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深海より

「強く生きて…」

それが俺が聞いた母の最後の言葉だ。

思えばあれからもう23年が経った。なぜ今になってあの時のことを思い出すのか、それは今自分が潜水艦の中にいるからだろうか。

あの時、あの事故で生き残った俺は近くを通った軍の潜水艦によって助け出された。 たったひとり…。

助け出されたあと、潜水艦の中では頭が真っ白だった。 急に孤独になった少年の心は深海よりも暗く、無であった…。


凍てつくような寒さの氷海の上で、ボロボロになり今にも沈みそうな旅客機のなかで、母とふたり助けを待った。

周りには乗客の死体や体の一部が転がっており、父と弟のもすぐそこにあった。

「大丈夫よフレッド、泣かないで……」

母の腹部には機体の破片が刺さっていた。

「…あなたはわたしが守る…」

数十分前にはみんなで笑っていた。楽しい家族旅行になるはずだった…。なのに。

前のほうで聞いたことのないような轟音が鳴り響く…。機体は分裂を始めていた。今の音は前部が沈んだ音だろう。

いずれここも…。

母の右手が頭の上に置かれる。 顔を見るとかなり衰弱しているのが分かった。

「おかあさん…」

「フレッド…そんな顔しないで…お母さんは平気だから……」

「でも…」

「大丈夫よ…、あなたのお母さん…なんだから…」

さっきより近くで再び轟音が鳴り響いた。自分を抱きしめる母の腕に力が入る。

目をつむった母が額を自分の頭に強く押し当てた…。

上からは次々と機体の部品が落ちてくる。

もう駄目なのかもしれない。そう思ったときだった…。

「曹長!!生存者発見!!」

声がしたほうを見ると2名の男がいた。 助けが来たのだ。

「大丈夫か?」

一人の男がこちらへ歩み寄る。

「この子を助けて…」

自分を抱きしめていた母の腕が解かれ、背中を押される。 

永遠に母と離ればなれになってしまいそうな、そんな気がした…。

「おいで坊や、もう大丈夫だ」

全身真っ白の服に身を包んだ男に抱きかかえらる。

母のほうを見ると、もう一人の男に背負われているところだった。

ドゴンという音とともに天井にやや大き目の穴があき、ハシゴが下された。

「救出準備OKです!」

上にいる数名の救出隊員によって引き上げられ、母も助け出されようとした、その時…。

"ピシッピシピシ…"

まだ中にいる二人の男の動きが止まる…。

「曹長この音…」

"ピキッビキッビキビキ…"

「…まずい……!!」

"ドォン!!バキ!バキバキバキ!"

「急げ!!」

ハシゴにつかまっている曹長と呼ばれる男が右手でもう一人の男に手を伸ばした。

そしてその男の背中には母が。

男が曹長の手を掴もうとしたとき、機体の床が崩れ落ち、海へと飲み込まれていく。

"ドゴォオン!!ゴゴゴゴォォォ!!!"

「うわぁあ!!ぁ゛あ゛あ゛!!!」

斜めになった床をずり落ちていく。

母が涙を浮かべながらことらを見て名前を呼んでいるのが分かった。

「クソッ!!」

曹長が跳んでハシゴの一番下をつかみ、限界まで右手を伸ばすと、間一髪のところで男が手をつかんだ。

しかし、壁面にぶつかった衝撃で母は振り落とされる。

「おかあさん!!」

隊員の腕を振り払って母のほうを見る。 すると母は落下しながら最後の言葉を口にした。

やがて母の体は海に飲み込まれ、見えなくなった…。


…もしあの時旅行に行かなかったら…、別の便に乗っていれば…。

そう思う日が幾つもあった。 もしそうだったとすれば、全く違う人生を歩んでいたに違いない。

自分を支えてくれる家族がいる、幸せな人生…。

…だが、後悔の念ばかりを募らせても埒はあかない。

いまは自分の、今ある道を進むだけだ。 そして何よりも、強く生きるために。

「少尉、そろそろ到着しますので、荷物をまとめておいて下さいね」

若い女性クルーはそう自分に伝えるとそそくさと立ち去って行った。

先程からクルーが忙しそうに動いてる。 おそらくこの艦のことで色々あるのだろう。

まぁ今の自分にはあまり関係の無いことだ。

荷物をまとめ、2つの写真を見る。

一つは昔家族と撮った写真。 かなり色褪せているが、記憶は鮮明なままだ。

そしてもう一つは、我が帥アーネルと、その教え子仲間と撮った写真…。

写真をしまい、スカーフを首に捲き、Pコートを着て、キャスケット帽を被る。

艦内にしては厚着だが、行先が洋上プラントとのことなので問題無いだろう。

個室を出て潜水艦には普通無いはずの飛行甲板の方へと向かう。 最初はなんかの冗談かと思ったが、実際あったから驚きだ。

待機室に入ると、そこでは数名の男たちが壁にもたれ掛かっていた。

なんとなく察知していたが、ここまで鋭い気を放つ人間が集まるのも珍しい。

近くにパイプ椅子があったので座って待つことにした。

自分がこれから向かう場所がどんな所なのか、まだハッキリとは分からない。

正直怪しく思っているところもある。 それなりに注意しておいたほうが良いだろう。

まぁでも自分の能力が活かせる場所は嫌いじゃない。 それに戦いは自分の意思でやっていることだ。

そうこう考えているうちに召集がかかった。

室内にいた男たちはゾロゾロと出ていき、自分も椅子を片付けてそれに続いた。

見たことの無い双発の輸送ヘリに乗り込み、席に座る。 KPV重機関銃が装備されているのを見る限り、武装は個人の趣味なのだろう。

ハッチが閉まると同時にヘリが甲板を離れた。

窓から潜水艦を見る。 潜水艦ですらこの大きさなのだから、基地はきっと馬鹿デカいのだろう。

それにしても、ついこの間までシリアの乾ききった大地にいた自分が急に海の上とは…。

そんな事を思いながら、フレディは窓の外を眺め続けていた。


最終更新:2014年02月16日 15:47