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     ロリータ、我が人生の光

     我が腰部の炎

     我が罪、我が魂

                                 ――ウラジーミル・ナボコフ、『ロリータ』






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 プティングの味は食べて見なければわからない。そんな諺(イディオム)が、海の向こうのイギリスには存在する。
プティング、つまりはプリンの事であるが、一般的に想像されるような、カスタードで作られていて、ゼリーのようにプルプルした見た目で、カラメルソースが垂らされていて、その上にクリームやらが乗っかっている。
そう言ったものばかりがプティングではないのだ。上から圧力をかけても中々潰れないような固いプティングもあれば、中にドライフルーツやらが入っているプティングもあり、果ては茶わん蒸し宜しくしょっぱい味付けの物もある。
つまりこのイディオムと、我々も知る諺の中で一番近い物もあげるのなら、論より証拠、になるだろう。見た目でプリンの味や口触りを推理するよりは、食べた方が早い、と。意味としてはこんな所である。

 ――『デーリッチ』もまた、この諺については、全面的に同意だ。プリンは、食うが早い。当たり前の話である。

「うお……このプリンうっま……」

 18世紀の中頃、ロココ様式絶頂の時代のフランスで作られた、月桂樹や花・果実・木の葉の透かし彫りと彫刻とが特徴的な、金メッキ加工のなされたロココ・テーブル。
1台10万₣(1700万弱)すると言うそのテーブルの、大理石の甲板の上にズラリと並べられた6個のプリンを見て、デーリッチが最初に思った事は、「こやつ解ってるでちねぇ……」だった。

 ――毎日プリン2倍デーなら、頑張れる気がするんでちよね~――

 ハグレ王国の参謀が聞いたならブン殴って来そうなこの提案を、デーリッチを召喚したマスターは快諾した。
本当は、毎日おやつの時間にプリンを1つ、用立ててくれたのならば働くつもりでいたのだが……。いやはや、何事も、駄目で元々でも言ってみる物だなと改めて認識した。

 ――これだけ振舞えば、やる気になってくれるのかな?――

 そう言ってマスターが買って来てくれたプリンと言うのが、冬木なる街の市内でも特に有名なパティスリーで販売されていると言うプリンであった。
朝の10時から営業が始まり、夕方の6時には営業終了と言う店舗だが、昼の12時を回る頃には粗方の商品が品切れていると言う程繁盛している有名店。分けてもそこは、プティングが評判の店なのである。
そんな、普通に品を買うのも難しい店のプリンを、6つも!! 誠意は、十分過ぎる程に伝わった。

 タンブラーを小さくしたような形状のプラスチックケースに入った、カラメルソースの沈んだオーソドックスなプリン。
最初に口を付けたのはこれだが、下準備は怠っていないのは当然の事として、使っている卵に牛乳・砂糖まで、全て違うのだろう。口に入れた時の舌触りも甘さの上品さも、グレードが違う。
スプーンで掬った時の感触が固めの焼きプリンもあった。デーリッチとしてはプリンは柔らかいものが至高なのだが、たまにはこう言うのも、と言う感覚で口に入れてみれば、これがまた美味い。甘さの中にあるほろ苦さが堪らない。
マンゴープリン、などと言うものもあった。フルーツをピューレにして混ぜるタイプのプリンの話なら、何と言ってもデーリッチはメロン味なのだが、マンゴー味も悪くない。爽やかな甘酸っぱさが、舌の上で心地よい。
かぼちゃプリン!! かぼちゃの素朴な甘さと、計算されたカスタードと牛乳、砂糖の配分が見事なまでに調和を保っていて、メロンやマンゴーフレーバーに勝るとも劣らない素晴らしい甘露を演出していた。
そして、デーリッチを召喚したマスターなりの遊び心なのか、杏仁豆腐も用意してあった。厳密にはプリンではないが、元々ゼリー類が好きなデーリッチにとっては、杏仁豆腐もまた好物の1つ。異なるプリンを食べた後の味覚のリセットに、丁度良かった。

 全く、恐ろしく配慮の行き届いたマスターである。
明らかに、手慣れている、と言う事がデーリッチにも伝わる程、サーヴァントと呼ばれる者に対しての接し方が上手い。実に、よく解っているマスターであった。

「で、返答の方はどうかな、キャスター。君のモチベーションが上がってくれるだろうかと、私は祈らなくても済むのかな?」

 ズラリとプリンを並べたデーリッチ、その真向かいに座る金髪のマスターが、微笑みを浮かべてそう問うた。

「ふぉふぉふぉ……マスターのハグレ王国への誠意と尊敬の念、このデーリッチ――」

「真名の露呈は弱点に繋がるからクラス名で言いなさい」

「あっ、はいでち……」

 偉そうなデーリッチの態度が早速見る影もなくなる。
真名を言うのはやめなさい。聖杯戦争の常識とも言える知識だが、デーリッチはこれを犯す事これで7回、マスターに注意される事これで7回目、と言った所だった。威厳、ゼロ。

「ま、まぁ!! そうでちね、マスターの本気と、このハグレ王国の建国王への尊崇とかぁ? そう言ったものは十分過ぎる程感じ取れたし? 一緒に駆け抜けてやろうじゃないでちか!!」

 王、と来たものである。虚勢にしても、大きく出すぎだ。
とは言え、聖杯戦争と呼ばれる催しに於いて、史上に名を刻み、人口に広く膾炙された王や皇帝が、伝説の武器や防具、名馬を連れて召喚される事は、何ら珍しい事ではない。

 ――だが、目の前の少女、デーリッチを名乗るキャスターを見て、市井に生きる一般人が、王と認識するかと言えば、まぁ否であろう。
どう贔屓目に見たとて、14、15歳の中学生程度の年齢の少女だろう。いや、見ようによっては、小学生にすら見えかねない。それ程に、幼さ、と言うものが如実に伝わって来る外見だった。
着用しているものは、神から下賜された輝ける鎧のような物でもなければ、建国の折より連綿と受け継がれて来た魔法のガウンでもない。
着古した部屋着か、パジャマか。兎に角、そんな風なものにしか見えなかった。辛うじて王様らしさを物語るものが1つだけあって、それは、王冠だ。
そう、デーリッチは、紫味の強い青い髪の生えた頭の上に、王冠を戴いているのである。ただし、本物のレガリアの類でない事は、一目で解る。
材質は恐らく、ブリキ。これを、金色の塗料をスプレーで吹いてメッキ塗装をして、宝石の原石に行うようなカッティングを施した赤色の透明なプラスチックをはめ込んだもの。それが、デーリッチの被る王冠だった。

 まるで、ハロウィーンの時の子供の仮装だ。
王、と聞いて、諸人が連想する要素を何一つとしてクリアしていない。外見、年齢、性別、服装、言動。全てが落第点である。

「引いたサーヴァントには恵まれる運命にあってね。君となら、共に歩める事を確信している」

 デーリッチの王様らしさ、と言うのは語った通りの有様だと言うのに。
彼女を召喚したマスターの方が、寧ろ、王や皇帝と聞いて諸人がイメージする要素を全て具備していた。知らぬ者が見れば、デーリッチの方がマスターに見え、逆にマスターの方が英霊、サーヴァントに見えるかも知れない。

 白、と言う色を、ここまで嫌味なく、いやそれどころか、己の身体の一部のように纏う者を、デーリッチは見た事がなかった。
羽織るマントからその下のスーツまで、何から何まで、白一色。そして、触るまでもなく解る。身に纏う衣服に使われる生地は紛れもない高級品で、ナイロンやポリエステル、アクリルなどの化繊の類ではないと言う事が。
市販の量産品ではなく、彼の為に誂えられた特注品であろう。こんなもの何処で仕立てて貰えるのか、デーリッチには皆目見当もつかなかった。修羅の国で出会ったいばら姫の彼女なら、或いは、であろう。
では、立派なのは衣服だけで、纏う当人はしょうもない、と言う話かと言えば、とんでもない。悪し様に言えば、気障としか言いようのない、白一色の意匠を纏うその男は、紛れもない王威と王聖の持ち主であった。
ライオンの鬣を思わせる眩しい金髪を長く伸ばした男で、顔の造形もずば抜けて優れている。背丈は、デーリッチが今後どれだけ牛乳をがぶ飲みしようとも手に入らないだろう程に立派なそれ。

 何も知らぬ者は、男の姿を見てこう思うだろう。この男は、王族だと。この男は、貴族だと。
纏う立派な衣装と、強大過ぎる立場と権力に振り回されるだけの愚物ではない。これらを逆に振り回し、己の理想と夢とを叶えるだけの力を発揮する、本物の王だと。一目見ただけで誰もが納得するであろう。

 男の名は、『キリシュタリア・ヴォーダイム』。
その名前ですら、不思議な神韻を宿していた。神憑り的なカリスマを宿す者は、名前にですら、人を魅了する響きを持つと言うのか。

「うん? その言い方でちと、聖杯戦争を経験した事がある、って言うんでちか?」

 キリシュタリアの発した言葉を、デーリッチは聞き流していたりはしなかった。彼の口ぶりは明らかに、昔聖杯戦争に関係したようなそれである。

「当たらずとも遠からず、と言った所だね。知識として、聖杯戦争そのものは知っている。実際に体験するのは、これが初めてになる」

「でも、サーヴァントを使役した事はあるんでちよね?」

「何も彼らを使役する機会は、聖杯戦争のみに限定される訳ではないよ。尤も……そのケースの方がレア中のレア、例外な訳なのだけれども」

 まだキリシュタリアの師匠筋たる人物。
即ち、マリスビリー・アニムスフィアと呼ばれる男がまだ生きていた頃の話。
カルデアの創設の為に必要なマスターピースである、カルデアスの建設の為の莫大な富を、聖杯戦争に優勝する事で獲得した、と。マリスビリーから聞かされた事がある。
元々、マリスビリーから参加経験があると聞かされる前から、聖杯戦争と呼ばれるものについては風聞で聞いた事がある。が、イメージにリアルな陰影と肉付けがついたのは、彼の話を聞いてからであった。

 アラジンが擦った魔法のランプ、一寸法師の振るった打ち出の小槌、食べ物が無数に出て来るダグザの大窯。
それらに例えられる、万能の願望器であるところの聖杯。これを巡る、最後の1人になるまで戦い抜く戦争。それが、聖杯戦争である。
使う武器は剣や銃の類ではなく、人類の歴史にその名を刻んだ英霊達。彼らと協力し合い、勝ち抜くと言う訳だ。
死者は出て来て当たり前だし、最後の生き残りにしても、それまでの戦いによって致命的な後遺症が残る可能性もある。何なれば、参加者全員死んでしまい、折角聖杯が現れたのに……、と言う可能性もゼロじゃない。
恐るべきリスクを孕んだ戦いだが、そのリスクに見合ったリターンはある。何せ、どんな願いでも、それを叶える為に用意しなければならない下準備やら助走距離やらを、すっ飛ばして願いだけを叶えるのだ。
これ以上、夢のある話はそうもない。だからこそ聖杯戦争には人が集まるのだし、現にマリスビリーも当時の聖杯戦争に参加したのではないか。

「何れにしても、私が聖杯戦争について知っている、と言う事については特筆するべき事でもないし、知っているからと言って有利に働く訳でもなさそうだ。これについては忘れても良い」

 キリシュタリアが招かれているこの冬木の聖杯戦争について、2004年にマリスビリーが参戦したと言う、冬木の聖杯を巡る聖杯戦争と符合していて当初は驚愕した。
だがそれ以上に驚きだったのが、符合している所が冬木の街、と言うロケーションだけしかなかったと言う事。それ以外のほぼ全てが、開催地が同じなだけの、別物。
マリスビリーから伝え聞く聖杯戦争は、電脳空間にフルダイブして行われるものでは間違いなくなかったし、そもそも当世の技術で英霊のリソースは勿論の事、これだけリアルなバーチャル空間を再現する技術すらまだ開発不能の筈である。
聖杯戦争自体の形式も、聞いていた物とは全く異なる。4つの陣営に分かれて行われて、聖杯の獲得権は生き残ったただ1人にのみ、ではなく、残った陣営のメンバー全て、だ。随分と太っ腹ではあるまいか。

 場所は冬木、優勝者に与えられるトロフィーが聖杯で、サーヴァントと協力して戦う。
そこしか共通点がなく、それ以外は全て別物と言うべき様相で、キリシュタリアとしては困惑するしか他はないが、直ぐに慣れた。
ぶっつけ本番、アドリブ力が全て。彼の人生はそんな事の連続ばかりだった。今回もまた、以前と同じような機転の良さでも発揮して見せろと。こう言う事なのかも知れない。

「デーリ――ああもうクラス名言うのって慣れんでちね。キャスターは元々プリンを振舞われようがなかろうが、マスターの為に働くつもりだったでちよ」

「今は?」

「プリン1個どころか、プリン6倍デーとあっちゃ……ねぇ? 粉骨砕身、頑張らん訳には行かんでちよ」

「光栄な御言葉だ。王の寛大な御心に感謝する他ないな」

 褒めるのと煽てるのがつくづく上手い。でちでちでちでちと、不気味な忍び笑いを上げてデーリッチは気を良くしていた。
が、すぐにその忍び笑いを浮かべるのを止めるや、真面目な顔つきで、デーリッチはキリシュタリアの方に向き直った。

「ただ……キャスターが、君に従うと決めたのは、間違ってもプリンが理由じゃないでちよ」

「本当に?」

「……2割位は……」

 意外と多いな、と突っ込まない程度の、空気を読む力はキリシュタリアにも備わっている。

「キャスターの目には、君が、善良な人間に見えたから。他ならぬキャスターがそうだと信じているから、従うんでち」

「君の行動原理は正義か?」

「そうでち。悪い奴がいたら懲らしめる。ハグレ王国と、その国王の正義はこれでち。だから内心、不安な所もあったでちよ。マスターが悪人だったらどうしようか、と」

 「とは言っても――」

「それは君についても同じかも知れないでちがね。引き当てたサーヴァントが弱かったらどうしようって、思わないでちか?」

 キャスター。それがデーリッチに宛がわれたクラスであるが、その名前が示す通り、魔術師のクラスである。
そのクラスに割り振られる事については、異論はない。それどころか、妥当だとすら思っている。このクラス以外で、自分が召喚される事はないであろう。
だが同時に、キャスターのクラスと言うのは、聖杯戦争に於いて最も弱いクラスである。そもそもが高次の霊的存在であるサーヴァントには、魔術の通りは悪い事と、身体能力の面でキャスターは冷遇される事が多い。
要は、優れた魔術がウリであるクラスなのに、そのセールスポイントが仮想敵に対して大して通用しないのである。これでは、弱いと言う誹りを受けても文句は言えない。この故にキャスターは、最弱のクラスにカウントされるのである。

「思わないな」

 キリシュタリアは、デーリッチの質問をバッサリと切り捨てた。

「優れたサーヴァントは見れば解るよ。引き当てたサーヴァントを、外した事がないのが、数少ない自慢でね。君は、『当たり』だ。だから歩める、君となら。聖杯も獲得出来る」

「――獲るつもりでちか? 聖杯を」

「落ちてる物を拾う感覚で手に入れられる、とは私も思わないさ。私もキャスターも、血を流すだろう。或いは、この電脳空間に生きる者達や、参加者達も、死を見る事になる。解った上で、獲る」

「……そうでちか」

「業腹かい?」

「違う」

 デーリッチは、其処は明白に否定した。

「そりゃあ、誰も死なない道の方がハッピーでちよ。だけれども、現実はそうも上手く行かない事位は、承知してる。だからリーダーって奴は悩むんでちよ。上に立つ奴の仕事は、決断する事でち。浮かび上がった様々な選択肢、突如現れた枝分かれしまくった道の中から、少しでもマシな方を選ぶのが仕事でち。最悪の道を選んだリーダーは、確かに滅茶苦茶非難される。ミスった訳でちからね」

 「だけど……」。其処でデーリッチは、数秒程の間を置いた。

「『選ばなかったリーダー』はもっと非難される。だって、リーダーの仕事にして特権である、『選択』を放棄した訳でちから、言葉の非難で済めば良い方でちよ。最悪の道を選んだかなんて、その道を進んだ後初めて解る事。選ばない奴の方が、最悪なんでち」

 デーリッチは、ジッと。キリシュタリアの麗しの貌(かんばせ)を見据えた。
デーリッチの赤い双眸、その裡に宿る光は、驚く程に透明でありながら、凄まじいまでの意思の力を宿していた。キリシュタリアはその目の力に、王を見た。
子供っぽい、パジャマみたいな服を着たその少女に、王威とカリスマを感じ取った。

「だからマスターの選択は、間違って何かいない。だけど、正しくもない。言える事は1つ、選んだ事それ自体は間違いなく正しい事。……キャスターが認めたマスターが、獲る、と言ったのなら、全力でサポートするでち。するからこそ――聞きたいんでち。聖杯で、何を願うんでちか?」

 聖杯が、とてつもなく凄い物質である事は、デーリッチにも解った。
決して認めたくないが、成程、これを巡って、死を伴う争いが勃発するのも頷ける。そして、こんな魔法のアイテムが優勝すれば手に入ると言われて、『叶えたい願いがある』と思わない者は、いないであろう。
いるのが、当たり前だ。キリシュタリアが何を思い、何を願うのか。それが解らないし、気になった。願いを抱くのは正しいが、抱く願いそれ自体には、正邪は間違いなくある。

「私の理想は、何時だとて1つ」

 笑みを綻ばせて、キリシュタリアは言った。
その微笑みからは、生来の麗貌も相まって、人を魅了する魔力が眩いばかりに発散されていた。

「全ての人を、間違いの犯さない、完全な存在に昇華させる」

 男の発した言葉は、深遠な知識を有している事が一目で解るキリシュタリアが口にするとは、とてもじゃないが思えない程突飛な理想。

「全人類を、神にする。それが、私の夢だ」

 カルデアに敗れ、完膚なきまでの敗北と頓挫を味あわされても尚。諦める事の出来ない、必ず為すと決めた夢。キリシュタリアの理想は、頭から、狂っているとしか思えなかった。

「……残念ながらその願いは破綻してるよ、マスター」

 かぶりを振るうデーリッチ。

「神様だって間違いを犯すんだ。後悔も1つや2つどころじゃなく抱いてる」

 デーリッチの脳裏に浮かんだのは、ハグレ王国の国民である、2柱の神の事だった。
禍(わざわい)為す神として天界に攻め入り、やがては自分の過ちに気づき、福の神として振舞おうとした女性の顔が脳裏を掠めた。
世界樹を管理していた芸術と創造の神だったが、自分に尽くしていた巫女が抱く屈折した思いに気づかず、すれ違い。命を削る鎧を纏った巫女と戦うしかなかった少女の、哀しい横顔が脳裏に過った。

「神様は完璧じゃない。凄い力を持っていて、人より長く生きられる、近くて遠い隣人だ。憧れるものではあっても……なろうとするものではない」

「知っているよ」

 キリシュタリアは、デーリッチの言葉を否定する事をしなかった。

「神だって間違う。全くその通りだよ。その様子を目の当たりにした私だから言える。キャスター、君は何も間違った事は言っていない」

 本来辿る事のなかった、あり得ざる未来のギリシャの姿を、キリシュタリアは思い浮かべていた。
機械の神が、全ての人間を支配する世界。其処に生きる者全てに、安心と幸福を全て保証し、不老長寿を約束していたアルカディア。
誰もが明るく、楽しく、笑って暮らせる世界。今日も明日も、同じ光景が続く世界。その世界の維持に、己が神としての寿命を擦り減らせていた事に気づいた者は、どれだけいたであろうか。
己の寿命とリンクして滅び去る楽園を憂いた神が、その楽園を愛を以て滅ぼそうとしていた事に気づいた者は、神であってもいたであろうか。

 神は、優れた存在だ。
人間には出来ない事も平然とやってのけるし、人では干渉出来ない大自然や時空間にすら、簡単に手を加える事の出来る正しく超常存在である。
そして何よりも、人間よりもずっと高度な知性を持ちながら――平気で選択肢を間違えてしまう。神は優れてはいても、完璧ではない。蓋しその通りだ。デーリッチの言葉に対して、キリシュタリアは全面的に同意していた。

「選ばなかった事が、最悪。キャスター、君の言葉は正しい。残酷過ぎる程にね。人は常に何かを選ばなければならない生き物だ。そして、殆ど全員が、行く道を間違える生き物だ。途中で立ち止まり、今来た道を振り向き、その時道を間違えた事に気づき……そうして、縋る様に過去への扉を叩いて開けろと叫ぶ生き物だ」

 今度はキリシュタリアの方が、デーリッチの目を見て話す番だった。

「そうして種全体で、間違った道を歩きながらも……我々の世界では、人の歴史は続いて来た。時が積み重なり、経験も蓄積され、異なる知見を持った者どうしが遠く離れていても手を取り合える。そんな時代になっても、やはり人は間違える。経験値をどれだけ積もうが、ね」

 「だけど」

「それが、人間と言う種が滅んでいい理由にはならない。動物が、何かを食べ何かを飲まねば生きていられないように……多分人が間違うのも、争うのも、奪うのも、これと同じ位避けられ得ぬ宿痾なのかも知れない」

「……」

「だから、人を強くするんだよ。1人1人が、世界に対して強い影響力を、物理的にも及ぼせるようにする。それでいながらにして、争いと不平等を是正出来る知恵を持ち、それを実行し、皆と協力し合い、その時間違ってもこれを集成出来る協調性を持った存在。そう言う者に、人全体を昇華させる」

「それが、神、か」

「神とは言ったけれども、実際にはこの言葉が一番収まりが良いから選んだってだけでね。より正確な言葉を用いるのなら、人間を一歩先の知的生命体にステージを移動させると言うのが正しいね」

「……」

 沈黙が、その場を支配した。
デーリッチもキリシュタリアも、次の句を発さない。気難しそうな顔をするデーリッチと、やはり微笑みを浮かべるキリシュタリア。
息の詰まりそうな緘黙の中で、この空気を打破したのは、デーリッチの方だった。

「私は、君の考えは間違っていると思っている」

「……」

「私のいた世界もね、誰の目から見ても間違った歴史を歩んだんだ。異世界から用もないのに異邦人を多く招き過ぎてね。仕事にも、役割にも焙れた彼らが暴れて、戦争だって起きた位なんだよ。現地の人間にも……『ハグレ』と呼ばれた異邦人達の間にも、どれだけ広くて深い溝が隔たっていた事か」

 ハグレ。それは、進歩した召喚術によって招かれた、異世界の住民の事だ。
いつの頃より成立し、そして発展した、遠方より物を呼び寄せるこの魔術体形は、異なる世界の『ひともの』をも呼び寄せるに至ったのである。
この召喚術によって召喚された生き物をこそ、今では『ハグレ』と呼ぶ。文字通り彼らは、召喚先の世界の秩序からも、逸れてしまった。呼ばれ過ぎて、本来彼らが就く筈だったポストの定員から弾かれてしまったのだ。
では、運よくそのポストに収まったハグレが幸福だったかと言われれば、それもなかった。元よりその世界の住民ではない上に、容姿が人間とは異なる者も多いのだ。
だから、人間だから手心を加えよう、と言う心理的なブレーキが、使う側にも利かなかった。だから、酷い条件で働かせたり、戦わせたりもした。
デーリッチの言う戦争とは、そう言う境遇に身を置かされたハグレ達の鬱憤や不満が蓄積し、それが爆発したが故に起こった当然の帰結であった訳だ。

 ――この歴史を聞いて、果たして誰が、正しいと言えるだろうか。
誰しもが間違っていると答えるだろうし、事実デーリッチの語った通りの歴史を、彼女のいた世界は歩んだのである。

「だけど……それでも私は良かったと思っているよ。歩んだ歴史は間違っていたかも知れないけれど、その間違った歴史の中で、私は、誇れる王国を築き上げられた。本当の友に囲まれた」

 デーリッチをキングとするハグレ王国とはその名の通り、招かれざる客だったハグレ達で構成された王国だった。
ハグレ自身の後ろ暗い過去に漏れず、王国に身を寄せるハグレ達の殆どが、脛に傷持つ者達ばかり。誰もが、哀しくて、暗い過去を抱いていた。
だが、そうと聞いて、皆は思うだろう。本当に? と。そうと疑問に思う程、皆の笑顔は明るいのである。そんな過去があった事すら気にならない程、皆笑っているのだ。

 何故、笑えるのか?
決まっている。その過去と向き合い、折り合いを付け、それでも生きて行くと決めたからである。逸れてしまった者達に、笑顔を与えんとするデーリッチの在り方に、惹かれたからである。
デーリッチはハグレ王国の全てを、誇りに思っている。100年……いや、1000年続いてくれたらいいなと、本気で思っている。失う事を哀しいと思えるだけの良い国を作れたのは、それまでの歴史が間違っていたからである。

「君は言ったな、マスター。人は何かを選ばなくてはならないと。そして、選んでしまってから来た道を戻ろうとする生き物だと。正しいよ、君は。だけど、君の世界でも同じ筈だ。同じでなければならない。過去は変えられない。だけど未来なら、変えられるんだ。間違った道を選べる能力があると言う事は、正しい道を選ぶ力だって備わっているんだよ。人の持つ、そんな力を信じてあげなよ。その力に救われた私からの、お願いだ」

 またしても、沈黙が場を支配する。
キリシュタリアが、デーリッチが食べかけていたプリンに目線を向ける。長話のせいか、みずみずしさが、失われているように見える。

「……報われた旅路だったんだね、キャスター」

「うん」

「だがその旅路には、報いようとする仲間がいたんだろう?」

「当然。皆がいたから、私がいるんだ」

「それと同じだよ。王だなんだと言われているけどね、根本的には私も報いる側なんだよ。私はまだ……返された恩に報い切れていないんだ」

 ピクッ、と反応するデーリッチ。
それに合わせてキリシュタリアが、自分の手を覆う手袋を取り外し――露わになった手を見て、少女は絶句した。

「その手……」

 手袋を外して露わになるものは、キリシュタリアの手だと思うだろう。年齢相応の肌の張りと、若々しくてエネルギッシュな力の漲りを併せた、若者の手だと思うだろう。
――デーリッチの瞳に映ったのは、老人のように皺だらけの手であった。其処だけ若さとエナジーを吸い取られたとしか思えない、二十代に入ったばかりのキリシュタリアの若い顔には不釣り合いにも程がある、枯れ木のような手であった。

「以前従えていたサーヴァントに咎められたから上着は脱ぎはしないがね、上半身も概ねこんな感じだよ。いやはや、おかげで銭湯にも入れないんだよ」

 と、軽口を叩いて見せるキリシュタリアだったが、デーリッチは絶句していて、気の利いた返しの言葉すら出てこない。それがキリシュタリアには少し、不満そうだった。

「15の時に受けた傷だ。魔術師の世界では、杭を出し過ぎると打たれやすい。他人どころか、血族ですら絶対安全はないんだよ。父の差し向けた刺客から受けた傷は、未だに癒えないね」

 待て、父親に? 実の子供に、刺客を送って殺そうとしたのか?
それも然したる恨みもない、優秀過ぎると言う理由だけでか? 世界観が、解らない。違い過ぎる。そしてそれを、まるでどうでも良いものと扱うキリシュタリアにもまた、理解が及ばなかった。

「生き延びられた事が不思議でしょうがないこの傷を助けたのは、食べられたものじゃない位、酷いパンだった」

「パン?」

「そう。石の様に硬い、歯が欠けかねないパンだ。この上、どれだけ噛んでも小麦の甘さも染みてこない、挙句の果てにはカビすら生えてるパンだよ」

 何だそれは。そんなパンを振舞うなど、今時牢獄の中の受刑者だってあり得ない。
ハグレ王国の仲間の1人であり、パンを焼くのが得意な、獣人のクウェウリが見ようものなら、それはそれは激怒しそうなものだ。

「父の襲撃に合い、何もしなければそのまま死ぬしか他はない私の命を救ったのは、15の私よりも幼かった、浮浪者の少年だよ」

 浮浪者。それは、キリシュタリア・ヴォーダイムと言う男の立ち居振る舞いと教養を考えれば、一生涯。擦違う事も、会話を交わす事もないであろう人物だった。

「当時の私は世間知らずもいい所の小僧でね。産まれた国にも、家柄にも間違いなく恵まれていたよ。交友関係は皆等しく、高いグレードの教養と家格の持ち主で、品のない言葉だが、下賤、と呼ばれる出自の者は誰1人としていなかった。そんな狭窄気味の視野と思想しか持っていなかったから、想像すら出来なかったんだよ。私の産まれた国に、月に100ポンドも稼げない職業に就いている者がいると言う事を。自分の産まれた国が何処なのか地図上で指差せない大人がいると言う事を。……自分の名前すら、解らない子供がいると言う事を」

 ――

「九死に一生を得たのは、そんな、自分の名前すら解らない浮浪者の子供に助けられたからだった。最低限の単語を発する事でしか、会話が出来ない子でね。そんな教育水準では、当然働き口もない。働けないから金もない。だから、パンをこっそり盗むしかない。そんな身の上の子だった。……そんな子がくれたパンで、私は命を繋いだのだよ」

 デーリッチは、石のように押し黙りながら、キリシュタリアの言葉を聞いていた。

「とは言え……そんなパンでは栄養がないのは明白だ。だから少年は、気を利かせて、焼き上がったばかり……とは言わないまでも、小麦の味のするパンを持って来てくれたよ」

 「そして――」

「その代償に、死んだ」

「……は?」

「驚く程の事ではないよ。パンを盗むのは悪い事だ。だからと言って手を挙げるのは間違っているが、手荒な店員や従業員だったら、殴ったり蹴られたりもするだろう。……栄養が足りなくて、体力がないのは私だけじゃなくて、彼も同じだった。その暴力に耐え切れなかった。それだけの事だ」

「……わからない」

「ほう?」

「その子は何で、マスターを助けたんだ? 昔から仲が良かった訳じゃ、ないのだろう? だったら、何故?」

 デーリッチの、当然とも言える問いに対し、キリシュタリアは、寂し気な笑みを浮かべた。少しつり上がった唇の端からは、悔しさのような物が感じ取れる。

「私にも解らない」

「……」

「ただね……命の灯が消え行くその中で、彼は私の顔を見て言ったよ」

「何て?」

「――『綺麗』、だとね」

 ――ほんとうに キレイ……――

 そう言って、眠る様に死んだ少年の横顔を、キリシュタリアは思い出す。
お前を助けたせいで死にかけている、そんな悪態も吐かなかった。お前を助ければ金になると思った、そんな思惑もなかった。

 綺麗だったから。
たったそれだけの理由で、少年は、死にかけていたキリシュタリアを助けたのだ。
彼を助けなければ、少年は貧窶を究る状態ではあったろうが、生き永らえる事も出来たろうに。
貴重な日々の糧を分け与えてまで、キリシュタリアを生かそうとしたのだ。見返りも何も求めない、ただ、美しかったから。それだけの理由で、一目で関わってはならない状態にあった事が明白な、キリシュタリア・ヴォーダイムを救ったのである。

「彼は、誰が見ても明らかな、最底辺の貧者だった。だが彼は……人間が本当に尊ぶべき、最大にして真実の善を、産まれながらにして持っていたんだ」

 見も知らずの人間の空腹を満たす為に、自分の命を擲つ事が。自分が美しいと感じたものに、命を含めた全てのものを捨てる事が。
そんな事が出来る者が、果たして、どれだけいると言うのだろうか。人の本質は悪、性善説など嘘っぱち。だから、この世は悪に満ちた地獄であると。
そんな甘言に惑わされ、狡賢く生きる事は確かに簡単だろう。自分を助けた、あの浮浪者の少年こそ、そんな甘い誘惑に乗った方が楽に生きられた筈なのに……。そうはしなかったのだ。

 そんな少年に、キリシュタリアは何をしてやれただろうか。
父親に襲撃される以前から、自分の歩いていた道に、浮浪者の類がたむろしていた事は、確かに覚えている。
だが、覚えているだけで、見向きもしなかった。立ち止まるだけ、時間の無駄。一生、袖振り合う事もないと、確信していたからだ。
彼らについて考えるだけ、時間的リソースの無駄であり、その無駄を省いて、己を高め、磨く事こそが肝要だと思っていたのである。
そして、高めた自分は何をするのか? それは、美しい世界を作ってみたい、と言う理想。力があるのだから、才能もあるのだから。ギフテッドなりの責任を以て、世界を導く事、それが第一義だと思っていたのだ。

 笑わせるなよ、キリシュタリア・ヴォーダイム。
何が美しいものなのか、自分の口から説明も出来ず、思い描く事も出来ない。そんな抽象的で姿形のない美しさに惑わされて、自分ならこれを体現出来ると、良い気になっているだけの小僧。
良い気になってそのまま人生を歩んでいれば、お前は何も成せずに死んでいただろう。お前は、救われたんだ、照らされたんだ。お前が、『居ながらにして居ない者』として扱っていた、不可触民とすら思っていた少年に。命懸けで、進むべき道を指し示されたんだ。

「あの少年は、己の命を以て、人間の持つ真実の価値を示して見せた。だから、私は誓った。あの少年に出来た事は、決して難しい事じゃない。彼に出来た事なんだ、私にだって出来るのだと」

 ……ああ。この青年は――

「そんな事を胸に近いながら、食べた時のパンの味は、今でも忘れられない。あの時食べた平凡なベーグルの味は……目を閉じていれば今でも、思い出せるよ」

 デーリッチは、昔の事を思い出していた。
久々にまともな味のするパンにありつけていた頃の話だった。
荒れた髪、ボロボロの服、餓えてぎらついた野犬のような瞳。そんな、人の形をした獣としか言いようのない少女に殴り掛かられ、取っ組み合いになった時の話だ。
その少女の目的が、自分が食べようとしていたパンである事は直ぐに解った。それが食べたい事もすぐに導き出せたし、長い事まともな食べ物に恵まれていなかった事も連鎖的に理解出来た。

 ……そして、組み合って数秒で解った。長い事物を食べてないから、信じられない位に力がない。デーリッチ自体がハグレだから、体力に恵まれていたと言うのもあるだろうが、それを抜きにしても、浮浪者の少女は非力だった。
だから、喧嘩で負かす事など簡単だった。土と泥塗れになりながら、地べたで大泣きし始めたその子供は、果たして何に泣いていたのだろうか。
阿呆面晒してパンを食べようとしていたデーリッチにすら負けた、自分の喧嘩の弱さにか。それとも、最早誰かから奪わねば食事にすらあり付けない自分の境遇にか。そして、これを正当化する己の心の弱さにか。
そんな少女に対して、自分が出来る事は何かと考えて、デーリッチは直ぐに、自分が食べていたパンを半分に分けて、少女に与えた。そうしたら、また少女は泣いた。だがきっと、その時の涙は、違う理由によるものだろう。嬉しかったからに、違いない。

 今その少女は、ハグレ王国の参謀長を務める、最古参のメンバーだった。
勉学に長けた切れ者で、複数の属性の魔法を駆使する優れた魔法使い。薬学にも堪能で、キャンプ術にも優れている。そして何より、政治的駆け引きも、上手い。
正しくハグレ王国に欠かす事の出来ない傑物で、デーリッチとしても、彼女のいないハグレ王国の姿が最早想像すら出来ない程の、重鎮として認識していた。
彼女の名前は、ローズマリー。はんぶんこのパンで、人間が持つ真実の強さと善を理解した、デーリッチの最大の友人であった。

 ――ああ、そうだ。この青年は。キリシュタリア・ヴォーダイムと言う青年は。『間違ってしまったローズマリー』だ。
与えられたパンに秘められた、人の持つ真実の価値。彼はそれを理解したのだろう。それに報いようと、懸命な努力を怠らなかったのだろう。
だが彼は、最初の一歩を、致命的に間違ってしまった。報いる方法を、間違ってしまったのだ。
デーリッチは思う。自分が何処か志半ばで死んでしまっていたら、ローズマリーは……ハグレ王国は、どうなっていたのか? 
ローズマリーは謙遜していたが、彼女だって十分過ぎる程の王の……為政者、統治者としての資質を有している。なのに彼女は、デーリッチを王にしようとした。
自分では皆を笑顔に出来ないからと。それは、図抜けたお人好しであるデーリッチにしか出来ないからと、固辞し続けた。

 自分のいないローズマリーは、こう言う人物になってしまうのではないかと。
デーリッチは思った。ああ、だから自分は呼ばれたのだ。この青年のサーヴァントとして、この冬木の街に呼ばれたのだ。この青年に寄り添うべく、呼ばれたのだ。

「縁って奴は不思議でちね」

「ああ、私もそう思うよ」

 フッと、笑みを綻ばせた両名。

「君が、デーリッチを召喚出来た事は、何も不思議はないでち。デーリッチ以上に夢見がちな人なんて、いる訳がないと思ってたでちが……。いやはや、世界は広いでち」

 デーリッチの発した言葉には、呆れと同時に、微かな優しさが、滲み出ていた。

「このキャスター、デーリッチ。全力で君を助けると誓うでち。誓うからこそ、これだけは教えるでち」

「む?」

「マスター。君は、自分を犠牲にして全員を神にすると、思ってはないだろうな?」

「……」

 沈黙は、肯定の裏返し。
そうだ。この世界に呼ばれる前の話にはなるが、キリシュタリアの本来のプランでは、彼以外の全員が神になるのであって、計画の発足人たる当人だけは、人のままで生きる筈だったのだ。
言ってしまえば、デーリッチの質問の通り、自分だけを犠牲にして最後は完成する計画であった、と言う事である。

「それはダメだ。このデーリッチに関わった以上は、笑顔でないと許さんでち。辛気臭い態度で、訳知り顔で退場なんて、絶対に認めんよ」

「……何だか、本当にサーヴァントには恵まれるな。振り返ってみても、酷い人生だったと思わないでもないが……こう言う所だけは、幸運の帳尻が合うとはね」

「で~ちっちっち、もっと褒めるでち褒めるでち」

「それにしても、カイニスですら思っていても口を噤んでいた事を直接口にするとは、欲張りなサーヴァントだ。私にすら、救われて欲しいとは。夢見がちにも程がある」

「ふっふっふ……。マスターも、王と呼ばれていた事があるのなら、知っておくべきでちね」

 デーリッチは、ニッと、満面の笑みを浮かべた。
向日葵のようなその眩しい笑みに、キリシュタリアは、この少女にカリスマを見た。人を魅了し、率いるだけの力を漲らせた、王の器である事を。確かに認めた。






「――王様は、夢を見る事がお仕事なんでね」





【クラス】

キャスター

【真名】

デーリッチ@ざくざくアクターズ

【ステータス】

筋力D 耐久B 敏捷C 魔力A 幸運A++ 宝具B

【属性】

中立・善

【クラススキル】

道具作成:-
キャスタークラスではあるが、キャスターはこのクラススキルを持たない。
ただし、キャスターではなく、後述の宝具によって召喚される仲間の一部が、このスキルを習得しており、彼らに道具作成を肩代わりさせている。

陣地作成:A++
自分に有利な陣地を作成する能力。ランクA++は最高峰中の最高峰。このランクになると、大神殿を上回る『王国』の作成を可能とする。

【保有スキル】

カリスマ:D+++
人を惹きつけ、魅了するだけの人間的才覚。
キャスターのカリスマランクは大王国や大帝国を率いるだけの物ではないが、少人数相手に、それも自分の存在が何よりも大事であると思わせる方向に特化している。
そうして集めた人材は、王国運営に必要な才能を持った者が多く、結果的にその人材に仕事を振る事で、ハグレ王国を成立させて来た。

虎よ、虎よ!!:D
厳しい修行によって体得された、野生のパウワー。意識を切り替える事で、筋力をワンランクアップさせるが、魔力ランクをツーランクダウンさせる上、行使する魔術の威力も激減する。
……キャスタークラスの強みが死ぬ? まぁその……それは……はい……。

【宝具】

『希望の門戸よ、開け(キー・オブ・パンドラ)』
ランク:B 種別:対人・対空間宝具 レンジ:1~10 最大補足:-
キャスターが有する、玩具の鍵のような形状をした杖状の宝具。
キャスターのいた世界にいたとされる、最初の召喚士が用いたとされる杖。これを用いて殴ったり、魔術を使う為の補助道具としてキャスターは戦う。
武器としての性能はハッキリ言って特筆するべき所はない、と言うより最低レベルと言ってもよく、これよりも優れた使い勝手と強さの武器はキャスターは幾らでも持っている。
この宝具の真価は、魔力を込める事で全ての距離を0にする事にある。有体に言えばそれは、『ワープ技術』の事であり、帰る先のイメージ、或いは、これから向かう先の情報が揃っているのならば。
キャスターはこの宝具を通して何処にでも現れるし、何処にでも逃げられる。複数人を纏めてワープさせる事も可能。
魔力さえ十分であれば、異なる時空によって隔絶された異空間、固有結界からですら逃走と脱出が可能であり、この宝具によるワープを防ぎたければ、キャスターの魔力をカラにするか、この宝具の発動そのものを阻害するしかない。

 これらの使い方ですら強力であるが、この宝具の真価は、距離を0にする、と言う本質的効果の応用にある。
上述のようにこの宝具は全ての距離を0にする事にあるが、それは『今キャスターがいる世界にのみ限定される訳ではない』。今自分達がいる世界と、『全く異なる世界』との距離も0に出来る。
つまりこの宝具は、異世界にすら干渉が可能であり、条件次第ではその異世界に渡航する事も可能である。
そしてキャスターは、この異世界にすら干渉出来る、と言う事を利用して、無数の世界にキー・オブ・パンドラを利用して接続、其処を流れる無尽蔵のマナを取り込み、解放する事が出来る。
この時放出されたマナは、キャスターが味方、仲間だと思った自陣メンバー全員に付与され、『あらゆる重傷と戦闘不能の状態を完治させた上で、全てのステータスを1ランクアップさせた状態で』復活させる。
正しく桁違いの回復性能を誇る使い方であるが、異世界、並行世界に干渉すると言う、第二魔法にかかずらう領分に触れる使用法の為、魔力の消費は甚大。
このマナ放出による全体復活は、よりにもよって使用者本人である『キャスター』だけは復活の対象外であり、彼女だけは復活は勿論の事ステータスアップの恩恵にすら与れない。
挙句には、大量のマナが身体を循環し、一気に大量の魔力も持ってかれる奥の手の為か、数ターン行動不能になってしまい、その間は勿論サンドバッグ状態である。
故に、このマナの奔流を用いた使い方には、サポートする仲間が必須であり、それが揃わぬ内での行おうものならば、その時点で全てが終了となる。

『見よ。我が矮躯を支える、愛しき役者を(ざくざくアクターズ)』
ランク:EX 種別:対人~対城宝具 レンジ:- 最大補足:-
英霊として座に登録されたという事実と、キャスターが有する凄まじい空想力(イマジネーション)が結実する事によって成立した宝具。
キャスターが生前打ち立てた、ハグレ王国のエピソードが宝具として登録された物であり、生前に絆を紡いだハグレ王国の国民を召喚する事がこの宝具の本質。
この宝具の最大の利点は、小回りの良さであり、召喚出来る仲間の数は0か100ではなく、自由に調整が利く事にある。
つまり、任意の仲間を最低でも1人、魔力さえ融通が利けば全国民を一気に呼び寄せる事が可能。この手の宝具に類似している、イスカンダルの『王の軍勢』との最大の違いにして最大の弱点は、呼び出せる人数の上限。
ハグレ王国の王国民、つまりキャスターが『戦闘に召喚しても問題ない』と認識している者の数は100人にも満たない寡兵であり、絶対数がそもそも少ないのである。
言ってしまえばこの宝具は、呼び出す人数の数を極限まで絞った『王の軍勢』であり、絞った代わりに各々の再現度を極限まで高め、応用力も底上げさせ、消費魔力も抑えた宝具になる。

 召喚される仲間には、魔法に秀でた者もあらば、魔法とはまた体系の違う超能力と呼ばれる技術を駆使する者。道具の作成に特化した鍛冶屋や道具屋。
身体能力に優れた獣人から、剣に達者な侍、相手の攻撃を受けきる事に特化した騎士、水上及び水中での戦闘に特化したスキュラ。高い戦闘能力を秘めた妖精達。
果ては、世界を滅ぼしかねない程の力を持った巨竜の幼体から、正真正銘本物の悪魔、神霊、魔王、幻想種、星の守護者や竜人など。
あらゆる状況に特化した、様々なバリエーションに対応出来る人材が揃っている。強さの強弱で魔力の消費が上下する事はなく、代わり、『召喚されている人数によって』消費する魔力が上がる。

 ――以上がこの宝具の最大のメリットにして特徴だが、もう1つ、この宝具には効果がある。
この宝具はキャスターの持つ強靭な空想力によってなされる宝具とあるが、事実その通り、キャスターの持つ空想を現実世界に成立させているという側面もある。
ではこれを、本人の空想によって思うがままの空間で。つまり型月世界で言う所の、空想具現化の亜種である、本人の心象世界の具現である固有結界の内部で、当該宝具を発動すれば、どうなるのか。
この宝具から『魔力消費のデメリットが消滅』する。つまり、上述の高い戦闘能力を秘めた仲間達が一気に全員現れ、各々がフルパワーで襲い掛かって来る事を意味する。
勿論ダメージを与えれば傷つけられるが、例えどれだけ傷つこうとも、キャスター本体が健在であれば、第一宝具を利用した全体蘇生で即座に復活させて来る。
生前、本人のイマジネーション次第でどのような事も成立可能な心象世界において、相手からその支配権を奪い、打倒したと言うキャスターのエピソードを象徴した隠し効果。
常に誰かに支えられ、導かれ、そしてそれと同じ位多くの者を導いて来たキャスターの旅路に、皆が応える。そんな宝具である。

【weapon】

魔法:
厳密に言えば型月作品で言う所の魔法ではない。キャスターは様々な魔法を行使する事が出来るが、分けても得意なのが回復である。
またこれとは別に、様々な攻撃の魔法もしっかり行使する事が出来る。デスメッセージとか使える。

【人物背景】

王国をつくることを夢見たハグレ召喚人。将来は左うちわの予定なんだとか。

或いは、時代が求めた、招かれざる客、秩序と体制から逸れた者達の救世主。

【サーヴァントとしての願い】

ない。マスターの夢とやらをサポートし、彼には笑顔になってもらう。



【マスター】

キリシュタリア・ヴォーダイム@Fate/Grand Order

【マスターとしての願い】

生前と同じで、全人類を一歩先のステージに導く。

【weapon】

【能力・技能】

理想魔術:
電脳世界の冬木に来るまでの、異聞帯のギリシャで使えた筈の魔術体形
魔術の内容は単純明快で、『星の並びを操ることで惑星直列を起こす惑星轟』。大地と天空、天上の全てを魔術回路に見立て、抜級の魔術を発動させる。
最もわかりやすい形としては、隕石を飛来させ、そのエネルギーと衝撃を相手に叩き込む、と言うもの。当然直撃は死であり、サーヴァントであっても先ず耐え切れない。
……が、これだけの威力と規模の物を成立させるのには、舞台が神代である事と、神代の濃い魔力が必要になる為、この冬木の街ではこの規模の魔術は無条件で発動不可。
当聖杯企画では、相当に規模も威力もダウンスケールさせた魔術を駆使する。それでも、並の魔術師など一顧だにしない程の威力を誇る。

魔術:
上述の魔術以外にも、基本・基礎なる魔力を行使する事が可能。父の襲撃に会う前の描写を見るに、かなり広範な魔術を高いレベルで会得していた物と思われる。


【人物背景】

かつてクリプターと呼ばれる集団の長であった青年。
15の青年の頃に、いない物として今まで認識していた浮浪者の少年に命を救われ、人間の本当の正義と真実を目の当たりにし、自分もその通りに生きて見せると誓った男。

2部5章後編終了後、死亡してからの時間軸から参戦

【方針】

聖杯の獲得には乗り気。殺す覚悟もある。が、この聖杯戦争で現れる聖杯に、自分の望みをかなえる力があるのかが疑問。

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最終更新:2023年10月30日 03:16