『――おめでとうございます!』
『あなたは類稀なる運命に祝福され、見事我々が星の大海へ散りばめた“黒い羽”をその手に掴みました!』
『以上を持って我々はあなたを“Holy Grail War”――儀式・聖杯戦争の参加者(プレイヤー)と認めます』
『冬木の大地にはまだ見ぬ強敵と、あなたと共に戦い抜いてくれる頼れる相棒が待っていることでしょう』
『あなたが連なる艱難辛苦を乗り越えその手で聖杯を――すべての希望を掴む未来を、我々は心から応援しています』
『願いを叶えましょう』
『希望を掴みましょう』
『あなたが挑むのはパンドラの箱。さあ、底にあるエルピスを目指して』
『聖杯戦争を始めましょう。あなただけの、あなたのための物語』
『――我々が贈る、素晴らしき物語(ゲーム)を』
◆
「……なんて言えば聞こえはいいけどね。分かっちゃいたが実態はかなりえげつないな」
肩を竦めて言う男の腕には、真紅の刻印が浮かび上がっていた。
“黒い羽”に魅入られたことの証。聖杯を巡る戦いへ列席する資格ありと認められた、その証拠たる聖痕(スティグマ)。
路地裏に立つ男の前では、無残な姿になりさらばえた“プレイヤー”の残骸が散らばっている。
間接的にとはいえ自らの手で命を奪ったにも関わらず、男の関心は目の前の死体ではなくこのゲームそのものに向けられていた。
「勝手に資格とやらを掴ませておきながら、有無を言わさず肉体の強制的な電子化でこの電脳世界へと転移させる。
途中下車も叶わない、負ければ即データ消去の死出の旅。とんだデスゲームだね」
面倒な計算違いを起こしてくれたもんだよ。
言って面倒臭そうに嘆息し、男は額に走った横一文字の傷を指先で撫でた。
「お前が言えたことかって? まあそれを言われると弱いんだけどね、私も。
ただ巻き込まれた側の気持ちはよく分かったよ。これは大変に傍迷惑だ。どう収拾を付ければいいか、考えただけで今から頭が痛い」
――『聖杯戦争(Holy Grail War)』はデスゲームだ。
招いたプレイヤーを逃がす気が端から存在していない。
この世界への強制転移が完了するなり、プレイヤー達の脳に流し込まれた一通りの
ルール。
その中には、聖杯を獲得出来なかった陣営のプレイヤーには一切の救済が存在しない旨がさらりと織り交ぜられていた。
サーヴァントを喪失した時点でそのプレイヤーのデータ消去が始まり、最大六時間で確実に世界から放逐される。
要するに、生か死か(Dead or Alive)。
それがこの世界の理であって、このゲームの本質なのだ。
傍迷惑の誹りを受けるのも免れないだろう自分勝手な傲慢さは、人間には理解することの出来ない高座の視点から慈悲と称して試練を寄越してくる神仏のような趣を含んでいた。
だが、パンドラの箱とはよく言ったもの。
この世界にはありったけの災いと死が溢れているが――その荒波を泳ぎ抜いた先には、神話通りの希望(エルピス)が待っている。
「ただし、聖杯。あれは悪くないね」
聖杯。万能の願望器。神の如く振る舞うことが可能になるという、『Holy Grail War』の優勝賞品。
こんなことを仕出かす側の連中が言う景品など信じるに値しないと言われれば返す言葉もないが、しかし少なくともこの男はそこに関しては疑いを持っていなかった。
これだけのことを仕出かしたからこそ、逆に信用が出来る。
世界、時代、惑星、次元。あらゆる領域の垣根を超えてプレイヤーを一つの世界にかき集める、そこまでのことが出来るのならばとそう考えてしまう。言うなれば、巨大すぎる前科が聖杯という与太話としか思えない願望器の存在に信憑性を与えているのだ。
そして聖杯の存在とその権能が事実であるというのならば、それを見逃す手はない。
「奇蹟だとかそういうものに興味はないし、むしろ忌々しくさえ思っている身だけどね。
災いの波を泳ぎ、壷中の蠱毒を勝ち抜いて掴む奇蹟なんてものが本当に実在するのなら――それを神の祝福と呼ぶのはとんだ欺瞞だろう。
希望などと呼んでも誤魔化しは利かない。箱の底で眠っているのは、間違いなく極上の“呪い”だよ」
愉快愉快と笑う男の顔に浮かんでいる表情を表現するのなら、悪意の二文字を与えるのがきっと最も正しい。
人を人とも思わず。それが人でなかろうと構わず弄び、地獄に落ちるまで踊らせて使い潰す。そういう顔をしていた。
「呪いなら私の領分だ。タイミングは悪いが、機会をくれたことに対しては礼を言おう。しっかり勝ち上がってやろうじゃないか」
今は曰く予選、βテストの段階であるという。
ゲーム開始に向けて、集めたプレイヤーを更にふるいに掛けて選別する。
つくづく傲慢なことだと思うが、重要なのはその先だ。この聖杯戦争は――予選の終幕と共にようやく本来の形になる。
勝ち残ったプレイヤー達は、四つの“陣営”に大分されるというのだ。
そしてその後の戦いは残る陣営の数が一つになるまで、延々とチーム戦で行われる。
『聖杯戦争(Holy Grail War)』から――『聖杯大戦(Holy Grail War)』へと形を変える。
一人の脱落者も出すことなく大戦に勝利した場合でも、勝者全員に等しく賞品は配られるというから太っ腹だと言わざるを得まい。
「そういうわけで、君にも期待しているよ。君は優秀だ。私の望むだけの働きをしてくれるだろうと信じているよ」
この世界は、神を産もうとしている。
何の目的で、と問うても答えは出まい。
求められているのは疑問でも煩悶でもなく、生き様の選択だ。
戦うのか、戦わないのか――生きるのか、死ぬのか。
「……やれやれ、随分と嫌われたもんだ。傷付くね。私はこの通り、君のことを結構買っているんだけど」
“黒い羽”が舞っている。
“黒い羽”は、選択の時間を与えない。
「君もそう変わらないだろう? 仲良くしようじゃないか――呪いらしくね」
◆
――ようこそ!
――ようこそ!
――ようこそ!
――ようこそ、我々の世界へ!
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最終更新:2023年09月19日 04:02