市のセンタービル付近に位置する、冬木市ハイアットホテル。
年間数百人の宿泊客の出入りするこの宿泊施設は、冬木市全体が苛烈な聖杯戦争予選の渦中に巻き込まれようとも、普段と変わらずに営業を続けている。
何も知らないNPC、あるいは予選を過ごす主従がその立地に目を付けようとも、変わらず平穏は維持されていた。
考えてみれば、不自然な話だ。
立地条件を考慮しても、ここは拠点として選ぶには優秀な場所。
熟練の魔術師ならば、魔術的防衛を施し、要塞として運用する事も可能だろうに。
だというのに、現状、この施設を利用している魔術師の痕跡はない。
参加者が集まれば、必然と起こる筈の衝突、及び被害。
それら当然の厄災は、このホテルでは不自然なまでに起こっていなかった。
ーーーー
予選開始から数日、このホテルで10名を越える死者が出た経緯を、公私含めてどこも報道していない。
ーーーー
ホテルのとある一室、従業員による室内の清掃が行われている。
「……」
黙々と清掃を行っているのは、黒嶺ユメという女性だ。
裏バイトと言えども手広く行った職歴の賜物か、彼女は慣れた手付きで清掃を行っている。
ホテルの従業員(正確には臨時雇いのバイト)というロールを用意されてから、彼女が頻繁に行っている作業、慣れも必然か。
ベットシーツの交換、床の掃除機がけ、壁のアルコール消毒、バスタブの清掃。
「…………」
作業は丁寧に、迅速に。
赤い跡が残らないように、丁寧に、丁寧に行う。
昨晩、この部屋で死人が出た。自殺だった。
恰幅の良い大柄な男性だった。彼は大量出血でショック死するまで、髭剃りで右手を削り続けたらしい。
凄惨な死に方ではあったが、ホテルのオーナーから事件を知らされた時も特に驚きは無かった。
裏では見慣れた事案という事もあるが、そもそもこのホテルーーいや、この部屋で誰かが死ぬのは今回が初めてではない。
もう後片付けに慣れてしまう程、此処で誰かが死んでいる。
大抵は飛び降り、首吊り、リストカット等のオーソドックスな手法だが、中には窒息死するまで部屋中の紙を飲み込み続けた客や、朝食のチキンスープで溺死した変わり種もいた。
彼、あるいは彼女らはマスターだったかも知れないし、そうじゃなかったのかもしれない。
運悪くこの部屋に誘われ、宿泊し、そして自殺した。それが全てだ。
聖杯戦争という舞台を保つためなのか、短期間の自殺者の続出は不自然なまでに騒がれない。
警察が来ても遺体の回収をするだけで、単なる自殺として処理されている。
その点はある意味、普段の裏バイトと何も変わらないが。
しかし、少なくともこの異常さの原因をユメは理解している。
自らが召喚したサーヴァント、アサシンによる凶行だという事は。
(くさい)
(くさいくさいくさいくさいーーくさいっ!)
作業中、延々と感じる異臭。
蒸せ返るような『黒い』匂い。
アサシンはユメに敵意を向けていない。
だが、それでもなお、この『匂い』。
怪異の危険性を嗅ぎとる、匂いという名の危機感知能力。
ユメの命を幾度も救ってきたそれが、最大限に警報を成らしている。
ホテルの部屋に潜む邪悪、ユメがアサシンとして呼び出した怪異、『1408号室』。
アサシンが彼女を内に招き入れて、それでも生かすのは、要石としてアサシンの存在を彼女が保っているからだ。
そんな最低限の理由が無ければ、きっとこのアサシンは、己のマスターすらも客として餌食にするだろう。
出来るだけ多くの死を、この部屋は望んでいる。
邪悪だ。
生者の死を願う悪意だけが、この空間を満たしていた。
「お、終わった……」
開始からキッチリ10分。永遠に思えた作業が一通り終了した。
一刻も早く退出したい。それだけを願い、清掃を続けていたユメは、最終確認も程ほどに済ませ、部屋から出ようとした。
「……は?」
ユメは凍り付いた。
作業中、常に開けていた筈のドアが、いつの間にか閉じていたからだ。
大慌てで駆け寄り、ドアノブを回す。
ガチャガチャガチャ、虚しく空回りする音だけが鳴る。
鍵が、空かない。
「怖がらないでよ」
放心するユメに投げ掛けられる、居ない筈の第三者の声。
びくり、と驚き振り向くユメを愉快げに眺める女性。
その女性は、ユメが良く知っている人物だった。
これまで共に裏で働き、幾度も山場を生還してきた熟練の裏バイター、白浜和美。
見知った同僚の姿に、しかし、ユメは欠片も安心を覚えない。
彼女はこの電脳世界に招かれたマスターでもなく、再現されたNPCですら無い事をユメは既に理解しているからだ。
「ユメちゃんはただ、人を連れてくればいいの」
「お客様のお迎えは、私がやるからさ」
白浜和美の顔で、白浜和美の声で、白浜和美の口を借りて、自らのサーヴァントに怯えるマスターを嘲るように、白浜和美の姿をしたナニカは、白浜和美が絶対にしないような表情で嗤う。
故障した空調によるものか、蒸し暑い熱気がユメの肌を撫でる。
いや、温度の問題ではない。
ユメは、体の震えを止められなかった。
『チェックインをお願いします』
『チェックインをお願いします』
『チェックインをお願いします』
『当ホテルはお客様を歓迎します』
『ようこそ、1408号室へ』
【クラス】アサシン
【真名】1408号室@1408号室
【パラメータ】筋力- 耐久- 敏捷- 魔力A 幸運B 宝具A
【属性】混沌・悪
【クラススキル】
気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
完全に気配を絶てば探知能力に優れたサーヴァントでも発見することは非常に難しい。
ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。
【保有スキル】
室内作成:EX
陣地作成の一種。
部屋そのものであるアサシンは、空間の調合性を問わず、自在に室内を改装・拡張・展開できる。
広大な土地や大海、氷点下、牢獄、その内装は千差万別。
邪悪な部屋:A
邪悪に満ちた部屋。
悪意に満ちた空間は、ただそこに有るだけで周囲に精神的な威圧を与える。
敵味方を問わず思考力を奪い、抵抗力のない者は恐慌をきたす。
影法師:B
結界内部の対象の記憶を読み取り、印象の深い人物やトラウマとなる相手を影として投影する。
現在は白浜和美の姿を取り、マスターとの意志疎通を行っている。
情報抹消:B
対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶からアサシンの能力・真名・外見特徴などの情報が消失する。
ホテルのオーナーが部屋の存在を隠匿していた経緯から得たスキル。
【宝具】
『1408号室』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:ー 最大捕捉:ー
アサシンという存在そのものが一種の固有結界であり、意思のある宝具。
現在は冬木ハイアットホテルの一室を侵食・同化している。
室内は至って普通なホテルの一室だが、あらゆる空間と断絶されており、一度入るとスキル・宝具による離脱はもとい、例え令呪を用いた瞬間移動でも退室出来ない。
また、宿泊客で一時間以上耐えられた者は居ないという逸話から、室内に捕らわれた者は一時間以内に必ず死亡する。
【weapon】
不気味な絵画、ベットのシーツ、窓、宿泊客の抱える負の側面、およそ室内全てがアサシンの凶器となる。
【人物背景】
NYの老舗、ドルフィン・ホテルの一室。
純然たる悪意によって、56人の命を奪った邪悪な部屋。
【聖杯への願い】
尽きぬ宿泊客を得る
【備考】
※出展は映画版参照
※既に多数の犠牲者を出していますが、公には報道されていません。
※犠牲者の中に予選中のマスターが居たかどうかは不明。
【マスター】
黒嶺 ユメ@裏バイト 逃亡禁止
【マスターとしての願い】
行方不明の両親と再開したい…が、先ずは生きて帰りたい。
【能力・技能】
人間・怪異問わず、自身に迫る危機を異臭として感知できる。
危険なものは「黒い匂い」、安全なものは「白い匂い」として感じる。
【人物背景】
両親が残した多額の借金の返済と、弟妹の学費や生活費を稼ぐために裏バイトに挑む女性。
対照的に几帳面で落ち着きがあり、怪異の犠牲者にも悲嘆する心優しい性格。
【備考】
※参戦時期は少なくとも単行本5巻以降。
最終更新:2023年10月08日 23:17