戦争や紛争、これらは全てビジネスだ。一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む。数が神格化するんだ
 Wars, conflict - it's all business. One murder makes a villain; millions a hero. Numbers sanctify.

                                      ――チャールズ・チャップリン『殺人狂時代』





 夢を見ていた――死骸の夢だ。
 殺す。ただ殺す。悪魔を斬り、天使を撃ち、神を穿つ。

 旅路の夢、と言い換える事も出来たかもしれない。
 だがそれは、旅すると云うにはあまりに剣呑すぎた。
 殺す。彼は、殺し続ける。殺したいから殺すのではなく、望まれたから殺す。

 英雄の称号の代わりに背負った無限大の屍山血河を果てしなく己が背後に広げながら、擦り切れる事も知らずに歩む記録が少女の心へ絶えず流れ込んでいた。


 見方によっては、それはそれは華々しい光景。
 人の世を冒す魔性を、大上段から聖なる不自由を押し付ける神性を、悉く蹴散らして鏖殺する。
 その姿に見出すべき普遍の概念は、きっとヒロイズム。爽快なまでに清々しい、人類の為に立ち上がった少年英雄。
 万雷の拍手と喝采で以って迎えられ、遥か後世にまで叙事詩として伝えられるべき極上の英雄譚(サーガ)に他なるまい。

 彼の前では、きっと誰もがそうだった。
 光を見る。希望を抱く。必ずや彼ならばと目を輝かせる。
 誰もが想いを託し、未来を託し、彼の重荷を無邪気な瞳で増やしていく。

 彼は、神などに非ず。
 魔の力を宿して生まれた麒麟児にも非ず。
 彼は、どこにでも掃いて捨てるほどいる“ただの人間”でしかなかった。
 だというのに彼には、その運命を背負えるだけの素質があった。彼は勝ち続ける。勝ち続けてしまう。いっそ敗北に膝を折り、泥を舐めながら死に折れることが出来たなら、こんな目に遭い続けることはなかったろうに。


 たかだか悪魔の数体を殺しただけならば、人は彼に何の期待もしなかったろう。
 しかしその数が数体から数十体、果てには数百数千と積み重なっていったなら?

 その答えを、少女は知っていた。

 積み上げた成果は実績になる。
 積み重ねてきた実績は信頼を生む。
 やがてそれが当たり前になっていき、そして――いつかは無責任な信仰に変わるのだ。


 守って貰えることが当たり前になる。
 全てを任せ、戦わせることを常識と考え疑わないようになる。
 信用を裏切れば罵倒の声を臆面もなく投げ付けて無能呼ばわりをし、かと言って勝ち続けたところで寄せられる信心が緩むことはない。

 少女は――郡千景という人間は、それに耐えられなかった。
 命を懸けて戦った者達のことを安全地帯から好き放題に罵って蔑む、そんな人間の醜さを前にして壊れた。

 ひび割れを放置して使い続けていた器が、ほんのわずかな衝撃を受けて微塵に砕けるように。
 長い年月をかけて緩んできた大山が、嵐の夜に土砂崩れを起こすように。
 当たり前のように、少女は壊れた。
 その果てに辿り着いた幕切れについて語る必要はないだろう。今、千景がこの冬木という電脳の街に存在していること。そして、その手に握られている『黒い羽』が壊れた少女の顛末を物語っている。

 結論を言えば、千景は貫けなかった。
 現実を前に膝を折り、輝きを失って散華した。

 そんな彼女は今、夢を通じて自分の……いや。
 神樹に選ばれ世界の為に戦ってきた、全ての少女達のIFを見ていた。


「……あなたは」


 彼は壊れなかった。
 彼は、死ななかった。
 本当に最後の最後まで、ずっと剣を握って戦い続けた。
 愛も友も人間的な幸福なんか全て全て捨てて捨てて、ただ只管に求められる役割に徹し続けた。

「あなたは、負けなかったのね」

 彼は――、負けなかった。
 殺す。応える。死を以って応える。背負う。進む。
 それはきっと、勇気なんて上等なものではなかったに違いない。
 求められたから応えた。それしかなかったから、貫いた。
 ただそれだけ。ただそれだけで、彼は――どれほどの苦痛にも別れにも打ち克ち続けたのだと千景は悟る。

 羨ましい、とは思わなかった。
 むしろ抱いた感情はその真逆。

 手前勝手な期待、人間扱いしないこととイコールの信頼。
 それを終身浴び続けながら、壊れることも出来ずに歩み続けるなんて。
 挙句死んだ後でさえも自分のあり方に囚われ続け、そうあることを求められ続けるなんて――ああ、それは。

 それは、なんて……


「哀れむ必要はない」


 かわいそうな人、と言いかけたところで声がした。

「それは無駄な感情だ」

 少年の言葉は、あまりにも端的だった。
 それを聞いて千景が思ったのは、擦れている、という感想。
 捻ねているのでも、ましてや拗ねているのでもない。
 彼を彼たらしめるものは、事此処に至るまでに全て擦り切れてしまったのだとそう分かった。

 ――分からない筈がない。郡千景は、その生き方が意味する過酷を知っているから。

「……一つ、聞いてもいいかしら」

 世のため人のために戦う人間は、いつしか同じ人間として認識されなくなっていく。
 何もしなくても戦果を持ち帰ってくれる存在にして、自分達が流すべき汗と血を代行してくれる機械として扱われる。

 失敗した人間を罵り、否定するのは悪でも。
 不良品の機械に悪態をつき、蹴りつけることは誰にだって出来る。

 郡千景は、それに気付いてしまった。
 守ろうとしていた世界の醜さを目の当たりにしてしまった。
 そんなものは言い訳だと分かっている。現に千景の世界には、それでもと心を保ち続けた人がいた。

 でも、千景はそうはなれなかった。
 千景は弱い人間だったから。
 身を粉にして戦って尚勝たなければ否定される現実が、文字通り命を燃やして戦った者達が罵倒される世界が――許せないと思ってしまった。
 千景が戦っていた時間はわずかだ。それでも、あれほどの地獄と失望を見た。

 であれば。この彼が歩んできたその生涯は、どれほどの地獄で満ちていたのか――

「辛くは、なかったの」
「別に」

 千景の問いに、サーヴァントは答えた。
 またしてもごく端的な回答だったが、本当にそれ以外の言葉など必要なかったのだろうと分かる無感動がそこにはあった。

「そうするしかなかったから、そうしただけだよ」

 その答えを聞いて、郡千景は確信する。
 自分は、何がどうあってもこんな風にはなれない。

 こんな恐ろしい生き方なんて、何度人生をやり直したって出来るわけがない。
 世界の全部を背負わされながら表情一つ変えることなく歩み切る、救うことはあっても救われることは決してない無間地獄。
 決して明けることのない、光輝で満ちた暗夜のような生涯。
 擦り切れながら、失いながら、奪われながら……それでも敵を殺し続けた冥府魔道。

 ――こんな風になんて、なれるものか。いや、誰だってなっちゃいけない。
 なっていい筈がない。これは、これは、こんなものは……人間の生き方では、ない。


 そこまで考えて、脳裏に一つの顔がよぎった。
 自分に刃を向けられながら、それでも自分を守ろうとしたあの少女。
 ずっとずっと嫌いだったけれど、同じくらい好きで憧れていた女の子。

 目の前の少年とは似ても似つかない。
 性別も、見た目も、口調や言動だってそうだ。あの子はこんなに寡黙ではなかった。

 でも、きっと。
 こういう生き方を選べる人間が居るとすれば、それは――

「……あなたになれそうな人を、一人知ってる」

 きっと、彼女のような人間なのだろう。
 自分の身の丈以上の何かを背負ってしまえる人物。
 他人の為に、理屈を超えて自分を投げ出せる人物。
 ああ、と千景は思う――やっぱり最初から、自分には向いていなかったのだ。

 世界(みんな)の為に戦うなんてこと。
 自分一人の幸福も守れない自分には、どだい荷が重かったのだ。

「そうか。それは」

 郡千景は、落伍者である。

 勇者でありながら、守るべき人に刃を向けた。
 果たすべき使命に背を向けて、並び立つべき仲間へ殺意をぶつけた。
 その末に命を落とし、死に際に握り締めた一枚の羽に誘われて望んでもいない死後の世界に辿り着いてしまった。

 この世界は、いずれ滅ぶだろう。
 千景達、世界の外から来た者達の存在によって燃え尽きる。
 皮肉なものだ。勇者であれず死んだ自分が、今度は世界の敵だなんて。
 聖杯は、あらゆる願いを聞き届けてくれるのだという。
 であれば、自分は。愚かな落伍者は、そしてこの“英雄”を呼んでしまった自分は――どうすればいいのだろうか。

「気の毒なことだ」

 郡千景のサーヴァントは、無銘。
 名前などとうの昔に擦り切れ果ててなくなった、ヒトを救うだけの機械。

 一切の人間性を捨てて“世界”に奉仕し。
 何もかもを失った今も、“人々”の安寧と繁栄を願い続ける奴隷。
 人は彼を無自覚な悪意のもとにこう呼んだ。
 望めば望んだだけの勝利を持ち帰ってくる彼のことを――


 英雄(ザ・ヒーロー)と、そう呼んだ。


 郡千景は思う。
 やはり、自分は勇者などではなかった。
 彼を見て、その名を名乗り続けられる者などそうはいないだろう。
 それこそ――"彼女"でもない限りは。千景が殺してでもそう成りたかった、あの勇者でもない限りは影すら踏めはすまい。

 堕ちた勇者は英雄を呼ぶ。
 愚者として死んだ少女は、今も迷路の中にある。
 “黒い羽”は彼女にとって祝福か、それとも嘲笑か。


 ――勇者が死んで、■■が生まれた


【クラス】
 ライダー

【真名】
 ザ・ヒーロー@真・女神転生

【ステータス】
 筋力:B 耐久:B 敏捷:A 魔力:C 幸運:E 宝具:A

【属性】
 中立・中庸

【クラススキル】
 対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 騎乗:EX
 純粋な騎乗の技能を意味しない。
 悪魔を駆り、英雄として時代を駆る者。
 騎乗スキルに照らし合わせた場合Aランク相当。

【保有スキル】
ザ・ヒーロー:EX
 『英雄(ザ・ヒーロー)』。
 斯くあれかしと無貌の民々に望まれた存在。
 人の属性から外れた存在と戦闘を行う際に全ステータスが1ランク上昇する。
 死に瀕すれば更にもう1ランクの向上を得られる。勝利することを願われ続ける存在。
 A+ランクの戦闘続行スキルをも内包する。

心眼(真):A
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

単独行動:A
 マスター不在でも行動できる能力。
 ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

【宝具】
『悪魔召喚プログラム』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
 悪魔の召喚を可能とするPCプログラム。
 本来悪魔の召喚には高度な知識と莫大な霊力、そして難解な魔法陣の構築や生贄の準備が要求される。
 その障壁に対し、プログラムに召喚の儀式をエミュレートさせるという形でショートカットを用意したのがこの宝具。
 簡単なコンピューターの操作能力さえあれば、誰にでも悪魔の召喚を可能にする極めて画期的かつ革新的な代物。

『ヒノカグツチ』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:1
 炎神火之迦具土神の名と力を宿す秘剣。神剣とも。
 刀そのものが極めて高い神性を宿しており、スキルとは別口で人以外の属性を持つ者に対して特攻を発揮する。

【人物背景】

 英雄(ザ・ヒーロー)。
 望まれるままに進み続けた、かつて少年だった何か。

【サーヴァントとしての願い】
 『ザ・ヒーロー』


【マスター】
 郡千景@乃木若葉は勇者である

【マスターとしての願い】
 私は――

【能力・技能】
 『勇者』に転身することが出来る。
 千景は生前、神樹によって勇者の力を剥奪されていたが、この世界ではその力が戻されている。

【人物背景】

 勇者と呼ばれていた者。
 世界の醜さに耐えられなかった少女。

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最終更新:2023年10月14日 22:49