世界に残ったのは二人だけ。
なのに悠ちゃんはまだ、目を覚ましてくれない。
あいつらは消えたのに、あいつらがかけた呪いは未だに残っている。
でも、その呪いを解く方法は知っている。
私がもっと、傷付いて、惨めになって、ぐちゃぐちゃになって。
そうすれば、悠ちゃんはきっとまた、私のほうに来てくれるから。
悠ちゃんは、優しいから……
◆
冬木市。
灰色の建造物が並ぶ発展した都市は賑やかながらも、なかなかに快適なものらしい。尤も自らは都市部ーー『新都』ではなく昔ながらの町並みの大人しい『深山町』に住む一人の学生、なんて仮初の役割(ロール)を与えられたが為にその賑やかさとは少し離れるのだが。
しかしこの深山町も居住地として身を置くならば、この上無い位贅沢なもの。むしろ賑やかなのは苦手、諸々の条件さえ目を瞑ってみれば今すぐ正式に引っ越したいくらいだ。
でも、それでも。
この町には、この場所には、この世界には、太陽がない。
私を照らす、温かい、優しい太陽ーー悠ちゃんが、いない。
太陽がない世界なんて、苦しくて、無価値で、生きてられない。
◆
如何にも長い歴史を蓄えている雰囲気を醸し出すアパート。その一室は、ある少女とアサシンのサーヴァントの居住地となっていた。
その地域性故ただでさえ大人しい町の中、隣人となる住人が存在しないこの部屋はあまりにも静か。ただひとつ、かたかたとキーボードを打つ音だけが部屋中を支配していた。
薄暗い部屋。少女の眼鏡にパソコンの液晶が反射する。カソールをぐりぐりと移動させて、ただただ一つを追い求める。だけど、ない。ある筈がない。ここは電脳世界、元居た世界とは違う世界。
それでも、何らかの奇跡的要因で復活しているかもしれない。そんな淡い希望を胸に――
「何日続けるつもりだ」
「っ!?」
突然かけられた声に堪らず椅子をがたごとと鳴らしながら、少女は振り向く。少なくとも現代日本の風潮に合わないその身なり、その上傷だらけの肉体は目を引くどころではない存在感を放つ。
「……ノックしてって」
対する少女の反応は、まるで父親を相手にした思春期の少女の様。マスター・サーヴァントという関係性にも少し慣れた電脳世界での数日間、少女にとってアサシンは恐れる対象では無くなっていた。
少女の名を──『松下好美』。
アサシンの名を──通り名『呪いのデーボ』。
現代に生きる女子高校生と、能力者の殺し屋を巡り合わせるのもまた、聖杯戦争の性質。
「無意味にコンピュータを弄る位ならば地理でも調べるか、早く睡眠を取れ」
「無意味じゃ……」
無意味じゃない。なんて言い切ることは出来ない。何せ毎日毎日、機種すら違うパソコンに想い人の写真が眠っていないかチェックする作業。単なる気休めと呼べば良いのか、もはや気が狂ってしまったのか。
それでも脳は、身体は、想い人の──兵藤悠子の温もりを欲している。ないものを何時までも強請り続ける。
「…………キャスターが一体。マスターは近場の廃墟を拠点にしていたが、どちらも仕留めた。以上だ」
しかしアサシンとてマスターとの不和を望んでいる訳でもない。報告を済ませると、それ以上何も発することなく静かに背を向け部屋を出ていった。
報告が示す事実を好美が理解していない筈がない。聖杯戦争という舞台、好美はサーヴァントの存在を道具とみなし、それにアサシンが特に異を示すこともなかった。主に従順な殺し屋は元の世界に居た『
宮園一叶』の様に、自らの道を拓けるに便利な道具だった。
ならば今の自分は、その道具を使って人殺しをしていることになる。
「……」
身分が示す通り、好美の日常に人殺しなんて概念は程遠いもの。殺人は忌むべき行為であり、それが当然の思想。好美の中にも例外なく刻まれている社会通念。戦争に招かれたとて、その常識は変わらない。
故、好美は苦しむ。自らの手を汚した世界に、『殺さなければいけない』状況を作り出した現実に。
「悠ちゃん……」
故、好美は想う。
ずっと、救いの手を差し伸べてくれた友人を。
「もっと、もっと壊れたら」
色々あった。
気持ち悪い異物が消えて、二人になれて、気まずくなってしまって、宮園一叶に話して。やっと道筋が見えたと思えば、こんな戦争に巻き込まれて。
「悠ちゃんは、私を助けてくれるよね」
それでもまだ足りないのなら、もっと自分を壊せば良い。
人を殺して、殺して、惨めに、ぐちゃぐちゃになればきっと、
悠ちゃんは私を救い上げてくれる。
「……」
液晶に映らない幻影に手を伸ばして、下ろす。
我慢が続く連続になる覚悟は出来ている。
それでも、その先に、聖杯なんてものでは比にならない太陽の温もりが待っているならば。松下好美は、何処までも自分を壊せる。
◆
聖杯戦争が始まり数日。優良物件、なんてことは一切思わないが、悪くはないマスターに召喚された。
ここにある『悪い』マスターというのは、正義だのなんだのを振りかざす様なマスターを指す。己のマスター、松下好美はそれには当て嵌まらない。殺人に対する忌避感さえあるものの、それを咎めようとはせず、『悠ちゃん』とやらに夢中になっている。
己は殺し屋であり、サーヴァントとしての使命も同じ。聖杯を勝ち取り、巨万の富と共に受肉する。その障害がマスターの手により生じるならば乗り換えを考えなければいけないが、その心配も無さそうだ。
だが、松下好美はあくまでも住処に過ぎない。それ以上の優良物件が見つかったならば、それに乗り換える。
勝てばよかろう。己の目標は、それのみだ。
【クラス】
アサシン
【真名】
呪いのデーボ@ジョジョの奇妙な冒険
【属性】
混沌・悪
【ステータス】
筋力:D 耐久:B 敏捷:D 魔力:C 幸運:E+ 宝具:C+
【クラススキル】
気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
攻撃に転じるには自らの姿を晒す事が大前提となるアサシンは、アサシンクラスとしては低いランクとなっている。
【保有スキル】
被虐の誉れ:C
肉体を魔術的な手法で治療する場合、それに要する魔力の消費量は通常の1/2で済む。また、魔術の行使がなくとも一定時間経過するごとに傷は自動的に治癒されていく。
追い込みの美学:D
相手にあえて先手をとらせ、傷を負う。
アサシンはその傷を糧に、対象への恨みのパワーを増加させる戦法を取る。
仕切り直し:D
戦闘から離脱する能力。逃走に専念する際、有利な補正が与えられる。
【宝具】
『怨恨肥やす黒の悪魔(エボニーデビル)』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大補足:1人
宝具へと昇華された、アサシンの持つ『スタンド能力』。不気味な民族像の様なビジョンを持つ。
スタンドを無機物、主に人形に憑依させ操ることが出来る。憑依した人形が手にした物質にもスタンドパワーが伝導され、Cランク相当の宝具と同等の力を持つ武器と化す。
ライダー自身が対象への恨みを重ねることで、そのパワーと比例するようにこの宝具は強化されていく。
【人物背景】
エンヤ・ガイルの手によって星屑十字団へと送り込まれた刺客の一人。『アメリカインディアンの呪術師』というふれこみで商売をしていた殺し屋界での有名人。スタンドの特性から、標的を挑発しわざと傷つけられてから攻撃に転ずる戦法をとる。その為身体には無数の傷痕がこびりついている。
【サーヴァントとしての願い】
巨万の富。
【マスター】
松下好美@きたない君がいちばんかわいい
【マスターとしての願い】
傷付いて傷付いて、全部壊して、生きて帰る。
聖杯自体にはさほど興味はない。
【能力・技能】
ある少女達の“秘め事”を周囲にばら撒いて尚平静を保てる精神性。
【人物背景】
兵藤悠子という光に照らされ、恋に狂う少女。
ある日偶然にも
花邑ひなこと
瀬崎愛吏の“秘め事”を目撃してしまう。嫌悪感を抱いた彼女はやがて愛する兵藤悠子に接近する花邑ひなこを遠ざけようと“秘め事”の写真をばら撒き、自らを含めた多くの人間の運命を狂わせるトリガーとなった。
【備考】
宮園一叶とカラオケに行った後からの参戦。
令呪の形はロベリアの花びら。
最終更新:2023年11月21日 01:12