魔理沙/23スレ/293-296
「…それは間違いじゃないんじゃないかな」
時々
小悪魔はウチに来てくれる。
鏡台の前でいつかのように髪を梳いてくれてながら優しく話す。
鏡の霧雨魔理沙のいけ好かない生意気そうな顔はいつしか鳴りを潜め大人の女性へと変容していた
でもね、それは違うと思うの
誰かを好きになるって優しくて温かくて、きっと特別なこと
恋は盲目と言うけれど誰かを『好きになっちゃいけない』なんてことは絶対ない、絶対
私もね、『好きにならなきゃよかった』って思ったことたくさんあるよ。
かつてあった優しさのなせる礼節が鳴りを潜めてお互いの嫌な部分しか見えなくなる、口を開けば嫌味や皮肉…相手を気遣う優しさなんてどこかに置いてきてどうやれば相手を傷つけられるかを考えるような時期もあった。そんな恋を私もしたことがあるけど
恋って、好きになるってそういうものだと思うの。
優しさ、約束、愛しい気持ち…後悔と憎しみ嫉み…全部引っくるめて『好きになる』ということなの
だから間違いじゃない、好きって気持ちは間違いじゃないの。人の気持ちに間違いなんてない
けれどね望まざる結果になった時人は『間違いだった』って思うもので、そうなった時に過去の自分を責めたり詰ったり憎んだり、後悔して許せないって気持ちでいっぱいになる
『どうすればよかったのか』って
『やらなきゃよかった』って
誰だってそう、後悔なんかしたくない
きっと誰もが恋の始まりには光りや希望を抱えてる
魔理沙もそうだったでしょ?
けどそうはならなかった
後悔しないことは選べない
それは未来を見通す力があっても同じ
答えなんて無限に選ぶことができた、その中からたったひとつだけを私たちの意志で
けれど望んだようにはならない。意思とは違うどこかへ向かうことがある
私たちは選ぶことができるだけなの
アリスさんの言った『間違わないことは選べない』ってそういうことなんじゃないかな
小悪魔の言葉は強く心のなかで響いていた
そう、10年前私にあの人の人生や体をズタボロにする意思はなかった。笑顔がみたいという意志の灯火だけを頼りに暗がりを進む勇気を持っていた
その道を選んだのは他ならない私霧雨魔理沙だ
そして、決してその灯火で全てを焼き払うつもりはなかった
選ぶことができる
私も、霊夢も、そしてあの人も。自分の気持ちで誰かを選ぶことができた
それを何にも委ねてはいけなかったのだと思う
今更自分の心を許そうとは思わないしこれからもそうだけど、そんな苦しいだけの生き方をする私を励まそうとしてくれる
小悪魔の意思を無碍にはできない
親友も好きな人も失った私には唯一縋ることができる相手だった。
小悪魔もそれをわかってる
いつかどうしてこんなに訪ねてきてくれるのか問うたことがある
彼女は優しく、仕方なそうに笑ってくれた
「まだ本返してもらってないし、知らない間に首でも吊られてたら困りますよ」
小悪魔がいなかったら、そうなっていたかもしれない。
借りた本が見つからないように、
小悪魔の意図も計れずにいた。でもきっとそれは優しいものだと思う
「それじゃあ、またね。『おにい』さんも…また来ますね」
ベッドで横たわる彼の額に軽く口づけをする
小悪魔。私が顔を顰めると「妬かない妬かないお肌の大敵」とニタリと笑って帰って行った
あれから
霊夢とは親友ではなくなった
あれからひと言も喋っていない
人里ですれ違うけれど目を合わせてはくれない
時折
小悪魔に私の様子を尋ねていると聞いた
あんなことがあってもまだ私の心配をしてくれるらしい、きっと本当はもっと話したいことがあるはずだ。私も
そんな時決まって私は博麗神社の鳥居の下に幽香に見繕って貰った花を置いていき自分の家のポストに同じものを差しておく
私は一日家を空けて、次の日の朝に戻ってくる
その間に霊夢は私の家きてあの人とたくさん話す。
いつかまた親友になれることを望む
アリスは昔話をしてくれた
まだ私と同じ未熟で身勝手なころの魔法使いの自分の話
同じ過ちを犯した昔の話
あの人はあれっきり動かない
意識はあるけれど、私の薬で心を壊し物言わぬ人形のようになってしまったまま
治すための研究をしてる
いつか元に戻れる、そう信じてる。
私?私は……
何も変わらない、10年前と同じ。
生意気でいけ好かない小娘がデカくなっただけ
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
冬がきた
何度季節が流れても私は私だった
夢を見た
ずっと昔、遠い日のまだ皆が笑えていたあの頃の
あの頃のあの人の笑顔には、特別な何があった
誰かが悲しみ苦しい時に傍にいて笑えるようにしてくれるだけの温かかな力があった
そして私に向けられる笑顔には一際特別な力があるように思っていた
おにいが私を特別に想ってくれていた笑顔
今にして思えば、なんで気づかなかったんだろうって思うぐらい優しかった
私の顔を包んだその手の親指で口の端を押しあげて
笑わせてくれた。そして笑ってくれた
そこには優しさと愛しさがあった
厳しさも過酷さも、触れるだけで全てを傷つけてしまうような残酷さもなく
ただただそこに魔法があるだけだった
あの頃に戻りたい
後ろから襟首を強引に引っ張られるように目を覚ます。わかってた、夢だと
目頭が熱く、枕は涙で濡れていた
頬に残る渇いた涙の跡がもうあの頃には何があっても戻れないと告げている
きっと霊夢にもそんな心を攫っていく夜がある
そんな時霊夢、お前はどうしてる?
この苦しみから逃げる方法を私は知らない
こんな時決まって私は静まりかえる暗闇の夜空を箒で駆け巡る
そして、叫ぶ。悲しみや苦しみを吐き出すように言葉にならない唸りをあげる
その痛哭を聞き届ける者はどこに、誰もいない
笑顔を見れるなら、何度泣いてもいいと思ってた
今は、笑顔を見られなくていいから泣きたくない気持ちでいっぱいだった
箒の柄を握り締めて、速度をあげる
身を裂くような冷たい風の中をつっきていく
置いてきぼりにしたかった、締めつける怒りや憎しみも垂れ流すしかできない悲しみと苦しみも。もし必要なら幸せや喜びも、優しさも愛しさも全て置いていく。
それでも涙の在処は変わらない。双眸と心臓は相変わらず酷く熱かった
逃げたかった。全てから、霧雨魔理沙から
誰にも追ってこれない速度でどこか遠くへ
悲しみに酔いしれてなにもかも見えなくなって、私は手を滑らせた。箒はバランスを崩し気づいたときには地面に吸い寄せられていた
はっと息を呑む
このまま死ねたらどんなに楽だろうかと考えた
木に激突する瞬間あの人の名前が口に出た
全てが私を恐がらせようとする音に聞こえた。泣き叫んで走り回って迷子になってやっと抜けた先は広い野原だった
私は独りだった、吸い込む空気の冷たさに気づいて身を震わせる
泣いているのに気づく、森の中から追いかけてきた風の音が心を攫おうと駆け巡ってくる
景色の恐怖が飛び込んでは飛び去っていく。私の中に黒い塊を残していく
木々のざわめき
風の鳴き声
藪に潜むにおい
遠くにそびえる山
暗い空の滲んだ光りの群れ
足下の草むらに這いずり回る気配
体中を蝕んでいく痛み
何もかもに怯え竦み、私はその場に泣き崩れた
逃れられないのだ、この苦しみと後悔からは
それが罪を犯したものへの罰というものだと思う
私は私を許せない、そこに愛がないから
霧雨魔理沙、あなたの目に私はどううつってる
許されるのは、どんな悲しみか
そして、雨が降る。それでも叫んだ
悲しみと苦しみに追い詰められた時耐えきれず、叫ぶこと
どうしようもなくなって、狂うことしか私は自分の心を守る方法を知らなかった。
やがて朝日が昇る、雨も鳴りを潜めていた
声が枯れた、心も同じようなに渇いている
それでも涙は止まらなかった
戻りたい
辺りを揺らす大きな風が吹く
草花が、野原が、森がざわめきをあげ私の帽子だけがそれに乗りどこか遠くへ飛んでいく
寂しさと虚しさだけが残った
山の峰から大きな光りが昇り辺りを照らす
眩しいその光りの輪を鳥たちが横切っていく
私の帽子が、たおやかな光りに導かれて虹のアーチを通り越していく…
その帽子を取る誰かがいた
そこに誰かが誰か立っている。
『そこに立つ誰か』は帽子についた汚れを二、三度優しく払うと、帽子を大きく振って私に合図し歩み寄ってくる
私は立ち上がり唖然として目の前まで来た『誰か』を見つめる
哀しい顔をしていた。色んな感情に折り合いがつけられないようなその瞳は語らずとも多くのことを聞きたがっていた
背が伸びたな
髪も伸びたな
なんでそんな綺麗になっちゃったわけ?
胸は、相変わらずか
泣き虫なのも相変わらずか
そして私の瞳を見る
そこにある涙を『誰か』は触ることができる
伝わるということ、涙は『誰か』の中に染みこんでいく
私に帽子を被せると『誰か』は優しく私を抱く
壊れないように柔らかく、それでいてひとつになるように強く。背中を優しく何度か叩き撫でてくれた、そこには再開や励まし、慰めと悲しみ、怒り…憎しみ…たくさんの感動が内包されていた
胸につかえていた後悔が、押し流される
涙の熱さが苦しみではなくなった瞬間だった
今、目の前にいる相手はお互いにとって欠けてはならない存在だった。それを感覚的に理解できた、そんな不確かなものを言葉もなくわかりあえる存在であったこと
雨露が、川の奔流、山の湧き水、町の澱む泡沫混じりの汚水でさえも同じ所に行き着き交わる、二人はそんな存在だったしそうであることを願っていた
そうやってひとつになってしまうことの豊かさも愚かしさも
魔理沙は知っていたけれどそれを阻めるものなど誰もいない
『誰か』は
魔理沙の顔を両手で包む、後悔や苦痛のある面持ちで以前にあった優しい笑顔はそこにはなかった
魔理沙もその面持ちと瞳から『誰か』の朧気な気持ちの輪郭をはっきりと捉えた。何かを決めかねてはいるが迷っても惑ってもそれを決めようとしている並々ならない厳かな意志を感じる
あの頃にはもう戻れない、あの笑顔は二度と戻ってこない。
身勝手な思い出と時間を刻んだひずみ
一度ひとつになったものから取り出すことはできない、紅茶からハチミツを取り出せないように
ただ全く不可能なわけではない、元には戻せないけれどきっとその隔たりに小さな窓がある。その窓を開け閉めする優しさと厳しさがあれば…かつてあった優しい関係を創り出すことができる
人は選ぶことができる
そこには優しさにも厳しさにも責任があるべき
そして
魔理沙にはその責任を取るべき業がある
どうすれば、また笑えるか
魔理沙は『誰か』の頬を両手で包む、そして親指で口の端を釣り上げて笑顔を作る。遠い昔、そうしてもらったように
そして『誰か』もそれに倣い
魔理沙の口の端を釣り上げて笑顔を作る
もう笑えない二人が、笑顔になれる為のたったひとつの魔法
こうすればよかったんだ
最初から、私は笑顔にする魔法を知っていた
心の奥底に埋もれて見えなくなっていたんだ
「あなたの笑顔が…、あなたが……」
笑顔が見れるなら何度泣いたっていい
「大好き」
だから、私霧雨魔理沙の最期は笑顔であるべきだと思うのだ
頬を包む誰かの、彼の、おにいの笑顔を作る手がするりと降りた
そこに、ゆっくりと悲しい力をこめ始めた
あなたと出会えてから私は幸せでした
あなたを壊したあの日々も、歪んでいたけどそばにいれて幸せでした
私は幸せでした
幸せでした
感想
- 霊夢「魔理沙…私と一緒に死にましょn」 -- 博麗霊夢 (2024-03-11 09:00:02)
- 霊夢「それか閉じ込めてお城の中で一緒n」魔理沙「いや、どっちも嫌だわ最初は霊夢が私より先に死んだらするけど」 -- 博麗霊夢 (2024-03-11 09:01:48)
最終更新:2024年03月11日 09:01