振り下ろされる鉤爪を、飛び退って回避する。
 直撃すれば無数の肉片となって飛び散る─────どころか、掠っただけでも即死する。それ程の攻撃を既に七度回避しながら、紅毛の美女、紅美鈴は全く恐れを抱いていなかった。
 全身を黒い塵に覆われ、朧げに霞むその。只々闇雲に腕を振り回すその無様な有様。だらしなく開いた口から溢れる涎。血走り美鈴の首元にしか焦点を合わさぬ眼。
 見るも無惨なその姿は、まるで自分の知る人物のifの様で、耐え難く不快だった。
 あの天を支える鋼の柱の様な立ち姿。見られただけで、戦意を失う様な武威に満ちた眼差し。誇りと威厳に満ちた武人の姿。その全てが見る影も無い。
 今、紅美鈴の前に居るのは、抗えぬ飢えに狂った餓鬼畜生。その姿に、主人であるレミリア・スカーレットに血を吸われた─────吸血鬼になった十六夜咲夜の『有り得るかもしれない』姿を想起して、反吐が出そうになる。

 ─────腹の立つ話です。 

 そんな事はあり得ないと、レミリア・スカーレットが十六夜咲夜の血を吸う事が先ず無いし、仮に起こり得たとしても、こんな畜生とする様な血をレミリア・スカーレットに持っていないし、餓鬼になるような資質を十六夜咲夜が持っているはずが無い。
 にも関わらず、こんな事を思ってしまうのは、心の何処かで彼女らに疑念を抱いているからか?
 一瞬眼を閉じて雑念を振り払う。気分が落ち着いたところで、再度振われた鉤爪を優美に回避。後方に飛んで距離を取る。

 「あの伝説が本当だったとは」

 幻想郷に行く前、遥か過去に故郷で聞いた伝説を思い出す。
 讒言により辺境の地へと追いやられ、押し寄せる匈奴と戦い続けた秦帝国の将の伝説。
 何千何万もの兵が、雪に凍え、灼熱に焼かれ、匈奴の矛と矢に斃れ、そして兵達を率いる将もまた、総身に矢を受けて立ったまま息絶えた。
 将の名は劉貴。百万の兵と十万の魔道士に下知を下した秦の大将軍。それが、美鈴が召喚したサーヴァント。
 その筈、だった。

130:中華従者コンビ ◆/dxfYHmcSQ:2023/09/24(日) 20:38:30 ID:25iUBQfY0
悲劇ではあれど、武人としての誇りと生涯を全うした大将軍の伝説に、鮮血で記される続きが存在したとは、美鈴自身、知識として識ってはいたが、信じてはいなかった。

 「話に聞いた『姫』が親なら、並大抵の攻撃じゃ正気に戻る事は無いよね」

 伝説に曰く。辺境の戦場で、独り死んだ英雄の元へ、美鈴の国に生まれた妖怪ならば誰もが知り、そして恐怖する吸血鬼が現れ、劉貴を一族へ加えたという。
 そして英雄は悪鬼と化し、新たな主人の敵を撃ち、人の生き血を啜って永劫の時を生きることになったという。

 ─────お労しや、劉貴大将軍。

 息を吸って、練功を開始する。美鈴のサーヴァントの親は、美鈴の主人であるレミリア・スカーレットより遥かに永い刻を生きた大吸血鬼。
 美鈴と同郷である邪仙をして、『アレ』が幻想郷に来れば、八雲紫が幻想郷の全勢力に頭を下げて、殺すつもりで追い出しに掛かる。そう言わしめた凶悪無惨な吸血鬼。
 その吸血鬼に由来する、悪鬼畜生としての血への渇望。生半可な攻撃で、正気に戻せるとは思えない。
 十二分に気を練り、殺すつもりで構える。全力の一撃を以って、この哀れなサーヴァントを正気に戻すのだ。
 遠当てでは、劉貴の宝具に止められる。渾身の一撃を、直に見舞うしか無い。
 ドタドタと無様に駆け寄ってくる劉貴が、間合いに入る直前に、息を短く吐いて踏み込む。
 踏み込みにより生まれた力を、身体の回転運動により、足首、膝、腰、肩、肘、手首へと伝え、渦を巻く力として撃ち込む。
 インパクトの瞬間、美鈴の拳を黒い塵が覆い。威力の減じた拳が劉貴の心臓を撃った。

 無様に飛んで、背中から地に落ちる劉貴に、美鈴は悲哀を込めた眼差しを向けて残心を取る。
 少なくとも、美鈴の知る劉貴大将軍であれば、宙を舞う事など無かった。もし舞う様な事があっても、二本の脚で地を踏みしめて、倒れる事などという無様は晒さない筈だ。

 「……良くやった。娘」

 錆を含んだ沈毅重厚な声が聞こえて、美鈴は漸く力を抜いた。



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 「迷惑を掛けた」

 人目を避けて移動した、とある廃屋の一室で、劉貴は深々と頭を下げた。
 先刻までの餓獣の如き有り様など微塵もなく、その佇まい、その振る舞いは、大帝国の大将軍に相応しい、風格と威厳とを感じさせるものだ。
 これがこの男、アーチャーのクラスを得て現界した、劉貴という男の本来の姿なのだろう。
 劉貴の持つ宝具の所為でもあるとは言え、彼処までこの武人を狂乱させる『姫』の血と、血に由来する凶悪無惨さを思い、これからも血の狂乱に付き合っていかなければならない美鈴は暗澹たる気分になった。

 「良いですって」

 恐縮して応える美鈴。実際問題として、劉貴があの一撃で滅んでいたとしてもおかしくはなかったのだ。
 劉貴の宝具を計算に入れた上で、滅ぶ事は無いと判断しての一撃だったが、上手くいかなければ、あそこで劉貴は聖杯大戦から脱落した事だろう。
 尤も、劉貴が美鈴を凶牙にかけようとした事が原因であることを鑑みれば、美鈴に非は無いので、恐縮する必要も無いのだが。

 「いや、詫びを受け入れて欲しい。お主にあのようなことを言っておきながら、この無様。受け入れてくれねば、顔を合わせられん」

 至誠という言葉が何よりも似合う姿。美鈴が受け入れなければ、劉貴はこのまま頭を下げたままだろう。それこそ、永劫に。

 「そこまで言われるのでしたら、まぁ…」

 美鈴も折れざるを得ない。大体、これ程の男にこうまで誠を尽くされては、受け入れるしか無いではないか。

 「礼を言う。そして改めて誓おう。お主を必ず主人の元へ還すと」

 「どうしてそこまでしようとするんですか?」

 美鈴には理解しかねた。折角の万能の願望機だ。手に入れて願いを叶えれば良いのに、劉貴は要らぬという。
 聖杯は不要だと、美鈴が主人の元に帰還するのが、望みだと。

 「俺は人として一度死んだ。そして吸血鬼としての生を享け、滅びた」

 美鈴は短く息を呑んだ。サーヴァントとして現れた以上、滅びを迎えていると解っていたが、やはり当人の口から聞くのでは、衝撃が違う。
 一体どんな化け物が、この武人に、この吸血鬼に、滅びをもたらしたのか。それこそ親である『姫』でも無い限り────。
 もしも劉貴に滅びを齎した存在が幻想郷にやって来たら────。そう思うだけで背筋に冷たいものが流れる。

 「だが、悔いてはおらぬし、恥じてもおらぬ」

 そう言った劉貴は、最後を迎えた街で何を知り、何を見たのか、ひどく穏やかな眼で遠くを見ていた。

 「俺は滅びを迎えたあの街で、人を救う喜びを知ったのだ」

 劉貴は語らぬ。己の滅びを、己を滅ぼした相手を。語るのは己が戦う理由のみだ。
 それこそが、劉貴の誇りの在り方なのだろうと美鈴は思った。

 「それがお主を主人の元に返す理由だ」

 その声は沈毅にして重厚。鋼の如き力強さを持っていた。


[クラス】
アーチャー

【真名】
劉貴@魔界都市ブルース 夜叉姫伝

【ステータス】
筋力:A 耐久:A+ +. 敏捷:B. 幸運:E 魔力:B 宝具:A+


【属性】
混沌・善

【クラススキル】

対魔力:A -
 A以下の魔術は全てキャンセル。
 事実上、現代の魔術師ではアーチャーに傷をつけられない。
…………のだが、聖性や流れ水に対しては脆弱であり、素の耐久値でしか抵抗出来ない。
陽光に対しては、抵抗すら出来ず、攻撃値をそのままダメージとして受ける


単独行動:B
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。




【保有スキル】


夜の一族:A+
 蒼天の下、陽光の祝福を受けて生きるのではなく、夜闇の中、月の光の加護を受けて生きる者達の総称。
 天性の魔。怪力を併せ持つ複合スキルであり、アーチャーは夜の覇種たる吸血鬼である。
闇の中では魔力体力の消費量が低下、回復率が向上する。
 夜の闇ともなれば、上述の効果に加えて、全ステータスが1ランク向上する。
 また、種族により更なる能力を発揮する場合があり、吸血鬼ならば吸血による魔力体力の回復及び下僕の作製。
 及び精神支配の効果を持ち、抵抗しても重圧もしくは麻痺の効果を齎す妖眼の二つである。

 下僕となった者にはA+ランクのカリスマ(偽)を発揮し、アーチャーに服従させる。
 下僕化は対魔力では無く神性や魔性のランクでしか抵抗出来ない。
 このランクではCランク以上の神性や魔性でないと吸血鬼化を遅らせる事も出来ない。
 下僕化によるアーチャーへの服従は精神力若しくは精神耐性を保証するスキルにより効果を減少或いは無効化させることができる。
 弱点としては、大蒜や桃の果実に対して非常に脆弱で、陽光を浴びれば即座に全身が燃え上がり、負った火傷の回復は非常に困難。
 アーチャーは元人間だが、二千年の歳月を経た吸血鬼であり、当人の極めて高い資質と、親の規格外の格の高さにより、最高のランクを獲得している。


不老不死:A+(A+++)
 吸血鬼の特性がスキルになったもの。
ランク相応の戦闘続行及び再生スキルを併せ持ち、老化と病を無効化、毒にも極めて高い耐性を持ち、即死攻撃はダメージを受けるに留まる。
 攻撃を受ける端から再生し、一見傷を受けていないようにすら見える程。
 物理的な攻撃では、たとえ肉体が消滅しても、時間経過で復活する。
 しかし、復活に際しては、主従共々魔力を必要とし、何方かの魔力が不足していれば復活出来ない。
 但し聖性や神性を帯びた攻撃には非常に脆く。流れ水に身体を漬けられたうえでの攻撃は通常のそれと変わらぬ効果を発揮する。

 アーチャーを滅ぼすには古の礼に則り、心臓に白木の杭を打ち込むか首を落とすかのどちらかしかない。
 とは言え、首を落とすにしても、斬ったものの技量次第では斬る端から再生されて再生して無効化され、首尾良く斬れても、首を押さえて傷口が開く事を防ぎ、その間に再生癒着してしまう為に、何らかの方法で、アーチャーの肉体に再生を忘れさせなければならない。
 宝具により不死性が向上している。


魔気功:A
天地自然に満ちるエネルギーを、己の体を媒介として撃ち放つ技術体系。
効果としては魔力放出に似るが、身体能力の向上は出来ず、専ら無音無臭不可視の遠距離攻撃として用いられる。
 親指と小指の二本の指が肝であり、この二本の指を封じられると、威力が半減する。
感知するためには高ランクの直感やそれに類するスキルを必要とする。
身体の周りに展開して攻撃を防ぐ『防気堤』。壁や床、地面に溶け込ませ、一切感知することができなくした上で、その場に留める、或いは自在に移動させてあらぬ方角から敵を襲う『変化魔気功』等がある。


飢餓:C(A)
血に対する抑えられない飢え。
一度発動すれば、ランク相応ののステータス上昇を伴わない『狂化』の効果を発揮し、理性無き獣と化す。
 宝具によりランダムで()内の値となる。


心眼(偽):A
 視覚妨害による補正への耐性。
 第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。

【宝具】

 妖琴・静夜

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1000人

肩から下げて、片手でつま弾ける大きさの琴。
音色を聴いたものを即座に眠らせ、数分の間昏睡させる。
この睡眠効果には、精神力では眠りに落ちるまでの時間を僅かに遅らせることしかでき無い。
魔力若しくは対魔力がA以上で抵抗判定が発生する。
耳栓や障害物の類は貫通する為、物理的に防げない。
凡そ使った瞬間に勝敗が決する宝具だが、骨の髄まで戦士である劉貴は、戦闘にこの宝具を用いる事は無い。
専らこの宝具は、戦闘を避けるために用いられる。




貫気

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1人

岩を貫き、その陰の猛虎を斃す気功術。
物理的な防御は意味を為さず、受ければ全身の代謝機能が停止して衰弱死し、機械であれば機能が停止する。
耐え抜いて死ななかったとしても、体内に留まり、消えるまで永続的にダメージを与え続ける恐ろしい魔技。
一度体内に止まれば、身体が水や夢に変じても抜けることは無い。
劉貴がこの業を用いて、魔界都市〈新宿〉に於いて神魔の如く恐れられた三人の魔人全てに痛打を与えた事により宝具として扱われる事となった。




亡女妄恋(秀蘭塵)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:2人

劉貴を愛し、劉貴の為に戦い、滅ぼされた女吸血鬼秀蘭の遺塵。
塵となってもその想いは潰えず、劉貴の身に纏わりつき、共に有る。
自律して動き、凝縮しての防御や、敵の眼や口に入る事で行動を阻害する他、言葉に依らず劉貴と意思の疎通を行い、敵の位置を劉貴に教える。
凝縮しての防御は凄まじく、貫気ですら防ぎ切る。
最大の特徴は、この塵の存在により、心の臓を杭で貫かれる、首を落とされるばどの、夜の一族ですら致命となる攻撃を受けても滅びる事が無く、時間経過と共に復活させる。
デメリットとしては、この塵により劉貴の血への渇望は増大しており、当人ですら抑えがたくなっている上に、劉貴に近づく女性に嫉妬し、劉貴の飢えを刺激して殺させようとする。
マスターである美鈴にとっては、かなりウンザリする宝具。


人物紹介
嘗て讒言により北辺の地に追いやられ、そこで無限に襲来する匈奴と戦い続け、戦死した秦国の大将軍、
死ぬ間際に、『姫』と呼ばれる吸血鬼に血を吸われ、以後は姫に仕え、その敵を打ち倒し続けてきた。
その最後は、姫が恋焦がれ、手中に収めようとした男を、姫から守る為に主人である姫を阻み、主人の手で滅びを与えられた。


把握資料
魔界都市ブルース 夜叉姫伝 新書版全八巻or文庫版全四巻


【マスター】
紅美鈴@東方Project


【能力】
気を操る程度の能力
文字通りの気功術。光弾としてブッパしたり、直接打撃で撃ち込んだりする。


【人物】
紅魔館の門番。暢気な性格で昼寝をしていたりする。社交的で時折里の武術家と手合わせをしたりしている。

【聖杯への願い】
帰還

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最終更新:2023年09月25日 13:58