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『無駄だ、滑皮』
『その拳銃、模擬弾だ。』
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『もう誰にも従わない。』
『俺の生き死には俺が決めます。』
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『オヤジ。所轄のデカから連絡がありました』
『梶尾が射殺体で発見されたそうです。』
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『奴を力でねじ伏せてやる。』
『俺の道を阻む奴は一人残らず潰す。』
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血腥い臭いが漂っていた。
冬木市郊外の倉庫は猪瀬組の企業舎弟が経営している水産加工会社の所有物で外から足が付かない。
そこに、球体関節人形を関節に合わせてちぎったような部品たちが十つほど転がっていた。
腕が二本。足が二本。首と胴体が一つずつ。抉り出された目玉が二つ。切り落とされた唇が上と下でこれまた一つずつ。
かつて人間だったものの成れの果て。
より正しく言うなら、この"聖杯戦争/Holy Grail War"に希望を抱いて足を踏み入れたある魔術師の残骸だった。
その証拠に散らばる右腕には令呪の赤色がありありと残っている。
傍に置かれた電動ノコギリが、此処で何が起こったのかを暗喩していた。
額に飛んだ血飛沫を拭い、眼窩をぽっかりと空けて事切れている元人間の顔に痰を吐き捨てる。
黒いスーツに、坊主頭の男。
佇まいの一つ一つに暴力の気配が染み付いて、匂い立っている。
和彫りの刺青をびっしりと刻み、障害の排除の為に殺人という手段を躊躇なく選べる人種。
男は、ヤクザ者であった。
暴排法が整備され、日に日に生存圏が狭まり苦境に立たされている任侠者達の中で――しかし今も在りし日の黒々とした輝きを保っている。
生粋の暴力。弱肉強食の強者の側。悶主陀亞連合の滑皮と言えば文字通り泣く子も黙る存在だった。
猪瀬組の熊倉に拾われ稼業入りしてからも、その名声が衰えたことはない。
頭脳と金、そして暴力。三拍子を揃えた覇者の器。
ヤクザの世界では若手でありながら、天魔外道の妖怪達と並んで幹部候補に名を挙げられた破竹のヤクザだ。
本来、猪背組が最も力を持っているのは東京の一等地だ。
断じてこんな冬木などという地方都市ではない。
枝の下部団体ならいざ知らず、理事長の熊倉義道から盃を受け取った滑皮が活動するには些か辺鄙すぎる土地だった。
しかしその理由は、たったの一言で説明できる。
此処は彼の生きるべき世界ではないからだ。
公判を待つ獄中でたまたま手にした"黒い羽"が、失脚したヤクザを冒険譚の主役に変えた。
滑皮の右腕にも、今しがた殺した男の腕にあるのと同じ刻印が三画刻まれている。
滑皮秀信は、聖杯戦争のマスターであり、この電脳世界(ゲーム)のプレイヤーの一人だ。
「うわ、グロ。そんな高そうな服着てよくやるね」
「しゃーねェーだろ。じゃあ次からはてめェーが作業着買ってこいよ」
「やだよ面倒臭い。舎弟にやらせりゃいいじゃん、ヤクザ屋さんの数少ない利点じゃないの」
「それに刑務所思い出しちまうから嫌なンだわ、そういう貧乏臭い服。やっぱヤクザは礼服じゃねェーとな」
滑皮は現在、三主従から成る徒党の切り崩しにかかっていた。
目の前で死んでいる魔術師はその一角で、彼のサーヴァントは既に滑皮のアサシンが殺害している。
魔術師にしては善玉だと聞いていたし、実際仲間のことは何も喋らない、それが仁義だと高尚なことを喚いていた。
ただそれも顔から目玉と唇が両方無くなるまでのことで、最後の方は油紙に火が付いたみたいに何から何まで喋ってくれたが。
「深山の方に拠点を構えてるらしい。若いのを何人か地下に潜らせて偵察させるから、準備が出来たらカチ込んで殺せ」
「あいよ」
滑皮は敵を恐れない。
何人が相手だろうが、やると決めたら必ずやる。
不良だった頃から、聖杯戦争なるけったいな儀式に招かれた今もその点に関しては不変だった。
現にこの翌日、滑皮に喧嘩を売った"同盟"は二組目の脱落によって瓦解。
滑皮が事前に手を結んでいたこちら側の協力者と彼のアサシンによる共同戦線で最後の主従が落ち、完全壊滅を迎えることになる。
ヤクザは落ち目の絶滅危惧種だ。
社会的にはむしろ、彼らは弱者と言っていい。
暴排法によってホテルにも泊まれず、銀行口座も作れない。
ヤクザの子供に生まれただけで行政から見捨てられ、権利を制限される。
おまけに現代では昔ながらのシノギにも頼れず、それこそ不良まがいのチャチな金稼ぎで男を下げなければならない。
そうまでして稼いだなけなしの金も義理事で吸われ、常に極貧の生活だなんて話も珍しくないほどだ。
今の時代、ヤクザになりたがる人間なんて余程の馬鹿か、先輩に恐喝されて引き込まれたかのどちらかしかいない。
そんな謂われをされ笑われるのはしょっちゅうだ。
しかし。こと社会の基準を法(
ルール)ではなく暴力にするのなら、彼らは未だに絶対的に強者である。
特に――滑皮のような、力のあるヤクザ者であれば尚更だ。
彼らはまず、手下を使って情報を探る。
敵の居所を突き止め、ある日突然人間を送り込んで制圧する。
滑皮はヤクザの常套手段(メソッド)を、この通りそっくりそのまま聖杯戦争の戦い方に転用していた。
「しかしサーヴァントってのは便利だな。高い金払ってヒットマン雇ってたのが馬鹿らしくなるぜ」
「人の形した拳銃(チャカ)みたいなもんだからね。人間相手ならもっと証拠残らない殺しも出来るけど」
「考えとくよ。気に入らねェー奴なんて山ほどいるからな」
そんな大物ヤクザが召喚したサーヴァントは、しかし反社会的勢力のパブリックイメージとはてんで似つかない美しい少女だった。
虹色を貴重にしたサイバーパンク調の衣装に身を包んだ、滑皮とは二回りも歳が違うような身なりの少女。
いや、少女という形容はこと彼女に対して使うには適しているとは言い難い。
彼女は、少女だったものだ。秘めたる才能を見初められ、人から人ならざるものへと変容を遂げた魔法の兵だ。
魔法少女。
冗談のような単語だが、しかし彼女に限ってはメルヘンもファンシーも介在する余地がない。
彼女は殺す。人を殺すことに毛ほどの躊躇も持たない。
この才能は、ヤクザの世界で見ても稀有で有用なものだった。
口でどれだけ男を装っても、実際に人を刺して弾いて平静を保てる人間は位の上下に関わらず限られている。
滑皮にとって、魔法少女は最高の道具でありヒットマンであった。
鬼に金棒。虎に翼。駆け馬に鞭。
冬木の彼は、戦うために必要なすべてを持っている。
「肉見てたら焼肉食いたくなってきたわ。まだ開いてるかな」
「野蛮人だね。引くわ」
「舎弟に店探させるから、お前は死体(ロク)片付けたら部屋戻って寿司でも取ってくれ」
「ヒットマンに報酬も払わないで自分は焼肉パーティーですか。いいご身分ですねえヤクザ屋さんは」
「あ? お前連れて行くわけにはいかねェーだろ? てめェーみたいな色物と一緒に歩いてたら笑われて、組中に噂されるわ」
彼らは、アウトローの星だ。
社会秩序では評価されない才能と、生き方の持ち主。
無法の中でこそ真価を発揮する、他人の不幸を飯の種にする肉食の獣。
人の命に、誰かの幸せの残骸に、頓着しない。
彼らは自分の幸せのためだけにどこまでも血を流せる存在だ。
「ところでよぉ。そういや聞いたことなかったよな」
「何を?」
「お前、聖杯に何願うつもりなンだよ? 受肉か?」
「……まあ、とりあえず受肉かな。私さ、それなりに上手く生きてたんだよ。
上手く狡く、賢くやってたの。けど訳わからんクソ化物に出くわして全部おじゃんになっちゃった。
まさか死んでからもこき使われるとは思わなかったけど、これはこれでラッキーかな」
「仕事人の末路ってのは大体そんなもんだよな。床の上じゃやっぱり死ねねェーよ」
「で、そういうあんたは? その口振りからしてさ、あんたもデカい失敗して潰れたんでしょ? 聞かせてよ、面白そう」
「言葉選べよ。デリカシーって言葉知らねえのか?」
「高校生(ガキ)にヒットマンやらせてる反社のおっさんに言われてもね」
口の減らねえ奴だ。
滑皮は嘆息して、取り出した葉巻に火を点ける。
舎弟から贈られたものだ。ガキの頃に兄貴に吸わせて貰った時は良さが分からなかったが、この歳になるとこういうのが沁みてくる。
紫煙を口の中で転がして、吐き出して――滑皮は口を開いた。
「お前の言う通りだ、アサシン。俺も失敗した。失敗して、全部持ってかれちまった」
滑皮秀信は、敗者である。
最後の最後にそうなってしまった、勝者のレールから転げ落ちてしまったアウトサイダーの成れの果てが彼だ。
猪背組の看板を背負えているのだって、この世界の温情のようなものだ。
元の世界では仲間殺しの外道として絶縁を喰らい、塀の中でいつ下るとも分からない死刑判決を待つだけの身だった。
大恩ある兄貴を殺されて、燻っていた執着の火がガソリンでも注がれたように燃え上がった。
昔から気に入らなかった金融屋のガキを屈服させて、自分の犬にしなければ気が済まないと思うようになった。
手下を使い、暴力を使い、ありとあらゆる手段で追い込んだ。
しかし最初に"奪われた"のは、因縁の金融屋ではなく他でもない滑皮の方だった。
――舎弟が、殺された。
拷問され、自分を売って射殺された。
思えばあの時から歯車が狂い始めたのだと思う。
舎弟を殺されて、滑皮の中の鬼が狂い始めた。
丑嶋を屈服させる。梶尾の仇を殺す。
二つの目的が融合し、迷走の末に屍と罪を重ね……
「失った物は取り戻さなきゃならねェーだろ? 負けっぱなしで下向いてるようなヘタレじゃヤクザは張れねえ」
そして滑皮は、負けた。
罠に嵌められ、もう一人の舎弟までも殺され。
罪のすべてを被せられて、司法の手による裁きを待つ身になった。
仮に法の裁きによる死を免れても娑婆の空気を吸える望みは絶無。
ヤクザとしての成り上がりや再起など、もう二度と臨めない。
まさに、死を待つだけの身に成り下がったのだ――黒い羽を手にするあの日までは。
「俺は負けを認めない。聖杯を手に入れて……今度こそ俺がすべてを手に入れるンだ。
失ってきたモンも、手に入らなかったモンも、全部俺のモノにしてやる。てめェーを使ってな、アサシン」
「は。頑張るじゃん、負け犬の癖に」
「お互い様だろ? 捨て駒野郎」
滑皮もまた、凶星(マグネター)である。
近づく者を皆破滅させる、底知れなさを秘めた悪の星。
だからこそ、泣き寝入りは彼に限ってあり得なかった。
なくしたものは取り戻さなければならない。
奪われたものは、取り返さなければならない。
欲しいものは、手に入れなければならない。
それが彼の選んだ生き方で。
何があっても、どこにいても、それだけは決して変わらぬままだった。
彼は彼のままだ。何も、変わらない。
「は。違いないね」
笑いながら、虹の魔法少女――『
レイン・ポゥ』は考えていた。
このマスターは間違いなく当たりの部類だ。
肉体的にはただの人間でしかないが、精神性も使える手段の豊富さも自分の戦い方とこれ以上なく合致している。
正面戦闘でなら厳しくとも、策と人を使ってのし上がって行けば、十分に聖杯を狙える可能性はある。
そうすれば、なくした未来を取り戻すことができる。
あの封鎖都市での失敗を、なかったことにできる。
受肉して再び人生を歩み直せる上、英霊の座なんてけったいなところからも解放されることができるのだ。
まさに願ってもない話だった。このチャンスを棒に振るわけにはいかない。
レイン・ポゥは現実を見ている。
人生の歩み方というものを知っている。
だから、決して間違わない。
チャンスがあればモノにする、自分の身の程と生き方を分かっている。
今も脳裏によぎる、この手で引き裂いた少女の亡骸には見ないふりをした。
振り返ることに意味があるとは思えない。
"それ"に固執することは、きっと不合理を生む。
帰ってマスターの金で寿司でも取って、仕事終わりの報酬と洒落込めば消える程度の感情でしかない筈だ。
だってそれは。とっくの昔に。
◆◆
『安心しろ。事が終わったら君の全てを元に戻してやる』
『友を殺した思い出を胸に抱いて我輩に殺されるがいい』
『お前はそれで初めて許されるのだ、下郎』
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『心配しないでよ、たっちゃん。いざとなったら私が守ってあげるからさ』
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『もうすぐ遠足あるからそこで滅茶苦茶うめえ卵焼きやって虜にする』
『なんか発想の段階でおかしくない?』
『いいから! 教えて! 遠足にこそチャンスがあるから! 次のイベントこそはもっと仲良くなってやる!』
◆◆
『あなたは魔法の才能を持っている。わたしが本物の魔法少女にしてあげるよ!』
◆◆
もう何もかも終わったことだ。
【クラス】アサシン
【真名】レイン・ポゥ
【出典】魔法少女育成計画limited
【性別】女性
【属性】中立・悪
【パラメーター】
筋力:C 耐久:C 敏捷:B 魔力:B 幸運:D 宝具:C
【クラススキル】
気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を断つ能力。隠密行動に適している。
完全に気配を断てばほぼ発見は不可能となるが、攻撃態勢に移るとランクが大きく下がる。
【保有スキル】
魔法少女:B
魔法の国から力を授かって変生した存在である。
通常の毒物を受け付けず、寝食を必要とせず、精神的にも強化される。変身と解除は任意。
身体能力は極めて超人的であり、更に一人に一つ"魔法"を持つ。
不覚の虹:A
虹の暗殺者レイン・ポゥ。
気配遮断スキルが発動している場合、最初に放つ攻撃の成功率と威力を格段に跳ね上げる。
更に対象の耐久ステータスをこの時に限り「E-」ランクとして扱う。
無力の殻:B
魔法少女に変身していない間、サーヴァントとして感知されなくなる。
能力値も人間相応のランクにまで低下する。
人格偽装:B
自身の本性を隠蔽する才能。
天性ではなく境遇の中で身に着けた後天的なもの。
他者との対話時にプラス判定を受けるが、対象がアサシンの素性を何処まで知っているかに応じて効果が薄れる。
【宝具】
『実体を持つ虹の橋を作り出せるよ』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:可変(アサシンの視界の広さに準ずる) 最大補足:1~15
レイン・ポゥが持つ魔法。名前の通り、実体のある虹を生み出すことが出来る。
虹の強度は非常に堅牢で、しかしながら厚さという概念を持たず、発生の際も音を出さない。
彼女の視界の任意の点から任意の点まで弧状に伸長して伸び、視界から外れると崩れて消える。
【weapon】
宝具
【人物背景】
魔法の国人事部が擁した魔法少女。
魔王と呼ばれた魔法少女の殺害に成功するが、その後転げ落ちるように破滅した。
【サーヴァントとしての願い】
とりあえず受肉……たぶん。
【マスター】
滑皮秀信@闇金ウシジマくん
【マスターとしての願い】
聖杯を手に入れ、自身の失脚を覆す
【能力・技能】
ただの人間だが、敵対者に対して一切の容赦をしない冷酷さと残忍さを併せ持つ。
一介のヤクザ者としては部下からの人望も厚く、本人は腕っ節と知略の両方を高い水準で備えている。
【人物背景】
若琥会若琥一家二代目猪背組、猪背組系列滑皮組組長。
暴走族時代から敵対者の唇を切断するなどの凶行で恐れられ、地元では「絶対に逆らってはいけない人物」と言われていた。
しかし情がない人物というわけではなく、部下を惨殺された際には怒りと喪失感を示すなど人間味もある。
復讐のために金融屋・丑嶋を追い込み、様々な策で追い詰めるが、あと一歩のところで嵌められ殺人罪で警察に逮捕された。
【方針】
生き残り、聖杯を手に入れるべく動く。
早い内に協力者を手に入れ隷属させたい。
最終更新:2023年11月20日 02:04