――私は、弟に大罪を背負わせてしまった
――私は、彼女に重荷を背負わせてしまった

アダムとイヴは禁断の果実に手を出したが故に楽園から追放された
わがままっ子だった少女はチェンジリングによって取り替えられた

――世界は狂っている。それでも手を届かそうとしても離れた途端に腐り落ちる。それすらも救えない自分の愚かさに絶望した
――世界は狂っていた。華やかな箱の外側は埃被った汚れ塗れの掃き溜めで、私はそれを初めて知った


少年が何をしてもただの偽善にしかならない世界に絶望した。狂っているのは自分の方だと、そう思うしか無かった
胸躍る初めての景色を求め、少女が最初に理解したのが、目を逸らしてはいけなかった壁の向こう、過酷で残酷な現実だった


――絶望の底、ある日私は希望と出会った。世界を変える知恵を持った彼を欲した。私にとって、彼は救世主(キリスト)そのものだった
――現実を変えるため、見えない壁を壊すために、女王になって世界を変える夢を叶えると、彼女と約束した


少年は緋色の希望から知恵と勇気を借り、世界を変える第一歩を踏み出した。世界の歪みに苦悩することもなく、本当の居場所を見つけ、少年は救われた
少女は己が放棄したかった責務に目を向けた、その願いは友人である彼女と一緒にいる為に、貧富・差別という名の見えない壁を壊すために


――しかし――


――私はその罪をウィリアムに背負わせてしまった
勇気をも借りてしまったことで、ウィリアムを人殺しまで引摺り堕ろしてしまった
知恵と勇気を得るための禁断の果実を食らう覚悟を持てず、代わりに食べさせてしまった
その結果はどうだ? 心優しいはずのウィリアムは己が罪に苦しみ続けた、その手が緋色に染まるまで罪を重ね続けた
怖かったのに、血の繋がりのない己が。罪を重ね続ける事だけがウィリアムと繋がれる唯一の絆だったのに
己が身勝手な願望が、ウィリアムを追い詰め、死に追いやった。彼にとっての悪魔は、私だったのだ


――私はアンジェにその重荷を背負わせてしまった
革命に遭ったあの日、無慈悲な砲弾が私達を切り離した。私が背負うはずだった。立場も、責任も、責務も
なのに、何もかも彼女の押し付けてしまった。それが運命の紐の気まぐれだったとしても、私は後悔し続けている
彼女が綺羅びやかで過酷な小さな世界の中で、どれだけ血の滲むような努力をして、どれだけプレッシャーに押しつぶされそうになって吐き続け、バレたら死んでしまうという孤独の中でどんな思いで生き続けていたのか



――私が死ねばよかったのだ。私の傲慢な願望さえ無ければ、私が自分自身に絶望し死を選んでいれば
聡明な知恵があれば、自死への勇気があれば、何より私とさえ出会わなければ。ウィリアムは穢れること無く飛び立てたのではないのか、と
無限の刻の中で、この身を煉獄に焼かれながら、ウィリアムに十字架を茨冠を押し付けるしか無かった自分を呪い続けるしかない


――私は私が嫌いだった。アンジェと出会わなければ、あのまま井戸の底へ、闇の中に自分を消し去ってしまいたいと思っていた。だけどアンジェと出会えた。人嫌いで怖がりだった私が初めて出会えた大切な友達
私はアンジェとまた逢う為に生き続けた、革命の戦火を超え、嘘と欺瞞と実力主義に塗れた過酷な世界で、彼女に謝りたいという一心で、彼女を連れて平穏へと逃げ出すために
でも、やっとの思いで逢えた彼女は私以上のプリンセスになっていた。私が背負うはずだった願いを、かわりに叶えると言った


――あの頃と同じく知恵も勇気も持たないまま、永劫の暗闇の中を、私は灯りもなく一人彷徨い続けている
――だから私は、プリンセスの願いの為に世界を騙し、あなたも騙し、そして自分自身すらも



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


「私を引き出すため車の下にはいり込むのにマドレーヌ氏は種々考えてみはしなかったんだ。」彼はマドレーヌ氏を助けようと決心した。


 それでもなお彼は、いろいろと自問自答した。「私にあれだけのことをしてくれたが、もし盗人だったとしても助けるべきものだろうか? やはり同じことだ。聖者だからというので助けるべきだろうか? やはり同じことだ。」



             ――フォーシュルヴァン爺さん ユーゴー、豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル』


□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

「……あ」

身を包む眩い光が、原罪を背負った私の業を焼き尽くさんと放った神の罰だと思っていた
事実、私が意識を取り戻した際に目にした光景は、あの時の始まりと同じ様に教会の、輝けるステンドグラスに照らされた十字架の前に立ち尽くしていたのだから

聖杯戦争、英霊、令呪、役割(ロール)――、押し寄せた情報の濁流が私の頭に知識を流し込む
大凡は理解出来た、その意味も察した、そしてどうして自分が呼び寄せられたか、というある仮説にも達してしまった

私の後悔が、私の原罪が、私の過去が、群れから逸れた魚の一匹をすくい上げるかのように、この舞台に引き摺りあげた
真実ならば、勝ち進んだ果てに荒唐無稽にも程があるような願望機がその者の願いを叶えるという
……それで、どうする?

愚かにも、真っ先に思い至ったのはウィリアムを蘇らせるという願いだ
出来ることなら、ウィリアムに戻ってきて欲しい、と兄として思ってしまうのだ
安らぎの場所を得たウィリアムを、再び現世という名の地獄に連れ戻そうとするのか?
そんな事出来るはずがない、だが戻ってきて欲しいという思いは否と言うには余りにもその心には凝り続けている
結局、贖罪だなどと言いながらそんな自己欺瞞の願望を抱いてしまう自分は、とても愚かしく罪深いのだと突きつけられるのだ

「……どうすれば、いい」

ならば愚かにも誰かに殺される事を思った。だがかつてと同じく、自分を消し去る勇気すら持てなかった自分に、そんな事が出来るはずもない

「……知恵も、勇気も、咎も、死も、全てをウィリアムに押し付けてしまった私は、どうすればいい」

柄でもない事を口走る。まるで目の前の神さまに懺悔をするように
神は人を救わない、神は人に罰か試練しか与えない、だが自分に科せられたのは罰ですらない何か
償いを求めるのか、希望を与えたのか、わかるわけがない
勝ち上がる知恵も、死を選ぶ勇気も、何ら持ち得ない自分を、ウィリアムとは全く違う自分を

「―――神は、私に懺悔すら、許してくれないのか」

ステンドグラスが割れる、神罰のように
割れ窓から白毛の狼とも野犬とも見える獰猛な四足歩行の生物が教会内に入り込む
重苦しい唸り声を鳴らし、自分を睨んでいる
天国ですら無い、地獄ですら無い場所。ならばあの生き物は清めの火の化身であるのか

「……そうか」

今にも襲いかかろうと、その肉を喰らおうとその生き物は牙を剥き、涎を垂らす
放心状態で、私は眼前に迫る死の獣を見つめている
これで良かったのかも知れない、あんな烏滸がましい願いを抱いてしまうのならば、尚更救われるべきではない人間だったことに
私こそが裏切者(ユダ)だった、救世主(キリスト)を追い詰め見殺しにした、最低な兄だ
―――いや、私はウィリアムの、兄ですら無かった。最低最悪の人間でしかなかった

あのまま腐り落ちていれば、あのまま死んでいれば、私は彼を地獄へと堕とす事はなかったのに
そんな勇気も無く今迄生き続けて、こんなところへたどり着いてしまった
―――私には、お似合いの末路か。このまま無残に食い殺されて灰となって霧散する
その躯の残骸すら、永遠に止まぬ煉獄の中で、焼かれ続ける罰こそが―――










……気づけば、一歩、足を下げていた
ああ、そうか。やはり、怖いのだ
やはり、死ぬ覚悟すら、直面すれば、無いに等しかったのだ

「――――ぁ」

何もかも、かつてと同じだった
手の届くところすら手を届かせる、いなくなってしまえばいいという答えは許されず
尚の事、自分では何も出来ないと、ただただ実感させられて
挙げ句、今や死の恐怖に怯え、後ずさってしまっているのだ

「……ウィリ、アム。私、は」

生きる価値も死ぬ価値も、私には、無いのだ
ああそうだ、こんな自分には、そんな事すらも許されないのだと――――














「………?」

一瞬の出来事だ、彼女が現れたのは
フリルの付いた黒いボディスーツを身に纏い、天の御使いの如く宙に浮かびながら
その手に携えた銃は獣たちを瞬く間に撃ち貫いてゆく

天使なのか? 否、私に限ってそんなはずなど無い。揺れる灰色(グレイカラー)の髪はまるで死神のようであった
黒いシルクハットから見え隠れする蒼晶の双眸は、私を見下ろしている。まるで罪人を見定める裁判官のように

「―――答えて、貴方が私のマスターなの?」

少女が自分に問う。口ぶりからして、彼女は英霊であろうというのは理解した
そして、その問いに呼応するように、右手に突如として刻まれた赤い紋様――令呪がそれを示すように輝いている

「……あ、ああ。そうだ」

震える口で、恐る恐る是の答えを出す。もしこれで違っていたのなら殺されてしまうかもしれない、などという考えなど思いつかず。答えと同時、背後から私を噛み千切ろうとした最後の獣が、直後に放たれた銃声と共に息絶えた

「そう、良かったわ。もし違ってたら、最悪貴方を文字通り殺さないといけなくなるから」

無感情で、淡々と告げられる事実。少女でありながら、地獄を知っているその雰囲気
余りにも似ていた、過去の自分に。世界の歪みを知った、あの自分と同じような顔が
なんとなく、私のサーヴァントが彼女だったという理由と、その意味が、理解る気がして

「……君は、一体……」
「サーヴァント、クラスはアサシン。……職業スパイの、ただの黒蜥蜴星人よ」
「……黒蜥蜴星人?」

暗殺者のサーヴァントなのは納得した、スパイなのもその振る舞いや服装から何となく察しが付く
だが黒蜥蜴星人とはなんだ? いや多分嘘だろうが嘘にしては本人は真面目に答えている
もしかしてアサシンとクラスを偽装したフォーリナーなのでは?

「そして私は、そんな不器用な黒蜥蜴星人の一番の大親友なのです」

困惑に陥る私の思考を遮るように、割れガラスの外からひょっこりと姿を現したのは先のアサシンと歳が変わらなさそうな金髪碧眼の少女だ
その歩き方には明らかな品が見え隠れしている、まるで高貴な王族の模倣の用に、体に染み付かせたような、違和感の感じられない仕上がりで

「始めまして。彼女からもう説明は受けてると思うけど、私達はアサシンのクラスで召喚された貴方のサーヴァント」
「………」

金髪の少女と、灰髪の少女。二人のアサシンは改めて自分へと目を向ける。灰髪の少女は金髪の少女を守るように周りを見渡し、安全が確認して再びこちらへ目を向けた

「……これから、私達をよろしくね、マスター?」


○ ○ ○


世界は余りにも変化していた。二度目の世界大戦を経て、表面上の平和のみを謳歌する人民を尻目に
当時よりはまともになったとは言え、弱者は強者に搾取される在り方が今なお続いている
戦争も貧困も、その時以上に数多の種族の、数多の人間の思惑が入り乱れた上で成り立っている
世界は余りにも変化していた。犯罪への抑止は今以上に強固になれど、それでもなお蔓延る悪は止む気配はなく
「地獄はもぬけの殻、全ての悪魔は地上にいる」とは弟の言葉だ。悪魔は埃のように掃いても無尽蔵に湧いてゆく。虐待・育児放棄。悪魔が齎した歪みがさらなる悪魔を生んでゆく
この偽りの世界、電脳都市冬木においても、未だ知らぬ本当の外においても
―――世界は変わって、変わらなかった

「これが、未来か」

スマートフォンという携帯器具を器用に操作し、その小さな画面に映し出される大手新聞社のニュース記事から個人のまとめサイト速報までを事細かに眺めている
感嘆の息を思わず吐き出した。こうも容易く遠くの国の情勢を把握できるのだから
情報は一種の武器だ。少なくとも私達の生きた時代では有線が主軸であり、無線が汎用化したのは未来の話
故に正も負も、その両方が瞬時に把握出来てしまう。それでもなお影に隠れる『悪魔』のしっぽを掴むのは難しい、むしろ発展した情報化社会だからこそ更に邪悪で狡猾な悪魔が今なお生まれ続けている

窓の外から見える時計塔にも及ぶ高さの建造物が、さも当たり前のように聳え立つ
建造物が生み出す日陰は、まるでこの世界を象徴するかのように翳り佇む
まるで世界の縮図の如く、輝ける光と、それに忍び寄る暗き闇
世界は貴族社会から人民による社会に変わったが、世界の歪みは未だ無くなってはいない。真偽不明のまとめサイトのネタでしか分からないような歪みは数多く溢れているのだ

「……私達のいた時代よりも、世界は善い方向になってくれた。それでもかつて私が願った世界には程遠かった」

扉を開け、トレイに乗せた二人分のティーカップとポットを運んで来たのはブロンド髪の少女。サーヴァントアサシン、その片割れの少女でアルビオン王国女王候補プリンセス・シャーロットだ

「……階級の呪縛は無くなれど、未だ世界は見えない壁で隔てられているということでしょうか、陛下」
「よしてください陛下だなんて」
「申し訳ございません。元々女王陛下に仕えていた身でありまして」
「だからそういうのはいいですって。貴方も私のことはアサシンもしくはプリンセスって呼んでくれても良いんですよ?」

どのような立場だったであれプリンセス・シャーロットは王族の分類だ。『彼女』自身が純粋な王族ではないとは言え、こうして畏まってしまうのはかつての立場故のものであろう
そんな私に困ったような表情をしながらも、その奔放さを表すような軽い口ぶりでそう自分に提案する

「……では、プリンセス。こちらに居らしたのはティータイムをしに来ただけ、と言うわけでは無いご様子で」
「――ええ」

談話は一時休止、本題。確信に迫る設問

「あなたの望みを、お聞きしたくて」

逃げることも、避けることも出来ない壁が、私の前に立ち塞がる

「私達はサーヴァント、歴史の影から蘇った影法師であり、マスターに仕える白鳩です」

その透き通った碧眼が、過去を見透かすかのように私を見つめている
その罪も、汚れた魂も、見定めるように

「ですが、あの時のあなたの目に生気はなく、けれども死を拒んでいた。何をそこまで後悔しているのか、何に苛まれているのか。――誰に懺悔しているのか」
「……!」

確信に迫る寸前までいる、プリンセスの言葉
指の震えが止まらず、思わず息が漏れる

「だから、問いましょう。あなたが見ているモノクロの景色に、願うものはあるのですか。あなたが見たであろう理想の先に、それでも叶えたいものがあるのかどうか」

まるで全てがお見通しのような、そんな王女の言葉が身に痛いほど染み渡っている
ああ、分かっている。ウィリアムの計画(プラン)は成就した、犯罪卿によって歪みはおおよそ取り払われ、世界は一歩ずつより善い方向へと進み始めた
だけど、それは血の繋がらないとは言え、大切な弟を犠牲にした上で

「……裁きの刻が来たと思いながら、あの時の私が死ぬことがほんの一瞬だけ怖くなった。私は己の救済を代価に、弟を地獄へと引きずり落としたような男がだぞ。そんな人間が死の間際に死にたくないと。救われる価値も、願いを抱える価値も無いような私が」
「………」
「共に罪を背負うと言いながら、弟に罪を押し付けたのはこの私だ」

そうだ、こんな愚かな男が願いを持つことなど間違っている
自分では何も出来ないで、その勇気すら持ち合わせられなかった自分には

「私は終わるべきだった。あの場所で。いや、それ以前に、贖罪を望んだあの暗闇の中で腐り落ちることこそが」
「――もう良いわ」

私の贖罪の言葉を遮るように、プリンセスの言葉が部屋に響き渡る

「……あなたも、そうなのね。ちょっと、似てる。あの娘と違って自虐的だけど」

その瞳の奥の揺らめきに、何かを思いかすかのように
少しだけ視線を下げて、再び視線をこちらに向ける

 ・・・・・・・・・
「背負うことになった人間からちょっとした助言よ。―――勝手に背負わせただなんて思わないで」
「……ッ」

少しばかりの怒気が籠もったその言葉が私の体中を貫き通した

「その始まりが誰かの願いからだったとしても、それはそれ本人が選んだ望みで、選んだ人生。傍から見れば苦難だったとしても。誰かを巻き込んだのは自分自身の選択。罪も咎も背負おうと決意したのものその本人の選択。ええ、私はあなたの弟さんがどんな人間なのかわからない、けれどもそれほどの覚悟は並の人間には出来っこない。その弟さんは良心の呵責や罪悪感に苛まれていたでしょうね」
「そんなことは分かっている! 全ては私の責任で、私の業がウィリアムをそう追い込んでしまったのだ! 心優しい弟が、そんな血塗れた行為に手を染めて、苦しむことを知って私はそれに気付かぬ振りをした!」

思わず反論していた。心からの叫びだった。間違いなく、ウィリアムに罪を背負わせたのは自分だ
私が全て悪いのだ

「そうだ、私が、私がウィリアムに依頼していなければ、私が余計な願いを抱いていなければ!ああ、そうだ、私こそが本当の悪魔―――」
「――失礼、マスター」

甲高い音が鳴り響いて、頬にヒリヒリとした熱さがこみ上げていた

「「自分が悪い」なんて言葉で勝手に逃げないで。償うのは兎も角、それを勝手に逃げる理由にしないで」
「―――!!」

脳天を不意に叩かれたような衝撃だった。明確な怒りと呆れが混じった声が王女の口から発せられていたから

「その彼がたいそれたことをして世界を変えて、その代償に命を落としたってぐらいしか私には分からないわ。でもね、それで苦しんでいたのなら、罪を一緒に背負うを言ってくれたあなたのその言葉は、何よりの救いだったはずよ」
「そ、れは……」
「あなたはその人の、最も辛い時に優しく寄り添えることが出来んだから」
「……あ」

言われてみれば、そうでもあった
当初のウィリアムが弱り苦しんでいる姿を知るものは、あの当時では自分だけである
苦しそうに悩むウィリアムの私はこう語りかけたこともあった

"お前はひとりじゃない" "私が共にいる"と

そう言われた時のウィリアムは、心なしか少しばかり微笑んでいた
私とウィリアムは、血が繋がっている兄弟ではない。それでも私は彼の弟であるルイスと違って、共に罪を背負うという形で兄弟の繋がりが欲しかった、それを思い出してた

「ごめんなさい。ちょっと昔のこと思い出しちゃって」

さっきまでの迫力は何処へやら、少しばかり熱くなっていたことを口頭で謝っているプリンセスの姿があった

「でもね、マスターとして私達と戦う以上は生半可な態度は取られてほしくはなかったし、それにこうやって話せてよかったわ。それに……マスターも少しだけ元気になったようですし」

カップに残ったすでに冷めたであろうお茶を口に放り込み、プリンセスは笑みを浮かべて話しかける

「……まあ、万全までには程遠いですが」

私としても、全てが吹っ切れたわけではない
ウィリアムを追い込んでしまったという自責の念は未だ残っている
けれど、ウィリアムにとっての私が、そういうものであったというのであれば――

「……ならば罪を償い終えるその日まで、死ぬわけにはいかない。到底許されてはならない罪だからこそ、目を逸らすことすら、許されない」

そう。これは私の罪であり、ウィリアムの罪であり、私達モリアーティ家の罪。地上の悪魔全てを消し去ると言う悪行をもって平和を取り戻し、そのために多くの命を奪った我らの責務
許されないからこそ、生き続けなければならない

「それに、もし仮に聖杯を悪用するものがいるならば、『モリアーティ』としてそれを阻止する必要がある」

聖杯戦争は万能の願望機を求めて争う、端的に言って殺し合いの類
故にそれを求むる『悪魔』もまた暗躍しているのは承知
それもまた阻止しなければならない。ウィリアムの繋いだ未来の為に、『モリアーティ』としても
必ずとは言わずとも、それでも自分が生きる今よりも善くなった未来の為に

「それがあなたの願いでいいのですね?」
「……今は、それで良い」
「……分かりました、マスター。私達アサシンはあなたのサーヴァントとして助力を尽くす事を約束します」

安堵が入り混じった表情で、プリンセス・シャーロットはこちらへ社交辞令とも言うべき笑顔を向けてそう言い放つ
そう、私は死ぬわけには行かない。変革の名の下に多くの命を奪ってきた『犯罪卿』の一人として、償いの生涯に未だ終わりは訪れないのだから

「……よろしく頼む」
「ええ、此方こそよろしくおねがいします」

その言葉を皮切りに、プリンセスは飲み干されたカップをトレイの上に乗せ持ち上げ、足早と部屋から立ち去ろうとする。部屋を出る寸前、こちらを振り向いてこう一言

「ではなくて……これからよろしくね、マスター」

去り際のプリンセスの言葉は、一刻の王女と言うよりも、何ら変わりない、歳相応の少女の言葉であった




「ちょっと、意地悪しちゃったかしら」
「……プリンセス」

小窓から木漏れ日が差し込む個室のベットの上に座り込む二人の姿
プリンセス・シャーロットとアンジェの二人
悪戯っぽく微笑みながら呟いたその言葉を、英霊となる前のポーカーフェイスのままにアンジェは聞き流す

「……思い出したの?」
「まあ、ね。あの時の、どこかの誰かさんみたいに後ろ向きだったのが被って、思わず」
「むぅ……」
「ふてくされなくてもいいじゃない」
「私はふてくされてない」

今でも思い出す、コントロールが軍部主導になり、プリンセスの暗殺命令がアンジェに下されて
策を練ってプリンセスと共にアンジェが逃げようとした時の事
プリンセスは自らの使命と願いのために、敢えてアンジェを突き放した、「わたしの人生ははあなたのおもちゃじゃない」と。彼女を軍部から守るために
プリンセスとしてはアルバートの懺悔から、アンジェとの何かしらの共通点のようなものを感じ取っていたようなもので
――背負わせてしまったと後悔してるところは似ていると思った
最も、アルバートは罪悪感からかなり自虐気味であったようで、気に障ってないと言えば嘘になるが、ちょっとばかし発破をかけた。多少は持ち直したようであるため、一応は納得というか

「……マスターも、だって思った」

思い詰めるようにアンジェが一言呟く。マスターと自分は同じ業を背負っているというのは、理解した
本来なら自分がするべき使命を、願いを、友に背負わせてしまったと
未だ世界の壁は無くならず、見える場所で貧富も差別も氾濫している。そんな未来に、現代に、彼女たちはサーヴァントとして召喚された
世界の壁を無くすために戦った偽りの王女プリンセス・シャーロット
そんな彼女の為ただそれだけのために全てを騙し続けたアンジェ・ル・カレ

「……マスターも、私と同じ。だから……」
「ええそうね。マスターもアンジェも、背負うべきものを背負えなかった。だから呼ばれたのかしら、ね」

二人は一人、一人は二人。比翼連理の白い鳩
類する後悔を持ち得た少女と長男はその縁に導かれて召喚されて、少女の親友である姫様はそんな彼女についてきた

   ・・・・
「……アンジェ。私は何も変わらない。私はあなたの為の味方。いつまでも、いつまでも」
「ええ、そうね。でも私達はサーヴァント。マスターが意志を見せたのなら、それに応えるつもりよ。あなたと似たりよったりの彼のことも放っても置けないから」

呟いたのは、本当の名前。アンジェ・ル・カレはシャーロットで、シャーロットはアンジェ
裏返った運命は数奇な形での再開をもたらし、今の彼女たちを形作った

   ・・・・
「……アンジェがそういうなら」

   ・・・・・・       ・・・・
故に、シャーロットが望むならば、アンジェもまた、一心同体
霊子と魔力で構築された第二の生を、聖杯戦争という抗争の中で、闇を裂く闇として振る舞おう
マスターの願いのために戦おう

「でも、一つだけ。あの時と同じことを言わせて」

だが、それでも、かつて王女になり損ない、友にその責務を負わせてしまった少女は誓う

「私が騙してあげる。マスターも。あなたも。世界も。――そして、私すらも」

彼女を照らす光は、まるであの時の再現のように
彼女が洩らした誓いは、かつての再現のように



私は決して夜明けを見ることは出来ない 一人きりで思索に潜んでいる


それは未だ私たちの心の中で育ち、高く飛び立ち、強く輝きを放つわ



           ――Void Chords feat.MARU/The Other Side of the Wall





【クラス】
アサシン
【真名】
アンジェ・ル・カレ/シャーロット
【属性】
秩序・中庸
【ステータス】
アンジェ・ル・カレ:筋力:D+ 耐久:C 敏捷:B 魔力:E 幸運:C+ 宝具:C(共通)
プリンセス・シャーロット:筋力:D 耐久:D 敏捷:B 魔力:E 幸運:C 宝具:C(共通)
【クラススキル】
『気配遮断:B』
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。

『対魔力:D』
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

【保有スキル】
『諜報:B』
このスキルは気配を遮断するのではなく、気配そのものを敵対者だと感じさせない。

『単独行動:A』
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクAならば、マスターを失っても一週間現界可能。

『変装:B(A+++)』
変装の技術。真名看破の確率を低減させる。
ただしアンジェがシャーロットに、シャーロットがアンジェに変装する場合のみランクがA+++へと跳ね上がる。二人はかつてどちらでもあったが故に

『専科百般:B』
多方面に発揮される天性の才能
アンジェは演技・ピッキング・格闘・射撃等、スパイに要求される技術を高水準に納めている他、絵画や音楽等にも精通している
プリンセスの方は王宮における王女としての技術教養の他、他人の懐からモノを盗む手腕にも長けている

【宝具】
『比翼恋理・嬰児交換(チェンジリング・コントロール)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1
かつてアンジェ・ル・カレはプリンセス・シャーロットであり。かつてプリンセス・シャーロットはアンジェ・ル・カレであった。その在り方が宝具となって昇華されたもの
比翼連理、一心同体。アンジェとシャーロットで知覚した情報を即座に共有可能で且つ、何時何処でもアンジュとシャーロットの位置の入れ替えが可能
入れ替えの際、強制的にアンジェはシャーロットの、シャーロットはアンジェの姿へと強制的に変装される。
もとより、どちらもアンジェであり、どちらもシャーロットである。それ故にチェンジの際の生じる違和感は皆無


【Weapon】
『Cボール』
アサシンのいた世界において19世紀末に発見された、無重力を自在に生み出すケイバーライトと呼ばれる鉱石を、手のひらサイズまで縮小して操作可能にしたもの。
ボールの周辺の重力の増減、偏向が可能であり、アサシン自身を飛ばすだけでなく、他の物体を放り投げることも可能。
欠点としては、小型化によって冷却機能が省略されているため、使いすぎると加熱及び破損する。そのため連続使用の場合は冷却用の水筒(氷入り)が必要となる


『ウェブリー=フォスベリー・オートマチック・リボルバー』
1900年代初頭、ジョージ・フォスベリーが設計し、W&S社が生産した、反動利用式オートマチックリボルバー。
反動を利用して弾倉回転とコッキングを自動で行うため、シングルアクションリボルバー並みの軽い引き金で、ダブルアクションリボルバーのように連射できる。
しかしながら、構造上雨や泥に弱く、またリボルバーの癖に初弾は両手を使ってコッキングしてやらなければならない。


『ワイヤーガン』
遠距離にワイヤーを射出するもの。
フィクションでよくある巻き上げ機能はついておらず、遠方にワイヤーを固定するのみ。伝って移動するのは自力である。


【人物背景】
共和国の諜報機関『コントロール』所属のスパイの一人/アルビオン王国の第四王女。運命の悪戯にてそう生きざる得なかった二人。
本来ならば真逆であった。
アンジェ/シャーロットは貧民街にてスリをして生きるしかなった貧しい子供で。
シャーロット/アンジェは王家のしきたりに雁字搦めになってすべて投げ出そうとして。
二人は出会い、友人となりて、王女は世界の真実を知って世界を変えようとした。
王女の願いは叶わず、不運が二人を引き離した。
王女だった女の子は、地獄の最中を生き抜いてスパイへと成り上がった。
スリだった少女は重圧とプレッシャーに耐え抜き、修行僧のごとく技術と立ち振舞いを身に着け王女となった。

王女は少女と再開し、かつて少女が願った願いを叶えるがために。
少女は王女を守るため、全てを騙し抜くことを決めた。

そんな二人の少女の、そんな逃避行の続き

【サーヴァントとしての願い】
ある意味彼女たちの願いは叶っている。今はマスターの為に、この力を振るう


【マスター】
アルバート・ジェームズ・モリアーティ@憂国のモリアーティ

【マスターとしての願い】
ただ、死ぬわけには行かない。罪を償い続ける限り

【能力・技能】
秘密諜報部MI6の指揮官Mとして、己の地位と権力を有効活用して計画の為の舞台を整えることを得意とする。
あと「魔王」と形容される程に酒が強い。

【人物背景】
モリアーティ家長男。幼き頃より世界の歪みを自覚し、理想と現実に苦しみ続けた凡人。
そんな凡人が救いを求めたのは、キリストと幻視するほどに聡明な或る一人の少年。

凡人の原罪は、そんな少年を人殺しにまで陥れたこと

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2023年11月21日 01:10