Girl of Fate&Blade Worker4 ―――

顎部の筋肉が引きつるほどに食い込んだ牙―――

敵に全体重を乗せたバイティング。 突き立てた犬歯の根元に鮮血が染み渡る。
右の肩口を狙って噛み付きを敢行したフェイトの使い魔アルフ。
人間であれば間違いなく戦闘不能に陥れるほどの傷を負わせた、そんな彼女が―――

(コ、コイツ………捨て身で……!?)

今、その目に驚愕を称えて呟いた。
そう、鎖骨すら噛み砕く狼の咬合をアーチャーは敢えて受けたのだ。
傷口から勢い良く血が噴き出し、右の頭部から耳にまで鮮血に塗れ、それでも弓兵は変わらぬニヒルな笑みを浮かべていた。

「信じられない……私が喉笛を狙ってたらどうするつもりだったんだいっ!?」

「愚問。 繰り出す攻撃の悉くに必倒の気合はあれど―――必殺の意思は無かった。
 ならばそんな腑抜けた攻撃の一つや二つ、体で受け止めても支障は無い」

――― その勝利と引き換えに ―――

「あっ!? ぎゃんっっっっ!!!!」

飛び退こうと離れたアルフの口から悲鳴が響く。 陰陽の二刀が狼の脇腹を凪ぎ払ったのだ!

「アルフっ!!!!!」

大事なパートナーを傷つけられ、悲痛な声をあげるフェイト。
すぐに敵を撃たんと手を翳すが、使い魔の死角になって―――いや! 
あの男がアルフの喉笛を鷲掴みにして盾にしているが故に、少女は手に秘めた砲撃魔法を解放できない!

怒りか焦りか、もしくはその両方が脳内に渦巻き、幼い魔導士の戦術は霧散した。
自身が傷を負ったのであればここまで動揺する事は無かっただろう。
だが大事な仲間のそれに対しては彼女はあまりにも脆かった―――


   これが才能も素質もなく、それでも戦場で不敗を誇った男の戦いだ。
   泥を啜りながら、常に自分よりも強く、多く、強大な相手に挑んで、単身……勝利してきた修羅。

   自愛など微塵も無い、男が病的なまでに積み重ねてきた勝利を理解できる者はなく―――


その孤高の剣の一端を垣間見せた男。

狼の死角に隠れた彼の手に、今――――黒曜の輝きを放つ弓矢が番えられた。


――――――

War4 ―――

大空に二対の稲妻が咲き誇り―――
無残に撃ち抜かれた飛行船ヴィマーナが空中分解し、残骸となって墜落していく。

直角に突き立ったプラズマと、大地と並行に薙ぎ払われたプラズマ。
中央でクロスしたそれはまるで、宙空に十字架を描いたかのようだった。
限りなく黒に近い紫色の、それは背徳の十字架であろう。

そんな神々しさすら感じられる光景を呆然と見据えながら―――

「プ……プレシア……貴方は」

使い魔は掠れるような声で主人の名を呟いた。 カラカラに渇いた喉。 その声帯は震えている。
全身を覆う冷たい汗と震えは、決して九死に一生を経た事、自分らが勝利に至った事による歓喜の震えではない。

「聞いてない……聞いてないです……ここまで……!」

うわ言のように呟き、モニターに写された玉座の間に佇む主人を見る。
「自己ブースト」をかけた限界突破・魔力行使による次元跳躍砲。
リニスが聞き及んでいたのはそこまでだった。


――――――

―――――そう、その先は荒唐無稽な素人の与太話でしか無かった筈だ……

魔導士の常識など全く弁えない科学者の夢想じみた戯言。
子供がメカを模した玩具に積載量と容量を超えた、非現実的な武装を付けて喜んでいる姿はよく見かける。

―――そういう類の話だった。

思い出したくも無いが…………
あの時、彼は何て………ほざき散らしていたんだっけ?


   キミの魔法からは何人たりとも逃れられない。 
   英霊の中には未来予知じみた回避力を持つ者もいるというが
   空間、間合いすら無視して「四方八方」から降り注ぐ死神の雷を防げる者などいないだろう。
   どこまでも獲物を追いつめ、幾度となく冥府へと誘い続ける……さながら亡霊のように!

   「オーバードライブ―――Mode・FANTOM」 キミに相応しい名称だとは思わないかね!


………………

あまりにも荒唐無稽で聞くに堪えない物言いだった。 だから耳を貸さなかった。
主人だって、まさかあんな妄言に耳を貸すだなんて考えもしなかったのだ。


   同時連装―――オールレンジ―――次元、跳躍砲―――

   キミなら使いこなせるだろう……さあ、証明しておくれプレシアテスタロッサ!
   絶望と執念を究極まで煮詰めた者が一体どれほどの力を見せてくれるのか!


…………………


――――――

「………………ぁ」

魂の抜けたような声を漏らし、使い魔は回想から戻ってくる。
画面を凝視する双眸を向けた先で―――


―――― バキン、と ―――――


何かが破裂するような音が響いた。

それは聞き間違いでなければ、間違いなく主人の体内から響いたものであり―――


―――――――佇む黒衣の魔導士の、到る所から……亀裂の生じたような音が………


   プレシアテスタロッサVSギルガメッシュ

   ギルガメッシュ撃墜
   プレシア勝利―――――――?


――――――


「プ………プレシアァァァァーーーーーっ!!!!」

蒼白と表すしかない面持ちで玉座の間に転送してきたリニス。
メインルームの制御などそっちのけだった。
未だ立ち尽くす主人に駆け寄り、その身を後ろから抱き止めたのである。

すると何事もないかのように佇んでいた主人の体が……
使い魔に抱かれた瞬間、力無く崩れ落ち、リニスに為すがままに体重を預けた。
その肉体は常軌を逸した熱に苛まれ、蛋白質の焼けるような匂いを場に醸し出す―――


跳躍法の多方向からの連射―――1発ですら全霊をかけて撃たねばならない大魔法のつるべ打ち。
オーバードライブと呼ばれる決戦モードによって叩き出された出力は
そんな埒外を 「取りあえず」 可能にするだけの魔力量を確保するには至っていた。

「何て……何て馬鹿な事を……! しっかりして下さい!」

だが、どんなフィジカルを持とうが魔力が足りていようが無茶は無茶なのだ。
これは人類が間違いなく踏み込めない域の魔力行使。
そもそもプレシアテスタロッサのフィジカルデータはあくまで10年前と変わっていない。
なのにPT事件の頃より遥かに進化した、管理局の開発した最新鋭モードをその身に無理やり搭載させたらどうなる?
10年前のクルマにニトロのついた最新型エンジンを乗せて全開走行させたらどうなるというのか……?

その結果が目の前のそれだ。
連装跳躍砲の2発目のトリガーを引いたところで―――彼女のリンカーコアに、その肉体ごと亀裂が入った。
左脳と、砲身である両腕の毛細血管が破裂し、滴り落ちる鮮血が介抱するリニスの衣服を朱に染める。
そして制御不能に陥った雷撃が術者である彼女自身を襲って牙を剥いたのだ。

(………………軽い)

脱力し、じっとりと汗ばむ主人の体の――――嗚呼………何と軽い事か。
ほとんど中身が詰まっていないのでは、と思わせる彼女の体は
まるで糸の切れたマネキンのように力無く、無造作に手折られた小枝のように脆弱で頼りなかった。

怨執の鎧を身に纏い、英霊すら飲み込まんとした女渦―――その女の等身大の姿だった。

そう、忘れるものか……この感触。
使い魔はかつて、そんな病に蝕まれつつある主人の身を何度となく抱きかかえ、ベッドに寝かしつけたのだ。
この肉体はあの時から止まったまま。 そんなボロボロの器に、極限まで肥大した色々なモノを無理やり詰め込んで……
何て…………何て………無茶で無為で、悲惨な有様なのだろうか。

(息苦しいでしょう……今、マスクを外しますから)

幸い他に誰も見ているものはいない。 その貌を―――誰かに晒す事も無い。
苦しげにヒュ、ヒュ、と気道を蠕動させているプレシアの背中を摩りながら、リニスは仮面に手をかけ―――


―――― ガコン!


「っ!!」

その音にビクンと肩を震わせる使い魔であった。

それは中央のモニターより響いた音、か?
何かがぶつかる音―――そこに映し出されているのは
サンダーレイジによってバラバラに砕かれた黄金の舟の残骸だった。


ゴクリと唾を飲み込むリニスの視界にて、炭化し、藻屑となった飛行船ヴィマーナの……

ひしゃげた出入り口が―――今、勢い良く蹴り飛ばされたのだ!!


――――――


吹っ飛んだ入り口から、据えた匂いを放つ黄金の具足が見える。


ズリ、ズリ、と引き摺るように這い出てくる人影が見える。



その体を外に運ぼうとして、残骸に挟まれた肉体―――炭化した右半身を呆然と見やる男の姿がある。


「――――――――――お、お……」

何を見ているのか理解できない。
何を見ているのか信じられない。

コレは何だ―――この醜く焼け爛れたモノは?


よもやそれが、この世で最も尊い肉体の手であると―――
よもやそれが、この世で最も尊い肉体の足であると―――


ゆっくりと、男の理解に浸透していくにつれて―――
やがてその表情に、言うまでもない一つの感情が浮き出てくる。


呆然とソレを見やる使い魔の眼前で―――
息も絶え絶えに、瓦礫と化したヴィマーナから無理やり自身の体を引き抜く。
ブチブチ、と肉体の腱が切れる音が場に響き渡る。


「おのれ…………おのれ―――――――おのれ、おのれ、おのれ………」

手負いの王が――――

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


―――――世界を滅さんばかりの絶叫を上げた。


――――――

―――――外した…………

リニスは自身、体中の力が抜けていくのを実感していた。
やはりプレシアほどの魔導士であっても、あれだけの魔力行使をぶっつけ本番で成功させるのは無理だったのだ。
ただでさえ照準の難しい跳躍砲。 その暴れ狂う出力を制御出来ずに、僅かに直撃軌道から右に逸れ―――
サーヴァントの急所である首を、心臓をスレスレで巻き込まずに、僅かに外れてしまっていたのだ。

「仕留めきれなかった………」

こんなに頑張ったのに……
主人がここまで全てを投げ打ったというのに……
涙ながらに結果を見据える使い魔の心胆はいかばかりのものか。

瀕死の状態に追い込んでも、倒し切れなければ意味が無い。
あのサーヴァントは「攻、防、支援、癒し」の全ての要素を内に持つからこそ最強なのだ。
あれだけの致命傷を受けてなお、蘇生レベルの復活を果たすだろう。
その余地も許さぬほどに、一度に葬り去らねば勝ちは無いと分かっていながら………
もはや何も出来ない自分達には、歯噛みするしか術が無い。

「あと一手、あと一手あれば……」

――― 詰め将棋は手順を一歩間違えれば王を詰ます事は出来ない ―――

その事を痛感せずにはいられない。 今、思えば弓兵を切るのが早すぎたのだ。
アレを捨て駒にするのは決まっていたが、ギルガメッシュを相手に拮抗すら出来なかったが故に
早々に見切りをつけて序盤で早くに捨てしまった。 

それ故のこの結果。
シミュレーションに対して駒が一つ足りないのだから、詰めきれなくて当然だった。
とはいえ、この悔しさと口惜しさは到底、受け入れられるものではない。

(リニス)

「!」

自身を抱える使い魔にプレシアが念話を送る。
その声はやはり憔悴に落ちくぼみ、まるで生気が無い。

(そろそろスカリエッティが援軍を寄越すわ。
 あの男も今、私という防波堤を失うのは死活問題だから)

(喋らないで下さい……! もう神経も血管もズタズタなんですよ!?)

(だから、それまで貴方がアレの相手をしておきなさい)


………………………

「………………は?」


思わず肉声で返してしまう使い魔であった。


――――――


「雑ぁぁ種ゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーー!!!」

王が周囲に残存していた傀儡兵を怒り任せに―――1薙ぎで全滅させていた。


――――――

Rinis,s view ―――

「アレの…………ですか?」

思わず聞き返してしまう私。 念話だけに聞き逃すなんて事はなかったのだけれど……
脳が現実を受け入れるのを拒否しているというか何というか―――

(昔の貴方はとてもすばしっこい猫だった。 怒りに我を忘れた牛をあしらうくらい、どうとでもなるでしょう)

「ど……ッ!」

どうともなりませんよ、あんなもん!

とんでもない事を言ってくる主人に対し、言葉を詰まらせる!
ていうか神牛を相手に暴れた英霊を牛呼ばわりって……笑う所ですか、ひょっとして!?

(やりなさい。 私やフェイトの居場所を護ってくれるのでしょう?)

「う、ぐう………っ」

こちらの言葉なんて聞く耳持たないご主人様。
ええ、思い出しました。 
忘れるものですか……こういう所もまるで変わっていない。

………………………………………………………………こういう、鬼みたいな所も。


「分かりましたよ……ええ、了解ですとも! メインコントロールを私に回してください!」

(いい子ね)

まるで心の篭っていない労いの言葉を残し―――
未だに降って湧いたような展開を信じたくない私を残して、プレシアの体は腕から掻き消えてしまった。 
恐らくは医務室にテレポートしたのでしょう。


嗚呼―――――ノーと言える使い魔になりたい……


――――――

明らかに自身には荷が勝ちすぎる相手を前にリニスは立った。

不平不満はあったにせよ(それはもう盛大に)、彼女は聡い使い魔である。
状況を正確に理解すればするほど、それしか無いという事を理解していた。
当然だ。 ここで自分が踏ん張らなければプレシアとフェイト、それにアルフの居場所を守れない。
結局、主人に言われるまでもなく、無茶で無理だと分かっていてもやるしか無かったのである。 

「庭園、浮上! ファクトリーのラインに残った戦力も全て出して下さい!
 機動兵を前面に出しつつ、徐々に後退!」

幸い、敵の足は潰した。 舟を壊され、あの体では追い足は無いに等しい。
怒り狂い、瀕死の重傷で、見るからに正気を失っている敵サーヴァント。
あれならば撤退戦に限定すれば何とかなるかも知れない。

徐々に引きながら―――慎重に時間を稼げれば……!


――――――


「ヴィマーーーーーーーナッッッ!」

英雄王が吼え狂うように宝具の名を叫ぶ。

後方より穿たれた孔の中より――――再び、黄金に輝く古代の舟が現れた………


――――――

「………………」

ヘナヘナと崩れ落ち―――――
山猫はコンソロールに突っ伏していた。

「何、隻、持って………」

早くも心が折れて砕けてしまいそうだ。
今更とはいえ、節操が無いにも程があるだろう……

「が、頑張ろう……………頑張るしか、無いじゃないですか……」

あまりにも重過ぎる責務と、要塞全体の負荷がリニスの体を苛む。
何分持つか分からない。 魔力が足らない。
庭園全てに張り巡らされた回路に送り込む動力にしても、自分ではまるで確保できない。
こんな有様ではまともに動かせるとは到底思えないが………ともあれ、やるだけの事はやろう。

絶望的と呼ぶのもおこがましい戦力差を前に―――
使い魔は己が愛すべき人達の玄関を守るための奮闘を決意する。

例え、それが業火の前の水鉄砲に等しい、ささやかな抵抗だったとしても――――


   プレシアテスタロッサVSギルガメッシュ

   ギルガメッシュ辛くも生存

   プレシア重症・魔力エンプティにより退場
   時の庭園の全権をリニスに委譲

   戦闘継続――――――


(フェイトは……弓兵を説得出来たのでしょうか?)

今からでも遅くは無い。 あの弓兵が再び参戦してくれれば、まるで話が違ってくるのだが……
まさに覆水盆にというか―――虫の良い話だとは思う。
だがそれでも可能性として無いわけではない以上、期待してしまう。

であると共に、母の力になるために動いてくれた優しい娘の安否をリニスは気遣う。


そんな少女の決意深き戦いの決着もまた―――――既に、、


――――――

Girl of Fate&Blade Worker5 ―――


「ハァ……ハァ……ハァ………っ」


血糊が、地面を赤く染める―――

抉られた脇腹から、太股を、ふくらはぎを伝って滴る命の液体。



弓兵と称されるサーヴァントの渾身の1投は想像を超えて余りあるものだった―――
少女は避ける事も凌ぐ事も出来なかったのだ。
何とか急所だけは外れているようだが、英霊を相手に戦える状態に無い事は自身が一番良く分かっていた。

(作戦は………間違ってなかった……だけど) 

生まれてよりずっと厳しいトレーニングを続けてきたフェイト。
この年齢で推定AAA前後の実力を持つ彼女は、そこらの大人の魔導士よりも遥かに強い。
恐らく持って生まれた資質は、あの弓兵よりも上だろう。

だが―――それでも経験値はゼロ。 
戦火の中で鍛えられてきた弓兵とは引き出しの多さと厚みが違う。
咄嗟の機転と、極限状態における爆発力。 そこに天と地ほどの差がある。
故にこれは埋めても埋めきれない、実戦経験の差が生んだ結果。

(戦術次第だなんて……その分野で上を行こうなんておこがましい話だった…
 全部、私のミスだ……ごめん、アルフ)

フェイトにとって不運だったのはスカリエッティから齎された情報の不明瞭さもある。
この英霊が他のサーヴァントよりも弱いという、数値のみで出した情報しか持ち得なかった事。
このアーチャーこそは基本スペックや先天スキルで他の英霊にあけられた溝を
特異な資質と戦術を駆使して埋め、互角の闘いを展開するに至った英霊だ。

彼の生涯において楽な戦いなど一つとしてなかった。 その一戦一戦で培われた思考の柔軟性と瞬発力。
それこそがピンチを凌ぎ、チャンスをモノにするのに一番必要になるもの。
男は絶対の窮地を凌ぎ続け、フェイトはアルフの負傷を含めた窮地に動揺して凌げなかった。
せめて5年、10年―――少女にも積み上げてきたモノがあったのならば、こんな結果にはならなかっただろう。

(ごめんなさい………母さん……リニス)

年端もいかない少女に酷な出血は、それでも何とかしようと奮い立つフェイトの意識を無慈悲に刈り取り―――


母親と、優しい師匠の顔を思い浮かべながら―――彼女の精神は闇に沈んでいった。


――――――

「フェイトぉぉぉーーーッッ!!」

盾にされ、あまつさえ屈辱にも地面に打ち捨てられた狼。
その断末魔にも似た絶叫が木霊する。

「こんの…………野郎ぉぉぉぉぉ!!!!」

怒りに打ち震える使い魔。
浅くない負傷を無視して立ち上がるアルフ。 猛り狂うその瞳に写るは憎っくき敵の姿。
少女の使い魔が牙を剥き出しにして弓兵に突進する。

(…………)

対して構えるアーチャーはもはや磐石。
フェイトの空爆と罠があったからこそ、地上戦で狼相手に手こずったのだ。
それが失われた今、彼女は弓兵の敵ではない。
双眸に怜悧な光を灯し、男は獣を仕留めようと双剣を翻す。

「むっ!!?」

だが突如、アーチャーを襲う焦燥と戸惑い。
獣の姿だった敵が目の前で人間の―――女の姿に変異したのだ!

一瞬の虚を突かれたアーチャーが双刃を引き下げ、ガードを上げる。
その防御に対し、アルフは己が拳骨を力いっぱい、骨まで砕けよ!とばかりに叩き付けたのだ!

「ぐっ……!」

横殴りに殴られ、後方の木まで吹っ飛ばされて叩きつけられるアーチャー。
生来の馬鹿力に、更に魔力を込めた右拳の一撃は鉄をも砕き割る。

「二刀流相手ならこっちの方がやりやすい!
 遠距離専門相手に殴り合いで舐められてたまるかよ!」

弓兵の前に現れたのは、獣の姿だった時の毛並みと同色の、燃えるような長髪を称えた女だった。
豊満なボディに、機能美に溢れた力強い四肢を備え、天を突く怒髪を逆立たせて主を傷つけられた憤怒に燃える女性。

(人語を解する故、もしやと思ったが―――案の定か)

「立てよ……フェイトの仇だ! そのスカした面をボコ殴りにしてやるっ!!」

野性味溢れるワイルドな肢体を翻す獣耳の娘。
獣の時と同様、アルフは犬歯を剥き出しにして弓兵に襲い掛かる!


――――――

Arf,s view ―――


―――そんなこんなで突っかかったまでは良いんだけどさ………


半分は本当に怒りだった。 
マジでぶっ飛ばしてやろうって思った。


でももう半分は―――虚勢だったよ……


だって分かっちまうんだ。 コイツには勝てないって。
二人係でどうにもならなかったものを私一人で倒せるわけが無い。
今だって拳を交えてすぐに分かった。 コイツ強いって。
怒り任せに叩き潰してやろうとマグマみたいに煮え立った感情が、ヘンに冷静さを取り戻しちまうほどに。

ちくしょう……! サーヴァントってのは使い魔だろう!?
私と似たようなものの筈なのに、数値からして違い過ぎるじゃないか!?
初めは馬鹿力で押し込んでいたけれど、今じゃもう受け流されて鋭い反撃を食わないようにするだけで手一杯。
こんなのを生け捕りにするなんて初めから無理だったんだよフェイト!

「このっ! このっ!! チョコマカと!」

私のパンチが悉く空を切る。 
木を凪ぎ倒し、地面を抉り取る拳も肝心のヤロウには掠りもしない!
当たれば何とか、なんて期待を持つ方が馬鹿だ!
ここまで完璧に見切られてる以上、万に一つのまぐれも起こらない!

「っ!!?」

くそ……ッ! 懐に! 
私の防御のリズムさえ読んで、薄くなった所を的確に狙い打ってきた!
白黒の刃がまるで霞のように私の四肢を通り過ぎ―――

「つっ!? ぎゃう……ッ!!」

手足の腱近くを綺麗に切り裂いていきやがった……!
痛っ……! 傷口から血がぶしゅーって景気良く飛び散る。
諸共に膂力を失っていく手足……

「こ、こんなの………効くかぁ!!」

こちらを随時、観察するような怜悧な両目はまるで鷹だ……何とかその顔色くらいは変えてやりたいけれど……

参ったよ……何も出来ないのかい。 
いくらでも斬ってみろと相手を挑発する私だけど当然、強がりだ。
先に食らった腹の傷と合わせて既に6箇所。 もう、コイツの動きに付いていけない。

「…………」

くっそう……澄ました顔しやがって! 
でも私が倒れたら次はフェイトが止めを刺される番だ!

前言撤回、へこたれてなんかいられない! 

敵わないまでも、何度でも立ち上がって食らい付いてやるさ!
膝を付かない事が私のせめてもの抵抗―――


――――――

悲痛な表情で、倒れ付す少女の壁になるように立ち上がり続けるアルフ。

「去れ」

「……………………え?」

その顔が、男の言葉に呆然となる。

「無益な殺生は好まん……幸いにして、お前もあの少女も急所は外れている。
 互いに刃を交わす間柄とて、こうもはっきりと優劣がついた以上―――何も死ぬまで斬り合う必要もなかろう」

「……え、えと………見逃してくれるって、言うのかい?」

信じられない。 一方的に襲い掛かって、罠を張って窮地に陥れ、散々痛めつけられた対象を
逆襲にて圧倒しておきながら、こちらを見逃がすと男は言ったのだ。
少女もアルフも英霊なんて謎めいた輩にここまでの事をやった以上、負ければ命を取られるくらいの事は覚悟していた。
それだけに、使い魔は男の言葉を咄嗟に飲み込めない。

「どうする? これ以上続けて無駄に命を散らせたい、というのならば……私は一向に構わんが」

鷹の目が一層鋭く獣娘を射抜く。 
「ぐっ」と喉の奥からくぐもった声をあげるアルフ。
こうなってしまったら選択の余地なんて無い―――

(あのババアはともかく、リニスを困らせる羽目になっちまうけど……)

当然の事ながら命にはかえられない。
頭を垂れる使い魔。 ピンと立っていた耳も尻尾も、しなれるように垂れる。
それが獣の完全なる戦意喪失を意味する事は言うまでもない。

「言葉に……甘えるよ。 そんな事、言っておいて後ろから撃たないでおくれよ?」

「そんな事をするくらいなら今ここで仕留めるさ。
 早く行け。 ただし―――――次は無いぞ? 仲間にもそう伝えておけ」

「…………分かった。 恩に着るよ…」

苦しそうに地に付しているフェイトを抱きかかえるアルフ。

(早く手当てしないと……ちょっとの辛抱だからね、フェイト)


戦いに完全に負けた悔しさよりも、今は命が助かった事に安堵しつつ―――

(それにしても……アイツ、良い奴じゃないか)

ことにフェイトが殺されなかった事に胸を撫で下ろしながら
狼の使い魔は一度、チラリと弓兵に向き直った後、その場を後にする。


――――――

from Fate to Fate ―――

「………………………………………………行ったか」

傷ついた少女を抱えて飛び去った獣女。 その背中を見据えて、アーチャーはポツリと呟く。

こちらが約束を違えない事を本当で信じているようだ。 もはやあの獣には男に対する警戒心などまるで無い。
素直で結構。 駆け引きで容易くこちらの思い通りに動いてくれる。
ことに獣は正直だ。 純然たる力の差を見せ付けてやれば、よっぽどの事が無い限り牙を剥いては来ない。
それに今、見逃してやった恩を感じているのならば再度こちらを狙って来た時でも、あの拳を全力で振るう事は難しいだろう。

「ふう……やれやれ」

女のハンマーパンチで切った口から、ペッと血泡を吐く男。
一息つくと、ようやく彼特有のふてぶてしい態度が戻った………かのように見えたが―――
木に寄りかかるアーチャーは何と、そのままズルズルと地面に座り込んでしまったのだ。

英雄王との一戦。 跳躍砲による奇襲。 そして今の戦い―――

いずれも決定的な損傷は無かったものの、蓄積されたダメージは確実に弓兵を苛んでいたのだ。
特にあの稲妻の奇襲と、少女の雷矢。 掠っただけで、その身がカンナで削られ喪失したようなダメージを受けていた。
未だ撃たれた箇所は感覚が戻らず、両手の握力もほとんど残っていない。
ミッド式の魔力ダメージはサーヴァントに有効に働く。 ましてアーチャーの対魔力は最低ランクである。 
それを受けてしまった場合、セイバーやライダー、ランサーなどよりも遥かに深刻なダメージを負ってしまうのだ。
もしあの獣が長期戦を仕掛けてきたならば実は危なかったのは男の方だっただけに、素直に引いてくれたのは大助かりだった。

流石にこれ以上は勘弁してくれよ………そう願う弓の英霊だったが―――

「勘弁………してくれんか」

星の巡りの悪さも筋金入りだな、と苦笑するサーヴァントである。
自身に高速で接近してくる者を、再びその鷹の目が捕らえたのだった。 
恐らくは敵の第三波だろう。

「悪いが、これ以上は容赦も加減も出来ん。 
 この握力では馬鹿正直に切り結ぶわけにもいかんのでな―――悪く思うな」

まったく、こちらに何の恨みがあるのか知らないが降りかかる火の粉は払わねばならない。
迫る影はあからさまに、先ほどの少女と同系の武装を持った……女だった。 
分かりやすくて何よりだ。 重い体を引き摺り、樹林が立ち並ぶ湿地帯に転がり込むアーチャー。

その木の枝に飛び乗って―――


「―――せいぜい上手く避けろ。 死なぬ程度にな」

弓のサーヴァントが再び、愛用の武装を敵に向ける―――その先には……


――――――

Fate,s view ―――

次元振に酷似した反応を感知し、それを辿って来た私はそこで信じられないものを―――
かつて家族と暮らしていた巨大次元航行船、時の庭園を目撃する。

驚愕、郷愁、混乱―――

私の思考を、脳を、ぐちゃぐちゃにしてくれた物をそのどれかに特定するのは難しい。
あるいは喜怒哀楽全ての感情がごちゃ混ぜになって頭の中を掻き乱したのかも知れない。
だってあそこには全てがあった……喜びも悲しみも……私を形成する全てがあったのだから。

逸る気持ちを、冷静に…!と必死に言い聞かせて踏み込んだこの地にて―――
眼前に広がっていたのは「戦闘」と………「戦争」。

私から見て近い方の、森に隣接した広場では戦闘。 詳しい状況は分からない。
そしてそこより奥まった平原で繰り広げられていた戦争の方は、状況なんて一目瞭然だった。
時の庭園と、ナニかが文字通りの雷撃戦を繰り広げていたんだ……

幾つにも連なる爆発。 その熱波が顔を叩く。
遠目に見ているこの付近にすら届く爆炎と、巻き上がる灰と、そしてモノの焼ける焦げ臭い異臭。
鉄と火薬が花と散り、大気を鳴動させる―――紛う事なき戦の奏べ。

そして私の記憶に残る思い出の庭園が、巨大な一門の砲塔を掲げて質量兵器を撃ち放ったのを見た時……
大事にしていた記憶、宝箱にしまっておいた欠けがえの無いものが捻じ曲がってしまった気がした。

「な………何が起こっているんだ? ここで…」

誰に問うでもなく呟いた言葉。 当然、答えは返って来ない。
動機が収まらない。 あそこに行かなくてはと思い、急くように飛んで来ておきながら……
今、私の心を苛むのは 「踏み込んでしまったら後戻りは出来ない」 という、湧き上がるような恐怖だった。

「どうしよう……二箇所で起こっている戦闘行為……どちらに行けば…」

セオリーで言えば……………手前の小さな戦闘に先に介入するべきだ。
奥の大規模な方へと踏み込んで、手前の連中がどちらも敵だった場合、挟み撃ちを食らう羽目になる。
そう、理屈を並べて私は手前を選んだ―――


―――――庭園に突入する事の恐怖から………逃れるために。


――――――

そして戦闘が行われている地点から程無い距離までさし迫った時―――

<Sir caution please>

「なっ!?」 

まだ相当数の飛距離があると安心しきっていた私の心胆を、バルディッシュの切迫した音声が叩き起こす!

どれだけ離れた場所から来たのか想像も付かない―――
それほど遠くから、超高速で飛来する物体が今まさに目と鼻の先に迫っていた!

「撃って来たっ!? くううっ!!!」

体を無理やり捻り込んで、無様なツイストで何とか直撃をかわす!
ソニックブームと共に体の下を抜けていき、ぞぶりと―――下腹から胸にかけてのBJをこそげ取っていく何か! 
遅れて寒気と共に、ドッと冷たい汗が全身を覆う……!

続けて2射、3射と撃ち込まれる矢が次々とBJを裂いて肉体を傷つける! 必死で回避する私!

狙撃手……! 
戦いにおいて最も恐ろしい、防ぎようが無いとまで言われる凶手の名称だ。
その恐るべき殺し屋の射程に、迂闊にも足を踏み入れてしまった事を私はようやく思い知る。

後悔、先に立たずとはこの事。 どうやら私はババを引いたみたいだ……!
ここで今更、止まったり引き返したりしたらそれこそ狙い打ち。 体に風穴が開いておしまい。 
あの初弾を見ても分かる。 相手は神業のような腕前を持っていて、こちらの1秒の躊躇をも見逃さない凄腕だ!

(もう………このまま行くしかない!)

「バルディッシュ! 敵の位置特定と回避は私がやるから
 相手武装の発射の感知とタイミングのみに全センサーを回して!」

<Yes sir. be careful>

「頼んだよ……! 狙撃が相手じゃ視覚に頼るのは自殺行為だから。
 今はデバイスの高速演算機能だけが頼り……!」

正面、目的地に見えるのはまばらに木が生えた湿地帯。
いかにもゲリラが潜んでいそうな、あそこに……敵がいる!

「全速! フルドライブ!!」

駆ける私。 


その魔境の先に何が待っているのか、未だ知らずに―――

ただ胸を焦がすような焦燥に苛まれ……飛び立った。


――――――


未だ雛鳥か―――

それとも雛以上の何かになれたのか―――


震える大気か、それとも揺れる彼女の心自身が―――フェイトにそんな問いを投げかけた。

「フェイト」の名を冠する娘。



――― その日、彼女は運命に出会う ―――

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最終更新:2010年10月15日 11:45