二度目の目覚めは僕一人だった。
パチリと瞼を開けても豊姫お姉ちゃんの姿は見当たらない。広い部屋に物音一つ無い。

唐突な孤独感が迫り、それを取り払おうと周りを見渡す。
誰か居ないかと一つ一つの襖を開けて。それでも不安は取り除けなかった。

ならば外に出ようか、そう考えた時、ふと何かいい匂いがしてきた。
それを嗅いだ瞬間、僕のお腹の虫が鳴った。


(そういえば月に来てから何にも食べてないや)


嗅覚を頼りに匂いの元を探る。
本当に無駄に部屋が多いなと愚痴を溢していると、開けようとした目の前の襖がさっと開いた。


「あっ、起きたんだね。地上で云うと三刻くらい寝てたんだよ?」


三刻くらいって、どれくらいなんだろう。
1時間とか2時間とか?
それにしては体がだるいな。


「それでね、君、こっち来てから何も食べてないでしょ。だから私が君のためにご馳走を振舞っちゃった!」


和室の部屋に見たことない料理がずらりと長い机に並べられていた。
大食い芸人でも食べきれないだろうと思うくらいの量だった。
これを豊姫お姉ちゃんが一人で作ったのかな。


「これ、全部お姉ちゃんが?」


「えへへ、腕に縒りを掛けて作りました!ささっ、遠慮しないで食べて食べて!」


ちょうどお腹も減っていたし、何より見たことのない料理ばかりだったから、僕は何にも考えずそれらを食べた。

地球の食べ物とは全然違くて、見た目も味も一風変わってた。
でも癖があるわけでもなく、ぱくぱくと箸が進んだ。

「どう?美味しいかな」


僕が食べているところをじっと見ていたお姉ちゃんが感想を聞いてきた。
とっても美味しいよ、と答えると


「良かった、満足してもらえて」


にこりと笑みを浮かべてお姉ちゃんも一緒に食べ始めた。

実のところ、僕は中々の少食であまり食べない方なんだけど、この料理は自然と多く喉を通った。
さっき美味しいと言ったけれど、美味しいというか、水の様にごくりと食べられる感じで、かといって美味しいくない訳でもない。
いや美味しいのだけど。
とにかく、本当に変わった料理だった。


「ご馳走様でした」


「ご馳走様でした。そうだ、食後の果物もあるの。食べる?」


そこで持ってきたのは桃だった。
一見すると地球のと変わりない様に見えるけど…。


「これ、桃だよね?月にも桃ってあるの?」


「あるわよ。さっきは行かなかったけど桃の木が沢山あるの。後で行ってみよっか」


ふーん、桃かぁ…。
最近は食べてなかったなぁ。時季外れだし。
ちょっと在ることに驚いたけど、そもそも僕が月にいること自体不思議なんだから別におかしくないよね。


「じゃあ頂きます」


ぱくりと均等に別けられた桃を口に含む。
甘い汁がじゅわっと溶けて今まで食べてきた桃より断トツで美味しかった。
そして広がる桃の香り。爽やかでいてとろけるような蜜。

あれ、と僕は思った。
この香りを僕は知っている。これは――


「お姉ちゃんの……匂い…?」


そこで僕はようやくあの匂いの正体にようやく気付いた。
あの匂いはこの桃だったのだ。


「私の匂い?」

こてんと首を横にしてどういうこと、と疑問に思ったようだ。
僕はこの桃の匂いがお姉ちゃんからも香ってきたんだよと説明した。


「ああ、そうか~。私ね、いつもこの桃を食べてるから。それできっと私に桃の匂いが染みついちゃってるのね」


それはどれだけ食べてれば染みつくまでになるんだろうか。
実は豊姫お姉ちゃんは食いしん坊さんだったということなんだな。
また新しいお姉ちゃんの側面を知った。

食後のデザートも食べ終わり、お腹も膨れたからちょっと休憩することにした。
その間、お姉ちゃんは食器の片付けとかしている。

ちょっとお世話になりっぱなしだな、と思って片付けを手伝うよと言ってみたら、君は居間でゆっくりしていなさいと断られてしまった。
でも、と食い下がってみたら、じゃあまた今度ね、と次もあるかのような言い回しをされた。


(なんか、色々と引っかかるんだよなぁ…。お姉ちゃん、僕に何か隠してる気がする)


眠ってしまう前の出来事はどうなったのか。
もうあの状況は一触即発な状態で、殺し合いに発展しそうな勢いだった。
あの後どうなったのかと、食事中に聞きたかったんだけれど、にこにこ笑うお姉ちゃんが何だか不気味で言い出せなかった。


(本当にわからない…。依姫さんが何であそこまで怒っていたのか。豊姫お姉ちゃんのあの言動も…)


君は月に居てはいけないと言った。なら何で僕にこうまで優しくするのか。
いや、そもそも“何で僕は月に居るんだ…?”
その疑問は月に居ると言われた時からあったことだ。
でも、それを考える前にお姉ちゃんが思考を遮るように話しかけてくるから、細かいことだと思って頭の隅に追いやっていた。
それでもこうしてよく考えると不自然だし怪しい。

(もしかして……僕が月に居る理由を、お姉ちゃんは知っている…?)


――或いは、お姉ちゃんが僕を…。

疑問は疑念に変わった。

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最終更新:2017年05月28日 19:59