シエルの眼前にその人物が立ちはだかったのは、復活して間もない頃である。
「お前はついさっき言ったな。『メジャーな筈の私が出れない事の方が理不尽』だと」
そいつは、額で存在を主張する折れた角といい、青い肌といい、到底人間ではありえなかった。
無理矢理形容を試みれば『人間とケモノを足して二で割ったものを青く染め上げた何か』とでも述べる必要がある。
「何がメジャーだ。一部の狂信者に祭り上げられ、天狗になっているに過ぎない。
Google先生にでも聞いてみるといい。『ひぐらし』との間には、実に二倍弱もの差が存在している。
二倍という差はあまりにも大きい。精々が『マイナー中でそこそこメジャー』ぐらいのものだろう」
「なッ……!?」
いきなり現れた不審人物に出自を貶められれば、シエルであろうがなかろうがカチンと来るものだ。
自然な流れとして、もちろんシエルも感情を抑えようとはしない。
「そういう貴方こそ、一体どこの馬の骨だというんですか?
あなたの出演した作品は
ゲームですか? 漫画ですか? アニメですか? ラノベですか?
アニメ化も漫画化もされ、アンソロジー小説まで出ているこちらをマイナーと言う程ですから、それは
さぞかしご高名な出身なんでしょうね? 生憎、私は貴方に見覚えはありませんが」
暗に『テメー無名の分際でケンカ売ってやがんのかゴルァ!?』という言葉を叩き付けられても、そいつはまるで動じない。
むしろ疲れたような、或いは諦めたような表情を浮かべて、誰にともなく呟いた。
「いつもそうだった。一緒に旅をしていても、どこか扱いが邪険だった。武器が適当だった。防具が適当だった。
だから誰の印象にも残らず、投票も殆どされず、かろうじて出ることができたのはFFDQの番外編ぐらい。
――――キマリはいつも、そうだった」
キマリ。
シエルはその単語を耳にして、漸く目の前にいる人物の正体を思い出した。
「――――貴方は、FFⅩの!」
「……キマリという名を聞いて『FFⅩ』を思い浮かべはしても。
『FFⅩ』というビッグタイトルからキマリのことを連想する者はほとんどいない。
だから、もう一度だけキマリは言う」
キマリは、シエルが今しがた見せたような『ああ、思い出した!』という表情に顔色一つ変えない。
とっくにそんなものには、慣れきっているのだ。不当な扱いにも。報われない立場にも。
「 『メジャーな筈の私が出れない事の方が理不尽』……? キマリは呆れて物が言えない。
真に理不尽かつ不条理なのは『メジャー作品に主要人物として登場しているのに出れないこと』。
そもそもメジャーな“筈”などと言っている時点で、キマリとお前は立っている土俵が違う」
「それは……貴方が空「黙れッ!!!」
ケモノじみた咆哮は、シエルが口を挟む余地を与えない。
「まだⅩの頃はよかった。けれどⅩ-2になってから、キマリの扱いはどうしようもない酷さだ。
ロンゾの長老という肩書きは、出番にまるで影響を及ぼさない。そこらのRPGにおける『村Aの村長』と大差ない。
場合によってはガガセトに足も運ばれず、一度も出番がないまま
エンディングを迎えることすらある」
「…………」
「それだけじゃない。インターナショナルでは仲間とはいえ、モンスター同然の扱いにまで陥れられた。
いっそワッカのように、始めからクリーチャークリエイトの対象にされなかった方がマシだ、とすらキマリは思っている」
ふと、シエルは考える。
マイナーとメジャーの狭間を漂うような作品のヒロインと、
大作RPGのメインキャラクターで使えない部類に入る者では、
一体どちらに救いがあるのだろう。
「だからキマリは決めた。ここでキマリはロンゾの誇り高き戦士であることを、今一度知らしめる。
本当ならマイナーの域を抜け切れていないお前ごとき、キマリは相手にする気もなかった。
…………けれど、あの発言をキマリは到底許すことはできない」
「だったらどうしますか。この場で私を殺しますか? ……ああ違いますね、殺せるとも限らない。
そもそもレギュラーから二軍に落ちるような貴方に、私を殺し得るだけの力があるとでも?」
「いや」
緩やかに首を横に振り、キマリはあっさりそれを否定した。
「戦うまでもない。既にお前は死んだも同然だ。頭の上を見るといい」
「?」
シエルは訝しげに感じながらも、示されたとおり己の頭上に目をやった。
そこには、
「――――!!」
数字。
不吉な赤黒い輝きを放つ、禍々しい様相の数字が浮かんでいた。提示する値は『5』。
それは、FFにおいておなじみの状態異常。逃れらぬ運命を具現したカウントダウン。
「【死の宣告】。あと五回動いただけで、お前は死ぬ」
凍り付いているシエルを見下しつつ、淡々とキマリは言い放った。
「会話をしたり、息をしたりする程度なら問題ない。他者から突き飛ばされるなどして、受動的に動いた場合も同じ。
ただし、攻撃・防御・詠唱・道具の使用など、能動的な一連の行動につき数字は1ずつ減っていく」
0を示せば、死あるのみ――――キマリはそこまで言及しなかった。する必要性も存在しない。
「確かにお前は強い。単純に戦ってキマリは必勝できる自身がない。もしかすると、逆にキマリが殺されてしまうかもしれない。
だが同時に、わずか5回の行動でキマリを倒せる程、お前は強くない。神剣に注意して間合いを取ればそれで済む話だ」
「……なるほど。流石の私でも五回という制限を施された下では、なかなかに厳しいものがありますね」
恐らくキマリは、シエルが復活することも考慮に入れているだろう。
一度死んだならば、後は延々と殺され続けるか、さもなくば生き返っても行動できないようにするか、だ。
そして現在のシエルは、ロアが消滅している(らしい)ことにより不死性を失っている。限りなく状況は悪い。
制限により黒鍵を投げることもできない。先刻はキバヤシ理論で凌いだが、もう無理を押し通すことはできないだろう。
そもそもをして、状態表に黒鍵の存在が無表記なのは致命的だ。聖書もないというのに一体どこから調達しろと?
「キマリは忙しい。今は見逃しておくが、次に会った時は容赦しない」
そう言い捨てると、キマリはシエルを一瞥した後、その場から去って言った。
残されたのは、その場から一歩たりとも動けなくなったシエルのみである。
「さて、どうしましょうか。この様子では、『食事』や『デイバッグから物を取り出す』という行動すら
『一回』とみなされかねませんね。加え、行使者が離れても解呪される気配がありませんし」
脱力したようにその場に座り込みながら、埋葬機関の七位は思考を巡らせる。
何せ、呪いを調べようとする行為が既に『一回』とみなされかねないのだ。
ひたすら考えることしか許されていず。つまりは八方塞がり、どうしようもないほどのチェックメイトだ。
「遠野くんなら、こんなものあっさりと殺してしまうんでしょうね……」
遠野志貴なら死の宣告を『殺す』ことができるだろう――――偶然に彼が現れるのを、待つしかないのか?
彼女は知らない。とっくに自分が、当該の人物を虐殺に巻き込んでいることなど。
「あ。あそこにいる。やっと見つけた」
「?」
シエルを放置した時刻から十分と経過せずに、キマリの行方を塞ぐ者達があらわれた。
美形だが、やけに影が薄い銀髪の青年と、同じく影の薄い黒髪の巫女服を纏った少女である。
銀髪の男は言う。
「失礼だが、キマリ君で間違っていないかな?」
「……なぜキマリの名前を知っている」
「あなたの名前は。思った以上に有名だから」
「何、気にすることはない」
答えになっていない返答をすると、銀髪の男はキマリにとって衝撃的な名前を口にする。
「私の名はウッドロウ・ケルヴィン。君の力を必要としている者だが、何、気にすることはない」
「!!!」
ウッドロウ・ケルヴィン。
名作テイルズオブデスティニーにおいて、五人しか存在しないソーディアンマスターの一人でありながら
再加入時のレベルは一ケタ台。しかもマスターと認められたソーディアンは破損してしまい、ほぼ必然的に
メインメンバーから外される羽目になる、何者かの怨念めいた悪意すら感じる不遇を被った人物である。
あまりに悲惨なそのあり方は、似たような境遇の者達から畏怖と尊敬の意を込め、ある異名で呼ばれている。
「――――ま、まさか。く、『
空気王』ッ……!」
「何、気にすることはない」
キマリは視界の中心にいる人間に勝てる気がしなかった。境遇的にも実力的にも。
「私はばいきんまんを捕獲し、その報酬としてこの世から『空気』という概念をなくそうと考えている」
まだ自分は『パーティキャラだけど、サブキャラだし』という言い訳ができる。
「そのために報われない立場の者達に声を掛けている最中だ。今ここにはいないが、池君と御伽君も後で紹介しよう」
しかし、ウッドロウにそんな逃げ場はない。なまじソーディアンを扱える以上、ひたすら耐えるしかないのだ。
「君の『貫通』能力を秘めた槍、竜剣、青魔法。ラストボスすら即死させるその力は、実に心強い」
だから、勝てる気がしない。それだけの逆境を味わっているはずなのに、陰のない笑みを浮かべられる男になど。
「我々は断じて『空気』などではない。それを世に知らしめるためにも、協力してもらえないか?」
答えなど、今更問うまでもなく決まっている。
キマリはユウナのガードと認められた時に匹敵する高揚を味わいながら、王の申し出に即答した。