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極限の冷気にさらされた物体に急速な熱を加えると、どんな硬度を誇るものでも崩壊を免れないらしい……
闇に慣れ親しんだ眼球に強烈な光を浴びせると網膜などは一たまりもないという……

ならば―――空腹に喘ぐひもじい胃腸に破滅の胎動を流し込まれた時の
総ダメージ量もまた推して知るべきなのだろう……

神話に名を連ねる最強の騎士王が撃沈したのも頷ける。
そして見事、不敗伝説に終止符を打った小さな勇者は今―――

「うう………ご、ごめん。」

ただ挺身低頭、頭を下げるのみであった。

騎士の無言の背中は、その結い上げられた金の髪が――心なしか逆立ってる――ところ以外は至って普通。
その表情を伺い知る事はできない。だが、たまに肩口が小刻みにブルッと震えると共に
手を口に当てるような仕草は、強烈な眩暈と内から込み上げてくるナニカを必死に抑えているようだった。
今や背中から強烈な負の嘔気(オーラ)を漂わせている剣の英霊を前に
取り返しのつかない先制攻撃をかましてしまった少女の胸中は決して穏やかなものではないだろう。

「わ……悪気は無かったんだ。ホントだ…」

「……………」

「い、意見を聞きたかったんだ…… 
 ほら、誰かに食べて貰わないと客観的な評価は得られないと言うだろう?」

「意見ですか―――」

サーヴァントの抑揚のない声が返される。
首だけをくるん、と回して少女を一瞥する騎士。
まるで人間を威嚇、警戒する野良猫の如き仕草である。

「見事なお手並みでした。これほど凄まじい威力―――宝具相手ですら味わった事が無い。
 間違いなくどんな敵も一撃でしょう。」

「そ、そうか………」

そんな騎士と少女がやり取りをしている、ここは台所である。
簡素ながら洋風の意匠を思わせるコンロや水場は使い勝手の良い、初心者に優しい仕様となっていた。
その一室に現在、トンタン、トンタン、と日曜大工のような音が響き渡っている。

「イケると思ったんだけどなぁ。」

――――ダァン、!!!!

「ほあっ!!?」

ボソっと一言呟いただけの少女の不穏当な発言に反応し
どうやら包丁で何かをぶった斬っているらしい騎士の手腕が憤怒の快音を響かせる。

「何がどうイケると思ったのか知らないが――冗談にしてもタチが悪すぎる。
 味覚に呪いでもかけられているのですか? 貴方は」

「む、むう……そ、それにしてもお前はちゃんと料理が出来るんだな。
 やっぱり女の子だ、うん。」

それでも懲りずに騎士に声をかける少女。
竜娘の怒りマックスの斬撃が厨房にひたすら木霊する中――
カキン―――、と本日四本目の犠牲者となったミートナイフが無残に四散し、その短い生涯を終えていた。
その激情のままに振るわれて、答えられる武具など彼女の聖剣くらいであろう。
貧弱な調理用具などソレに耐えられるはずもない。
そして食材と一緒にぶった斬ら続けたまな板もまたズタズタの肢体を晒しほどなくして力尽きる。
逆鱗を撫でられた竜に刃物を持たせるべからず―――その禁を破った事による惨状がこれである。

―――――ジューーー、

だが、程なくして甲高い気持ちの良い音が厨房に響き渡った。
立ち込める香ばしい匂いと何かの焼ける心地よい音はここが蹂躙の園ではなく
食材と料理人の支配する空間である事を思い出させてくれる。

「お、何かそれっぽくなってきたぞ。 なあ……それは何を作ってるんだ?」

どうせ料理の詳細など聞いたところで理解は出来ないのだが
亀裂の走った関係を修復するコミュニケーションは必要だ。
その問いに対し、暫くは沈黙を以って答えていた騎士であったが――ややもして緩慢ながらその口を動かす。

「豚のカクニです」

「うんうん! カクニというのかそれ!ふむ!」

先ほどまでざっくばらんに切り刻まれていたのは豚のブロック肉。
それをピックで串刺しにして……コンロでジュージューと「丸焼き」にしている。
それを指して何の躊躇いも無く「角煮」と称す料理の鉄人セイバーさん。

思い巡らすは某所某日―――
空腹に耐えかねたハラペコライオンが衛宮士郎の調理中の風景を覗いている時の光景。
たまたまその時、士郎が己のサーヴァントのために丹精を込めて作っていたのが豚の角煮。
甘くジューシーな香りに蕩けるような舌触りは王様の溜飲をトロトロに下げて余りあるものであり
その日一日、またたびを与えられた猫の如くセイバーの顔から笑顔が消える事はなかったという―――

その時の消え入りそうな記憶を頼りに今、雄々しく厨房に立っている剣の英霊であったが……
何か決定的な過程が欠落してしまっている事に彼女は気づけない。
ちなみにその時のライオンさんの見取り稽古は既に居間に盛り付けてあった前菜の誘惑に負けて中断されており
表面を軽く焼いた後、この料理の根幹である「甘辛のたれで煮付ける」という肯定を見事にすっ飛ばす、というオチがつくのだが。

「…………」

焼くだけならば誰でも出来る。
まさに数学における足し算覚え立て状態の彼女の手から量産される
セイバー作 「豚の角煮」 と称した半生肉が―――ゴロゴロと歪な音を立てて皿に盛られていく。

「ご、ごつい料理だな……何か」

その言葉にギロ、と少女を威嚇する碧眼。
未知の物体に口を犯された不快感。
それと空腹感を一先ずは凌げれば良いのだ。
少しでもあの極彩を極めた味に近ければそれで――

だがそんな殊勝な思いとは裏腹に出来上がったのは
彼女の願いを頭から嘲笑う、ろくに火の通ってないイベリコ豚の残骸……

「…………」

虚ろな表情でそれを凝視しているセイバー。
生前に幾度と無く食した、「雑」極まりない料理がそこにある。
生兵法はケガの元―――拙い記憶を元に蛮行に走った結果とはいえ
戦場では容易く起こしてきた奇跡もここで起きる事は無かった。

金に夢を馳せ、秘術に望んだ錬金術師はしかし一握りの金をも手にする事無く
クズのような鉄くずを握り締めて己が未熟を呪うのみなのだ。

怪訝な表情で 「こんな筈では…」 と首を傾げるセイバーだったが、寄る空腹と不快感には勝てない。
やがてその小さな口がガブリと肉塊にかぶりつく。
滴る肉汁。くちゃくちゃ、こり、と心地よい音と共に所々ピンクの生地の残った焦げ肉を租借する。

「………美味いか?」

横から騎士の表情を除く少女。
もくもく、とせわしなく動いていた唇。
瞑想するかのように閉じた瞳。
その眉が逆ハの字を作り―――やがて眉間に深い皺を寄せる。

「なあ、美味い…………いや、いい…」

少女が聞くまでもない……
みるみるうちに苦渋の表情に変わっていくその様を見れば、答えなど一目瞭然であったのだから――

皿に盛られた石つぶて大の雑料理はまだまだ残っており、それを次々と苦悶の表情のままに口に放り込むライオン。
端正な西洋人形の如き容姿。眉目秀麗な出で立ち。
まるで巨匠の絵画から抜け出てきたような金髪の美麗な少女が今、その小さな口をぐぁ、と開きながら………
豪快に半生肉を喰らっている。

(すごいな……)

少女が絶句する中、まるで猛獣のような食卓風景が続く。
それは豪快を通り越してホラーだ。
見るものを萎えさせるに十分な、いつ終わるとも知れぬ晩餐―――

「―――シロウのカクニとは似ても似つかない……」

その主賓の、この一言により……

喪に服しているかのような悲しい夕餉は―――
一先ずの閉幕を迎える事となるのであった。


――――――

食事後だというのに、心なしかげっそりとした様子で向かい合う両者。

両者の表情―――セイバーは空虚感から。チンクは恐らく心労であろう。

「シロウの食事が……食べたい…」

ボソリと一言、肩をうな垂れ意気消沈しているセイバー。

(話を円滑に進めるはずが……)

とんだ地雷を踏んでしまったと後悔する少女である。

「なぁ……いい加減、機嫌を直してくれよ。」

「………」

「大事な話なんだ……横やりが入ったままじゃお互い気分が悪いじゃないか。」

「横やりを入れたのは誰ですか?」

「私だ……すまん…」

まさに末代まで続くは食の恨みである。

「実は……あまり味覚を使った事が無いんだ。私は」

テーブルの上に未だのさばるロストロギアじみたソレを見据えながら重い口を開くのは
半機械としてこの世に生を受けた少女。
彼女にとって食物から栄養摂取する以外にも補給の手段は幾つか存在する。
稼動年数の大半をラボで過ごしたという過程から、味覚を育てる要素などあるはずもない。

「それで料理を嗜むつもりだったのですか? 貴方は……」

「勘違いするなよ!? 簡素な料理なら問題ないんだ!
 パスタとか魔導士の主食という事でイヤというほどリサーチしたから名人級だぞ!」

―― アレで、名人級? ――

これ以上ないジト目がチンクを射抜く。

「今回はオーダーが特殊なんだ……生半可な味付けじゃ受け付けてくれない。
 レトルトパウチとかいうやつを使ってもダメ。
 何でも舌を叩き壊すほどの衝撃を与える味付けこそ極意ッ!らしくて、それを求道してたら…」

「こうなった、と?」

「うむ…」

「……そもそもソレは何ですか?」

「麻婆豆腐だ。」

紫色に煮立った毒皿から醸し出される、つーんと鼻に来る刺激臭。
その表面に沈殿する白い物体が―――豆腐であると、騎士は今、初めて気がついた。

中華の至宝・麻婆豆腐。
間違いなく目の前のコレは中国四千年の歴史とは全く別次元のベクトルを突き進んでいる。
本格中華を嗜む遠坂凛が聞いたら笑顔で崩拳を叩き込まれ兼ねないほどに。

「麻婆豆腐……確かに味覚の確かでない者には些か難易度の高い料理に思えます。」

「そのオーダーを出した客人がとにかく気難しいんだ……ありきたりのものじゃ到底、納得してくれそうも無い。」

それにしても……何とも特徴的な料理が出てきたものだと意外の念を感じずにはいられないセイバーである。
何故ならば、その料理の名前を聞いて真っ先に思い浮かべてしまう人物がいたからだ。

(―――――確か、あの男もその料理に関しては大層うるさかったと聞くが…)

彼は今この瞬間も――教会において聖杯戦争の動向を見据えているのだろう。

(あの男は、私と戦った白い魔導士や彼女の語った犯罪者がこの町に降り立った事を知っているのだろうか…?)

英霊である自分と戦えるほどの魔導士と、その敵。
どちらも聖杯を巡る当地の儀式が目当てで来たわけでないという話を信じるならば
積極的に介入してくるとは考えにくいが―――

「盛大に横道に逸れてしまいましたが――話を戻しましょう、チンク」

そう、そうした話をこそ、目の前の少女から聞きださなければならない。
いつまでも口を尖らせても仕方がない。

「…………いいのか?」

頭を抱えて悩んでいた少女もまた態度を一変させる。

戯れているようで実に切り替えが早い。その事に内心感心しつつ、コクリと頷く騎士。
それを最後にそれまでの弛緩した雰囲気が霧散する。

互いに望む事。求めるもの。
それを引き出し、手に入れられるか否か

剣を振るい、敵を打ち倒すのみが戦いに非ず。
これもまた一つの戦のカタチ―――

共に戦う者として生まれた両者だからこそ、その空気を違える事は決してなかった。


――――――

少女の口から語られるは、かつてあった戦争の話――― 

否、戦争と呼ぶにはそれはあまりにも小さくみすぼらしいものだった。
何せ全宇宙を支配化に置く強大な組織に対し、戦いを挑んだのは唯一人だったのだから。

後の世にテロとしてのみ記録される彼の反逆は組織の圧倒的な力によって鎮静化された。

――道化だったのだ……その者は。

卓越した頭脳と尽きぬ欲望を持ち、己が意のままに知識、真理を求め続ける狂った探究者。
だがその行動も言動も、全ては組織の仕組んだ茶番劇。


踊らされるように―――でも、その中で精一杯もがいて男は組織の枠を食い破ろうとした。

植えつけられた無限の欲望・行動理念はそのままに生みの親である組織をも食い尽くそうとした。

男の名は――――ジェイル・スカリエッティ


彼は自分の夢の具現であり、また夢を実現するための手足を作り、組織に対抗する。
――だが、あと一歩というところで……彼とその手足は組織が誇る精鋭部隊。

スペシャルフォース――「機動6課」の投入によってその野望を挫かれる事となる。


――――――

「では……」

「そう……その時、博士の手足となって戦ったのが戦闘機人。
 ナンバーズと呼ばれる半機半人の者……私はその一体だ」

粛々と語るナンバーズの5番目の娘。話は続く。

「さっき言った通り……私たちはその戦いに負けて相手組織に捕らえられる事になる。
 敵の理不尽なまでに巨大な力の前に、為す術も無くな。」

夢も希望も踏み躙られた彼女達は、しかしてその後
スカリエッティの予め用意していた様々なルートを駆使して脱走。

全宇宙、全次元に根を張る時空管理局に対抗すべく、男はアルハザードの叡智より生み出された禁忌のロストロギア。
神々の遊戯盤 <Der Ausschus der Gotter>を持ち出し、使用する事で
巨大な敵に対抗できる力を集め、奴らを迎え撃てないかと考えた。

――最もこのロストロギアの事はまだ禁則事項に触れるので騎士には伏せていなければならない。

ともあれ自らの叡智と強大なロストロギアを駆使する事によって男は再び時空管理局に反旗を翻したのだ。

「お前が数日前に出会った女はその時空管理局が誇るトップランクのエース級魔導士。
 無敵のエースオブエースの名を冠する、我々の敵の一人だ。」

「彼女は罪を犯し、逃亡した者を捕らえるためにこの地に派遣されたと聞きました。」

「罪、か」

苦渋に染まる少女の顔。

「――――罪って…………何だ?」

先ほどまでの屈託のない人懐っこい笑み――それとは一線を画した陰惨な含みを持った表情だった。

「自分たちで仕組んでおきながら全ての罪を博士に押し付けておいて………罪って何だ?  
 私たちが罪人ならあいつらは何だ? あいつらこそ正義の皮を被った人でなしじゃないか?」

「ナノハが虚言を弄したと? 私には彼女が邪悪なものには到底見えなかった。」

「どちらが正義かと問われれば皆、間違いなく向こうを指すだろう。
 私たちは敗者でテロリスト。向こうは空の英雄――アイドルだからな。
 だが、それでも……私は自分達が間違っていたとは思えない。」

無言で口を引き結ぶ目の前の少女。

「確かにあの……高町なのは個人には悪意は無いだろう。その態度、その力量には敵として感嘆する所もある。
 だけど所詮は組織の人間……その枠組みの中で動いている以上、皆同じだ。
 敗者に悪を押し付けて踏み台にしていく連中の手先に過ぎない。」

少女の目が悔しげに沈む。
彼女の言葉の端にはそうやって――「奇跡の舞台・機動6課」の勇名を添える供花として貶められた
父ジェイルスカリエッティや戦闘機人の無念が滲み出ているようだった。
博士の正しさ、優秀さを証明するために作られた彼女達にしてみればその事実こそ最も許し難い事であろう。

「………」

悪の烙印を貼られた者にだって言い分はある。
言葉に出来ない苦渋。沈黙するその表情が精一杯にそう訴えている。
それに対し沈黙を以って相対する騎士。

「チンク」

だがそう、騎士が少女に対して言える事は1つだけ。

「その理不尽もまた戦の世の理――――
 私もまた貴方の憎む側………法と理念によって世界に名を遺した英雄です」

「………」

その言葉を受け、ゆっくりと顔を上げる少女。

「貴方は彼らに仲間を殺されたのですか?」

「……………姉が死んだ。
 そしてお前の出会った魔導士には二人……半殺しにされてる」

未だ幼さを遺した少女の口から紡がれる言葉。
それは戦いが、思い出したくも無いほどの彼女達の惨敗だった事を容易に想像させる。
その悔しさ、空しさを十二分に感じた、その上で―――

「あなた方のように―――体制に不満を持ち反乱を起こす者が
 ことごとく処断されるのは世の常、世の理なのでは?」

セイバーはこの幼い少女に冷酷な刃を突きつけた。

「法を行使する者は即ち、民の安寧を担う者。
 その課程で炙れた者を粛清する事もまた当然の摂理。
 それを責めるのならば、初めから法に反旗を翻さなければ良い。」

少女の顔が次第に苦渋に染まり、一つしかないその瞳がキッと騎士を睨む。

「それは理解している……! だが粛清された者が、はいそうですか、と納得して沈むと思うか!?
 裁かれた方が正しいかも知れない……処断された奴の中にはやむにやまれず道を誤った者も
 その相手から嵌められた者もいるんだぞ?」

「いるでしょうね」

「大のために小を晒して辱めて切り捨てる……じゃあ、そんな風に切り捨てられた者はどうなるんだ?」

「1000年の憎悪と怨嗟を抱きながらに地獄に堕ちるのでしょうね」

「…………ッ」

「かつて――そうして国を治めた王がいます」

声をあげようとするチンクであったが気づく。
騎士の様子が、表情が、さっきまでとまるで違う事に。
その怜悧な相貌は見る者の心胆を凍らす――言うなれば圧倒的な威厳。
それが目の前の寝具に腰掛ける騎士から放たれている。

「その王はひたすらに国の豊穣と発展を目指し――妨げになる者を機械的に排斥した。
 国を栄えさせるために10の村を潰した。法を犯した友を、重臣を処罰した。
 反逆の狼煙を上げた自らの肉親を斬り捨てた。」

「英霊…………?」

「貴方は先ほどナノハ達に仲間を傷つけられたと言いましたが――」
 その王が相手だったなら酌量の余地など与えない。
 迷い無く、全員を斬り捨てているでしょう。」

まるで能面のような表情を以って―――苛烈なる世の理を示す。


――――――

外から吹く風がカタカタと窓を揺らす。
まるで少女の揺れ動く心情を表すかのように。
その只中で――言葉も無い彼女がやっと搾り出すように、一言一言を紡ぎ出す。

「それならそれで……よかったんだ。」

「………」

「私達は負けた……戦いに敗れた以上、武人ならば敗北を受け入れなくてはならない。
 虜囚の辱めを受け、恭順し、どんな裁きも甘んじて受けようと初めは思った。」

「………ならば何故、再び反旗を翻したのですか?」

「……悔しかった。博士の役に立とうと、博士の正しさを証明しようと私達は戦ってきた。
 戦い続け、勝ち続けるはずだった。それがあまりといえばあまりの大敗だ……
 私は最後の決戦では出撃する事さえままならず、調整層から出た時には全てが終わっていた。」

「………」

「お前の出会った魔導士……エースオブエースが反管理局の連中に何て呼ばれてるか知っているか?
 お前の言う憎悪と怨嗟の念を込めて、こう呼ばれてるんだ……管理局の白い悪魔って。
 今の話を聞いて思った………あの高町なのはの苛烈さ、厳しさは今のお前の話の例そのものだ。

その正しさに裏付けられた容赦の無さは、たった今セイバーの示した在り様に酷似する。

「実際、ウチの姉妹は完膚なきまでにやられたよ。片方はトラウマ背負って壊れ気味だ。
 でも勘違いしないでくれ……その力に焼かれ砕かれた事に恨みは無い。
 それはこちらも覚悟の上……戦い、挑み、敗れたならばしょうがない。」

自分とて――――殺したのだから………局の魔導士を。
自分ら機人に憎しみを、恐れを、殺意を抱いている者は局内にごまんといる筈だ。
だのに、彼らは虜囚の身となった自分達に恭順プログラムとやらを課し、ご丁寧に社会復帰の道まで示してくれる。
武人として殺し殺される事を覚悟して赴いた闘いの結末が………それだったのだ。

「あいつらはどうしようもなく正義だよ……もし今回、博士が脱獄し、再び管理局に戦いを挑まなかったならば
 私もまた恭順の道に埋もれていたのかも知れないな。
 この悔しさも後悔も、最終決戦時、私が動けたら絶対に何とかしていたのに!、という未練も忘れて。」

闘いにもしもはない。それでも一生、後悔は続く。
苛まれていく悔恨のままに、自分達は与えられた幸せを享受していくのだ……

「こんななら、いっそ討ち死にしていればよかった……こんなに居たたまれないのなら…」

その想いを一生胸に仕舞いこんだまま偽りの笑顔の仮面を貼り付けて……
敵だった者の元でぬくぬくと暮らしていたのだろう。 
獄中に博士を、残った姉妹たちを捨て置いて――――

「……………なあ、英霊。お前から見ても……私達は悪か?」

涙が滲み、赤くなった瞳で騎士を見る。

「私達は負けるために、正義に裁かれるためだけに戦ったのか?
 局に踊らされるままに………?
 教えてくれ……私達の戦いは全くの無駄、」

「チンク―――先の例ですが、私はそれが正しい事だとは言っていません。」

「――――え?」

先ほどの厳粛なる為政の顔を以って少女を切り裂いた騎士は
今や元の穏やかな表情に戻り―――優しい目を、この小さな機人に向けていた。

「正義は一つではない。故に貴方と相手……
 どちらが正しいのかなど―――私に決められようはずも無い。」

「どういう事だ? だって……」

「話の続きをしましょう――」

少女の表情が一変して懐疑の感情を写す。

「その王は―――力を以って国を平定し、貴方が感じている類の義憤を内外共に全て斬り捨て
 情に左右されず、大を生かし、小を殺し続けてきたのです。」

そして再び語られる、とある王の物語―――

「だがその怨嗟は決して消えずに残るのだ。少しずつ確実に――――
 そして最後は必ず滅びの刃となって、正しかった筈の理に亀裂を生じさせる。」

近寄り難いほどの威圧感を以って語っていた騎士の目に
今、常人では気づかないくらいに小さな揺らぎが生じる。

「その施政の最期は惨めなものでした。
 人心は離れ、国は割れ、数多くの民を、友を無駄に死なせた
 愛する祖国を滅ぼした……愚かな王の物語です。」

それは一抹の痛ましさに相違ない。

「愚鈍な暗君に率いられた国の末路を絵に描いたような結果―――
 だが後世には、その愚か者は救国の賢王・名君として称えられているらしい……
 ふふ、笑い話だと思いませんか?」

「じゃあ、その王様の方が間違っていたって事なのか?
 管理局のやり方は……?」

「それを間違ってる、と断ずるつもりはない。」

「何だよ……矛盾してるぞ。」

「単にその王が器ではなかったというだけの事です。 
 才気なき者がいかに行使しようと、どれだけ苦心しようと決して駆使出来ぬもの。
 正義を為すとは――それほどまでに難しく重い………一様に決められるものではないのです。」

ことに戦ほど、正義と悪とにはっきりと分け難いものはない。
それは互いの正義と正義のぶつかり合いだからだ。
そして勝った方が正義にして英雄。
負けた方は悪の烙印を押され、英雄に敵対し打ち滅ぼされた愚かな者として未来永劫、その名を蹂躙され排他される。

「ちなみにその王は死の直前……己の愚才に絶望し、世界にやり直しを求めたそうです。
 王の選定をやり直し、自分より相応しき者が王となる事。
 国を繁栄に導く「真の正義」を打ち立てる者が現れる事を願って―――」

そう……王は――――彼女は蹂躙し踏みしだき、幾千の屍の上にその名を記した英雄だ。
故に蹂躙され、傷ついたこの小さな戦士を励まそうという―――

「貴方が今も苛まれている未練と後悔に塗れて―――今も剣を振るっている……」

この問答は、騎士なりの思いやりであったのかもしれない………


――――――

目の前の騎士の表情を見れば誰だって気づく―――

「…………まさか…」

「その浅ましい姿を見て、王に処断され、地獄に堕ちた者はどう思ったのでしょうね?
 歓喜? それとも深い憎しみか……」

チンクもその話が誰を語ったものであるのか、ようやっと理解する。

「………お前が?」

目の前のうら若い人間の少女にしか見えない、美しく優しげな騎士の口から語られる―――
想像も出来ない求道と断罪の道。

「……………」

「……………」

しばし呆然と佇み、言葉を紡ぎ出す事も忘れた少女。

「そ、その………」

独りよがりの怒りや憤慨など完全に吹き飛んでしまった……

戦う者として戦場に赴き、結局、相手にとって憎むべき敵にもなれなかった不甲斐無さも
プライドも何も砕かれて、姉も妹も諸共に意気消沈して存在意義を失った事も
そこに優しい言葉と世界を突きつけられれ……心が折れかかった事も、全て――

「済まなかった……」

それは騎士の言葉にも、自分と同様の感情が込められている事に気づいたから。
結果を悔い、やり直しを求める者のやるせない気持ちを共有しているのだと悟ったから。
そして……出来れば語りたくなかったであろうその言葉を、自分の愚痴のせいで引き出させてしまった事に後悔したから―――

「――――何故、貴方が謝るのです?」

「辛い過去だったのに……無下に掘り返してしまった。
 少し口が過ぎたよ。私の事情など、本来お前には関係が無い筈なのに…」

「………」

今、自分の頭にあるのは、同じ戦士としてただ直向に生きた一人の騎士に対する尊敬の念のみ。
少女もまた平時の自分を取り戻し、騎士の目を真っ直ぐに見据えて相対する。

「命があるだけ儲け者―――というわけにはいかないのでしょうね。貴方のような者は」

「ああ……このまま武を貫き通せなかったならば、私は武人を捨てるしかない。」

敵に本気すら出させる事の出来なかった自分。
博士の夢を叶えられない無力な自分。
屈辱を被って更生組となり、スカリエッティの減罪を求め続けもしたが――それすら通せなかった自分。
長いものに巻かれ、与えられた幸せを享受する自分。

戦闘機人として生を受け、ジェイルスカリエッティの正しさを証明するために生きた少女は
このままでは結局、何も為す事も出来ないままに―――朽ちて残骸となる……

その葛藤、その揺らぎは機人の少女をして初めてのもの。
どうにもならない様々な悩みや怒り、嘆きを含んだ―――

声にならない慟哭であったのかも知れない。


――――――

「チンク……ナノハと私は剣を交え、共に闘った戦友であり――恩人です。」

「え……?」

「私はあの者と友の契りを交した……
 今度会う時は我が剣にかけて――共に戦おうと。」

チンクのその顔が今、これ以上なく厳しい表情を作る。

それこそが―――少女が足早にセイバーの元を訪れた理由。
それだけは防がねばならない最悪の事態だったのだ。

「じゃあ、あの魔導士が頼めば……お前は私たちの敵になるのか?」

「あの者は自らの世界の争いにおいて我が助力を請わないでしょう。」

尋ねる少女に対し、答える騎士。
セイバーとて断言できるほどに高町なのはと接したわけではないが、彼女は他人に迷惑をかけることを嫌う。
無関係のものを巻き込む事を良しとすまい。

「それでも頼まれたら?」

「もし請われれば―――己の力が及ぶ範疇であれば、私は助力を惜しまないつもりです。」

「っ!!!」

飛び上がらんばかりに身を乗り出し何かを唱えようとするチンクだったが、再びセイバーに手で制される。

「しかし……それも以前までの事。
 私を介抱してくれた目の前の少女もまた邪なものには到底見えず
 その話を聞いてしまった以上……ナノハの請いとはいえ、貴方に剣を向けたくはない。」

「英霊……」

「故にどちらの正義も立証出来ぬ以上、1人の騎士としてあなた方の戦いに介入するのは私の本意ではない。
 我が聖剣は故無く片方に註を下す剣であってはならない。 また―――その権利も無い。」

断言する騎士。
友達との友情と約束、そして道理―――
その板ばさみになって本気で悩んでいるのだろうに、そんな感情はおくびにも出さない。

「出来ることと言えば助言か、仲裁か、期せずして得た友二人の仲を取り持つ事くらいですが……
 貴方がそれを望まぬ以上は詮無き事だ。余人の感傷にて戦いに赴く者の袖を引く行為は即ち侮辱。
 故に今の時点で私が出来る事は―――」

こうやって所詮は他人同士のイザコザでしかないと断じつつ―――
この戦いの事を騎士は騎士なりに考えてくれているのだ。

(ああ…………こいつ…)

「チンク。貴方は立派な考えを持った誇り高き戦士だ。」

(こいつ……)

「ナノハに聞いて漠然と想像をしていた叛逆の徒とは全く違う。 
 もし今日、貴方と話しておらず戦場で出会っていたならば―――
 私は貴方やその仲間たちを無頼の輩として躊躇わずに斬り捨てていたかも知れない。」

そう言って騎士は―――

「――――そうならなくてよかった。」

眩いばかりの微笑を称えて、一人の騎士としての問答を終えるのであった。

(こいつ……良い奴じゃないか…)


   それは奇麗事だけではない
   管理局の連中よりも、どこか心地よい言葉
   そして自分のもっとも欲しかった答えをくれた


「故にチンク。今の私は1人の騎士である前にサーヴァントセイバーです」


   自分の汚い部分を晒してまでこちらを慮ってくれた
   この騎士もまた悩んで、こんなになってまで自分の目的のために頑張って――
   それを語って聞かせてくれた


「今の私は聖杯戦争にて聖杯を求める者。 
 そして我がマスター、エミヤシロウを守護する剣です。
 それが今の私の全て――あらゆる事に優先される絶対の契約。」


   今日会ったばかりの私にこんな風に接してくれる。
   対等のものとして……同じように未練を、執着を捨てられない者として
   同士として―――


「貴方は我が問いに一つも答えていない。
 今度はこちらが問う番だ………シロウは―――どこです?」

(カッコいいなぁ…こいつ)


   そして、まず力を行使して道理を押し付けるのではなく
   こうやってあくまで道理を通してから剣を抜く


騎士は既に少女に対して微笑を以って接しておらずサーヴァントとして問うていた。
つまりは決別。この戦いに自分は一個の存在として介入しないという意思。
であるにも関わらず……

「……………知らないんだ、私は」

「そうですか……」

機人の少女の心は目の前の一個の騎士に―――どうしようもなく惹かれてしまっていた。

「ならば私はマスターを探さねばならない。 ここでお別れですね……」

「随分簡単に引き下がるなぁ。私の言葉を信じるのか?」

「その隻眼を信じましょう。貴方の目は虚言を弄する者の目ではない」

クスっと、騎士は笑う。
それに釣られてチンクも満面の笑みを作り―――

(だが英霊………私も手ぶらで帰る訳にはいかないんだ。
 お前の高潔な魂の在り方を知ってなお、私は私の闘いをしなければならない。)

背を向けて家を出て行こうとするセイバーに対し思いを馳せ、そして―――

(お前がマスターのためになら全てを投げ出すように、私も博士の夢を叶えるために戦っている。
 ………………話せてよかったよ。 これで………迷いは、消えた。)

そして少女は再び―――

「しかしお前とあの高町なのはだけど……戦友の契りとは大仰だなぁ。
 一回会っただけの奴とそこまでの間柄になるなんて。」

―――声をかけていた。

もはや問答は終わりとばかりに背を向けた騎士の背中に。
故に肩越しに答えるセイバー。

「戦場において騎士同士が剣を合わせた時、心が通ずる事が稀にあります。珍しい事ではない」

「剣を合わせた者同士の友情か…………ならっ!」

戸を開け、出て行こうとするセイバーに対し、少女はもはや止まらない。
その騎士の背中を押し留めるためにチンクが叩き付けたものは――――

「なら、私も同じ事をすれば……分かって貰えるかな?」

―――  殺気  ―――

「―――――」

「…………」

セイバーの歩が止まる。
肩口に首だけ後方を仰ぎ見て、遠ざかろうとしていた少女と相対する。
いくら何でも強引過ぎるその手段だが、もはや躊躇いは無い。

「―――そうなる可能性は極めて低いでしょう。
 戦で剣を交えるは即ち、どちらかの命尽きるまで戦うという事だ。
 互いの力量が伯仲しつつ、何らかの理由で戦闘が中断されない限りは――」

「可能性はゼロじゃないんだろ? だったら……あの魔導士と同じ肯定を踏めば、私とお前は戦友だ
 まずは私と一戦して、そして共闘だ! 相手は管理局辺りにして貰おうか!」

「…………」

少女の中で何かが変わりつつあるこの局面にて――それは同時に彼女にとっての最大の正念場。

「剣の英霊――お前に決闘を申し込む!」

「………断る」

その話は先ほど終わった筈だとばかりに取り付く島を与えないセイバー。

「戦う理由がない……言ったはずです。
 この戦いに介入する気はないし、貴方には剣を向けたくはないと。」

「なら、お前が勝ったら主の元への帰り方を教えてやるよ。」

…………………

もうどうにでもなれ、とばかりの少女である。

ほとんど特攻だ。この英霊に対して、この札は―――
この札だけはヤバイと知っていながらそれでも使った。

――― 使ってしまった ―――

(はは……ほーら、来た。)

案の定、ざざざ、と――――
まるで音に聞こえるほどに、騎士を取り巻く大気を支配する気流が変わっていく。

問答は終了という騎士の意思を捻じ曲げるほどの爆弾―――

「――――先ほどは知らないと……私を謀ったのか?」

「居場所は知らない。だけどそこへ帰る方法は知っている。
 お前が勝ったらそれを教えてやると言ってる。だけど、私が勝ったら………」

ゆっくりと………銀のプレートメイルに覆われた背中が再び向き直る。

猛獣の関心を引く為に己が身をエサにした、それがどれほど危険な行為であるか――
確かな熱を持ってこちらを凝視している両の碧眼を見るまでもなく分かりそうなものだ。
だが、それでも少女はもう止まらない。 だって―――

(だって、私は………どうしようもなく、こいつが欲しい!)

緑色に輝く瞳から一寸も目を逸らさずに少女は言い放つ。
「私が勝ったら契約しろ」

「………貴方のサーヴァントになれ、と?」

「違う」

チンクは、この邂逅において騎士についぞ見せなかった――獰猛な笑み。
即ち戦士の顔を露にして言った。

「私の…………妹になれ!」

「……………」

微かに目を見張るセイバー。
いきなり妹などと言われては当然といえば当然。

――もっとも今のこの騎士には些細な事。
それはもう、これ以上ないくらいに些細な。

(戦いたい……こいつと肩を並べて…)

そしてチンクもまたその思いを、猛りを抑える術を失っていた。
機人としてずっとラボで暮らしてきた彼女らにとって激しい感情、欲求を抑える「自制」という機能。
そんなものは必要なく、それを行使する機会もまたありはしなかったのだから。

「英霊と剣を交えるという事の意味――分かっているのですか?」

鋭利な刃物のような声だった。
言葉だけで他人を圧する戦士とはこういうものをいうのだろう。

「お前が強いのは知ってるよ。」

「分かってなお、私と戦うと言うのか?」

「もちろんだ。」

少女に恐れは無い。
だが、相手の圧倒的な力は分かる。
分かっていてなお―――

(変えられる……こいつを連れ帰れば!
 私たちの道……閉じかけた夢をまた開く事が出来る!)

少女は挑む。
産声をあげたばかりの感情を以って、無謀なる相手に!

「冗談では済みませんよ?」

―――それはもはや騎士からの最後通告に等しい

それだけで心臓を止めてしまいかねない程の圧力を以って紡ぎ出す言葉。
それを少女は真っ向から受け止め――――

「…………表に出ろ、英霊!」

――――立ち上がる。

そして溢れんばかりの気を放つ剣の英霊の横を豪胆にも通り過ぎ――先に出口へと向かうのだった。

「――――いいでしょう。」

その後ろをゆっくりと、騎士―――否、サーヴァントが続く。

開け放たれた部屋の扉。
台所の拙い調理の跡。


全てが夢幻であるかのように―――


不在となった空間に――――危険な風が吹き篭れるのみであった。

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最終更新:2010年04月09日 16:43