―Observer of the month―
夜になるとぼんやりと浮かぶ月が大好きだった。
部屋から見ると、眩い光が窓のガラスを光らせ、暗い僕の部屋を小洒落た一室へと変身させる。
まるで僕だけの秘密基地だ!
それがたまらなく嬉しくて他の星々よりも僕は月が好きになったんだ。
日中外にいるときでも月を探してる。だって昼間でも見えることがあるから。
見つけるとなんだか月も僕を観てるんじゃないかと思ってしまう。いや、きっとそうさ。
どれくらい僕と離れてるか気になって図書館に行って調べてみた。そこで地球と月の距離は38万キロもあることを知った。
行ってみたいと思った僕の願いは簡単に砕け散った。
それでも観ることは出来るからパパにおねだりして望遠鏡を買ってもらった。
一生のお願いはもう使えない。ありがとう、パパ。
買ってもらってからはもう毎日観ていた。
曇りの日でも、風邪ひいちゃった日でも、ママにもう寝なさいって言われたってベランダに出て月を観ていた。
雨降ったら流石に止めたけどね。
でもベランダで観るだけじゃ物足りなくなってきて、遂にはこっそり夜中に抜け出して裏山まで望遠鏡を持ち出し始めた。
山で観る月はまた格別に僕を魅了した。
大きく観えるそれはそっちの世界に引き込まれるようで、もうベランダじゃ満足できなくなっていった。
三日月。満月。右と左に半分に分かれる月。世界の終わりかとも思わせる皆既月食。
観れば観るほど、知れば知るほど月が大好きになってって。
そうしてるとやっぱり行ってみたいと思う気持ちが高まっていった。
現実では到底不可能なのはわかってる。わかっているけど諦めないでいた。
パパとママは大人になって宇宙飛行士になればいつかはいけるんじゃないかって言うけど、僕はそんなに長く待てないよ。行けるなら今すぐ行きたい。
だから今日もこうして月を観てる。諦めないで毎日観てれば気が付いた時には月にいるかもしれない。
そんな夢をみて――。
(あれ?なんだろう。今何かチラって光ったような…)
一瞬だけ何かが見えた。
それが何か気になってもう一度望遠鏡を覗き込む。
もしかしたら宇宙人が月に住んでいて、僕に合図でも送ったのかも。
(あっ!やっぱり何か光って…。うわっ…!)
突如として現れた光はカメラのフラッシュのように、小さかったものが大きく変わって僕の視界を奪う。光は体を包み込む。
それと同時に僕は意識を手放した。
ぼんやりと意識が戻ってきた。
はっきりとはわからないけど如何やら僕は横になっているらしい。
頭には枕らしきものが置いてあるのが分かる。
ふと髪を触られてるのを感じてそれの正体を探るべく、ゆっくりと、ゆっくりと瞼を開けていった。
目が覚めるとそこには目の前に白い帽子をした金色の髪のお姉さんがいた。
まるで、赤ん坊をあやすように、膝に僕を乗せて微笑みながら僕の髪を撫でていた。
手から髪に伝わる温もりは僕をこれ以上ないほどリラックスさせていく。
(すっごい気持ちいなぁ…)
昔、ママに同じことをやってもらった記憶があるけどそれよりも心地よかった。
あまりにも気持ちよくて、半目になりながらぼーっとしてるとお姉さんが僕に話しかけてきた。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
名残惜しそうに髪をなでる手を止める。
僕もちょっと残念って思ってたら、今度は膝の上に乗せた状態からお姉さんの胸に押し込まれる形で僕を抱きしめられた。
「はぁ~…。幸せぇ」
(ちょっ、ちょっとなに!?)
顔が圧迫されて呼吸ができない。
でもお姉さんはどんどん力を込めて僕に抱き着く。
(く、苦しいなぁ。息ができないよ。)
「はっ!ご、ごめんね?」
もがもがしゃべってるのが聞こえたようですぐさま体を離した。
その瞬間、匂いがした。
何だか懐かしくて、甘い匂い。
――何処かで、嗅いだことのある匂いだ。
でも、どこだっけ――
体が離れてようやくお姉さんの姿がちゃんと見えるようになった。
腰まである金色の長い髪。同じ金色だけど透き通るような瞳。
白いシャツの上に青いスカートと一体の物を着ていて、頭には青いリボンが特徴的な白い帽子をかぶっている。
(うわぁ…綺麗な人だなぁ)
テレビで見る女優さんとかよりもこの人が一番綺麗だと思った。
きっと、外国のどこに行ってもこんなに綺麗な人はいないんじゃないだろうか。
僕は見惚れてしまった。
「私のことじっと見ちゃって、好きになっちゃったかな?」
「えっ?えっと、ご、ごめんなさい。お姉さんじろじろ見て…」
は、恥ずかしい…。ばればれじゃんか…。
自分でも顔から耳まで熱くなってくのがわかる。
どうしよう…。かっこ悪いな…。
………あれ?待って。っていうか誰なの?このお姉さん…。今更なんだけど。
「いいの!いいの!全然いいの!こうして会えたんだからもっと私を見ていいんだよ?」
初対面なのにぐいぐい迫ってきた。同い年の女の子の友達だって、顔と顔がぶつかりそうなほど近づいてきたことはない。
しかも間近で見ると心なしかお姉さんも顔が赤い気がする。
突然の出来事の連鎖に頭の整理が追いつかない。僕の頭はパンク寸前だった。
そうだよ!何で目を覚ますと知らないお姉さんが居て、頭撫でられたり抱き着かれたりしてるんだ。
こんなの変すぎる!
「誰なの?お姉さん…。もしかして…悪い人?」
もしかしたら僕は寝てる間に誘拐されたのかもしれない。だったらこんな惚けてる場合じゃない。
疑念を晴らすべく、ストレートに疑問をぶつけてみた。
「え?」
「あっはは!そっか、まだ名前言ってなかったよね」
一瞬ぽかんとしたみたいだけど突然笑い出して自分の正体を明かした。
「私は月の都防衛軍兼監視部隊、月の使者が一人、綿月豊姫」
「ずっと、君を観ていました」
最終更新:2017年05月31日 21:41