冬木教会には、聖女がいる。
いつからかそんな噂が囁かれるようになった。
寒空の中教会に足を運んだ者たちは、その噂が眉唾でないと知るだろう。
教会入り口で掃き掃除に勤しむ彼女は、紺を基調とした他の司祭やシスターとは服装からして違っていた。
袖の膨らんだ真っ白のシスター服に、飾りのない黒いスカート。
若草色の髪を守るように被せられたケープがひらひらとなびき、木枯らしに攫われまいとを聖女は慌てて抑える。
教会前で美少女が風と戯れる光景に、道行く人の視線が集まり。
どうにかケープを守り切った少女はそのことに気づくと、照れくさそうに笑って手を振った。
あどけない美少女の太陽の様な笑みが、寒空を行く通行人たちの心を照らす。
いいものをみた。
老若男女関わらず、その瞬間の通行人たちの思いはみな同じであった。
知らず知らずに道行く人たちの心を温めた聖女は、風に飛ばされぬようケープをしっかり留め、箒を握りしめ落ち葉を丁寧に掃いていく。
その両腕には、本来つけていない白いレースのついた長手袋で覆われている。
その手が傷つかないように、あるいは何かを隠すように。
そんな装飾もまた、彼女の清廉さを引き立てていた。
少女の名は、セシリア。
白手袋の奥に百合の様な赤い痣を宿した。聖杯戦争のマスターである。
◆◇◆
毎度最高な未来をどこか期待している
抗うまま生きる不幸を 受け入れるならば自由を探して
赤色の創造が 逆巻きぼくらはどうかしてく
割り切れないこの理由を 抱きしめては歌う今日を
― 01/女王蜂
◆◇◆
セシリアの住居は教会内ではなく、教会のすぐ隣にあるこじんまりしたアパートだ。
15ある部屋のうち7割以上が教会関係者の部屋だということを知った時には、「それはもう敷地にいれていいのではないでしょうか?」とセシリアは思ったものだが。
プライバシーが保証され厳しい戒律などもない環境だというのは、マスターであることを差し引いても都合がよかった。
何せ、セシリアは家事ができない。
『できない』というよりは『したことがない』というほうが正しかったが、どちらにせよ生活力は皆無。
あてもなく一人で暮らしていては、山のように菓子を買ってしまいお金がいくらあっても足りないだろう。
そのため家事をこなすのは、もっぱら同居人の仕事だった。
7畳の部屋には部屋の半分を埋める形で若草色のカーペットが敷かれ、中央に真っ白のテーブルと壁沿いに真っ黒のソファーが用意されている。
棚にある本は聖書を除いてすべてファッション誌(他のシスターからの貰い物)で、その上にはぬいぐるみ(子供からの貰い物)と観葉植物(よく礼拝に来るおばあさんからの貰い物)がちょこんとかわいらしく置かれていた。
総じて、16歳の少女が暮らす部屋といわれて納得のいくレイアウトといえた。
「…それで、お前は何をしている。」
愛らしい部屋には合わない、「ウォッチャー」の低く渋い声が響いた。
セシリアが一人で暮らしているはずの部屋のキッチンで、強張った顔で皿を洗う屈強な青年。
身長は2m近く、隣に並べば肩がセシリアの頭より上に来る。
黒々とした髪は纏まりきらないほど伸びて、鍛え上げられ膨れ上がった筋肉でワイシャツが悲鳴を上げていた。
振り向くウォッチャー視線の先で、ソファーに寝転んだセシリアは「ぐでー」と鳴き声を上げ。
だらけ切った顔と姿でぼんやり部屋を眺めている。
そこには“聖女”などと噂が起きる、日頃の清廉さは欠片もなかった。
「疲弊です。一日教会で頑張ったので休んでいるのです。
聞きましたよ。こういうのを『ワークライフバランス』っていうんですよね。」
「阿呆が。余計な知識ばかり身に着けて。
聖杯戦争にワークもライフもあるわけがないだろう。」
聖杯が与えようもない知識をどや顔で披露するセシリアに、ウォッチャーはあきれた目を向け茶碗を洗う。
言葉は悪いが、だらけることを咎めもしない。
真面目な彼女は人前では気を張ることが多く。
無理をしているというわけではないが、それでも知らず知らずのうちに、精神を削っているはずなのだから。
冬木の街は、セシリアにとっては異世界といっていい。
文化も、常識も、知識も、何もかもが違う。
それでもどうにか聖杯の知識を解釈し
追加される理(
ルール)に慣れたウォッチャーの教えも相まって彼女は少しづつこの世界に慣れていっていた。
初めは自動車が通るだけで目を輝かせていたセシリアだったが。
今ではQR決済でケーキを買うこともできれば自分が働く冬木教会のSNSアカウントもフォローしている。
とはいえ、セシリアにとって慣れない環境なのは間違いなく。
そんな場所で暮らしながら聖杯戦争をする彼女のストレスは、決して少なくないものだ。
セシリアは、冬木に来てから一日も教会を休んでいない。
“冬木教会の修道女”という役割(ロール)に忠実ともいえるが、毎朝6時前には目を覚まし帰るころには日は沈んでいる。
せわしない日々の合間にも、聖杯戦争は待ってはくれない。
10日の間にウォッチャーが相手したサーヴァントは5騎を超えた。
そのすべてを返り討ち。
セシリアには傷一つ残さない圧勝でウォッチャーは勝ち残ってきてはいるが、命を狙われ続け相手の命を奪い続ける日々というのは無垢な聖女には厳しいものだ。
サーヴァントであり『不死』であるウォッチャーと違い。
セシリアには、休息が必要だった。
「…ローレン」
皿を洗い終え、明日の朝食の準備を終え、紅茶でも入れようかと準備をしていたウォッチャーの耳に、そんな声が聞こえた。
夢見のままに誰かを呼ぶセシリアの声には、少しの涙が入り混じっていた。
カップを取り出すウォッチャーの手が、止まる。
真っ白のカップが二つ。受け皿と重なり、カランと冷たい音を響かせる。
そんな音が、いやに耳に残った。
―――このカップの片方が、セシリアの分だとしたら。
―――もう片方のカップを使うべきは、俺ではないはずだ。
ウォッチャーの頭にふと、そんな思いがよぎる。
セシリアを最も蝕んでいたのは、労働でも戦争でもなく。離別であった。
黒い羽根で導かれたのは、セシリアだけだ。
元居た世界でセシリアのそばには、ローレンスという名の――セシリアはなぜだか『ローレン』と短く呼ぶ――心配性の黒い牧師がいるはずなのに、彼はこの冬木に姿を見せない。
NPCでさえ、その姿はなかった。
ウォッチャーは、その姿を何度も夢で見た。
マスターであるセシリアの記憶が流れ込んでくるためだ。
夢の中で、ローレンスはセシリアに甲斐甲斐しく世話を焼き、時に厳しく、いつも優しく。
心配性で朴念仁、愛嬌があり奥手な絵にかいたような好青年。
セシリアと同じ屋根の下に暮らし、名前ではなく『聖女様』と呼び、好意を向けられ続けながらそれに気づく気配もない。
ウォッチャーのマスター。セシリアは“聖女”と呼ばれる特別な存在だ。
神の声を聴き、人々を祝福する“加護”を与える力を授かる。
そんな立場ながらセシリアは、街から愛される聖女として市政に溶け込んで暮らしている。
それも、このローレンスという男がセシリアを受け入れているからだ。
共に暮らし、菓子を焼き、だらけることを許し、一人の少女として敬意ある付き合いをしてくれる。
セシリアに“温もり”を与える彼のことが、不思議とウォッチャーは嫌いではなかった。
セシリアは彼と離れ離れで冬木に呼ばれている。
それはどれほどの辛さだろうか。
ウォッチャーには、その気持ちが痛いほどわかる。
―――もし、君が許してくれるなら
―――次のループでも、君と、また
ウォッチャー。
その真名を『ヴィクトル』という男の脳裏に、正義を誓う女の顔が映る。
カップの片方がセシリアのものなら、もう片方はヴィクトルのものではないとして。
片方がヴィクトルのものならば、もう片方はセシリアのものでもないだろう。
セシリアがローレンスと離れ離れになっているように。
ヴィクトルも、最愛の人と別れたままだ。
―――お前が与えてくれた温もりを、俺は最後まで返せなかったな。
マスターが眠りについた部屋で、サーヴァントは一人静かに立ちすくんだ。
◆
意識を戻したセシリアが大きく体を伸ばす。
薄桃色をしたカーテンの隙間から、真っ白の光が部屋を照らした。
時間にして20分ほど経っただろうか、電脳の夜空でも星々は綺麗であった。
「ようやく起きたか。」
テーブルをはさんで座るヴィクトル。
彼の手にした陶磁のカップから、仄かな香りが部屋に漂った。
テーブルの上にはもう一つ、真っ白に息づく温かなカップが置かれている。
「紅茶ですか?」
「ああ。ずいぶん疲れていたようだな。
少し冷めてきているが、入れなおすか?」
「いいえ、このままで大丈夫です。
…スコーンはないのですか?」
・・・・・・・・・・・・・・・
「阿呆が、それを焼くのは俺の役目ではないだろう。」
言葉の意味がすぐには分からず。セシリアは惚けた顔で数秒固まった。
―――スコーンは、“ローレン”がよく焼いてくれたお菓子だ。
そのことをヴィクトルに話したことはなかったが、知っている故の発言なのは疑いようもなかった。
サーヴァントとマスターは、夢で互いの記憶を見ることがある。
セシリアも、そのことは知っていた。
なぜなら彼女も、見ていたから。
「ウォッチャー、もしかして私の記憶を…」
「ああ。」
ああ。じゃないですよ。ああ。じゃ。
心の中で浮かんだ反論は、気恥ずかしさにかき消さされる。
セシリアにとって自身の記憶を見られることは、引き出しの中にしまったラブレターを見られることに等しいものだ。
顔が急速に火照っていく。
今のセシリアの顔は、リンゴのように真っ赤に違いない。
「何を…見ましたか。ウォッチャー。」
「今のように顔を赤らめている光景を、いくつかな。」
「ぴゃあ…」
心当たりが多すぎて、セシリアから思わず変な鳴き声が出てしまう。
顔を真っ赤にして湯気を出すセシリアをよそに、ヴィクトルは丁寧な所作でカップを手に取る。
常に気を張った彼にしては、穏やかな姿勢であった。
「いい出会いがあったようだな。」
ヴィクトルが静かに微笑む。
夢の中以外でヴィクトルの顔が緩む姿を、セシリアは初めて見た。
「俺はあのローレンスという男のことは嫌いではない。
“神に仕える”という一点には虫唾が走るが。それ以外は立派な男だ。
お前が慕うのも分かる。」
「そうでしょう。そうでしょう。」
「だからこそ、”ローレンス”のいないこの世界で無駄に労力を使うお前は。
サーヴァントとしても俺個人としても、納得ができない。」
先ほどまでの穏やかさとは打って変わって、重みをもった言葉だった。
剣呑な雰囲気で座るサーヴァント。
愛する人を褒められ胸を張っていたセシリアも、静かに背を正す。
紅茶をテーブルに置き、重々しく口を開いた。
「お前、いい加減教会に行くのは止めにしろ。」
ウォッチャーの言葉に、セシリアは何も返さない。
「ここはお前のいるべき世界ではない。
あくまで本分は『聖杯戦争』。
そこで勝たねば、願いを叶えるどころか元居た場所に帰ることさえ不可能だ。」
「・・・」
「お前がどう思っているかは知らん。
だが俺が見る限りで、今お前が消耗している体力にどれだけの意味がある。
今のお前の行いは、みすみす自身を危険にさらし願いを放棄する行いに他ならない。」
ヴィクトルにしてみれば、教会での労務と聖杯戦争を並行してやろうというのが不条理な話なのだ。
与えられた役割(ロール)など、冬木の街に異物として扱われないための理(
ルール)。
律儀にその役割を遵守しているマスターが何人いるものか。
セシリアがすべきことは、隠れ潜みながらヴィクトルを指示し他の陣営を倒していくことだ。
ヴィクトルはこの世界に呼ばれたサーヴァントの中でも、単体の戦闘力としては間違いなく上位に位置付けられる男だ。
強い彼にすべてを任せ、傷つくことも手を汚すこともサーヴァントに一任し。聖杯を目指す。
本来聖杯戦争とは、サーヴァントを用いた殺し合いであり。
その過程に、セシリアが教会で市民たちの言葉を聞くことも、教会で祈りを捧げることも不要なものだ。
「きっと、ウォッチャーが正しいです。」
ヴィクトルの言葉は、正しい。
マスターとしてならば彼にすべてを任せるのが最善だと、セシリアもわかっている。
「それでも、私は冬木のシスターの役割(ロール)を。
彼らの声を聴くその責務を、放棄する気はないですよ。」
その上で、セシリアはヴィクトルの提案を否定する。
思い悩む人たちを、救うことを止めたくない。
腰を起こし、姿勢を正し。清廉さが形を成したような。
穏やかながら芯の通った声で、セシリアは答えた。
「何故だ。
よもや、お前が“聖女”だからなどは言わないだろうな。」
「それも…ないとは言えません。
私は“聖女”ですから、人を守る義務がありますし、救いたいという意思があります。」
セシリアは“聖女”である。
物心つく前に神の声を聴き、見ている世界がその色を変えたことを覚えている。
人を愛し、助け、見守ろうという意思。
セシリアの世界で神の声を聴いた女性たちは、“聖女”となったその時にその気持ちが芽生える。
嘘をつくことも、人を貶めることもない、聖女としての心が目覚める。
―――ふざけているのか?
その事実を知ったヴィクトルの思いは、言語化するなら怒りに近い。
神が人を選び、力を与える。
大層なお題目だ、事実として人々を救う力なのだろう。
だが、それはヴィクトルの知る否定の力と変わらない。
神によって与えられた力の大きさも恐ろしさも、ヴィクトルは誰より知っている。
『神の声を聴いた』セシリアは、その力に呑まれてはいないだろうか。
多くの否定者たちが、力によって大切な人を失ったように。
フレデリカという聖女が、聖女を神聖視する権力者により病人であることを否定されそのまま亡くなったように。
セシリア自身が、“聖女”となり人生が大きく変わったように。
セシリアの言葉。“聖女”としての言葉では、ヴィクトルの胸には響かない。
―――“聖女”ではない。お前はどうなのだ。
そう問おうとするヴィクトルよりも、セシリアの言葉が早かった。
「一番の理由は、“私”がそうしたいからです。」
―――“聖女”だけでない“私”が、それを望んでいるのです。
ヴィクトルには、その言葉は問わなかった質問への答えのように思えた。
「私は、たった一人ですべての人を救えるような存在ではありません。
予知を受け街が大水に呑まれることが分かっても、一人ではそれを止めることだってできませんでした。」
大雨が降り、橋を壊さなければ街が水に呑まれる。
たった一人、街で呼びかけ続けたセシリアの話を遠巻きに心配こそすれ誰も話を信じない。
何日も呼びかけ、疲労と空腹で限界になり倒れそうなところを助けてくれたのが、他でもないローレンスだ。
セシリアの言葉をローレンスは信じてくれた。
彼なりに街の歴史を調べ、セシリアの話を事実だと知り。
セシリアと共に街の人たちを説得してくれた。
「街の人たちを洪水から救えたのは、ローレンが私の言葉を聞き届けてくれたから。
街の皆さんが、その言葉を信じて手を貸してくれたから。」
その街は、セシリアを“聖女”として以上に“人”として大切に思ってくれている。
彼女の話を聞いてくれたローレンスも、二人の話を聞いてくれた皆も。
かけがえのない、大切な存在。
“聖女”だけでなく皆がいたから救えたことを、セシリアは今も忘れていない。
「私が冬木の教会に居続けても、マスターとしては意味がないかもしれません。
それでも私は、他人の声を聞き届けられる私でいたい。
それが、”私”が望む私です。
あの日のローレンが、私の声を聴いてくれたように。」
「随分な話だ。まるで・・・」
―――皆の力が要る!!
―――皆の力なくしては、神を倒せないんだ。
いつだったか、1人で戦うことを求めたヴィクトルに仲間がいることを説いた女の言葉を、ヴィクトルは思い出していた。
組織を作り、仲間を集め、神に挑んだ女。
ヴィクトルが生前最も大切に思っていた女。
「ジュイスさんのよう。ですか?」
その名前が、セシリアの口から語られた。
「…やはり、俺の記憶を見ていたか。」
ヴィクトルに驚きはなかった。
ヴィクトル自身、セシリアの記憶を見ているのだ。
逆が起きていても驚きも怒りもない。
「…どう思った。“聖女”」
「…私が想像もしていなかった。戦いを見ました。
とても悲しい、別れを見ました。
貴方が背負い続けた、悲劇を見ました。」
唇をかみしめ、聖女は思い出す。
神に弄ばれ理を否定された者たちの戦いの歴史は、神に選ばれた少女にとって
物語のように劇的で、悪夢のように残酷だった。
ヴィクトルの記憶は、戦いと別れと嘆きの歴史だ。
理を否定する『否定者』と呼ばれる人たち。
突発的に能力を与えられ、その発現に伴い大切なものを失っている。
ある者は、家族の命を失った。
ある者は、愛する者との思い出を失った。
ある者は、自身の未来を失った。
『死』の理を否定されたヴィクトルもまた、悲劇を背負った男だ。
彼は、何があっても死ぬことがない。
老いることもなく、傷を残すこともなく。
星が砕けることになっても、死ぬことが許されない。
『死なない』ではなく『死ねない』。
記憶の断片だけでも、セシリアにその意味を教えるには十分だった。
巨大な怪物と戦う彼を見た。
否定者たちを前に、圧倒的な力を振るう彼を見た。
仲間が死のうと死ねない彼を見た。
自分だけが生き残ろうと死ねない彼を見た。
抗い続けた『神』に敗北し砕け散った星のすぐそばで、それでも死ねない彼を見た。
彼が死ねないことを嘆く、『正義』を否定する美しい女を見た。
「貴方が死ねないことに、貴方以上に怒ったジュイスさんを見ました。」
神が地球を破壊しては創りあげ、それを繰り返すヴィクトルの世界。
『不死』のヴィクトルを除いて、唯一繰り返す世界を渡り続けたの『ジュイス』であった。
ずっとヴィクトルと共に歩み。
神に敗北しても折れず、次のループへ至り戦い続ける。
ヴィクトルが死ねないことに、ジュイスは涙を流していた。
ヴィクトルを苦しめ続けることに、ジュイスは怒っていた。
「貴方たちが長い時間共に生き、思いあっているのを見ました。
貴方が悲劇と絶望の中で、それでも生き続けられたのは。
不死の力だけが理由ではないのでしょう。」
「ああ。あいつは、俺の希望だった。
無限に思える孤独も、果ての見えない絶望も。
ジュイスと再会できるのならば、耐えられた。」
遥かな時間、ジュイスはヴィクトルと共にあった。
星が生まれては砕け 99度
年にして、4554億年。
それだけの時間、彼女は神に挑み続けた。
隣にジュイスがいたから、ヴィクトルも進み続けることができた。
その旅路も、すでに過去のものだ。
「見たのなら知っているだろう。俺はあいつを殺そうとした。」
99度繰り返された『神』との戦いの中。ヴィクトルは悟った。
『神』には勝てないと。
このまま戦い続けても、繰り返しても、ジュイスは苦しむだけだと。
いつしか彼は、ジュイスの死を望むようになった。
神を殺す使命も、彼女を縛る自身のことも、死んで忘れたほうが幸せだと。
惚れた女の苦しむ様を、見たくなかった。
「神殺しの願いを『不運』に託し、俺の手の中でジュイスは死んだ。」
ヴィクトルの望み通り、ジュイスは死んだ。
100度目のループ。
神にすべての思いを込めた一撃を与え。その対価として命を落とした。
それは、ヴィクトルの望んだ結末のはずだった。
ずっと望んでいたことだった。
ジュイスのための選択だったはずだった。
愛する者の骸を抱き上げたヴィクトルに残ったものは、『哀しみ』と『怒り』だけだった。
「俺はあいつに与えられたものを、結局何も返せなかった。
あいつが隣にいてくれた、そのことが俺を救ってくれていたと、失うまで気づかなかった。」
4554億年 ずっと愛するものがそばにいたヴィクトルは知らなかった。
愛する者を、失う辛さが。
愛する者が、自分に与えてくれた温もりの大きさが。
大切な人が、そばにいる。
大切な人を、守りたい。
その思いがどれだけ大きいか、
その温もりがどれだけ相手を救うのか。
今のヴィクトルと同じく、セシリアもその思いを知っている。
ヴィクトルの話を聞いたセシリアは、正直な思いを語る。
「返せていたかどうかは、断章を見ただけの私には言えません。
ですが・・・」
「何だ?」
「私の見たジュイスさんは、貴方への再会を望んでいました。」
ヴィクトルが聞いた、ジュイスの最後の言葉。
夢で見たセシリアにも、その言葉ははっきり残っている。
―――もし、君が許してくれるなら
―――次のループでも、君と、また
ジュイスに代わり不運の少女が挑む、101度目のループ。
ジュイスの望みは、その世界での愛する者との再会で。
最期にその望みを抱くことが、ジュイスとヴィクトルが思いあっていた証明ではないだろうか。
セシリアは、そう確信している。
「あなたの言葉を借りるなら。ウォッチャーもまた、ジュイスさんに“温もり”を与えていたのだと思いますよ。」
一瞬だけ目を見開き。ヴィクトルは少し顔を下げる。
気恥ずかしさを隠しているように、セシリアには思えた。
「何故わかる。記憶の一部を見ただけだろう。」
「分かりますよ。私も同じですから。
私も、ローレンに色々与えられていて。
私だって、ローレンに色々与えているんです。
ウォッチャーとジュイスさんも、きっと同じです。」
「そういうものか。」
「そういうものです。」
微笑みを向ける聖女を、ヴィクトルは否定しなかった。
ローレンスという神父がセシリアに与えるもの。
ジュイスという女がヴィクトルに与えるもの。
セシリアという聖女がローレンスに与えるもの。
ヴィクトルという男がジュイスに与えるもの。
二人が“温もり”と呼んだそれは、二人にとって何より大切なものだ。
「私も、貴方と同じです。
大切な人を、与えてくれた温もりを、決して失いたくない。」
愛しいものがくれる気持ちが、人を生かすのだと。
失わないために、強くなるのだと。
ヴィクトルが永い人生の果てで至った思いが、セシリアの中にもある。
セシリアが立ち上がり。左手の手袋を勢いよく脱ぎ捨てる。
百合の花弁の様な、赤い三つの痣。
マスターとしての己を見せつけ、彼女がなくしたくないものをはっきりと言い切った。
「ローレンに会いたい。それが私の願いです。」
「それは、“聖女”としての願いか?」
「“私”の願いです。」
「そうか。」
ヴィクトルを見つめるセシリアの目が、なぜだかヴィクトルにはとても懐かしく見えた。
二人だけの円卓で向かい合うジュイスと、よく似た目をしていたからだろうか。
99度繰り返しても折れなかった不正義のように。
彼女からバトンを託された、不運の少女のように。
神に選ばれた少女の瞳には、神を否定する者たちと同じ輝きがあった。
「私の願いのため。私が失わないために。
共に戦ってくれませんか。私の、サーヴァント。」
聖女が不死の男に手を伸ばす。
月の光が照らすその姿は、“神々しい”という言葉がよく似合う。
ヴィクトルがその言葉を肯定的に使ったのは、不死になって以降初めてのことだった。
青年は聖女の手を取り、立ち上がる。
小さく優しく、神に選ばれた身ながらも神に抗う者たちと同じ思いを持った少女。
―――こんな少女を“マスター”と呼ぶのも、悪くはない。
「正義に誓おう。
お前の願いのために戦うことを。」
応えは短く、力強く告げられる。
彼の大切な人と同じ言葉の誓い。
その意味を、セシリアは誰より知っている。
誰にも否定できない思いを、知っている。
◆◇◆
運命の人 めぐり逢えた
ずっとずっと そばにいるよ
もっと 笑顔見せてね
今日も 大好きだよ
― コイセカイ/Claris
◆◇◆
【クラス】
ウォッチャー
【真名】
ヴィクトル@アンデッドアンラック
【ステータス】
筋力A+ 耐久EX 敏捷B 魔力D++ 幸運E 宝具EX
【属性】
秩序・悪・人
【クラススキル】
陣地蹂躙C ウォッチャーのクラススキル ヴィクトル本人にもその詳細は不明
「理(UMA)を何度も殺したことと関係があるのか?」とは本人の弁
対魔力EX 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
スキルとしてはBランク相当であるが『不死』によりランクが上昇し、拘束や封印を除いたほぼすべての魔術の効果を事実上受けない
忘却補正 A 本来はアヴェンジャーのクラススキル
億を超える年月を生きても、与えられた温もりを忘れない
【固有スキル】
否定者EX 世の理を否定する力を与えられた存在であることを示すスキル
ヴィクトルの場合は『自身の死及びそれに繋がるもの』を否定する
億を超える年月を生き続けるヴィクトルは、極めて高い練度とイメージで能力を操れる
戦勝の神A 数多の戦場に勝利をもたらした逸話が形となったスキル
こと戦闘において絶大な力を発揮するが、本人はこう呼ばれることには否定的である
終わりを見た者EX 神の手で繰り返される世界で、ヴィクトルは幾度ととなく星の誕生から崩壊までを目撃し続けた。多くの出会いと別れを繰り返し、100度の敗北を経験した。
それでも彼が狂い絶望することがなかったのは、愛する者がいたから。
単独顕現D 本来 世界が滅びようとヴィクトルが死ぬことはなく、英霊としては召喚されない。
今彼がここにいるのは、聖杯戦争の舞台が電脳空間という架空の世界であることと、肉体をもう一つの人格に完全に譲渡するという約定を電脳の聖杯が”縛り”だと認識したことによる特殊な事例である
ある特殊クラスが持ちうるスキルと類似し、しかして明確に異なる 単体でこの世に現れるスキル
【宝具】
『不死(アンデッド)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人
死を否定するヴィクトルの否定能力にして、常時強制発動されている宝具
老化・傷病など自身を『死』に近づける事象・現象を否定し、その影響は数十秒で完全に復元される。
長年この能力と向き合い続けたヴィクトルはその能力を幅広く解釈しており。
自身の体のリミッターを外しての戦闘や超速再生を利用しての移動や攻撃に活用するほか、千切れた部位ごとに肉体を復元させ分身を生成することも可能である。
復元・再生のたびに本体となる肉体にヴィクトルの霊核は移る
弱点としては、脳にダメージを受けると回復が遅くなることと延焼された傷は回復が遅くなること。
加えて英霊となったことによる制約として、自傷行為を除くダメージの復元のためには強制的に魔力を消費させる。
ヴィクトル自身は単独顕現のスキルもあり極めて燃費のいいサーヴァントだが、脳や心臓へのダメージともなれば復元に強いるマスターへの負担も少なくない。
また、再生するのはヴィクトルの肉体・精神に限られ、霊核へのダメージは回復しない。
『復讐心器(リベリオン)』
ランク:D+++ 種別:対人/対神宝具 レンジ:1 最大補足:1人
神を殺すための最上位古代遺物(スペリオルアーティファクト)。三種の心器の一つ
本来は武器に取り付き使用者の憎しみに応じて破壊力を向上させるものだが、ヴィクトルは彼自身に取り付かせるという形で使用する
使用者は対価としてその命を失うが、死の否定者である彼が使用する場合に限りデメリットを無視できる。
【weapon】
なし
【人物背景】
死の否定者
永遠と思える人生の中、一度はその復讐を諦めてしまった男
最後の戦いで、失いたくなかった思いを知った男。
【聖杯へかける願い】
セシリアの元の世界への帰還
個人的な願いはあるが、”神の杯”で叶えたいとは思わない
【マスター】
セシリア@白聖女と黒牧師
【マスターとしての願い】
元の世界に戻る
ローレンスと再び会う
【人物背景】
根はまじめでやさしい少女、人前ではしっかりした態度だがだらけグセのある聖女
ここでいう聖女とは単なる役職にとどまらず、神の声を聴き”加護”と呼ばれる人々を守護する奇跡を起こせる存在である。
電脳世界においては、冬木教会に勤めるシスター
令呪は三つの百合の花弁の形
【備考】
参加時期は不明
少なくとも、西の街から帰ってきた後
最終更新:2023年11月18日 13:21