関係あるとみられるもの
豊聡耳神子(東方神霊廟)
住所
〒604-8134 京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町248
京都市営地下鉄「烏丸御池」駅5番出口から徒歩3分
阪急京都線「烏丸」駅21番出口から徒歩5分
市バス「烏丸三条」バス停から徒歩2分
市バス「烏丸御池」バス停から徒歩4分
市バス「四条烏丸」バス停から徒歩5分
専用駐車場はないが周辺にコインパーキング多数
六角堂
正式な号は紫雲山頂法寺だが、本堂が六角形をしているため六角堂と呼ばれることが多い。
南側の「六角通」はこの寺にちなんで名づけられた。
由緒書によると本尊は如意輪観世菩薩像、本尊脇仏には木像地蔵菩薩像と毘沙門天立像を安置する。
毘沙門天立像は藤原時代(10-12世紀ごろ)の作とされ、重要文化財に指定されている。
聖徳太子は物部氏との戦いの際、四天王に誓願しその加護を受けるなど、仏の中でも特に四天王とは深いつながりを持っているが、
なぜ四天王の中で毘沙門天(多聞天)の像だけがここに安置されているのかはわからない。
聖徳太子が
四天王寺を建立するための木材を求めてここに訪れた際に霊告を受け、それに従って御堂を建立し観音像を安置したのが始まりとされる。
平安遷都後すぐのころから時の天皇を含めて多くの人から崇敬を受け、西国三十三所観音霊場となった。
境内に入って本堂の手前には「へそ石」がある。これは本堂古跡の石ともいい、また京都市街の中心石ともいわれている。
へそ石の脇にはその由緒を説明する看板が立っているが、経年劣化によって一部の文字が判読しづらくなっている。
へそ石
平安遷都の際、この六角堂が道路予定地の真ん中に建っていたため、桓武天皇の勅使が誓願したところ
本堂がひとりでに5丈(15m)ほど北に移動したという伝説がある。
本堂奥には太子堂と聖徳太子沐浴の古跡がある。
太子堂には聖徳太子御作二歳像(南無仏)が祀られているが、建物自体は最近になって再建されたものなのか真新しい外観をしている。
「沐浴の古跡」については由緒書では「枯山水の庭となってそのおもかげをとどめている」と書かれているが、おそらくこの由緒書が書かれた後、
最近になって現代的な池に再整備されてしまっており、それは到底「おもかげをとどめている」とはいえるような代物ではない。
底がタイル敷きで不自然に透き通った水が張られた池の中で、9月の暑い中で泳ぐ餌付けされた白鳥と鯉、
さらにその餌のおこぼれをもらいに来ているのであろう鳩の大群がいる光景は、平安以前の遺跡のものとは思えない。悪い意味で。
太子堂(右手)と聖徳太子沐浴の古跡(左手)
最終更新:2015年11月10日 01:26