月…?
月だって!?意味わかんないよ。
だってさっきまで僕は部屋で寝ていたんだ。
どういう事なんだ!?


「い、意味わかんない。此処は…何処なの?」


「此処は紛れもない、穢れ無き地。地球と対の存在である月。君は今、月にいます」


あまりにも話が飛躍しすぎてどうにかなりそうだった。
此処が月?あの大好きな月なの?
本当に、僕は夢でも見てるんじゃないだろうか。
それとも僕は死んじゃって神様が幻を見せているんじゃないだろうか。


「しょ、証拠は!?此処が月だって言う証拠は!」


お姉さんを責め立てるように僕は声を荒げた。
本当に月に入るならそりゃ嬉しいさ。
でも信じられなかった。現実性が無さすぎる。


「付いて来て。はっきりと此処が月だってわかるから」


お姉さんは僕の手を繋ぎ、ゆっくりと連れ出した。
長い廊下を抜けて、見たこともない造りの家を僕達は出た。
ゲームとか、映画とか。まるで空想のお話の中の世界だった。
僕が想像していた月とはかけ離れている。それらの光景が一層疑わしくさせた。


「ちょっと歩くの早い?このぐらいでいいかしら」


僕のペースに合わせてお姉さんはゆっくり歩き、目的の、月にいるという証拠を見せようとする。

関係ないけどこうして手をつないで一緒に歩いてると僕にお姉ちゃんが出来たみたいで少し嬉しかった。
てくてく、てくてく、ゆっくりと歩いて行った。

「と~ちゃ~く」


お姉さんは気の抜けるような声で歩みを止めた。
僕はずっとお姉さんをちらちら見上げながら歩いていたから、目の前に広がる光景に気づかなかった。


「ほら、見てみて。これでわかった?」


お姉さんが見て、と言ったので視線を前に移した。
そこには今までの出来事なんて吹き飛ぶくらいの衝撃が待っていた。


(嘘…でしょ?)


図鑑やテレビで見た通りだった。
青く大きく美しい。目一杯に広がる、たった一つの宝石。
誰だって知ってる、皆んなが住んでる星。



――地球



「ほ、本物なの…?」


「ええ、間違いなく本物です。君が"住んでいた"星、穢れきった不浄の地、地球」


思わず頬をつねった。かなり強く。これでもかというくらい。

痛い。ジンジンする。
夢じゃない。夢じゃ、ない!
こんなに地球が間近で見られるところなんて…。


「じゃあ…此処は…」


「生命無き海、静かの海。星との境界を隔て存在する月の都」
「君がずっと観ていた月ですよ」


今度は説得力があった。目の前の星が何よりの証拠。
よく考えたら不自然な点はいっぱいあったろうに。

けれど僕は本当に今、月にいるんだって。信じられた。
そう思ったら感極まって涙がぽろぽろ零れ出た。

夢が叶ったんだ…!


「凄い…!凄いよ!お姉さん!!」


「豊姫って呼んで欲しいな」


「豊姫お姉ちゃん凄いよ!僕、もう嬉しすぎて!僕は世界…いや宇宙一幸せだ!!」


「よかった。喜んで貰えて」


何で僕が月にいるかはまだわからない。
でも今はそれよりも僕が月にいるってことが嬉しすぎて胸がいっぱいだった。
こんなにあっさり夢が叶ってしまっていいんだろうか。


「うふふ。私も幸せね。これから君と一緒に女としての幸せを築き上げていけるんだから…」


女としての幸せって何だろう?お姉さんも月に居ることが嬉しいのかな。

けどまぁお姉さんが幸せだって言うなら何でもいいか。
そんなことより今は目を閉じても忘れないようにこの光景を、この瞬間を焼き付けておくんだ。
誰も信じないであろう、夢物語を…。

その後、またお姉さんに連れられていろんな場所を見て回った。
御伽噺に出てくるような見たことない宮殿。
中華風って言ったらいいのかな。そんな雰囲気。

でもそれより驚いたのは兎の耳を付けた人達が沢山居たこと。
お姉さん曰く、本物の兎らしいけどそればかりは信じらんない。
幾ら月に住んでて兎耳付けてるからって見た目は僕と同じ人間じゃん。
しっぽだって飾り物さ。

けど気になるのは皆、僕を見て、



――人間だ、穢らわしい



そう聞こえるようにつぶやいてゴミを見るような目つきで僕を罵っていた。
きっとこれはニュースとかで言ってる人種差別ってやつだと思って、僕はなるべく聞かないようにした。

でも豊姫お姉ちゃんの様子は少しおかしかったかな。
顔は笑っていたんだけど、話が聞こえてくると僕を握る手がぎゅっと強くなったんだ。
ちょっと痛かったけどあんまり気にしないようにした。


豊姫お姉ちゃんに連れられてあっちこっちぶらぶらしてたらお姉ちゃんの妹だって言う人とも会った。綿月依姫さんって言ってた。
どこかぽけ~ってしてるお姉ちゃんと違って、腰に刀を付けていてちょっと怖そうな人だった。
親戚のおじさんが高校生に剣道を教えてるのを見たことあるんだけどその雰囲気に似てる。
厳しそうな感じ。


依姫さんはお姉ちゃんを見つけた時は笑顔でこっちに歩いてきたのに僕を見た瞬間、形相が変わった。
その時の出来事はよく覚えてる。
依姫さんも怖かったけど、それよりも怖かったのは怒りの感情なんて無いんじゃないかって思うくらい、にこにこしてたお姉ちゃんが初めて怒りの表情を表したんだから…。

『お姉様!お待ちください!!この子供はまさか地上の者ではないのですか!?』


知らない人が僕を指さしてキッと睨んできた。
さされた瞬間びくってして咄嗟にお姉ちゃんの後ろに隠れてしまった。
僕はなんて弱虫なんだ…。


『あら依姫。稽古は終わったの?』


『話をはぐらかさないでください!なぜここに子供が居るかと聞いているのです!!』


『この人は私の妹、綿月依姫よ。ちょっと怖い人だけど大丈夫。すぐ優しくしてくれるから』


お姉ちゃんは僕にこの人が誰かを紹介してくれた。
まるで似てない二人にちょっと驚いた。


『いい加減にしてください!!一刻も早くその者を地上に…!』


依姫さんはそう言って後ろに隠れてる僕を無理やり引っ張り出そうとした。
僕には怒ってる理由が分からなくて、思わずお姉さんに助けを求めようとした。
“助けて、お姉ちゃん!”
そう声に出そうとしたそのとき、



――パァン!



『えっ…。お姉様…?』


目を疑った。
依姫さんは今起きた出来事を信じられないという風に呆然としていた。
僕だってそうさ。信じられなかったよ。
あの優しいお姉ちゃんが、妹に思いっきりビンタしたのだから。


『いい加減にするのは貴女のほうよ、依姫。私からこの子を取り上げようとするなんて…!』


悪鬼の形相で睨むお姉ちゃんがそこにいた。それはまるで依姫さんを敵視しているみたいだった。
長い時間一緒に居たわけじゃない。けど、こんなお姉ちゃんを見るのは初めてだった。
得体のしれない恐怖で力強く握りしめていたお姉ちゃんの服を、また別の恐怖で緩めてしまった。


『お姉様…。一体、どうなされたのですか…?』
『取り上げるとか取り上げないとか、そんなお門違いの話をしているわけではありません!』
『お姉様なら誰よりも理解していらっしゃるでしょう…!』

叩かれて頬が赤く染まりながらも依姫さんは豊姫お姉ちゃんに責め立てていた。
僕にはますます分からなくなった。
お姉ちゃんたちが何の話をして、何に怒っているのか。
この空間に居ることが段々と嫌になってきていた。


『そうね。地上は穢れにまみれた地であり、またそこに住む者も穢れた存在』


『でしたら…!』


『しかしそれは普通での話です』


『なにを…!』


『この子は特別だということよ』

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最終更新:2017年05月31日 21:41