歩いて上がっていたらどれくらい時間が掛かっただろうか。
あの世に繋がる階段の長さに度肝を抜かれた。
「なぁ、あとどれくらいで着くんだ?」
地上とおさらばしてから随分と経つ。いくら妖夢に抱えられているとはいえ体は浮いている状態だ。足は宙ぶらりんで、姿勢を変えることもできない。ましてやここずっと同じ光景だ。自身に疲労と倦怠が鉛色の空のようにどんよりとした影を落とす。
「そうですねぇ......。小半刻くらいでしょうか。」
まだそんなに掛かるのか......。
仕方ない。ここまで来た以上、暫し我慢しよう。
「でもでも!!もっと早く行きたいのなら、もっと飛ばせますよ!.......私としてはこのままがいいのだけれど..........。」
出発時も何かぼそぼそ言っていたが聞き取れない。まぁいいか。
できるなら早く地面と再会したいものだがあまり子供に無理をさせるのは気が引ける。
なにしろ大人一人を抱えて飛んでいるのだ。
だがその分抱える時間が長引くというのもある。ならば妖夢に早く飛ばさせた方が良いのだろうか。
「いや、妖夢に任せる。」
あれこれ考えずに妖夢の考えに任せた。
「ではこのままの速さで行きますね。」
はぁ......。結局何で冥界なんてとこに連れて行かれるんだか.........。
今でもはっきりと覚えている。
あなたは気にも留めていないかもしれないけど、あのとき私は確かに救われた。
幽々子様の剣として使える私はまだまだ未熟もので、山の四天王である鬼からも師匠の教えを理解していないと断言された。
私は弱い。だから強くならなきゃいけない。でもどうしたらいいか分からない。以前はただ斬って、斬って、斬り続ければいずれは答えが出ると考えていた。
でも私は負けた。この幻想郷で強者と云われる者たちに勝ったことがない。
悔しかった。自分に腹が立った。これでは何年も、いや常しえに強くなんてなれない。
だけれど私には斬ることしかできなかった。庭で剣技を磨いてもそれは基本の型であって、実戦ではそれを上回る攻撃なんてざらにある。あの博麗霊夢も霧雨魔理沙も型に嵌まらない動きをしていて私は二人に勝てないでいる。
もはや私は何故、幽々子様に仕えているのかわからなくなってきていた。
――いっそ剣を捨ててしまおうか
一瞬でもその考えを頭に浮かべたら体が動いていた。
楼観剣を力を籠め勢いよく岩に叩き付けた。
「.....ふ、ふふ。これで.......。これでよかったのよ........。」
楼観剣は刃こぼれし、無残な姿で地面に落ちている。
あれだけ人を妖怪を斬ってきた剣があっけなく終わりを告げた。
「あ....あ.....うっ.....うあ......。ひぐっ....ひっぐ...。ああああー!!!!」
地面にひれ伏し、啼泣する。
私は何の為に生きてきたのだろうか。半身半霊になり、日々尽くしてきた。だのに今、すべて終わった。終わらせてしまった。
もう幽々子様の所には戻れない。師匠にも顔向けできない。ならいっそ....
――死のうかな
そう思った矢先、前に誰かが立っていた。
87: ○○ :2016/07/09(土) 23:47:35 ID:NpkboO3g
「子供がこんなとこでなに泣いてんだ?ほらこの手巾使え。」
男の人が私に手巾を差し出してきた。
目をやると私より五寸ほど背丈が大きい人で、顔は少しやせ細っていて、里にいる男性より筋肉質な体格をしていた。服装は切れているところがあったり汚れたりしていて、普通の人が見たら薄汚いおじさんとか言われそうだ。
でも私は何故か口が動かなくて、頭が真っ白になって、顔が熱くなってきていた。
ただ、声をかけられ、手巾を渡されただけなのに......。
「え....?あ....あり...がと....ござい...す......。」
言葉がうまく出てこなく、さらには鼻水のせいでつっかえつっかえで応えてしまった。
恥ずかしい。しかも男の人にこんな泣き伏せているところを見られてしまった...。し...死にたい...。
――この時の私は情報の整理が追いついていなかったと思う。でも今だからわかる。あの瞬間に私はもう彼に見染めていたんだ。
「なんだか分からんが、その刀が刃こぼれして泣いてんのか?だったら俺が直してやるよ。」
彼はにぃっと笑い、ボロボロになった楼観剣を拾い上げた。
初めて見せた笑顔に私はどきりとした。な...なんで....?
「で...でも...あ...あの......。」
頭の中がぐちゃぐちゃで何を話せばいいか分からなかった。それを壊したのは私自身で、でも壊れたことが悲しくて。そしたら泣いているところを見られて。目を合わせたら呼吸ができないくらい胸が苦しくなって。
「ああ、金ならいらねえ。子供からとるほど落ちぶれちゃいねえよ。」
いえ、お金とかじゃなくてですね......。というかあなたは誰なんですか。さっきなんでこんな所にいるのかって言ってましたけどそっちこそなんで居るんです?ここ普通に妖怪出ますよね?
なんてことを頭に思っても口にできないでいた。どうしちゃったんだろう、私...。
「それにこんな良い刀を駄目にするなんて鍛冶屋としては見過ごせないな。お前さんも見た目のわりになかなかの強者の剣士だろ。この刀を使いこなせるのはなかなか居ない筈だ。努力してきたんだな。」
すっ、と空いた方の手で頭を撫でられた。
――努力してきたんだな
その一言を聞いた途端、また私の目から涙がぽろりと落ちる。
一度落ちたら止まらなかった。
「う...ああ......うわあああん!!」
その言葉が聞きたかったのかもしれない。私は誰よりも頑張ってきたつもりでいた。
でも誰からも褒めてもらえなかった。見てもらえなかった。
そうだ、幽々子様の為なんていうのは方便だ。結局は私を見てほしかっただけ。
ああ、なんて自分勝手なんだろう。浅ましくて、自分で自分が嫌になる。
「わ...わたし...そんな...す...すごくなんか......!!」
ほら、こうして褒めてもらっても自分で否定する。
体を震わせながら首を左右に小さくふる。
「客はそんな来た事ねえ店だがな、でも俺にはわかるぞ。これは人間が鍛えたものじゃねえ。恐らくは妖怪だろう。それもかなりの上級の位だ。そんなものを一朝一夕で扱えるわけがねぇ。
いくら素質があっても刀は所有者とは認めてはくれないもんさ。それをお前は使ってる。大したもんだよ。」
――この人は一体何者なんだろう。生まれて初めてこんなに褒められた。
「さて、じゃ、行きますか。お前さん立てるか?」
今度は手巾ではなくそのまま私に手を差し伸べてきた。その手はとても眩しく見えた。明るくて、穢れのないきれいな”光”。
「は...はい....」
私はその光に触れた。温かかった。氷がじわりじわりと解けていくようだった。体から心へ。
冬が終わり、春を迎えたとき。野花が咲き、桜が舞う。けれど本当に美しいのはそんなものじゃない。雪を解かし、花を咲かすのは日の光。つまり太陽こそが最も美しい。
きっとこの人は太陽だ。私の、私だけの太陽......。
最終更新:2017年01月09日 21:57