魔理沙/23スレ/286-291




その日のことは私の生涯の中で、とても特別な日になった
眩しいぐらいに輝いて、火傷するように温かく、掴めないほど柔らかく、空を見上げれば流れ星が降り注ぐような美しさ、悲しみも苦しみも全て拭い去るような感動があった。



おにいが私をかわいいと褒めてくれた。
照れ臭そうに笑って、同時に私がオシャレしてることへのからかいも含んだような笑顔
それだけで嬉しかった
おにいの好きなモンブランを買ってきたから一緒に食べようって誘うと、また笑ってくれた
「今日は何の日?ふっふ~」と尋ねられる、緊張を隠しなんでもなさそうに笑って「なんでもない普通な日だよ」って答える
「最近顔見せないから淋しかったよ」冗談に、へへと笑って見せてそれに倣うように冗談を返す「年下趣味とは知らなかったな」
テーブルにモンブランを並べて、魔術薬をコップに注ぐ。
「また変なもん作ってきたろ」
「『また』って、『変』って」
二人して笑う、きっとこれからどんなことでも笑って許せるようになる

「まずは乾杯!」

おにいの喉仏が隆起する、キチンと飲んだ。飲んだ。
私もそれを確認してから飲み干す

笑顔、笑って

笑って、笑って、輝いて

その価値は値段にできないということ
笑顔は、優しさだから
それは、権威やお金で手に入らないもの

私は笑顔が欲しかった
たったそれだけ
なぁ霧雨魔理沙、それでもお前はこれが間違いだって言えるか?
誰かを特別に想う…この尊さを


笑顔が欲しくないって、本当に言えるか?
幸せになりたくないって、本当に言えるか?
誰にも渡したくないって、そうなんじゃないのか?
その笑顔が誰かのものになった後で、涙を流したって手遅れなんだよ
そうだろ?霧雨魔理沙

好きになるって、厳しいことなんだよ
それを、「ほんとにやるのか」って気持ちはわかるけど…


じゃあいまここにある気持ちはどこに行ったらいいんだ…
行きたい場所にいけないなら、ずっと迷子じゃないか…





嘘やごまかしはやめろ、霧雨魔理沙
私は、好きだ
好きなんだ。











その日のことは私の生涯の中で、思い出したくもないクソのような日になった



霊夢は、首を大きく傾けて俯いて震えた。
我慢した、泣くのを。大声をあげそうになるのを霊夢は隠そうと我慢した。けど、その時は自分の生の感情に逆らうことはできなかった
振り向きざまに、頬を伝う涙が見えた時には霊夢も泣くんだなって思った
親友の涙は不思議と痛くはなかった、いや今はもっと『痛い』気持ちが心を覆っていたから
アリスは、手のひらで目を覆う。その手に怒りや悲しみが乗った力があるのは見て取れた
必死に涙を堪えて、口元が震えている
今の私にそんなアリスを慮る余裕はなく、どうしてこうなったのかと俯くばかり


「…私ね、あなたは『こういうことしない』って信じてた…あなたは『いいこ』だって…」
「でもそれがいけなかったんだわ…自身勝手な信用を押し付けるんじゃなくて、キチンと言い聞かせなくちゃいけなかったんだわ」
「『信じる』って多分そういうこと…」


わからない
アリスの言う『信じる』ってこと、なんでそんな言葉が出るのか
それは、それは私が『間違えた』から





おにいは、そんな騒動を尻目に椅子に腰掛けて俯いている
ずっと

ずっと俯いている
あの日の次の日からずっと、ずっと俯いている
魂が抜けたみたいに、動かなくなってしまった
笑顔が、優しさが、幸せが…消えてしまった



なにが、なにが間違っていたんだろう…
どの魔法を間違えていたんだろう
材料?作り方?分量?飲ませかた?時間帯?
なにが、なにが


「本の」

「魔道書の通りに、やったんだ…書いてあるとおり!!やったんだよ!!間違えてないはずなんだよ!!!なにが!!どこが間違ってたんだよ!!!」



霊夢はただただ何も言わず、おにいを抱きしめた
アリスは、諦めたような笑いを浮かべ涙を堪える


「…そんな本、さっさと燃やしてしまえばよかった…」
憐れむような瞳、その視線は私を通り越してどこか遠くを見つめているようだった
「ねぇ、魔理沙…」
「……なんでそんな本がウチにあるのかわかる?」


『そんな』?『そんな』って…どういう意味?
心を操る魔法が記された魔道書がここにあるのがなにかおかしいことなのか?
私はアリスの質問の意図をくみ取れないでいた
笑顔に驕っていただけの私は戸惑いや失意の中で、自分の間違いがどこだったのかと探し回るばかりで誰かの心は全く見えなくなっていた
……ううん、最初から見えてなどいなかったのだ


「もしかして魔法使いって……皆こうなのかしら……」

声は痺れるように震えていた。
見えない、聞こえない、感じない、わからない
どういうことなの
なんで、なんで間違えてしまったの
わからないけれど、私は責められていた
おにいをモノ言わぬ人形のようにしまったことに、二人は怒っていた

「なんだよっ…なにが『いけない』んだよ……!」

なにがいけない

「誰だって、誰だってっ……!」

霊夢も、アリスも、早苗も、咲夜も、早苗も、妖夢も、鈴仙も
そして私だって

「好きな人にっ!『好きになってもらいたい』って思うもんじゃないのかよ!!!それって、それって…!」

想って欲しいはずだよな?『そこにいる誰か』に

「『好きになる』ってそんなにいけないことか!?」

それは優しくて温かくて、輝く魔法のような

「じゃあなにが正解だったんだよ!!」

望んでなかったよ、こんなこと
おにいが、好きな人が、愛する人が不幸になるなんて望む奴がどこにいるんだ
笑って欲しかった
私の魔法で笑って欲しかった
たったそれだけなのに



気づくと私は壁に叩きつけられていた。
霊夢が私の胸ぐらを掴んで壁に力一杯押しつけたのだ
涙、泣いている親友の悲痛な顔
どこにも行きようのないような苦しみが霊夢の中で渦を巻いている

「そうよ!『誰だって』…!そうに決まってるでしょう!?」

こんな、声を初めて聞いた。霊夢の悽愴な慟哭
絞り出すような、悲憤にせき止められるような咽び
そうすると霊夢は力無く崩れ落ちて、小さく…弱々しく泣き出した
アリスはそんな霊夢に寄り添って、抱きしめる。

「ねぇ魔理沙…あなたは知らなかったかも知れないけど…」

霊夢には悪いことをした
でも、好きな人が同じ以上避けられなかったと思う
泣くのが私か霊夢か、それだけの違いだった

「好きだったんだろ…霊夢も。おにいのこと」

知ってるよ、親友だもん
気づかないわけないだろ?親友だもん
同じ人を好きなんだもん、わかってたよ
私は、私は…それを共有して笑って分かり合えるような心の広さはなかった
もし誰かと、霊夢とそうやって笑いあうことができたなら見窄らしい嫉妬も抱かずにすんだだろうか

涙が零れないように両手で顔を覆っていた霊夢は、かぶりを振った
アリスは瞼を伏せて、唇をきつく閉じ鼻水を啜る
霊夢を気遣うように強く抱きしめて優しく頭を撫でるアリスの姿に、遠い日の母を思い出す

「違うわよ、魔理沙…」




「『おにい』さんね…好きだったのよ。あなたのこと」




え      え
    え      え
 え    え



          え?


「それでね、霊夢は……だから……」

「だから霊夢は『おにい』さんとお付き合いすることはできなかったの」



背後で大きなナニかが唸りをあげて通り過ぎていったかのような
衝撃と風圧におののいて振り向くと何もかも削り薙ぎ払っていた。
そこにあった家や友だちが、余所見をしている間に思い出とともに全てが壊れていた。
涙は出ず、声も漏れず、悲しむような暇も越えて
全部全部、消えた。抱きしめる相手も優しさも
笑顔もどこか遠いところへ消えた

誰にだって明日があった
おにいにも霊夢にも私にも
そこに苦しみや悲しみがあって、希望や嬉しさという輝きがあった
明日食べたいご飯があったかもしれない
明日観たい本やテレビがあったかもしれない
明日会いたい人がいたかもしれない
ちっぽけな期待と希望という光を頼りにすれば…人は明日という未来に辿り着けるはず
たとえ過酷さに躓いても、その手を取ってくれる笑顔がそこにあるから







『明日』はもうこない



喉が枯れるような悲しみが押し寄せる
霊夢が、おにいにフラれた
思い出す、あの宴会の日霊夢がおにいの話に耳を傾けて強ばっていたこと。
多分、多分あの時にはもう……?
そして、その時…隣に誰かいたはずだ
霊夢の叶わなかった願いの原因がそこにいた
ずっと長い間幽閉されていた悪魔が大声をあげて喉を駆け上がってくるようだった
霊夢が強ばっていたこと
それは、好きな人と同じ道をあるけないから?
違う
私が、霧雨魔理沙が隣にいたから。
おにいの『そこに立つ誰か』が霧雨魔理沙だと霊夢は知っていたから
その時の霊夢の心境たるや、及びもつかない悲憤に満ちていたに違いない。その辛さは推し量ることはとてもできない
なのに私は自分の勘違いと身勝手な嫉妬を振り回し親友の苦しみに気づいてあげられなかった
それどころか…霊夢は、霊夢は直前まで私と何食わぬ顔で話してた。いつも通りの顔でいつも通りの…いつもと変わらない霊夢がそこに
耐えてたんだ、降りかかる雨に凍えるような寒さと暗闇に。
なんで、なんで言ってくれなかった?
辛いならなんで言ってくれなかった
親友だから少しでも和らげてあげられたかもしれない
なんで?それは…それは『霧雨魔理沙』だったから
博麗霊夢の春を氷河期に追い込み新しい季節に芽吹く希望を凍りせかせたのは親友である霧雨魔理沙だったから
憎んでないわけじゃなかった…でも親友だから
辛くないわけじゃなかった…でも親友だから
それでも親友の私との『笑顔』と『明日』を霊夢は守りたかった。

黙ってたのがいけなかったの?魔理沙に『おにい』さんの気持ちを教えてあげなかったのがいけなかったの?
霊夢は誰かに問いかけた、答えが欲しかった。どうすればよかったのか、なにが正しかったのか
意地悪したわけでもなく、それは心の限界だった
教えてあげなかったのは、霊夢の心の限界
それ以上進むことはできなかった、それは相手が私だったから
そうして見えてきた。
私が幼い頃『笑顔』をくれたおにいを好きになっていったように霊夢の心にもあるべき土台がある
その上に重ねていった時間と思い出を育み、それが誰かを愛するという恵みとなる。そして『これまで』がそうなら『これから』もそう
愛するというのはそういうことだ
共に時間と思い出を刻む、それが誰かを好きになるという本質
その一番大事なことをしまっておく心というものを私は直に掻き混ぜた

誰かを好きになる
笑顔がみたいという特別
当たり前に好きになるという感情

私は欠けていた。

そこに愛などなかったんだ…


「……なぁアリス、治せるんだよな?…魔法で、治せるよな…?」

言葉を待った。アリスは口を噤み嗚咽を閉じ込める
言葉を待った。答えを、また笑顔を、元通りにする方法

アリスは口を開く





「もしあなたが紅茶からハチミツを、コーヒーから砂糖やミルクを取り出せるならね」

「私は、できなかったけど」

ひとつのものになってしまった
混ざり合って二つだったものが一つの新しいものに




魔理沙、霊夢」


「誰も、間違わないことは選べないのよ」



気づいてしまった

何が、何が間違っていたのか
何がいけなかったのか

私の異変に誰も気づかなかったこと

おにいに魔術薬を飲ませたこと

おにいにいくつもの儀式を行ったこと

その方法について誰にも相談しなかったこと

アリスの魔道書を黙って盗みだしたこと

霊夢の心に気づき気遣ってあげられなかったこと

おにいの好意に気づいてあげられなかったこと

無用な嫉妬をしたこと

私が魔法使いだったこと

……どれも、違う。どれもこれも原因があった
その過ちが見えなくなるような大きな木が私の心に根付いているから

笑顔が見たかった
笑顔にしてあげたかった
私の力でそうしてあげたかった

それは?

それは

それは………………




好きに
好きになっちゃいけなかったんだ




それが一番の間違いだった
私の恋が道徳や命の尊厳というものを、愛という優しさを曇らせていた
笑顔がもたらす悲しみを払い虹をかける力を壊した。
この先きっと私の心は晴れることのない雨雲に覆われて、虹もかからない
笑顔は雲の向こう側





私の罪はあなたを愛したことでした


痺れるように呻いた
言葉にならず感情を取りこぼしたように感じるままに大きな声で泣いた








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最終更新:2019年02月09日 20:13