」

「ああ、だから一人で持っていれなくてな。こんな男がロシアにいたことを憶えておいてくれ。それがコヴァレフスキー
一等兵の魂を少しでも救うことになると思う。」

「唯物主義者が魂なんて言っていいのか?」

「勇気ある者、心優しき者ほど今の世では先に死んで行く。・・コヴァレフスキー一等兵を死に追いやったのも優しさだ。
カガロフスキー曹長は二人を安全地帯に追いやろうしてペアを組ませて後方への連絡を命じた。コサックは最後の瞬間に
情け心を出してコヴァレフスキー一等兵の縄を解いて誤解を生じさせてしまった。
 そして、オレはあの切迫した状況で、シチェルビーナ二等兵の憂い顔が気になってどうでもいいことに口を出した。
    • この話は終わりだ。」

「ところで、病院の前でレオノバ先生と子供達に会った。憶えているだろう。」長谷川は努めて明るい声で言った。

「ああ、そんな奴らもいたな。」

「ドルゴフ少佐に会ってから音沙汰なしだった市当局から配給切符が届くようになった。きっと、ドルゴフ少佐が手配し
てくらたに違いない。ここに入院していると聞いてお見舞いをしたいが中に入れてくれないから、かわりにお礼を言って
くれと頼まれた。」

「オレは知らん。」

「そうか。カーチャって子は憶えているか?親が死んで口を利け無くなった子だ。今日、一言だけだが声をかけてきた。
一言言ってすぐにレオノバ先生の後ろに隠れてしまったけどな。レオノバ先生が最近少しでも話せるようになったきたそ
うだ。で、そのカーチャが君に此を渡して欲しいと言ったんだ。」長谷川はポケットから手の平くらいの木製の勲章のよ
うな物を取り出した。

 それはガマズミ(カリンカ Калинка)の小枝を組み合わせて五芒星の形に組んであった。、真ん中に長谷川が渡し
たチョコレートの銀紙が貼ってある。
「カーチャがつくったお礼の勲章だそうだ。」長谷川はドルゴフ少佐に手渡そうとした。

「それは受け取れん。お前が持っていてくれ。今度、ハセガワがソ連に来るまでに渡す相手をオレが調べておいてやる。」
ドルゴフ少佐は手を毛布の中に入れて受け取ることを拒絶した。

「ハセガワさん、そろそろ時間です。」その時、ドアが開いて副官が入ってきた。

70 :名無しモドキ:2012/01/30(月) 23:01:30
「じゃ、最後に頼みがあるんだ。」長谷川は仕方なしにベットの横の箱のみたいな椅子から立ち上がった。

「なんだ。」ドルゴフ少佐は長谷川の方を見た。
「ダヴィドフ伍長の戦死公報を書いもらえないか。」もともと長谷川はドルゴフ少佐にそのような権限があるのかは知ら
なかったが、頼まずにはおけなかったのだ。

「もう書けない。」
「どうして?」
「お前がきた時に出て言った下士官が、コサックとの戦闘で死んだ兵士の戦死公報といっしょに持っていったからだ。」
長谷川はドルゴフ少佐の言葉に顔で謝意を表した。

「言い忘れておりましたが。政治将校殿が推薦してくれましたシチェルビーナ二等兵は師団の女性中隊に配属しました。
なかなかの射撃の腕だ、実戦を体験して度胸もある、良い人材を見つけてくれたと中隊長が感謝してましたよ。」一度、
廊下に出た副官が戻ってきてドルゴフ少佐にあわてて言った。

「そんな顔でオレを見るな。政治将校の任務の一つはは適材を探し出して最適の部署に推挙するだ。おかしなことじゃない。」
ドルゴフ少佐は生真面目に、そして言い訳するように言った。
「よくカガロフスキー曹長が手放したな。」長谷川はまっとうに聞いて答えないと思いドルゴフ少佐に別の方向から尋ねた。

「奴もシチェルビーナ二等兵を気遣う一人だからな。」長谷川の真意を理解したようにドルゴフ少佐は言った。

「さよなら。」ドアのところで長谷川はドルゴフ少佐に声をかけた。ドルゴフ少佐は軽く右手を挙げた。


 長谷川はドルゴフ少佐に二度と会うことはなかった。このため、カーチャの勲章は未だに長谷川の書斎に飾ってある。
カーチャの勲章から離れて、軍事的貢献をした外国人にも授与できるソ連のボグダン・フメリニツキ勲章が並んでいる。

 東京に帰った長谷川は、早々にソ連大使館から呼び出された。何事かとおっかなびっくりで出かけると、ファシストと
の戦闘に勇気ある行動を見せてソ連人民に貢献したと理由で、日本人に対しては希有なボグダン・フメリニツキ勲章が長
谷川に授与された。

ふたつの勲章の間には、写真が飾ってある。ヴャジマの子供達の写真である。子供達がキラキラした表情で笑って写っ
ている。あの無表情だったカーチャまで微かに笑っていた。その写真は長谷川のお気に入りで、戦後出版した独ソ戦の写
真集にも収められている。

 長谷川は、あの時二枚続けて子供達の写真を撮った。一枚目は子供達は固い泣きそうな顔のつくった笑顔だった。しかし
二枚目の写真が何故本当に笑った子供達の写真になったのか、長谷川は未だにその理由を知らない。

 実は、長谷川が二枚目の写真を撮るのに夢中になっている時に、ドルゴフ少佐が子供を和ませるようにニコニコ笑って
近づいてきて、拳骨で後ろから長谷川を殴る仕草をしていたのだった。

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最終更新:2012年02月07日 03:54