地上の監視任務に就いてから3日目。

この日も開始早々、例の子を探すところから始めた。
昨日は同じ場所を探し続けていたが、今日は視野を広げてみようと考えた。
都会、田舎、海、川、そして山。
観測機で彼方此方を探し回る。

あの子以外は眼中に無かった。ただひたすらにあの子を探した。

絶対に、もう一度。
たった一日空いただけでこんなにも気持ちが膨らんでいくとは思いも寄らなかった。
何がここまで心を動かすのか。
確信は無い。けれど、それを確かめたかった。

あの子にもう一度会うことができれば――

何が何でもと、焦燥感に駆られている時、一瞬きらりと山の方から光った。

――まさか地上からの攻撃か?

あり得ないとは思いつつも其方に視点を移す。


『あっ…!やっと…!やっと会えた!!』


そこには、心待ちにしていたあの子が居た。

自分の体より大きい観測機を覗き込んで、此方を観ている。
思わず笑みが溢れでた。
豊姫の心には歓喜で満ち溢れ、この喜びを声に出して叫びたい程であった。

感極まって手を振ってみる。大きく、大きく、私は此処だよと。

しかし幾らやっても反応は無く、ただ観測機を覗き込んでいるだけ。
もしや、あの観測機では私が見えないのだろうか

いや、よく考えれば当たり前のことだった。
月の表と言っても完全な表側では無く、地上からは観測できない表に居るのだ。だからあの子が私を見れないのは当然の事。

でも、でももうこの気持ちは抑えられない。分かってしまったのだ。あの子に対する感情が。
ならばもう止められない。これは月人としては最悪な感情で、あってはならない。持ってはならない。
だが、もう自覚してしまえばそんな些細な事はどうでもいい。もはやこれは女の本能なのだ。


あの子を、私のものにすると――


私は覚悟を決めた。


『特別…?その子が?』
『馬鹿を言わないでください!どう見ても唯の地上の子!即刻、地上に戻すか、或いは処刑すべき存在!!』


『処刑だなんて…。依姫、そんな事をしてみなさい。私は貴女を唯じゃ済まないわ』


なんてことだ…。僕は処刑されるのか…?
やっぱり来ちゃ行けなかったのか…?願いは叶っちゃいけないものなのか…?
ああもう本当に、逃げ出したい!


『お姉様…。……わかりました。もう、結構です。』
『地上の者がロケットに乗りやって来た際は特に何でもない時でしたが、今は最大段階で警戒態勢が引かれてるときです』

『お姉様が処罰為されないと言うのならば私が代わりに実行致しましょう』


依姫さんは腰に携えていた刀を抜いて構えた。

きっと僕を殺す気なんだ…!

逃げなきゃ!ここから、早く逃げなきゃ!

思わずお姉ちゃんの服をぱっと離す。駆け出す体制をとる。

そう逃げ出そうとした瞬間、お姉ちゃんに力強く腕を掴まれた。
それと同時に依姫さんが僕の逃げ出そうとした先を回り込んでいた。



『駄目じゃない。お姉ちゃんから離れちゃ。今逃げたらあの恐い女の人に殺されちゃうとこだったんだよ?』


『えっ…。な、なんで…僕が……』


『君はね、本当は月に居ては駄目なんだ』


淡々とお姉ちゃんが話してる。
そ、そんなこと言われたって…。


『けどね、お姉ちゃんに任せてくれれば全部大丈夫。何も怖がることなんてないんだよ』
『だから心配しないで』


掴まれていた腕を引っ張り込まれてお姉ちゃんに抱き抱えられた。

ふわっと優しい香りがした。
それでいて果実のような甘い香り。
やっぱり、何処かで嗅いだことのある匂いだ。

そしてその瞬間、緊張の糸が切れたのかそれとも疲れが溜まっていたせいか、気絶するように眠ってしまった。
眠りに入る寸前、こんな会話が聞こえてきた。


『依姫、そういえば貴女と本気で闘ったことなかっわね』


『ええ、そうですね。何時もお姉様は遊び感覚でしたから』


『うふふ、でも今日は本気よ。貴女を殺す気で行くわ』


『っ…!そんな……そんなことはさせません!』


そして僕の意識はここで途絶えた。
二人の声と共に。

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最終更新:2017年05月28日 19:56