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sleep walk まぶたが思い出の闇へ誘う 雪が花をそっと枯らすように
知っていたはず 繰り返すものなんて無い
時の針が 僕を消してく
だけど 不思議 熱く今 涙
輝いて見えるよ ありふれた全てが 人いきれの街の 煙る空さえ
なにげない時間の 燃えるような煌めき 失くしたくないから いま歩き出す
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◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
初め、この料理をデリバリーしてくれると聞いた時、少女が抱いた感想は「うっそだー」、だった。
フードデリバリー、言ってしまえば宅配だとか出前の類は、彼女が生きていた時代ではよくあるサービスだった。
と言うより、彼女が産まれるよりもずっと前から、出前と言う文化は存在していたし、歴史の面でもかなり深い。
ラーメンや丼物、蕎麦にうどんにカレーライス、寿司にピザにフライドチキン。そう言ったものが、彼女の時代では主流だった。
鳴り響くチャイム。
はーいと明るい声で返事をし、宅配をしている若い男性からそれを受け取り、心付け程度にチップ――三百円程度――を渡してから、お礼の言葉を告げ、宅配と別れた。
渡された紙袋をちゃぶ台サイズのラウンドテーブルまで持って行き、プラスチックの器を取り出して、フタを開ける。「おお~」、と、感嘆の声。
「凄い……はがくれの匂いだ!!」
実際に店で食べている訳じゃなく、テイクアウトで頼んだものであるから、スープの量も盛りつけの量も麺の多さも、全て店舗のそれとは違う。
テイクアウト相応のサイズになっており、明け透けに言うならば、量が少なめにダウングレードされている。
しかしそれでも、フタを開けた時に香るこの匂いは、疑いなく、彼女の記憶の中の鍋島ラーメン・はがくれのそれと全く同じである。
私めは豚骨ベースのスープで御座います、という事を如実に食べ手に主張する白いスープ。
こってりしてそうな見た目なのだが、これが、麺を啜ってみるとむしろあっさりとした醤油味で、一口食べると箸が兎に角進んでしまう。
何より特徴的なのが、この、チャーシュー!! 企業秘密の調理法で下準備が成されたこのチャーシューは、箸で軽く挟むと、簡単にちぎれてしまう程に柔らかで、
口の中に入れてしまえば溶けるように消えてしまったのでは、と言う錯覚すら覚える程にトロトロなのだ。当然、味自体が抜群な事は、今更言うまでもない。
「さて、お味の方は~?」
ウキウキした声音で少女はそう呟いて、割りばしで麺を挟み、麺を勢いよく啜り出す。
――店舗で直接食べる味とは違い、多少、出前用の味付けになっている気が、しないでもなかったが。概ね、間違いない。
コテコテしていそうで、その実はすっきりとした醤油味。後味にべたつく感触はなく、次々に麺を啜って行けるこの味は。嘗て彼女が口にしたはがくれそのものだった。
「美味しい!!」
なので、舌鼓。
店主と思しき男と、配膳から店内のクリンリネス、無論の事調理の手伝いなどを全て兼用するベテランの男性スタッフ数名からなる、小さい店舗。それがはがくれだ。
典型的な、個人経営のラーメン屋、と言った風情で、とてもではないが、現状のスタッフを出前に割けるとは思えない店であった。
だから出前何てしてくれる筈がないと思っていたのに、こうして、出前に対応してくれる。
厳密に言えば、ラーメンを届けてくれたのははがくれのスタッフではない。食事の出前を専門に受け持つ外部の会社、そこが確保している配達スタッフが届けてくれるのだ。
『汐見琴音』が生きていた時代には、存在しなかったサービスだ。
彼女のいた時代でも、通販による買い物が既に店舗での直接販売と言う形態を既に追いやって、消費者やユーザーの買い物の形態の頂点に君臨していたが、
今じゃ通信媒体の発達によって、店で直接食べると言う当たり前の在り方すら変革してきているのだから、時代の進歩と言うものをつくづく感じてしまう。
とは言え、無責任な一消費者としては、この便利な恩恵に与るばかりである。店に直接向かう必要なく、ご飯が食べられる。不精だが、有難い話である。
何せ琴音の住んでいた寮からはがくれの店まで、遠かった。駅から少し離れたモノレールの駅に乗って、数駅揺られたその先に、店があるのだ。自転車に乗って数分と言う距離ならまだしも、これが公共の交通手段を利用して、となると、面倒なものであった。
「……」
はがくれのラーメンを食べるその様子を、見下ろすようにして眺める男がいた。
――それは、確かに男と呼ぶべき者なのだろう。見てくれだけで判断するのならば、その様に見える。
だが、果たして。『人間』と言う種族のオスなのか如何かと問われれば、誰しもが口を揃えてこう答えるであろう。違う、と。
そもそもの話、人間と言う型枠に当てはめて語る事が、正しいのかどうかすら解らない人物であった。
確かに、姿格好は人間のそれに酷似しているし、性差の見分け方も一目で解る位、容易に類推がつく。だが、それだけだ。
見ただけで、解る。この存在は、人の形をしているだけの、怪物だ。いや、魔神だとか邪神だとか、そう言った括りの存在であると言われても、納得が行く。
『神』。そうと言われても、琴音は納得するだろう。
擦り切れた白い、着流しともトーガとも取れる服を身に纏った、黒炭を粉にした物を塗りたくった様な黒い肌に、今しがた血を頭から浴びて来たと言われても納得が行く、赤色の髪。
首元には、本来尻尾がある位置に頭のある、白子(アルビノ)の鱗を持った双頭の蛇を付き従わせている。ヒンドゥーの破壊神であるシヴァは、コブラを持物として首に這わせているが、この神との関連性は解らない。
だが何よりも、その特徴的過ぎる肌の色や髪の色、双頭の蛇と言う、特徴的が過ぎる特徴や符合がこれだけ揃っていても、それらが問題にならない程大きな特徴がある。
顔、だった。表情、と言うべきなのかも知れない。果たして、如何なる無念と後悔を味わえば、こんな顔になるのかと。思わずにはいられぬ程の、憤怒と憎悪の貌。
きっと昔は、端正な顔立ちだったのだろう。俗な言い方だが、『モテた』、のかも知れない。それが、表情のせいで、形無しだった。
――怒り顔にイケメンはいないよなぁ――
男の顔をみる度に、琴音はそんな事を思う。
これだけの存在感を持った男を見て、抱くイメージがそれである。
「……大物だな、貴様は」
声が、紡がれる。
読み物を嗜んでいると、重苦しい声だとか、重々しい声だとか、そんなような表現が出て来る事がある。
勿論言うまでもないが、声が物理的に質量を持っているだとか、そんな意味では断じてない。真剣に、本気(マジ)で。そんな風な様子を例えた比喩に過ぎない。
――この男の場合は、違う。
声が、本当に『重い』。纏わりつく大気が、重い鎖となって、身体中に巻きつけられているかのような。1語1語を発する度に、そんな感覚に陥るのである。
魂まで、その声の重みだけで引きずり出されかねない。それ程までの威圧と重圧を伴った声を受けても尚、琴音ははがくれのラーメンを、それはそれは勢いよくズルズルと啜り続けている。
君の声何て怖くはないもんね~~~~~~、そんな感じの性根が透けて見えるようだった。これを、大物と認識せずして、何と言うのであろうか。
「フォーリナーも恥ずかしがらずに注文すれば良かったのに。女の子に奢られるのいや?」
「この身体は食事を必要としない。……だがそれ以上に、人の子の食物は我は受け付けん」
実際、琴音からフォーリナーと呼ばれたこの人物の言う通りである。
彼女によって、この電脳世界の冬木のサーヴァントとして召喚された彼は……いや。そもそも、サーヴァントになる、生前の段階からして。
食事、と言う生理的機構を排した存在であった。つまり、彼の言う通り、本当に、食物を消化して栄養とする、と言う過程が必要ない。
話だけを聞くならば、高次の存在としか言いようのない生態の人物だった。いや、言いようのない、ではない。その通り、高次の存在そのものだった。
生前の力が余りにも強大過ぎる為に、英霊に召し上げられ、座に登録され、その情報をサーヴァントとして召喚した結果、呼ばれた本人がハッキリ意識出来る程に弱体化する。
よくある話ではあるが、フォーリナーの場合は、その次元では済まない。本来人間からすれば十分過ぎる程に高次の存在である英霊ですら、彼からすれば格落ちも格落ち。
往時の姿が見る影もなく、落ちぶれ、弱体化している。それが、フォーリナーが今の自分の姿に対して下した、客観的なジャッジであった。
「電子で構成された異界の地で、滅尽滅相を成せと言われて、童のように、馳走に舌鼓を打つ。呆れる程の阿呆か、大物。これ以外に形容するべき言葉がない」
見るからに、気位が高そうな男だった。
眉間に常に眉を寄せ、険のある表情を常に浮かべ、気難しくて、神経質そうなオーラを放出する。
交わす言葉1つ間違えれば、塵一つ残らず消滅させてきそうなその難渋そうな立ち居振る舞いは、宛ら荒ぶる神。
今の己の身体の、矮小さ、弱体化に対して、天井知らずの不満を抱いているように見えるだろう。
――汐見琴音以外には。
「いい加減さ――」
麺を食べた後のお楽しみとして、残してあったチャーシューを頬張りながら、琴音は言った。
「上手くない演技、やめなよ。フォーリナー」
そう。琴音には、解っていた。
フォーリナーが今のキャラクターを、かなり無理して演じていると言う事を。
「大丈夫だよ。何があったのかはよくわからないけど、あなたが本当は……芝居、ヘタクソな人だってのは、わかってるから」
「……」
「私、あなたが思ってるほど、お淑やかで、『よよよよよ……』って泣くようなお姫様じゃないし……自分の選択にも、悔いはないよ」
迫り来る、大いなる死である、ニュクスに……綾時に対して、我が身を捧げた事。その事に対して、琴音は、微塵の後悔も抱いてなかった。
これからの輝かしい人生を捨てる。全て承知の上だった。2度と皆と、会えなくなる。全て理解していた。その献身に対して、報いはない。初めから解っていた。
嫌だったし、怖いと思った。1人寝室で、何で自分が……、と思った事は1度や2度ではない。自分は特別なんかじゃないと、叫びたかった事もある。
でも――決めたのだ。
何処まで出来るかなんて解らなかったし、どんな結果に行き着くのかも未知。救われるかも知れないし、全くの徒労に終わるかも知れない。
それでも、琴音は、選んだ。悩みに悩んで、頭に10円ハゲが出来上がるんじゃないかと言う位真剣に悩み抜いて。
結局、華の17歳のJKの、青春の1ページを彩って来た、感謝するべき人達に。そして、苦楽を共にした、S.E.E.Sの皆に。生きて欲しかったから。
だから、命を捧げた。降臨すれば、一切の例外なくあらゆる者に死を齎す、大いなる眠り。死そのものの具現であるニュクスに、己の意思を、示したのだ。
「私に『なにくそー!!』って思わせてさ、生きる気力とか活力だとか、沸かせてやろうって言う配慮は、要らないお世話ってモンです」
「だってほら――」
「今日も今日とて、ラーメンとお水が美味いですから」
この冬木の街に呼び出され、フォーリナーのクラスの彼を召喚した、当日。
今琴音がいる学生寮のベッドで眠った時に、夢を見た。仲間達との、絆を結んだ様々な人々との日常。そして、彼らと結んだ絆のこれからを放棄してまで、彼らに迫り来る死を遠ざけた、あの日の事を。
多分、その夢が、琴音と彼を繋ぐパス経由で、フォーリナーにも共有されたのだ。その日から、彼は、今みたいな、大上段に、導くような態度をとるようになった。
何か、思う所があったのかも知れない。それは良いが、その演技と言うのが、もう見てられない位、大根。下手糞だった。
前を向いて、生きる気力を失わずに生きていてくれ。そんな言外の意思が、あからさまに伝わって来るのに、言動だけは懸命に、偉そうで、親しみを持たせないように努めている――と本人は思っている――のだから、とうとう堪えられなかった。
「……クソオヤジは大層な演技派だったんだが、俺はその才能を全く受け継がなくてね」
急に、声の調子が変わって、琴音はビックリした。
神様、或いは、上位存在のように振舞っていたさっきまでとは、全然違う。何に驚いたかと言えば、自分と大して歳の頃が変わらない、男の子と全く変わらない声音と様子だったからだ。
って言うかこいつ、冷静になって声聞くと順平に似てね……? テレッテって言ってみてよ。
「波旬の細胞に見破られるのは兎も角……お前みたいな子供にすら演技が解る位、俺は大根役者って奴らしい」
「波旬……?」
「気にするな、独り言だ」
波旬。
その言葉を口にした時の、フォーリナーの語気は、恐ろしい程に冷たかった。
タルタロスの修羅場を潜り抜けて来た琴音が、思わず、たじろぎかねない程に。
「理不尽極まる出来事に巻き込まれ、迷惑極まりない力に目覚めて、通り雨に降られたみたいに、日常が終わった時……お前は、どう思った。マスター」
「えぇー……って思ったかな。力……あぁ、ペルソナ能力って言う名前。それが目覚める前から、ちょ~っと、訳アリのミステリアスな女の子でね。ただでさえ厄介払いされてたのに、この上厄介払いされた先でも面倒ごとに~? って素直に思ったよ」
「……そうか」
「それでもね、結果論になるけど、巻き込まれて……良かったと思ったよ。酷い目にもあったし、最悪の事態にも見舞われたけど……それでも、おかげで大切な人達にも、恵まれたしね」
何度、あの恐ろしい塔に潜るのを止めようと思っただろうか。斬られ殴られ貫かれ、焼かれ冷やされ感電し。痛い目だって、嫌と言う程味わされた。
……荒垣やチドリの死、と言う、壮絶な体験は、今でも忘れられない。1ヵ月程度の付き合いとは言え、荒垣がいなくなった学生寮にポッカリと空いた間隙の虚しさは、一生忘れる事はない。
チドリの死を目前にして、親友の順平が、ええかっこしいの見栄っ張りと言うキャラクターを忘れて、泣き叫んだ時の姿は、今も脳裏に焼き付いている。
多分……そう言う、最悪の事も含めて、思い出だ。
神ではないのだ、記憶のアルバムが何時だとて、良い事ばかりの写真で埋められる事はない。思い出したくない記憶、出来れば変えたかった記憶。琴音にだってそれはある。
しかし、それを踏まえて、これでいいのだと満足出来る結果に落ち着いたのなら。それで、良いと彼女は思う。そして、その結末に彼女は至った。ならば、もう、言う事はない。
「俺も、そうだったよ」
昔日を懐かしむ様な声音でそう言ったフォーリナーの姿は、つい先ほどまで見せていた居丈高な態度からは想像もつかない程に、優しかった。
「お前と違って、精神性がガキだったからな。理不尽に対してはいつも、怒ってばかりだった。絶対にこんな目に合わせた連中を許しては置かない、って感じでな」
始まりは、何時の事だったのか。最早彼はそれを思い出せない。
身を委ねていたい日常を突如として破壊された怒りと、護ると決めたものを護る誓い。これをのみを原動力に、男は、戦った、戦った、戦い続けた。
「得られた結果には、納得したの?」
「随分、時間を掛けたけどな。それでも最終的には、折り合いをつけた」
自分が何を賭してでも殺すと決めた、2人の男。
ナチス時代の亡霊とも言える美男子と、その男に技を授けた影法師の様な男と一緒に働かなくてはならない、と言う現実を認めるには多少の時間は掛かりもしたが。
結局は、自分の日常を守れるのならと思って、2人とも和解した。……出来ていたかどうかは、今でも解らないし、思う所もある2人ではあるが、少なくとも手を取り合って働く位の事はしていたのだ。
「悪い事もあったけど、終わりが良ければ、全て良し。良い事だと思うし、そう思えるのなら、お前が一番正しい。だからこそ、覚えていて欲しい」
「?」
「……繰り返されるものなんて、何もない事を」
その言葉の後に、男は、数秒の沈黙を込めた。次の言葉を言い放つ事に、途方もない力が必要で、紡ぐ事自体に、時間が掛かる、とでも言う風なように、琴音には見えた。
「……全て終わったと思った後に、壊される平穏も、あるんだと言う事を」
そうだ。
俺が、一番解っていた筈なのだ。繰り返される永遠など、この世には、存在しないと言う事など。
楽しい事だけを、まるで、滑車の中を駆け抜けるネズミのように繰り返し続ける。親しい者達だけを集めて、それ以外の、意にそぐわないもの全ての時間を、止める。
それが、吐き気を催す程に悍ましく邪悪な理である事を、俺は、誰よりも知っていた。知り合い以外の存在全てを、まるで絵画のように止めて見せて、悦に浸る。
そんな、邪な神しか思い描けない理想を成就してしまうのが、俺と言う存在だったからこそ――俺は、彼女に世界の命運を譲ったのだ。女神としての席を、用意したんだ。
マリィは、よく励んだ。分け隔てもなく皆を愛し、抱きしめ、世界を発展させた。
勿論、完璧な世界だった訳じゃない。相応に差別があり、争いがあり、不満もあったし不平も見られた。だが最後には、女神は、祝福してくれた。
俺は、良い世界だと思っていたし、永遠に、この日だまりと平穏の世が続いていれば、良いと心底から思っていた。
永遠なるものは、この世にはない。
ああ、そうだよな。俺は、それを誰よりも知っていた。個人の願いから産まれ出でた永遠は、醜悪な物しか成就しないと知っていたから、マリィが神になる道を認めたんだ。
そうだ。マリィがどれだけ温かくて、優しい世界を用意したとしても。それが、永遠に続く筈もない。彼女がどれだけ頑張ったとしても、努力しても。現実は、恒久に続くものを認めないのだ。
「あなたが怒ってる理由って……」
「そう言う事だ」
神の御代は、交代劇。先代の神は、次代の神に滅ぼされるのが定め。
この倣いで言えば、マリィの世界は、賞味期限が切れたという事だったのだろう。期日が来たから、新しい神によって世界が滅ぼされた。言葉にすれば、たったそれだけの話だ。
俺は、本当は何処かで思っていた。この怒りは正しいものではない事に。解っていても、俺達は納得が出来なかった。
各々のものを護ろうと、新しい神に挑み、そして、言い訳の仕様もない程に敗れ去り。凌辱と言う言葉が可愛らしく見える程の辱めを受けて殺されたマリィを見て、俺は誓った。
この神は、殺す。この邪なる神が望む邪悪な世界を打ち壊す楔となるべく。文字通り、糞を喰ってでも生き永らえると決意した。
「笑えるだろ?」
ククッ、と、俺は笑う。正しい事をしたと思う一方で、己のそんな狂信について、呆れかえるような。そんな笑みだ。
「最早終わった、黄昏の残滓に縋って。こんなみっともない姿になるまで、醜態を晒し続けて生きたんだよ、俺は」
全力を出す事を何よりの夢とした黄金の獣は、その願いを今果させてやると言わんばかりの、巨大な力に敗れて粉々になった。
繰り返しを司り、思うがままに時間を巻き戻して来た水銀の蛇は、覆してはならない
ルールを破った報いと言わんばかりに、2度と同じ事はさせんと言わんばかりに千切れて果てた。
そして俺など――一番笑える。時の針を止める事が出来る、と言うのが俺の取り得だと言うのに。守りたかった者達の死を止める事も出来ず、結局、自身の能力で1人だけ生き永らえてしまったのだから。生き恥。それ以外の言葉が、見当たらなかった。
――天魔・『夜刀』。
そんな怪物としての名前を与えられ、蔑まれ。時に忘れ去られたら滅び去ると言う不変の掟に逆らって、己の権能を使って無様に足掻き続けた男。
それが俺だ。こんな結末は認められない、俺の親父が嘗て抱いた渇望と同じ執念を胸に抱き、居場所など何処にもない、自分達の名前など誰も覚えていないあの世界で。お前を殺すと叫び続けた糞馬鹿野郎。
諦めの悪い、浅ましいケダモノだ。
「――やっぱりフォーリナー、笑ってた方がイケメンだって」
スタスタと近づくや、琴音は、夜刀の唇の両端に人差し指を上げ、クッと力を籠める。
すると、夜刀の口の両端は、つり上がる形となり、無理やりに笑みを形成する事となった。
「……おい」
「うーん、やっぱ自然な笑顔じゃないとダメだね。その笑顔で結構、色んな女の子惚れさせて来たでしょ? ねー何股したんですのお兄さん?」
「お前……」
「あ、やっぱり私から言わないとダメ? 私はね、4人。もう少しで5股になりそうだったんだけど、結構ガード固かったんよ~。お兄さんみたいな声の人でしてね~?」
「………………お前」
2回目のお前は、別の意味での『お前』だった。
「――笑い何てしないよ。大事なものの為に戦った人は、笑っちゃダメ」
すっと指を離し、琴音は言った。
「やっぱりフォーリナーって、芝居が下手なんだね。怒るのが苦手なのに、全力で怒ろうとする」
「……」
黙りこくるフォーリナー。
己が、藤井蓮として生きていた頃から、そうだったかもしれない。
日常を破壊され、大事な友人達に危害が及んで初めて、彼は心底からの嚇怒を抱いた。
相手は常識や良心を置き去りにした、魔人の集団。鬼畜外道の言葉が相応しい者達でありながらしかし、そんな連中を相手にしてすら、この男は歩み寄ろうとした。
彼らの行動原理を理解しようとし、話し合おうとした。いきなり、殺そうとせず、対話から始めた。その在り方は、彼が復讐の鬼、力に酔い痴れる愚物ではない。優しくありながらも、それを表現しようとする手段と方法が、徹底して不器用なだけの、ただの男子高校生である事の証だった。
天魔として生きねばならなかった頃も、そうだ。
確かに彼は憤怒を抱いていたが、その彼以上に怒っていたのは、旧い世界から命辛々生き延びた、志に賛同する嘗ての仲間達だった。
蓮の――夜刀の怒りは自分達の怒りだと、言わんばかりの激情を彼らは宿していたが、それはきっと、気付いていたからだ。藤井蓮は、怒ると言う自己表現が苦手なのだと。
だから、憤怒していた所もあったのかも知れない。自分達のボスは……こんなにも無念を抱き、怒り狂っているのだと、夜刀(蓮)の代わりに、代弁していたのかも知れない。
「酷い事されないと、本当は怒れないんでしょう? でもそれは、当たり前の話。常に怒ってばかりの人の所に何て、皆集まらないもん。そんなフォーリナーが、そんな姿になるまで怒るだなんて、よっぽどの事があったんだ。正しいと、思った事を成し遂げる為に、本気で怒ったんでしょ?」
「だったら――」
「それは、下らない事じゃない。みっともない事でもない。立派な事だと、私は思う」
曇りも何もない、澄んだ瞳で、夜刀の目を琴音は見据えた。
充血していると言う領域ではない、完全に紅色となっている瞳の中に宿る、確かな理性の光を。琴音は、感じ取った。
「……そうか」
強いな、と夜刀は思う。
暗い陰を秘め、後ろめたい闇を抱えていながら、それを呑み込み、明るく生きようとするその様子。
夜刀は、マスターである汐見琴音の姿を見て、嘗ての自分が本気で守りたかった、もう1人の女性の姿を見た。
傷ついて欲しくなかったが故に、蝦夷の地において、太陽に召し上げてまで守り通した、幼馴染の綾瀬香純の姿が、琴音とダブって見えたのだ。
「俺は、お前が命を擲ってまで、守り通した尊い日常が、何であるかまでは、問わない」
「聞いてくれないの!?」
「良いものなんだろう? 聞くだけ野暮ってもんだぜ」
知れず、口調が昔のようなそれに戻った事に、夜刀は気付かなかった。
「だがそれでも、永遠に続く平穏なんてないんだ。お前がいなくなった後に、お前が守った物が壊れそうになった時、お前は……何を思う?」
「それこそ、聞くだけ野暮ってもんです」
ピースサインをビッと、夜刀の前に差し出して、琴音は言った。
「皆なら大丈V!!」
それは、根拠もへったくれもない、自分の自信だけを依拠とした発言で。
だがそれは、この世を去り逝く者が、遺された者達に一番抱いてなければならない信頼の類で――。
「お前なら聖杯もいらなそうだな」
この電脳世界の冬木の街に、己が呼ばれた理由を思い出す。
琴音がその気であるのなら、聖杯を獲得して、願いを譲ってやるのも吝かではなかったが、この様子なら聖杯で願いを叶える事には、否定的だろう。
「何でも願いが叶うけど、その代わりに人を殺す、って言うんじゃね。蘇りたいって言うのは本当の話だけど、それだったら要らないよ」
「それで、良い。殺して望みを叶えるなんて、その願いの価値を毀損するだけなんだからな。死者は、蘇らないに限る。お前の死は、侮辱されるべきじゃない」
その言葉を口にした時、夜刀はハッとした。
嘗ての昔。そんな事を口にしたような……、既視感、と言うものを、確かに覚えたからだった。
「良かった、フォーリナーの機嫌が戻ってくれて」
「……俺の機嫌なんて初めから損なわれてないんだけどな」
「だったら初めっから愛想よくして下さいよ、何か地雷踏んだ? って不安になるんだから、もう」
言いたい事は言い終えたのか。クルッ、と背を向け、はがくれのラーメンが置いてあるローテーブルの方に、琴音は向かって行った。
「あー、スープ冷めちゃった、全部飲むの好きなんだけどな」、と、スープが冷めたせいで、脂が煮凝りのようになりつつあるプラスチックの丼を見て、琴音は肩を落とした。
「なぁ」
夜刀の言葉に、「ん~?」と琴音。
「景気づけだ。俺も久々に、人間らしい食事を摂りたくなった」
「え、本当!? 奢る奢る、何食べたい何食べたい!?」
俺の食うものがそんなに気になるのかコイツ……、と夜刀は苦笑いする。
何と言うか、年齢は香純や司狼と大差ないが、変な所が母親的と言うか……。オカン、の様な風格がある。
机の上に広げてあったメニューを眺めながら、夜刀は、とりあえず自分の食べたい物をイメージした。
「……焼きうどん。豚肉山盛り。ニンニクびたびた。汁少な目」
オーダーを聞いた瞬間、琴音はドン引きの目で夜刀を見た。
「それが……人間らしい食事……?」
御尤も。
「昔、一緒に馬鹿やってた友人が、験担ぎに食ってたものを、思い出しただけだ」
擦り切れた記憶の断片程度にしか思い出せないし、この世界では夜刀を知る者など1人もいないが。
たまには、旧い世界での思い出に浸ってみるのも、悪くはないと、思うのであった。
――指定のメニューを食べた後、ニンニクの臭いが口からしなくなるまで、琴音から会話と呼吸を禁じられた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
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冬枯れに響いた はしゃぐ誰かの love song
自分のことのように 胸を震わす
輝いて見えるよ ありふれた全てが
手をつなぐ刹那の 息遣いさえ
なにげない時間の 燃えるような煌めき
失くしたくないから いま歩き出す
――川村ゆみ、『僕の証』
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【クラス】
フォーリナー
【真名】
天魔・夜刀@神咒神威神楽
【ステータス】
筋力A++ 耐久A+++ 敏捷EX 魔力A+ 幸運E----- 宝具EX
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
領域外の生命(旧):EX
外なる宇宙、虚空からの降臨者。本来であれば外宇宙の神々の力の一端を担う者のスキルだが、このフォーリナーの場合意味合いが全く異なる。
黄昏の女神の統べる宇宙に存在していた覇道の神であったフォーリナーは、新しい覇道神が世界の『覇』を勝ち取ったその時点で、消滅していなければならない存在だった。
しかし彼は、己の用いる能力を使って生き残り、新たな覇道神の世界が成就する事を、数千年もの長きに渡って阻止し付けてきた、天魔であった。
旧、とは旧き支配者と言う意味ではなく、『旧い世界での生き残り』と言う意味である。
覇道の神と言う、真っ先に滅ぼされるべき存在でありながら、歴代の神格の中でも最強にして最悪の邪神の治世の中で、生き延び、滅びを願い続け――そしてそれを成就させた。
フォーリナーの領域外の生命のスキルランクは、規格外、超越性、唯一性、三方の意味でのEX(規格外)。唯一無二の、存在であると言える。
神性:-
フォーリナーは邪神の治世、第六天と呼ばれる世界観に移った時点で、このスキルを消失している。
【保有スキル】
天魔:EX
化外共の頂点、国威を陰らす魔なる者。
一般的な仏教用語の天魔とは違い、フォーリナーが持つ天魔スキルには、仏教関係の天魔が持つようなスキルを振るう事は出来ない。
他のサーヴァントで言う所の、『鬼種の魔』スキルに在り方は近く、極限域の怪力・天性の魔・魔力放出スキルを兼ね備えた複合スキルとなっている。
フォーリナーの魔力放出の形態は、『斬撃』。防御に転用したりする事は出来ない、ただ、相手を斬る事のみの、攻撃特化の形態だが、その威力も速度も桁違い。
本来ならば、単一宇宙を丸々割断する程の威力であったが、サーヴァント化の影響に伴い、大幅に威力が劣化。粛清防御の貫通程度に留まる。
また、上述のスキルに加えて、フォーリナーは千里眼を超えた千里眼、天眼すらも保有していたが、これは今回の企画の舞台が電脳世界である事と、そもそもが世界観自体が完全に乖離した所である為、機能していない。そして上述のように、フォーリナーの天魔スキルは、鬼や魔としての意味合いが強い為、鬼や魔、と言った様な、人外の存在に対する特攻効果を強く受ける事となる。
無窮の武練:A+++
ひとつの座の歴史において無双を誇るまでに到達した武芸の手練。心技体の完全な合一により、いかなる制約の影響下にあっても十全の戦闘能力を発揮出来る。
精神的な影響下は当然の事、地形的な影響、固有結界に代表される異界法則の内部においてすらその戦闘力が劣化する事はない。
超高次元空間である座の深奥や、大欲界天狗道に犯された滅尽滅相の宇宙ですら、彼の武勇が損なわれる事はなかった。
鋼鉄の決意:EX
鋼に例えられる、フォーリナーの不撓不屈の精神。
座を握ったその瞬間に成立する、滅尽滅相の理を阻止し続け、拮抗など到底不可能な大欲界天狗道の流出を数千年の長きに渡り堰き止めて。
そして、この理を打破出来る時代の若人達への試金石となり、在りし日の思い出を胸に耐え抜き続けたフォーリナーのスキルランクは、規格外の値を誇る。
同ランクの精神耐性・勇猛、戦闘続行等を複合する特殊スキル。また、己の精神性を、防御やガッツにも反映させる事が出来る。具体的には、もう信じられない位に固い。元から滅茶苦茶頑丈なのに、心の力で耐えて来る。
対魔力:A+
覇道神であった者としての性質と、数千年に渡り生き続けて来た、と言う由来から、最高クラスの対魔力を有する。
【宝具】
『無間刹那大紅蓮地獄(Also sprach Zarathustra)』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
発動した瞬間、フォーリナーが動いて良い、と決めた存在以外の時間を一切合切停止する、とんでもねークソ宝具。
最低でもフォーリナーと同格以上でなければ動く事はままならず、事実上、フォーリナー以下の格の持ち主は問答無用で継続ターン∞の時間停止バステが付与される。
文句なしのクソであるし、実際の所フォーリナー自身も紛う事なきクソと認識している宝具であるが、ただでさえ天魔時代のフォーリナーはこのスキルに著しい劣化が施されている上に、この上でサーヴァントとしての召喚の為、もう哀れな位劣化している。
発動してから数秒の間時間を止めただけで、フォーリナーとそのマスターの魔力を吸い尽くした後、消滅、退場を経ると言う自爆宝具。
【weapon】
無銘・刀翼:
フォーリナーの背中から伸びる八本の刃。遠目から見れば蜘蛛の足のように見えるそれは、ありし日のフォーリナーが使っていた、女神の面影のように見える。
宝具として登録されていないだけで、神造兵装宝具級の威力と格を持った、フォーリナーが振るう武器。これをまるで己の手足のように振るい、超威力超速度の攻撃を繰り出して来る。
時間の鎧:
フォーリナーの宝具である、無限刹那大紅蓮地獄の、余波。
本来フォーリナーは、時間停止の能力を己の身体に掛けつつ、平然と動く事が可能な存在である。
時間停止の能力を己に掛けると、攻撃を受けても『傷付く、壊れる、と言う時間変化が起こらない』、解りやすく言えば防御面に於いて絶対不変、無敵になる。
歴代神格の中でも防御面に於いては正しく最強とも言える力で、生前の彼はこの能力を己のみならず配下にすら施す事が出来た。第六天波旬の暴虐に耐えられたのも、この能力があったればこそ。
この時間の鎧を纏う事と、誰かに纏わせる事は、サーヴァントとして召喚された今でも出来ると言えば出来るのだが、魔力消費がもうとんでもねぇ位高い為、昔みたいに相手の攻撃を受ける事を避けている。
但しフォーリナーの場合、時間停止の鎧を纏って居なくても、素の耐久力が高い為、纏ってない状態で攻撃を受けても、致命傷となる可能性は低い。
美麗刹那・序曲:
アインファウスト・オーベルテューレ。天魔夜刀としてではなく、藤井蓮としての時代に使えた、魂を糧にして使うエイヴィヒカイトの能力。位階は創造。
『時の体感速度を遅らせる』『時を切り刻み分割し極限まで引き伸ばす』、と言う事が能力の基本骨子。
フォーリナー目線では滅茶苦茶動きが遅く見えるが、第三者の目線ではフォーリナーはあり得ない程のスピードで動いているように見える(実際その通りで本当に速く動いている)。
要するに、『反射神経の上昇を伴った超加速』と言うべき能力。本当にフォーリナー自身が加速しているのではなく、時間をそのものを超加速させている。
その加速には限界値がなく、雷の速度に見てから反応するどころか、それを見てから相手の攻撃に割り込む、対処する、と言うレベルにまで対応出来る。
KKK中では使う事がない(と言うか使わんでも素で同じ事が出来たと思われる)技術だったが、サーヴァントとして召喚されて、小出しにする事の大切さを覚えて、『そういや俺こんなの使えたっけな……』と言うのを思い出して、久々に引っ張り出して来た骨董品。消費魔力は結構な物。消費するのかよクソッタレ!!と不服気味。
【人物背景】
本当に愛した者達の為に、生き恥を晒し続け、その命を捨てる事を選んだ青年。
【サーヴァントとしての願い】
全て成し遂げた。
【マスター】
汐見琴音@PERSONA3 ポータプル
【マスターとしての願い】
ない。順当に勝って、ゆっくり眠りたい
【weapon】
召喚銃:
内部に黄昏の羽と呼ばれる、ニュクスから剥離した物質を内蔵された銃。殺生能力はゼロで、あくまでも、ペルソナを召喚する為の補助ツールである。
【能力・技能】
ペルソナ能力:
心の中にいるもう1人の自分、或いは、困難に立ち向かう心の鎧、とも言われる特殊な能力。
この能力の入手経路は様々で、特殊な儀式を行う、ペルソナを扱える素養が必要、自分自身の心の影を受け入れる、と言ったものがあるが、
超常存在ないし上位存在から意図的に与えられる、と言う経緯でペルソナを手に入れた人物も、少ないながらに存在する。
湊の場合は、元々のペルソナを扱える素養が凄まじく高かった事もそうだが、過去にデスと呼ばれるシャドウを身体の中に封印され、
元々高かった素養が時を経るにつれて急激に成長、遂には『ワイルド』と呼ばれる、ありとあらゆるアルカナのペルソナを操る程にまで成長するに至った。
装備する事で、精神力を消費して、魔術に似た現象を引き起こす事が出来、更に、身体能力も通常より向上させる事が可能。
原作終了後からの参戦である為か、原作のコミュランクMAXペルソナを扱う事が出来る。
【人物背景】
絶対存在が与える世界の滅びに抗った少女。その滅びを退けた代償として、眠る様に、その魂は地上を離れ、ニュクスの流出を防ぐ鉄扉となった。
何処で黒い羽根に触れたのかは覚えてない。今の私、多分、向こうで頑張ってる筈なんだけどな~?
【方針】
何だかんだ電脳世界内部とは言え、久々の現世なので、観光は楽しむ。
最終更新:2023年11月21日 01:09