第97管理外世界 『地球』―――その遥か上空。
青く美しいかの星の、大気圏を隔てた宙空。
それを見下ろす形で待機していた現機動6課の旗艦。巡洋艦クラウディア。

「トレース出来ないって………どういう事ですかっ!?」

そのブリッジ内に、まだ少女といっても良い女性の声が響き渡る。

「反応がないの……」

それを受けて答えたのは、前のに比べれば幾分落ち着きの見て取れる声。
眼鏡をかけた理知的な女性から発せられた言葉だった。
しかし、その彼女もまた口調の裏にある微かな震えを抑えられてはいない。
内心の動揺を隠しきれない様相。目の下には深い隈が刻まれている。
見ればその周囲。 コンソロールに向かうオペレーター諸々がハチの巣を突付いたような大騒ぎになっていた。
騒然と動き回る局員達の表情。何かとてつもない不測の事態が起こった事を容易に想像させる。

「あの星はおろか、この宙域全般に、なのはさん達の生体反応を認められない……」

そして一言一言紡ぐように……眼鏡の女性、シャリオ=フェニーノから告げられた言葉。
それは現任務を一通り終え、後発組として到着した元機動6課フォワード陣。
スバルナカジマ。ティアナランスター。エリオモンディアル。キャロルルシエ。
彼らを絶望のどん底に突き落とすに余りあるものだった。
入隊当初は甘さの抜けない新人であったこの四人も幾多の任務、経験を経て今や一人前の局員として成長していた。
だがその彼らをしてこの動揺。高町なのはを初めとした6課中核を担う隊長陣の行方不明というこの事態。
それは物的な危機以上に心情的なそれを以って四人の胸を苛み抉る。
隊が解散する事が決まって後の最後の模擬戦―――己の全てをぶつけ、全部を受け止めてくれた、強くて偉大な先輩たち。
可憐に咲き誇った桜の下で、いつかまたこのメンバーが集える日が来ますようにと頬を伝う涙の元に誓った。
そして今回、期せずして早く訪れた再開の機会は、スカリエッティの脱走という緊迫した状況ではあるにせよ
そこに嬉々とした感情を抱いたとしても不思議では無いだろう。
自分の成長した姿を見て貰いたい……そんな思いを抱いて出向したその先でまさかこんな事になっているなんて……

「ちょっと落ち着きなさい、スバル。」

興奮気味の相棒を嗜めたのはツインテールの髪を束ねた少女、ティアナランスター。

「状況を聞かせて貰えますか? 通信や交信記録とか今、分かっている事だけで良いんです。」

「何も無いの……何も……異常を感じてから二週間、あらゆる空間、次元軸をサーチしたけど痕跡、足跡を全く見つけられない。
 まるでこの世界そのものから存在ごと消えてしまったとしか思えないのよ……」

返ってきたのは絶望的な答え。ブリッジに重苦しい雰囲気が流れる。
これは事実上の遭難だ。
あの不沈のトップエース達が、機動6課の主力部隊が任務着手を前にして忽然と姿を消してしまったのだ。

「6課の柱にしてニアSランク魔導士がこぞって行方不明。これはもう私たちだけでどうにかなる問題じゃない……
 今、クロノ艦長やカリム理事官、アコーズ査察官や無限書庫のユーノ司書長も動いてくれてる。」

「私達に出来る事はありますか?」

重苦しい空気の中、真っ先に前向きな姿勢を見せたのはフォワード陣の中で最も幼いキャロルルシエ。

「まずは休んで体力を温存しておいて頂戴……そんな気分じゃないのは分かるけど。
 イザという時、真っ先になのはさん達の下に駆けつけられるようにね。」

だが、言うまでもない。
出動部隊である自分達に、事態に対処する術などある筈もなく、ここはオペレーター、そしてその道のエキスパートである者たちに任せるより他に無い。
暗雲立ち込める艦橋の中―――ある者は唇を噛み締め、ある者は虚空に目を泳がせて呆然と立ち尽くすしか術を持たなかったのである。


――――――

6課の隊長陣が行方不明になって二週間―――
既に月の半分を浪費しようとしているこの昨今、生え抜きのナビゲーターやエキスパート達が昼夜問わずに動いてそれでもまるで手がかりなし。
はやての副官であるグリフィスや、ヴァイス陸曹長を初めとした生え抜きの隊員達も奔走している中―――
割り振られた部屋でただ時間を潰すなど、消息を絶った隊長達と特に強い絆で結ばれたフォワード陣が我慢出来るはずもなかった。

「スバル。アンタは部屋に戻ってなさい」

「……ティアはどうするの?」

「少し手伝ってくる。ヒヨッコとはいっても執務官補佐だからね……少しはコネや使える情報筋もあるのよ」

「私にも何かやらせてよ!」

「いいから休んでなさい。災害救助のエキスパートでしょアンタは?
 出動に備えて万全の体制を整えておくのも仕事のうちよ。」

身を乗り出すスバルに対して上手に手綱を握る彼女の構図。
やはり四人の中ではこのティアナがリーダー格となって場を仕切る雰囲気となる。
彼らにとってもなつかしい空気であった。

「ほら、アンタ達も。」

未だ引っ込みのつかないスバルを諭しながら、ライトニングの二人にも休息を促すティアナ。

「分かりました……行こ、エリオ君。」

今は少しでも体力を温存し、各々が次に繋がる行動を取るしかない。
理屈で割り切れない部分を多々抱えながらも、四人はそこで別れ――沈んだ思いを胸に抱きながら各々の部屋へと帰っていく。

「エリオ君…?」

「あ、うん……ごめん、キャロ。」

不安に沈む少年の顔を覗き見、心配そうな声をあげる白いローブの少女。
6課解散後、僅か一年を隔てぬ期間ではあったが―――少年が、少女が成長するのはとても早い。
当時、子供であった二人もエリオの方は立派な体躯を持った竜騎士見習い。
キャロも僅かながらに女性の魅力を纏う大人の階段を登りつつあった。
しかしながら、それでも家族の安否を気遣う心に年齢は関係がない。
自分を気遣うキャロの視線に力なくも微笑みを返すエリオ。
スターズの二人と別れ、自分達の部屋に戻る二人はその境遇から、互いに兄妹同然の絆で結ばれている。

そしてこの少年、少女を繋げたのは言うまでもなく―――フェイトテスタロッサハラオウン。
生い立ちから辛い仕打ちを受けて心が砕ける寸前だった自分を、持って生まれた力から部族から追放された自分を優しく包み込み
自分の子供のように育ててくれた心優しき金髪の魔導士。

「大丈夫………ティアナさん達の言うとおり、その時が来たら自分達に出来る事を精一杯しよう。」

「………うん」

そして自分達に揺るがぬ力を与えてくれた教導官。
言うなればフェイトとなのはは二人にとって本当の母親であり、父親だった。
大空を翔る白と金の閃光。 常に自分たちを見守り、時には後押ししてくれた二人。
平時は仲睦まじく寄り添う彼女達を少年少女は幻視する―――

――――――

二人は思う――――
高町なのはが太陽のような人だとしたらフェイトテスタロッサハラオウンは月だと。
ひっそりと、決してその存在を過度には主張せず
しかし確実に優しい光を以って地面を照らし、地上に住まう人達を見守ってくれる。

二人は思う――――
そして信じている。
どんな困難に陥っていようとも……あの二人が一緒にいる限り大丈夫だと。
きっとすぐに帰ってくる。白と黒の法衣を纏ったその肩を並べて。優しい笑顔を称えて。
ただいま……心配かけたね、と。

そんな場面をひたすらに――――少年少女は幻視する。


――――――

現実と虚実の狭間にて全てが織り交ざるセカイ―――
高町なのはという太陽はその名に恥じぬ力を見せた。
異世界の英霊を向こうに回し、傷つき地に付しながらも一歩も引かずに戦った。

そして今、今度は月が戦う時が来る。
ただしそれは太陽のそれとは違い、誰にも知られず誰にも主張せず
誰にも称えられない、まるで夜の帳にて皆が寝静まった空を一人、煌々と照らし出すかのように
それは誰知る事のない彼女だけの戦いになるだろう。
月の精霊セレーネのように、未だ陰を落とすフェイトの心。
その亀裂との闘い。 幕開けは今、全てが閉鎖された空間にて
自分を慕ってくれる愛しい少年少女の思い届かぬ、無限の欲望の手の平の上にて―――静かに始まるのだった


――――――

Chaser ―――

暗い山道を走るダークメタリックのボディから空気を震わせる排気音が勢い良く響き渡る。
日本の峠道を走らせるには幅広のボディは、しかしこの無人の世界においては些かも不自由を感じさせる事はない。

「どうですか?」

「………ダメだな」

車内においてステアリングを握る金の長髪の見目麗しき女性が何かを尋ね、
それに対して赤みがかったポニーテイルの凛々しい顔立ちの女性が耳に手を当て、かぶりを振って答える。
機動6課の片翼を担うライトニング隊。その隊長のフェイトテスタロッサハラオウンと副隊長のシグナムである。

「もう少しで県境だと思います。通信の状態も少しはよくなるかも……」

小さな声で「ここが海鳴市ならばの話ですが」と付け加えた。
重い空気に支配される車内にて通信手段の途絶に四苦八苦する二人。
沈黙の中、規則正しいスキール音だけがその音を世界に刻む。

「しかし、また偉く安全運転だな。」

「執務官が法廷速度を守らないわけには行きませんからね。」

「それはそうだが、この速度はあまりにもやきもきしないか? 何といっても運転手はお前だ。」

横目で揺れる金髪の奥にある顔を見やるシグナム。
すると少し苦笑した感のある戦友の表情が見て取れた。

「やきもきはしないのですが免許を取る際、何回か注意されました。
 その、スピードを出しすぎだと……」

「そうか……やはりな」

クク、と笑いを漏らすシグナムに照れくさそうな表情を作る執務官。
何せ6課最速のオールレンジアタッカーの異名を持つフェイトである。
トップスピードは最新鋭の戦闘機をも凌駕するだろう彼女にとっては時速20~30kmなど止まって見える世界であろう。
かたつむり以下の体感速度で走る乗用車に業を煮やして、ついアクセルを踏み過ぎて怒られる金髪少女の姿が思い浮かんでしょうがない。

「まったく、相変わらずシグナムはフェイトを弄るのが好きだなぁ。」

その騎士の肩上から、フェイトでもシグナムでもない第三者の声が響く。
見ると二人より……否、人間の寸法よりも遥かに小さい、まるで小人のような―――
悪魔が背に背負っているかの如き黒い翼を元気にはためかせる女の子がいた。
剣精アギト。
古代ベルカより残っている純粋な融合機にして、騎士の戦闘力を飛躍的にアップさせる融合型デバイスの少女である。

「も、弄ばれてるんですか…? 私は」

「ただのコミュニケーションだ。気にするな」

「ひっでー! ゴマカしたよ! あはははっ!!」

暗く沈みがちな状況でも、こうした陽気な性格の持ち主がいると随分と違うものだ。
少ない言葉を交わしながら探索を続ける二人+一体。
光の届かぬ山道を走り続ける車は県境と思われる場所を抜け、上り坂続きだった道も勾配のある下りへと変わっていく。
重心が傾き、下腹を持ち上げられる感覚はシートベルトによって肩と胸を締め付けられる感覚によって相殺される。
小高い山道を折り返し、あとは道なりに進むだけで恐らくは10分と掛からぬうちに視界は開け、隣の県の入り口に差し掛かるだろう。

――――――――そんな時だった

「「……………!」」

車内の空気。 否、中の二人の纏う空気が一変する。

「………? シグナム? フェイト?」

アギトが、おずおずと言葉をかけるが二人は答えない。
答えないままに――その鋭敏な感覚を研ぎ澄ませて今、確かに感じた違和感に意識を傾ける。
ただでさえ無人の空間。人の営む様々な音も喧騒も無いこの世界にて、しかも空気の澄んだ一本道の山道だ。
その空気が震えて音となり、二人の耳に届くのにさして時間はかからなかった。

「後ろからですね…」

「念のためだ。少し速度を上げた方がいいな」

フェイトの車のエンジンボックスから紡ぎ出す排気音とは異なる音。
それは言うなれば、よく真夜中の峠やサーキットで聞くようなタイヤの軋む音。
ギャリギャリ、という耳障りな騒音であった。
まだ自分らを追走してきたのだとは限らない……限らないが……

「普通の乗用車ですか? それともボックスタイプ…」

「いや、まだよく見えん」

現在、速度は40km弱をキープ。
こんな峠道、それも下りを走るには些か速度超過気味であり、きついヘアピンを抜ける度にギシギシと車体が揺れる。
そして―――その異なる音は、明らかにこちらの速度を上回るスピードで追随してきているのだ。
襲撃という可能性は十二分にある。

ギャリギャリ、ギャリギャリ―――
タイヤの擦れる音がだんだんと大きくなっていく。

「車? バイク?」 

「いや……」

だがフェイトはここに来てまたも違和感――

(………静か過ぎる)

その車輪が道路の接地面を滑る激しい音に反して「それに付随するもの」が全くない事に対する、えもいわれぬ違和感を抱いていた。
そう、モーターとガソリンによって動く自動車。その醸し出すエキゾースト。
激しく回転し、排気ガスを吐き出すエンジンの咆哮が全く聞こえないのだ。

「………!?」

そして隣に座る騎士の様子が一変した事―――
シグナムの顔がはっきりと強張り、その目が見張られるのが分かった。

「シグナム…?」

相棒の、密かに息を呑む様子を見逃す執務官ではない。
様相の変化に声をかけるフェイト。それを受けて、騎士はゆっくりと息を吐くように―――

「…………自転車だ」

自分達を猛追してきた影の正体――

「……………は?」

「追走してきているのは自転車だと言った」

まるでモトクロスよろしく、バンプした峠道の段差をゆうゆうと飛び越えて宙に舞いながら
貧弱な車輪と人力のペダルを伴った乗り物で猛追する姿を今――――騎士の双眸がはっきりと認めたのだ!


――――――

「ええっ!???」

フェイトが素っ頓狂な声を上げる。
シグナムの顔と速度計を交互に見やりながらステアリングに悪戦苦闘する執務官。
メーターを繰り返し凝視するフェイトの目に映る数値はどう見積もっても40~50kmは軽く出ていた。

「マジかよ……おい!」

アギトも驚きの声をあげる。

「気をつけろ。どうやらまともな通行人ではないようだ」

「そ、それはもう……ええ!」

些か動揺の残る戦友を嗜め、後部に目をやる騎士。
黒い鉄の箱と後方から迫る軽装の二輪がなだらかなS字を抜け、直線に突入した途端
影はまるでジェット噴射でもついているかのように加速を開始し、みるみるうちに接近してきたのだ!

「!! ちっ!?」

舌打ちするシグナムだったが、遅い。
ついにその影とフェイトのクルマが並んだ。 助手席側に並走してくる人力の二輪 。
それを狩る謎の怪人と今、初めて至近で目が合い―――

「えっ!?」

その、二重に意外な事実に驚きの声を上げる二人。

「な、何で……!?」

否、それに小さな少女の吐き出すような声が重なる。

三者の驚愕の理由。
まずはこんな有り得ない速度で追走してくる自転車の操車が競輪選手のような筋骨隆々とした男性――ではなく
美しい髪とスラリと伸びた華奢な手足を車体に絡ませ、その魅力を存分に感じさせる腰をサドルに任せている女性であった事。

(ルー、テシア…?)

そして―――その容貌が、かつてJS事件で出会った一人の少女。
ジェイルスカリエッティにその身を利用され、アギトと一緒に行動を共にしていた一人の召喚師の面影を持った女性だったからだ。
紫の髪をはためかせ、両のサドルを蹴りつけて舞うモトクロスライダーの姿は異様としか言いようが無く
そしてそんな事よりも遥かに異様で、ルーテシアやその母親とは違う決定的な点。
それは彼女の顔の大半を覆い、表情を隠している眼帯の存在だった。
あれでは完全に視界が閉ざされてしまうだろうに、一体どうやってこの山道を全力疾走で抜けてきたというのか?
そして、後部に付かれている時は死角になっていて分からなかった新たなる事実。
疾走する自転車の助手席にもう一つ、人影があったのだ。
そう、風を切り弾丸のように疾走する華奢な女性の狩る自転車は、一定速を出した車に難なく追いついてきたその二輪は―――あろう事か二人乗り。

後部席の人影は男だった。
全身を蒼で統一したスーツに身を包んだ、一見素朴で粗野な出で立ちは
しかし精悍で猛々しい相貌。その身に纏う空気が装飾品となり全く貧相さを感じさせない。
そして右肩に担いだ細い棒のようなナニカ――
物干し竿のような長物が、この場にて得も知れぬ存在感を誇示し異彩を放っていたのだ。

「よう」

だが緊迫した場にあげられた男の声は、取り巻く空気に全く似つかわしくない陽気な響きさえ含んだものだった。
歴戦の勇者であるライトニング隊の二人がどう答えてよいか分からぬほどに、それは開けっぴろげで馴れ馴れしい
まるで見知った友人に話しかけるかのような初顔合わせの挨拶。

「さっそくで悪いが――」

だが、そんな事はどうでもよかった。
男にとっては恐らく、初めましての挨拶が陽気なものであろうが険悪な響きを持たせようが何でもよかったのだろう。
何故なら彼が駆け抜けてきたその生涯は――――剣舞い、槍踊る戦場。

「死んでくれや」

言葉など、何の意味も持たないセカイだったのだから。

「!! 貴様ッッッ!!」

ハンドルを握る手が強張るフェイト。 助手席のシグナムが怒号を上げる。
サイドバイサイドで並び疾走する大型のクーペと二輪。
紫の女の後部にて、宙舞う矢の様な激走に全くバランスを崩すことなく男は構えた。
その肩に担がれた細い棒……否、血の様な光沢を放つ真紅の槍を!
シグナムとフェイトが行動に移すそれよりも遥かに速く、まるで紅き春雷を思わせる閃光の如く放たれた槍。
その凶つ刃がポニーテイルの騎士の座す助手席のウィンドガラスに深々と叩き込まれていたのだった。


――――――

並走するは3Lを勇に超える排気量を叩き出す黒いボディと、自転車。
まるで馬と戦車を並べたような不釣合いな電撃戦。
ともあれ二者は出会い、今まさにその刃を晒して戦闘の火蓋を切った。

先に仕掛けたのは貧弱な馬に身を預けるカウボーイ&ガール。
手に持つ得物で巨大な猛牛を連想させる黒きボディの横っ腹に鋭敏な刃を突き入れたのだ!
クルマが車体を大きく揺らし、四つのタイヤが軋みを上げて横滑りする。
濁走するメタリックボディの車内にて、真っ赤な鮮血が飛び散った。

「シグナムぅッッ!」

アギトが悲鳴に近い声を上げる。
このデバイスのロードである騎士の肩口から下げたシートベルトが切断され、はらりと騎士の腿部分に落ちる。
その肩から下―――鎖骨の辺りから噴き出す赤い液体を認め、フェイトの顔も青ざめる。

「………大丈夫だ」

だが、ややもして何事もなかったかのような声を返すベルカの騎士。
懐から抜かれているのは彼女の愛剣レヴァンティン。
狭い車内、しかもシートベルトに身を拘束されていながら、横から突き入れられた稲妻のような槍の軌道を見事、剣先によって逸らしていたのだ。

「………少しへコますぞ」

「え?」

ボソっと呟いた騎士の言葉。
その後、間髪を入れずに轟くボコン!!という大きな鈍い音。
フェイトが息を呑む。
それはサイドドアに刺さった槍を持つ男と、二輪を繰る女をそのままドア越しに蹴り飛ばし、引き剥がした音だった。

「うおっ!?」

声を上げる男諸共に大きく弾き飛ばされた女の乗る自転車が、みるみるうちに後方へと置き去りにされていく。

「すまんな。手荒に扱った」

「い、いえ……」

騎士の伸ばした腕がドアの取っ手を引き付け、助手席のドアは間を置かずに閉められた。
短い謝罪の言葉に、受け答えするフェイトの声は些か固い。
不自然に上ずった声は動揺の現れであろう。

(…………!)

だが、シグナムは実はそれどころではない。
容易く斬り払ったように見えたあの一撃の、その全身に寒い汗をかかずにはいられない凄まじい一突きに戦慄を感じずにはいられなかった。
人体において、胸骨と胸筋に守られている正面からよりも、わきの下から縫い入れられるように突いた方が効率よく貫けるもの。
それは―――心臓。
あの敵は間違いなく側面から数分違わず「それ」を狙ってきた。
それも自分だけではなく、隣にいるパートナーをも一度に串刺しにする軌道でだ。
反応が少しでも遅れていれば自分とフェイト、二人まとめて仕留められていただろう。

「そのままガードレール沿いに走れ」

「え? でも……」

「いいから言うとおりにしろ!絶対にそちら側を空けるなよ!」

もし先ほど運転席側に回られて一撃を繰り出されていたら、ステアリングで両手が塞がってるフェイトは為す術もなかったはずだ。
この狭くて小回りの効かない車内であの凄まじい一撃をもう一度防げる保障もまたどこにもない。
何とか助手席から飛び出し、戦闘体勢を整えたいシグナムだったのだが―――

(駄目か…)

後方に追随する謎の敵は先ほど思いっきり蹴り剥がしたにも関わらず転倒もせずに追随してくる。
今飛び出すのはよろしくない。 顔を出した途端、あの槍で狙い撃ちにされるのは確実だ。
空戦の基本―― 空を主戦場にする者は、離陸時が一番危ない事を肝に命じるべし。
速度も乗らず、戦闘態勢も整わぬ柔らかい腹を敵に無様に晒すことなかれ、である。

「先に出る。どうにかしてあれを引き離せないか?」

「……やってみます」

フェイトの右足が愛車のアクセルを思いっきり踏み込む。
緊急事態において今更、法廷速度がどうのだの言ってる場合ではない。
アクセルを全開にした事によって加速度的に上がるエンジンの回転数。
それによって叩き出される馬力は凄まじく、例え相手が競輪選手並の脚力を持っていようとみるみるうちにその差が開いていくのは当然の事だ。
だがフェイトらにとっての不幸は、ここが峠の下りだという事。
つるべのように続くヘアピンやS字カーブが続くコーナーの坩堝において、3000cc以上の大排気量を最大限に発揮出来る地点など無いに等しく
すぐ間近に迫るヘアピンカーブに減速を余儀なくされる黒い鉄の塊。
その背後に迫る女の隠された両の瞳には、今やはっきりと相手のクルマの減速を表す点灯したブレーキランプが見てとれた。
ここが相手を刺す絶好のポイントである事は自明の理。
この紫紺の女怪が「騎兵」の名を持つ英霊であるが故に、走りにおいて勝負所を見誤るわけもない。
相手の減速にまるで示し合わせたかのように黒いスカートで覆われた腰がサドルから浮き、身を乗り出して重心をぐんと前に倒す。
その時、非力な二輪車は―――峠を駆け下りる流星となった。

「な、なに…!?」

サイドミラーを見ながら飛び出すタイミングを見計らっていたシグナムが歯を食い縛って唸る。
一旦は突き放したかに見えた相手が、恐るべき速さで追い上げてくるのだ!
自転車は人力でありエンジンに当たる部分がその両足であるのなら、女の両足に潜む力はもはや地球上に現存するあらゆる生物を凌駕しかねない。
もっともこんな漕ぎ方を女性が、しかもタイトなミニスカートでぎりぎり腰上を覆ったような格好の女性が間違ってもするべきではない。 何故ならば――

「おい。中が見えてんぞ中が」

「発情ましたか? 流石、野犬の二つ名は伊達ではないという事ですか」

「抜かせ。誰が貴様の尻など好んで見るか」

―――倫理的に男性にとって、目のやり場に困る光景が展開される事になるからである。
馬上にてこんなやり取りをかます男女。
もっともこの女性の正体を知れば、そんな恐ろしいモノに劣情を催せる男など数えるほどもいないであろうが。

「こんの野郎……!!!」

穴の開いたクルマのボディから上半身を覗かせたのは小人の少女、アギト。
融合デバイスでありながら自身も炎系の魔法の使い手である彼女の手に得意の炎弾が具現化。
眼前に迫る怪人に火の玉の雨あられをぶち撒ける!
まるで数百発のロケット花火を同時に打ち込んだかのような凄まじい弾幕が二輪を駆るライダーを襲う。
だが、まるで炎弾の間と間を縫うように――頼りない車体が右へ左へとあり得ない挙動をアスファルトに刻んで炎熱の道を掻い潜ってくる。

「サ、サーカス野郎がっ! 来るんじゃねぇ! 止まれぇぇぇ!!!」

剣の精が絶叫交じりに手を振りかぶり、その狭い道一杯に広がる炎の壁を生じさせる。
真紅のカーテンを思わせる灼熱の防壁が後方より猛追する化け物ライダーの進行を阻もうとする。
が、アギト渾身の燃え盛る壁は、まるで障子を突き破るかの如く炎の中に何の躊躇いもなく直進したライダーによって突き破られ
何事もなかったように追走を続ける彼女の姿を場に写すのみ。

「信じられねえ……チャリじゃねえよ……あれ」

「実は高性能デバイスというオチかも……
 もしそうならシャーリーに持って帰ってあげれば喜びそうですね」

「やめろ。何とかにハサミだ」

U字の形をしたきついコーナーにさしかかり、フルブレーキをかけるフェイトの車体がグリップの限界を超えて横に傾く。

「くっ!?」

限界を超えてしまった車体を制御しようと逆ハンドルを切るフェイト。
空戦の姿勢制御のようにはいかない重いボディに四苦八苦する彼女を嘲笑うかのような横Gの洗礼。
黒い車体が身の毛もよだつスキール音と共にボディを泳がせるコーナー。
そこに後方、何とノーブレーキで突っ込んでくる、もはや火の玉と化した二輪車。
ギャリギャリ、とチェーンが軋む音が場に響き、細いタイヤからはレーシングカーのように火花が飛び散っている。

「―――往きますよ、参号」

それは眼帯の女から、己が手綱を任せる貧弱な機体に向けての言葉。
静かながらも騎兵としての誇りを乗せた言葉と共に―――二輪の操車、サーヴァント=ライダーは
黒い車体に体当たりするかの如き速度でコーナーに突っ込んだのだ!


――――――

腰下までかかる紫紺の髪が凄まじい向かい風に煽られて、それ自体が独立した生き物であるかのように空に踊る。
ネコ科の獣が全身のバネを総動員する時に取る猫背の姿勢に酷似した姿で
眼帯の女は両手のグリップを捻じ切らんばかりに握り締め、足下のペダルを蹴りつける。
光差さぬ林道を弾丸のように駆け抜けるその姿はまるで一匹の神獣が疾走するかのような桁違いの迫力を以ってライトニングの二人に迫り来ていた。
自由度の高い二輪ならではの、ライダー自身の体重すら利用した荷重移動――ハングオンを駆使し
あろう事か明らかに二つのタイヤのグリップを超えるスピード……というか、全くの減速無しでコーナーに突っ込む!
横滑りする二つのタイヤは制御を失い、吹き飛ばんとするその車体を
彼女は地面に押さえつけるかのように車体を倒して凌ぎ、凄まじい角度でのコーナリングを敢行。
ほとんど地面と平行になる体。アスファルトスレスレに傾くほどのハングオン。
その剥き出しの肘と膝を地面に擦り付けてのライディングは道路に黒と赤のベルトのような軌跡を刻んでいく。
黒はタイヤの削れた跡。赤はライダーの右半身の、削られたヒジとヒザから付着した血肉そのもの。
この速度だ。彼女の肉体は公式のスポーツのように分厚いパッドの保護など受けてはいない。
地面に擦り付けられる白い肘、膝が大根おろしのように肉や皮をこそぎ取られ、程なくして骨にまで達するような重症となるのは明白だった。
でありながら、それでも女の繰る自転車は確実に先に侵入した相手の車に迫っていく。
そう、彼女は騎兵。 あらゆる騎馬を使役し、誰よりも早く世界を駆け抜けるもの。
相手が何人であろうとも、自分の前を走る存在など認められる筈が無い。

「ふッ!――――」

目隠しで隠された双眸に今、確実に力が篭る。
女の口元がギリっと歪み、牙を含んだその歯を食い縛る音は車体が風を切る音に寸断されて消える。
地に擦り付けられている右の手足とは逆の足を自在に使いこなし
左足のみのペダルワークで、まるで電車や機関車の車輪を回す骨格の如き速度でホイールを回転させていく姿はもはや曲乗りの域。
超高速で回転するチェーンによってぐんぐんと前に押し出されていく車体。
人間の常識では有り得ないライディングによって、尾を引いた流星の如き暴力的な速さでコーナーを駆け抜ける自転車がついにフェイトの繰るクーペに並ぶ!

「こ、これ以上は……!」

フェイトが歯噛みし、シグナムが舌打ちしながら今一度、剣を構える。
コーナリング最中にてサイドバイサイドで並ぶ両者。自転車の後部席に座す男が再び槍を構えていた!
車体が地面とほぼ平行に傾いている最中でありながら、両の手に槍を構えて振り落とされる素振りさえ見せぬ彼。
未舗装の峠の道路の中、跳ねる車体の上で、しかもコーナリング最中でありながら、真紅の魔槍を手に持ち、右中段に構えて見せたのだ。
赤い光沢を称える槍よりもなお紅い男の双眸がギラリと光る。
そして、カーブに手間取るフェイトの車を完全に抜き去るライダーの「参号」
その追い抜き様に―――ランサーが、構えた槍を車の後輪に渾身の力でブチ込んだのだ!

「う、あっ!?」

自らの愛車に起きた異変―――それが取り返しのつかないものである事をステアリングを握るフェイトが分からぬ筈はない。
右下半身が一瞬浮き上がり、そして地に叩きつける感触に顔を青くする魔導士。
車の右後輪はあえなくバースト。 黒いボディが大きく傾く。
荷重の抜けた車体後部があえなく空転し、その狭いカーブで時計回りに一回転。
盛大にスピンした車体を立て直す術はもはや無く、フェイトとシグナムを乗せた黒いボディがガードレールに激突し
静寂の支配する森に凄まじいクラッシュ音が鳴り響く!

「ああっっ!!?」

車内に走る衝撃と振動は凄まじく、二人と一体の身体を上下左右へと叩きつける。
もはやシートベルトなど何の役にも立たない。
短い悲鳴を上げるフェイトを嘲笑いながら、その手を拱くは死神か――
3トンを超える鉄の塊はガードレールを巻き込み、それを容易く突き破って漆黒の渓谷へとダイブ。
遥か崖下へと転落していったのだった。


――――――

アスファルトに帯のように刻み込まれた焦げ臭い跡。
黒い飛沫、そして内溶液が飛び散り、オイルの独特の匂いを場に充満させる。
長いガードレールは無残にひしゃげ、真ん中から捻り千切れている。

後続の玉突きが起こらないのは不幸中の幸いか―――そう、後続の車など来る筈がない。

何故ならここは彼らが踊るための彼らだけの舞台。 セカイはその他一切の生物の存在を認めてはいないのだから。
一体誰が、何のために用意した演出なのか、渦中の者達にそれを理解する術はない。
ともあれ時間にして実に数分弱……電光石火のカーチェイスはこうして幕を閉じる。

奈落に落ちていったダークメタリックのクーペ。
そのボディはグシャグシャに潰れ、立派なフォルムを誇る大排気量のスポーツカーは見る影もない有様となっているだろう。
最もバトルを制した方も無事ではなかった。
操車である紫の女性の乗っていた自転車は今、サドルも、ベダルも、ハンドルも、チェーンも、一所には無い。
最後のコーナリングで相手のクルマを崖に叩き落してほどなく、限界を超えたライディングに耐えられなった二万円弱の汎用自転車は
まず前輪、後輪共にバーストし、宙に吹き飛んだ車体がフレームを残し、焼き切れ、捻じ切れ、ひしゃげ
文字通りの空中分解を起こして乗車していた二人を上空へと投げ出していたのだ。
当然、そのような速度で空へと飛ばされた人間が無事で済む筈が無いのだが……

―――ズシャリ、

だからこそ、このような陰惨な大事故の渦中にあって何事もなかったように地面に佇む二人こそ
正真正銘の人間を超えた存在と呼ばれるものであろう。
とある儀式によって現世に呼び出された一つの奇跡の体現。
地上に形を成した英霊―――サーヴァントと呼ばれる人外の存在。
騎兵のクラスに召還されたサーヴァントライダー。 槍兵のクラスにその身を置くサーヴァントランサー。
いずれも地球の伝承にその名を連ねる伝説上の存在、具現した神秘そのものである。

「ところで、ランサー」

その片方、紫紺の女サーヴァントが些か怪訝な表情で隣の槍兵に問いかける。

「我々は自らの足で走って強襲をかけた方が確実だったのでは…?」

「分かってねえな……戦にも様式美ってもんがあるんだよ。
 良い戦車戦だった。久しぶりに堪能したぜ。」

核心を冷静についた騎兵の言葉など聞いちゃいない。
古アイルランドの大地を豪壮な戦車で走り回った過去を思い出し、目を細めるグラディエイターである。

「戦車、ですか? あれは私の新車の参号君ですが」

「うるせえんだよお前は。細かい事をグチグチと……
 まあどの道、初顔合わせの挨拶としちゃこんなもんだろ。」

思い出に浸るのを邪魔されて口を尖らせる男が意味深な言葉を吐き、そして―――後方へ向き直った。
その横、ライダーもまた同様に、先ほどのコーナリングで傷ついた肘から滲み出す血をペロリと舐めながらに振り返る。
それは視線の先に二つの気配、佇む影を認めての事だった。
怒気と戦意を含んだ猛々しい気を放つ影を後ろに控えたサーヴァント二体。
男は飄々とした笑みを、女は無表情を崩すことなく、十分な余裕を以って振り返り相対する。
その相手とは言うまでも無く――――

「貴様ら……」

先ほど谷底へと消えていった筈のライトニングの面々に相違ない。
明確な殺気を放って対峙するシグナムが怒りの声を上げる。
あれだけの事をしておきながら余裕満々で立つ二人を前に少なからず苛立ちを覚える将。
既に二人は、相手がどう出てこようと対処できるようBJを纏った完全武装体勢である。

(む……?)

だがそこで騎士が、横にいる友の様子に気づいて訝しげに見やる。
謎の怪人相手に武装し、得意武器のサイスを以って相対している彼女であったが―――
何かこう心ここにあらずというか、精彩を欠いている感が見て取れたからだ。 どこか目が呆然としている節がある。

「テスタロッサ?」

この友人は極めて優秀な執務官にして武装隊の一員だ。
敵を前にしてこのような呆けた態度を取るなど有り得ない。
声をかけるシグナムであったが、

(…………、)

その理由に程なくして気づく騎士。
フェイトの意識は今、自分らが落ちていった谷底に向けられていた。
否、自分らではなく――為す術なく落ちていった己の愛車に……

「集中しろテスタロッサ。敵の前だ」

ああそうか……と思い至り、その傷心が痛いほどよく分かるだけに叱責を飛ばすシグナムの声にも今一張りがない。

元々がほとんど物欲を示さないフェイトが初めて大きな買い物をしたのが―――あの車だった。
今回のように仕事で使う事が大半であったが、忙しい中のたまの休日などに
子供のように可愛がっているエリオやキャロを乗せてハイキングにいったり、なのはを助手席に乗せてドライブしたりと
そんなささやかな幸せを謳歌するために購入した彼女唯一の慎ましやかな贅沢。幸せの詰まった黒い箱。
ソレが今、暴漢の手によって無残な鉄屑と化し、谷底へと消えていったのだ。
その失望と悲しみは想像するに余りあるものであろう。

「……テスタロッサ!」

シグナムが再び強い口調で戦友の名を呼ぶ。

「大丈夫です」

乾いた声で答えるフェイト。

「ただ、まだ少し支払いが残っていたので……どうしようかな、と」

はは、と形だけの笑みを作る執務官。 痛々しくて見ていられない。

「保険で払って貰え…」

「いや、そいつは無理じゃねえかな?」

不器用なフォローを入れるシグナムだったが、相槌の声は意外なところからかけられた。
そのフェイトを悲しませている原因を作った目の前の男が、肩に槍をトントンと担ぎながらに飄々と口を挟んできたのだ。

「保険ってのは確か対象の具合によって金額が決まるって話だろ?
 半損か全損か?部位は?状況は?と、五月蝿いくらいに状況を鑑みて初めて支払われるわけだが――あれじゃ、なぁ…」

チラリと谷底を見やり、まるで他人事のように口ずさむ男。

「確かにあれでは査定のしようがありませんね。
 事故の状況を説明するにも、この状況では――」

そして隣の女性がしれっと続く。

「自転車に乗った二人組の男女に車ごと突き落とされました――
 このような説明では冗談としか受け取って貰えません。
 それにこの奈落の深さでは物品の回収も絶望的でしょう。」

つらつらと並べ立てる言葉には何故か凄まじい説得力がある。
まるで色々なアルバイトに従事してやけに世俗に詳しいフリーターであり
まるで古書や骨董品のバイトで査定というものに精通するパートさんのような口ぶりである。

「かまいません」

だが、やがて(この執務官には珍しく)強い口調で言い放つフェイト。

「あなた方を捕らえて弁償してもらいますから」

本来ならここで犯罪者に対しての勧告、警告をしなければいけないのだが、そんな基本もすっかり頭から吹っ飛んでいる。
この心優しい雷神はかなり怒っていた。

「そいつは困ったな……俺、カネねえんだよ。」

「私は居候の身ですから。まあ、私の愛車もあの通り木っ端微塵なのでそれで痛み分けという事に……」

「……ふざけるな!」

怒りの口調を叩きつけるシグナム。

「そうだな………まあ、アレだ。俺に良い考えがあるんだが」

後ろ手に頭をポリポリと掻きながら、男が相手の怒りをなだめるように割って入る。
親近感の沸く表情は、こんな事態でなければ気風の良い青年にしか見えない。
まるで心底悪いと思ってるかのような男の様相に邪悪なものは感じない。 そんな男が―――

「死ねば―――残りの支払いからは解放されるぜ?」

――――不意打ちのように、獰猛な殺気を解放した

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最終更新:2010年08月02日 12:31