「ねえ、アヴェンジャー。私はこれからどうすればいいかな。」
アパートの一室で木造の椅子もたれかかった聖園ミカが、向かいに座る青年に尋ねた。
手にしたカップにはセール品のパックから蒸らされた紅茶で満たされ、
湯気も熱も無いその様子から、注がれて長い時間が立っていると分かる。
一口飲み、表情を歪め嫌々飲み込む。
口の中いっぱいに広がる、安い茶葉の薄い風味。
トリニティで最高級の茶葉を堪能するミカには、格安のパックは口に合わない。
「漠然とした質問だな。もう少し要点を絞れ。」
アヴェンジャーと呼ばれた青年はミカの質問に、不足だと返す。
ミカより一回り上の年齢の青年で。漆黒の武道着に身を包んだその肉体は美しく引き締まり。
彼が武の達人であることは、疑いようもない。
「要点も何も、聖杯戦争の事に決まってるじゃん。
セイアちゃんやナギちゃんならもう少しくみ取ってくれるよ。」
「俺はお前の親でも友人でもない。その必要が何処にある」
「冷たくない?私がマスターなんだよ。」
「知らん。」
ふてくされた聖園ミカに呆れたような目を向け、アヴェンジャーは手にした紅茶を口に含む。
ミカが言うほど不味いものではない。
むしろ500円を下回る割には良質な部類だろう。
高級志向なマスターでは電脳世界の暮らしは難儀しそうだなと、
らしくもない不安を覚えた。
「聖杯戦争をどう進めるかというなら、いくつか手段があるが。
聖園ミカ。その前に改めて確認する」
「何?」
「本当に聖杯は要らないんだな。」
「うん。いらない。」
一瞬の迷いも無く、きっぱりと言い切る。
その答えは、アヴェンジャーの顔をより一層険しくさせた。
マスターの願いに、アヴェンジャーは何を言うつもりもなかった。
誰しも、叶えたい願いの一つや二つはあるもので。
巻き込まれた参加者であろうと叶えたい願いの為聖杯を求める者の方が多数を占める。
人は願いを得るために、時に邪の道を行くものだ。
そう考えるアヴェンジャーにしてみれば、万能の願望機を不要だと言い切るのは納得しがたい話であった。
「顔怖いけど、もしかして疑われてる?」
険しい表情のサーヴァントに、マスターは問いかける。
まるで疑われることには慣れているかのように、軽い言葉だった。
「嘘だとは思わん。
だがお前が願いも持たないような博愛主義者だとは思えないだけだ。」
「はっきり言い過ぎじゃない。私ってそんなワガママな女の子に見えるかな」
「少なくとも、紅茶が安物だと飲まないくらいには。」
なみなみと注がれたまま放置されているティーカップに、2人の視線が重なった。
図星をつかれたミカが後ろめたそうに唸る。
反射的にカップを持ち上げたミカは、注射を控えた子供のように顔をゆがませ。
アヴェンジャーへの当て擦りがごとく、グイっと一気に飲み干した。
―――やっぱりマズいなあ。風味も何もない。はっぱを濾しただけじゃない。
喉を通る液体に厳しい判定を下す。
舌に残る粗悪な味が、自分がいるべき場所に居ないのだと痛感させた。
「アヴェンジャーの言う通りさ、私ってワガママなんだよ。」
空になったカップを置き。ぽつりとミカは語る。
「嫌いな奴ら(ゲヘナ)と手を組みたくない。
元をたどればそんな理由で、いろんな人を裏切っていろんな人に迷惑をかけた。
エデン条約を台無しにしたし、トリニティをぐちゃぐちゃにした。
そんな悪い子が、私なの。」
エデン条約。
ミカの所属するトリニティ総合学園と、対立するゲヘナ学園の平和条約。
ミカと同じトリニティの生徒会『ティーパーティー』の桐藤ナギサが進めていたその条約に、ミカは反対し続けていた。
なぜって、ゲヘナが嫌いだから。
仲間にして幼馴染の桐藤ナギサに反抗し、ティーパーティーのホストの座を奪おうと。
ティーパーティーの百合園セイアを排除しようと。
かつてトリニティから排斥された『アリウス』の面々と、仲良くしようと。
単純な思考と短絡的な動機。
その上で権謀術数を張り巡らせて、ミカは暗躍を続けた。
百合園セイアを病院にでも送って、桐藤ナギサから権限を奪って。
平和条約なんか台無しにして、大嫌いなゲヘナを叩き潰す。
そんな思想で始めた彼女の計画は、いつしか大きく狂い。
結論を言えば、聖園ミカの計画はある意味で成功し、滑稽なほどに失敗した。
百合園セイアの排除は、彼女を危険視する『アリウス』とその裏に巣食う『大人』の手で、暗殺計画に挿げ替えられ。
桐藤ナギサへのクーデターは”先生”と補習授業部の活躍により彼女の暗躍は失敗した。
最終的にはエデン条約は崩壊したが、ミカを含んだ多くの者たちの活躍で円満な終結を見せた。
その中心には、誰よりも生徒を思う“先生”の尽力があり。
聖園ミカもまた、“先生”のおかげで救われた。
ミカが遺した爪痕は大きい。
最高権力者の一人である聖園ミカの反乱は、トリニティ総合学園の勢力図を激変させ。
ミカをトップに据えていた勢力どころか、生徒会であるティーパーティーの立場を貶めた。
多くの罪状と責任を背負い、聖園ミカは“魔女”“裏切り者”の烙印とともに生き続ける。
彼女は、その罪を背負い続けている。
「後悔しているのか?」
懺悔するようなミカの思いは、アヴェンジャーにも通じるものがあった。
彼もまた多くの者を裏切った英霊だ。
自分の望む力を与えない師を裏切り。
魔道に堕ちる自分を止めようとした友を裏切った。
『理央』という真名を持つこの男は、ミカの気持ちを理解できるなどと軽々しく言うつもりはない。
だけども、共感できる部分は少なからず持っている。
だからこその発言だった。
少なくとも、自分ならば悔いただろうと。
生前の自分と目の前の少女を、理央はどこか重ねてみていた。
「どうだろう。色々あったし無くしたものも沢山だけど。分かんないや。」
「無粋なことを聞くが、聖杯を使えばその後悔をやり直すことも不可能ではないだろう。」
何気ないアヴェンジャーの言葉に、ミカの動きが止まる。
聖園ミカが“魔女”でも“裏切り者”でもない未来。
聖杯があれば、そんな未来をつかめるかもしれない。
「アハハッ。」
その発想はなかったなぁと、ミカは笑う。
それ、いいね。と感情のこもらない言葉を理央に投げかけ。
張り付いた笑顔のまま、ミカは両腕を理央に向けて伸ばし。
次の瞬間、理央の胸倉を掴み上げた。
自分より体格も体重も上の相手を持ち上げ、強引に引き寄せる
衝撃でティーセットが机から崩れ落ち、そのいくつかが粉々に砕けた。
「馬鹿にしないで。アヴェンジャー。」
ミカの顔から笑顔は消え、剥き出しの怒りでミカは理央を睨む。
理央は一切抵抗せず、正面からマスターの激情を受け止める。
星のない夜が、天使のような少女の瞳に広がり。
全身から怒りを形としたような、紫のオーラが静かに立ち上った。
「私の罪は、“悪い子”な私が背負わなきゃいけないものなの。」
「.....」
「それに、やり直しなんてしちゃったら。
みんなの頑張りだって無かったことになっちゃうでしょ。」
“先生”とともに下江コハルら補習授業部が、ナギサの妨害にもめげずトリニティの裏切り者を見つけ出したこと。
アリウスのクーデターを止めるため、“先生”が命を張って戦い、トリニティもゲヘナも問わず多くの生徒が果敢に動いたこと。
アリウスを牛耳る『大人』の策謀を崩すために、錠前サオリらアリウススクワッドが“先生”と共に運命にあらがい続けたこと。
同じ茶を囲みながらどこか隔たりのあった桐藤ナギサや百合園セイアと、事件を終えてようやく本音をぶつけ合えたこと。
一人戦ったミカを、“先生”が『私の大切なお姫様』って言ってくれたこと。
「先生やみんなの頑張りを、サオリたちが進んだ道を、あのときの私の祈りを。
無かったことになんて、しちゃいけないの。」
エデン条約をめぐる事件は彼女に多くの物を失わせたが。
無くしてはいけないものであり、無くなってはいけないものであると信じている。
自分の罪を、罰を。背負い続ける覚悟が、聖園ミカにはあって。
誰かの努力を、覚悟を、祈りを、思いを。消し去りたくなんてなくて。
それを背負わなければいけないという責務が、彼女をことさら縛っている。
「そうか。それがお前の道なのだな。」
「...うん。先生のおかげで進むことが出来た。今の私がやらなきゃいけないこと」
ミカは手を放し、理央は何も言わない。
同じ痛みを知りながら、軽率な共感も軽薄な同情もない。
奇妙な共感を伴う静寂が、主従の間に流れた。
「アヴェンジャー。
私、本当に聖杯は要らないけど、願いはあったよ。」
聖園ミカの口から、本心の願いが紡がれる。
自分がこんなことを願っていいのだろうかと言いたげな、どこか自虐的な声色で。
「セイアちゃんやナギちゃんと、他愛もないことでお話して。
先生と一緒にお買い物に行ったり、お話をしたり。
アクセサリーを可愛いねって言ってくれたり、悪い子だって、叱られたり。
そんな日々を、取り戻したい。
そのためなら、私は何でもする。」
「この聖杯戦争から、生きて帰るためなら。」
「その言葉、偽り無きものだと受け取るぞ」
聖園ミカの本心を理央は聞いた。
願いはない。などと聖人のようなことをいった先ほどの答えに比べたら。
友や“先生”に会いたい。
多くを失った女が、残った大切なものを守りたい。
その願いは、小さくも透き通るように純粋で。
黒き拳士は、その言葉を無下にはしない。
「では、俺もお前の問いに答えよう。」
聖園ミカのサーヴァントが、マスターに向き直る。
「これからどうすればいい。」と尋ねたマスターの問いに。
理央に道を示そうと語り掛けた、いつかの師の面影を重ねて理央は答える。
「俺は小器用なサーヴァントではない。
奇策を練ることや自分に有意な場所を作り出すことに適してはいない。
俺が出来ることは一つだけだ。」
「貴方は何をしてくれるの。アヴェンジャー。」
「お前の強さを、高めてやる。」
彼と拳を交えた赤い虎は、今では“マスター”と多くの門弟を抱えている。
理央の隣に立ったカメレオンの拳士もまた、蘇った場所でとある忍を立ち上がらせた。
彼らと同じ熱を込めて、理央は告げる。
「聖園ミカ。お前に、獣拳を教える」
◆◇◆
危うい女だ。
理央は、己のマスターをそう評する。
短絡的に動き、取り返しのつかないところまであっさりと落ちる。
取り返しがつかない自分に、引き返す切っ掛けでなく進み続ける理由を強いる。
誰かのせいにしたがるのに、その実すべてを自分で背負いこもうとする。
――君は自分勝手だ。あんまり何も考えていないうえに衝動的で、欲張りで、時に自傷的な。
ティーパーティーの一人、百合園セイアは聖園ミカをそのように評した。
その場に理央もいれば、うなずいたに違いない。
聖園ミカは、多くのことをなせる女だが。
一人で生きていける女ではない。
不安定で、未成熟。
彼女を守る“大人”がいるから、いまだ壊れずにいるだけで。
一つボタンを掛け違えれば、今の聖園ミカはここにはいなかっただろう。
―――どこか、昔の俺に似ているな。
アヴェンジャーである理央もまた、裏切りと自罰に満ちた人生を送った英霊だ。
身勝手で、衝動的で、欲張りで、自傷的。
もし理央がそう言われれば、否定できないなと笑うだろう。
家族を失い、恐怖から強さを求め続けた理央。
ともに“獣拳”を学んだ友を捨て
自分の望む強さを与えない師を裏切り。
自分の力を得るためだけに“悪の拳法”を復興させた。
力を求め、対立する激獣拳の戦士と戦い続け
悲鳴を絶望を撒き散らし、封印された邪悪なる拳士から学び。
強くなり、戦い。敗北し。
その怒りを糧にまた強くなる。
そんな強迫観念のように強さを求めた彼の思いは。
永遠の命を持つものが、退屈しのぎに生み出した戯れに過ぎなかった。
天武の才を持つ理央は巨悪に目を付けられ。
“破壊神”として心を失うように仕組まれて。
全てが仕組まれたものだったと、一度は折れる際にまでいって。
それでも、理央が破壊神になることは無かった。
理央を慕う女への思いが、彼を“人”としてつなぎ止め。
理央と戦い続けた虎の拳士の言葉が、彼を“拳士”として立ち上がらせた。
理央は人の思いの強さを知っている。
聖園ミカの話す“先生”に、確かな敬意を理央は持っている。
聖園ミカを“魔女”でなくした“先生”の強さも。
“先生”への再会を願う、ミカの想いも。
その強さ、その尊ばれるべきものを。
理央は知っている。
―――その思い。無碍にするわけにはいかないな。
英霊は決意する。
ミカという雛鳥が道行く助けとして。己の拳を振るうことを。
サーヴァントとして、マスターを守るという義務感からではない。
理央という男の矜持が、そうすべきだと囁くのだ。
理央がミカに与えられるものは、一つだけだ。
“先生”のような優しさではなく。
自分を慕う女のような愛でもなく。
拳を交えた虎の子のような、正義の心ではない。
邪道を行ってでも研鑽を重ね。
ただ一つ求め続けたももの。
“強さ”だ。
◆◇◆
名前も知らない川にかかる、名前も知らない橋の下。
忘れられたかのように静寂が支配する場所に、この日は珍しく音が響いた。
右手に短機関銃を構えた聖園ミカが、向き合う漆黒の青年に向けて引き金を引く。
服装こそ学校指定の薄青のジャージ(可愛くないのでミカは嫌い)であるが、
腰に生えた純白の羽根と、頭上に浮かぶ銀河を思わせる環(ヘイロー)。
この少女がただの人間でないことは誰の目から見ても明らかだ。
引き金を引く手に重なり合う3つの円のような令呪が光る。
放たれた弾丸は11発。
通常、サーヴァントに銃火器の類は効果が薄い。
魔力や神秘が宿っていなければ、ミサイルを持ってこようと牽制以上の役割は期待できない。
だが、彼女の弾丸は例外。
蘇らされた死者である、ユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)を抑え込んだ彼女の銃撃は、同じく甦らされた死者であるサーヴァントにも多少なりとも効果がある。
「お前の願いが生還だというのなら。必要なのは“勝つための策略”以上に“死なないための手札だ”」
ミカに対峙するサーヴァントは、銃弾が迫る中でも平然と話を続け。
サーヴァントにさえ効く銃弾を、理央の拳は虫でもはらうように叩き落とした。
「それが、“獣拳”ってこと?」
「そうだ、電脳の聖杯戦争では、サーヴァントを失ったマスターは6時間で消滅する。
無論、俺もそう簡単に落ちてやるつもりはないが。無策では勝利どころか生還すら至難。
その6時間を無駄に過ごさせないためにも、お前が強くなることは大きな意味を持つ。」
問答を続けながらも、着実に理央とミカの距離は縮まっていく。
それも、ミカの弾丸と交差するよう真っすぐに。
「マスターとしてならば、お前は間違いなく能力が高い部類に入る。
内包する魔力も、その知能も、行動力も。決して低い部類ではない」
「もっと他にないの?可愛さとか。」
「五月蠅い。」
余裕ぶって茶化すミカを、理央は一蹴する。
対するミカの頬には冷や汗が垂れた。
理央の動きが見えない。
まっすぐ歩いてくるのは、見えているのだが。
その両腕の動きが、ミカの目ではまるで追えない。
ミカの銃弾弾く理央の拳を、ミカでは捉えることが出来ない。
「だが、やはりお前が群を抜いて高いのは戦闘力だ。」
元より銃撃を日常とし、生徒たちの頑健さも冬木とは比べ物にならないキヴォトス。
その中に置いても聖園ミカの実力は、正義実現委員会の委員長やゲヘナの風紀委員長に並び高い。
投獄された時に素手で壁を砕いて脱獄する程度には、キヴォトス内でも群を抜いている。
ではそんな聖園ミカのフィジカルがサーヴァントに通じるかと問われれば、そんなことは全くなく。
一人が戦闘機に匹敵するサーヴァントの性能は、キヴォトス指折りの実力者であろうと正面から勝つのは難しい。
ここに立つ理央がミカのサーヴァントでなかったら、とうにミカは死んでいるだろう。
あくまで現段階では、であるが。
「嘘でしょ。」
思わず。ミカの口から呆けた言葉が漏れた。
5mほど離れていたはずの距離は、すっかり詰められていた。
見た目はただの青年にしか見えない相手に傷はなく。
問答無用に撃ち続けた銃弾は、その悉くを弾き落とされた。
「効かないかもとは思ってたけど、当たりすらしないのは想定してなかったなぁ。」
「キヴォトスと言ったか。射撃を主とした環境に居たのなら仕方のないことだが意識が銃に向きすぎだ。」
戸惑い、ミカに隙が出来る。
黒獅子と呼ばれた男は、その瞬間を逃さない
「リンギ。烈蹴拳。」
武術の達人でありサーヴァントである理央の回し蹴りが、聖園ミカに直撃する。
速度も威力も、自分のマスターに向かう以上加減はしてある。
それでも、ミカが両腕でガードするのが精いっぱいの速度。
銃は弾き落とされ、体がふわりと浮き上がり。
ミカの体は河原から土手へ、直線軌道で吹き飛んだ。
「いったぁい!!」
バキリと、大きな破壊音が河原に響いた。
ミカの両腕....がではない。彼女の両手は多少の熱を帯び強烈な蹴りで痺れているが平時その物。
理央も達人だ。マスターの骨を折るようなミスはしない。
勢いよく吹き飛ばされたミカを受け止めたのは、コンクリートの柱。
今ではミカを中心に、クレーターのようにへこみ砕ける。。
ミカの後ろ半分はがっちりとコンクリートに埋まり。
パラパラ音を立てて、桃色の髪に欠片が積もった。
「俺を持ち上げた筋力。大したものだ。
その耐久力も人間離れしている。
今の蹴りも、加減したとはいえ常人なら骨の一つは砕けているだろうな。」
「そんな攻撃を自分のマスターにするなんて、ひどいんじゃないの!」
「お前なら痣さえ残らんだろう。
背中をコンクリートにめり込ませてピンピンしてる奴に何の心配をする必要がある。
ゲキレッドでももう少しダメージがあったぞ。」
自分がマスターなんだから多少は気にしてくれないかなとはミカは思ったが、
帰ってきた答えは露ほどの心配も感じない厳しいもの。
知らない人と比較されて勝手に引かれるのもミカとしては腹立たしい。
「今のお前はただ頑健なだけだ。
技術もながら、見抜く目も未熟もいいところ。
動体視力という意味以上に、周囲に目を向けてなさすぎる。」
鋭い採点を下され、ミカはむっとする。
病弱な友人を思い出すような、嫌味な言い回しだった。
「セイアちゃんみたいなこと言うんだね。」
「2人に言われてるのなら、それはお前の弱点だ。
時間が惜しい、さっさと出ろ。」
「ちょっとくらい心配してくれないの?」
「必要ない。」
ほおを膨らませ、聖園ミカは足を踏み込む。
自身を抑えるコンクリートなど意にも解さず。
バキバキと砕ける音が響き、コンクリートに広がったヒビをより深いものにして。
体の自由を取り戻したミカには、理央の想像通り傷一つなかった。
斜面に立つ理央が、ミカを見上げる形で構える。
腰を落とし、右足を引き。ミカに左手を向ける。
どの方向からでも対応できる。隙のない構えだ。
視野の狭さを指摘された少女は、鋭い気迫を放つ武道家に正面から意識を向け。
「...すごい。」
微かに、感嘆の声を上げた。
ミカが素人でも、彼が鍛え上げた技術の高さが見えないほど曇ってはいない。
達人の域に至るまで、彼が積み上げたものを理解させる。
その構えには、その気迫には、それだけのものがあった。
「そういえば、アヴェンジャーの願いって何なの?」
何の気なしに聞いてみた。
さっきまでは向き合う男の願いなど、全く興味も無かったのに。
そこまで積み上げ、鍛え上げた男が何を望むのか。
少しだけだが、気になった。
「ある男との再戦と。...ある人物との再会。だが」
「だが?」
「聖杯など使わなくとも、俺はその願いを自力で叶える。」
「そっか。なら私たち、一緒だ。」
ミカは微笑み、理央もつられて少し笑う。
強さを求め続けた男と、求めずとも強かった女。
奇しくも今、2人の願いは一致していた。
肩の力を抜いたミカはいつも通り銃を取りそうとして。
彼女の銃が、先ほどの蹴りの余波で河原に転がっていることを思い出した。
「そういえば私の銃、さっきの蹴りで落っこちちゃってるんだけど」
「お前はゲヘナとやらと戦うとき、そんな言い訳に耳を貸すのか?」
「貸さないね!それを言われたらどうしようもないや。」
やけになったように言い返し、その割には晴れやかな気持ちで。
腰を落とし、銃も持たずに。
理央を真似るように、拙いながらもミカは構えた。
「いくよ、アヴェンジャー」
―――らしくないことをしているなと、自分でも思う。
普段ならば、そんな疲れるし痛いことなどしたくない。
サーヴァントの関係が悪化しようとも知らない。
拳法を覚えようなど、考えるまでもなく断っていただろう。
―――なんでだろう。でも悪くないね。
不思議と、ミカは理央の提案を断る気にならなかった。
理央の提案が、ミカを正面から見てのものだと気づいたからかもしれないが。
下手に同盟を結ぶより、隠れ潜むより。
聖杯戦争を戦うに向けて、ミカにあった選択なのは事実だった。
自分の手で、求める願いを手に入れる。
自分の足で、望む場所まで進むこと。
強くなろうと思ったことなど一度もないミカであるが。
悪くはない、というのが今の思いだ。
友達との再会の可能性が高まるのなら。
“先生”に少しでも近づけるのなら。
ミカに止まる理由はない。
ミカの体から、橙とも紫ともつかないの気が立ち上る。
アヴェンジャーとパスが繋がったことによる、彼と同じ力。
正義の心を滾らせる気、激気。
負の感情を燃え上がらせる気、臨気。
そのどちらともつかない気が目覚めつつあることに、ミカはまだ気づいていない。
「待ってて先生。私は絶対あなたの場所に戻るから。」
決意をもって、少女は戦う。
聖杯戦争を勝ち、願いを得るためではなく
聖杯戦争を生き抜き、願いを失わないために。
裏切り者になった女が、裏切った男から何かを学ばんと。
邪の道だろうと知ったことかと、己の信じる道を行く。
高みを目指す気も、学び変わる気も、聖園ミカには足りないが。
最後に残ったものを失いたくないという願いだけは
決して裏切らないと、決めたから。
【クラス】
アヴェンジャー
【真名】
理央@獣拳戦隊ゲキレンジャー
【ステータス】
筋力B+耐久C+敏捷A魔力D+幸運E宝具C
【属性】
混沌・悪・人
【クラススキル】
復讐者(自己)E 幼少のころに家族を失ったことが原因となり、強さに固執した男の姿
”臨獣拳士”としてならAランク相当になるが、ここにいる”獣拳使い”としての理央ならこのランクに留まる
忘却補正D 弱さの象徴である暗き雨は、既に晴れた。
それでも、理央が強さを求める根源は未だここにある。
自己回復(魔力)- 宝具の『臨気鎧装』と統合されている。ランクとしてはBランク相当
【固有スキル】
獣拳使い A+ 獣の力を宿す拳法を扱うことを示すスキル
臨獣拳アクガタの首領として戦い、激・臨・幻三種の獣拳を経験したアヴェンジャーの技術は一流の域に至っている
猛き獅子 A 生涯において強くあり続けた、天武の素質と過酷なる修練を超えてきた獅子の姿
英霊でありながらこの男は技術の会得や強敵との戦いを経て強くなる
赤き虎との戦いの為、今なお彼は強くなる
文化の再興者 C 激獣拳と臨獣拳の二つに分かれた『獣拳』の内、失われた臨獣拳を蘇らせた逸話が元となったスキル。
失われたものの再興・復活に長けたことを示すスキル。
【宝具】
『臨気鎧装:黒獅子』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1
理央が戦闘時に纏う『黒獅子リオ』の鎧 『臨気鎧装』の掛け声とともに装着される
臨獣拳士の性質として、人々の悲しみや絶望といった感情から生み出される気”臨気”を受け強化される他
英霊となり『自己回復』のスキルと統合したことで、自身や周囲の負の感情に比例して自身の魔力を回復させる効果も得ている
『幻気鎧装:破壊神・鷲獅子』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1
一時アヴェンジャーが使用していた”幻獣王”の鎧
幻気と呼ばれる特殊な気が具現化したものであり、この姿のアヴェンジャーは鷲獅子(グリフォン)を手本とした拳法を用いる
この宝具を使用した状態で使用者の精神が大きな傷を負った場合、理性を失い殺戮と破壊の権化に変貌する可能性がある。
今現在、アヴェンジャーがこの宝具を使用することはない
【weapon】
鍛え上げた五体 拳法:臨獣ライオン拳
【人物背景】
邪悪な龍に家族を奪われ、そのトラウマが元に強さを求め続けた男
激獣拳の拳聖シャーフ―の弟子となったが、離反し過去に敗れ失われていた悪の拳法を再興。その首魁となっていた
獣拳戦隊との長きにわたる戦いの果てに和解。すべての元凶である龍を倒すために、獣拳戦隊に臨獣拳の技の全てを託し死亡した
一度蘇った際に対価として、死してなお地獄を彷徨い続けているが、本人はそれでいいと思っている
【聖杯へかける願い】
願いはあるが、聖杯にかけるつもりはない
(ゲキレッドとの再戦 メレとの再会)
【マスター】
聖園ミカ@ブルーアーカイブ
【マスターとしての願い】
キヴォトスに戻って、先生と再会する
聖杯は要らない
【能力・技能】
生徒会にいながら、権謀術数やカリスマ性は並以上ではあるが特別長けるわけではない
半面、単体の戦闘能力は群を抜いており。
素手で地下牢から脱獄し、戦闘訓練を受けた学生集団を単騎で制圧する。キヴォトス指折りの強者
【人物背景】
トリニティ学園の生徒会「ティーパーティー」の一員。
可憐で奔放、短慮かつ身勝手に他人を振り回す少女
自分勝手。あんまり何も考えていないうえに衝動的で、欲張りで、時に自傷的
感情的に動いて、取り返しのつかない場所まで進んでしまう。
ただそれだけの、一人の優しい女の子
罪を背負った魔女にして、誰よりも純粋なお姫様
【備考】
※参戦時期は、エデン条約編4章終了後
※理央とパスが繋がった影響か、激気に近しい臨気を会得しています
最終更新:2023年10月18日 23:17