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「はっ、はっ、はっ……」
 赤座あかりは走っていた。
 鷹野三四と名乗る女によって一方的に宣言された《プログラム》の開催。
 自分の目の前で首がちぎれ飛んで動かなくなった女の子。
 自分と一緒にその一部始終を見聞きしていた、大事な大事なごらく部の仲間たち。
「さがさないと……みんなのこと、早く見つけてあげないと……!」
 あかりは決して強い少女ではない。
 月明かりに照らされたその顔をぼろぼろと涙が伝っているのを見れば分かるように、どこにでもいる等身大の中学一年生だ。
 ただ、それ以上にあかりは優しい子だった。見せしめとして殺された少女の無念と恐怖に本気で胸を痛め、この空の下どこかで怯えているだろう友人の身を本気で思い駆けていた。
 歳納京子、船見結衣、吉川ちなつ。
 みんなあかりよりもずっと強くて頼りになる子ばかりだ。
 それは分かっている。分かっているけれど、それは足を止める理由にはならなかった。

 みんなで帰るんだ。
 誰も殺し合いなんてしなかったら、あの鷹野さんって女の人も諦めてみんなをお家に帰してくれるに違いない。
 あかりは冗談でも何でもなく大真面目にそう信じていた。そのためにもまずは一人でも多くの参加者に会わなければならない。
 ごらく部のみんなはもちろん、それ以外の子たちにも積極的に会って「怖がらなくていいんだよ」と言ってあげなくちゃ。
 そんな優しい気持ちがあかりの足を突き動かしていて。
 そして少女の想いを月は聞き届けたのか、あかりは前方に人影を認めて足を止めた。
「……! あれ……!」
 不安に染まった顔がぱっと明るくなる。
 いた。人がいた。話をしよう、出会えた喜びを分かち合おう。
 そう思って手を挙げ大きくぶんぶんと振って自分の存在をアピールする。
 影が薄いとよく言われるあかりだからこそ、自分がここにいることを示す努力は惜しまない。
「お~い! えっと、参加者の人だよね? あかりもそうなんだ、ほんと怖くて参っちゃうよね……!」
 相手もあかりの存在に気付いているらしい。
 少しずつ両者の距離は詰まってくる。
 返事くらいしてくれてもいいのにな、と思った。相手は何を語るでもなくただ歩いてくるばかりで、夜闇のせいもあってあかりが彼女の人相を認めるまでには少し時間がかかった。
(綺麗なひとだなぁ……)
 着物姿で、緑髪のポニーテールが揺れている。
 あかりよりも年上らしく背丈も顔立ちも大人っぽい。
 ほわ……と思わず見惚れてしまったあかり。
 だがすぐにはっとして、自分のほっぺたをぱちんと叩いて気合を入れるなり駆け寄っていく。
「はじめまして! 七森中学校一年の、赤座……」


 危機感の欠如。
 世界の優しさの過大評価。
 赤座あかりがこの状況に陥った理由はそんなところだろうか。
 あかりはとても優しい子だ。
 これが殺し合いの《プログラム》でさえなければ、その優しさは多くの人の心を癒やしただろう。
 しかしあくまで此処は殺し合いのゲーム盤。優しく、すぐに人を信じ、みんなで手を取り合って一緒に帰るなんて夢を抱けてしまう無垢な少女は葱を背負った鴨でしかなかった。
「あ……」
 せめて女の腰から下がっている剣呑な“それ”の存在さえ警戒出来ていれば、話はまだ違ったのかもしれない。
 だがあかりはそれすらも警戒しなかった。
 まさかそれが自分に向けて引き抜かれるなんて露も知らないまま近付いた、その結果。
 赤座あかりは緑髪の女が日本刀を振り上げる光景をただ見上げるしか出来なかった。
 自分に向けて落ちてくる鈍色の刀身。それを見ながらあかりは、ようやく自分の間違いを疑った。
(あ、れ?)
 あかりは優しい子だ。
 最後まで相手のことを疑いはしなかったし、自分が殺されかけていることすら理解していなかったかもしれない。
(なんか、ちがう)
 あかりが疑った間違いは相手の善悪ではなく自分の認識の方。
 月光を背にして刀を振り上げる冷たい形相。とても───背筋が凍るほど美しいその出で立ちに、あかりはこう思った。
(鬼、?)
 角もない。
 肌も赤くも青くもない。
 縞模様のパンツなんて履いてないし金棒も持っていない。
 それでもあかりはそう思った。
 刀身が首に食い込む直前、赤座あかりが最後に抱いた思考はそれだった。


「……まずは一人、か」
 首と胴体が泣き別れになった少女の亡骸を前にして、鬼がそう呟いた。
 デイパックから名簿を取り出して改めてそれを確認する。
 道の真ん中で筆記用具を取り出すのも億劫だ。
 赤座あかり。名前の上に載せられた笑顔の顔写真に指先を当て、力を込めて穴を空ける。それだけで一人の少女の命がこの世から消えたことが鬼の名簿に記録された。
「先は長いね。殺し合うのが見たいなら、いっそあの場でおっ始めさせてくれたら楽だったのに」
 血に濡れた刀を鞘に収めて舌打ちをする。
 まだやることがある以上、こんなつまらない余興の席で死ぬわけには行かない。
 それに考えようによっては都合のいいこともあった。
 名簿の紙面で猫を被った笑顔を躍らせている青髪の少女、古手梨花の名前を見て鬼は顔を歪める。
(オヤシロさまの祟りの元凶……古手家の巫女。こいつはきちんと此処で殺しておかないと)
 園崎家の次期当主として果たさねばならない使命。
 全ての惨劇を自分の代で終わらせ、祟りの歴史に終止符を打つこと。
 「魅音」にとっては目先の生存よりもそちらの方がよほど大事だった。
 自分のためでなく村のために殺す。生き残ってやり遂げる。
(沙都子は……生かしてあげてもいい。あいつが祟りの実行者の一味じゃないかどうかは、見極めなくちゃいけないけど……)
 そのために誰の犠牲も厭うつもりはなかった。
 もしも生存者の椅子が一つしかなかったなら、「魅音」は躊躇なく妹のような少女のことも殺しの勘定に含めていただろう。

『■都■のこ■、頼■■■ね』

 頭の中を走る雑音が頭痛を呼ぶ。
 知っている誰かの知らない言葉が煩い。
「誰にも邪魔はさせない」
 決意表明のように言うと少しだけ痛みが和らいだ。
 代わりに首元が痒くなり、爪を立ててガリガリと掻いた。
 血が滲んで白い肌が汚らしく彩られるが、気にはしない。そんな余裕はない。
「私が……魅音が全てを終わらせるんだ」
 そう言って赤座あかりの首を蹴飛ばし歩き出す、愚かな鬼は気付かない。
 いや、気付いていながらわざと見ないふりをしているのだ。


 ───園崎詩音。
 それは「魅音」がその手で殺したはずの名前だった。
 死んだ人間は生き返らない。
 ならばその名前が、今此処にあっていいはずはない。
 祟りの実行者が用意した替え玉だ。もしくはひょっとすると鷹野三四も村の暗部と繋がりを持っており、その一環でこんなことをしでかしているのかもしれない。
 真実がどちらであるにせよ、殺すしかない。まだ無関係の余地がある沙都子以外は全員この手で裁いてやる。
 参加者も鷹野も全て、全て……。

『詩音』

 また雑音が聞こえる。
 私は「魅音」だ。御三家を背負って立つ園崎の鬼として使命を果たすんだ。その名前で私を呼ぶな。
 誰であろうと私は止められない、止めさせない。「魅音(わたし)」が全ての悪業を断ち切ってみせる。

『沙都子のこと、頼むからね』 

 煩い。煩い。煩い。
 私は「魅音」だ。「園崎魅音」だ。
 「詩音(そいつ)」は死んだんだ。「魅音(わたし)」が殺したんだ。
 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ。
 うわ言のように呟きながら鬼が喜劇の島を闊歩する。
 自分が本当は誰であるのか、“あの日”の真実さえ狂気の澱に見失いながら。
 祟りを断ち切る新たな祟りは、血飛沫浴びた幽麗な姿でさまよい歩く。

【赤座あかり@ゆるゆり 死亡確認】


【一日目・深夜/D-4】
【園崎詩音@ひぐらしのなく頃に巡】
【状態:健康、「魅音」、雛見沢症候群発症(レベル5)、雑音】
【装備:日本刀、赤座あかりの支給品】
【方針:皆殺し(ひとまず沙都子以外)】


時系列順

前の話:花解し編(序) 
次の話:鬼隠し(裏)

投下順

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次の話:鬼隠し(裏)

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- 園崎詩音 [[]]

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最終更新:2023年06月26日 13:55