見渡す限り、小高い丘が幾重にも連なる山岳地帯。 
数百年の月日をかけて形を為したそれは、まさに天然の要塞の如き荘厳さを醸し出す。

その広大な渓谷が今――――――――廃墟と化している。

幾重にも積みあがった残骸。  
山は倒壊し、谷はその形を変え、地形に元の面影は無い。
それは洋画の戦争映画の終局シーンを思わせる。
しかして今まさに眼前を映し出すこの極めて清算な破壊跡の下手人は
一国家の軍隊でも武装したハリウッドスターでもなく――― 

とある二人の、うら若き乙女の仕業だったりする。


――――――

その戦いは思えば初めから奇妙な様相を呈していた。

互いの命を決して奪おうとせず、しかし全力で戦い、最後は切り札まで繰り出した。
それでなお互いが未だ生存しているという―――
双方共に破壊的な火力の持ち主である事を思えば奇跡的なバランスの上に成り立った結末であっただろう。

「まあ、全ては私の絶妙な力加減の賜物かね。
 アンタは完全に私を殺す気でした。絶対に訴えてやるぞ公務員が……」

「先に手を出したのはそっちだよ。」

片や、相手のゼロ距離を相殺しようと全魔力をぶつけるも
エクセリオンバスターを相殺し切れず多大な魔力ダメージを負う。
そのままスターレイを相手に叩き込む事なく……力尽きてKO。

片や、最後のエクセリオンバスターACSを相手にHITさせるも
相手から撃ち返された力の反動をモロに受け――
心身ともに耐えられず……そのまま失神TKO。

要は魔術、魔法戦史上、大変珍しいダブルノックダウンによる決着であった。

「…………青子さんはとても強かったから手加減出来なかった。」

「貴方こそ自分を誇っていいわ。 
 私をここまでボッコボコにできる人間なんて数えるほどしかいないから。」

殺し合いでなく―――あくまで試し合いの様相を呈した戦い。

言ってしまえば意地の張り合いであったのだが、それでも終わってしまえばすっきりしたもの。
互いの実力を認め合った両者は、その健闘を称えあい、肩を抱き合う――

「でも…………いくら何でも無茶苦茶過ぎるよね。貴方の言動」

「何でよ? 教えを請いたいならいつでも来なさいって言ってるでしょ? 
 素敵な男のコに生まれ変わってからね。」

「どうしろっていうの…それ」

「あ、でもアンタみたいな物分りの悪いコはどの道、お断り」

「………………」

――と、いった感じにはならなかった。

「それにしてもまったく舐められたものねぇ。 
 私に対して間引きの刀で挑んできたなんて。」

「挑むも何も、何度も言うけど……先に手を出したのは貴方だよ。
 私は自分の身を守っただけ。」

もっとも、ちょっとやりすぎちゃったけど―――と、聞こえないように呟く高町さん。

「そこがまどろっこしいのよ! 
 あれだけ決死の形相で反撃してくれば私だって本気出さざるを得ないでしょうが!
 まさか相手がお子様でも安心、便利に使えるビギナーモードみたいなもん常装備してるだなんて思わないわ!」

「管理局のデバイスの標準装備だよ。ゴム弾みたいなものかな…… 
 魔導士が暴徒鎮圧などの任務で人を撃たざるを得ない時は皆、基本、この機能を使うの。」

「誰が暴徒だ!! はあ……何か昨日やってた戦隊モノみたいなノリねぇ?
 つか皆って何よ? 魔法使いがそんなにいてたまるかっつうの。」

「相手に自身の事情を押し付けるのはよくないよ。
 まずは言葉にしてくれなきゃ分からない事だってある。」

「悪いけど私、たし算の出来ない子供にりんごと皿を用意して
 1から教えてあげるほどヒマじゃないのよねー。」

「…………」

なのはが眉間にシワを寄せながら、こめかみに手を当てて唸る。
一瞬でも、目の前の無頼人間と教導隊の尊敬する先輩を重ね合わせた事を後悔する彼女であった。

「…………似て、ないよね。
 やっぱり私の気の迷いだったのかな……」

「ん? 何? 言いたい事があるならはっきり言いなさいよ。」

「いえ。つくづく私はバカだったなって」

「その点に関しては自信持ちなさい。 私も保証する」

「…………」

渓谷の一角――

巨大なクレーターは彼女らが最後に激突した余波で出来た破壊の爪痕。

その中央で――――魔法使いの女性二人による凄絶な「話し合い」が展開されている。

額を擦り合わせるような超至近距離は謂わば武道で言う所の「負の間合い」
達人同士であれば一撃で決着がつくという危険な間合いだ。

青子の顔には相変わらず微笑……
しかしこめかみには青筋が浮き出ており、その長髪が文字通り怒髪天を突いている。

なのははあくまで静かに下から――
しかしその目には青白い炎が爛々と輝いていたりする。

そんな一触即発の両者。
否、既に水面下では多くの肉体言語が飛び交っているのだが。

「あまりケンカ腰で人と応対するのはよくないよ……
 そんなんじゃまともにお話も出来ない。
 ねえ、私が何を間違っていて貴方が私の何が気に入らないか、ちゃんと説明して。」

「間違い以前にピントがズレてる。
 人が法と術の概念の話してるのに、夢とか救いとか―――」

「…………」

「だいたい人様にあんなドデカイもん撃って話し合いしましょ♪ってアンタ……」

「まず大人しく席について貰わないと話をする事も出来ないと思ったから。」

「ナルホドナルホドー! 一度ボッコボコにしてから話を聞かせるわけね!
 実に合理的で、私好みの理論だわ!」

「人的被害は最小限に抑えたつもりだよ。
 魔力ダメージだから後遺症も残らないはず……」

「この背中の傷を見ろ!!!」

傍から聞いていれば娘同士のささやかな口喧嘩に過ぎない様相である。
だがその言い合いの最中―――――

なのはの手は青子の肩の鎖骨の急所に爪が食い込んでいて
青子の足のカカトはなのはの足の甲をグリグ踏んずけている。

この周囲の大破壊を担ったのは全て彼女達の人知を超えた暴れっぷりによるものだが
今の二人に、その面影は微塵も無い……… 
両者共にひたすらジミ~で低レベルな肉弾戦を展開中。
ちなみに両者、スタミナ切れでヒザがガクガクと笑ってたりする。


――――時間を少し巻き戻してみよう


――――――

AOKO,s view ――――

ぶっちめてやると意気揚々、最後のスターレイを蹴り上げて後
目の前が眩い光に覆われて―――その後の事を覚えていない。

(あれ………?)

私……ひょっとして、負けた? 

……………………

まったく体が動かない。
指の先まで麻痺したように。
ふと自分の体を見ると、両手はしっかりついていた。

あらためてこんにちわ、私の両腕。
無事で嬉しいわ。  
てっきり根元から無くなってるものとばかり。
戦闘前後の記憶を探ろうとするも―――

「―――――――」

ダメだ。本格的に頭がぼーっとする。
とにかく体が重い。
まるで人間に上から圧し掛かられてるようで―――

――――――ところで………今、気付いたんだけれど

私の胸元に顔をうずめてる謎のツインテール。
コレは何だろう?

………………………………
………………………………

「――――――ああ」

すぐにそれの正体に気づく。
私をこんなにしてくれた張本人さんだ。
人をベッド代わりにしてスヤスヤと寝くさってる。

「……重い。」

無反応。

「……どいてくれない? 起きられないんだけど」

一向に起きない。

「ひょっとして女同士で抱き合う趣味でもあるの?」

ピクっと動いた気がするけど、やはり一向に……もういいわ。
その栗毛を乱暴にワシ掴みにして引き離し、そのまま立ち上が――

    ピシ   ビキビキ    ピシ

「!$#$%&)(’&%$##&~~~~!!??」

いだだだだだだだだだだだだだだだだッッッッッ!!!???

ちょ、今!?? ピシッて……!  
破滅の音……音がッ!?
主に背中とか、背中とか、両肩とか、背中とか―――

「あ、痛た……何コレ、」

カエルのような悲鳴を上げそうになるのを必死で堪える私。
動かす度に全身がブリキの玩具みたいにギシギシ言っている。
くぅ……思った以上に酷い有様ね……

でも、暢気に寝てるわけにもいかないか。
色々はっきりさせないといけない事もあるし……

さて――――

この、目の前の白い眠り姫をどうしよう?


――――――

NANOHA,s view ―――

…………ごめんなさい。
起きてます。

「おはようさん―――お互い、元気そうで何より。」

追突のショックとブラスターの負荷の後遺症で動けないだけで
青子さんよりも少し前に私は意識を取り戻していた。
早くどこうと思ったんだけど―――

急激に上体を起こされて、全身が無理やり覚醒に向かう。
視界が赤と黒にチカチカと交差し、その痛みに顔をしかめてしまう。 

しかし目の前の人……蒼崎青子さん。
エクセリオンバスターACSを確かに打ち込んだのだけど―――
本当ならこんなに早く目を覚ませるはずがない。
手応えもあったのに………あれすら無効化した?

「ねえ? 一つ聞きたいんだけど」

その青子さんが乱暴に私の髪を掴んだままに言った。

「何か私に恨みでもあるワケ?」

…………………………
…………………会った時から思ってたけど

ひょっとしてこの人、ワザとこちらが理解し難いような態度を取ってるんじゃないかな……?

「………こっちも一ついい?」

「どーぞど-ぞ」

「私、今、どんな感じに見えますか?」

「ボロ雑巾だね」

「そういう風にしたのは誰ですか?」

「私以外に誰がいるのよ。」

「…………」

私は非難の目を向ける。

「言いたい事は分かるのよ? 確かに私の方から仕掛けた戦いだった。
 でも分かってると思うけど………ほとんど遊びみたいなもんだったのよね」

………遊びとは穏やかじゃない。
魔法はみだりに人に向けてはいけないものだ。
しかもこの人の術は―――贔屓目に見てもかなりの殺傷力を有していた。
ちょっとその言葉は聞き捨てならない。

「なのに、貴方は遊びの一線を越えて命を賭けて私を殺しにきたじゃない? 
 正直、あそこまで突き抜けてくるとは思わなかったのよねー」

私の頭を掴む青子さんの手に力が篭る。

「あそこまで反抗されたらこっちも、とことん行くしかないワケで――」

殺気―――答え次第によっては、というところか……
だけど私はその髪を掴んだ相手の手首を握り、逆に捻りあげてやる。

「遊びのつもりはないけれど……
 貴方の命を奪うつもりなんてなかったよ。」

「……………………はぁ??」

「いい加減……放して。」

「言うに事欠いて、人様にあんなドでかいもん撃っておいて――
 挙句の果てにゼロ距離でけし飛ばそうとしたにしては最高のジョークね?
 ひょっとして馬鹿にされてるのかね私は?」

「私のは全部、非殺傷……魔力ダメージだから。」

「は?」

鬼のような形相だった青子さんがキョトンとした表情になる。

「命に別状は無いよ。無茶をしたのは謝るけれど……こっちも必死だった」

左手にレイジングハートの感触。
魔力も底をつきそうだし、体も痛い。
いくら何でもこれ以上の交戦は避けたいところだけど―――正直、どうなるか分からない。

まずは掴んでいる腕をどうにかしないといけない……
ただ、その前に――――

「あくまで続けるというのなら……蒼崎青子さん。
 これだけは答えて下さい。」

――――――

――――――

「―――これだけは答えて下さい。」

高町なのはがブルーに問いかける。

「何よ?」

「貴方が、この戦闘において……譲れない、とても大事な事を伝えようとしてた事は分かります」

やむを得ず戦いに身を投じる人。
何かわけがあって人を傷つける道を選んでしまう人。
そうした人々を彼女は数多く見てきている。
しかし――

「でもあんな方法で伝えられたってこっちは分からない。
 初めから人の話を聞かず、会話を成立させようとしなかったのは何でですか?」

自分は初めから、戦いの静止を呼びかけてきた。

「これはこんな、お互いボロボロになるまでしなきゃいけない戦いだったの?
 どうして対話に応じてくれなかったんですか?」

それだけが知りたかった。
この人はどれほどの思い責務を背負って、この戦いを――

「いや――――――」

しかして蒼崎さんはポリポリと頭を掻きながら――

「単に面倒臭かったから。」

―――明瞭簡潔に吐き捨てた。

…………………………


      ピ   シ   ッ


放った青子の解答に対して――――

人の耳が拾えるほどに見事な、周囲の空気が凍った音が辺り一面に木霊する。

「…………」

青子の手と必死に格闘していた状態のなのはが―――
まるでお構い無しにすっくと立ち上がる。

「おおっ?」

突然の手応えに驚くブルー。
そしてその彼女の手首を、白い魔導士の手がぐいっと掴み上げ
万力のように更なる力を以って捻り上げた

「………何? この手?」

「青子さん……頼むから真面目に答えて。」

その魔導士の顔から、表情がすーっと消えていく。
この教導官の指導を受けた生徒達なら誰もが知る――――高町なのはの「赤信号」
場は再び危険な色を灯す事になる。

結局、ここに来てまた齟齬――――

青子は「魔法と魔術の区別もつかないコには体に教えてやるのがてっとり早い」
という意味での面倒臭いだったのだが、なのははそんな事は分からない。
言葉通り「さしたる理由も無しに、魔法という危険な力を行使して相手を大怪我させる」と取った。
どこまで行っても噛み合わない二人である。

「私も無茶だったのは認めるよ。少しやり過ぎた事も認める。」

「そう。ところで腕痛いんだけど」

「貴方もここまでしてくるのだから、相当な理由があっての行動だと思う」

「理由はあるけどね。でも回りくどい事は好きじゃないのよ―――あと腕」

「………まさか、本気じゃないよね? 面倒臭かったからっていうのは。
 ちゃんと話してくれなきゃ分からないよ。」

「いや、だから散々話したでしょうが。貴方のは魔法じゃないって……折れる折れる」

「……下手したら二人とも死んでたかも知れないんだよ?」

「あーうん、そうですか。確かにね―――放せ」

ガツン!!という音が辺りに鳴り響く。
青子の黄金の右足がなのはのスネにダイレクトヒット。

「っ………」

武蔵坊すら一撃で悶絶するという急所をえぐられ、苦悶で顔をしかめるなのはさん。  

「曲がりなりにもこの世界に踏み込んでおいて――
 あの程度のじゃれ合いでガタガタ言いなさんな。
 むしろこんな程度で済んで僥倖と思いなさい。子供じゃないんだから」 

悠然と言い放つ青子さん。  
しかし今のなのはがその程度で折れるはずがない。
その顔こそ無表情だが――背中から青白いオーラが立ち上っている……

「もし私じゃなくて―――例えばどっかの爺さんが相手だったら
 アンタ、大笑いしながら二つにたたまれてたよ。断言す――たわっ!?」

言い終わらないうちにスパーンと――なのはの足払いが炸裂。 
その場に尻餅をつく青子。

「………どっちが子供? 駄々っ子の理屈を振り回されても困るよ。」

逆に、なのはが見下ろす形で切って捨てる。
ミスブルーのその笑みからも「飄々」という文字が消え、こめかみに青筋がビシリと―――
ズボンの誇りを払いながら立ち上がる魔法使い。

「なのは……本当に死なすよ? 
 私が笑ってるうちにね―――大概にしといた方がいい。」

「死ぬとか殺すとか気安く使わないで。」 

魔力、体力共にオーバーヒートの二人の魔法使い―――
相手を殺傷する技など出せるはずもない。
戦えばその辺の犬や猫アルクにも負けるだろう。

「アンタには一度、物事の道理ってやつをキッチリ教え込まなきゃならないようね。」

「望むところだよ……そちらに道理があるのなら」

視線がバチバチと交錯する。
そんな余力など微塵も残ってない状態での二人による―――

汗だくになっての力比べが始まった。


――――――

―――という経過を辿って今に至るのだが………


「ホント、何とかと煙は高いところに昇るわねぇ!
 ビュンビュン飛び回りくさって鬱陶しいだけだアレ!
 空戦魔導士ってのは皆、ああなワケ!?」

「空の人間をバカにしないで……私の先輩は皆、立派な人だよ。
 少なくとも理由も無しに人を撃ちまくるような人と違って。
 それに第一、青子さんは私が空に<逃げた>って言ったけど……
 まるで空を安全地帯のように言わないで欲しいな。」

「どう見ても逃げたじゃん。 
 それに安全地帯じゃなけりゃ何なのよ?」

「撃墜された時の危険度は空の方が高いんだよ? 
 墜落の怖さと痛さは味わった者にしか分からないよ。」

「知るかそんなもん! そんなに堕ちるのが怖いなら飛ばなきゃいい。 
 地に足を付けて生きなさい。」

クレーター中央で睨みあう、もはやスタミナも尽きている両者の――
いつ終わるとも知れぬ舌戦は……

「ここまで逆らわれると……ハア、ハア、苛立ちを通り越して愛着が湧くっていうか……
 ハア、逆にやりがい出てきたわ…………
 起きたら魔法使いが何かって事………じっくり叩き込んであげる。」

「貴方のような理不尽な人に……ハア、ハア、物を、教えられるの…?」

………両者の体力、精神力の限界を持って終了の兆しを見せる。
互いに絡み合いながら、ヘナヘナと膝から崩れ落ちていくなのはと青子。

「ほざいてなさい、ハア、ハア……
 昔、先生と呼ばれていた私に対して、あまりな暴言よ……ソレ」

「私、現職の、教導官ですけど……」

「…………………」

「まずは、頭、冷やさない……?」

「なのは――鏡をあげる。 
 自分自身を見て言いなさいソレ――」

「青子さんが、先……」

倒れる時は前のめり。 
最後まで力の限り、舌の限りを持って戦い 
語り合った両者に送られるのは心地よいまでの泥のような眠りだけ―――

その闘い、そして結末。
人知れず行われたこの魔法使い二人の大激突をこの場にて目撃したものはいない。
いるとすればそれは神か―――盤外に位置する傍観者だけ。

「上等………起きたら色々と話聞かせてもらうから覚悟しなさい。
 サーヴァントとか凄い興味ある―――――」

「……………起きたら、ね。」

なのはの最後の言葉を締めとして、組み合ったままその場にパタリと倒れ付す二人。
極限まで撃ち合ったガンナー二人はこうして―――泥濘のままに魔法使いの夜を明かすだろう。

そしてこの出会いが―――

この世界に起きている「怪異」にとって吉と出るか凶と出るかは―――

まだ、誰も知る由も無い事であった。


   高町なのは VS 蒼崎青子

   両者ダブルノックダウンによる、引き分け―――――


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最終更新:2010年03月11日 18:55