ドイツのとある街の一角。
裏社会の人間が集まり治安の良いとは言いにくいその地区に存在するとある工場跡の前にひとりの少女が立っていた。
それなりに整った身なりと腰まで伸ばしたハーフアップの銀髪。顔には知性を象徴するように眼鏡。
その手には辞典と思わしき分厚い本を所持している。
どこかの学校の優等生のお嬢様といった面持ちのその姿はこの場には似つかわしくないが、
さりとて悪友に誘われて薬に手を出しこちら側に堕ちてくるものというのも決して珍しいものではない。
ここに来るまでの道中で彼女を見た人間は彼女もそういう人間の一人なのだろうと認識し、それ以上気に止めることはなかった。
今はもう使われていない様々な機械がかつて操業していた頃の名残を残す工場跡の中、男たちが集まって談笑していた。
男たちは最近ここを根城にしている麻薬密売グループのメンバーであり、今日は重要な取引が行われる予定だ。
今彼らは取引先が来るのを待っているところであった。
そして、男たちの一人がふと工場跡の入口のあたりにを見るといつの間にか少女が立っていた。
薬が欲しくてきたガキか。
「追い払え。帰らないようなら始末してもいい」
リーダーの男が部下の男たちに命令する。
普段なら薬漬けにでもして上得意にでもするところだが、今日は重要な取引だ。些事には構っていられない。
リーダーの命令を受けた二人の男たちが少女のもとに向かっていく。
奴らに任せれば問題ないだろう。
そう判断したリーダーが再び仲間との会話に加わろうとしたその時
「ぎゃあっぁああああぁあ」
突然叫び声が工場跡に響き渡った。
何事かと思い男たちが声のした方向を見ると、少女のもとに向かった男たちが首から血を吹き出し、そのまま地面に倒れていた。
平然とした様子でその場に立つ少女の握られているのは一片の紙。
持っている本の一部だろうか。血で赤く染まっている。
「な、なんだ…」
あの少女がやったのか?
あの二人も相当の手練のはずだ。それを一瞬で。それも彼女が持っているのはナイフのような得物ではない、ただの紙だ。
混乱する男達の下に少女が歩みをすすめる。
「えぇ~っとですねぇ~、うちの組織はあなたたちのことが邪魔らしくてぇ~、
始末するために架空の取引をでっち上げたらしいんですけどぉ~」
知性を携えた外見とはギャップのある、気が抜けるような間延びした口調で少女が告げる。
つまり取引自体が罠であり、少女はそのために派遣された暗殺者だということだ。
「ということでぇ~、死んでもらえますかぁ~」
「ガキが!ふざけるなっ!」
リーダーの隣にいたオールバックの男が懐から拳銃を抜こうとしたその時!
男の手に少女が投げた栞が突き刺さる!
「グ、グワーッ!」
取り出そうとした拳銃が地面に落ちる。
「ダメですよぉ~、当たったら危ないじゃないですかぁ~」
少女はそういうと別の栞を男に投げつける。
栞が喉に突き刺さった男はそのまま動かなくなった。
「クソがッ!ガキ一人にいいようにされてどうする!早く殺せ!やった奴には特別報酬を出すぞ」
リーダーの命令を聞き少女の一番近くにいた男が少女にナイフを振り下ろす。
少女はそれを躱すと男の喉元を持っていた紙で切り裂いた!
スキンヘッドの男が少女に向かって引き金を引く。
絶命した男を盾にし防ぐと、少女は栞を投擲!スキンヘッドの喉元に突き刺さる。
そのまま男を盾にしたまま、前進するとリーダーの喉元を紙で切断!リーダーは血を吹き出すとそのまま背後に倒れこんだ。
そして男たちの血に染まった工場跡にはには少女一人が残されていた。
「思ってたよりもあっけなかったですねぇ~」
任務をあっさり終えて拍子抜けしたといった表情で、その場を立ち去ろうとしたその時──────────
携帯の着信音がなる。おそらく組織からの連絡だろう。
「はぁ~い、フロレンツィアですぅ~。お仕事完了しましたぁ~。えっ、次のお仕事ですかぁ~?」
少女────組織の暗殺者であるフロレンツィア・ビブリオテークは、電話を取ると新しい任務について確認する。
「希望崎ぃ~?紛争を起こすぅ~?そういうのはぁ、私なんかよりもっと適任者がいるのではぁ~?」
組織の暗殺者の中でも暗殺者らしからぬ風貌であり、ビブリオテーク────図書館を意味するその名のとおり、本や栞を武器とする彼女はそういう任務に向いている方ではあるといえる。
年齢的にも学校に潜入するのは自然であろう。
とはいえ、フロレンツィアはあくまで暗殺者である。工作員ではない。
「まぁ~、命令とあれば当然やりますけどぉ~。はぁ~い。わかりましたぁ~。じゃあ~、準備をしたら日本に向かいますねぇ~」
組織の命令である以上断る理由はない。受諾の旨を伝えるとそのまま携帯を切る。
(さてとぉ、どうしようかなぁ~)
暗殺者である自分に仕事が回ってきた以上期待されているのはそういう方面の仕事なのだろう。
犯行がバレないように影響力のありそうな誰かを殺し、扇動でもでもすれば時間はかかりそうだが困難な任務のではないか。
次の仕事について考えながら、フロレンツィアは工場跡を跡にした。