失敗した。
不知火カヤが矯正局という牢獄の中で抱いていたのはそれだけだった。
自分は実力で負けた訳じゃない。
巡り合わせが悪かった。
運が悪かった。
物事の噛み合いがただ致命的に悪かったからたまたま失敗した。
あの時あったのはほんのそれだけ。
それ以上でも以下でもないのだと信じているから、反省も後悔もある訳がない。
むしろあるのは、怒りだった。
自分という超人に正しく管理される事を嫌がった凡人どもの僻み。
そして超人を正しく助ける事の出来なかった無能どもへの、怒り。
反省するのは過ちを犯した人間だけだ。
自分は何も間違っていない。
後悔するのは愚かな人間だけだ。
自分がする事では決してない。
矯正なんて馬鹿も休み休み言うべきだ。
私を矯正すると嘯く暇があれば自分達の出来の悪い脳を矯正する事に勤しんだ方がいい。
私は悪くない──悪いのはこの社会そのもの。
「私が甘かった…」
そうだ、甘かった。
このキヴォトスの愚かさを甘く見ていた。
変革を許容出来ない旧態依然とした馬鹿の群れ。
こいつらに訴え掛けるのならもっと燦然とした衝撃(ショック)が必要だったのだと心底思い知った。
牢獄の中で噛み締めるこれが後悔でなくて何なのだ。
であれば私は確かに愚かだったのかもしれないと、カヤはそう思う。
「もっと徹底的に、そして燦然と…何の抵抗も許さない有無を言わさぬ支配でなくては……っ。
あの馬鹿な凡人どもを相手にするにはてんで不足だったんです……!」
やり直したい。
あの屈辱的な敗戦を覆したい!
こんな結末は間違いだ。
言うに事欠いてこの私が矯正局で罪人扱いだなんて狂っているとしか言い様がない。
カヤは歯を食い縛り涙さえ浮かべて願う。
次があるなら今度こそ全てねじ伏せてやる。
逆らう全て、シャーレの"先生"、全部全部全部!
カヤは決して疑わない。
自分の落ち度を。適格を。
自分が七神リンに代わって立つに相応しい人間であると信じている。
あの“連合生徒会長”の代わりは自分しかいないと──今でも信じているのだ。
カヤはその点においては紛れもなく超人だった。
自分の能力への自負と懲りなさ。
厚顔と呼んでもいい程の往生際の悪さが彼女の美点として今も光り輝き続けている。
だからこそだろうか。
矯正局の中に投獄された彼女の手元に、一枚の"黒い羽"が落ちて来たのは。
「……」
根拠はない。
が、不思議な力を感じさせるその羽を。
カヤは手に取り、気付けば涙を溢れさせながら願いを込めていた。
「私は…、私は……!あんな結末認めません、断じて!
超人たるこの私の悲願が、心根の下らない馬鹿な凡人達に足を引かれて終わるなんて…絶対に許せない──!!」
その願いを。
電脳世界の果てに広がる一つの街が、一つの願望器が聞き届けた。
カヤ…哀れな敗者の体が光に包まれそして消える。
キヴォトスから冬木市へ。
"黒い羽"という青天の霹靂によって、自己を超人と信じる少女に蜘蛛の糸が垂らされた。
◆ ◆ ◆
「そうだな。お前のやり方は至極正しい」
「そうでしょう!? そうですよね! ふふ…良かった。私のサーヴァントが物の正誤がきちんと解る方で一安心です」
「寧ろそれ以外の選択肢が有るのか? 我は其方の方が理解に苦しむが。
意見立場の違う者の声にいちいち耳を傾け向き合っていたら治世など出来まいよ。
抗うなら戦をする。戦でねじ伏せ押し通る。我らの時代では稚児でも解る理屈だったぞ」
時が進んで数日後。
所変わって電脳冬木市。
不知火カヤは満悦していた。
そも、カヤの懸念はたった一つだった。
自分のサーヴァントがもしも、道理の解らぬ無能だったならどうしようか──という事。
下手に考えばかり達者な無能をあてがわれるくらいなら、いっそ全く意思疎通の出来ない狂戦士を当ててくれた方が良い。
サーヴァント等所詮は只の兵器。
肝要なのは自分の超人的采配とその存在なのだから──そう思っていたのだが、カヤの懸念は杞憂に終わった。
蓋を開けてみれば相手はカヤのやり方を理解してくれる優秀な男。
ステータスも漂う気風も申し分ない。
ツイている。自分は今度こそ運と流れをモノに出来ている。
役立たずのFOX小隊なぞとは比べ物にならない大戦力をこの超人が担うのだ。
これで勝てない筈がない──カヤは既に未来の天下を確信していた。
「天下泰平と言うのも考え物だな。戦が無ければそうも腑抜けた社会になってしまうのか」
「まぁ…泰平かどうかは疑問でしたけどね。とはいえ、弱者が強者の足を引っ張るばかりの社会でしたよ」
「良くないな。それでは強者が哀れだ。
生涯を尽くして研鑽に心血注いだ武士が報われぬ世など、それこそ不公平と言うものだろうに」
何せこの通りだ。
一つ言葉を投げれば必ず望んだ答えが返ってくる。
「皆が皆強くあれる訳ではない、それは俺も理解している。
女子供に老人、生まれながらに不具や畸形の者。そもそうした者達が生まれて来る事が間違いだと糾するのは残酷と言うものだろう」
「えぇ、はい。私も其処まで思っている訳ではありません。
上から下まで全ての人間に10の働きを求めたなら、待っているのはそれこそ無秩序な乱世でしょうから」
「だが治世者の居ない国は腐る。その夢物語を実現させた事自体は天晴れと思うが、カヤ。お前の言を聞く限りではやはり無理があるな」
「えぇ全く。寧ろ凡人達にこそ、その未熟を率先して背負い立つ超人の存在が必要なのです」
「ははは、解るぞ。どうもお前とは気が合うようだ──うん、ホッとした。
実は我も内心心配だったんだ。もしも馬の合わない奴がマスターだったならどうしようかと思っていた。
だって我の生殺与奪を常に其奴に握られている訳だろう? 何ともゾッとしない話じゃないか」
悩ましげな顔で訴える自分のサーヴァントにカヤはくすくすと口を押さえて笑う。
その通り。まさにその通りだ。
弱者の存在は許容しよう。許してやろう。
だがその意向一つ一つに優れた誰かの治世が妨害される事は認め難い。
その結果として生まれるのは自分が経験したような腐りに腐った不条理だ。
一部の優れた超人の統治下で凡人が身の程を弁えて幸せに暮らす、それこそがあるべき社会の理想像。
そんなカヤの考えを彼は全て肯定してくれた。
「ご心配なく。貴方はまさしくこの私にのそ相応しいサーヴァントです、ライダー」
「それは此方の台詞でもある。我の方こそ良かったよ、現世の価値観(ノリ)は戦国の野蛮人にはどうも性に合わなくてな」
カヤは確信する。
自分は生まれる時代を間違えたのだ。
キヴォトスのような、弱者が真の強者の足を引っ張る社会ではなく。
強い者が正しく世を率いれるそんな時代こそが自分の理想だったと。
そしてこのライダーが居れば…彼の力に自分の超人的采配が加われば必ずやあの腑抜けたキヴォトスを叩き直せると。
確信したからこそ拠点の外から聞こえる喧騒に対しても耳を貸しはしなかった。
「──さぁ、貴方の力を見せてください。私達の台頭の狼煙をあげて見せましょう?」
「そうだな…一つ宣戦布告でもしておこうか。天下と呼ぶには少々狭いけどな」
誰だ、私を天下に押し上げるのは。
私をあるべき立ち位置に返り咲かせるのは。
不知火カヤは屈しない。諦めない。
必ずや失ったあの座に返り咲いてみせるのだとそう誓ったからには止まらない。
──この世界は、私にとっての喝采だ。
私が勝つ。
私が統べる。
私が制して、私が手に入れる。
それでこそだ。そうでなくてはならない。
それ以外の結末等何一つとして認めるものか。
「戦の時間だ。よく見ていろ、カヤ。強者の戦というものを」
この拠点は既に数体のサーヴァントに囲まれている。
それを悟りながらしかしカヤもそのライダーも恐れない。
堂々と悠然と、勝利を確信しているがこその自信を胸に外へと自ら躍り出る。
結末は勝利以外に有り得ない。
そして事態は、その通りになった。
◆ ◆ ◆
「は?」
不知火カヤは勝利した。
予想通り、期待通りの勝利だった。
強者の──超人の勝利とは圧倒的であるべきだ。
それでこそ人は自分を超人と崇める。
絶対的な格の差を痛感し、崇拝し、尊敬する。
ライダーはその期待に完璧以上に応えてくれた。
傷一つ負う事なく同盟を組んで襲い来る敵の全てをねじ伏せ無力化してみせたのだ。
まさに想像通り。
カヤの望む結末を手繰り寄せる圧倒的勝利。
…その筈だった。
結末だけを見れば間違いなくそうだった。
にも関わらずカヤは今、固まっていた。
「終わったぞ、カヤ。少し話し合ったら皆解ってくれた。手早くて助かったよ」
「ぇ…え、ぇ? あ、あの……え。本当に終わったんですか、これで……」
「? 何を言っているんだ?」
起こった事を説明するのは造作もない。
元々の情報量が余りにも少な過ぎるからだ。
同盟を組んでカヤ達の拠点を襲撃した三組の主従の前にライダーが満を持して躍り出た。
そしてライダーは剣を抜き、言った。
只一言。ほんの一言だ。
『無用な血を流しても仕方がない。武器を棄てて跪けば、お前達の全てを見逃そう』。
「皆膝を突いて退いてくれたじゃないか。聞く所によれば、サーヴァントを失ったマスターはものの数刻で消え果てるのだろう?」
その瞬間の事である。
今の今まで殺意を持って対面していたマスター達の全てが、陶酔したような情けない顔になった。
それにカヤが驚きを抱く前に事は進んだ。
一人また一人とその場で膝を突き頭を垂れた。
そしてまるで先を急ぐように各々叫び始めたのだ。
…自身のサーヴァントを自害させる令呪(ことば)を。
「誇れ。この戦、我々の勝利だ」
それで全てが終わった。
剣を交わすまでもなく全てが終焉(おわり)。
生き残ったマスター達は今も土下座したまま額を地に擦り付けている。
一瞬にしてカヤは三主従を屠った戦果を手に入れた。
何が何だかも、解らないままに。
「ははは。何だ情けのない。勝者が戦果に臆してどうする──笑え。勝てばこそ笑うのだ」
──違う。
カヤはそう思った。
これは自分の望んだ勝利じゃない。
だってこんなもの、自分の勝利であるものか。
自分は何もしていない。
指示の一つだって出しちゃいない。
立ち塞がる強者を出し抜いて吠え面を掻かせる自分。
悔しがりながら自分の敗北を確信する者をせせら笑う自分。
サーヴァントを巧みに操り勝利を手繰り寄せる"超人"の面目躍如な展開──そのいずれもこの結末に関与していない。
全てライダーが一人で終わらせてしまった。
本当に全部、何もかも。
一から十まで、全て。
「どうした? カヤ」
カヤの想像していた展開は簡単だ。
ライダーがねじ伏せる。
自分が敵の手を欺いて打ち勝つ。
彼女は想像もしていなかった。
一手どころかほんの一言で敵の全てが瓦解し、自ら命運を投げ捨てる事態なぞ。
「笑え」
「ぇ…」
「笑え。それでこその強者。それでこその超人だ」
理想と現実がぶつかる。
確かにカヤは勝った。
それを否定出来る者は皆死んでしまった。
しかし、この勝利に"不知火カヤ"の関与した要素は一つとしてない。
カヤが何かする前に全ては終わった。
ライダーの勧告一つで片が付いた。
ぐるぐるぐるぐる。
心の中で感情が廻る。
「カヤ」
違う。
これは──こんなのは、違う。
私は強い。私は優れている。
この世の誰より優れているのだから勝つのは当然。
だけどこれは何だ。これは、違うだろう。
私が一つたりとも関与する事なくものの一言で全てが終わってしまうだなんてそれは、そんなのは…
「笑え。笑うのだ」
──違う。
私が望んでいたのはこんなのじゃない。
これじゃ私の存在なんて無意味ではないか。
超人でも何でもない只の蚊帳の外じゃないか。
つまらない。認められない。断じて。
こんな結末、断じて、断じて…
「──あ、は」
気付けばカヤは笑っていた。
求められる通りに声をあげていた。
愉快痛快と笑って、表現をしていた。
「あは、ははは、ははははは…!」
その理由は一つだ。
怖かったから。
自分に斯くあるべしと求めるライダーの瞳。
其処に、蜷局を巻いたムカデのような恐ろしさを垣間見てしまったから。
その時点でカヤの脳裏に、ライダーの言う通りに自ら命脈を絶ったマスター達の姿が過ぎった。
だから──笑った。
求められるままに笑った。
自分の抱く感情、忸怩たるもの、全て押し殺して道化のように只笑った。
「うむ。弱者をねじ伏せ圧倒的に勝つ等今更だが、なかなか悪くない気分だ」
何が悪い。
圧勝、素晴らしい事じゃないか。
カヤは自分にそう言い聞かせる。
言い聞かせて、笑う。
そうしていないといけないと思った。
本能の部分が、そうしなければ自分が自分を認められないと悟った故の防衛行動だった。
「──征くぞ、カヤ。我はお前の志を高く買っている。共に天下人の座へと駆け抜けようぞ」
「…は、はい。勿論です──えぇ、勿論ですとも……!」
だがそれをカヤが認める事は決してない。
当然だろう。
それを認めれば彼女の一番大切な柱が揺らいでしまう。
連合生徒会長の座に只一人代わって立ち得る存在である己という柱が、折れる。
英傑の撒き散らす畏怖に心を折られて跪いたとあっては、二度と超人等とは名乗れない。
──だからカヤは必死に虚勢を張った。
その事実を否定するように強い自分を装って、求められる儘に笑った。
目前の彼が一度も自分の事を"主君(マスター)"とは呼んでいない事実から目を背けながら笑った。
「私の願いは…今度こそ叶う。征きましょう、ライダー……強き我々が治める世を作る為に……!」
「うむ、是が非でも共に成し遂げよう。
今此処に新たな乱世の始まりを宣言しようではないか。時代も世界も異なるが、乱世あるところに必ずや武士あり。
天下人の戦と言う物を体験させてやろう。我が新たな腹心──不知火カヤよ」
…"超人"は確かに実在する。
存在するだけで他者の全てを圧する存在がこの世には稀に生まれ落ちる。
その真贋が此処に対比された。
片や自分をそうある存在と信じる者。
片や、只其処にあるだけで他を圧し勝利を吸い寄せる正真の"超人"。
「大船に乗った心算で任せると良い。お前を天下に押し上げるのは他でもない、この尊氏ぞ」
──サーヴァント・ライダー。
真名を足利尊氏。
鎌倉末期から室町前期に渡り存在感を示し続けた乱世の寵児。
いわく。神力の申し子。
当世から後世まで誰一人彼を理解出来なかった。
怪物の如き精神性のままに怪物の如き戦果を重ねる梟雄。
真の超人が偽りの超人に微笑む。
それに対して少女は、ぎこちない愛想笑いを返す事しか出来ないのだった。
【クラス】
ライダー
【真名】
足利尊氏@逃げ上手の若君
【パラメーター】
筋力C 耐久B 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具C++
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:B
乗り物を乗りこなす能力。
大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、 幻想種あるいは魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなすことが出来ない。
【保有スキル】
異形のカリスマ:A
大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
精神性が極めて破綻しており不安定。
性質としては人間よりも人外、魔性の類に近いが、その異形さは却って人を惹き付ける。
武芸百般(甲):A
戦国乱世を駆け抜けた事による恩恵。
多岐にわたり培われた戦闘技術により、あらゆる戦闘状態に対応することが可能。
神力:A++
文字通り神が如き力。
声一つ、姿一つで他者を征服させるカリスマ。
尊氏程になれば声一つで万軍をすら平伏させる。
【宝具】
『南北朝・征夷大将軍足利尊氏』
ランク:C++ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
最も苛烈にして不明瞭な人物像を持つ征夷大将軍、南北朝時代の覇者たる存在そのもの。
スキル『神力』との複合宝具で、尊氏が行動を起こす度に判定が行われ、その結果に応じて行動の成功率を大幅に高め上げる。
時に天変地異をすら味方に付け、時に死ぬ覚悟を決めて戦に臨む武士の強固な人心をもねじ曲げる嵐の如き男。それが尊氏である。
尊氏に特別な武器等必要ない。足利尊氏という存在そのものが、彼を彼たらしめる最大の支柱。
【人物背景】
鎌倉幕府に弓を引き、天下の座へと駒を進めた日本屈指の大英傑。
後世にまで多くの謎を残した理解不能の天下人。
類稀な神力をその身に宿し、災害のように勝利を積み重ねた男。
【サーヴァントとしての願い】
次の天下を取る
【マスター】
不知火カヤ@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
超人としてキヴォトスを正しく導く
【能力・技能】
防衛室長を務められるだけあって知能は高い。
ただし人望は皆無に等しく、彼女自身もそれを認めている。
【人物背景】
連邦生徒会「元」防衛室長。
自らを超人と嘯く自信家で、暗躍を重ねて連邦生徒会長代行の地位を奪い取った。
しかしその後は迷走と反乱分子の拡大によって追い詰められ、立場を追われて連邦矯正局へと収監された。
最終更新:2023年09月27日 22:44