地獄を見た。
 この世にあってはならない光景を、見た。
 家族皆でせっせと耕して蘇らせた大事な畑。
 踏み躙られた。
 子供達が駆け回って遊んだ広場。
 血で汚された。
 悲しみも痛みも共有し、支え合って生きて来た家族達。
 全員殺された。
 傷付き絶望してのたうち回った末に漸くありつけた小さな理想郷(ポラリス)。
 何もかも、奪われた。
 アレを地獄と言わずして何と呼ぶのか。
 ほんの僅か抱いた希望は間違いだったと悟った。
 ポラリスの外からやって来たあの村の少年は、確かに気持ちのいい人だった。
 もしかしたら本当に友達になれるかも、そう思わなかったと言えば嘘になる。
 だが所詮、前原圭太郎は雛見沢村という巨大な鬼の巣穴の中に偶然生まれた異端児でしかなかったのだ。
 甘かった。
 何もかも、甘かった。
 鬼の血を引く殺人鬼の群れが隣人である事の意味をもっと早く理解し行動するべきだった。
 『星の環』の自分が率先してやらなければいけなかった事だ。
 もしもそうしていれば…あの惨劇は、防げたかもしれない。
 ああやって悍ましい鬼達に何もかも奪われ鏖にされる事はなかったかもしれない。
 ――お前のせいだ、一色くるる
 ――お前のせいだ、ミアプラキドゥス。
 燃え上がる"あの日"の情景を呆然と見つめる自分の後ろから、他でもない自分自身の声がする。
 ――お前がちゃんと使命を果たしていれば。
 ――誰も殺される事はなかった。
 ――お前の大事な家族が、鬼ヶ淵の鬼共に寄って集って嬲り殺しにされる事はなかったんだ。
 自罰の声に言い返す事は何もない。
 だってアレは、防げた惨劇だったから。
 呑気に祭りを楽しんでいる暇があるなら雛見沢の祭りにでも顔を出して来るべきだった。
 奴らの異常を嗅ぎ付けられればそれを伝えて皆を逃せた。
 そうでなくても、殺られる前にこっちから仕掛ける事だって出来た筈だ。
 ミアプラキドゥスの星は全てを怠った。
 だから、全て失ったのだ。
 ああ。お前は、なんて。
 お前は本当に、なんて使えない、頭の悪い――
「ごめんなさい…」
 蘇るトラウマの原風景に自然と言葉が出る。
 頭を抱えて、燃え上がる集落を前に膝を突いた。
「ごめんなさい、ごめんなさい――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
 星の数程謝ったなら許して貰えるだろうか。
 この身が背負ってしまったこの罪は、赦されて消えるのだろうか。
 違う。そんな訳がない。
 そんな救いがある筈がないのだ。
 赦しを下さる聖母様ももう居ない。
 あの火の中に、あのケダモノ達の狂気の中に消えてしまった。
 だから謝っても無駄だ。
 赦される事は決してない。
 でもそうと解っていても、くるるは只謝り続けるしか出来なかった。
 そうする事できっと何かが変わると信じて。
 祈りを捧げる。
 頭を下げる。
 額を土に擦り付ける。
 涙と吐瀉物で顔を汚しながら、喉が枯れるまで謝罪の言葉を並べ続ける。
 ――ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 どうかお許し下さい、私の罪を。
 そして叶うのならば、機会をお与え下さい。
 神様。
 もしも、そんな存在が何処かに居るのならば。
 もしも貴方がまだ私を見放していないのならば、貴方の気紛れに虐められ続けて来た人の子にほんの僅かでも慈悲を下さるのならば。
 どうか。
 どうか、私に。
 贖罪の機会をお与え下さい。
 次はちゃんとやりますから。
 星の環の一員として、ポラリスに救われた星の一つとして…必ずやあの惨劇を回避――いや。
 必ずや、皆を幸せにしてみせますから。
 だからお願いします。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……


『やめろ。いのったところで だれもおまえをすくわない』
 とめどない謝罪のリフレイン。
 それを切り裂く声があった。
 自罰の声はいつしか聞こえなくなっていた。
 自分を責める自分自身の代わりに、くるるの後ろに立つ影がある。
 くるるは振り向かない。
 振り向かないまま、只彼女の言葉に耳を傾けていた。
『いのりをささげれば せかいがすくわれるのなら… わたしだって そうしたさ』
 五月蝿い。
 知った風な口を利くな。
 言い返したくても、その声には有無を言わせない強さがあった。
 どれだけ武装しても過去に縛られ続けた傷だらけの子供でしかないくるるではどうにも出来ない、そういう類の強さだ。
『タマシイをもやせ』
 魂にまで届くような声。
 何もかもを震わす声だった。
 失意の前に霞んでいた怒りに、まさに火を灯すかのようで。
『ケツイをちからにかえろ』
 この声をくるるは知っている。
 目覚めの気配を間近に感じながら、唇を噛み締めた。
 次に握るのは拳だ。
 其処には――弱くてもか細くても、確かに"ケツイ"が籠もっている。
『そして』
 影が隣に立った。
 人間とは違う、平時ならバケモノ呼ばわりしていたかもしれない外見。
 装甲に身を包んで槍を携え立つその姿を包むように"黒い羽"が舞い、世界を満たしていき。
『おまえが せかいを すくうんだ』
 その言葉と共に、一色くるるは夢から覚めて現実へと帰還した。

    ◆  ◆  ◆

「…ッ」
 寝覚めは言わずもがな最悪だった。
 寝汗で寝間着がぐっしょりと濡れている。
 喉もカラカラだ。冷たい水が飲みたくて堪らない。
 ポラリスの家とは違う見知らぬ天井。
 窓から見える景色も、雛見沢のものではなかった。
 今でこそ日常になって久しいが、やはり未だに違和感はある。
 "この世界"での一色くるるは、父と二人でこの冬木市に越してきたという設定だった。
 検索してみたが、『ポラリス家族の会』等という団体は影も形も存在していなかった。
 この世界にくるるを救ってくれる者は居ない。
 救われたいと願うのならば…救いたいと願うのならば。
“ケツイを、ちからにかえろ…か……。…簡単に言うんじゃねーっての”
 夢の中で聞いた言葉を反芻して顔を顰める。
 それから拳を握ってみた。
 手の甲に刻まれた令呪が今の自分の立場を教えてくれる。
「…先刻はありがとうございました。まさか人の夢の中にまで出て来るなんて思いませんでしたけど」
「フン。れいを いわれるようなことじゃない」
「でも良いんですか? …いやまぁ、これはずっと聞こうと思ってたことなんですが」
 聖杯戦争。
 元居たのとは異なる異世界…電脳世界。
 其処で戦わされるマスターの一人。
 そしてこの異形の鎧武者は、くるるの命運を護るサーヴァントと呼ばれる存在だった。
 クラスをランサー。
 見ての通り、始まりからして人間ではないらしい。
「あなた、人間嫌いでしょ」
「…、キライというのは すこしちがうな」
 くるるはその境遇上他人の感情に敏感だった。
 というより、そうでなければ生きていられなかったというのが近い。
 傷付いた弱い心を使命感と恩義という鍍金で覆った哀れな子供。
 それが一色くるるの真実だ。
 だからこそ彼女は、目敏く気付いた。
 ランサーが自分を…そしてこの世界の人間達を見るその目に宿る確かな剣呑の色を。
「ケイカイしているんだ」
「…警戒? あなたが私達をですか?」
「そうだ ニンゲンのこわさを わたしはしっているからな」
「冗談でしょ。人間なんてあなた達に比べたら吹けば飛ぶような雑魚ばっかりですって」
 くるるは思わず苦笑してしまった。
 しかしランサーは笑わない。
「わたしのせかいは ニンゲンにじゅうりんされた。
 いや… ニンゲンですら なかったのかもしれない アレは」
 ニコリともせずに己が過去を紐解いてみせる。
 その言葉から伝わる確かな激情に、くるるは背筋が冷えるのを感じた。
 怒りだ。あの夜、雛見沢の鬼達に見えたのと似ているけれど少し違った…静かに蒼く燃え上がる怒りの炎を、異形の形相の中に垣間見た。
「みんな ころされたよ。むしをふみつぶすみたいに ころされた。
 わたしがとめなければならないあいてだった でも わたしは、まけてしまった」
「……」
「わたしは せかいを まもれなかった」
 …その言葉がくるるの心臓に重たく響く。
 それは、くるるにとっても覚えのある感情だったからだ。
 八つ裂きにしてやりたい程の怒りとそれ以上の悔しさ。
 守れなかった――何一つ救えなかった。
 狂った悪に愛するものを何もかも踏み躙られる光景を、黙って死にながら見つめるしか出来なかった記憶が疼く。
「そうですか。道理で私に呼ばれちゃう訳です」
 ポラリスは、同じ人間の姿をした生き物に破壊された。
「見ましたよね、私の記憶。私もみんな殺されました。虫を踏み潰すみたいに殺されました。大人も子供も、男も女も。何も関係なかった。
 私が止めなきゃいけなかったんです。でも私は、弱いから…立ち向かっても何にもならなかった。何も、守れなかった」
 くるるは知っている。
 人間は怖い。
 人間は、心に鬼を宿せる生き物だ。
 他人の世界を我が物顔で踏み荒らし、壊してしまえるそういう生き物なのだ。
 くるるもまた――世界を守れなかった。
 此処に居る二人には共通点がある。
 彼女達は世界を救えなかった者。
 愛するものを何も守れなかった敗残者だ。
「くやしいか」
「悔しいです。死ぬ程」
「にくたらしいか」
「憎たらしいです。殺したいくらい」
「こわいか」
「…怖いです。毎晩ああやって魘されちゃうくらいには」
 でも、とくるるは唇を噛む。
 そしてその眦を鋭く細めた。
 染み付いた恐怖をまた鍍金で覆い隠す。
 誇り高き殉教精神をガソリンにして口を動かす。
 ケツイを、ちからに変えて。
「このままでなんか終わりたくない」
 ポラリスの世界は滅ぼされてしまった。
 だけど、まだ終わってはいない。
 物語はまだ続いている。
 星々の航路はほんの微かだが残っている。
 自分が、ミアプラキドゥスの星が此処に居るのがその証拠だ。
 "黒い羽"は祝福だった。
 何も出来なかった負け犬に与えられた最後のチャンス。
 後戻りは、もう出来ない。
「このまま…っ、虐められてばかりで終わるなんて、たまるか……!」
 涙を流しながらそれでもくるるは叫んでいた。
 弱い少女にとってそれは精一杯の示威行動。
 自分を強く見せる為の涙ぐましい努力だった。
「私は…! ポラリスを、私の家族達を助ける!」
 聖杯の権能が本物ならば、死者の蘇生程度の事が出来ないとは思えない。
 それを使えばあの夜の出来事を消し去る事だってきっと可能だろう。
 もう誰にも傷付けられる事のない、ポラリスだけの理想郷。
 世界の何処を探しても見つからなかったそんな夢を実現させる事だって出来るに違いない。
「私が星空(せかい)を救ってやる…! 今度こそ! 私達が勝って、幸せを手に入れるんだ!」
 粉々に砕けた心を繋ぎ止めているのは狂気かもしれない。
 だがそれでもいいとくるるは思っていた。
 たとえその先に待つ末路が、あの穢れた村に棲む鬼達と同じだったとしても。
 自分一人が凶星に成りさらばえる事で皆を救えるというのなら――構わない。
 構うものか。
 冥府魔道だろうが何だろうが、みっともなく震えたこの足で走り切ってやる!
「わたしは…」
「はぁ、はぁ…ッ」
「わたしは… きっとおまえとは ともだちになれないとおもう」
「はは…。そうですか。そりゃ残念です」
「わたしのねがいも おまえとおなじだ くるる。わたしは あきらめられない」
 でしょうね、という言葉はあえて口に出さなかった。
 自分達は似た者同士だ。
 性格も生い立ちも違うだろうが辿った結末だけは似通っている。
 殺戮の荒野に一人立った、ヒーローになり損ねた二人。
「せかいを すくう。そのために わたしは ここにいる」
 ランサーの世界を蹂躙したのもまた、人の体に人ではない狂気を押し込めた存在だった。
 彼女はその存在に全てを尽くして挑み、そして…敗北した。
 その後世界がどうなったのかを見届けた訳ではない。
 しかし確信があった。
 世界は滅びただろうと。
 文字通り、草の根一つ残す事なく…何もかもが消し去られてしまったに違いないと。
 ――だからどうした。
「つらいみちだ かくごはいいか」
「…当たり前です。何もかも失くしてメソメソへこたれてるくらいなら、地獄の針山を裸足で駆け上がる方がまだマシですから」
「じゃあ わたしといこう。おまえを マスターとして みとめる」
 彼女は、勇者だ。
 悪の前に敗れた勇者。
 しかし勇者の条件とは不屈である事。
 肉体が滅んでも、魂一つあるのならまだ終わってなどいない。
 彼女は立ち上がる。
 新たな世界で、最後の希望を目指して立ち上がる。
「よろしくな "せんゆう"」
「…はい。よろしくお願いします、戦友」
 彼女の名前は――Undyne
 勇者、Undyne
 何度倒れても立ち上がる、不屈の――

 ――Undyne_the_Undying(不死身のアンダイン)。


【クラス】
ランサー

【真名】
Undyne@Undertale

【ステータス】
筋力:C 耐久:A+ 敏捷:B+ 魔力:D 幸運:C 宝具:E++

【属性】
秩序・善

【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【保有スキル】
戦闘続行:A+
往生際が悪い。
何度倒れても立ち上がり、戦闘行為を継続する。

不屈の闘志:A
同ランクの『勇猛』スキルを内包する。
追い詰められれば追い詰められる程に闘志を燃え上がらせ、各種ステータスを向上させる。

怪力:B
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
使用する事で筋力をワンランク向上させる。持続時間は"怪力"のランクによる。

勇者:-
このスキルは平時、封印されている。
許容出来ない恐るべき絶対悪の前に立つ資質。
悪属性のサーヴァントに対して強力な特効を獲得する。

【宝具】
Undyne_the_Undying』
ランク:E++ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
"You're gonna have to try a little harder than THAT.(さあ きさまのほんきをみせてみろ)"
Undyneが持つ唯一の宝具。神秘のランクは極めて低く、平時は解放される事もなく彼女の中に封じられている。
その解放条件は二つ。Undyneの霊核が破壊されている事、そして彼女が決して譲れない理由の為に立ち上がらねばならない状況である事。
以上の条件を満たした場合、この宝具は初めて開帳が可能になる。
霊核の崩壊や永続的なバッドステータスの全てを無視し、HPを最大値まで回復。その上で全てのステータス及びスキルランクを二段階向上させる。
世界を滅ぼす悪、殺戮の荒野を前に独り立つ勇者――Undyne_the_Undying(不死身のアンダイン)。

【Weapon】

【人物背景】
アズゴア王配下、ロイヤルガードのリーダーを務める女騎士。

【サーヴァントとしての願い】
世界を救う


【マスター】
一色くるる@ひぐらしのなく頃に令

【マスターとしての願い】
世界を救う

【能力・技能】
責任感が強く行動力もまた然り。
使命の為になら汚れ役も厭わない殉教精神を持つ。

【人物背景】
DV被害者を対象にした互助団体『ポラリス家族の会』の少女。
『星渡し編』にて死亡後から冬木市に招かれているが、現在はポラリス症候群・雛見沢症候群共に小康状態。

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最終更新:2023年10月30日 03:17