91 :名無しさん:2012/02/16(木) 21:22:58
というわけで妄想してきたぞ!




 運が悪い、というレベルの話ではない。
 殴られた鼻から伝い落ちる生暖かい血を感じながら、岡島緑郎は自らの現状を前に頭を抱えたくなった。
 だが、もちろんそんな下手な真似をすれば、即座に頭の風通しがよくなることは確実である。

「OK、カリフォルニア人。もう一度訊くぞ?」

 眼前に突きつけられた二挺の拳銃から発射される鉛弾によって、だ。

 岡島緑郎は旭日重工資材部北米課に籍を置く、旭日重工の一社員である。
 そんな彼に急遽出張の要請が舞い込んだのは、数日前の話だ。
 重要な物資の運搬に付き添って欲しい。上司は口数少なく、そう告げた。
 もちろん平社員である岡島が断れるはずもなく、彼は書類が翌日には機上の人となる。
 こうしてカリフォルニア共和国ロサンゼルス支社へと着いた岡島は、休む間もなくロサンゼルス港で物資を積んだ貨物船に乗せられた。
 そうして気がつけば、彼はパナマ運河を越えてカリブ海へと至っていた。
 遥かな昔は名立たる海賊が巣食っていた海域。
 だが欧州列強が一帯を抑えた今となっては海賊が横行できるはずもなく、綺麗で安全な海となっている。

 ――― そうであるはずだった。

 ジャマイカ海峡に差し掛かった時の出来事である。
 彼の乗る貨物船に、一心不乱に突っ込んでくる小型艇の姿が見えたのは。
 接近してきた小型艇は慣れた操船で貨物船の右舷につけるや否や、鉤付きロープを貨物船に撃ち込んできた。
 そしてそこから乗り込んできた招かれざる二名の船客――黒人の大男と、アジア系の女性――に、岡島は現在進行形で脅されていた。

「こいつがマイアミで取引先に渡せと命じられたデータディスク、で間違いないな?」

 ごつい回転式拳銃を突きつけながら、ガタイのいい黒人の大男が小さなデータディスクを岡島に見せ付ける。
 それはロサンゼルス支社で取引先に渡すように、と書類鞄と共に押し付けられたデータディスク。
 どうやらこれが岡島を現状に追い込んだ疫病神であるらしかった。

「面倒くせえ。ダッチ、膝の辺り撃っちまってもいいだろ?」

「逸るな、レヴィ。壊れたラジオみたいになられても困るんだ」

 大男と並んで岡島に自動式拳銃を突きつけているアジア系の女性が、見た目に似合わぬ末恐ろしいことを口にする。
 しかし、黒人の大男はこれまた見た目に反して、彼女を諌めた。
 襲撃者達の間で交わされているのは、流暢な英国英語だ。
 旧米国英語に比べて上品だと小耳に挟んでいた岡島だが、生憎実際に聞いた会話に上品さは欠片もなかった。

『ダッチ。ヘイ、ダッチ。そろそろ片付かないかい?』

 その時、大男の携帯無線機が鳴る。大男は応じるように無線機を耳元に持っていく。
 漏れ聞こえた限りでは、英海軍の哨戒艇がこの船に迫っているようだ。
 頼むから自棄には走らないでくれ、と岡島は心の中で仏から八百万の神まで節操なく祈った。

92 :名無しさん:2012/02/16(木) 21:23:35
「聞け、ジェントルメン! 俺達は退散する! あんたらは自由になる! ただし俺達を追いかけてきた場合は保証しないぞ!」

 彼の願いが通じたのか、大男は拳銃を掲げながら甲板上に並べられていた貨物船の乗組員達にそう告げた。
 無事とは言い難いが、命は助かるらしい。岡島は小さく安堵の溜め息を吐く。

「おい、何を安心してんだ?」

 刹那、岡島の頬に冷たい金属が押し付けられる。銃口であった。
 目を恐る恐る横に動かすと、銃口並の冷ややかな視線をこちらに向けるアジア系の女性。

「アンタは一緒に来るんだよ」

「じょ、冗談だろ?」

 あれよあれよという間に貨物船の広い甲板から、小型艇の狭い甲板に移動を強いられる岡島。
 大男と女性もそれに続き、小型艇に乗り込む。
 すると小型艇は発動機の回転を高め、貨物船からするすると離れ始めた。

「冗談だろおおおおおおおおおお!?」

 そしてみるみる遠ざかる貨物船の船影に、岡島が悲鳴のような絶叫を上げる。

「五月蝿いぞ、カリフォルニア人。口の中に銃口押し込んで塞いでやろうか?」

「さっきからカリフォルニア人カリフォルニア人って、俺は日本人だ!」

「あん? あの日本人のケツ舐めてるからって、日本人を気取るなよ。大方、ただの日系人だろ?」

「違う! このパスポートを見てみろ!」

 岡島の抗議を鼻で笑うアジア系の女性。
 その鼻っ面に精一杯の意地を込めて、岡島は大日本帝国の文字が標されたパスポートを突き出す。
 そんな岡島を面倒くさそうな目で眺めつつ、女性はパスポートを受け取る。
 彼女は戯言に付き合ってると言わんばかりの調子でパスポートを開き、載っている写真と岡島を見比べ――凍りつく。

「は?」

「正真正銘、大日本帝国正規のパスポートだよ。こん畜生」

 岡島の言葉に女性は静かにパスポートを閉じ、表紙の大日本帝国の文字を凝視。
 続いて、もう一度パスポート開き、載っている写真と岡島の顔を見比べる。
 無論、何度見返しても変わりはない。

「……へーい、ダッチ」

 何処か諦観したような顔つきで、女性はインカムのスイッチを入れた。

『どうした、レヴィ?』

「あたしら〝ヤマト〟に吹き飛ばされるかもしれない」

『はぁ?』



(続け)

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最終更新:2012年02月25日 23:19