冬木の中心部から離れた、郊外の広い邸宅。
かつてそこを拠点としていた主従から奪った家で、ライダーは憤慨していた。

「ありえないだろ?僕を誰だと思ってるんだ。僕は魔女教大罪司教『強欲』担当レグルス・コルニアスだぞ。どうして僕があんな腐れ学者のサーヴァントとして戦わなければならないんだよ。他人を支配して戦わせようなんて、あまりにも傲慢で強欲で卑劣な、僕の権利を踏みにじる行為だと分からないのか?無欲であるがままに満たされて完結した僕に、本来聖杯なんて必要ないんだよ。聖杯に願うなんて言い方も気に入らない。それじゃあまるで僕が聖杯に慈悲を乞うているようじゃないか。憐れまれているようじゃないか。それは僕が欠けてて足りてなくて可哀想な憐れまれる存在だって言ってることになるだろうが。無欲で理性的な僕でも、不正義と不公平を見過ごすことは出来ないなぁ。権利の冒涜者たる聖杯戦争も、『強欲』に支配された哀れな参加者たちも、僕の正当な報復の対象だ。ああ、僕だって別に暴力を振るいたい訳ではないけれど、ここで僕が黙って引き下がれば、それは正義の敗北だ。不正義の勝利で、悪徳の蔓延を許すことになる。そのような前例を残すべきじゃない。だから僕は悪徳者どもに正当な対価を払わせてやらなければならない。参加者どもを打ち倒して、僕を使い魔扱いする老害学者に厳正に罰を下して──聖杯を手に入れる。そうじゃないといけない」

ライダーは妻たちに喚き散らしながら広大な食卓を歩き回る。邸宅の片付けに加わらず、その場に残っていた数人の妻たちは無表情に彼に相槌を打ち続ける。

この聖杯戦争はライダーにとって苛立つことばかりだった。満たされた個として完結した自分が、使い魔として動かねばならないこと。その契約の主が強欲の塊のような下種であること。あまつさえ妻たちの家すら用意されず、
『要るのならあなたが適当に奪ってくればいいんじゃないかしら?あなた仮にも英霊とかいうやつなんでしょう?自分の頭で考えなさい』
などとのたまって来たこと。

「無論。無論僕は労苦を惜しまない、怠惰さからはかけ離れた人間だ。あの無能が動くよりは、僕が動いたほうが手っ取り早いというのは事実だろうさ。だがこれは礼儀の問題だ。ただでさえ人を支配して使い魔扱いして戦わせるなんていう著しい私権の侵害をしておいて、たかが拠点一つすら都合しない、いや都合する姿勢すら見せないのはどういうことだ?僕の優しさに寄りかかった、失礼極まりない態度じゃないか。礼を失するということは僕を、僕の人生を軽んじたということだろ?ならそれは即ち──」

「随分元気そうねえ」

食堂の入口から、ライダーの長広舌を遮って声がかかる。ライダーは忌々しげに食堂に入ってきた声の主、中年の女──広山衡子准教授を見る。彼女がライダーのマスターだ。何が面白いのか知らないが、ライダーに殺された敵マスターの死体や、巻き込まれたNPC住民の死体やらを見分していたのは知っている。

「あのさあ。君は僕が妻と話をしていたのが聞こえなかった訳?人が話しているところを遮るべきじゃないって誰からも聞いたことがないのか?君みたいな無知な愚者が、学生に教える立場だなんて笑えない冗談だ。そのような行為は未来への暴力にも等しいよ」

ライダーの暴言を聞き流し、広山准教授は呆れた様子で言う。

「そんなことより、困るじゃないの。今は聖杯戦争の予選期間なんでしょう?こんなとこでのんびりされてても意味がないわ。さっさと他の参加者を片付けて来て頂戴」

昼間はまあ目立つから仕方がないにしても、まだ夜の10時よ?などと広山准教授は続ける。
ライダーは努めて冷静であろうとするが、元よりライダーにそのようなことは不可能であった。

「はあ?他の参加者の立ち位置すら探らない、何も聖杯戦争に貢献しない、無能極まりない君がどうして僕に命令するんだい?物事の順序というものが判ってないんじゃないのか。この家にいた奴らに関しては、僕の妻たちを寒空の下で劣化させて恥じない外道共で、その上聖杯を狙う身のほど知らずの『強欲』だったから始末しただけだよ。僕がお前の言う事を聞くなんて思い上がるんじゃない」

もし目前の女が自分の現界に必要な要石でなければ、とっくの昔にライダーは殺していただろう。
しかしライダーは自分を他者に寛容な賢者であると自認している。そして聖杯は、ライダーを卑怯かつ残虐な手段で葬り去った騎士気取りの強姦魔と清楚ぶった精神的売女、剣聖を名乗る化け物共にしかるべき報復を下すには必要な手段だ。
ならばこの女の傲慢も無知も、利用して聖杯に至らねばならない。

「ごちゃごちゃ煩いわねえ使い魔。令呪で自害させられたいのかしら?私はそれでも一向に構わないのだけれど。可哀想な頭ね」

「黙れ。僕を憐れむな見下すな支配しようとするな愚かで腐った権利強姦者がァ──!」

ライダーは激情のままに手を振り下ろす。『獅子の心臓』が発動した塵が、空気が絶対の武器となって広山准教授を含めた一帯を吹き飛ばす。
戦いの素養など全くない中年女性である、広山准教授に避けられる訳もなかった。

「あら──ぶ」

直後、広山准教授は膝から下だけを残して消し飛んだ。その後ろの食堂の壁には大きく穴が空き、庭まで吹き抜けていた。



☆☆☆☆☆



激情の一瞬の後、ライダーは自分がマスター喪失による消滅の危機に陥っていることに気づく。
苛立たしげに広山准教授の痕跡を確認するも、彼女は明らかに死んでいた。仮にも百数十年大罪司教として君臨し続けた戦闘経験は、撒き散らされた血の量やかつて体内にあっただろう臓器の断片から、彼女の確定的な死がはっきりと把握できる。

(最期まで愚かな、僕の足を引っ張り続けるだけの主人気取りが。何故僕が、このような緒戦で足を取られなければならないんだ)

ライダーは怒りもあらわに、広山准教授の体を踏みつける。あたりに血が飛び散るが、『獅子の心臓』の発動したライダーの体には血の一滴もつくことはない。

(ともかく早急に他の令呪持ちを見つけ、再契約する。それが最も妥当な手だ。僕は魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアス。たかが聖杯戦争ごときで僕の足を止められるものか)

ライダーは探知の能力を持たない。とはいえ、冬木の街を破壊していけば、おそらく他の主従も炙り出されてくるだろう。予選の段階で目立つことは出来れば避けたかったが、このような状況ではもはや仕方ない。

(僕の権能、『獅子の心臓』で、上空から砂でも撒いてやる)

冬木の街を機能不全にするには、十分な脅威だ。邸宅の庭に出たライダーは上空へ飛び立とうとし──違和感に気づく。

(先程吹き飛んだはずの壁が直ってる?)

広山准教授を殺した時に、吹き飛ばしたはずの邸宅の一部が、何事もなかったかのように元通りになっていた。
そして──

(僕の魔力供給が途切れていない)
(何故だ?僕が殺しそこねた──とでも?)

あり得ない。確実に広山准教授は死んでいた。それをしっかりと確認した。
なのに、その記憶が掠れていく。まるで夢だったかのように薄れていく。
異常だ。『獅子の心臓』を発動したライダーに干渉可能なものなど、ないはずなのに。

「何をしようとしてるのかしら?勝手なことはやめてよね。あなたが馬鹿なことをすると、マスターである私にまで迷惑がかかるのよ」

腹立たしい言葉とともに、広山准教授がどこからともなく現れる。
先程の凄惨な死が本当に夢だったかのように、傷ひとつない。

「予選なんて長々やっても仕方ないわ。あなた、今晩中にあと三主従は落とせるわよね?目立ったら面倒くさいから、絶対に私達がやったってバレないように、こっそりね。痕跡とか目撃者も、ちゃんと全部消しときなさい。あと、あんまり街を壊しすぎないように。私が不便だもの」

滔々と傲慢な命令をしてくる広山准教授に、ライダーは僅かな間呆然としていた。

「何故だ……」

「ああ、何故私が生きてるのか?まあそうねえ。知ったところであなたたちがどうこう出来るものじゃないし、教えてあげても──」

ライダーは怒りもあらわに、不機嫌そうに喋りだす。

「何故、お前は死んでないんだよ!理由なんてどうでもいい。知ったことじゃない。僕が、君の傲慢と無知を精算させてやる機会を与えてやったって言うのに何を蘇っているんだ。恥知らずの年増女」

自らの意思が通らなかったことへの憤りが、ライダーの思考を支配する。先程のマスター消失がどうこうの話は、完全に思考の外となっていた。

「私がいなきゃ今頃消えてた使い魔が、でかい口を叩──」

ライダーの再度の凶撃が、広山准教授に向かう。
ライダーの足に跳ね上げられた土は、広山准教授の体を斜めに寸断していた。



☆☆☆☆☆



(馬鹿な使い魔だけど、まあ無敵なのは間違いないし問題はないわね)

再度蘇った広山准教授は、ライダーの下に戻らず自宅への帰路を辿っていた。
ライダーには念話で今夜の動きの念押しをしておく。念話で長々と苦情が入るが、まあ無視すればいいことだ。

今回の戦いでは、色々と収穫があった。

(この世界の人たちはマスターやサーヴァントを含めて"本体"を持たない。この世界に存在する人間を殺せば、そのまま本当の死に至る。簡単ねえ)

広山准教授の不死のカラクリは、"本体"がこの聖杯戦争の舞台に存在していないからだ。
広山准教授の"本体"は、不思議の国という異世界に存在する。その"本体"が見る夢の主人公が広山准教授だ。
夢の中で何度死んでもそれが現実の死を意味しないように、広山准教授はたとえ何度死のうと死んだことを"夢"扱いにして復活できる。
不思議の国に"本体"を持つ人間を殺すには、不思議の国で"本体"を殺さねばならない。

この戦いで、他のマスターやNPCをライダーに殺させたが、彼らが蘇ることはなかった。"本体"が不思議の国の住民を殺した訳でもなく、"本体"の周囲で住民の死が起きることもなかった。
おそらく不思議の国に"本体"を持つのは、広山准教授の特権だ。

(不死のマスターと、無敵の使い魔。聖杯戦争で、これ以上のアドバンテージがあるかしら?)

広山准教授は上機嫌で、家路を辿っていた。
その途中で、ふとライダーの言葉を思い出す。

「確かに、敵主従の居場所くらいちゃんと把握出来るようにしておいたほうがいいわよね……」

ライダーは強いが、面倒なことに探知に使える能力はない。広山准教授が探ってもいいといえばいいが。

(私は忙しいし、田畑助教にでもやって貰いましょう)

携帯電話を取り出し、同じ研究室の助教授、田畑に電話をかける。勤務先の大学は適当な冬木市内の大学に変えられていたが、研究室の内容は概ね再現されていた。

「もしもし田畑くん?明日の報告会までに、冬木で起きたここ数日の奇妙な事件についてまとめておいてくれる?パワポ15枚分位で、一事件1枚でまとめておいて頂戴。場所と日時、時間と特徴、その他ちゃんと調べて分かりやすくね」

「研究に何の関係があるのか?馬鹿なことを聞くわね。あなたの業務処理能力を把握するためのテストみたいなものよ。ああそれと、明日の朝9時までに事務係から頼まれてる環境影響チェックシート、過去2年分200項目、データ添えて提出しておいてね。あなたは聞いてないかもしれないけど、私には半年前から話が来てるから、今更待って貰えないわ。遅れたらあなたの責任よ。よろしくね」

電話を切る。冬木の夜空は星が綺麗という程でもないが、今の広山准教授には輝いて見えた。

(私は聖杯戦争に勝つ。聖杯があれば、もう世界の真実を利用して、一人一人邪魔者を殺してコツコツ出世していく必要なんてない)

聖杯があれば、教授にだって簡単になれる。
いや、学科長、学部長にだって──その上にだって、一足とびに成ることが出来る。

(私は、聖杯を使って──学長になるのよ)


【クラス】
ライダー

【真名】
レグルス・コルニアス@Re:ゼロから始める異世界生活

【ステータス】
筋力E(EX) 耐久E(EX) 敏捷E(A) 魔力D 幸運C 宝具EX
()内は宝具「獅子の心臓」発動中

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:E(EX)
魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
()内は宝具「獅子の心臓」発動中の値。発動中は理論上、魔術でライダーに傷をつけることは出来ない。

騎乗(心臓):C
乗り物を乗りこなす能力。
ライダーの場合はスキル「小さな王」に付随する、自らの心臓を他者の内に移し替える能力。乗り物を使いこなす能力はない。

【保有スキル】
愛する妻たち:D
ライダーの現53人の"愛する妻"たちを召喚するスキル。ライダーに微塵も愛や忠誠を持たない、ただ恐怖のみにより支配されている女性たち。
ライダーの"小さな王"の対象であり、知らないままに彼の無敵を支えさせられている。

福音の教え:-
魔女教大罪司教『強欲』担当として、福音書の指示に忠実に従う。本聖杯戦争では、基本的に福音書の指示が来ることはないので発動しない。

小さな王:EX
ライダーが"強欲の魔女因子"により所持する権能の一つ。ライダーが"妻"と認めた存在に、ライダーの心臓を擬似的に植え付ける能力。宝具「獅子の心臓」の心停止のデメリットを無効化する。対象者の誰かの心臓が一つでも鼓動している限り発動し続け、また対象者が自然に気づくこともない。
ただし、対象者がライダーから"愛を感じられない距離"まで離れると効果は発動しなくなる。

【宝具】
『獅子の心臓』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:1
ライダーが"強欲の魔女因子"により所持する権能の一つ。
自分の肉体と、自分が触れたものの時間を止める能力。この効果を受けているものは、外界からの干渉を一切受け付けず、一方的に外部に干渉する。
魔力消費が極めて低く、ライダーは常に自身にこの宝具を発動している。ただし、本来この宝具は発動時のデメリットとして自分の心臓が停止する。
ライダーはスキル「小さな王」を用いてこのデメリットを回避している。

【weapon】
宝具「獅子の心臓」で時間を静止させた自分の肉体。および、この効果を受けた空気、土砂等の周囲の物体。

【人物背景】
嫉妬の魔女を崇め、その復活を願い福音書に従うとされる団体"魔女教"の最高幹部、大罪司教の一人。
『強欲』の魔女因子の保有者で、魔女因子に由来する二つの権能を持つ。
「獅子の心臓」により百数十年今の姿で生きており、当時から魔女教大罪司教『強欲』担当として活動していた。

外見は平凡な、細身で白髪の青年。
外面こそ穏やかだが、その実承認欲求と自己顕示欲が極めて強い非常に我が儘な激情家。
長々と自分の正当性を主張するが、あくまで自分の意見を押し通すためのものでしかなく、対話の余地は存在しない。

水門都市プリステラの戦いで、スバル、エミリア、ラインハルトに権能の正体を看破され、都市の地下深くで溺死する結末を迎えた。

【サーヴァントとしての願い】
聖杯戦争に勝利し、自分を殺したスバル、エミリア、ラインハルトに復讐する。
また、マスターである広山にもしかるべき報いを受けさせる。

【マスター】
広山衡子@アリス殺し

【マスターとしての願い】
聖杯戦争に勝利し、聖杯の力で学長になる。

【weapon】
釘打ち銃
別に他人に撃つことに躊躇はないが、主な用途は確実な自殺による状況の仕切り直し。

【能力・技能】
  • 世界の真実
広山は夢と現実の関係に気づいた人間である。
広山の世界は“不思議の国”に存在する"赤の王様(レッドキング)"の夢であり、不思議の国の住民の見る夢の姿が世界の住人であると知っている。
本来広山の世界の住人たちは不思議の国を夢の中の世界だと認識しており、自分たちが夢の存在だと気づくことはない。

広山は本体が"不思議の国"に存在するため、広山を殺しても本質的な死には繋がらない。
"赤の王様"の辻褄合わせにより、本体が生きている限り広山の死は夢の出来事であると処理され、なかったことになる。
現実世界から広山を殺すことは困難。

【人物背景】
とある大学、篠崎研究室所属の准教授。
中年の独身女性で、出世欲がとても強く、我慢することが大嫌い。

理系分野の研究者だが、科学的素養に欠けており、コネや処世術と他人への仕事の押し付けで立場を築いた。発表論文のデータは妙に綺麗で再現性が低く、捏造したものであることを疑われている。
部下である田畑助教には過剰な仕事の押し付け等のパワハラを繰り返しており、また不要な実験機材を購入し業者からリベートや接待を受けている疑惑がある。

不思議の国の夢のみを見ることを疑問に思い、独自に調べた結果世界の真実に到達した。
世界が夢に過ぎないと知っていることもあり、自分の出世のために他人を殺すことをなんとも思わない。
上司である篠崎教授を不思議の国側から殺害し、その席を奪おうと決意した夜に"黒い羽"に触れ、聖杯戦争に招かれた。

【方針】
聖杯狙い。

【備考】
参戦時期は原作直前。

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最終更新:2023年10月02日 17:04