――― 対魔力 ―――
―――サーヴァントセイバー
その真名は古の時代、数々の伝説を打ち立てたとある王の名である。
彼女は「規格外」を除けば、7人のサーヴァントの誰を相手にしてさえ互角以上に闘える
まさに最良のサーヴァント。
ことに魔術師に対しては反則じみた優位を誇る所以がある。
それがこの最高ランクの対魔力。
Aランク以下の魔術を無効化するという神域の守り―――
それは即ち、現代に属するほぼ全ての魔術を以ってしても
彼女を傷付ける事は出来ないという結論に達するのである。
――――――
NANOHA,s view ―――
「ええっ!!??」
驚きの声を上げてしまう私……
その人は正面から迫り来る私のシューターを前に一切の減速、方向変換をする事無く
弾幕にその身を躍らせていた。
当然のように全弾直撃――――
受身すら取らずに直撃した………
回避なんて初めから頭にない愚直な直進。
破れかぶれにすら見えたその無茶な行動。
でも、その全部直撃させたはずの私の魔法は―――
「嘘………止まらない…!?」
彼女に対して何の効果も―――減速の効果すら与えてはいなかった。
まずい……私のシューターを全く意に返さない…
凄い装甲を持っているのか、それとも事前に特殊な術式を張っていたのか―――
何にしても直進してくるなら誘導弾じゃなくて大砲撃っとくんだった!
ファーストヒットは失敗。
初弾を弾かれた私は簡単にその間合いを犯され、間合いの中へと踏み込まれた。
それは完全に近接の―――騎士の距離!
「だああああッッ!!!!」
速い! 剣が見えないッ!!?
耳を劈く凄まじい気合!
最上段から大被りに振り下ろされる一撃―――
「レイジングハート!!」
それを私は―――
――――――
SABER,s view ―――
為す術も無く簡単に、一見の間合いまで私の接近を許す魔術師。
これだけか? 備えは?
いくら何でも粗末に過ぎる。
甘く見ていたのか……私を?
少々、拍子抜けだがこれ以上何もさせる気は無い。
叩き伏せ、拘束させて貰う。
護衛もつけずに我が前に姿を晒した己の迂闊さを呪うが良い。
…………………
くっ……迂闊なのは私も同じ……
それはいつもこの身がシロウに言っている事だ。
どこか甘い―――しかし愛嬌のある笑い顔を思い出す。
シロウ……何故、私を呼ばない?
令呪を使えない理由でもあるのか…?
(まさか………既に…)
考えたくない事態が脳裏を過ぎる……
主とのレイラインが体に通っている以上、その事態にはまだ至ってない……はずだが。
不吉な思考をかぶりを降って頭の中から消し去る。
ともあれ、まずは目の前の相手を沈黙させる。
我が剣を、もはや為す術も無くなった相手に振り下ろすのみ。
当身で気絶させるだけだ。
まだ死なれては困るのでな……動かなければ外傷は――――
<ぎぃぃぃぃぃぃん>
「な、なにっ!?」
予想していた感触とは全く違う
何か硬いものに阻まれた手応えが私の両手に伝わる。
堅牢な盾に刃を突き立てたかのような感触―――
これは………障壁か!?
それもかなり強力な!
相手がその掌をこちらに翳している。
素手、ではない。
鮮やかな桃色の魔力で編んだバリアのようなもの――
それが私の剣戟を阻み、止めていたのだ。
――――――
――――――
機械音じみた甲高い衝突の調べ。
魔力と魔力の鬩ぎ合いによるギチ、ギリギリ、という
耳障りな音が無人の廃墟に響き渡る。
それはセイバーの攻撃がなのはの防護シールドの壁に阻まれた音―――
(何とか……スピードには驚かされたけど対応出来ないほどじゃない…)
剣と盾。斬り裂くものと阻むもの。
古の時代より相反する存在として鬩ぎ合ってきたモノたちの此度の邂逅は――
「バリア・バーストッ!」
――盾に軍配が上がる。
「つうっ!」
舌打ちするセイバー。
打ち込んだ剣が総身ごと押し戻される感覚。
騎士の剣を止めたソレが目の前で膨張していく。
射手は距離を潰されたら終わり、という概念は高町なのはには当て嵌らない。
時には騎士をすら近接で圧倒する彼女の真髄は、その防御技能の高さにあると言ってもよい。
今、なのはが使用したバリアバーストは彼女の得意とする防御魔法のバリエーションの一つ。
防護壁を自ら任意に破砕させ、敵を吹き飛ばす。
相手にダメージを与えるというより、打ち込んできた敵との距離を再び放すのに多様される魔法である。
(近接の模擬戦はたくさん積んできているし、簡単には打ち込ませない!)
相手をその掌で突き飛ばすかのようなフォームで放たれた防壁破砕。
なのはの膨大な魔力によって編まれたシールドの内在されたエネルギーが小規模な範囲ながら爆発を起こすのだ。
並の騎士ならば予想だにしない衝撃で6、7mは吹き飛ばされて、悪くすればKOだろう。
ましてや相手はこんな小柄な少女である。
なのはのバーストをまともに浴びて全身に桃色の破光を浴び、吹き飛ばされたその身が無事にすむ筈が無い。
普通ならばここで多大なダメージ、優位な距離を魔導士に与えてしまった騎士が
為す術も無くなのはに詰まれる光景が展開されていただろう――――
そう…………あくまでも――――彼女が並の騎士ならば、の話である。
――――――
NANOHA,s view ―――
バリアバーストで距離をとって、改めて仕切り直し………
「……………」
最初の攻防は共に一合。 相手が攻撃して私が受けた。
それだけのやり取りだったんだけど…
そこから少しでも相手の戦力や能力を割り出す事は可能。
50m前方から一息で間を詰めてくるスピードは恐らくフェイトちゃんにも負けないくらい。
私のシューターを弾き返してなお減速しない突進力と防御力。
攻撃力は……AAAの騎士、くらいかな。
そして、私のバリアバースト――
魔力破砕の衝撃をその身に受けて……結論として、彼女はまるで吹き飛ばなかった。
今、彼女は3m半の間合いにいる。全開の吹き飛ばし判定をものともせず
しっかりと私に打ち込める間合いに踏み留まり、まるで引かず離れない。
突出してるのは、脚力かな……
さっきの踏み込みや、今、この娘の立っている足場を見る。
アスファルトの硬い地面をまるでおトウフみたいに踏み抜いている……
冗談みたいな光景だ…………困ったな。
この人のスピードでこの間合いじゃ、右に逃げても左に逃げても薙ぎ払われるし
バックステップなんて最悪。そのまま押し切られて終わりだ。
飛行しようにも離陸の体勢を取る直前に潰される可能性大。
ちょっとでもヘタな動きをしたら即、打ち込まれるから自分からは動けない。
いつもは向かい合っている相手に呼びかけたり対話を試みるくらいはするんだけど―――
その余裕が全然無い……凄いプレッシャーだ。凄く強い相手だと一目で分かる。
とにかく今は相手が攻撃してきたら、しっかり防御して
何とか相手の動きを止めて一旦、距離を離す………それしか出来そうにない。
と、その時――――
「―――――、」
まるで隙の無かった敵の重圧が一瞬、弱まった―――?
というか相手の集中力が私から逸れた気がした。
周囲にチラッ、チラッ、と目配せをした感じ。
「っ!!」
無意識に体が動いていた。
最初の攻防で編んでいたものの、相手の踏み込みが速すぎて撃ち切れなかった魔法
近距離で撃つのは、正直リスクが大きい……
でも、色々考える前に……
誘いか罠か、その可能性を考える事なく
私は―――それを撃っていた。
――――――
高町なのはのリンカーコアから噴出する魔力が全身に行き渡る。
それは大魔法の予兆―――
だが、本来その桃色の艶やかな魔力は術者の体内を駆け巡り
周囲を震わせ、世界に干渉するプログラムとして魔方陣という形で具現化し、力を行使する。
それがミッドチルダ式魔法の基本的な仕組みである。
だがその術式に精通し、熟練した高ランクの魔法使いの中には
時に大魔法ですら即席で編み上げる者がいる。
――― 行程キャンセル
もはや理論でなく感覚――センスや才能の世界。
全ての手順を最速ですっ飛ばし、高難度・高出力の術式を完成。
愛杖レイジングハートの先に光が収束していく。
まるで剣術の居合い抜きのように――――
「ディバイィンバスタァァー!!!」
高町なのははセイバーの見せた刹那の隙に対し数分の遅れもなく―――
抜き打ちによる砲撃魔法を叩き込んでいた!
――――――
SABER,s view ―――
肉迫し、眼前の敵を打ち倒す。
いつでもそれが可能な距離にその身を置いた。
だが………今まさに踏み出すこの足が一瞬、躊躇したのは何故か―――
私は今現在の状況に思考を過ぎらす。
相手の魔術師との攻防。
我が剣を受け、弾き返したのには驚かされた。
だがそれでも魔術師である以上、私の脅威にはなり得ない筈だ。
それ以前に人の身で英霊と闘う事の無謀性―――
聖杯戦争のマスターならば常識であるはず。
そうだ……そもそも私は相手の策謀にかかった側。
でありながら今、戦闘を優位に進めつつあるこの状況は何だ?
普通に闘えているこの状況は何だ? 不自然ではないか?
更に思索を巡らせる。
この魔術師が自らを囮に私をいぶり出すのが目的か?
それとも何か別の意図があるのか?
やはりサーヴァントによる死角からの奇襲か?
どのような繰り事を弄そうと、この剣で粉砕するのみだが……
マスターを抑えられている可能性がある以上、迂闊な失敗は許されない。
周囲の状況を確認。
時間にして一瞬、私は魔術師から注意を逸らす。
そこへ―――
「ディバイィンバスタァァー!!!」
敵の大魔術が炸裂していた。
「むっ…!」
眼前が光に染まる。
一切の防御行動を取らない私をソレが飲み込む。
先ほどとは明らかに違う、地を薙ぎ払うかのような波光に一瞬、目を見張る。
これを即席で……しかも今の私の隙に合わせて撃ったというのか…!?
狙いは未だ分からずとも、その技量には見るべき所がある。
魔術師として並みの腕ではない事は明白。思い切りもいい。
……大地が抉れる程の膨大なエネルギーは未だ続いている。
……凄まじい威力だ。
抗魔能力の低いサーヴァントなら、これで終わっていたかも知れないが―――
だが、その放出が減退していき、魔力の余波で塞がれた視界が次第に開けてくる。
互いに相手を認識するするにつれて――――
魔術師の表情が強張り、その目が驚愕に見開かれるのが見えた。
近距離で放たれた巨大な大砲じみた魔術。
その放出が完全に終わり………
なお何事も無かったかのように悠然と立つ私の姿に―――
――絶句する彼女の表情を我が目が捉えた瞬間だ。
ソレはやはり、この身に掠り傷一つ負わせる事はない……
――――――
「くっ………そんな…」
驚愕に見開かれる魔導士の双貌。
どんな敵をも薙ぎ倒してきた高町なのはの切り札―――砲撃魔法
それが全く通用しない。信じられないといった表情を作るなのは。
(分からない――)
そしてその顔を見たセイバーもまた戸惑いを露にしていた。
敵の魔術師が杖を構える。
足の幅を広げて立つ姿。
それはどう見ても迎撃の意思。
顔には、魔術が全く通用しないという狼狽はあれど、些かの恐れも迷いも見受けられなかった。
そうだ………これはまるで、自らの力のみで戦おうと決起する者の姿ではないか?
初撃で決めるつもりだった。
それが弾かれた時、奇襲の失敗によって周囲からの援護を覚悟し、身構えた騎士。
だが失敗の代償はいつまで立っても払われず―――
目の前の相手は、まるでサーヴァントである自分と
このまま無謀な闘いを続けようという意思を露にする。
相手の表情に嘘は無い。
少なくともこちらを誑かす意思を読み取る事は出来ない。
何か手違いがあったのか? それとも単に自分と相手の力量を量りかねただけなのか?
未だ疑念の晴れやらぬ騎士であったが―――
(よかろう……)
いつまでも不明な点に思慮をめぐらせ、相手に付け入る隙を与えるような騎士ではない。
(これ以上の思索は愚昧……
どのような意図であれ、我が剣を前に立ち塞がる以上――)
疑惑。戸惑い。躊躇い。
闘いにおけるありとあらゆる不安要素。
そうした余分なものを一切合切 頭の中から追い出し―――
「遠慮はいらないな……メイガスよ――」
己の剣。その渾身の一撃を相手魔術師の身に刻むべく、セイバーは腰を落とす。
恐らくは決めとなるであろう、その突撃体勢―――
その終局に向かう場の空気が容赦なく冷たく、ギチギチと―――
向かい合うなのはの両肩に、重くのしかかってきていた。
――――――
NANOHA,s view ―――
抜き打ちとはいえ、ディバインバスターの直撃を受けて無傷で佇む騎士。
受身も取らず、ほとんど棒立ち状態でのクリティカルヒットは
しかしその白銀の肢体を揺るがす事さえ出来なかった。
信じられない……本当に効いていないの…?
「遠慮はいらないな……メイガスよ――」
「っ!!!」
この闘いが始まってから―――とはいえ、時間にしてまだ数分くらいか。
初めて彼女の言葉らしい言葉を聞いた。
よく透き通った奇麗な声は、それが故にぞっとさせるような底冷えのする響きを醸し出す。
この言葉の意味は分かる………
――― これで終わらせる、という意思表示 ―――
今撃った砲撃が実質、私の最期のターンだったと暗に示すその言葉。
詰まれる直前の、イヤな感じ―――それがこの場を支配しつつある。
まずい……相手のペースだ。 何とかしないと……
目の前の娘が二度目の強襲の体勢に入る。
腰を落とし、総身を振り絞るかのように力を溜めたその構えは、突き!
これを全力で弾き返したら一旦、何が何でも後退しなきゃ……
彼女から再び距離を取るには一度、ほんの数瞬でいいから完全にその動きを止めなきゃいけない。
私の一挙一足より、彼女のそれの方が遥かに速いのだからそれは必然。
そんな相手から再び距離を取るには―――
同時詠唱で三つ……フルスピードで編み上げる。
攻撃を防ぐ、動きを止める、を同時に行い
直後、ほぼタイムロス無しで離脱。
シールド→バインド→フラッシュムーブの連携。
上手く距離を取れた後、相手がまだ動けないようならもう一度……
今度はフルチャージの砲撃を当てる。
その工程をシミュレートして――――
< ダァァァァァァァン >
(来た!!!!)
アスファルトに地雷でも埋まっててそれが爆発したんじゃないかって錯覚を起こさせる
それほどに凄絶で激しい、騎士のスタートダッシュ!
さっきと違って、色々やらなきゃいけない。
難易度はずっと高くなるけど……
相手の攻撃をよく見てタイミングドンピシャで合わせる――そのプランは立てている!
そうだ……相手の攻撃をよく見て―――獲るッ!!
――――――
――――――
二度目の剣と盾の激突。
一回目と違い、万全の備えを持って望んだ高町なのは。
まずは手動で前方に展開するシールドは外堀。
これが抜かれた際は、直後に予め組んであるレイジングハートのオートプロテクションが発動し
周囲にラウンドバリアが張り巡らされる。これが内堀。
そして、それを超えてこられたとしてもBJの作用による全身のフィールドが
本丸である彼女の体を覆っている。
どんな攻撃でも受け止められるよう編まれた三重の防壁―――
大魔力、重装甲を誇る彼女のそれはまさに難攻不落の城塞だ。
しかしながら堅牢な鎧に身を包み、固い盾を持っているからといって
それで全ての攻撃を防ぎきれるかといえば、そうではない。
ことに対人戦において防御壁というのは、ただ張れば良いというものではない。
相手の攻撃に合わせて魔力圧を上げる作業。
強弱のタイミングも重要だし、場合によってはカートリッジによるブーストもかけなくてはいけない。
打点をずらし、受け流し、相手の攻撃を逸らしながら反撃の機会を待つ行為―――
それが防御行動というものである。
ただ亀になるだけの守りなど上から叩き壊されるのを待つだけのものに過ぎないのだ。
だから、この攻防において高町なのはは騎士の攻撃を獲ろうと全神経を集中し
初めて――――騎士の剣を凝視した。
凝視したが故に―――初めて気づいたのだ………
その………不可視の剣に。
――――――
NANOHA,s view ―――
恥ずかしながら心底、ぎょっとした………
この戦いを誰かに見られていたら正直、失笑を買われてもしょうがない程の不覚。
だって本当に私は―――それにたった今、気付いたんだから。
速い! 剣が見えないッ!!?と、初めの激突の時にそう感じた。
対峙した時は相手の予備動作を見逃さすまいと必死だった。
目や肩や足先、全身の挙動、それを伺うのに神経を集中していた。
もともと騎士独特の半身の構えは、こちらから刀身が見えにくいものだという事もあった。
そして今、突きの構えを取った時に「あれ……?」って――不自然な感じがしたけれど
本当に一瞬……不審に思った時にはもう踏み込まれていた。
そう、ここまで来て……ようやっと気づいたんだから。
相手の刀身が「視えない」っていう事に。
速くて見えないんじゃなくって本当に、「無い」っていう事に。
「しまっ………!?」
一回目は距離があったし、何とかカンで捌けた。
でも今度は近距離の間合い、偶然で防げるほど甘いものじゃない。
しかも視認出来ない不可視の刃に完全に意表を突かれた私は
シールドの魔力圧を上げるタイミングを完全に外されて――最悪の状態で彼女の剣と激突をする。
ギャリリリ、ギャリ、、ギャリ、!!!!!!
「……………!!」
「くッッッ、うう……!!!!!」
再び響き渡る魔力同士がぶつかり合う音。
だけど、さっきとはまるで違う。
騎士の攻撃は突き―――防壁を抜くのに最も合理的な技だ。
それに対して私が展開したのは棒立ち状態でただ構えてるだけの盾。
話になるわけが無い……貫いて下さいと言ってるようなものだ…
ギャリ、ギャリ、ぞぶ、―――
「う、うッッッ……」
騎士の突きは私のシールドをなんなく貫き―――
レイジングハートが張ってくれたバリアを壊し―――
「く………ぬ、抜かれるッ!」
BJの守りを苦も無く貫いていた。
相手の攻撃が止まってる間に捕獲魔法――そんなどころの騒ぎじゃない!
この瞬間、私の防護機能は沈黙し
その破壊の影響、衝撃で逆に私が後方にたたらを踏む。
「だああああッッッ!!!」
最悪……裂帛の気合と共に閃光のように追いすがる騎士。
突いた剣先をそのまま引いて繰り出される、流れるようなフォームでの右の袈裟斬り。
それは半身の下段構えから袈裟に切り落とす一撃重視の型。
必殺の斬撃が丸裸同然の私に襲い掛かる。
「くっ……ええいっ!!」
でもやられないよ……こんなところで!
彼女の二撃目に対し、左の肩口を守るべく考えるより先に体が動いた。
きっと、シグナムさんと何度も剣を交えていたおかげ。
同じ騎士だけに剣筋が似ていたんだろう。
まさに僥倖だった―――――
――――――― 僥倖……………
敵の袈裟斬りが私の杖に接触したのと同時に――
全身に力を入れ、その衝撃を受け止めようとして――
ううん……それは僥倖と言うにはささやか過ぎる
次に来る決定的な「事実」を前にした、呆気ない防波堤。
つまりは―――悪あがきでしかなかった。
その瞬間、私の全身に―――――落雷が落ちる。
「あ、うぅッッッッ!!!??」
全く予期せずに歩いていて突然、震度7、8の地震が起こったらきっとこんな感じなんだと思う。
相手の剣を受けた際の全身を襲う衝撃は、防御の上から骨を軋ませ、脳すら揺らす。
あまりにも重い一撃に………私の両足が、地面にめり込んでいた。
キィン、っていう耳鳴りは鼓膜がマヒした音。
そう、何とか「受けられた」なんてのは僥倖でも何でも無い。
だってそれは魔導士が絶対に正面から「受けちゃ」いけない、何が何でも回避しなきゃいけない攻撃。
まごう事なき騎士の――フルドライブの一撃に匹敵するほどのものだったんだから……
「か、はッ……ッ」
たった一合、受け止めただけでガクガクと
足腰が揺れて体軸が定まらなくなる私の体。
半スタン状態―――防壁を失った生身の肉体にはきつ過ぎる一撃。
だけど、これで終わらせてくれるほど、目の前の騎士は甘くは無かった。
そもそもこれって確か連撃の二撃目だった筈。じゃあ必然、次もあるわけで―――
「―――――」
軽い脳震盪を起こした頭で、そんな事を考える。
で、そんな私の回復を敵が待ってくれるわけがなく……バオゥ!っていう擬音。
ヘンかも知れないけど多分、それが一番しっくり来る。
振り下ろした剣をそのままに斬り上げる騎士の三撃目。
下から来る突風が私の前髪を残さず跳ね上げたかと思った瞬間―――
「きゃう、ッッッ!!!!!???」
剣圧で地面が抉れ、シャベルカーで下から跳ね上げられたらこうなるんじゃないかという烈風が巻き起こる。
かろうじて中段に構えた私の杖が苦も無く跳ね上げられた。
ミシミシ、と両肩が外れるような壮絶な感覚が体を襲う。
暴風のような速さの連携はその全てがフルドライブ級の一撃。
たったの二撃……ちゃんと防御した、その上からの二撃で――
それだけで私の上半身も下半身もガタガタにされちゃった……
体の踏ん張りが全く効かず、上体を浮かされ、完全に無防備状態の私は
その光景を為す術も無く見ているしかない。
斬り上げの勢いもそのままに彼女が後ろを向く。
そのまま回転して、遠心力を利用した―――
「見事な手並みだった……メイガスよ」
右の胴薙ぎの一撃――――
まるで龍の尻尾のように巻き込んでくる剣閃はとても奇麗で―――
「だが甘く見すぎたようですね……サーヴァントを相手にするには―――」
それはスローモーションのように、私のガラ開きの胴体に吸い込まれて行って―――
「ましてや私と剣を交えるには……それでは足りないッ!」
たっぷりと火薬が詰まった爆弾。
それが私の右のわき腹で爆発した――――
「ぐうッッッッ!!!」
視界が凄い勢いで前方に流れていく。
吹き飛ばされた―――
そう、知覚するのも最後に
騎士の渾身の一撃は私の体を薙ぎ払い―――
――――――
胴への一閃を受けて弾かれたように飛ばされる高町なのは。
地を食む両の足はまるでその役割を果たさず
ザリザリザリ、と氷上を滑るかのように後方へ押し流されていく彼女の体。
その闘いには戦略も何もなかった。
焦燥していた二人はまるで踊らされるように互いを敵と認識し
短期決戦で一刻も早く相手を押さえ込むつもりだった。
敵地の真ん中で孤立無援―――
敵の奇襲が突然来るかも分からない。
何より故郷の海鳴市の惨状を目の当たりにして気が昂ぶっていた高町なのは。
同じく敵の術中に嵌り、マスターと途絶。その中で出会った敵魔術師。
とにかく相手が一つでも行動を起こす前にその身柄を拘束したいセイバー。
高レベルの戦いにおいて実力やスペックが拮抗していたとしても
必ずしも、それが接戦になるとは限らない。
この結果を紡ぎ出した要員は単純。
より自分の畑に近いものが勝利した――それだけの事。
最初の邂逅時の間合い――50m
この時点に両者が身を置いた事で――既に勝負はついていたのだ。
なのははそれが最低限、自らを防衛出来る距離と認識し、対峙に踏み切った。
過信では無いが自信はあった。
何せベルカ式最強クラスの騎士であるシグナムやヴィータと日々、刃を交えているのだ。
多少強引にでも相手の接近を潰し、取り押さえて相手の話を聞く算段が頭の中で出来ていたのだろう。
しかしセイバーにとっては、それは苦もなく相手の間合いを犯せる距離だった。
そしてこの剣の英霊がヴォルケンリッターと同等か、それ以上の騎士であった。
ただ――――それだけの事。
交戦後、時間にして僅か数瞬―――勝負はあっけなくついていた。
無人の廃墟。影絵の街。
人知れず戦場と化した、その一角にて―――
胴を薙いだ体勢で力強く大地に立つ剣の英霊と
その前方――体をくの字に曲げて膝を付き
苦しげに喘ぐ、白き魔導士の姿があるのみであったのだ。
最終更新:2010年03月15日 16:30