〇 × △ ◇ 〇 × △ ◇
心在るが故に妬み
心在るが故に喰らい
心在るが故に奪い
心在るが故に傲り
心在るが故に惰り
心在るが故に怒り
心在るが故に
お前のすべてを欲する
〇 × △ ◇ 〇 × △ ◇
それは、月のない夜のお話。
電脳空間上に再現され、聖杯戦争の舞台として用意された仮初の町。
かつて七人の魔術師と七人の英霊が命を賭して争い。
ただ一つの願い(エゴ)を押し付け合って、ただ一つの願い(ユメ)を奪い合った戦場。
今回もまた聖杯を巡るステージとして、0と1の集合体で産み出された地方都市の名は、冬木と言った。
本来この地に定められた聖杯戦争の
ルールとは、七組の主従がその覇を競う物である。
聖杯の器へ敗れ去ったサーヴァントを取り込む事で世界の外への孔を固定し根源へと到る。
その為にこの地へ根ざす霊脈から超ド級の魔術炉心――大聖杯へと、凡そ六十年余りを掛けて少しずつマナを吸い上げ。
召喚に応じ選り優られた七騎のみが参加できる筈だったのだが。
その規定を大幅に上回り、数多の可能性を呼び込んだ今回の聖杯戦争。
星の数ほど。
そう形容しても疑いようのない数の主従が、無数の世界線からその手を伸ばし聖杯を奪い合う。
通常の聖杯戦争の枠に収まらない。
まさに、聖杯大戦。
英雄が、怪物が、お伽噺の主人公が、空想上の勇者達が。
規定は違えど、過去も現在も変わらず聖杯を求めて跳梁跋扈する。
都市の中央に流れる未遠川を境界線にして、その西側に位置する田舎町においてもそれは例外ではなかった。
まるで時の流れに取り残されたかのように。
或いは時の流れに切り離されたかのように。
少なくとも、仮想空間上に一つの都市を再現し、世界線を越えて参加者を呼び込むだなんて。
そんな途方もない術理が罷り通る時代には軽々に見る機会を失ってしまった。
古き良き、緑と土の景色の広がる町である。
深山町。
そう呼ばれているこの町の中でも更に歴史を感じさせる一区画。
何十年、何百年と時を積み重ねてきた街並みを今なお保ち、古びた木造の邸宅が立ち並ぶ閑静な住宅街。
有り余る壮大な敷地にこれでもかと存在を主張する家屋。
その一つ一つに刻まれた生活の痕は、戦争なんて言葉とは到底無縁のものであった。
冬が長いから冬木だなんて。
そんなまことしやかに囁かれる都市の由来とは裏腹に。
十二月を迎えたこの季節でも氷点下を超える事は無く。
温暖で住み易い気候が一年の大半を占めるこの都市の特性も、仮想空間上へと忠実に再現されていた筈なのだが。
今日に限っては、身を切るような寒波が深山の町を襲っていた。
夜が深まり今日が昨日へと変わり明日を迎える時間帯。
深山町の中でも北側に位置しているこの区画には、不思議な程人の気配が皆無であった。
仕事を終え、少し離れた商店街で適度にアルコールを摂取した会社員。
日々の鍛錬の為、汗を流して舗装もされていない道を駆ける少年。
娯楽を求め足を運んだ隣町から帰宅してきた青年など。
本来そこにあるべき日常がごっそりと抜け落ちている。
空一面に広がるのは夜闇より更に濃厚な色。
様々な夜の色が重なるどこか暖かな黒色にはほど遠い。
ペンキをぶちまけて乱雑に塗り潰したような、何処までも暗く重い苦しい黒。
田舎町と呼称するのが適切な。
澄んだ自然が保たれるこの区画では、当然の如く爛漫の星が所狭しと存在を主張していた。
――普段通りの夜であれば。
べったりと黒に塗れた夜空はいつになく重々しい雰囲気を纏っており、日常の終わりを告げているようで。
鬱陶しい程湧き出し住民を苦しめる羽虫すらその気配を無くしていた。
しん、と。
静寂を告げる音すら吸い込まれそうな、闇。
古びた田舎町と言えど、最低限の住環境は整備されている。
所々窪んだ土の路面には古ぼけた街灯が等間隔で並んでいた。
金属製のポールは錆び付いて腐食の跡が残るが動作自体に問題はなく。
夜に包まれた道を照らし、ゆらゆらと虫が誘われていたのだが。
むき出しの電球はその殆どが粉々に砕け散ってその存在意義を成しておらず。
何かを拒絶するように捻じ曲がったポールが歪に存在を主張している。
建物の灯りなど皆無な路地を照らす光は何も無かった。
圧し潰されそうな、闇。
その中に微かに蠢く影が二つ。
「頼む……助けてくれ! お、俺には帰りを待っている子供がいる……っいいいるんだよ……!」
静寂を切り裂いたのは、喉の奥底から絞り出すように紡がれた言の葉。
じわり、じわりと。
恐怖に飲まれそうになる心から目を逸らすように。
息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吸って。
影は、加減を知らない小学生が繰り返すシーソーのように。
何度も何度も頭部を上下させては懇願の言葉を並べ立てる。
乱れに乱れた呼吸が意味を成しているかは怪しい。
明かり一つのない闇の中に有ってなお、青白い顔が目に浮かぶようだ。
頭を垂れ両手を上げた完全降伏の姿勢。
まるで、蜘蛛の糸を渇望する亡者のように伸ばした掌。
その指先は何も掴む事はなく、ただ虚空を彷徨っていた。
「……賢明な判断だな。サーヴァントが消滅した以上、貴様がこの場から生き延びるには俺に許しを乞うしかない」
もう一つの影。
ソレが一言発する度、周囲の闇が濃くなるような重苦しい声音。
何の感情も乗らない声を受けた男は足の底から全身を這う恐怖に身体を硬直させる。
「だが、わからんな。……俺がそれを聞き入れる理由が何処にある」
意識しているわけではない。
威圧しているわけではない。
言葉に合わせて滲みだした、彼からすれば吐息にも等しい霊圧。
そんな僅かな圧に耐え切れず、空は黒澄み街灯がその形を変えていた。
「どうした? ……貴様の言う“聖杯戦争を制す二人の王”とやらの姿を、俺に見せてみろ。
――まさか、アレが王だとは言わんだろうな」
ほんの数分前。
時間にして僅か300秒程だろうか。
曰く、聖杯を手にするのは自分だと。
曰く、最強の魔術師に相応しい自分に比するサーヴァントを引き当てたのだと。
曰く、王になるに相応しいのは自分達なのだと。
自らの勝利を一切疑わず、悠然と腕を組んで浮かべていた不遜な笑み。
サーヴァントの背後に隠れるようにして口を開くのは己が矮小さを理解しているからか。
意識的なのか、無意識なのかはわからないが。
即座に逃走を計れる距離を保ちつつ、如何に自分達が凄いのかを語り連ねる二重基準(ダブルスタンダード)。
そんな一組の主従がウルキオラを発見し、彼我の力量差を見極められず即座に交戦を仕掛けるのは必然的とも言えた。
戦闘中でも艶めき強制的に視線を奪う金の髪は、なるほど王の風格を漂わせ。
黄金の鎧を持ち上げ隆起する肉体が、その身に宿る力をこれでもかと誇示していて。
右手に構えた一振りの剣は、宝具の与える影響なのだろうか、認識した軌道とは異なるルートでウルキオラを切り付ける。
そして何より、比喩でも何でもなく。
これらの武器を、異能を、目にも映らぬ速度で繰り出す姿は大口に見合ったものだと言えるだろう。
相対する敵さえ間違えなければ。
常に視界へ居座る美しい金糸は、ウルキオラの右手から放たれる虚閃(セロ)により見るも無残に焼き尽くされ。
隆起した肉体は、纏う鎧ごと斬魄刀に切り捨てられ。
軌道を誤認させる剣は、防ぐと言うアクションを起こすまでもなく鋼皮(イエロ)に阻まれる。
響転(ソニード)により最大の武器である速度を上回られた“王”に敗北が待ち受けていたのは必然。
呆気なく、呪いの言葉を吐き捨てる時間すら与えられず。
霊核を貫抜かれ、粒子化し――更にはその魂を吸われ、ウルキオラが聖杯を手にする為の糧となった。
後に残ったのは、“血の気の引いた”なんて表現では足りない程白く、生気の失せた魔術師の顔。
何度修正しても嚙み合わない歯がかき鳴らすカチ、カチ、カチと言う小刻みな音。
不遜な態度に見合う魔力回路を保持していた魔術師。
よく手入れされた漆黒の絹髪は膨大なストレスの影響か所々白ばみ。
戦闘にすら到らなかった恩恵か傷一つ追っていない肉体は、より一層精神を蝕み。
経験故に、これから待ち受けるであろう、逃れようのない命の終わりを理解して。
それでも未来を拒絶するように、必死で首を左右に振る。
騒音を喚きながら規則正しく哀願する姿はまるで壊れたメトロノームだ。
「見逃してくれたら何でもする! ああ……そうだ!
また新しくサーヴァントと契約して、アンタ達の邪魔をする奴らを皆殺しにする!
アンタ達に従う兵隊も力尽くで見繕ってくる! ――絶対にアンタ達の役に立つから!」
一縷の望みに縋って舌を回す。
「見てくれたらわかるだろう……? この魔力回路は! エリートの証!
勝ち馬に乗りたいカス共の窓口になるにはぴったりだ!!!」
自身の有用性を、利用価値を、必死で捲し立てる。
「頼む……頼む……俺は、こんな所で終わるわけにはいかないんだ
両親は聖杯を手に入れる為に大枚使い果たして破滅した!
妻は自分のきたねえ欲求を満たす為に聖杯を求めて息子を実験道具にしやがった!
全部、全部取り戻す為に俺には聖杯が――――」
「――――もう、喋るな」
どれだけ反応が無かろうと『喋り続けなければ死ぬ』と確信しているかのように。
幾度も憐憫を誘う言葉を口にした魔術師が家族を持ち出した所で、冷たく硬い死の感覚が魔術師の口元を覆った。
「この聖杯戦争とやらに呼ばれてから貴様のような人間を何人も見てきた」
ミシ、と。
骨が軋む音が路地裏に零れ落ちる。
「その誰もが自分達の勝利を疑わず、その先の栄光を信じ、聖杯は自分達のモノだと囀った」
魔術師の言葉を自身の掌で遮り、滔々と語るウルキオラの声に抑揚は無く。
その声色からは何の感情も読み取る事が出来ない。
「彼我の力量差も見極められぬ程の熱に侵され、サーヴァントを失えば自らの愚劣さを声高に叫んで許しを乞う」
だからこそ、魔術師は恐れた。
何の振れ幅もなく、徐々に力を増していく指先に顎の骨が砕かれるのを受け入れるしかない現状。
真綿で首を千切り取られるような錯覚が全身を襲う。
「死と言う結果は変わらないとしても、だ。低く見積もっても貴様達の力はこの程度ではないだろうに。
……心あるが故に慢心し、心あるが故に選択を誤り、心あるが故に容易く生を投げ捨てる」
叫びだしたい。
胸の内に溢れ出す恐怖の感情を吐き出さなければ、肉体より精神が先に限界を迎えてしまう。
解放を許されず、胸の内に淀む澱が心を蝕んでいく。
……だと言うのに、音どころか吐息一つ漏らす事も許されない。
「俺があの時この掌に掴んだもの――それが、貴様達のそれと同じだとでも言うのか……?」
わからない。
目の前のサーヴァントが何を言っているのかがわからない。
自分の何がこのサーヴァントの地雷を踏んでしまったのか。
「……言葉もない、か。相も変わら思い通りにならんな、貴様ら人間は。
――せめて、少しは役に立ってから死んでいけ」
口を塞がれては喋れない。
なんて至極真っ当な反論すら思い浮かばない。
ただそうであるように。
何の躊躇なく命を奪う掌。
逃れられない死。
目前に迫る終わり。
恐怖と混乱と焦燥を混在させた感情に支配された脳が限界を訴える。
生命としての本能なのだろう。
全てを生を諦めた肉体が、せめて苦しみからは逃れようと意識を手放す。
……寸前。
「はいはいストップストップ。俺さあ、マスターは殺さないように……って言ってた気がするんだけどなあ」
薄れゆく意識の中、魔術師の耳に届いた声は救いの糸か、或いは。
〇 × △ ◇ 〇 × △ ◇
「理解に苦しむな。……今後敵になるとわかっている相手をわざわざ見逃して何の意味がある」
「は~~あ。……今更そんな質問をするレベルだから、アンタは自分が掴んだ物の形がわからないんじゃないの」
自らのサーヴァント投げかけてきた至極真っ当な問いに、嘲りの色を隠さずわざとらしくため息を交えた言葉を投げ返す。
決して低いとは言えず、高さもまちまちなブロック塀の上を器用に歩く青年。
眉目秀麗が具現化したような容姿を、暖かそうなファーの付いた黒いコートで包み込んだ男。
聖杯大戦においてウルキオラとの縁を繋いだマスター――
折原臨也。
無感情な視線を向けてくるサーヴァントを一瞥すると、隠そうともしない侮蔑の視線を向けた。
「そもそも。本当にそもそもの話だ。……心、なんて大層な物がさ。
たった一人や二人の人間を観察したくらいで理解出来てたまるかって感じなんだよね」
不安定な足場を軽やかなステップでクルクルと回りながら、チクリ。
「アンタが『なんの意味もない』って切り捨てようとしたさっきの彼。
確かに自信満々で喧嘩吹っ掛けてきたくせにすぐ泣きを入れる、愚かで滑稽で惨めな男ではあったけど。
――だから。だからこそ、死に瀕した彼がどう足掻いてくれるのか。
メンヘラ女の自殺願望だとか、構ってアピールのリスカなんて目じゃない本当の死を目前にした彼が!
ここから他の参加者を蹴落として、生き残る為にどんな可能性を産み出すかに目を向けない?」
弾む足はそのままに、大げさに手を広げながら口を開き続ける。
感情のない瞳で言葉を受け止めるウルキオラとは対照的に、臨也の言葉は熱を帯びていった。
「アンタが掴んだ心と彼らの持つ心が本当に一緒なのかって? 馬鹿言うなよ。
――そりゃあそうに決まってるだろ。ああいや……正確にはアンタが手にしたと勘違いしてる心、だけどさ」
主人と従者。
マスターとサーヴァント。
そんな関係性とは思えない剣呑な雰囲気が彼らの間を満たしていた。
「人間って奴は、その誰しもが心に。心が産み出す欲って奴に突き動かされている。
その可能性は千人いれば千人違うんだよ。つまらない人間って奴がいても、意味のない人間なんて有り得ない」
「俺は人間を愛している。そして人間の可能性って奴もがどうしようもなく好きだ。
だから人間が産み出す熱を観察して、愛でて、満足するまでしゃぶり尽くしたい。」
「アンタからはその熱って奴が感じられないんだよ。受動するだけの存在が偉そうに何かを観察してるつもりにならないで欲しいね」
「――――本当に心の形とやらが知りたいんならさあ……自分の胸に手を突っ込んで引き摺り出してみたらいい。
古今東西、心って奴は胸の中にあるらしいし」
端正な顔立ちを悪意に歪めた男て言葉を紡いだ臨也は、これ以上話す事は無いとばかりにウルキオラへと背を向けた。
「暫くはこの町にいるつもりだから、アンタも死なない程度に動いてるといい。
誰かに殺されちゃいそうです、なんて。鳴いて縋るならコイツで呼んでやるからさ」
白い首筋に刻まれた心臓の形を模した三画の刻印。
マスターとサーヴァントを繋ぐ唯一の繋がりを示しつつ、サーヴァントから離れ軽い足取りで深山の町を闊歩する。
折原臨也と言う男。
彼はあの世と言う存在を誰よりも信じず、あの世と言う存在を誰よりも恐れている人間だった。
闇だとか、光だとか、地獄だとか、天国、不幸だとか、幸せだとか。
そんな、今頭の中に浮かぶあらゆる事象を認識する事すら出来ない――本当の意味での、無。
彼が一方的に執着し愛していると公言して憚らない“人間”を観察する事が出来ず。
それを哀しいとも勿体ないとも口惜しいとも思う事が出来ない、正しく終わり。
そんなあの世を――死と言うものを誰よりも、何よりも恐れていた。
セルティ・ストゥルルソン。
池袋の街を駆ける首無しライダー。
死者をあの世へと導く黒い鎧のデュラハン。
臨也にとって唯一の友人が心の底から惚れ込んだ、化物。
そんな彼女の、首無しライダーの首を手にした日までは。
北欧神話における有名な伝承の一つ――ヴァルキリー。
鎧を纏った女の天使が、勇敢な戦士の魂をヴァルハラに……天国に迎え入れるお伽話。
曰く、ヴァルキリーの地上を彷徨う姿がデュラハンであると。
そんな空想上の産物を現実へと落とし込むかのように。
池袋へと堕とされた一つの首を手にした臨也の出した結論は単純明快だった。
ヴァルキリーが現代において戦士と呼ばれるを探しているのであれば、自らのホームグラウンドで戦争を起こしてやればいいと。
核兵器や戦闘機なんて持ち出されてしまえば簡単に殺されてしまうが、池袋であれば生き残るのは自分だと。
最悪失敗したとしても、巻き込まれた人間達がどんな進化を見せてくれるのか観察出来れば十分ペイ出来ると。
その時はまた手を考えればいい――ヴァルキリーがいる事は、他の天国へ向かう手段の存在への証明になるのだと。
狂おしい程渇望した天国への道を全力で進み、躊躇い無く路線変更する夢と現実を混ぜ合わせた混沌の道を進む臨也。
彼が、目の前に現れた黒い羽根を手にするのは必然と言えた。
(英霊に聖杯ね。まさか俺の望む物が二つも揃ってるなんてさ。神様にキスしてやりたい気持ちだよ)
胸の内に渦巻く歓喜を抑えられず口元に弧を描きながら、星の無い空を見上げて瞳を輝かせる。
黒一色の空は、これまで見たどんな空よりも美しく彩られていた。
英霊――歴史に名を刻む英雄が、死して尚その存在を許されるシステム。
聖杯――あらゆる願いを叶える、人の願いの最高位(ハイエンド)。
自分が英雄と呼ばれる人間だとはさらさら思ってもいない。
だが、英雄とはあくまでも他者からの評価された総称に過ぎない。
その内面がどうであれ、自らが英雄だと思わせてしまえば臨也の勝ちであり。
その戦いは情報屋である臨也の専門分野だ。
周りの人間から見た自分が英雄っぽく見えさえすれば、死後も臨也の存在が保証されるなんてコストパフォーマンスが最高の手段である。
無論、聖杯が手に入れば一々自分の栄光を仕立て上げなくても天国が保証されるのがミソだ。
人間と言うのは伝聞にこそ本質を揺らがされる生物であり、折角の臨也譚も仕事の影響で薄れる可能性もゼロではない。
いくら天国へ行く為とは言え、自身の趣味を制限され続けるのは望むところでは無かった。
(池袋で巻き起こす戦争をヴァルキリーに献上して、天国に迎え入れて貰うってプランも悪くはなかった。が……こっちの方が手っ取り早いし、断然面白い)
何でも願いが叶います。
そんな、生きとし生ける人間が一度は夢想した事があるだろう夢。
極上の餌を目の前にぶら下げられ、サーヴァントと言う神秘でその存在を裏付けられた人間はどんな動きを見せてくれるのか。
永遠とも呼べる時間、その存在を許された人間は何を想い何を考えて戦うのか。
戦って戦って戦って、掌に掴み取る寸前でゴールを搔っ攫われた人間は何を想うのか。
ヴァルキリーへの保険を残したまま、もっと楽しい祭りへのチケットを掴み取った幸運。
これからの行程を想像しただけで、これまでの人生において頑張って生きてきた自分を祝福したい気分だった。
「これで、サーヴァントが俺好みの英雄様だったら言う事は無かったんだけどな」
喜悦は一転して。
吐き捨てる言葉は苦々しかった。
よりにもよって、自分と縁を繋いだサーヴァントがあんな化物だとは。
自らが召喚したサーヴァントであるランサーの姿は臨也とっては想定外過ぎる結果だった。
聖杯から与えられた知識によると、マスターに近しい性質の英霊が召喚されるらしいが――見当違いも甚だしい。
人の頭蓋を半分に割砕いたような仮面。
どこまでも白く異形を感じさせる素肌。
大嫌いな池袋の化物にも似た威圧感。
自らの胸に空いた何もない孔を埋める為に、人間の魂を喰らい。
それと同じ口で、心とやらを探し求める醜悪な化物。
化物の癖に人間に興味を持ち、人間の内面を知ろうとする姿が。
化物の癖に知った風な口を聞いて、ありもしないモノを探す姿が。
臨也の不快感を煽って仕方がなかった。
元からして、人外と呼ばれる存在に嫌悪感を示す臨也では有ったが、その性質まで地雷ともなれば最悪と言う他無い。
勿論、そのステータスの高さや強大な宝具等を鑑みれば即座に切り捨てられる相手ではない。
いくら自身の好奇心優先でサイクルを組んでいる臨也であっても、戦争を楽しむ前に道具を捨てる程自分を捨ててはいない。
精々利用出来るだけ利用して使い潰すしかないだろうと考え、コミュニケーションも最低限に控えていた。
心なんて過程に過ぎないんだよ、と。
ウルキオラに語った言葉とは真逆の言葉を夜闇へと吐き出す。
勿論心から産み出される感情は人間を彩るスパイスである事は否定出来ないが。
臨也にとって大事なのはその心に基づいて何を成すかである。
「まあ、俺には関係ないけどね」
凡そ自らのサーヴァントに向けるべきではない言葉を最後に、闇の中へと消える。
「さあさあ楽しもうじゃないか――俺の愛する人間達」
〇 × △ ◇ 〇 × △ ◇
――もしこの世界に幸福というものがあるならば、それは限りなく虚無に似ているものの筈だ。
光のない世界で、黒き存在の中に唯一現れた白き悪魔は、そう確信していた。
だが、触れてしまった。
だが、知ってしまった。
虚無の世界を満たしたのは暖かな光。
生を終える寸前理解した、心と言う太陽。
望む事すら忘れた満足という感情を知り。
満たされるという幸福を知る。
故に、彼は再びを追い求める。
――心を。
【クラス】
ランサー
【パラメーター】
筋力C 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運D 宝具B~A
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
【保有スキル】
十刃(#4):A
魂を喰らう者と魂を護る者・虚と死神の力を合わせ持つ「破面」と呼ばれる存在、その中でも最上位に存在する証。
種族として保持している多様な能力が高ランクの魔力放出・魔力感知・頑強の複合スキルとして昇華されている。通常の十刃スキルと違いランサー独自の能力として超速再生及び低ランクの単独行動が付与されている。
また、存在の由来から魂喰いによる自身へ与える恩恵が他のサーヴァントより高い。
戦闘続行:B
半身を裂かれても即座に絶命には至らず、虚の力に飲まれた死神に一太刀を加えた事に由来するスキル。戦闘不能に陥っても一度だけその身を奮い立たせる。
司る死の形(虚無):C
ランサーの孔に満ちる虚無を埋めるのは生前最後に見た光景ただ一つ。
虚無が故に何者にも汚染される事はなく、あらゆるランクの精神汚染及び干渉スキルを無効化する。
【宝具】
『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:_ 最大捕捉:1
斬魄刀に封じた本来の姿と能力を解き放つ帰刃(レスレクシオン)と呼ばれる能力が宝具化したもの。解号は「鎖(とざ)せ」。背中に巨大な漆黒の翼が形成され、仮面の名残が四本の角のついた兜のようになり、服も下部がスカート状のものに変わる。更に敏捷と魔力のステータスを1ランクアップさせる他、フルゴールと呼ばれる光の槍へと武器が変化する。また、破面の中で唯一二段階の帰刃を行う事が可能であった逸話から宝具も二段階解放式となっており「刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)」と呼ばれるスキルを発動する事で黒翼大魔の更なる力が解放される。細く鋭い尻尾が生え、長い二本角、鋭い四肢の爪、黒い体毛に覆われた両腕と下半身等悪魔そのものを思わせる姿に変貌し、幸運以外のステータスを更に1ランクアップさせる。
『雷霆の槍(ランサ・デル・レランパーゴ)』
ランク:A 種別:対城宝具 レンジ:10~99 最大捕捉:1000
「刀剣解放第二階層」発動後に限り使用可能な宝具。黒翼大魔の発動により生成されたフルゴールに魔力を集中させ投擲することで着弾点に膨大な威力の爆発を起こす対城用投擲宝具。その威力は絶大だが、自らも撒きこまれるため至近距離では使えない。
【人物背景】
二人の人間により、心を知った破面。
【サーヴァントとしての願い】
もう一度あの感情をこの掌に。
【マスターとしての願い】
趣味と実益を兼ねて戦争を楽しむ。
聖杯が手に入れば目的を前倒して『天国』に生きたい。
最悪でも生きて帰り池袋で計画の続きを。
【能力・技能】
口先一つで他人を誑かす頭脳労働タイプの人間ではあるが運動神経は高い。
ナイフの扱いに長けている他、パルクールを習得しており逃げ足が速い。
【人物背景】
池袋の街をかき回す情報屋。
普通の人間が金や異性に執着の対象を向け人格を形成していく中、とある事情により「人間及び人間観察」へ執着を示すようになった。一部例外を除き人類全てを愛していると公言して憚らず、同じく一部例外を除き人外を嫌悪している。
最終更新:2023年11月18日 07:24