.
『どうして……でしょうね。分かりません。ただ……一人で消えるのが怖かっただけなのかも知れないです』
『何にせよ喜ばしい。最期の時をお前のような佳き体の女と過ごせるのだからな』
『私はやっぱり……死にたくはないですから。死にたくないと足掻いている最中の私が、英霊としての全盛期である以上、貴方に何を伝えられても変わりません』
『いいや……お前は変われるさ』
『無理です……英霊は成長などしません』
『無理じゃない。根拠だってあるぞ―――』
それは、彼女の軌跡の、最後の一節。
崩壊する『空中都市』で命が終わる瞬間を待つまでの間、より善い物語を練り上げ、ただ一人の聞き手へと語り始める話。
◆
午前零時を迎えた瞬間、一日は終わる。「今日」は「昨日」へ、「明日」が「今日」へと移行する。それはあくまで、地球上の各国民の生活を司る、暦の上での話だ。
一個人の生活習慣というミクロな視点で見た時の、確かな実感を伴う「今日」と「明日」の境目とは何か。最も妥当な回答を挙げるとしたら、やはり、肉体が眠りについた瞬間だろうと思う。
未成熟の幼児にとっては、午後九時か十時頃には一日が終わる。夜遅くのネット配信やラジオ番組の楽しみを覚えた中高生なら、午前零時をいくらか過ぎた辺りで寝落ちした瞬間か。夜勤労働に従事する社会人や徹夜で実験を行うケミカルアイドルなどは、日がまた昇った頃にようやく、と感じているかもしれない。
それでは、一般的な寝入り時を過ぎても意識を覚醒させたままでいることが、何を意味するか。
主観としての「今日」が、延長されることである。目を冴え続けさせている限り、「明日」がどんな日になるかという期待も不安も覚えることもなく、ずっと「今日」を生きられるのだ。
「その理屈に従えば、もとより睡眠を必要としない私達サーヴァントは永遠に『今日』を終えられませんよ。詭弁です」
「あはっ。痛いところ突かれちゃった」
そんな冗句に興じることができるのも、午前零時を過ぎてからのことだ。
布団に包まったまま語り掛けてくる少女が、キャスターを召喚したマスターである。
日本人だが欧州系の血も流れているという彼女の、薄明かりの中で目を引く艶やかな金髪と、見つめ合うだけで吸い込まれるような錯覚を覚える、血の色の瞳。蕩けるような声色。先天的に人誑しの才を持つ者なのだろうと、キャスターは感じていた。
「良いよね、こういう時間があるの。家政婦さんは愛想笑いしかしてくれないし、夜更かしのお供まではさせられないし」
マスターの少女は、冬木の街では名目上一人暮らしをしているが、実際には同居人がいる。家政婦が毎日交替で派遣され、夜間は彼女の住むマンションで就寝時間を共にするのだ。大抵、午後の十一時過ぎには家政婦が眠りにつくので、自室で少女がキャスターと気兼ねなく会話できるのも、その頃合いだ。
彼女は日本の高校生であるが、冬木市内の高校には通学していない。通信制高校という仕組みを利用しているそうだ。元いた世界では早退を繰り返しながらも通学できていたのに、と彼女が不満を顕わにしていたのも、つい先日のことだ。
遠く離れた地にいる家族からの潤沢な支援を受けながら、面倒な雑事を他人に放り投げて送る、悠々自適の生活。富裕層の道楽だと妬まれるような生き方だが、しかしその実態は、彼女の最後の我儘くらい聞いてやりたいという親心故なのだろう。
「夜更かしは身体に障るものですよ」
「そんなの慣れっこ。趣味は月光浴だってこと、ファンには常識だよ? それとも、キャスターが千夜ちゃんの代わりに心配してくれる?」
「……私はちとせの保護者ではないのですが、そうせざるを得ないでしょうね」
「してくれるんだ。嬉しい」
キャスターは、マスターのことを「マスター」ではなく名前で呼ぶように命じられていた。少女を「主」と呼んで良い人物は、限られているらしい。
ちとせ。千歳(ちとせ)。千年に喩えられるほどの長寿の祈りが込められているのだろう名前を与えられた少女は、まだ十九歳であり。それなのに、余命が長くないのだという。
医療が専門外であるキャスターには詳しくわからないが。ちとせは今でこそ一見問題なく日常生活を送れているものの、若くして死ぬことになると予期されていた。現代の医療では治療法が発見されていない病に、その身体を蝕まれているために。
そういう運命だから仕方ないよね、と、なんてことはない事実を述べるように笑う。
黒埼ちとせとは、そういう少女だった。
「ずっと家の中にいるの、退屈。お仕事もなくなっちゃたし……ね、夜のお散歩、行っちゃ駄目? 千夜ちゃんだってそのくらい許してくれるよ?」
「上目遣いで頼まれても、賛同はできません。むしろ、外出せずとも不自然に思われない環境が揃っていることが幸運ではないかと思っていただければ……」
「はいはい、わかってまーす」
終の住処のように与えられたことになっている今のちとせの生活には、通学状況以外にもいくつかの欠落があるのだという。
一つは、本来の同居人の不在。元の世界では交替制で家政婦を雇用しているのではなく、常に寝食を共にしている一人の少女に、使用人としての家事などの仕事を任せていたのだという。
しかし、この冬木における記憶を辿る限り、その少女は最初からちとせの人生の中に姿を見せていないことになっていた、らしい。
もう一つの欠落は、高校生活と並行して行っているはずの、芸能活動。先述の使用人の少女と共に、ちとせはアイドルと呼ばれる職業に就いていたのだが。
東京都から遠く離れた地方都市の冬木に芸能事務所は存在せず、また単身ではアイドルの活動に熱を上げる理由も無いという事情が重なってか、ちとせはそもそも芸能界へ足を踏み入れてさえいないことになっていた、らしい。
「今はただ、私に哨戒を任せていてください。尤も、私自身も使い魔に任せているだけですが」
「盗賊ちゃんたち、頑張ってくれてるんだね」
「ええ。予選が終わり、陣営の振り分けが為された後なら、味方と呼べる他の主従との接触を考えられますが……それまでは、籠城を基本とするべきです。剣を振るえない私達は、誰より慎重で、繊細でいなければいけません」
日々の彩りを剥奪され、過剰に生まれた可処分時間の殆どを、今後は聖杯戦争のために充てることを余儀なくされる環境。幸いにして、未だ血を見る事態には直面せずにいるが、それも時間の問題か。
この状況に対してきっと内心で抱いているはずの恐れを、或いは滾りを、今夜に至ってもちとせは表情に出さない。
「ふうん……うーん、楽しくないおしゃべり、もう終わろっか。昨日のお話の続き、聞かせて?」
「……かしこまりました」
いつものように、暇を持て余したお嬢さまらしく、ちとせはキャスターに請う。眠りにつくまでの気慰みに耳を傾ける、夜伽話を。
『魔術師』の名を冠しながら魔術の類など碌に扱えないキャスターの本懐である、『語り部』としての役目を、ちとせはキャスターに求める。
「『カルデアのマスター』との出会いまで話しましたね。今宵はその続き……『不夜城のアサシン』と組んで、彼との対決に臨む章です」
「はじまりはじまり。ぱちぱちぱち~♪」
題材として指定されたのは、童話でも伝説でもなく、キャスター自身の身の上話であった。キャスターの人柄の理解という意図であることは、すぐに察しがついた。
既に世界中で語り継がれている生前の話を再話しようかとも思ったが、後味の悪い結末に辿り着いてしまうので、やめた。
その代わりに選んだのは、誰も知らない物語。ここではない世界のとある特異点で、自分であり自分ではないキャスターが体験した、愚かで哀れな『アガルタの女』の物語。
◆
“普通の少年である『カルデアのマスター』には、死の恐怖によって民を厳しく律する『不夜城のアサシン』の支配を認めることができませんでした”
死にたくない。
かつてのキャスターが無辜の民の虐殺を伴う蛮行に及んだ動機は、ただそれだけの、生物としてあまりに単純な欲求故だった。
神秘の秘匿を暴き、英霊召喚というシステムが破綻すれば、自分はもう二度と、現世へ喚ばれることはない。生涯の最終的な到達点である「死」の再来に、怯える必要もなくなる。
己の行為に一切の道徳的正義が伴わないことなど承知の上で、キャスターは、未来永劫付き纏う「死」への恐怖を取り除くための戦いに臨んだのだ。
結果を言えば、キャスターは敗北した。そしてまたサーヴァントの身で冬木に喚ばれ、再び「死」を迎えるまでの時間を過ごすに至っている。
奇しくも、死にたくないという願いを叶えるために聖杯の恩恵を求める、
黒埼ちとせの従者として。
“自らの正義感を突き付けたことで、『不夜城のアサシン』は怒りを顕わにし、交渉は決裂してしまいます”
――死にたくないという願いを果たすなら、その形は永遠の命、不老不死か。
キャスターはそのように問いかけ、ちとせは否定した。自らが患う病を除去し、人並みの寿命を全うできる見込みさえ確立できれば良いのだという。
奇跡の使い方としては細やか過ぎて、たとえば救世や革新を志す者には大変に憤慨されるかもしれないとちとせ自身も呆れるものだが、仕方が無い。自力でどうにもならない不条理だけ解決できれば十分である、という条件を満たすならば、これが必然的な答えなのだ。
“『不夜城のキャスター』は、不思議な力で民を酷吏へと変えてしまいました。罪も無い人々を犠牲にできない『人類最後のマスター』には、効果的な戦法と言えるでしょう”
――迫る死に怯えて無為に過ごす人生を、ずっと歩み続けてきたのか。
これも、ちとせは否定した。本能的な死への忌避感は勿論常に付き纏っていたが、いつまでも己を悲観するより、いずれ迎える死への覚悟を固め、残された時間を有意義に使うことを決めたのだという。
唯一にして最大の心残りである、「あの子」の未来。家族を喪い、身寄りも生きる動機も無くなってしまった彼女のために、ちとせは使用人としての生き甲斐と居場所を与えた。
しかし、そんなものは一時凌ぎ。「あの子」にはより華やかで、充実した人生を送ってもらわなければ。ちとせが亡き後、絶望してちとせの後を追うという発想になど至らないほどに。
だから、ちとせは「あの子」と共に数々の戯れに興じた。芸能活動も、そのうちの一つとして始めたものでしかなかったのだという。
『シンデレラ』の童話から飛び出したような、大きなお城のような芸能事務所で、十人十色、いや、百人百色と言えるほどの賑やかな環境で、仲間達との交友に恵まれた。「あの子」の未来を託すには十分な体制があると、一時は安心したものだ。
“流石は人理を救った英雄と、その仲間達。勇士達の巧みな連携は、遂に『不夜城のアサシン』を追い詰めます”
誤算があった。
ちとせは「あの子」の満足感の有無を重視していたのだが、「あの子」の方こそ、ちとせ自身の満足感を重んじていたのだ。ちとせがアイドルを楽しめていないなら無意味だと、「あの子」は語った。
「あの子」を第一とした砕身という方針自体が、最初から誤っていた。ちとせは大層、失意の底に沈んだものだという。
それでも、ちとせは立ち上がった。仲間と、ファンと、プロデューサーに支えられながら。
痛くても、苦しくても。もっと多くの歌を、もっと多くの人の心へ残したいと願うようになった。他でもない、ちとせ自身の幸せへの願いだった。
“『カルデアのマスター』が語る言葉は『不夜城のアサシン』にも強欲であると呆れられるものですが……その志こそ、彼の英雄たる理由と言えるものなのかもしれません”
――戦争に勝つということは、他者の生き血を啜ること、命を踏み躙るということだ。人の希望となるアイドルとは、決して罪を犯してはならない立場なのではないか、仲間達も望まないのではないか。
そう問い掛けた時のキャスターの声は、揺れていたような気がする。
ちとせは語った。王道のアイドルならば、こんな身を焼く道は決して通らないが、自分は王道でなく覇道のアイドルなのだ。
だから、生還した後も、暗い表情などまるで晒さずに人々の光であろう……そのように、演じ抜いていこうと思う。 罪の重さに圧し潰されずに強く生き抜ける程の糧が、あの眩い舞台(スターライトステージ)の上に在るのだと。この世に歌を残せば残すほど、最期の時までこの身が心地良い充足感で満たされていくのだと、信じて。
だから、たとえ非道でも巡ってきた、ほんの少しの希望を逃しはしない……納得できなくてもいい、認めてくれなくたっていいよ。
“『不夜城のキャスター』は『カルデアのマスター』と共に、命からがら『ヘラクレス』から逃げることができたのでした。その後……”
「…………」
「……もう、寝てしまいましたか」
キャスターは、それ以上の追及をやめた。
死にたくないという欲求を掲げるちとせが、俯いていなかったから。
絶望に浸かり切ったかつてのキャスターと違い、未来の希望を信じていたから。
生きた証を残すことを至上の喜びとするちとせの言葉に、ケルトの勇士を思い出してしまったから。
ただ我が身の可愛さだけで生きたあの頃と違う形で、この命を全うしてみたい。召喚の時に抱いたキャスターの願いは、ちとせの幸せのために戦ってみたいという帰結に至ったのだ。
……その痩身の中で未だ渦巻いているはずの強かでない想いを、ちとせが決して吐き出さないようにしていることなど、キャスターは悟っていて。悪を為そうとしておきながら他者からの憐憫を受けようというのは、虫が良すぎる話だという自戒にも、身に覚えがあって。
そんなちとせに、少しでも穏やかな心境でいられるための時間を与えられたらとも、思っていた。
「ねえ、」
目を閉じたまま、ちとせが囁く。誰かへと問いかける。寝言なのかそうでないのか、答えは出すまい。
「……一緒に、呪われてくれる?」
ああ、なんて狡い子なのだと、キャスターは嘆かわしく思う。
犯す罪の深さを再考したところで、貴方の望みを今更断れやしないというのに。
「……ええ。貴方と共に、いかなる呪いも受け止めましょう。いつか必ず、祝福へ転じるのだと信じて」
囁くそれは、友となりたい少女への誓約(ゲッシュ)。
指をそっと、ちとせの顔へと伸ばして。その目元を、優しく拭って。寝息が立つのを、聞き届けた。
今夜の夜伽はお仕舞いだ。この物語の終着点まで、あと幾つの章が残っているだろうか。物語の締め括りをちとせへ聞かせ、ハッピーエンドであったか否かの判断を委ねられるのは、幾つの夜を越えた先だろうか。
その日を迎えるまで、死にたくないと願いながら。キャスターは夜の闇と光の中、じっと目を閉じた。今この瞬間、「今日」が無事に終わったのだと、幸福を噛み締めながら。
【クラス】
キャスター
【属性】
秩序・中庸
【パラメーター】
筋力:E 耐久:D 敏捷:E 魔力:C 幸運:EX 宝具:EX
【クラススキル】
陣地作成:A++
自身にとって有利な陣地を作成できる。作成するのは自身の生存のための閨である。
【保有スキル】
語り手:EX
物語や伝説をいかに上手に口で語れるかを示すスキル。
書物に物語を書き記すような技術とはまったく別の、聞き手の気分や精神状態も加味して適切な語り口を選ぶ、即興性に特化した物語伝達能力。
おそらく落語家の英霊も持っている。
生存の閨:A
防御に特化した、「フェロモン」の亜種スキル。
「自身の魅力」「場の魅力」「行動の魅力」を状況に応じて最適な形で組み合わせる事により、彼女は「世界で最も自分が死ぬ確率の低い領域」を構築し運用する。
概念的なものであるが、それは彼女の工房にも等しい安全拠点とはまた別の「閨」である。
対英雄:A
彼女のこのスキルは「対王」に限定されている。
それゆえにAランクを得ている。
彼女の場合、特に「王と名がつく存在に対する生存力」を示すものとなっており、王の機嫌、性格、能力、主義、体調などを把握し、あらゆる手練手管を用いることで、どれだけ気紛れな王相手であっても、少なくとも殺されることはないように立ち回る事が出来る。
【宝具】
『千夜一夜物語(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)』
ランク:EX 種別:対王宝具
「求めたのは次の夜。そしてまた……次の夜。これは私の言の葉が紡いだ、終わりなき願いの物語。
『千夜一夜物語』――今宵は、ここまで……ふふ」
由来から、王属性特攻を持つ。
厳密にはそうでなくとも、類する存在であれば、彼女の中では「王」と見做されている場合がある。
これは「彼女の語る物語」という固有結界である。
世界が信じるほどの圧倒的な存在感・現実感で語る事により、その「物語」を具現化させる。
千夜一夜物語内の登場人物や、道具や、精霊などを召喚する形となる。
本来の歴史的には正当な千夜一夜物語には存在せず、後世の創作・吸収されたとされるアラジン・アリババなどのエピソードも、英霊としての彼女の生存には有用なので使用できる。
重要なのは正しさではない。王が面白がるかどうかだ。
物語(宝具)の最後は当然、こう締めくくられる。
「―――という、お話だったのです」
【weapon】
あるとすれば、語り手としての技能そのもの
【人物背景】
入れ子構造の説話集である『千夜一夜物語』。
その最外枠の物語において語り手の役割を果たすのが
シェヘラザードである。
ここにいる『彼女』が物語の登場人物であるのか、それともそのモデルとなった実在の人物であるかは―――定かではない。
【サーヴァントとしての願い】
ちとせが次の夜を、そしてまた次の夜も迎えられる未来。
【マスター】
黒埼ちとせ@アイドルマスターシンデレラガールズ
【マスターとしての願い】
あと七十年は生きたい。
【weapon】
特に無し。
【能力・技能】
人を自然と魅了する存在感。
アイドルとして習得した技能。
長くは生きられないのだろう身体。
【人物背景】
痛みと苦しみに苛まれながら、人は生きていく。
それがこの世の常であって、普通だから。
ふふっ、笑っちゃう。私が人の当たり前を語るなんてね。
貴方が見せた光が本当に眩しくて、一度灰になっちゃったのかも。
時計の音に焦って、怯えて、恐れていた、いつかの私が。
そうして生まれ直したいまの私は……弱々しく見えるかな?
うん。貴方には、私の苦しみを見ていてほしい。
私の光を求める子たちには、したたかな姿を見せるから。
それが……貴方と私の呪いで、祝福だもの。
【方針】
生きて帰る。
生き続けるために、聖杯を獲って帰る。
【備考】
聖杯戦争内でのロールは、通信制高校に在宅で通っている高校生。
新都内のマンションで、家政婦を雇いながら生活している。
アイドルとしての活動は一切行っていない。
最終更新:2023年11月20日 18:13