福篠単波プロローグ「どんまいっ!ゆにばちゃん!」


ごごごごご、ずずーん。
対魔人隔壁のぶあつい二重扉が、ゆにばちゃんの後ろで閉まります。
ここは、アルバイト先の特別養護老人ホーム「まつごのさけ」の一番奥深く。
もっとも危ない老魔人達が入ってる特別な場所です。
監禁状態ですが、老人虐待ではありません。
とても強い力を持ったまま痴呆が進んでしまった、本当に危険な老人たちなのです。
食事とかも機械で運ぶしくみがあって、ホームで働いてる人がここに来ることはあまりありません。
でも、ゆにばちゃんは違います。

動きやすい体操服の上にエプロンをつけた小柄なゆにばちゃんが、大きなカートをがらがら押して歩きます。
「こんばんはっ! 夕御飯ですよーっ!」
元気に挨拶しながら、鉄格子の部屋を回って食事をくばります。
今夜のおかずは蟹クリームコロッケです。
「ありがとねェ。いつもクミコちゃんは可愛いねェ」
ひょろりと痩せたおじいさんが、嬉しそうに声をかけます。
「うふふ。可愛いって言われちゃったーっ!」
ゆにばちゃんも嬉しそうです。
「でもボク、クミコさんじゃないですよー」
うっかりしてました。
言っちゃいました。
もう手遅れです。

ごごごごごごご。
おじいさんの様子がおかしくなります。
「クミコじゃァ……ないィ……?」
鶏ガラみたいだった体が、みるみるうちに筋肉もりもりになってゆきます。
まるでゴリラみたいに!
「貴様ァ……何者だァ……よくもォ……儂の孫をォ……クミコをォ……」
鉄格子をへにゃりと曲げて、おじいさんが廊下に出てきます。
「うあああ、しまったーっ! またチーフに怒られちゃうよぅ」
ゆにばちゃんは、おろおろしながら両手に低周波ナックルをはめて電源ユニットの安全装置をオフにします。
この低周波ナックルは、コリをほぐして血行をよくする、メリケンサック型の健康器具です。
電気のパワーを上げればスタンガンにもなるすぐれもの!
どれみふぁそらしどー。
フルチャージを教える音が鳴ります。
左手を高く前に突き出し、ゆにばちゃんは低く腰を落としてかまえました。

おじいさんの、すごく強いゴリラパンチがうなりをあげて襲いかかります。
ゆにばちゃんあぶない!
でも大丈夫。
ゆにばちゃんはうまく左手でゴリラパンチを捌きながら、一歩ふみこんでおじいさんの股間に右手で電気パンチ!
ずばちゅん!
ふとん叩きで思いっ切りタタミを叩いたような音と、まぶしい光!
ゆにばちゃんの得意わざ、応急対所攻撃です。
おじいさんは、ぷるぷる震えながらひっくり返りました。

「みなさんっ、しっかり食べてくださいねーっ!」
ゆにばちゃんが元気に呼びかけます。
「はーい!」
「はいよー!」
おじいさんおばあさんたちも、元気そうにこたえます。
「クミコちゃん、いつもありがとねェ!」
やっぱりお孫さんと間違ってるけど、さっきのおじいさんも正気にもどったみたいです。
よかった!
今日もボクは花マルだなって、ゆにばちゃんは自己採点しました。
でも……。
たぶん絶対、チーフの採点は花バツじゃないかなと思うのです。
だって電気パンチしちゃったし、一応なおしたけど鉄格子もゆがんじゃったし。
(怒られるのやだなぁ)
ぽぴぱぷぷぴ。
隔壁の電子ロックを解除しながら、ゆにばちゃんの心は晴れときどき曇りでした。

(福篠単波プロローグ「どんまいっ!ゆにばちゃん!」おわり)



最終更新:2013年06月15日 03:54