――――どうして、こんな事に………
「………本気か…?」
重い沈黙の中で口を開いたのは他ならぬ自分―――
声が知らず震えてしまうのは、抑えようとしても抑えきれない動揺のせいだろう。
「……それが本心なのか? お前達はそれで良いのか?」
何で私は妹たちを前にこんな表情をしていて、妹は私を前に下を向いてうな垂れているのだろう?
どうして―――こんな事になってしまったのだろう…………
CINQUE,s view ―――
機動6課――――
後にミッドチルダ未曾有の危機を救った奇跡の部隊として世界の賞賛と憧憬を一心に浴びる事になる管理局の特殊部隊。
彼らと交戦の折、その戦闘で私は大破し―――再び目を覚ました時には全てが終わっていた。
最悪の寝起きさ……
何せ私を再び機動させたのが他ならぬ管理局の連中だったのだから。
朝起きたら世界が終わっていたとはこういう事を言う。実際、泡を吹いたものだ。
ウーノ、トーレ、クアットロ、セッテは博士と共に隔離され、ドゥーエは機能停止。
ワルイユメのような現状を次々と聞かされ、もはや手足をもがれて一切の抵抗の出来ない状態にされたのだと理解させられ
その上で私達は管理局への帰順を申し立てられた。
「私は表向きは更生の意思ありという方向で行く……お前たちも今は奴らに逆らうな。
博士の減刑のためと、そして隔離された他の姉妹達の安全の確保が最優先。
暴れたところで立場が悪くなるだけだからな……従順にしているんだぞ。いいな?」
妹たちにそう言って聞かせる。
不安そうな顔でこちらを見上げてくる……否、見下ろしてくる妹たち。(私が一番背が小さいんだ……くそう)
ここで博士への忠義や正当性を大っぴらにまくし立てても共に隔離されるだけ。
それでは元も子もないのだ。そんな事になれば誰が捕らわれの博士たちを助けるというのか?
元々、選択の余地の無いこの岐路において最善を取るならば―――答えは一つしかなかった。
何よりも私まで別の棟に移されたら妹達を護れない……
管理局にとって戦闘機人は喉から手が出るほどに欲しい技術の結晶。
そんな実験体が一度に12体―――苛烈な仕打ちと解剖、実験を化せられるのは目に見えていたのだから。
――――――
更生組に身を置いて数週間―――
実験、拷問、その他諸々……全部、自分が引き受けるつもりだった。
どんな酷い仕打ちにだって耐えてみせると覚悟を決めて牢に繋がれた。
しかしてそんな我々を迎えたものは―――
「時空管理局・航空戦技教導隊所属……高町なのはです。」
「知ってると思うけど同じく管理局所属、ギンガナカジマ。
初めまして、じゃないわよね……」
―――苛烈な仕打ちの数々ではなかった。
あのエースオブエースと、機人でありながら敵についた姉妹の片割れ。
その下で我々に組まれた更生プログラムとそのカリキュラムは―――
人としての道徳、平和と正義の素晴らしさ云々などを延々と説いた、俗に言う「普通の人間」を更生させるためのものだった。
初めは冗談か搦め手の類かと思ったが、どうやらこいつらは本気で我々を一角の人間として扱う気らしい。
(正気か……?)
あれだけの事をした我々だぞ?
なるべく人を死なさないという指令はあったにせよ、それでもあの規模だ。どうしたって死者は出る。
しかもテロだ……地上本部を陥落させた実行部隊である我々に対して被害者達の怨嗟は相当のものだろう。
恨みを抱かないわけが無い。
通例から言えばテロは最も悪質にして凶悪な犯罪行為であり、首謀者と傘下の者は例外なく厳しい処罰を受けるのが常識。
だというのに、その我々をお咎めも無しに更生させようなどと――そんな理不尽な話が被害者達の反感を買わないわけはない筈。
よほど強引な力が裏で働いたのか……我々を後の戦力として活用しようとでも?
だとすれば奴ら、レジアスゲイズの一件をまるで懲りていないらしい。
ともあれ、あちらがその気なら好都合。妹達に危害を加えられる心配がなくなっただけでも僥倖だ。
―――今は雌伏して待つ……博士たちを救えるチャンスを
警備やセキュリティの配置をそれとなく聞き出し
隙を突けるように万全の備えを労しつつ―――
――――――
「今日もなのはが会いに来た。」
そう言ったのは10番目の妹ディエチ。
最近、あの教導官とよく会っているとちょくちょく耳にする。
ちなみに今日、私の面会に来たのはフェイトお嬢さまだった。
貼り付けたような微笑を称えて私の前に現れた彼女に、それとなく博士や他の姉妹の様子を聞いてみる。
答えはいつも通り――何の進展もなく、要求も反省の色もなくじっとしているそうだ。
「一日も早く話の席に付いてくれればと思ってる。
そうすればきっと……互いに良い方向に向かっていくよ。」
「あの……博士は、」
「チンク。引き続き他のコ達をお願い出来るかな……
まだ正直、心を閉ざしている感じだけど貴方は皆に信頼されている。
貴方の言う事なら、あのコ達も素直に聞くと思うんだ。」
「そうですか。まあ私は姉ですから…」
フェイトテスタロッサは―――我々にとって憧れの存在だった。
主である母親のために尽くし、単身その身を粉にして戦い続けた
我々の理論の姿にして機人の雛形である「F」より生まれし彼女。
必ず我らと共に闘ってくれると思ってた……それなのに……
まるでそ知らぬ顔をして我々を見下して同情か……
本来ならば貴方は我々の姉として立って管理局と戦う側の筈なのに。
私は今、「博士と」姉妹達について聞いた。
なのに彼女は今、間違いなく話を逸らした。
博士について触れようともしなかった……まるで忌まわしい物を避けるかのように。
―― 犯罪者の逮捕……それだけだ ――
トーレに対し、貴方はそう言ったそうですね。
あの時は事情を知らなかったみたいだからしょうがない。
でも――今はどうです? ジェイルスカリエッティが何なのか……
JS事件――アレが全て管理局の悪辣の極みの末に起こった出来事であると知った今
その全貌を踏まえてなお、貴方は博士を拒絶するのですか?
話に聞くPT事件―――その後の経緯、貴方がどのようにして今に至ったのかは知らない。
貴方が何を考えて管理局に従っているのか分からない。
だが自らの力及ばず主の希望を叶える事が出来ず、そして命すら守る事が出来なかった―――
貴方はソレを自分で許せたのですか? 母親を犯罪者として処断した管理局を許せたのですか?
貴方の常に隣にいる、かつて自分を墜とした魔導士……高町なのはに対して何ら憚るところは無いのですか?
湧き上がる感情、疑問を今はただ抑えながらに対話する。
トーレや私を引っ張って博士の剣となるはずの貴方が、その剣を父であるジェイルスカリエッティや姉妹に向けた事。
我々をまるで省みず、唾棄すべき過去のように自分とは別の存在として扱っている事。
決して叩きつける事のない内心は私の満面の笑みに隠されて、彼女に届く事はない。
「こちらは任せて下さい。博士や姉妹の事……よろしく頼む。」
―――とだけ言った。
どんなに悔しくても今は、全てを思考の奥に閉じ込めるのみ。
6課の部隊長や教導官はどこか、こちらを見透かすような感じがして向かい合ってるだけで気が気じゃないが
このお嬢様は大丈夫っぽい。人が良いのかバカなのか……
とにかく面会も滞りなく終わり―――
夜中、いつもの姉妹同士の情報交換の場にて互いに何かあったかを話し合うのは、もはや我々の恒例行事だった。
「あいつ……悪い奴じゃない…」
その席である日―――ディエチが、こんな事を言った。
姉妹達の間に微かに息を呑む音が漏れる。
「悪い奴も何も、お前はあいつに撃ち落されたんだぞ?」
「………」
「クアットロもだ。装甲がもう少し薄ければ、お前もあいつも問答無用で停止していた。」
「それは……うん」
予想外の突然の発言に対し、嗜める様になってしまった私の口調に何か釈然としない風で頷くディエチ。
「だけど、初めに撃ったのはこちらの方だし」
ボソっと聞こえないように言ったつもりの妹の声は私の、そして妹達の耳にしっかりと届いていた。
何かが心の奥に引っかかったかのような違和感……
ともあれ、結局その夜はこれ以上話も弾まずお開き。
ラボの培養ケースや硬い整備台と違う、ふかふかの布団で就寝に入る私たち。
―――悪い奴じゃない……か
高町なのははフェイトお嬢様と同様、私も何度か面会している。
高潔で質実剛健を絵に描いたような――武を志すものとして申し分の無い立ち振る舞いの魔導士。
敵として見据えなければならない彼女であるが、その姿に一人の戦士として感嘆を抱かぬものはいないだろう。
だが―――慈悲か情けか。
その教導官もまた我々に対して憎しみや敵意を抱いていないように見えた。
一片たりとも、微塵もだ………
自然に笑いかけてくる彼女らの表情は断じて加害者に対する態度でなく、まるで騙されて利用された被害者に対するそれのよう。
それが不快だ。それが気色が悪い……
私は、私達は騙されて利用されたわけでも無理やり戦わされたわけでもない。
自分の意思で博士と姉妹たちと団結し、自分たちの夢を掴むために戦いに臨んだのだ。
それを可哀想な被害者扱いするなんて――戦士に対する最大の冒涜じゃないのか……?
初めは鞭打たれ、憎しみの視線を受け、罵詈雑言の嵐に晒される事に恐れていた。
自分はその苛烈な仕打ちに耐えられるのだろうかと。
それから比べれば―――この苛立ちはやはり、贅沢な話なのだろうか?
―――博士に対する忠誠
―――戦闘機人の求めた夢
そんなものに向かって抱いた決意が、何か得体の知れない汚濁に晒され腐っていく……
キモチワルイ……
イヤな予感がする……
モヤモヤした予感が―――拭えない……
叩かれた方がまだ居心地が良いと思ってしまうのは贅沢な話なのでしょうか……?
…………………………………………………………………………………………博士
――――――
―――今にして思う………それはきっと甘き毒だったのだと
――――――交流されて数ヶ月経過……チャンスは唐突に来た
万全の体制を以っていつでも動けるようにしていた。
そんな自分の体内に反応―――ダウンロードされる転送プログラム。
それは姉妹たち全員が捕縛、またはナンバーズが掃討され散り散りになった時
指定の場所に集えるようにあらかじめ仕組まれていた自動プログラムに他ならない。
局の検査にすら引っかからない、その体体の深奥から次々と湧き出してくる大量のデータ。
流石は博士だ……警備が無力化するタイミングも手はずも全て了承。抜かりは全くない。
これで皆、何の問題も無く脱出できる。
窮屈な拘留生活ともおさらばだ。また姉妹たちと一緒に博士のために戦える―――
そう―――何の問題も無かった。
………………………
――この拭えない、嫌な予感以外は……
喉に小骨がつかえたかのように私の思考に不安の影を落としていたのは
最近、面談を終えてきた後の妹たちの楽しげな表情―――
ラボにいた時には見せたことの無い妹達の笑い声。
そんな妹たちの―――些細な変化だった。
我々は博士の夢を掴むために生み出されし戦闘機人、ナンバーズの姉妹。
その自負と使命と誇りに何の陰りがあるものかと……
あいつらを信じてやる事が姉の務めだと自分に言い聞かせていた。
しかし――日毎に大きくなっていく不安はもはや無視できない巨大な焦燥となって私を苛む。
もはや脱獄計画の早期決行に何の躊躇いも無かった。
プログラムは自分同様、妹達の内部にもダウンロードされているだろう。
いつでも起動可能の状態の筈だ。
ならば……こんな所は早く出てしまおう。
監視の目を盗み、モニターの死角に姉妹達を集めて私は――
「準備はいいな? ……今夜、抜けるぞ。」
再びナンバーズとして博士の下に集い、管理局との戦いの火蓋を切って落とす
――その意思を妹に伝えた。
皆、期待と高揚に胸奮わせ、猛りの声を上げるだろう。ノーヴェなどは特に。
たかが数ヶ月、されど数ヶ月。
散り散りになっていた博士や姉妹達と再会し、もう一度立ち上がる。
歓喜の声と共に「すぐ出発しよう」とせっつかれる――それ以外の光景など頭の隅になかった。
否、想像したくなかった―――
………………………………だからこそ、
「……………」
「…………え?」
―――鏡があったら自分で見てみたいものだ……
その時の……自分の顔を………
ああ―――――
―――どうして………こんな事になってしまったんだろう?
――――――
「……………」
喝采でも歓喜の声でもなく――ただ沈黙。
その部屋には信じられないという表情で妹を見る私と、下を向いて私と目を合わせようともしない妹たち。
普段、私をチビだ何だと小突いてバカにしてくる生意気な奴ら。
その顔が今、真っ青に青ざめて見た事もないような表情をしている。
「わ、私達だって、その……博士や姉さまの助けになりたいよ。」
「でもあいつら、戦う以外の幸せがあるって……それ以外の楽しみをきっと見つけられるって……」
―――青ざめているのは私も同じか。
妹達の歯切れの悪い言葉からは、決して逆らってはいけないものに逆らった時の恐怖。
決して違えてはいけない約束を違えた時の罪悪感。
そういう類のものが滲み出ていて……そんなやつらを前にして、もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「ギンガのところのおっちゃんが……よくしてくれるって言うんだ。
機人の扱いも慣れてるっていうし、悪いようにはしないって…」
「私は教会で引き取ってくれると……
この前、監視付だったけど外に出して貰えて仕事を手伝ったんだけど、楽しかった…
まだお茶汲みしか出来ないけど……」
そうだ……繰り返し繰り返し見せられる教材の内容は、外の世界がいかに夢と希望に満ちているか―――
自分達と同じくらいの肉体年齢の娘がどんな風に暮らしているか。
そういう類のものばかり………
「それで……博士の下を去るっていうのか?」
「………」
「ドゥーエが………姉が死んだ。
命を賭けて私達を勝たせようと、敵の真っ只中に潜って……
誓っただろう? 皆で仇を打とうと」
「………やったのはゼストだよ、チンク姉。
6課の、なのは達の仕業じゃないって。」
「だからってお前ら……」
綺麗な洋服を着て、美味しいものを食べて、友達と遊んで
ラボの中で戦いと性能を高める事しか知らない我々には確かにとても眩い世界に映っただろう。
だけど、そんなモノを延々と見せ付けられて―――
それでも私は信じて疑っていなかったんだ……こんな事で妹の心は揺れないって。
「フェイトお嬢様も言ってくれてるよ……罪は償える。間違いは正せるって。
もう、戦いに明け暮れて他人を傷つける必要は無いって…」
「間違い?」
思わず語気が荒くなる。ビクンと肩を震わせる妹。
「私達は皆、力を合わせて夢のために頑張ってきた……それを罪と認めるのか?
今までの自分は間違いでしたと……その行いは全て無駄な事でしたと?」
「…………」
「どんなに言葉は優しくても、それは私達のしてきた事の全否定だろう?
所詮は一段上の目線から<可哀想な私達>を見下してるだけだ。」
確かに博士は世界の敵だろう。
奴らにとってジェイルスカリエッティは否定し抹消される存在に他ならず、博士を肯定する一切の要素を彼らは認めはすまい。
面会に来たあいつらが我々の意見や主張には耳を貸さず、優しくて暖かい未来とやらを一方的に押し付けてきた事からもそれは一目瞭然だ。
でも、じゃあ博士をそういう風に作った他ならぬ時空管理局はどうなる?
そんな風に作られた博士に優しい世界とやらが用意される可能性はあったのか?
そんな中で――博士の味方となるべく作られた我々には?
そうだ……だから――世界中が博士を悪と断じても私達だけは味方でなくちゃならないんだ。
「チンク姉………ボクはもう人を傷つけるのは……戦うのはイヤなんだ。」
「ならお前達は博士を見捨てるつもりなのか?」
「そんなつもりないよ! ただ、皆で博士を説得しようって……
良い方向に進むようにって!」
―――――説得?
「罪を認めて改心して、局の言う事を素直に聞けば酷い事はしないって約束してくれた!
フェイトお嬢様も昔そうだったっていうし、他の6課のメンバーにもそういう例は沢山あるって!」
「それは私達に限っての事だ……博士には当てはまらない。
奴らは我々を無垢な被害者にしたいようだからな。」
無限の欲望として作られた――――そう振舞う事しか出来ない博士をどう説得しろと?
博士は改心などしない……「出来ない」んだ。
全ては私の
迂闊さだったのか……?
自分ら初期型と違い、この妹達は計画の都合上、稼動後すぐに実戦に赴かねばならなかった。
博士の夢や目的を十分に理解しないまま、その思考が固まらないままに。
故に――その精神は赤子に等しい。
完全なる戦闘ロボットであるならこのような問題は起こらないだろう。
だが思い、悩み、揺らぐ、という機能を多分に付加された我々機人がひとたび抵抗の術を失い
脆弱な精神が、甘く優しい世界の誘惑に晒されれば……そんな心は容易く―――堕ちる。
…………ああ、正直に言うさ。
私だって知らなかったよ………
世界がこんなに色んな色を持っていて、夢と希望に満ち溢れていたなんて。
揺れたさ………
あちらの世界に生まれていたら自分はどういう風に生きていたか――考えないわけじゃなかった。
ゲンヤナカジマ――――
私達によって連れ合いを殺された、私達に憎悪すら抱いていて良い筈の人物。
その老骨はだけど、私達を見て怨嗟を叩きつけるでも罵倒するでもなく……
黙って頭を撫でてきた…………………
その優しさに、自分を叱咤して耐えた。
その温かい気持ちに折れかかり苛まれそうになるのを、その思考ごと氷の刃で切り刻む日々は地獄だった。
私を辛うじて支えていたのは反骨心―――
敵である我々を、武の道に身を置いた私を情でほだし、情けをかけるつもりか、と。
罪過を、憎悪をすら向けられない戦士など戦士ではない。
その未熟、その悔しさだけが………陥落寸前の私を支えてくれた最後の支柱だった。
―――私達は博士の作った戦闘機人なんだ……
博士の夢を叶える事が私たちの喜び。
博士の期待に答える事が私たちの夢。
博士の喜びは私たちの喜びだ。
局の連中がどれほど優しげに接して来ようと……それだけは変えちゃいけない。
だが妹たちは―――こいつらは足りなさすぎた………
その地盤を固めるのが。甘き毒に耐えうるだけのバックボーンが。
自身の事に精一杯で、奴らの精神ケアを怠った自分にも責任はある。
博士を信じる自分達の「心」に賭けて、こんなものを見せても無駄だ! 我々姉妹の絆は崩せない!
そう――――無理やりにでも言い聞かせていた、これは私の怠惰が招いた結果に……他ならないのだから。
「勝てるのかよ……」
妹たちの沈黙を破ったその一言は、私の思考回路を凍りつかせるのに十分なもの。
「もう一度やれば勝てるのかよ…?」
その言葉を言ったのは、妹の中でも最も勝気で自信家で気の強い――ノーヴェだった。
こいつもまた私と目をあわせようとしない。
下を向いてうな垂れながら、やるせなさに身を焦がすように言葉を搾り出す。
何ら反論の余地もなく唇を噛む私。
それは完全に心の折れた者が発する言葉だ。
そう……か。
同行を頑なに拒否する妹たち。
行きたくない、もう戦いたくないと……両足は萎え、目は前を向かない。
それは――奴らの優しさによるものだけではない。
それは――圧倒的強者の行使する力による従属の楔。
飴と鞭ってやつか………要はあれだ…………
戦っても勝てない。良い結果になどなりっこない。
だから今見せられている甘い世界に飛び込んだ方が絶対にマシだという―――
「………」
天を仰いで歯を食い縛る私。
博士……トーレ……こんな時、どうすれば―――何を言ってやればいい?
戦士としてあるまじき思考を叱って奮い立たせる?
否、そんな術を今の私が持ち合わせていよう筈も無い。
何故なら、妹達の戦意を粉々に砕いたのは他ならぬ私達だったのだから。
「勝てるのか?」という妹の切実な問いかけに対し――
この姉もまた、無力を晒した不甲斐無い敗残者の一人に他ならず
ここで「勝てる!絶対だ!」などと言える奴は立派な恥知らずでしかない。
「そうッスよ…! あいつら強すぎるッス! もう一度やったって私らの力じゃ到底……」
「我々の刃は結局、隊長どころかその部下にも届かなかった……」
――― 負け方というものがある ―――
こうすれば勝てた。ここを抑えておけば次は―――
反省の要素を次に遺せる惜敗ならば……悔しさと猛省を抱いて、萎えた膝を奮い立たせる事も出来ただろう。
だが、あまりにも言い訳の余地のない完全な負けを喫した時、そこに屈辱は浮かばない。
あるのはただ―――諦観。
これは勝てない。負けてもしょうがない。
相手の方が一枚も二枚も上手だったという諦めの心境を抱かせるのみ。
「四人がかりでやって孤立したガンナー1人仕留められなかった…!
性能テストの通りにやったのに……あれ以上、どうしろっていうんだよチンク姉っ!?」
――――言葉が……無い。
ただ呆然と虚空に目を泳がす私は、さぞや頼りがいの無い姉だったのだろうな。
戦闘機人は機動6課の魔導士に完全敗北。文字通り、総ナメにされたのだ。
勝ちのロジックを今ここでこいつらに示せぬ私が何を言おうと――もはや決壊した堤防は元には戻らない。
「そう……だな。」
内心の動揺とは裏腹に、不思議と自然に声が出た。
その感情を取り払ってやる術を持たない私が、他に取るべき選択肢などあろう筈もない。
「分かった………あとは姉達だけでやる」
後悔や躊躇いを宿して戦いの場に出ても、性能の10%も出せるかどうか。
戦闘を生業にするものが自分の力に疑問を持ってしまったらオシマイだ。
もはやそれは不良品と同じ――戦力として機能しない。
「もうやめようよチンク姉!!」
「そうっスよ! 勝てっこないっス!!」
まくし立ててくる妹。
我が言葉は、同時に私とこいつらとの決別を意味するもので――
捨てられようとしている犬のような目を向けて必死にすがってくる。
こっちだって未練はあるさ。
あるに決まっている。
だが――――――――少なくとも腹は決まった………
さっきから下を向いているノーヴェに私は近づいていく。
それに気づいてビクン、と震える妹の肩。
………いつだって自信に満ち溢れてた、ヤンチャな妹だったのにな――お前は。
その手を顔に近づけると、目をぎゅっと瞑ってしまった。
今まで見せた事の無い表情―――
見ようによっては可愛いトコあるじゃないか……こいつも。
「あ………」
その妹の頭を優しく撫でてやる。
何が起こったか分からず、恐る恐る目を開けるノーヴェ
こいつに対しては特に思い入れは強い……
何せ姉妹たちの中でも、私が最もよく面倒を見たのがこいつだった。
自分の頭に乗った私の手を、おそるおそる見ている妹。
叩かれるとでも思ったのか? バカだな……私がお前に手を挙げるわけがないだろう?
「………今後の事だが」
もはやその言葉に焦りや後悔が灯る事はなかった。
「詰問や聴取に対しては知らぬ存ぜぬを通してくれ。
姉や博士に脅されていたと言うんだ……多少の時間稼ぎにはなるだろう。」
苦肉の策だがな。
もしウーノの思考を盗んだレアスキル使いが出てきたら――
妹の思考は全て吸い上げられ、プログラムの概要も転送先も明かされてしまうだろう。
「博士は多分、喜ぶよ。
造物主にすら縛られない、博士の提唱する生命の揺らぎ……それをお前たちは証明したんだからな。」
「ま、待ってよチンク姉!!?」
悲哀の叫びを上げる妹。
私が、あまりにもあっさりと決別の言葉を吐いた事に思考がついていけていないのだ。
「一緒に罪を償おうよ!なのはもギンガも悪いようにしないって!」
「博士が白旗を上げたのならばそうしてもよかった。
けれど再び決起した以上……姉は戦闘機人だ。ジェイルスカリエッティの娘だ。
戦士が剣を腐らせ、子が親を裏切る選択は有り得ない。
…………………姉は行く。 悠長にしている時間も無いのでな。」
「チンク姉っっ!!」
矢継ぎ早に最低限の言葉だけを残して――
妹に有無を言わせずに一方的に別れを言う私は………
ああ、情けないなぁ。
でも、しょうがないだろう…?
だって辛くて――――これ以上、こいつらの顔を見て話せない……
「最後に一つだけだ。管理局に何を言われようと、お前たちは絶対に戦場には出るなよ。」
置いていくのはイヤだった。
大事な大事な私の妹達―――だけど……
「もしお前らが敵として私に銃口を向けるなら、姉はお前たちを撃つ……躊躇いなくな。」
「そ、そん、な!??」
妹たちに向けた事の無い決して向けるはずの無かった視線。
敵と相対し打ち抜く時の視線を最後にこいつらに向けた。
酷いものだ……こんなの、誰が望むものか…
「元気でな」
私はコートを翻し、背を向ける。
乱暴で唐突で、有無を言わさない最低の決別――
それが私と妹の話した最後の言葉……
妹たちは――
――――――――――声を押し殺していつまでも……泣いていた
――――――
漏れ聞こえる嗚咽の声が、少女の心に重くのしかかる―――
ごめんなさい、ごめんなさい……と。
本当は博士のために戦いたいという気持ちを、彼女達はほんの少しは残していたのだ。
でも、決定的な一歩を踏み込めない……
これから始まる新しい生活。幸せな世界に対する希望、誘惑を振り払えない。
そしてそれを抱いてしまったが故に―――姉に見捨てられたのだという絶望感が
かつて無限の欲望と呼ばれた科学者の、手足となってのみ動いた殺人機械の芽生えた心を引き裂く。
(十分だよ……)
だが、姉は思う。
痛み―――罪悪感を微塵でも抱いてくれたのならば……
酷な話だが、聊かでも救われる。
実際、安住の地を見つけた彼女らに、再び戦いに彩られた修羅の道に戻れと強要するのは残酷極まりない。
ならば、せめて見ていてくれれば良い――
例え、進む道は違えども。どれほどに離れていても。
心まで離れてしまったわけじゃない……絆まで切れてしまったわけじゃない……
私達がこれから為す事をお前たちが見て―――
戦闘機人……ナンバーズはこんなに強かったんだって誇れるくらいには
姉は最期まで、お前たちの分まで戦ってみせるから。
起動した転送プログラムがこの身を包み、視界がぼやけ、場がエーテルの波に飲まれる。
「、……!!、!!」
妹たちの叫び声が今やこの耳に届く事はなく
旅路につく少女が、目に滲む涙を称えながら思っていた事は、
後ろ髪を引かれる思い……それはこういう事を言うんだな、という――
ラボを離れて初めて読んだ本に書かれていた、そんな言葉の意味に対する実感のみであった――――――――
――――――
「………と、いうわけだ」
無限の欲望が自分達の敗北のために予め用意していた揺り篭のレプリカ―――
それを母艦として新たに集った姉妹たちの前に、最後に到着したチンク。
だが彼女が連れてくるはずだった妹の姿はない……
怪訝な顔をする姉だったが、その事情を説明されるにつれて彼女達の表情は懐疑から驚愕――
そして絶望と喪失感を称えたものに変わる。
「なーにが………」
暫く沈黙に支配されていたブリッジであったが―――
フルフルと肩を震わせ、口火を切ったのは4女クアットロ。
「と、いうわけですか!??
カッコ良く締めてますけど、要するに見限られたって事ですわよねぇ!?
普段は頼れる姉を自負してるくせに世話役が聞いて呆れますわ!!」
「う、うるさいなっ! しょうがないだろ!!
時間も無かったし、私だってショックで茫然自失だったんだっ!!」
「どうしますの!? 戦力半分になっちゃったじゃありませんか!??
私はコートを翻し、じゃありませんわ!
チンクちゃん貴方、何のためにあちら側に付いてたんですの!!」
「じゃ、どうしろってんだ!?
行きたくないって言ってるのを首輪でもつけて無理やり引っ張って来いってのかっ!?」
「その通り! 半殺しにしてでも引っ張ってくるべきでした!」
「………何だと?」
4女と5女の取っ組み合わんばかりの罵り合いが続いていたが
その一言でチンクの顔からスウ、と――表情が消える。
「まったく典型的なマインドコントロールですわ。
思考が敵の手に落ちたのならば連れ帰って再び脳を再調整。
それでダメなら初期化すれば何の問題もなかったのです。それを……!」
「お前の趣向に今更とやかく言うつもりは無いがな……どんなカタチであれ、あいつらは新しい生き方を見つけた。
造物主に依存しないあの姿もまた、博士の目指す理想の機人の姿だ。
なら……それだけは姉として祝福してやるべきじゃないのか?」
「じゃ、祝福ついでに半分以下の戦力になった埋め合わせのプランを聞きましょうか? 無能眼帯」
「なんだとこのヘッポコ眼鏡ぇぇ!!」
「やめなさい…」
長女がこめかみを抑えながら二人を嗜める。
「確かに皆がいなくなったのは痛手ですが……幸い、姉さま方は全員健在。
姉妹がロールアウトする以前の、スタート地点に戻ったと思えば……」
「いや、状況はそれよりも悪い……遥かにな。」
7女の言葉にトーレが答える。
3女の眉間には深い皺が刻まれている。
そう。事実、状況は予断を許さなかった。
自分らが脱獄した事は既に全土に知れ渡っているだろう。
管理局に対する隠れ蓑――レジアスゲイズという傀儡は既に無く
テロリスト・ジェイルスカリエッティという名は世界に広がっている。
ならば追っ手は常に四方から迫り来ると考えて良い。
それに対し、いくら男が稀代の天才だといえ、ナンバーズとあれだけのガジェットを揃えられたのは十分な資金提供と足場があったからこそだ。
潜伏、逃亡しながらあれと同等の成果を求めるのはいかに博士といえど困難。
そんな状況下故に新しい戦力――つまりは新規ナンバーの開発を進めるのは難しい。
これから全次元を支配する組織と相対するのに、ゲリラ戦に徹してなお戦力不足は明らかに過ぎる。
「即席の対応策としてはぁ……知能の低い魔獣や土竜を捕獲して洗脳して回るというのはどうかしらん?」
「お前、そんなんばっかだな。んなモンSランク魔導士の相手になるか。」
「そこは博士に考えがあるわ。 今のシステムが軌道に乗れば
あらゆる次元において最強の力を吊り上げられる稀代のシステムが構築されるかも、って……」
そう。ジェイルスカリエッティが先史文明より掘り起こし、復元せしめたあのロストロギア。
それを上手く使えば、彼女達を守護する無敵の兵団を作る足がかりとなる。
行く先々での戦力確保が最重要事項の彼女達にとって今はそれを頼りにするより他に無かった。
「なら、それはいいとして……私たちが再び反旗を翻した事で
残してきた姉妹に降り掛かる迫害が気になります。」
「あら、その時こそ管理局の暗部を世界に突きつけてやればいいのですわ。
正義面してても裏ではこ~んな汚い連中なんでちゅよ~って♪」
「無駄でしょう。 隠蔽されるのがオチです。
仮にその事実を世間に公表出来たとして、戦闘機人に同情の目を向けてくれる者など……」
「それどころかむしろ最悪なのは……」
「あのコらが管理局の尖兵として私達の前に立ちはだかった場合、ね。」
長女が触れたそれこそが、皆が想像したくもなかった、しかし想像せずにはいられない最悪の展開。
ナンバーズ同士の潰しあい―――
ギンガナカジマを同様の企てで離反させた自分達だ。
逆の事を相手がしてきても不思議ではない。
「人質を取られているようなものだな……やはり全員集結がベストだったのだが。」
「その時は覚悟を決めるしかないでしょう」
互いに違う道を選んだ。それは素直に祝福するべきだ。
だが進む道が違う以上―――互いが衝突する可能性もまた生まれるものであり……
「セッテ……お前に姉妹殺しをさせるわけにはいかない。
姉がやる……これはあいつらを置いてきた私のケジメだ。
あいつらにもそれは言い含めておいた。」
「あら。お優しいチンクちゃんに出来るのかしら?」
「やるさ」
隻眼が冷たく光る。
それは普段の彼女からは考えられない、戦場での彼女の目だ。
閃光の爆撃主の名を冠する戦闘機人こそが彼女の本当の姿。
もっともその瞳が微かに―――辛そうに歪むのを見逃すほど、彼女達は短い付き合いではなかったが。
―――ともあれ、あまりにも絶望的な船出だった。
強大な敵である時空管理局。
その力をまざまざと見せ付けられ、地に這わされた機械仕掛けの少女達。
不退の決意で再び立ち上がった彼女らの手にある剣はあまりにも不確かで、陽炎のように頼りない旧世界の産物。
半分以下に減った姉妹と、破壊・押収を免れたガジェット。
そしてオリジナルに比べて遥かに劣化した母艦を駆って―――彼女らは再び世界に弓を引く。
目の前には管理外世界――
見知らぬ新天地にして、後に知られざる伝説の戦いが刻まれる事になる。
その視界には美しく青き星が―――広がっていたのだった。
――――――
そして今――――
少女の目の前にあるのは、彼女達の本願を為すために具現化された奇跡そのものであった。
半信半疑だった。実際、雲を掴むような話なのだから仕方がない。
現地での戦力調達と聞いて、姉妹たちが思い描いたプランは
せいぜいがその地の有力者や戦闘力の強い者を戦力に引き入れるくらいのものだった。
それがまさか―――
―― 精霊や神霊の類を味方に引き入れようなどと ――
確かに相手は次元規模で展開する時空管理局という巨大組織だ。
全宇宙から集められた魔導士や騎士のトップエリートから成る戦技武装隊が相手では
前者程度の力を引き入れたところで、たいした役には立たないだろう。
宇宙全域から収集された科学技術を結集し、研鑽し、それを「魔法」として駆使してくる管理局の尖兵を相手にするためには
まさに文字通り「神がかり的な」常識を逸脱した力が必要だったのだ。
だがしかし、だからといって本当に神話や伝承の世界に干渉し、その世界の戦士を配下に置こうだなどと――
それはおそらく魔獣や竜召還を遥かに超える域の……文字通り神秘の行使であろう。
それをあの謎のロストロギアは見事、彼女達の前に顕現して見せたのである。
今回の接触は計画や作戦など微塵もなく、チンクによる完全な独断だった。
果たしてどれほどの怪物が出てくるのか。
伝記や資料に記されているような魔人や霊などを想像していた彼女の目下に現れたのは
弱りきり、その身を付していた――ヒトにしか見えない可憐な騎士。
鎧を脱着させ、隠された肢体を露にした時、その体に実際に触れ、柔らかいハリのある弾力、肌の手触りを確かめた時――
機人である自分らを遥かに超えた、完璧に均整の取れた命としての躍動に満ち溢れている肉体に思わず溜息が漏れてしまう。
言葉を交わし、想像よりもずっと身近で、信じられないほど可愛いらしい、そして同時に力強い意志と心を持ったこの存在を
もはや夢物語やら霞のような存在だなどと誰が思おう?
目の前にいる少女は分かり合える――
共に言葉を交わし、共に考え、共に笑い、共に泣く事の出来る、ずっと身近な存在なのだ。
(手に入れる……私たちにはお前が必要なんだ!)
隻眼に確かな意思を宿し、熱の篭った視線を騎士にぶつける少女。
失ったものは二度と返って来ない。去っていったものは戻ってこない。
妹たちと過ごした、楽しく充実した日々もまた―――既に過去のもの。
――――ならば新たに積み上げれば良い
その第一歩を切り開く。必ず切り開いて見せる!
そんな想いを胸に………ナンバーズの少女は立っているのだ。
千の軍勢に比する最強の騎士と戦う―――そのために!
最終更新:2010年04月09日 16:44