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第12話「聖剣の騎士Ⅲ」


 ――四日目 PM4:00――

「刻印ナンバーⅩⅢか……残念、ⅩⅠじゃなかったみたいです」
 通信を終えるなり、セインは肩を竦めた。
 言葉の行き先は紫の髪をした幼い少女。
 少女はセインの報告を聞きながら、窓の外に視線を投げている。
 空港から一キロほど離れたビルの十五階。
 セイン達はその一室から、空港で繰り広げられる戦闘を傍観していた。
 建設途中で放棄されたという経緯からか、このビルには人の気配というものがまるでない。
 がらんとした部屋には内装すら施されておらず、天井から床に至るまでコンクリートがむき出しになっている。
 少女――ルーテシアは窓枠に手を掛け、軽く身を乗り出した。
 無論、窓枠といっても金属の枠組など設けられておらず、コンクリートの壁に四角い穴が空いているだけだ。
「もうひとつは……?」
「横取り失敗ですよ。元々、片方だけでも盗れれば儲け物って作戦ですしね」
 現場の姉妹から伝えられる戦況は、セインにとっては十二分に喜ばしいものだった。
 輸送されていた二つのレリックのうち、一つの確保に成功。
 要注意と目されていた魔導師が負傷。
 そしてこちらの損害は数機のガジェット・ドローンのみ。
 無駄に手の内を晒して戦力などの情報を与えるような真似もしていない。
 充分に勝利と呼んで差し支えない成果だ。
 データにない剣士の出現は想定外だったが、それも戦況を覆すほどのイレギュラーではなかった。
 むしろあの剣士の存在を早い段階で認知できたことに感謝するべきだろう。
 戦場において、隠された戦力ほど脅威となるものはないのだから。
「アサシンとバーサーカーに手伝って貰うこともなかったし……って、ルーお嬢様!?」
 セインは思わず目を見開いた。
 コンクリートの窓枠を足場にして、ルーテシアが外気に身を晒している。
 セインにとっての理想的展開と、ルーテシアにとってのそれが一致するとは限らない。
「ナンバーⅩⅠは渡せない……」
「いや、ですから、管理局が持っていったのがナンバーⅩⅠだとは限らないですって!」
 慌てて駆け寄るセイン。
 伸ばした腕はあと少しのところで間に合わず、空気を掴むだけだった。
 方形に切り取られた空へと落下するルーテシア。
 その身体を、暗黒色の外殻に包まれた人型の召喚獣が抱え上げる。
「あたし達の担当はイザってときのフォローなんですよ! 率先してトラブル起こしてどうするんですか!」
 セインの声など届いてもいないのか、召喚獣は紫の羽を広げて地上へと滑空していく。
 主人に忠実なあの召喚獣にとって、他者からの静止の言葉など小鳥の囀りにも等しいのだろう。
 悠然と遠ざかっていく影を、セインは溜息混じりに見送るしかなかった。


 ――四日目 PM4:02――

 空港の待合ロビーからは、普段の喧騒がすっかり消え失せてしまっていた。
 人々はにわかに訪れた破壊から逃げ惑い、今やロビーには一人も残っていない。
 透明な吹き抜けの天井はその一部が砕け落ち、床にはガラスの破片が飛び散っている。
 朱色に染まりつつある陽光を反射して、まるで夕陽に照らされた海のようだ。
 その中央で、なのはは自力で歩き出そうとし、膝を突いた。
 細かな破片が肌に刺さり、血を滲ませる。
「なのは!」
 白衣を翻し、フェイトはなのはの元に駆け寄った。
 ガラス片が音を立てて踏み砕かれていく。
「私は平気……」
 フェイトに助け起こされながら、なのはは傍らの少女に視線を移した。
 少女はなのはの服をしっかりと握り締めて、震える身体を委ねてきている。
 なのはは自らの身に刻まれた傷よりも、流れ出た鮮血よりも、この少女のことをずっと気にかけていた。
「それより、フェイトちゃんはレリックをお願い。みんなのところに届けてあげて」
 フェイトにレリックケースを手渡し、なのはは少女を抱き寄せた。
 事前の打ち合わせでは、スターズとライトニングのメンバーが空港の外で待機することになっている。
 敵襲を受けてしまった以上、迅速に空港から離脱してレリックの確保を最優先にするべきだろう。
 しかしフェイトは、レリックケースを渡されてもなお、ここから離れることを躊躇っていた。
 理由は、決して合理的なものとはいえない。
 敵の第二波が襲ってこないとも限らないこの場所に、負傷したなのはを置いていくのが不安なだけだ。
 躊躇いを拭えないでいるフェイトの目の前に、濃紺のスーツを纏った少女が割り込んだ。
「この場は私が請け負います。あなたは先を急いでください」
「セイバーさん……」
「まだ数度しか会っていない私を信じるのは難しいかもしれません。しかし……」
 フェイトはセイバーの言葉を、首を振って遮った。
 レリックケースを左手に、バルディッシュを右手に携え、なのはとセイバーを真っ直ぐに見据える。
「ここはお願い」
 そう短く言い残して、フェイトは高く舞い上がった。
 天井に空いた穴から宙に身を躍らせ、地面と水平に軌道を変えて飛び去っていく。
 あっという間に小さくなっていくフェイトの後姿。
 セイバーは短い息をひとつ吐くと、なのはに向き直った。
 周囲の大気が渦を巻き、黄金の剣を取り巻いて透明な鞘を形成する。
「やれやれ、自分の身を省みないのは相変わらずですか」
「性格はそう簡単には変わらないよ……」
 なのはは困ったようにあははと笑った。
 セイバーも、最初から責めるつもりではなかったのか口元を綻ばせ――
「――ッ!」
 即座に笑みを消した。

 床に散らばったガラスの破片を蹴散らして身を捻り、何もない空間を不可視の剣で切り伏せる。
 ガラス片が粉砕される音と、大気が切り裂かれる音に混ざって、甲高い金属音が待合ロビーに響き渡る。
 知覚よりも速い直感に従った迎撃は、確かに標的を打ち落としていた。
 黒塗りの短刀が床に跳ね、スピンしながら壁際へ滑っていく。
 なのはは少女を強く抱き寄せた。
 素早く視線を巡らせて、姿無き襲撃者の居場所を探る。
 その構造上、待合ロビーには人が隠れられるような遮蔽物がほとんどない。
 ならば短刀を投げた相手は、その数少ない物陰に潜んでいるか、既に逃げおおせているか、あるいは。
「随分、堂々としたものだな」
 セイバーが壁際の柱に剣先を向ける。
 果たしてそこには、黒衣にすっぽりと包まった人影が、まるで蜘蛛のように張り付いていた。
 黒衣から伸びた細い両脚と片腕が内装の隆起を捉えている様は、まさしく節足動物のそれを彷彿とさせる。
 なのはは少女の顔を胸に埋めさせ、黒衣の男を睨みつけた。
 頭巾に相当する部位から覗く髑髏の貌が、ソレの非人間性を著しく強調しているように見えた。
「何者かは知らないが、今の投擲は敵対の意志と看做して構わないな」
 セイバーの布告にも黒衣は反応を示さない。
 それは肯定と同義であった。
 革靴の下で床材が爆ぜる。


 尋常な力学的作用を無視して急加速するセイバーを前に、黒衣は手足を発条に跳躍した。
 その白い顔はセイバーには向けられていない。
 狙うは無防備に蹲る二人の女。
 黒衣の手に数本の短刀が現れる。
 壁から空中へ放物線を描く黒衣に対して、セイバーはひたすらに直線的だった。
 魔力放出と同時に斜め前方へ跳び、壁を足場に体勢を強引に変える。
 同時に剣を振り抜き、刀身を覆う風を解放する。
 成さんとするは直角の方向転換。
 単なる物理現象の範疇では不可能な運動だが、それを膨大な魔力のジェットでねじ伏せる。
 もしこの瞬間を目撃した者がいたならば、我が目を疑わずにはいられないことだろう。
 遅れて踏み切ったセイバーが、先に跳躍した黒衣に空中で追いついていく。
 それは両者の出力の差を現す結果に他ならない。
 黒衣の投擲に、セイバーの斬撃が先んずる。
「はぁっ!」
「……!」
 短刀は黒衣の手を離れることなく、金色の刃が黒衣を滑る。
 ――浅い。
 セイバーは自らの一撃が標的を仕留めそこなったことを悟った。
 音速を超える奇襲に晒され、紙一重でそれを回避するなど人間の行いではない。
「まさか、貴様が『アサシン』――?」
 口を突いて出たセイバーの疑問に答える声はない。
 黒衣――アサシンの足がセイバーを打ち据える。
 両腕をかざして防御したためダメージにはならないが、その反動はアサシンをより高い位置へと移動させるには充分だった。
 天井の穴から更に上へと浮き上がり、停止する一瞬に短刀を投擲する。
 速度・火力共に携行火器の領域すら越えかねない投擲であるが、剣の英霊の前では石飛礫にも等しい。
 セイバーは短刀を容易く弾き、猫のようなしなやかさで着地した。
 間髪入れず後方へ飛び退く。
 一瞬前までセイバーがいた付近に、三本の短刀が立て続けに突き刺さっていく。
 アサシンはガラス張りの屋根に陣取って、大穴の傍を狙撃地点に攻撃を続行していた。
 セイバーからすればロビーを一望できる位置から一方的に攻撃を加えられる状況ということになる。
 なるほど遮蔽物が少ないという地形は、アサシンにとって不利に働くばかりではないらしい。
 それでも、床から屋上までの距離はあまりにも致命的だ。
 速度が同じなら距離が遠ざかるほどに到達までの時間は延びていく。
 そして到達までの時間は対処のしやすさに直結する。
 しかも暗闇ならともかく、こんな陽光の下では攻撃の軌跡の隠蔽すら望めない。
 ありとあらゆる状況が、アサシンの投擲がセイバーに当たる可能性をゼロに近付けていた。
 だが――
 セイバーの思考に言い知れない疑念が浮かび上がった。
 アレがアサシンであるのなら、こんな暗殺者として悪手極まりない戦い方をするとは思えない。
 何かしらの目論見があると考えるべきだろう。
 令呪による強要?
 仲間との連携のための陽動?
 それとも、足止め――
「ナノハ! あれは囮だ!」
 セイバーは直感的に声を上げていた。
 アサシンがあえて姿を晒したということは、その行為自体に意味があるに違いない。
 なのはは少女を庇いながら、レイジングハートが落ちているはずの場所に向かって駆け出した。
 無防備なその背中をカバーするようにセイバーも併走する。
 アサシンがいつどの角度から短刀を投擲しても対処できるように身構える――が、いつの間にか屋根から黒衣の姿が消えていた。
 なのはが走りながらレイジングハートを拾い上げ、靴底を床に擦りながら停止する。
「レイジングハート・セットアップ!」
 "Yes, my master!"
 なのはの身体を魔力光が包み込み、瞬時にバリアジャケットが展開される。
 少女を挟んでなのはと背中合わせになる形で、セイバーも剣を構えた。
 遮蔽物が少ないとはいえ、アサシンのサーヴァントならば完全に身を隠すことも容易だろう。
 全方位に視界を巡らせ、死角からの攻撃にも気を張り詰める。
 セイバーは内心で歯噛みした。
 なのはも焦りを露わにしている。
 仮にアサシンの目的が足止めだとするなら、二人は完全にアサシンの目論見に嵌められていることになる。
 アサシンが今までに繰り出した攻撃は五本の飛刀のみ。

 それらと気配遮断スキルのみを以って、アサシンはエース・オブ・エースと最優の英霊を釘付けにしているのだ。
 確かにアサシンを無視して空港を出ようと思えば、それは実に容易いに違いない。
 しかしその場合は、なのはが助けた少女が枷となる。
 少女を置き去りにすればアサシンの標的となる危険性が高い。
 適度に傷つけて動揺を誘うなり、拉致して人質にするなり、扱い方は選び放題だ。
 だが少女を連れて逃げ出すのも困難が付きまとう。
 少女という錘を負った状態で全力の動きが出来るわけもなく、いい標的になるのが関の山だろう。
 最善の選択肢は、どちらかが少女を抱え、もう一方がフォローに徹し、強行突破を試みること。
 そのためにはアサシンの動きを探り、タイミングを計る必要がある。
 いずれにせよ、足を止められているという現状は簡単には変えられないということだ。
「ナノハ、エリアサーチを」
「もうやってるけど……全然見つからない」
 まさか既に逃げ出しているのか?
 そんな疑念がセイバーの思考を過ぎった瞬間、短い風切り音が後方から飛来する。
 振るった剣に弾かれる短刀が、アサシンの存在を明確に証明していた。


 ――四日目 PM4:03――

 空港周辺の広大な平地をフェイトは低空で飛び続けた。
 郊外の土地を利用した立地というだけあって、この空港の敷地は無駄に広い。
 拡張工事を視野に入れた土地の確保という名目になってはいるが、繁忙期などは駐車場として利用されているのが実態だ。
 しかし、いくら広いとはいえ、そこまで非現実的な面積をしているわけではない。
 インパルスフォームの速力を以ってすれば後一分も掛からず空港外へ辿り着くだろう。
 何事もなければ、だが――
「そこっ!」
 詠唱と同時に身体の向きを反転し、アサルトフォームのバルディッシュを片腕で振るう。
 魔力の刃が真紅の槍を弾く。
 逆光を背にフェイトに迫るその姿は、まさしく狂戦士のそれであった。
 交錯する視線に理性の光は無い。
 髪は燃え上がる炎のように逆立ち、貌には原始的な情動が渓谷のように刻まれている。
「バーサーカー……!」
 フェイトは事前に伝えられていた七つのクラス名のひとつで、眼前の敵を呼んだ。
 これほどの狂気に身を委ねた存在を、それ以外の如何なる名で称すればいいというのか。
 総身が俄かに粟立つ。
 人間ではなく、魔獣の類と相対しているかのような緊張が総身を貫いていた。
 音に先んじて繰り出される魔槍。
 残像すら残さない一撃を、フェイトは身を翻して回避する。
 バリアジャケットのマントが浅く裂かれる。
 "Sonic Move"
 瞬間的な加速によってバーサーカーとの距離を広げる。
 フェイトがこの敵と刃を交えるのはこれが初めてではなかった。
 四日前、地下の大空洞で交戦した騎士は間違いなくこのバーサーカーだ。
 暗闇と太陽の下では印象が多少異なるが、こうも狂える殺気を放つ相手など、他にはそういまい。
 故に、フェイトは彼我の実力差を認識していた。
 先刻も槍が放たれるより早く回避を始めたにも関わらず、結果は間一髪。
 とてもではないが、一対一で優勢に持ち込める相手ではない。
 ましてや左手にレリックケースを携えた現状では、勝ち目など微塵もあるものか。
「プラズマランサー!」
 環状魔法陣によって加速された弾体が一挙にバーサーカーを狙い撃つ。
 着地の瞬間を狙った掃射は、そう簡単には対処できないはずだ。
 しかしバーサーカーはそんなフェイトの想定を裏切り、蛇のような軌跡で振るった槍で八射全てを弾き飛ばした。
「ターン!」
 バーサーカーが地を蹴る瞬間、フェイトはプラズマランサーに再攻撃を命じた。
 全方位から迫る魔力の槍。
 しかしそれらが到達するよりも早く、バーサーカーは圧倒的な速度で駆けていた。
 猛犬の如き猛々しさで音速の壁を突き破り、ソニックムーブによって開いた間合いを瞬時にゼロにする。
 爆発的な速度と膂力を乗せた粗暴な刺突。
 技術もなにもあったものではなく、手にした棒状の凶器を本能で振るっているも同然だ。
 フェイトは再度ソニックムーブを発動して真横に飛び退いた。

 あんなスピードとパワーの攻撃など、片腕が塞がっている状態でまともに対処できるわけがない。
 地表すれすれで急停止する。
 真っ当に戦い続けるメリットなどないのだから、優先すべきはレリックの運搬。
 フェイトはバーサーカーから逃れる手段を数通りシミュレートする。
 不意にフェイトの背後で空気の震える音がした。
 原因を探るより先に、フェイトは前方へ身を投げた。
 視界の隅に新たな敵の姿が映る。
 暗い色の甲殻に身を包んだ、人に良く似た形状の生物。
 背中に広がる細い翼が昆虫の羽を髣髴とさせる、バーサーカー以上に人間離れした容貌だ。
 フェイトはバーサーカーが迫る気配を感じ、咄嗟に上方へと跳躍した。
 飛翔魔法によって一気に十数メートル上空まで距離を取る。
 同時にバルディッシュがカートリッジ二発の薬莢を排出。
 バーサーカーだけでも難敵だというのに、増援まで現れたのでは生半可な手段では離脱すら叶わないだろう。
 故に選ぶ手段は、完全な強攻策。
 レリックケースを宙に放り、魔力を収束させた左手を眼下の地表に向ける。
「トライデントスマッシャー!」
 展開された魔法陣より魔力が迸り、三叉に分かれたエネルギーの塊が放たれる。
 それらはバーサーカーと人型の間に着弾し、雷撃を伴う爆発を巻き起こした。
 衝撃波が地を舐めていく。
 地上を覆う舗装材が砕け散り、内側の土砂と共に舞い上がる。
 フェイトは宙に投げていたレリックケースを左手で受け止めた。
 AAAランクを超える砲撃魔法の直撃を受けては、さしものバーサーカーといえど無傷では済まないはずだ。
 ――受けていれば、だが。
 フェイトの背後に魔力が集う。
 狂気の色に染まった、莫大な魔力の奔流。
 質量を生み出さんばかりの高密度の魔力が形を成す。
 脚を、腰を、胴を、胸を、腕を、貌を、そして魔槍を――
 フェイトは振り向くことすらできなかった。
 魔槍の柄がフェイトの胴を左腕ごと薙ぐ。
「あぐっ……!」
 フェイトはバーサーカーの怪力の直撃を受け、独楽のように宙を舞った。
 上も下も分からないままにバランスを制御して、どうにか姿勢を戻そうとする。
 その無防備な身体に、バーサーカーと甲殻の人型が上下から襲い来る。
 回避は、不可。
 フェイトは落下しながらも上体の力だけでバルディッシュを振るおうとした。
 まず狙うべきはバーサーカーだ。
 あの槍の矛先で突かれては、バリアジャケットですら意味を成さないだろう。
 アサルトフォームの刃を後方に振り、真上から迫るバーサーカーに狙いを定める。
 バーサーカーが間合いに入ったその瞬間、バルディッシュの柄が凄まじい力で引き止められた。
「しまった……!」
 甲殻に包まれた二本の腕がバルディッシュの柄をしっかりと掴んでいる。
 フェイトは、狂戦士であるバーサーカーに連携など取れないと考えていた。
 この挟撃も偶発的に発生したものであると錯覚していたのだ。
 確かに、バーサーカーが理性的に誰かと連携することなどできはしないだろう。
 しかし今戦っているのはバーサーカーだけではない。
 人型の甲虫の方がバーサーカーに合わせるという形であれば、連携は充分に成立してしまうのだ。
 反撃の出鼻を挫かれ、フェイトの思考に一瞬の空白が生まれる。
 時間にすれば一秒にも満たない判断のラグ。
 しかし、この場においてはあまりにも致命的だった。
 バーサーカーが魔槍を振りかざし、フェイトの心臓を――
「グゥアアアアアアアッ!!」
 突如、巨大な影がバーサーカーに衝突した。
 空を切る白銀の翼。
 刃のように鋭い爪。
 まさしく、フェイトが良く知る白竜の姿であった。
「フェイトさん! 大丈夫ですか!」
「キャロ!?」
 白竜フリードリヒの背から、キャロが大きな声で呼びかけてきた。
 フリードは地面に叩きつけられたバーサーカーを踏みつけるように着地し、周囲の舗装を粉々に砕いた。
 体長十メートルに達する竜のスタンプは単純ながらも強力な一撃だ。


 フェイトは掴まれたままのバルディッシュを強引に捻り、刃を甲虫の胴に向けた。
「バルディッシュ、ハーケンフォーム!」
 "Yes, sir! Haken Form."
 斧状の刃が展開。
 甲虫は即座に手を離し距離を取ろうとするも、反応が僅かに遅い。
 発生した魔力刃の先端が、甲虫の甲殻の隙間に勢いよく突き刺さった。
 甲虫が身を捩る。
 人間であれば苦悶の声を上げているところだろう。
 傷は致命傷というほどではないが、決して浅いものではない。
 フェイトは即座に距離を離し、もがく甲虫にバルディッシュを向けた。
 "Plasma Lancer."
 連射された魔力弾が尽く命中し、爆炎を撒き散らす。
 甲虫は弧を描いて吹き飛び、煙を曳きながら地面に落ちた。
 "Assault Form."
 魔力刃を解除するバルディッシュ。
 一応の決着を見届け、フェイトは地に降り立った。
 そこにタイミング良くヴィータ達が駆け寄ってくる。
「フェイト隊長ー!」
 スバルを先頭にティアナとヴィータが後に続く。
 全員バリアジャケットを着用しており、見るからに戦闘体勢だ。
「大丈夫ですか!? 怪我は? こっちも色々大変で……!」
 随分焦っているのか、スバルの説明は要領を得ない。
 ヴィータはグラーフアイゼンを肩に担いだまま、やれやれと首を振った。
「車が爆破された。怪我人は一応ナシ。……情報が漏れてたみてーだ」
 スバルの説明を引き継ぐヴィータ。
 その口振りはどことなく悔しそうだ。
 無理もないだろう。
 今回の作戦は大規模な輸送船団を陽動に、秘密裏に遂行されるはずだった。
 だというのに、敵はこの空港をピンポイントで襲撃してきただけでなく、待機していたヴィータ達まで攻撃したというのだ。
 考えられるのは、情報漏洩。
 それも本作戦に関わったごく狭い範囲からの。
「俄かには信じられないけど……そうとしか考えられないよね」
 地上本部発令の秘密任務が洩れていたとすれば、管理局を揺るがすスキャンダルにも繋がりかねない。
 レリック密輸。
 聖杯の復元。
 サーヴァントの召喚。
 そして今回の一件。
 もうどこまで問題が大きくなるのか見当もつかなかった。
「まずはなのはとも合流しないとな。それで……」
「フェイトさん! ヴィータ副隊長! アイツまだ動きます!」
 ティアナがクロスミラージュを構える。
 その銃口はフリードの片足の下、地に叩き付けられたバーサーカーに向けられている。
 フリードの質量の半分以上が掛かっているはずの脚が、少しずつ、確実に持ち上がりつつあった。
「嘘……」
「グワァ!」
 キャロとフリードも戸惑いを隠し切れていない。
 踏み潰さんばかりの勢いで圧迫されたにも関わらず、バーサーカーは己に掛かる重量に抗おうとしているのだ。
 総身の肉を膨らませ、片膝を立て、さながら天蓋を支えるアトラスのように。
 フリードの足が浮き上がっていくにつれて、バーサーカーの下で舗装材がバキリと軋む。
「フリード、離れて!」
 キャロの命令を受け、フリードは翼を一打ちして大きく後方へ跳ねた。
 それと同時に、フェイトの手信号に従って、ヴィータが右へ、スバルが左へ回り込む。
 ティアナはフェイトの隣でクロスミラージュの照準を合わせ続け、発射のタイミングを窺っている。
 バーサーカーが静かに構える。
 完全に包囲されているにも関わらず、その瞳に宿る狂気は微塵も揺らいではいなかった。
 だが――
「まずい、消えるぞ!」
 バーサーカーの肉体が急激に薄らいでいく。
 消滅ではなく、恐らくは撤退。
 フェイトは反射的にトリガーを引き絞った。

 放たれた魔力弾は、ほんの直前までバーサーカーが存在した空間を貫き、地面を浅く穿つ。
「逃げられた……」
 静けさを取り戻した一帯に、ティアナの悔しそうな声だけが取り残された。


 ――四日目 PM4:04――

 空港の敷地の隅、建築当時の資材が放置された一角で、ルーテシアは身を抱えていた。
 たった数百メートル先で彼女の召喚虫とバーサーカーが戦闘を繰り広げているにも関わらず、それに視線を向けてすらいない。
 高く積み上げられた鉄骨の上で、震える身体をぎゅっと抱き締め、漏れそうになる声を必死に抑えている。
「ガリュー……」
 ルーテシアは召喚虫の名を呼んだ。
 そうでもして自分を勇気付けなければ、すぐにでも二人に撤退を命じてしまいそうだった。
 原因ははっきりしている……バーサーカーだ。
 数々の召喚虫に加えて新たに使役することになったあの怪物は、確かに信じがたいほどのスペックを有している。
 仮に全性能を引き出してやれば、人間を対象とした魔導師ランクでは計りえないパフォーマンスを発揮することだろう。
 しかしそれは机上の空論に過ぎない。
 何故なら、あの怪物は単なる一挙手一投足ですら大量の魔力をルーテシアから吸い上げていくのだから。
 それもルーテシアの負担などお構いなしに、魔力があればあるだけ持っていこうとするのだ。
 ルーテシアがこうして苦しんでいるのも、バーサーカーへの無茶苦茶な魔力供給の影響に他ならない。
 今はバーサーカー自体が貯蔵する魔力も使っているようだが、それが尽きれば全てのエネルギーソースをルーテシアに求めるに違いない。
 つまり、アレは猛獣だ。
 餌を与えられているうちは従順に従うが、餓えれば飼い主すら食い殺す猛獣なのだ。
 以前にバーサーカーと契約していたイスト・アベンシスとかいう次元犯罪者も、こうして魔力を吸われて破滅していったということか。
 早く勝負をつけないと――
 ルーテシアの心に焦燥が滲んだ。
「……見つけた。君があの召喚獣を喚んだんだね」
 ざり、と砂を踏みつける音。
 赤い髪をした少年が、槍型のデバイスをルーテシアに向ける。
「それと、バーサーカーのマスター、だろ?」
 もう一人、赤毛の青年がルーテシアを挟んで反対の位置に現れた。
 少年の髪を赤とするなら、こちらは赤銅色とでも言うべきか。
 バリアジャケットを着込んだ少年とは違い、普段着としか思えない格好をしている。
「邪魔しないで……!」
 ルーテシアはそっと立ち上がった。
 呼吸の荒さを悟られないように、鉄骨の山の上から二人を俯瞰する。
「吾は乞う……小さき者、羽搏く者。言の葉に応え、我が命を果たせ。召喚!」
 なけなしの魔力を振り絞ってインゼクトを召喚。
 即座に散弾のように二人へ襲い掛からせる。

 "Sonic Move"
  トレース オン
「投影、開始」
 今のルーテシアにとってはギリギリの先制攻撃だったが、しかし威力と精度は平時のそれには遠く及ばなかった。
 少年に向けて放たれたインゼクトは、視認の限界に迫る起動に翻弄され、いとも容易く掻い潜られていく。
 ルーテシアが次に少年を視認したとき、彼女の首筋にはデバイスの冷たい刃が宛がわれていた。
「投降してくれないかな……。抵抗しなければ痛いことはしないから」
 少年はルーテシアの瞳を真っ直ぐ見据え、優しい声で投降を促す。
 ルーテシアの後方では、青年が白と黒の双剣を携えて鉄骨の上の二人を見上げている。
「……」
 遠くで立て続けに爆発が起きた。
 電撃を伴うあの爆発はガリューやバーサーカーが起こしたものではない。
 恐らくは、管理局の魔導師が放った攻撃。
 それもかなり強力なものなのだろう。
 ルーテシアはガリューも含めた召喚虫すべてを送還した。
 加えてバーサーカーにも念話で――理解してくれるかは分からないが――撤退を命じておく。
 召喚虫の送還を投降の意思と受け取ったのか、少年がデバイスを僅かに離す。
 しかし、ルーテシアにはそんなつもりなど毛頭ない。
 少年の気の緩みを好機と見、後ろ向きに鉄骨の山から飛び降りる。
 彼女にはどうしても手に入れなければいけないものがあるのだ。
 こんなところで捕らえられるなど、あってはならない。
「トーデス……」
 少年と青年はルーテシアの急な行動に判断が追いついていないようだ。
 その隙に反撃を――
 ――ぐらり。
 頭の中が揺らいだような感覚。
 耳に入る音が遠のいて、視界が隅から暗闇に侵食されていく。
 構築されかけていたトーデス・ドルヒも霧散する。
 ああ、無理をしすぎたんだ――
 その思考を最後にルーテシアは意識を手放した。
 地面に落ちる直前、少年の腕に抱きとめられたことなど知る由もなく。



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最終更新:2009年11月30日 23:06