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Old Man Star

Gallente連邦領内、Peccanouette周辺からPatrie周辺にかけて航行する際には、Ouperia星系を通過すれば
途中航路を大幅に短縮することができます。Ouperiaはは無人の白色矮星の星系ですが、その実星系名を
知っている人は皆無と言ってよいでしょう。

なぜなら、現在、Ouperia星系はほとんどの人にこのように呼ばれているからです。
「Old Man Star(オールドマン・スター)」と。


恒星間ジャンプドライブ技術が確立したのはつい最近のことです。ジャンプドライブ技術が実現するまで、
各国家が領土を広げる唯一の手段は、スターゲートを構築するための船を送り出すことでした。
最新のゲート構築船は光速度のおよそ30%で航行することができました。これは10光年離れた星に辿り着くために
33年掛かるということを意味しています。それ故、ゲート構築船のクルーは目的地に近づくまでの航行期間中は
極低温の冷凍休眠状態におかれることが一般的でした。

1世紀以上も前、まだ操艦カプセルや自動衝突回避システムといった技術も無かった頃、その当時Ouperiaと呼ばれていた
無人の星系に向かってGallente連邦のゲート構築船が出発しました。
OuperiaのスターゲートはPeccanouette一帯とPatrie周辺を直接繋げることができるだけでなく、豊かなアステロイド
資源ももたらしてくれるはずでした。ゲート構築船はOuperia星系から約12光年離れていたVillore星系から出発し、
見積もられた移動期間はおよそ40年でした。このゲート構築船のクルーは、わずかエンジニア5名でした。
なぜなら、ドローン技術により実際のゲート構築にはそれほど人手は必要とならず、その昔、数十名の作業クルーを
必要としていた時代と比べて格段に少人数で済んだのです。

ゲート構築船が出発してから5年後にその災害が降りかかりました。深宇宙空間を航行中に、巨大なアステロイドが船を
直撃したのです。船体は破壊され、極低温装置は深刻なダメージを受け、5名のクルーのうち4名は死亡しました。
ただ1人、完全に壊れる前に装置から覚醒することができたクルーは、名をCeul Darieuxと言い、彼はドローンの
オペレータでした。

Darieuxが覚醒してまず直面した問題は「何を食べるか」でした。
重量やスペースの節約のために、船上にはまったく食物が積まれていませんでした。本来ならクルーは覚醒後に小さな
温室バルブを展開し、そこで食用植物を育てる手はずになっていました。しかし、このバルブに光と熱を供給するためには
恒星光を必要としていました。要するに、どの星からも遠い深宇宙空間ではこの温室バルブは全くの役立たずでした。
生きるのに必要不可欠な水も有りませんでしたし、何より船内の酸素も欠乏し始めていました。何もかもが全く思わしく
ありませんでした。アステロイドは船の中枢まで甚大な被害を及ぼしていて、重要なシステムは殆ど破壊されていました。
貨物庫は特に酷い打撃を受けていて、破壊された瓦礫と小惑星の破片で酷い有様でした。

これらの数々の死活問題に、Darieuxは自分のエンジニアリング技術を駆使して立ち向かいました。
彼はまず、燃料タンクを改造することから始めました。目的地で減速するために、船には推進燃料が積まれていて、
これらは幸いにも無事でした。液体水素と液体酸素で満たされた燃料タンクをいじることは爆発の危険も伴って非常に危険
でしたが、彼は根気強く、そして注意深く作業を進め、遂にこれらを抽出して反応させることに成功しました。
つまり、当面の水と酸素を確保したのです。次に彼は船の中に散乱していたあらゆるガラスの破片と金属片を溶接し、
巨大なレンズを作り出しました。このレンズにより、どうにか小さな温室バルブ1基分の熱と光を遠い遠い星々から集める
ことが可能となりました。バルブ1基で彼一人が食べて行くには十分でした。また、温室バルブを有機肥料分解タンクとも
連結して、とりあえず有機サイクルを生み出しました。すなわち、彼はどうにか自分ひとりが生き延びていけるだけの
小さなエコロジーサイクルを作り出したのです。

直面する生命の危険を回避すると、Darieuxは次に船の針路を調整する必要に迫られました。
アステロイドの衝突により針路はほんの僅かズレたに過ぎませんでしたが、果てない宇宙空間を亜光速で進む船にとって、
この僅かなズレは最終的にOuperia星系を数十億キロメートル以上離れて通り過ぎてしまうであろうということを意味
していました。燃料は無事だったものの、船の推進システムは修理不可能なほど破損していました。このままでは、
船は制御不能なまま宇宙空間を永遠に突き進むことになってしまいます。時間が経てば経つほど、船は目的地から外れて
いくことになるので、彼は新しい推進システムを作り出すことに早々に見切りを付けました。
Darieuxはもっと巧妙な方法を選んだのです。彼は装備されていた戦闘ミサイルを船の一番装甲の厚い部分に揃えて向け、
発射角、爆薬量、衝突速度を慎重に計算した上で一度だけ発射しました。こうして爆発の衝撃により、彼はどうにかして
船を正常な航路に向けることができました。彼は当初、完全に元の航路に戻すまでの弾道計算を行ったのですが、
それを完璧に実現するにはミサイルの弾数も足りず、船体装甲も耐えられないだろうことを理解していたのです。

こうして、出来ることをやり尽くしてしまうと、Ouperia星系まで数十年にも及ぶDarieuxの長い旅が始まりました。
彼はこの年月の大部分を、貨物庫に散らばっているがらくたを用いて作れるドローンをデザインすることに費やしました。
不幸中の幸いと言うべきか、衝突したアステロイドには大変貴重な鉱物 "megacyte" が豊富に含まれていました。
珍しい性質を持つmegacyteは複雑なロボット工学の実現と高度なドローン製造に極めて有益だったのです。

長い旅路の中、無重力空間での生活からDarieuxは独創的で斬新なドローン製造手法を編み出しました。
また、原材料にも限りがあったにも関わらず、彼が狭い船の中でこの間に設計したドローンの性能は大変優れていて、
実際、彼の設計したドローンの素晴らしい性能は今なお、越えられてはいません。

アステロイドの衝突事故とミサイルの爆発が原因で失速していたゲート構築船は、当初のスケジュールから遅れること10年、
ようやくOuperia星系内に突入しました。数年に渡ってDarieuxは、ただこの時のためだけに、船を減速させるための
幾つかの手法を発明していました。主な原理は、星の重力を利用したスイングバイによる減速です。船の推進システムは
壊れたままでしたが、Darieuxはすでに姿勢制御スラスタの幾つかを復旧させることに成功していました。
彼は残っていた燃料を残らず注ぎ込んでスラスタを吹かし、星系内をジグザグに航行しながら、惑星や月に近づくたびに
重力を利用して徐々に速度を落としていきました。時には手作りのシールドで船を保護しながら惑星の大気圏に突入すること
すら行いつつ、ゆっくりと減速していったDarieuxは、こうして再び深宇宙に飛び出していってしまう事をどうにかして
防ぎました。

このとき既に、Darieuxは老齢に達していました。彼の肉体は余りにも長い間無重力状態にあったために衰えていました。
それでも彼の心はまだ強く、目的地に到着してもなお、不屈の闘志を燃やしていました。アステロイドの衝突事故の際に
必要だったことは生き延び、Ouperiaに到達することでしたが、しかしOuperia星系に到達したからと言って助けが
来るわけでは全くありません。彼の運命は彼自身で選び取らなければならず、彼が再び人類とまみえるために出来ることは、
たった一人でスターゲートを構築することだけでした。

スターゲートを構築するための資材や機器は、ほとんど見分けが付かない程に破壊されていました。Darieuxはまず、
資材を生産するロボット達を増やすために、ドローン工場をゼロから考案し、設計し、構築するところから始める必要が
ありました。彼は活動拠点を主恒星と小さな褐色伴星の軌道共鳴地点に位置する大き目のアステロイドに定め、わずかな
彼の忠実なドローンだけを頼りに、このアステロイド上に小さなドローン工場を建設しました。それからおよそ5年の歳月
の後、彼は数々のドローンを駆使して、遂にたった一人でスターゲートを建設することに成功したのです。

もちろん、これはEVE史上でも最難関を切り抜けた個人の偉業の一つに違いありません。Darieuxがこれを為しえたとき、
彼は既に白髪、しわしわの顔、震えるようになった手・・・実に80歳になっていました。

すっかりボロボロになったゲート構築船が、ふいにワープアウトしてきた時の、Villore星系スターゲート管制センターの
驚きと喜びを想像して下さい。半世紀以上前にとうに失われたと思っていた同胞が、輝かしい偉業を達成して帰還したことは
直ぐに全国民の知るところとなり、Darieuxは一躍世間の脚光を浴びる英雄になったのです。

彼はまた、50年以上に渡ってコツコツと作成した秀逸なドローンのブループリントを元に「CreoDron」社を設立しました。
残念なことに、彼は帰国後数年で亡くなりました。半世紀以上に渡る無理な航海により、彼の肉体と内臓は限界に達していて、
クローニングを施すには余りにも脆弱過ぎたのです。

けれども、Darieuxの偉業は今日でも輝きが衰えることはありません。CreoDron社はEVEの世界で最大のドローン製造企業
であり、彼の生み出したドローン設計は今なお業界最先端にあり続けています。

彼が人類に遺してくれた偉業を称えるために、かつてのOuperia星系は、今では「Old Man Star」と呼ばれているのです。
最終更新:2013年10月23日 21:41
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