それは、正義の夢だった。

 正義の味方。
 誰もが一度は思いを馳せる寝物語の絵空事。
 成長し現実を知ると共に削ぎ落とされていく幼い青さ。
 しかし男は、それを捨てなかった。
 運命に抗い、原初の約束を守り続けた。
 当然のようにその理想は血に濡れていく。
 積み上がる犠牲と怨嗟を背に彼は往く。
 先に地獄が待っている事なんてとうの昔に知っていた。
 だから足を止める事もない。
 足を止められる道理もない。
 男は世界の為に身を粉にした。
 全ての幸福を捧げ、鉄の心に殉じた。
 そしてその末に。
 男は、"世界を喰らう毒"に辿り着いた。

 ――それは病巣であった。
 喩えるならば末期癌に侵された人体を再現したような。
 喩えるならば甘美な匂いで蜜蜂を手繰り寄せて奈落に落とす靫葛のような。
 ただ一つの悪を中核に据えながら、誰一人その悪性に気付かない善性の地獄であった。
 事実として彼らは悪性等持ってはいなかった。
 彼らの中にあったのは慈愛。
 世界から爪弾きにされても優しさを失わなかった善人の集団。
 只の一人として、其処に悪人なんて存在しなかった。
 唯一。病巣の主にして病毒の王たる、奈落を背に微笑む魔性の仏を除いては。

 "病巣"は世界を救う為に版図を広げる。
 まさに世界を呑み干す勢いで浸潤と進行増悪を重ねていく。
 滅ぼさねばならぬ。
 正義はそう判断した。
 だからその通りにした。
 為すべき事を、為したのだ。
 ――殺す。
 ――重ねて殺す。
 ――只殺す。
 虫螻のように鏖殺する。
 男の天秤は悲しい程に正しく機能していた。
 …正義とは、理にかなった正しい道理の事。
 その点で男は違いなく正義の味方だった。
 全てが腐り落ちる前に根本の病みを切除する。
 たとえ其処に渦巻く全てを殺し尽くしてでも。
 彼は徹頭徹尾その通りにした。
 結果彼は、正義を全うする。
 邪教の信徒を鏖殺し。
 微睡むように微笑む救世主の顔をした悪魔を死に追いやった。
 そうして世界は救われる。
 彼のお陰で病は骨髄に至る前に断ち切られた。
 積み重なる犠牲の山は無駄になる事なく人の未来を繋ぎ止めたのだ。
 めでたしめでたし。
 正義の味方かくやあらん。

 …それは。
 一つの"正義"の辿った末路。
 正しい何かを貫き続ける事の意味そのもの。
 歯車の廻り続ける剣の丘に一人佇む腐敗した英雄。
 全てを切り捨てて公共の正義に成り果てた男の姿を。
 見つめる兎の眼に宿る物は、決して憧憬ではなかった。
 青く淡い物語をひた走っている少女には劇物そのものの"現実"。
 コウノトリの慈愛を信じる娘に酒池肉林の乱交図を見せるような悪趣味。
 さりとてこれが正義という喝采に満ちた生き方の裏にいつだって存在する奈落である事は言うに及ばず。
 故に少女は直視する以外の術を持たない。
 ――眼を背けてしまえば、それだけで救われるのに。
 幼い兎は誰よりも、その言葉に対して誠実だった。
 だからこそ直視してしまう。
 この黒化した正義を。
 反転した英雄譚を。
 理を貫く事のカリカチュアを。

『おまえが望むのは青空だろう』

 剣の丘に声が響く。
 破綻した正義。
 嗤う鉄心、その内側に。
 そう――少女の生きる場所は青空の街。
 苦難と絆が人を育てる、いつか笑顔で振り返るべき空色のアーカイブ。
 兎達の頭目が棲まうべきは黒羽の蠢く仮想の地方都市等ではなく。
 まして腐臭が満たす剣の丘等である筈もない。

『そんなものに寄り添って如何するという。その先にあるのは、笑える程ありふれた地獄でしかないってのに』

 人には誰しも身の丈に合った生き方という物がある。

『この丘の主は…こうする事でしか己を歩む事の出来ない破綻者だったというだけだ。
 おまえは違うだろう? おまえの人生(ノリ)は、必ずしもこの道じゃなくてもいい筈だ』

 ――"彼"は破綻者だった。
 始まりに呪われた狂人だった。
 その点、白兎の少女は違っている。
 彼女の正義は高潔だが狂気ではない。
 "彼"の前日譚の影すら踏んでいない。
 兎の少女が剣の丘に辿り着く事は決してないだろう。
 それどころか、鉄心に行き着く事すらない筈だ。
 生きる世界が違うから。
 歩むべき物語(ジャンル)が違うから。

『今此処で捨てろ。そうすればおまえは呑気な兎で居られる』

 しかし何の間違いか。
 彼女と彼の道筋は交差してしまった。
 青空は黒羽に覆われて。
 白兎は剣の丘を垣間見た。
 生きるべきでない世界を――其処で生きた正義を、見た。

『おまえが何かを知る間もなく、オレが全てを終わらせてやる』

 知るな、と男は言う。
 その必要はないからだ。
 彼女の人生に、この世界で起こる全ての事象は不必要だ。
 ましてや狂った世界で貫くべき正義なんて、青空の兎達に必要である訳もない。
 …それは鉄心の男が口にする紛うことなき慈悲だった。
 今なら引き返せる。
 するべき事は単純明快だ。
 眼を瞑って蹲っていればいい。
 何もしなくていい。
 何も考えなくていい。
 眼が開く頃には、全てが終わっている。
 いつものように立ち塞がる全てを殺し尽くして解決だ。
 正義の味方は反転したとて悪の敵。
 為すべき事は何も変わらない。
 そして"それ"をやるなら、この男は間違いなく無二の人材だ。
 兎が飼育小屋の片隅で人参を喰んでいる内に片は付くだろう。
 彼女自身、その事は確信していて。
 だけど――

「…それは」

 ――あの日。
 薄暗い部屋の中で見た"正義"の姿が。
 自分の背負う部隊と学園の名が邪魔をした。

「それは、私の"正義"じゃありません」
『語るか。よりにもよってこの場所で』
「釈迦に説法なのは解っています。でも、その言葉を使わずに私の気持ちを伝える事は出来ませんから」

 白兎は呪われていない。
 彼女の未来は祝福されている。
 彼女には、仲間が居る。
 身を委ねられる"先生"も居る。

「…憧れた物があるんです。あの人達はきっと、あなたみたいな"正義の味方"じゃなかったけど」

 白兎は憧れているだけだ。
 綺麗だったから。
 暗い部屋で見つめたその光があんまり眩しかったから――だから、憧れた。
 自分もそうありたいと思って歩み始めた。
 そして今も歩いている。
 小さな兎の身でどうにかこうにか背伸びして、手を伸ばしている。
 それだけ。

「私は、この気持ちに嘘をつきたくありません。私を始めてくれた気持ちですから」
『憧れで手を汚すか。いいじゃないか、実に子供らしい』

 その代償はきっと大きい。
 眼を塞がなければ見えてしまう。
 世界の現実、本物の正義。
 理を貫く事に付き纏う功罪。
 それは兎の毛並みを血で染めるだろう。
 無垢な憧れを、死で穢すだろう。

『断言しよう。戻れはしない』

 その汚れは不可逆だ。
 何をしたって癒せはしない。
 知る前には決して戻れない。
 兎達のアーカイブは汚される。
 彼女は今、自分の意思でそれを選ぼうとしている。

『その先にあるのは後悔と嘆きだ。一時の全能感に身を任せた代償は未来永劫に付き纏う。

 自ら毒を呑んで腐りに行くとは、呆れた自傷行為じゃないか。手首を切る方がまだ健全だ』
 この世界は彼女にとって必要でない余分だ。
 此処で何を為さずとも、帰ってしまえばもう関わりはない。
 しかし為してしまえばその時点で戻れはしない。
 一度折り曲げた紙が、何度引き伸ばそうと元通りには決してならないように。
 少女の憧れはどうあっても病に変わる。
 男が嘲笑するのも無理はない。
 とんだ自傷行為。とんだ破滅願望(マゾヒズム)だ。

「…それでも」

 白兎の声が、穢れた剣丘に響く。

「たとえ貫く事で、私の憧れた物が穢れてしまったとしても――」

 同時に脳裏に再生されていたのは始まりの記憶だった。
 ――SRTの正義は、いかなる状況でも揺らぎはしません。
 きっとそれは、幼子が初めて眼にした星空へ手を伸ばすのと同じ感覚だったに違いない。
 この世界でその憧れに殉じようとすれば必ず穢れが付き纏う。
 如何に未熟な兎でも、その事は痛い程に理解していた。
 後悔するだろう。きっと。
 地獄を見るだろう。必ず。
 ――それでも。だとしても。

「この気持ちは、きっと間違いなんかじゃないと思うから」

 憧れた事まで間違いになんてきっとなりはしない。
 眩い程輝いていた、先輩達の姿。
 理想を体現したその姿に、あの日少女は憧れた。
 信念に。力に。勇気に。
 ――いつまでも変わらない正義に憧れた。

「せめて私は、それを裏切らないであげたいんです」

 いつ如何なる時でも揺らがないもの。
 それこそが白兎、月雪ミヤコの憧れた正義のカタチ。
 あの日見た夢、叶えたいと願った未来の輪郭。
 今もミヤコはその背中を追い続けている。
 走り続けている――足を止めない。
 黒い羽が空を遮っても。
 剣の丘が語り掛けても。
 白い兎は走り続ける。
 何処までも。
 何処までも、あの日の憧れに向かって。

『――――』

 光が射す。
 剣の丘が、光に照らされる。
 最後に男が何かを言ったような気がした。
 でも聞き返す事は叶わず、少女は問答の夢から浮上する。
 待っているのはどうしようもなく過酷なジャンル違いの現実だ。
 全ての青さを否定する、無情で残酷な戦争の地平が其処には広がっている。
 未熟者の兎は奈落の中。
 小さな正義を握り締めて――走り出す。

    ◆  ◆  ◆

 愚かな娘だ。
 反転した正義の味方は斬り伏せた敵の末路を背にして独りごちる。
 彼は、末路だ。
 正義を貫いたその末路。
 天秤、鉄心、その顛末。
 その魂が救われる事は決してない。
 きっと未来永劫、そんな安息は訪れない。
 眠りを得るには殺し過ぎた。
 赦されるには働き過ぎた。
 長い放浪の果て、腐滅の始まりたる魔性菩薩を葬る事には成功したが。
 因縁を清算したからと言って何が変わる訳でもない。
 この有様を見ればそんな事は明白だろう。
 セラフの迷宮を後にしても辿り着いたのはまた別の迷宮。
 黒い羽の飛び交うこの世界でもまた、為すべき事を為せとそう迫られている。
 ましてや、質の悪い皮肉のような事を言う要石を背負わされた上でだ。

「狗ならまだしも、この期に及んで兎の世話とは。似合わないにも程がある」

 間違いなんかじゃない――か。
 取るに足らない餓鬼の戯言だ。
 世界の現実を、正義の意味を知れば知る程そんな言葉は口に出来なくなっていく。
 青い。眼に毒な青さだ。

「…既に遅いな。間違いだらけだ」

 ガラス戸に映った自分の姿を見て辟易したように苦笑する。
 いつか何処かの自分にとって、それは答えだったのかもしれない。
 しかし彼は悪の敵(オルタナティブ)。
 どうあっても元には戻れない、腐り落ちるだけの骸の霊基。
 手を引いてやる義理はない。
 背中を押してやる理由もない。
 兎は勝手に走るし、悪の敵は仕事をする。
 偶々その道が重なっているだけだ。
 彼らの生きる道は決して交わらない。
 黒い羽の舞い散る、この世界以外では。

「いいじゃないか。折れない内は大事にしてやる」

 要石への皮肉のように浮かべたその笑みに。
 微かな自嘲と、とうに忘れ去った何かの残骸が浮いていた事に――ガラス戸越しの彼は気付いていたのか。

【クラス】
アーチャー

【真名】
エミヤ・オルタ@Fate/Grand Order

【ステータス】
筋力C 耐久B 敏捷D 魔力B 幸運E 宝具?

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:D
アーチャーのクラススキル。魔術に対する抵抗力。
Dランクであれば、詠唱が一工程(シングルアクション)の魔術を無効化する事が可能となる。あくまで、魔力避けのアミュレット程度の耐性。

単独行動:A
アーチャーのクラススキル。マスターからの魔力供給を断っても自立できる能力。
マスターなしでも行動可能だが、宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

【保有スキル】
防弾加工:A
最新の英霊による『矢除けの加護』とでも言うべきスキル。
名義上は『防弾』とは銘打たれているものの、厳密に言えば高速で飛来する投擲物であれば、大抵のものを弾き返す事が可能となる。

投影魔術:C
条件付きでA+。
道具をイメージで数分だけ複製する魔術。彼が愛用する双剣『干将・莫耶』も投影魔術によって作られたもの。投影する対象が『剣』カテゴリの時のみ、ランクは飛躍的に跳ね上がる。
この『何度も贋作を用意出来る』特性から、エミヤ・オルタは投影した宝具を破壊、爆発させる事で瞬発的な威力向上を行っている。

嗤う鉄心:A
反転の際に付与された、精神汚染スキル。
通常の『精神汚染』スキルと異なり、固定された概念を押しつけられる、一種の洗脳に近い。
与えられた思考は人理守護を優先事項とし、それ以外の全てを見捨てる守護者本来の在り方を良しとするもの。Aランクの付与がなければ、この男は反転した状態での力を充分に発揮出来ない。

【宝具】
『無■の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)』
ランク:E~A 種別:対人宝具 レンジ:30~60 最大補足:?
錬鉄の固有結界。剣を鍛える事に特化した魔術師が生涯をかけて辿り着いた一つの極致。
『無限の剣製』には彼が見た「剣」の概念を持つ兵器、そのすべてが蓄積されているが、このサーヴァントは相手の体内に潜り込ませて発動させる性質となっている。
本来は世界を引っ繰り返すモノを弾丸にして放ち、着弾した極小の固有結界を敵体内で暴発させる。そこから現れる剣は凄まじい威力を以って、相手を内側から破裂させる。

【weapon】
『干将・莫耶』

【人物背景】
とある男の成れの果て。
正義の味方ならぬ、悪の敵。

【サーヴァントとしての願い】
ただ、為すべきことを為す


【マスター】
月雪ミヤコ@ブルーアーカイブ

【マスターとしての願い】
聖杯戦争の比較的穏便な解決。
SRTの正義を貫き、為すべきことを為す

【weapon】
RABBIT-31式短機関銃
閃光ドローンやクレイモア地雷等の各種武装(現地調達)

【能力・技能】
特殊部隊員としてのサバイバル能力や知識、部隊を牽引するリーダーシップ

【人物背景】
旧SRT特殊学園・RABBIT小隊の隊長。コードネーム「RABBIT1」。

【方針】
聖杯戦争ひいては聖杯大戦の実態を把握して対処する。
いざという時に手を汚す覚悟はしているが、無用な殺人は避けたい

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最終更新:2023年11月01日 22:58