「ふんふふ~ん」
鼻歌交じりに、眼鏡をかけた女がケーキにフォークを着ける。
右目を隠すほど伸びた黒色の前髪を気にすることなく、女はケーキを口に運ぶたびに満悦の笑みになる。
「ん~、久々のケーキ美味しい♪ついでにパフェとシュークリームも頼んじゃおっと」
「...甘いものがお好きなんですか?」
向かいに座る少女が、控えめな態度で問いかける。
女は少女に微笑みながら、その一方で観察するかのように眺めながら答える。
「うん、好きよ。いくら食べても全然飽きないの。...で、円ちゃんは食べないの?」
「...ごめんなさい。まだ、食欲がわかなくて...」
「...そっか。まっ、仕方ないわよね。いきなりこんなことに巻き込まれちゃったんだからさ」
少女、平松円は俯きながらここに至るまでのことを思い出していた。
荒れ狂う吹雪の中。
彼女は見守っていた。
病に侵され精神を壊し、剣鬼と化した実兄を。
そんな実兄を止める(ころす)為に戦った蟷螂と蜘蛛を。
彼らの決着を固唾を飲み結末を見届けようとしていた御犬番たちの中で。
ただ一人、汗一つ流すことなく、実兄を見守っていた。
その目に映るのは、最強の鬼と化した悪漢などではなく、互いに愛し愛された兄妹としての姿。
お家の事情もなにもかもを投げ出して、共にどこか遠くへ行ってしまいたいと願った日を想いながら、彼女は足を踏み出した。
蜘蛛と剣鬼、人間の立ち入れぬ化け物同士の戦いにも臆することなく、踏み出し―――剣鬼の太刀を受け入れ、死んだはずだった。
それがどうして、気が付けば五体満足で生きており、周りには実兄も蜘蛛も蟷螂も、御犬番たちもいなかった。
代わりに、聖杯戦争とやらの知識を記憶に植え付けられ、わけがわからないと混乱していた矢先に現れたのが眼前の女であった。
女は『キャスター』と名乗り、軽く挨拶を交わすと、とりあえず「ご飯でもたべましょっか」などと誘い、現在に至る。
「キャスターさん、私はどうすればいいんでしょうか」
そう切り出した円の言葉に、キャスターのフォークがピタリと止まる。
そして、表情こそ穏やかだが瞳の奥底では冷たい炎を燃やして、静かに口を開く。
「...どうしたいのかしら、ね。それよりも、これから貴女はどうなると思う?」
「それは...わかりません。ただ、このまま何もせずにいれば、いずれは殺されると思います」
「でしょうね。ここにはどんな犠牲を払ってでも願いを叶えたい連中がわんさかいる。そんな中でふらふらしてたら、すぐに怖い狼さんたちにガブリ!って食べられちゃうわね」
キャスターは軽くおどけながら言うものの、その目は笑っていない。
円も、それが冗談ではないことはよくわかっている。
だからこそ、思い悩むのだ。
願いを叶えるということは、他者を蹴落とすのと同義なのだから。
「私にも、叶えたい願いはあります」
ギュッ、と机の下で掌を握りしめながら、円は声を絞り出す。
「実兄(にい)さんと一緒にいたい...流実兄さんと、ずっと穏やかに暮らしていたい。実兄さんもそう想ってくれているはずです。でも...」
そこで一度言葉を区切り、少しだけ間を置いて続ける。
「その為に私が手を汚したら、実兄さんは喜んでくれるんでしょうか?人を殺してしまったことを、あれだけ悔い泣いていた実兄さんが...」
兄、平松流は本来は優しい人だ。
自分が苦しいことには気丈に耐え、長兄だからと背負い込んで。
そして、正気を取り戻した時にはあの大きな背中が小さく見えるほどに泣きわめき、己の罪を悔いていた。
そんな兄が、いくら二人の願いが果たせるからといって、自分に手を汚させてそれを喜ぶのだろうか?
そう考えると、聖杯を手にすると口にするのはどうしても躊躇われた。
「本当に好きなのね、お兄さんのこと」
キャスターは微笑みを浮かべ、円の頭をそっと撫でた。
「えっ?」
「だってあなた、自分が手を汚すことよりも、お兄さんが幸せになれるかどうかを考えてるんだもの」
図星だった。
円は自分の罪よりも、兄のことばかり考えていた。
それも仕方のないこと。
どうして彼に斬られてもなお、共にいたいと願えるのかは自分でもわからないのだから。
もはや恋慕にも近いその気持ちを悟られた円は、ほんのりと頬を赤くし、恥ずかし気に俯いた。
「...円ちゃん、私にも絶対に叶えたい願いがあるの。誰を踏みつぶしてでも、なにをしようとも叶えたい願いが」
キャスターは、自分の胸に手を当てながら言った。
その瞳は真剣そのもので、先程までの微笑みは消えていた。
「...その願いとは、なんですか?」
「大切な人と共に生きたい。永劫に。なにに脅かされることなく、ね」
キャスターの言葉に円は息を呑む。
それは、まるで自分と全く同じ考えではないか。
「でもね、私は貴女とは違う」
しかし、その言葉には重みがあった。
「私はね、貴女と違ってもう既にたくさん人を傷つけてきた。その中には、貴女の実兄さんのように、とても心優しくていい人もいたかもしれない。
それでも止まらなかったのは、それよりもずっとあの子が大切だったから」
その言葉からは、強い覚悟が感じ取れた。
「だから今更後戻りはできないしするつもりもないわ」
そう言い切ったキャスターの表情は、凛としたものだった。
その顔を見て、思わず円は見惚れてしまう。
自分もこれほど己の意思を堂々と宣言出来たらどれだけ素敵だろうかと。
そして同時に思う。
この人に比べたら、私の兄への想いなんて薄っぺらなんじゃないかと。
そんな円を見かねたように、キャスター微笑みながら、そっと円の頭を撫でてやる。
「そんな顔しないの。家族の為に誰かを殺せるかどうかで愛情は測れるものじゃない。私に合わせるんじゃなくて、貴女が思う愛を貫けばいいのよ。
...大丈夫。どんな選択をしても、貴女がお兄さんを想う限り、私は貴女の味方だから」
ぽふぽふと乗せられる掌に、円は少しだけ気恥ずかしくなり、一方でぐっと唇を噛み締める。
答えはもう決まっていた。ただ、そう決めるだけの勇気が無かっただけだ。
実兄は掟という名の
ルールに縛られ続け壊れてしまった。
彼を救うにはそんなルールを壊してでも連れ出す他なかった。
実兄の努力も、過程も、全てを無茶苦茶にして逃げ出すべきだった。
でも自分はそれをしなかった。できなかった。
「キャスター、さん。私...」
だから。
今度はもう躊躇っちゃいけない。
「流実兄さんと一緒にいたい。どんな手段を使っても。実兄さんに怒られても。私は、あの人と一緒にいたいです」
「...そっか。辛いわよ、その道は」
「わかってます」
「...そ。なら、もうなにも言わないわ。これからよろしくね、マスター」
頭から放され、代わりに差し伸べられた掌。
円がそれを握り返した時、キャスターの浮かべた笑みは、どこか寂し気に見えた。
☆
(結局、死んでも変わらないのね)
キャスターこと、加納クレタは己の主を見ながら自嘲する。
かつて彼女は吸血鬼(ヴァンパイア)として多くの命を喰らった。
失った妹を取り戻す為に。力を着ければまた二人に戻れると信じて。
(こんな私を見たら、彼はなんて思うのかしらね)
『マルタさんは、強い人でした』
脳裏に過るのは、かつて己に引導を渡した少年の泣き顔。
妹・加納マルタとしてふるまっていた時に出会った、同じく吸血鬼の少年。
最初は、妹なら彼のような少年を気に入るだろうと思って接していただけだった。
だから、彼が味方にならないと分かれば殺すのにも躊躇いはなかったし、あの純朴な顔が歪むのを楽しもうとさえしていた。
けれど、彼は、敵である自分が直に死ぬことを解っていながらも立ち上がった。
大人しく隠れていればいいのに、わざわざ、死ぬリスクを背負ってまでやってきてくれた。
多くの命を犠牲にしてきた自分に怒りながらも、それでも最後に話をしにきてくれた。
身体を抉られ、血反吐を吐きながらも、それでも目を逸らさずにいてくれた。
涙を流しながら、強かったと言ってくれた。
そんな彼に、自分のやってきたことを否定されたにも関わらず、頑張ってと応援したくなるくらいに救われた気持ちになった。
だというのに、結局、自分のやりたいことといえば、誰かを助けるとかじゃなく、やはり妹を取り戻すこと。
どれだけ絆されようとも、根付いた執着は消えないものだと実感せざるをえなかった。
(円ちゃん。もしも、貴女の心に寄り添ってくれる人がいた時、それを踏みにじることに、果たして貴女は耐えられるのかしら?)
平松円の愛が進む道を決めるのは彼女自身だ。
そこにクレタが過剰に介入するべきではなく、どの道を進んでも円の味方になると宣ったのは本心だ。
だからこそ。
自分の進んでいた道に向かおうとする彼女に対し、応援の気持ちも憐憫も同時に抱かずにはいられなかった。
【クラス】
キャスター
【真名】
加納クレタ@血と灰の女王
【ステータス】
変身前 筋力:D 耐久:D 敏速:D 魔力:D 幸運:E 宝具:D
(変身時)筋力:C 耐久:D 敏捷:C 魔力:A 幸運:D 宝具:B
(宝具使用時)筋力:A 耐久:D 敏捷:A 魔力:A 幸運:D 宝具:A
【属性】
混沌・中庸
【クラススキル】
陣地作成:D
魔術師として自らに有利な陣地を作り上げる。
道具(分裂)作成:EX
魔力を消費することで無から分裂体を生み出すことができる。
【保有スキル】
吸血鬼(ヴァンパイア):A
魔力を一定量消費し変身することができる。
伝承の吸血鬼とは異なり、日光を浴びても消滅することは無い。
また、再生能力が大幅に上昇し、霊核を傷つけるか破壊されない限り死ぬことは無い。
ただし、変身することができるのは夜のみである。
その為、昼は例え暗闇においても人間体のままでしか戦うことが出来ない。
死ぬと遺灰物(クレメイン)という手のひらサイズの心臓を遺し、それを食した英霊は一際強力な力を手に入れられる。
変身体:A
このキャスターが変身した姿。夜にしか変身できない。
その姿はまさに人魚そのもの。
魔力を消費し狂暴な肉食魚や彼女の妹の形をした分裂体を生成できる。
分裂体の精度を高めれば高める程魔力を多く消費する。
執念:A
執念深さ。己の目的を達するまではなにがあっても挫けないだろう。
【宝具】
『人魚姫』
ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ: 最大捕捉:10000
変身体の時にのみ発動できる宝具。この宝具は一夜のうちに一度しか使えない。
能力の分裂を更に強化したものであり、消費を少なくした上で破壊力・数を増した魚を生成できる。
また、身体能力も大幅にあがり、耐久力以外の全てが上昇する。
ただし、彼女の妹を再現した分裂体を作ることが出来なくなるため、本人はこの宝具をギリギリまで使おうとはしない。
【人物背景】
女。一卵性双生児であり、加納マルタという妹がいる。幼いころに火事で家族を亡くしている。その際に誰も助けてくれなかったことから信用するのは姉妹だけと信じ、他者との関係性を二人だけで完結させるようになった。その後に起きた噴火に巻き込まれ、妹は死亡。吸血鬼になった後は、その妹を取り戻したいという執念から、能力による姿かたちの模倣だけでなく、趣味嗜好・思考の成りきりまで徹底し、いつかは妹を再現できると信じながら吸血鬼としての力を増していく。
【weapon】
素手。岩くらいなら容易く砕ける。
【サーヴァントとしての願い】
妹を蘇らせまた共に暮らす。
【把握資料】
漫画 血と灰の女王 3巻。
【マスター】
平松円@職業・殺し屋
【マスターとしての願い】
今度こそ、実兄さんと共に平穏な暮らしを。
【能力・技能】
無い。彼女は平凡にして温厚な人間である。
強いて言うならば、実兄へ恋愛に近い深い愛情を抱いていることくらいか。
【人物背景】
葵真源流剣術 剣術師範・平松流の妹。流が平松家での厳しい稽古に四六時中縛られているため、二人で暮らしたことはほとんどない。
流とは互いに想い合う関係であり、がんじがらめの現実から二人で抜け出したいといつも思っていた。
脳腫瘍に犯され気が狂い殺戮を繰り返す兄を止める為、職業・殺し屋に依頼。
殺し屋・志賀了と流の死闘における死線に踏み込んだ為に、暴走した流に斬られて死亡する。
それでも彼女は最期まで兄を恨むことはなかった。
最終更新:2023年09月20日 23:58